表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

君と夏休み。

作者: 二ノ宮明季

 夏休みの色は水色だ。

 朝食代わりにと口に入れた甘くないチョコレートは、まるでひとかけらの恋。

 何とかこぎつけた、夏休み中の遊ぶ約束。

「暑いなぁ……」

 待ち合わせ場所は、学校の近くの公園。

 じりじりと焼け付く熱は、僕の心の熱とリンクする。

 淡い恋心を胸に宿したのは、春先の事だった。忘れ物を貸してもらったとか、雨の日に傘に入れて貰ったとか、配布を頼まれたプリントを配るのを手伝ってくれたとか、そんな些細な事の積み重ねだったと思う。

 ただ、気がつけば視線は彼を追い、窓際の席でお昼の後はうとうとしている所とか、友達とふざけ合って帰っている様だとか、全てが気になって、全てが好きになっていた。

 そんな彼と少しでも近づきたくて、一生懸命話し掛けてきたのが実り、夏休み前に連絡先を交換する事に成功したのだ。

「……あと、30分」

 楽しみにしすぎて、早く出過ぎたらしい。

 私の前を、プールバッグを持つ集団の小学生が通る。これだけ暑ければ、プールも気持ち良いかもしれない。

 ただ、この暑さは今の私には毒だ。

 どうしよう、このまま汗をかき続けたら……ち、近づきにくいなぁ……。別に何の対策もせずに家を出た訳ではない。けれども、楽しみにしすぎて、早くに出過ぎた。

「ど、どうしよう」

 一度家に帰る? でも、万が一帰っている途中に彼が来ちゃったら? あまつさえそれで待たせちゃったりなんかしたら……。

「うう……」

 どうしよう。

「あれ、早いじゃん」

「……そ、そっちも! 間違った。そっちこそ!」

 私がどうしようかと悩んでいると、声を掛けられた。顔を上げれば、待ち合わせの相手。

 制服じゃない、って、新鮮だ。

「いや、お前、どれだけ早く来たんだよ」

「い、いいい、今来たところ!」

 本当はもう少し前だったけど。ここは見栄を張らせてほしい。

「ま、いいか」

「そう、早いとか早くないとか、そこはいいの」

「だな」

 小さく笑う様に、胸が高鳴る。

 好きだな、という気持ちで胸がいっぱい。金魚すくいの金魚のように、私は必死で口をパクパクと動かす。

 息が出来なくなりそうなくらい、好きだ。

「ほら、行こう」

 促す彼の向こう側には、青空と入道雲。

 やっぱり夏休みは、水色だ。



 今日の予定……もとい計画は、しばらくは図書館で一緒に宿題をする。

 夕方には図書館を出て、「近くで夏祭りが」なんて言いながら誘う。そして一緒に夏祭りに寄る、というものだ。

 本来の約束は「図書館で一緒に勉強する」までだったが、きっと上手くいく。

 私は私に暗示をかけて、ドキドキと高鳴る胸を無理やりに押さえつけた。

 図書館は、図書館自体がかき氷になっているのではないかという程、エアコンに冷やされていた。

 ひんやりとする室内で、時折小さな声で、まるで内緒話をしているみたいに話して笑うのが楽しい。

 本当は宿題なんて全然楽しくないし、出来れば堂々と「デート」の名目で出かけたい。けれども、私にそれを出来るようにするための魔法の言葉を口にする勇気はなく、ただ胸を高鳴らせて二人、宿題に向かう。

 ……これだけでも、もう充分幸せっていう気分なんだけどね。

 苦手な宿題も、彼と二人なら悪くない。

 時々いじわるそうに「それも分からないの?」なんて言いながら、丁寧に教えてくれるところも含めて、好きだ。

 私の使う水色のシャープペンシルが、彼とおそろいだと気が付いて、それだけで大きな幸福を見付けたような気分だった。



「そういえば、今日は祭りらしいな」

「そ、そそそ、そうなの!」

「時間、大丈夫? 大丈夫なら寄って行かないか?」

 宿題を終えて外に出ると、まさかのお誘い。私からしようと思っていたそれにめんくらいながらも、私は全力で首を縦に振る。

 肯定が伝わるのなら、このまま千切れてもいい。いや、駄目。今首がちぎれたら、お祭りに行けないから未練が残る。

「ほら、手」

 私の様子を笑いながら見た彼は、片手を差し出した。これ、もしかしなくても……手を繋ごうって意味だよね?

「えっと、でも」

「はぐれると不味いだろ。ほら」

 嬉しい。今日は嬉しい事しか起こらない。

 私は熱くなる顔も隠せずに、彼の手を握った。



 祭りは人混みだった。まだ始まって間もないし、それほど人は多くないだろうと踏んだ私の考えは、非常に甘いのだと思い知らされる。

 焦げたソースの香りや、甘い飴の匂いがそこら中に充満して、祭り特有のオレンジ色の明かりが私達を照らした。

 少しだけ買い食いして、少しだけ金魚すくいなんかして、ドキドキしながら過ごす。

 けれども、楽しい時間はあっという間だ。夜が近づけば、もう別れなければいけない。

 私達は祭りの出入り口で別れる事にした。

「それじゃ、またね」

「おー」

 簡単な挨拶が寂しい。離れたくない。

 人混みの中に溶け込んでいく彼の背中を見ながら、胸がきゅうっと苦しくなった。

「……好き」

 人混みに紛れて消えそうな彼に向けて、聞こえないくらい小さな声で呟く。

 もしも願いがかなうなら、振り返って「俺も!」と笑って欲しい。

 でもそんなの、叶いっこない。私は彼に聞こえるように告白も出来ない、意気地なし。

 ――くるり、と彼は振り返る。そして人混みを縫うようにして近づくと、私の手を握った。

「ねぇ、次はいつ、一緒に出掛ける?」

 今はこれだけでいい。

 告白は、夏休みの宿題にしてしまおう。

 夏休みの終わりには、きっと……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 今晩は♪はじめまして!宜しくお願い致します! 甘酸っぱい恋。切ない恋の記憶。素敵な恋の物語でした。良かったです!!面白かったです。ピュアな恋で羨ましくなりました。この小説の続き、続編があ…
[良い点] 情景が見えるよう。主人公と一緒になってドキドキしました。 [一言] 面白かったです
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ