調査1
「見えない怪人を、どうやって見つけろっていうのよ?」
「どうやってって……。そりゃ、いろいろだよ、いろいろやって……」
「無茶言わないでよ」
テックは困る。
舞奈も困る。
そんな舞奈をテックはジト目で見やる。
フィクサーから依頼を受けた翌日。
高等部校舎にある情報処理室。
舞奈はテックに依頼して、メメント・モリ(仮名)を探そうとしていた。
姿を消す【偏光隠蔽】など、目の前にいれば対処は容易い。
空気の動きを読める舞奈にとっては見えているのと変わらないし、明日香は透明化に使われている魔力を察知することができるからだ。
だが舞奈も明日香もひとりづつしかいない。どこに隠れているのかわからない透明人間を追って町中を探し回るなんてまっぴら御免だ。
なので街の随所に設置してある防犯カメラの力を借りようとテックを頼った。
だがカメラは透明な犯人は見えないと言う。
「ここから探すのは諦めて。無理なものは無理」
テックは無情に言い放つ。
舞奈は机に突っ伏す。
そんな舞奈を、テックは無表情に見やる。
「その犯人って桜を誘拐したんでしょ? なら顔を見てたんじゃないの?」
「ああ、そっちは明日香がやってるよ」
舞奈は突っ伏したまま、てきとうな口調で答えた。
そして、こちらは初等部の教室。
明日香はメメント・モリの情報を、誘拐された本人から得ようとしていた。
「明日香ちゃんってば、わたしがさらわれた時のことを聞きたいの?」
「ええ、まあ」
桜は事件のことを話したくてうずうずしている顔だ。
明日香は早くも嫌な予感に顔をしかめる。
「あのね、その日はね、お姉ちゃんが晩御飯をモヤシ炒めにするって言うから、モヤシをいーっぱい買ってきたのー。セールで半額になっててお得だったのー」
いきなり関係ない所から話が始まった。
明日香は露骨に嫌な顔をして見せるが、桜は気にする様子もない。
なので諦めて話を聞く。
「そうしたら、知らないおじさんが声をかけてきたのー。すっごくキモくて、煙草の臭いがクサかったのー」
「臭くてキモイおじさんに声をかけられたら、普通は逃げるんじゃ……」
「でもね、そのおじさんは桜のことを『君、可愛いね』って言ったのー。当然の事なんだけどね。それでね、わたしにアイドルにならないかって言ったのー」
その後のことは舞奈から聞いている。
自分にしかわからないポイントで男を不審に思った桜は帰ろうとした。
だが男は桜を無理やり拉致した。
その上で、男は讃原町で珍走団メンバー数人に追突し、路上を引きずって殺害した後に車を乗り捨てて逃げた。誘拐した桜を車内に残したまま。
誘拐犯とか殺人者とか以前に、行動が意図不明すぎて狂人のようだ。
「トマトまとまと♪ とまトマトー♪」
素っ頓狂な声に見やると、足元でみゃー子が転がっていた。
果実の物まねなのか膝を抱えてごろごろ転げ回りながら、上目使いに見てくる。
だが、ひとまず、こっちの狂人は放っておいて情報収集を続ける。
兎にも角にも犯人を探して捕まえないことには話が前に進まない。
「その男について詳しく教えてくれないかしら?」
「えっ? おじさんの? そのときの桜の服装じゃなくて?」
「ええ、おじさんの」
明日香はキッパリ言い放つ。
桜の服装なんか聞いても意味はないし、何度も聞いたし、聞くたびに服装が豪華になっていくので時間の無駄だ。
「服装でも、身体的特徴でもなんでもいいわ」
「ヘンな明日香ちゃん。えーっとねぇ……」
桜はうーんと考えこむ。
彼女が記憶を探る沈黙に、明日香はほっと一息つく。
みゃー子が目の前に転がってきた。リアクションを求めているらしい。
だが明日香に構う余裕はないので目をそらす。
するとみゃー子は視界に転がりこんでくる。激しくウザい。
だが顔の向きは変えずに目だけ動かしているのに、視界の先に回りこんでくる。
用途が無意味な遊びでなければ驚嘆されるべき、超人的な反応力である。
彼女にその方面で対抗できる人物を、明日香はひとりしか知らない。
それは舞奈だ。本人はそんなことで持ち上げられても嬉しくないだろうが。
「あー! わかった!」
ようやく桜が声をあげた。何か思い出したらしい。
「どんな男だったの?」
「でも桜の勘じゃ、あのおじさんはスカウトの人じゃないと思うのー?」
「……いえ、スカウトされたいわけじゃないから」
流石の明日香もため息をついて疲労する。
桜は再び考えこむ。そして、
「うーんとねー」
「その男の話よね?」
「うん。顔がキモくて、息が煙草臭かったのー」
「それはさっき聞いたわ」
だが桜は思い出そうとして困るばかり。
第一印象以上に相手の事を見ていなかったのだろう。
「そういえばね、桜の家の近くに変な店があって、そこの店の人もキモイおじさんで、いつも店の前で煙草吸いながら桜のことをいやらしい目で見てくるの」
「……べつに中年男性の話を無差別に聞きたいわけじゃないから」
「でね、その時の桜はね――」
「いやそれはもういいから……」
明日香はぐったりと疲弊する。
結局、桜との会話は疲れるばかりで、何の成果も得られなかった。
みゃー子はトマトマ言いながら楽しそうに転がっている。
「あっ! そうだ!」
「何か思い出したの?」
「そのおじさん、オークに似てるって思ったのー」
「オーク?」
意味のわからない比喩に、明日香は思わず首を傾げた。
そして再び情報処理室。
端末の席にはテックが座り、横から舞奈と明日香が覗きこむ。
「これがオーク」
テックが端末を操作すると、画面に醜い男の絵が並ぶ。
「これが郷田さんを誘拐した男……に似た生き物ね」
「たしかにキモい顔だな」
2人とも普段はゲームとかしないので、オークを見るのは初めてだ。
オークというのはブタみたいな人間のことらしい。
露骨に豚の顔をした人間の絵もある。
豚野郎のスラングが絵になったみたいなものかと舞奈は勝手に判断した。
「テック、適当なのを何種類か印刷してくれ」
「こんなもの何に使うのよ?」
明日香が嫌そうな顔で言った。
「こいつを使って聞きこみするんだ」
「そんなんでわかるの?」
「仕方がないだろ、これしか手がかりがないんだから」
舞奈もやる気なさそうに言った。
「テック、2枚ずつ刷ってくれよ。1枚は明日香のだ」
「はいはい、わかったわよ」
明日香は露骨に嫌な顔をした。
そして、日曜日の早朝。
「……畜生。明日香の奴、調子よくバックレやがって」
舞奈は新開発区を歩きつつ、悪態をつく。
2人で聞きこみをする算段だったのに、明日香は自前の占術で犯人を捜してみるとメールを送って寄越してきた。
「あいつの探知魔法も、オークの絵の聞きこみも精度は変わらんだろうに」
舞奈はやれやれと肩をすくめ――
――次の瞬間、抜いたナイフを左に突く。同時に拳銃を右に突きだす。
空気からにじみ出るように、ナイフの先に喉を突かれた獣が出現した。
銃口をくわえこむように、もう1匹の獣があらわれる。
引き金を引く。
銃声。
獣の頭を吹き飛ばして弾丸が飛ぶ。
毒犬。
新開発区にたびたび出現する、【偏光隠蔽】を持つ犬型の怪異だ。
鋭い牙をむき出しにした大きな獣の口は、子供の頭など一飲みにできそうだ。
だが舞奈は慣れた調子で仕留めた。2匹同時に。
廃墟の街に住む舞奈にとって、この程度は日常茶飯事だ。だから、
「あ、ひょっとしておまえがメメント・モリ……?」
てきとうな口調で言ってみる。
だが舞奈の目の前で、屠られた獣は溶けて消えた。
「……なわきゃないか」
獣は文字を書かないし、車で人を引きずらない。
舞奈はやれやれとため息をついて、何食わぬ顔で得物を収めた。
しょうがないので1人で聞きこみをしようと、スミスの店に向かう。
2人の守衛に挨拶し、新開発区とさほど変わらぬ寂れた通りをしばし歩く。
『画廊・ケリー』
派手なネオンの看板が舞奈を出迎えた。
ネオン文字の『ケ』の字の横線が消えかけている。
「ようスミス、看板を直せよ」
「あ~ら志門ちゃん、いらっしゃい」
ハゲマッチョのオカマ店主を手元の写真と見比べる。
スミスのカイゼル髭がゆれた。
「……うん、別人だな」
突然の奇行に、スミスは太い首をかしげる。
舞奈はスミスに写真を見せる。
「誘拐犯を捜してるんだ。こんな奴を知らないか?」
「志門ちゃんってば、探偵ごっこでも始めたの?」
言いつつスミスは写真を見やる。
「あら、ゲームの敵キャラじゃないの。ほら、何とかっていうVRゲームの」
「ゲームじゃなくて、似たような顔をした怪人が珍走団を殺して逃げたんだ」
「……位置情報ゲームって奴?」
「いやだから、ゲームじゃないって」
らちの開かないスミスとの会話に辟易していると、
「おー! しもんだ!」
「ようリコ、お出かけか?」
奥からリコがやって来た。
背には大きなウサギのリュックサック。
シスターの教会に野菜を貰いに行くのだろう。
舞奈は考える。
近所の人たちに野菜を配る彼女なら、さびれた古物商より情報も集まるだろう。
このままスミスとらちの開かない会話を続けるくらいなら、シスターに話を聞いた方がマシな気がする。
それにヒゲよりおっぱいのほうが目に優しい。
なので舞奈は写真を仕舞い、
「よーし、リコ。あたしもつき合ってやるよ」
「おー! しもんとおでかけだ!」
リコは喜んでピョンピョン跳ねる。
それにあわせてリュックサックのウサギの耳と、バードテールの髪がゆれる。
「あーでも、しもんはニクをもってないぞ」
「いや、物々交換をしに行くんじゃないんだ」
そんな事を話しながら、リコを連れて店を出た。
そしてリコと並んで寂れた通りを歩く。
「なあリコ。街の方で姿の見えない人さらいが出た。おまえも気をつけろよ」
「まいながおってる、かいじんってやつだな」
「まあな」
「でもリコはだいじょうぶ! トマトマンがたすけてくれるからな」
「トマトマン? そいつもテレビでやってる奴か?」
「うん! トマトマンは、わるいやつらをリコピンでやっつけるんだ」
言いつつリコは、宙に向かって中指をへろへろ動かす。
デコピンのことらしい。
舞奈も一緒に宙に向かってデコピンをかます。
風切り音がした。
全身を鋼の如く鍛えあげた舞奈は、指の筋力もすさまじい。
「すごいな、しもん! どうやるんだ!?」
へろへろ。
「中指を動かすんじゃない。親指で中指を押えて、中指に力を入れるんだ」
「こうか?」
「で、指を離す」
途端、小さなリコの手がデコピンを放った。
「おお! すごいのがでた! まいなはやっぱりすごいな!」
リコは面白がって何度もデコピンする。
その姿を見やって、舞奈の口元が小さく歪む。
一樹にナイフの投げ方を教わった時のことを思い出したからだ。
「こいつがあれば、ひゃくにんりきだ」
「難しい言葉知ってるな。でも怪人が出たら逃げろよ」
「わかってるって! トマトマンはわるいやつをたおすけど、さいごはやられちゃうんだ。ぐちゃーって。きのうはチーズといっしょにピザになったんだ」
「それは子供に見せて良いものなのか……?」
「ピザはとってもうまいんだ」
「最近の子供向けテレビはすごいな……」
そんなどうでもいい話をしながら廃ビルの街を歩く。
2人とも慣れているので、瓦礫につまずいたりはしない。
リコは舞奈とのお出かけが楽しいのか、ピョンピョン跳ねる。
そして廃墟同然だった街並みが普通に寂れた街のそれに代わるころ、屋根に見なれた十字架を掲げた教会が見えてきた。
「シスターはいるかな」
「この時間なら仕事中だろ」
言いつつ舞奈は周囲を見渡す。
教会の隣は霊園になっていて、こぢんまりとした墓が並んでいる。
死者の魂とそれに関わる人々を慰め、安らぎを与えるのもシスターの務めだ。
そんな墓のひとつの前に、人影が立っていた。
舞奈はそれを見やり、
「シスターは中にいるはずだから、先に行ってろ」
「うん! わかった!」
リコは元気に返事して走っていく。
そしてウサギのリュックサックが見えなくなると、舞奈は霊園へ向かった。
墓の前に立っていたのは、年配の婦人だった。
彼女は腕にビニール袋を提げて、高枝切りバサミを携えている。
舞奈は彼女に見覚えがあった。
高等部の教室を占拠した3人の保護者のうちのひとりだ。
高枝切りバサミにも見覚えがある。
舞奈に何度も絡んできた【雷徒人愚】――アイオスとの戦闘で全滅した異能力者たちが手にしていたものだ。
そして婦人は、舞奈の視線に気づいて振り返った。