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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第7章 メメント・モリ
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日常2

「腹減った……」

 舞奈はすきっ腹を抱えながら通学路を歩いていた。


 昨晩同様、今朝の食事も水道水だった。


 見ていたテレビが、水素水とかいう胡散臭い代物を特集していた。

 美味しくて健康にいいという触れ込みの、ただの水だ。

 だが目玉が飛び出るような値段だった。

 舞奈は売る方にも買う方にも関係ない話だ。


 なので空腹を水で誤魔化しながら家を出た。


 だが舞奈は希望を捨ててはいない。

 学校までたどり着けば給食がある。

 それに、こんな日は、たいてい園香がお菓子を作って持ってきてくれている。


 美佳と悟を巡るあの事件の際に、舞奈は園香の気持ちを裏切った。

 けど園香は舞奈の全てを許し、受け入れてくれた。

 そんな彼女の気持ちが嬉しくて、そして少しこそばゆかった。


 だから今日も、少しでも早く園香の顔が見たかった。

 お菓子は食べ応えのあるタルトとかだと嬉しいなと思った。


 だが舞奈の征く手をふさぐように、黒と黄色のバリケードが設置されていた。


「通行止め……だと?」

 事故か何があったらしい。

 不運に不運が重なって、割と凹む。


「ったく、しょうがないなあ……」

 それでもめげずに通れる道を探すのは、落ちこんでいても仕方がないからだ。

 学校では、園香のお菓子が飢えた舞奈を待っている。


 だが、行けども行けども通行禁止だ。

 どうやら道路そのものが封鎖されているらしい。

 それが証拠に、路面には青いビニールシートが敷き詰められている。


「これ、通行禁止を避けてたら一生学校にたどり着けないんじゃないのか?」

 なのでバリケードに手をかけて、一挙動で飛び超すが、


「あっ、君! 入っちゃダメだよ」

 たちまち警官が飛んできた。

 見てたんなら困ってる小学生をどうにかしてくれよ、と軽くむくれる。

 だが朝から警官ともめても良いことはない。


「すんません。学校に遅れそうなんすよ」

「しょうがないなあ……」

 若い小太りの警官はしばし困る。そして、


「君、蔵乃巣(くらのす)学園の生徒だよね? 学校に近い道まで案内するからついて来て」

「どうもっす」

 てきとうに返事する舞奈を先導して、警官は歩きだす。


「昨日、事故があって大変な事になってるから、余計なものに触っちゃダメだよ」

「へーい」

 生返事を返した舌の根も乾かぬうちに、シートの端をめくる。

 道路一面に敷き詰められたビニールシートが気になったのだ。


「コラコラ! だから触っちゃダメだって」

 警官が焦った様子でたしなめる。

「あ、すんません。道路が青かったからつい……」

 言い訳しつつ、これを警官の側から見ると、舞奈が普段チャビーやみゃー子を見るみたいに見えるんだろうな、と軽く凹んだ。


 それ以上に、舞奈はシートの下から不吉な何かを感じた。

 めくったシートの下から漂っていたのは、ほのかな血の臭い。


 この場所でどんな事故があったのかは知らない。

 だが、血が臭う何かを子供の目に触れさせまいとする大人の気持ちを無下にしたいとは思わない。

 だから舞奈は、それ以上に余計なことをしたりせずに誘導に従った。

 それに、そもそも舞奈の目的は一刻も早く学校に着くことだ。


 そんな殊勝な心掛けのせいか、どうにか登校時間には教室にたどり着いた。


「あ、マイだ! マイー!」

「ようチャビー、おはようさん」

 教室に入って早々に、チャビーがあわてた様子でやってきた。

 幸いにも昨晩のことは忘れたようだが、新しい厄介ごとが起きたらしい。


「ねえマイ、聞いて! 桜ちゃんが誘拐されたの!」

「なんだって!?」

 チャビーの言葉に、舞奈の瞳が見開かれる。


 通学路の異様な光景が脳裏をよぎる。


 ビニールシートに覆われた路面。

 警備の警官。

 血の臭い。


 舞奈は側の少女がいなくなるのが我慢ならない。だが……


「……じゃ、あいつは誰なんだ?」

 ジト目でチャビーを見やりつつ、教室のまん中で気持ちよく歌う少女を指さす。


 郷田(ごうた) (さくら)

 腰まで伸ばしたさらさらの髪が印象的な、一見して清楚な美少女だ。

 そのせいか先生方からも真面目な生徒とみなされていて評判もいい。

 だが清楚で真面目な美少女は、並べた机の上で歌ったりはしない。


「あっ! マイちゃんだ!」

 桜も舞奈に気づいたらしい。

 机の上から飛び下りて、ギャラリーを放置して走ってきた。


「マイちゃんも桜のことが心配になって駆けつけてきてくれたのね! 桜、みんなに愛され過ぎて困っちゃう」

 そう言って、ブリッ子ポーズを決めて見せる。ブランド物に凄くよく似た量販店の投げ売り服が、桜の人となりを如実にあらわしていた。

 いつもと変わらぬ桜に面倒くさそうな視線を向ける。


「誘拐されたって聞いたんだが?」

「そうなのよー。ねぇ、聞いてよマイちゃん!」

「いや、だから聞いてるだろ……」

 チャビーとみゃー子を足して、2倍に騒々しくしたようなウザトークだ。

 見た目とは真逆な言動に、辟易しながら先をうながす。

 桜は楽しそうに話を続ける。


「桜、昨日の夜にね、家の近くでちょっとキモイ感じのおじさんに会ったの」

「見ず知らずをキモイとか言ってやるなよ」

 思わず話の最初から腰を折る。

 だが桜は無視して話を続ける。


「でね、『アイドルにならないか?』って言われたから一緒に行ったのよ」

「見ず知らずに、ついて行くなよ」

「だってね、そのおじさん、アイドル会社のプロデューサーだって言ったのよ。そういうのって、だいたいキモイおじさんでしょ?」

「そうなのか?」

「うーん、よくわかんない」

 舞奈は側のチャビーに尋ねるが、幼女は困惑して首をかしげる。

 だが桜は気にせず話を続ける。


「でもね、お仕事の話とかしようとしたんだけど要領を得ないし、何かヘンだなって思って帰ろうとしたのよ」

「最初から何もかもがヘンだったじゃないか……」

「もう! 桜のお話をちゃんと聞いて! でね、わたしは華奢で力が弱いから、おじさんに捕まっちゃったのー♪」

 自分が誘拐された話をしてるのに、桜はすごく楽しそうだ。

 悲劇のヒロインになり切っているからだ。

 つくづく幸せな性格である。


「で、その後はどうなったんだ?」

 だが舞奈的には割とその先が心配だ。

 こんな桜だが、それでも舞奈が守りたいと願う少女のひとりだからだ。


「マイちゃんったら、やっとちゃんと話を聞いてくれる気になったのね」

 桜は舞奈の注目を浴びて、いい気分だ。


「でも桜の話はもうおしまい。桜は縛られてさるぐつわをはめられて、車に乗せられちゃったの。怖くてもがいてたんだけど、そのうち疲れて寝ちゃった」

「いや、そこは大事なとこだろ。無事だったのか?」

 目の前に本人がいるのだから無事なのは確定なのだが。


「でね、気がついたらおまわりさんがいたの」

「よかったじゃねーか。……って、なに不満そうな顔してるんだよ」

「だって、そのおまわりさんんはね、ちょっと太ってたのー」

「別にいいだろ警官が太っていようが痩せていようが」

 やれやれと肩をすくめる舞奈の前に、チャビーが割りこんできた。


「えー。よくないよ。たすけにきてくれた男の人は、スマートじゃなくちゃね!」

「ねー!」

 どうでもいいところで意気投合した2人に、舞奈は苦笑する。


「……っていうか、んなことがあったのに、よく学校来られたな」

「だってー、桜が学校に来ないと、みんな心配するでしょ?」

 アイドルを自称する桜は、ちやほやされるのが大好きだ。

 今回の一件も、桜としては注目を集めるために丁度いいくらいの認識だったのかもしれない。


「それに、お休みすると皆勤賞がもらえないしー。えへへ、皆勤賞をとると、晩御飯がすきやきになるんだよー」

 桜の家は子だくさんの貧乏家族だ。

 上が2人で下も2人の5人姉妹だとか。

 なので桜は舞奈とは別の方向でタフだ。

「鋼のメンタルだな……」

 舞奈はやれやれと苦笑する。その時、


「イ~ヌのおまわりさんは、ラ~イオンだガオ~♪」

 みゃー子がやってきた。

「うんうん、犬のおまわりさんも可愛いくていいよね!」

「桜は人間のイケメンがいいなー」

「……太っちょより犬のがマシかよ」

 やれやれと肩をすくめ、イケメントークを始めた桜たちに背を向ける。


 そしてテックの机に向かう。

 自席でタブレットを叩くテックの側には、画面を覗きこむ明日香。


「おはようさん。桜の妄言は、本当の話なのか?」

「通行規制って聞いてたけど来られたのね。……本当よ」

 無表情に答えたのはテックだ。

 携帯からのばしたイヤホンを片耳につけている。

 一見すると音楽でも聞いているように見える。

 だが携帯の画面から察するに警察の無線を傍受しているようだ。


「……しかも珍しく実際より抑え気味」

 無表情なテックが、柄にもなく苦笑する。


「まだ何かあったのか?」

「ええ。桜を誘拐した車、ひき逃げもしているわ」

「元気な犯人だな……」

 桜に4人の姉妹がいるという事実が脳裏をよぎった。

 だが一緒に誰かいたなら、そもそも桜を胡散臭い男について行かせたりはしないだろうと思いなおす。


「ひき逃げってほど可愛らしいものじゃないけどね」

 口を挟んできたのは明日香だった。


「可愛げのある事件か? ひき逃げが」

 舞奈は苦笑するが、明日香は気にせず続ける。

「こっちの被害者は3人。おそらく50歳代の男性」

「男か女かぐらいわかるだろうに」

 だが明日香はツッコミに答える代りに肩をすくめる。


「犯人は讃原(さんばら)町で珍走行為をしていた被害者グループにライトバンで激突。ショック状態のところをバンパーにくくりつけて、そのまま夜のドライブよ」

「うへっ、そりゃご愁傷様だ」

 舞奈は顔をしかめる。


 讃原の珍走団という字面にひっかかることがないわけではない。

 だが、そんなことより、これで今朝の通行止めの理由がわかった。

 近所迷惑だが気の毒な珍走団の面々は、町中を車で引きずり回されたのだ。

 ブルーシートの下にあったのは3人の人間が削られた跡だったのだろうし、年齢も性別もわからないのも無理はない。


 思わず状況が脳裏に浮かび、顔をしかめる。

 舞奈も戦闘で何匹もの敵を屠ったが、グロい絵面が得意なわけではない。

 思わず胃のあたりがキューッとなった。

 そして、思い出した。


「そういや、園香はどこ行った?」

 声に出しつつ、委員長と一緒に机を戻していた長身巨乳を見つけ出す。


「おはよう園香。そっちは大丈夫だったか?」

「あ、おはようマイちゃん。心配してくれるんだね。やさしいな」

「へへっ、当然だろう」

 しとやかな園香の笑顔に、思わず相好を崩す。

 後ろで明日香が肩をすくめる。

 舞奈のお腹がぐぅと鳴る。


「そうだ。今日はね、かぼちゃのタルトを作ってきたんだよ」

 その言葉に、舞奈の顔がパアッと明るくなる。だが、


「あっ、ごめんねマイちゃん。桜ちゃんが全部食べちゃったみたい」

「な、なんだって~!?」

 舞奈はがっくりと膝をついた。


 その後の舞奈は給食だけを心の支えに3時間目までを過ごした。

 今日の給食は、みんな大好きカレーライスだ。

 その上、プリンがついている。


 そして4時間目が半ばを過ぎた頃、教室のドアがガラリと開いた。


「あ、先生。先生も給食が待ちきれないのか。でもあと30分あるっすよ」

 舞奈の妄言に首を傾げ、担任は言った。


「志門、安倍、ちょっと来てくれないか。ご家庭の事情だ」

「……へ?」

 呆然とする舞奈は、明日香に引きずられて教室を出て行った。


 舞奈や明日香に対する『家庭の事情』という呼び出し文句は、それが【機関】の業務に関する緊急事態であることを示す。


 なので給食の直前に呼び出された舞奈は呆然自失のまま明日香に運ばれ、防弾リムジンで護送……というか運送され、支部の会議室にやって来た。


 ぐらぐらする椅子に腰かけて、舞奈は力尽きていた。


 だが、そんなとき、ドアがぞんざいかつ無造作に開かれた。

 そこにあらわれた人物に、舞奈は驚愕した。


「何であんたが……ここに……!?」


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