戦闘3-1 ~銃技&戦闘魔術vs外宇宙よりの魔術
異形と化した悟めがけて、舞奈は走る。
右手にはアサルトライフル。
左手にはコートの裏から取り出した短機関銃。
一方、明日香は真言を唱え、胸元の髑髏を輝かせる。
次いでクロークの内側から数枚のドッグタグをつかみ取る。
放り投げる。
不動明王の咒を紡ぎ、「災厄」と唱える。
それぞれのタグは燃えあがって火球と化し、黒煙の軌跡を描きながら飛ぶ。
群れなす火弾は灰色の肢体に着弾し、幾重もの爆音とともに火の粉を散らす。
即ち【火嵐・弐式】。
彼女が多用する電撃を砲撃に例えるならば、火炎の術は焼夷弾による爆撃といったところか。巨大な動かない目標には絶大な威力を発揮する。
だが、灰色の塊には傷ひとつ付いていない。
反撃とばかりに、絡まりあった細い腕が一斉に印を形作る。
唇が唱歌のように折り重なる呪文を唱え始める。
塊の周囲に幾つもの炎が生まれる。
かつて美佳が用いた火神の炎だ。
「止まって!」
明日香は叫ぶ。
ドッグタグを吊るしたベルトごと取り出し、頭上に投げる。
大自在天の咒、そして「災厄」。
ドッグタグは青白い光の弾丸と化して飛ぶ。
立ち止まって身をかがめた舞奈の頭上を飛び越えた魔弾の群は、地に落ちると同時に巨大な氷の塊へと変化する。
氷塊は少女たちと悟の間に次々と降りそそいで積み上がる。
そして分厚く巨大な氷の砦と化す。
氷塊の嵐を作りだす【氷嵐・弐式】の魔術は、生成した氷塊を遮蔽物にする防御手段としても機能する。
一拍遅れて、悟が作りあげた無数の鬼火が降りそそぐ。
氷の砦は爆炎と蒸気を立ち昇らせながら、炎の雨から少女たちを守る。
「糞ったれ! 効きもしない!」
舞奈は砦の縁から、蒸気の霧の切れ目ごしに灰色の塊を見やりる。
「弱点は分かるか?」
「本体が持ってる三種の神器よ。それを破壊すれば、魔力を維持できなくなるわ」
淀みのない友人の答えに、思わずニヤリと笑う。
明日香の説明をふまえ、灰色の小山の高さを目算する。
「足元からならこいつで狙えるな」
「特殊弾が切れてるなんて言わないでしょうね?」
「弾倉1個まるまる、ライフル用の特殊炸裂弾だ。高かったんだぞ」
ニヤリと笑みを浮かべる。
いつもの【掃除屋】の、怪異退治と同じだと言わんばかりの不敵な笑み。
そして、ふと思った。
黒髪の友人が後にいるから、迷いなく前を向いて戦うことができる、と。
目前に、ピクシオンを象った1ダースほどの落し子があらわれる。
「突っ切る。援護を頼む」
「オーケー」
戦友の声を背中で聞きつつ、砦を跳び出す。
舞奈を認識して襲いかかる偽物のピクシオンを、雷撃が打ち据える。
誘導し、貫通する雷の鎖を生み出す【鎖雷】。
魔術の雷は手近な落し子へと次々に飛び火し、6体が砕け散る。
だが、その姿がはじけて異次元の色に輝く6本の槍と化し、舞奈めがけて一斉に放たれる。これも美佳が多用していた、反撃する幻影の落し子だ。
舞奈は余裕で跳び退って3本の槍を避ける。
1本は頭上を通り過ぎ、1本は足元を穿つ。
そして最後の1本が油断した舞奈の胸をかすめ、コートを引き裂く。
「舞奈!?」
明日香が叫ぶ。
だが撃たれた舞奈は軽くよろめくのみ。
口元には余裕の笑みを浮かべたまま。
ひるがえったコートの下は、落し子と同じ様式のピンク色のドレス。
トレンチコートの下で、舞奈はピクシオン・シューターに変身していたのだ。
流石の舞奈も、アサルトライフルと短機関銃の2丁持ちなどという無茶な武装にはドレスにかけられた身体強化の魔法が必要だ。
それでも魔法の2丁拳銃を使わないのは、拳銃に慣れた今となっては反動のない銃のほうが撃ち難いからだ。
右手のアサルトライフルが火を吹く。
新たに迫り来る3体の落し子が爆発して塵と化す。
銃火をかいくぐった1体が目前に躍り出る。
左手の短機関銃が蜂の巣にする。
撃ち返された輝く槍を、地を転がって避ける。
4本の彩色は灰色の地面を穿って消える。
その時、大気がゆらいだ。
風神の淀んだ風を用いた拘束術だ。
立ち上がった舞奈は、不可視の手から逃れるように左右に跳びながら走る。
だがフェイントも虚しく、不意に身体の自由が奪われた。
まるで金縛りにでもあったかのように、指の1本すら動かすことができない。
さらに、目前には乗用車ほど大きな火球が迫る。
犠牲者の身体にナパームの如く付着して骨も残さず焼き尽くす火神の炎だ。
このサイズの炎が相手では、ピクシオンのドレスも役には立たない。
だが舞奈の身体は、唐突に自由を取り戻した。
地を蹴って転がる。
その残像に火球が覆い被さり、火柱を上げる。
立ち上がりつつ背後に目をやる。
氷の砦から半身を覗かせ、こちらに掌をかざす明日香の姿。
風神の拘束術を【対抗魔術・弐式】で破ったのだ。
次いで明日香は小型拳銃を抜き、残る落し子の足元を狙って牽制する。
明日香の周囲に短機関銃を構えた影法師が出現する。
事前に召喚し、影の中に潜伏させていた式神である。
舞奈も負けじと短機関銃を乱射して落し子どもを足止めする。
そして、悟に向かって走る。
思わず口元に愉快げな笑みが浮かぶ。
気づいてしまったから。
明日香と今、こうしている瞬間こそが、あの幸せな日々の再現だと。
舞奈が敵を引きつけ、その隙に明日香が状況を打開する。
明日香が策を練り、舞奈が実行する。
2人の【掃除屋】は、力を合わせ、互いをフォローし、笑顔を向け合って、どんなピンチもくぐり抜けてきた。
3人の仲間は2人になってしまった。
けれど、たぶん明日香と過ごした日々こそが、ずっと舞奈が望んでいたものだった。
触手の槍は来ないとふんで全力で駆ける。
濁った海から放たれる触手の群は水神の魔術だ。
そして美佳の受け売りでは風神と水神、火神と土神はそれぞれ反発する。
それらを源とする魔術を併用できるのは熟練の魔術師だけだ。
風神の拘束術は明日香が対処でき、拘束されなければ火神の炎は避けられる。
舞奈はニヤリと笑みを浮かべる。
そして、ふと振り返る。
特に理由はなかった。
ただなんとなく、彼女の姿を見たいと思ったのかもしれない。
だが舞奈の表情は驚愕へと変わる。
放電のドームを張り巡らせた明日香を取り囲む、落し子の群。
短機関銃を構えた式神が反撃している。
だが数を3体に減らした影法師には荷が重いようだ。
そして、その頭上に巨大な火球が迫る。
先ほど舞奈を襲ったそれよりも、さらに大きい。トラックほどはあるだろうか。
魔法の電磁バリアは落し子の魔弾を食い止めるには十分だ。
だが巨大な灼熱の業火を防ぎきるほどの力はない。
すぐ側の氷の砦に隠れれば耐えられるはずだ。
だが落し子に応戦する明日香は頭上の脅威に気づいていない。
「明日香! 上だ!!」
叫びつつ、明日香めがけて逆走する。
行く手を塞ぐ落し子を撃ち抜く。
彩色の槍をコートの背中にまともに喰らい、苦痛に顔をしかめる。
頭上に迫る火球に気づかぬ明日香の瞳が、戻らず進めと咎めるように見やる。
だが舞奈は止まらない。
ずっと側にいた少女がいなくなる。ずっと隣にあった暖かいものが失われる。
それは舞奈がもっとも恐れていたことだから。
短機関銃を投げ捨てる。
アサルトライフルを両手で構える。
有効射程ぎりぎりから2体の落し子を撃ち抜く。
ただならぬ舞奈の様子に、明日香は思わず視線を上げる。
そして、ようやく目前に迫る猛火に気づいて目を見開く。
だが次の瞬間、
「明日香!?」
業火は砦の半分と落し子たちを飲みこんだ。