調査
奈良坂から作戦を打ち明けられた翌日。
初等部の授業は午前中で終わった。
なので舞奈はテックとふたり、情報処理室に忍びこんでいた。
「舞奈の言うとおり、執行人に召集がかけられてる」
テックが端末から顔を上げる。
「目的は怪人の討伐よ。特徴から、アイオスって人のことだと思う」
舞奈は彼女に依頼して、【機関】須黒支部内部の通信記録を盗み見ていた。
奈良坂が命じられたという討伐作戦について知るためだ。
「場所と日時は分かるか?」
「出巣黒須市立下辺那公園予定地。開始日時は今日の夕方」
返答に、舞奈は口元に皮肉な笑みを浮かべる。
悟は美佳を蘇らせる場所を、公園になれなかった公園に決めたらしい。
思えばこの場所から、三種の神器に関るすべてが始まった。
「ずいぶん急だな。放課後に集まって間に合うのか?」
「今回の作戦に参加するメンバーは、今日は学校お休みしたみたい」
「そっか」
そっけなく答える。その時、
「でもでも、この指示、ヘンな指示ー」
耳元で素っ頓狂な声がした。
いつの間にいたのか、みゃー子が下から覗きこんでいた。
「……みゃー子か。今はおまえに構ってるヒマはないんだ」
舞奈はしっしと手を振る。
だが、みゃー子は意味のわからない動きをしながら、
「魔道士が2人で儀式をするのに討伐指示はひとりぶん。なんで? どうして?」
「そりゃおまえ【機関】がサト兄のことを知らないからだろ?」
「なぜなぜ? どうして知らないの?」
「討伐作戦は、リークされた情報をもとに立てられてるみたい……待って」
テックは通信記録を洗い出しながら、ふと気づく。
「この情報、並べてみると、かなり故意的」
「どういうことだ?」
「怪人が現れる予定の場所も、時間も、作戦をたてて部隊を編成するのに都合がいいものだけが、都合のいい順番でリークされてる」
テックは無表情に語る。
「編成された部隊の戦力は、魔道士2人を相手するにはちょっと足りなーい」
みゃー子は踊る。
「つまり、そのために怪人の数を誤魔化した偽情報を流したって言いたいのか?」
舞奈は訝しむ。
「ギリギリで負ける戦力を怪人にぶつけようとしてる……?」
テックは考えこむ。
そして、舞奈は気づいた。
「――ああ、怪人が勝てるだけの戦力を誘ってる。こいつは罠だ!」
気づいてしまった。
フィクサーに事の次第を説明して討伐作戦を中止させようとも考えた。
だが時間がない。
仮にフィクサーが説得に応じたとして、作戦決行の可否を決めるのは上層部だ。
回答を待つうちに事は終わるだろう。
そしてフィクサーに独断で作戦を中止させる権限はない。
「なあ、テック。情報のリーク元を調べられるか?」
「ちょっと待って」
だが先に動いたのはみゃー子だった。
踊るような妙ちくりんなタイピングで端末を操作し、
「ああ、そういうことか……」
舞奈の口元に、乾いた笑みが浮かぶ。
表示されたリーク情報の発信元は、三剣悟が所有するパソコンだった。
(なんでだ? サト兄は、三種の神器でミカを蘇らせたいんじゃなかったのか?)
三剣悟は古神術を操る。
だから【霊媒と心霊治療】によって自身にハッカーを憑依させて身元不明のリーク情報を流すくらいはできるだろう。
もちろん【機関】は占術士を使って情報の裏付けくらいはとる。
だが【護身と浄化】による防御魔法を使えば探知魔法を防ぐことも可能だ。
(執行人に罠なんか仕掛けて、どうするつもりなんだ?)
確かに悟は、美佳を見捨てた【機関】を嫌っている。
だが、それだけで【機関】に宣戦布告する理由になるだろうか?
(まさか、あの時のトウ坊みたいに魔力を奪って利用するつもりなのか?)
舞奈の脳裏を、最後に見た刀也の姿がよぎる。
刀也は草薙剣の力を使い、ピクシオン・ブレスから魔力を吸収した。
同じことを、悟は生きている異能力者からしようとしているのだろうか?
美佳を蘇らせるために。
脳裏を美佳の優しい笑顔がよぎる。
再び美佳が蘇り、あの頃のように微笑み、語りかけ、抱きしめてくれる。
そんなことが有り得るのだとしたら、舞奈にとっても願ってもない。
(けど、そんなことが本当に可能なのか?)
悟は奪った魔力を操ることができるのだろうか?
それに伝承は本当のことを伝えているのか?
そもそも肝心な美佳の魔力は、今は刀也に宿っているのだ。
(そもそも、儀式によって蘇るのは【美佳】なのか?)
ファイゼルは三種の神器によってエンペラーを【創り出す】と言っていた。
(あたしは、それを望んでいるのか?)
疑惑ばかりが胸中を渦巻く。
むしろ、美佳を蘇らせる儀式を、自分は望んでいないのではないかとすら思う。
まるで心に秘められた美しい思い出を踏みにじられるような、そんなやり切れない思いだけが膨らむ。
我ながら勝手だとは思うが、過去は過去のままそっとしておいて欲しかった。
(それに、魔力を奪われた執行人たちはどうなる?)
変貌した刀也、そして崩れ去った美佳のピクシオン・ブレスが脳裏をよぎる。
伏し目ぎみな少女の面影が脳裏をよぎる。
たとえ一時でも側にいた少女に、傷ついて欲しくない。
美佳を失ったあの日を思い出すから。
それに、約束したのだ。彼女を守ると。だから、
(サト兄を止めよう)
その結果、彼と自分と美佳の関係がどうなるにしても。
美佳の残した何かと相対することになったとしても。
そう考えて、口元に寂しげな笑みを浮かべる。
自分が美佳と闘い、勝利する未来を思いうかべることができなかったから。
過去を守るために未来を閉ざすが如き自分の願いに、自己満足以上の何かを見出すことができなかったから。
懐からチケットを取り出し、見やる。
園香にもらった映画の前売券だ。
余白には園香との待ち合わせ時間が書きなぐられている。今日の夕方である。
「このこと、明日香には内緒にしといてくれないか?」
舞奈は無表情な天才少女に目をやる。
「いいけど、ケンカでもしてるの? 2人とも最近なんかヘン」
「そんなんじゃないよ」
テックの疑問にそう答え、笑みを皮肉げに歪める。
知られたくないのは、単にこの件が明日香とは無関係だからだ。
自分の気持ちの問題で、彼女を危険に晒したくない。
それはおそらく、明日香が三剣邸に赴いて悟と相対した理由と同じだ。
「……なあ、テック」
呼びかけに、シャープなボブカットの少女は画面から目を離して振り返る。
不意にテックの痩せすぎな身体を抱きしめる。
驚愕に固まった血色の悪い顔に、自分の顔を重ねる。
しばらくして、舞奈は立ち上がった。
テックは椅子にへばりつきながら、口元を両手で押さえて目を白黒させている。
舞奈は自身の唇をぺろりと舐め、
「たまには他の奴とも話せよ。ゾマとか、チャビーもあれで結構いい奴だぞ」
優しく、少し寂しげな笑みを口元に浮かべた。
唇をとがらせて迫ってくるみゃー子の眉間を「おまえはいいだろ」と小突く。
そして情報処理室を後にした。