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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第6章 Macho Witches with Guns
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園香

 翌朝、舞奈は眠い目をこすりながら登校し、へろへろとイスに腰かけた。


 教室にはまだ誰もいない。

 例によって昨日の夕飯は水道水だった。

 なので今朝は、腹の虫に急かされるように目をさまし、家でじっとしていても腹が減るだけなので早めに登校したのだ。

 だが、教室でじっとしていても腹が減ることには変わりない。


(あーあ、あそこから中華の出前でも入って来ないかな)

 空きっ腹をなだめながら、何とはなしに開け放たれたドアを見やる。

(そんでもって、こう、でっかい肉まんとか持って……)

 そんなさもしい妄想にひたっりつドアをながめる。


 その時、大きな肉まんが2つもあらわれた。


 あわてて目をしばたかせる。

 すると通学鞄とバッグを両手でさげた園香が入ってきた。

 布のバッグには仲むつまじいリスのカップルが刺繍されている。


「マイちゃん、おはよう。今日は早いんだね」

「よっ、おはよう園香」

 おざなりな挨拶を返しつつ、園香の胸をじっと見やる。

 断じて他意はなく、顔を見上げようとすると自然にそうなる。


 なんとなく彼女と2人きりのときは、あだ名ではなく園香と呼びたかった。

 そんなことを思うのは、たぶん舞奈が彼女の部屋に泊ったあの夜からだ。

 園香は頬を赤らめ視線を落し、鞄を握りしめた両腕をキュッとすぼめる。

 ふくよかな胸が圧迫されて盛り上がる様に辛抱たまらず、


「おまえも早いな」

 そう言って、目をそらす。

 園香は自分の席に向かう。


「マイちゃん、今朝もお腹すいてるの?」

「うん」

 言いつつ机に鞄を下ろす園香の後姿に見とれながら、答える。

 鞄の中身を机に移す何気ない仕草。

 恥らうように、誘うように揺れるスカート。

 彼女のすべてが、そこはかとなく艶めかしい。目が離せない。


 なんだか園香が急に綺麗になったように思える。

 あの夜を境にして、舞奈も園香も少しずつ変化していた。


「今日はパウンドケーキを焼いてみたんだけど、どうかな?」

 やがて、長身の少女はバッグから布の包みを取り出し、舞奈の席に戻ってきた。


「いつもすまないな」

 包みの中から小さくスライスされた洋菓子をつまんで、ひとかじり。

 シロップがたっぷりと馴染んだカステラの食感を堪能し、そのまま3口で平らげる。

 そして側で控えめに見つめる園香を見つめ返し、笑う。


「こいつは美味い。良い嫁さんになるよ」

「えへへ、ありがとう」

 園香も笑う。

「マイちゃん、いつも美味しそうに食べてくれるから嬉しいな」

 花弁のような唇をほころばせ、照れるように笑う。


「あのね、マイちゃん」

 園香は2枚の紙切れを取り出し、片方を舞奈に手渡した。


「映画の前売券に見えるな」

「うん。チケット2枚もらったんだけど、いっしょに行く相手がいなくて……」

 ギャングと探偵が派手に撃ち合うアクション映画らしい。

 結構ハードな内容のようだ。


「あたしは面白そうだと思うけど。……誰だよ園香にこんなの渡したバカは?」

 間違っても普通の女子小学生が観たがるような代物ではない。

 苦笑する舞奈に、だが園香は控えめな微笑みを返す。


「今度の金曜日の夕方、用事とかなかったら一緒にどうかな? よかったらその、ついでにご飯でも……」

 無論、舞奈も是非ともご一緒したい。


 映画も面白そうではあるし、なにより『ついでにご飯でも』である。

 その言葉が意味するところはひとつしかない。

 つまり、金曜日は夕飯が食べられるということだ。


 だが、それならいつも一緒にいるチャビーを誘うのが筋なのではと思う。

 しかしチャビーは映画とか見ると間違いなく寝る。


 知った顔を順繰りに思い浮かべてみる。

 明日香はずっとウンチクを語っていそうだ。

 テックはDVDでも貸したほうが喜びそうだ。

 みゃー子と映画なんてとんでもない。

 そうなると必然的に舞奈くらいしか誘う相手がいない。


 ――否、もうひとり。


「その、トウぼ……刀也のこと、すまない」

 以前に聞いた話では、彼女は刀也に思うところある口ぶりだった。

 そして、当の刀也は舞奈が関った事件によって(自業自得とはいえ)昏倒中だ。


「あれは、そういうんじゃないの。マイちゃんと似てるかなって思って……」

 園香はあわてて言い募る。

 舞奈は優しげな視線で先をうながす。


「前からね、マイちゃんのこと格好良いなって思ってたの」

 園香は、頬を赤らめてうつむく。


「それでね…ね、もっと……仲よくなれたらなって、ずっと思ってた」

「ああ、あたしも思ってた」

「でもね、でも、マイちゃん、そういうの気持ち悪がるかなって。でも……」

 園香は不安げに言葉をつまらせた。

 湯気が出るかと思えるほど赤くなって、もじもじと床を見つめる。


 だが、あの夜、舞奈は園香を否定などしないことが、はっきりした。だから、


「別に用事なんてないし、よろこんでご一緒させてもらうよ」

 舞奈はそんな彼女に微笑みかけ、そっと立ち上がって耳元にささやく。


 園香は園香だ。美佳の代わりになんてならない。

 けど美佳はもういないから、心の穴を別の何かで埋めなければいけない。

 舞奈のそんな心情など知らぬ園香は、ぱっと花が咲いたように微笑む。


「よかった」

 花びらのような唇が安堵の吐息を洩らす。


「それじゃ、待ち合わせ場所は――」

 楽しそうに話す園香を見つめながら、

(やっぱり可愛いな)

 舞奈も思わず口元を緩める。


 けれど、彼女は美佳じゃない。


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