真相
美しい和風の庭の木々を背景に、2人の男女が対峙していた。
ひとりは、着流しをまとった長髪の青年。
もうひとりは、ワンピースを着こんでケープを羽織った黒髪の少女。
「明日香ちゃんがひとりで来るなんて、珍しいね」
悟は静かに言葉を紡ぐ。
ししおどしがタンと鳴る。
明日香は三剣邸を訪れていた。
「弟さんの容態はどうですか?」
明日香は問う。
口調は普段と同じく丁重だが、声色は普段より硬く冷たい。
「刀也なら、まだ休んでいるよ。……迷惑をかけてすまない」
悟は端正な顔を歪めて答える。
三剣刀也は何者かにそそのかされ、魔剣と腕輪を奪って逃げた。
そんな彼を、自分とは別の仲間とともに舞奈が追った。
刀也は魔剣の力で腕輪の魔力を吸収し、暴走して舞奈に襲いかかった。
そして明日香の狙撃によって無力化された。
明日香は預言によって舞奈の危機を知り、駆けつけたのだ。
その後、刀也は三剣邸に運ばれた。
目下のところ、残留した魔力を【大祓】の儀式によって抑えている状態だ。
「三種の神器は、今どちらに?」
明日香は冷ややかに悟を見やる。
舞奈と共闘したというアイオスは、明日香が駆けつけたときにはいなかった。
彼女は刀也に手ひどく痛めつけられ、動ける状態ではなかったと聞いている。
だが彼女は【サムソンの怪力】の呪術によって筋力と素早さだけでなく、人外の耐久力をも得ていたはずだ。
その際にアイオスは、その何者かが落した魔道具を持ち去っていた。
それは九杖サチから奪われたはずの【八坂の勾玉】だ。
同じ場所に残された槍は放置されていた。
夜壁が誘拐犯から絞り出した情報を思い出す。
アイオスは以前から魔道具を探していたらしい。
玉と剣、そして鏡の3つだ。
そして最初の誘拐事件の段階で、アイオスは【八咫鏡】を所有していた。
そもそも、あの事件自体が、破損した鏡を修復するために引きおこされたものだ。
それは明日香と舞奈が張からの依頼を受けて入手し、その際に破損したために張に受け取りを拒否され、悟に譲られたはずの魔道具だ。
明日香は悟の双眸を凝視する。
アイオスは明日香と交戦した際、祓魔師の術ではない障壁で身を守っていた。
注連縄をまわし代わりに身に着けることによる、強固な障壁。
古神術の【護身神法】である。
つまり、古神術を修めた呪術師が彼女に力を貸している。
むしろアイオスが彼に協力して三種の神器を集めていたと考えるのが妥当だ。
三種の神器は古神術と同じく、古神道に由来する魔道具だからだ。
そして、舞奈が彼に譲った剣は【草薙の剣】だった。
明日香の推測が正しければ、彼の手元に古神道に伝わる強力な魔道具がそろっていることになる。
彼はそれを、何らかの目的のために探していた。
目的を同じくする何者かと利害が対立したようだが、彼はそれを出し抜いて、奇跡に等しい施術をも可能とする魔道具を3つ揃えることに成功した。
「そうだね。君がいつか気づくだろうって、用心しておくべきだった」
悟は静かな、そして儚げな笑みを浮かべたまま、
「でも、今は邪魔させるわけにはいかない。もう少しなんだ」
懐刀を取り出し、すばやく祝詞を口ずさみつつ刃を宙にすべらせる。
次の瞬間、明日香の首が姿なき何かに絞められた。
舞奈に聞いたことがある。
三剣家には刀を用いて敵を縛る特殊な呪術が伝わっていると。
身体を弓なりにして悶えつつも、明日香は冷静に【魔道】のルーンを念ずる。
即ち【対抗魔術・弐式】。
魔法消去の魔術が、呪術師の呪術から魔術師を解放する。
悟は【祓】で抵抗する。
だが呪術師の魔法消去は再度の【対抗魔術・弐式】に返される。
その結果、呪術に用いられた懐刀が砕かれる。
「やっぱり、今の僕には無理だね」
悟は手の中に残った柄を見つめながら、ひとりごちる。
「舞奈ちゃんに、言いつけるかい?」
「彼女の知人に、不義理はしませんよ」
明日香は何食わぬ様子で答える。
「ただし」
冷ややかな笑みを浮かべて悟を見やる。
否、酷薄な笑みと言うべきか。
「これ以上、彼女を巻きこまないでください」
彼女の瞳は、自身が躊躇なく人を殺められると告げる。
それによって守られるものがあるならば。
あるいは、そこまでして守りたい、と。
そんな彼女に、悟も笑みを返す。
「約束する。この件に舞奈ちゃんを巻きこまないよ」
寂しげに笑う。
「君さえ話さなければ、あの子がこの計画を知ることはない」
答えつつ、悟は黒髪の少女を見つめる。
(それにたぶん、あれはもうあの子には必要ないものだから)
まぶしそうに、微笑む。
(あの子は代わりのものを……見つけられたから……)
羨むように、苦しげに微笑む。
「もう少しだけ待って欲しい。……今週末には終わらせるよ」
悟は儚げに、絞り出すように言った。
そんな悟に、明日香は用は済んだとばかりに背を向ける。
「用件はそれだけです」
そう言って、歩き去った。
その背後の木陰から、小さなツインテールがぴょこんと突き出ていた。
だが、その道の達人ではない2人は気づくことがなかった。