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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第6章 Macho Witches with Guns
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追憶

 カラン、とグラスの中で氷が鳴った。


 薄暗い自室のリビング。

 舞奈はソファにうずくまるように腰かけて、テーブルの上へと視線を落とす。


 そこには古びた額縁が立てられていた。

 古びた木製の額縁には、3人の少女を写した古い写真が入れられている。

 姉妹にも、仲の良い友人にも見える。


 窓の外を見やる。

 舞奈の口元に乾いた笑みが浮かぶ。

 こんな静かな、月が悲しげに輝く夜には、あの頃のことを思い出す――


「ふぇぇ、いたいよ……」

 幼い舞奈は泣きべそをかいていた。

 差し出した右腕には、一筋の深い斬り傷が走っている。


 美佳は痛ましい傷に掌をかざし、目を伏せて祈る。

 美佳の掌から光線が放たれ、舞奈の腕を燐光で包みこむ。

 幼い少女の傷口がゆっくりとふさがっていく。


 だが、傷がかさぶたになったところで、美佳の右腕にうっすらと傷痕が浮かび上がった。舞奈のそれとまったく同じ位置だ。

 美佳は祈りを中断する。


「傷は塞がったけど……ごめんなさい、私の力ではこれ以上は無理よ」

 エイリアニストの【混沌変化】による治療の限界だ。

 これ以上の治療を試みても、術者が傷つき消耗するだけだ。だが、


「まだいたいよ……」

 幼い舞奈はかさぶたを見つめながらぐずっている。


 美佳は舞奈のもしゃもしゃの髪を撫でながら、しばし考えこむ。

 そして幼い少女の腕に顔を寄せ、傷痕にそっと唇を這わせた。

 舞奈は驚く。


「痛くなくなる、おまじないよ」

 顔を上げた美佳は、幼い舞奈にニッコリと微笑みかける。

 舞奈は一瞬、考えこんで、


「……いたくない。ミカすごい!」

 満面の笑顔を浮かべてみせる。


 そして幼い舞奈は、はしゃぎながら美佳の胸に飛びこんだ。

 ふくよかな胸に顔をうずめ、その背に両腕を回す。

 栗色の髪の少女の身体からは、優しい陽だまりの香りがした。


 幼い舞奈は信じていた。

 この幸せな日々が、ずっと続くのだと。


 銃声が響く。


 レーンの向こうの人型を模したターゲットには、いくつもの風穴が開いていた。

 特に頭部は穴だらけだ。

 今の一撃も、開いていた穴に再び銃弾が通り過ぎ、広げていた。


「どまんなかだ!」

 幼い舞奈はイヤーマフを外し、得意げな笑みを浮かべる。

 その手に握りしめられているのは、子供の手には不釣合いな拳銃(ジェリコ941)


 舞奈の拳銃(ジェリコ941)は、銃身(バレル)を交換して異なる口径の弾丸を撃ち分けられる。

 この頃の舞奈は低威力の小口径弾(9ミリパラベラム)を使っていた。

 理由は2つ。

 ひとつは、幼く未熟だった舞奈では大口径弾(45ACP)を扱いきれないから。

 もうひとつは、美佳の旧式拳銃(ルガーP08)と弾丸を共有するためだ。


 隣のレーンを見やる。

 栗色の髪の少女が教本のような美しいフォームで拳銃(P08)の引き金を引くところだ。

 銃声とともに、ターゲットの胸に風穴が開く。


「やった! ミカもあたった!」

 美佳は編んだ髪を揺らしてイヤーマフを外し、幼い舞奈に笑みを返す。

 彼女は舞奈の銃技の師でもあった。


「舞奈ちゃんは、どんどん上手くなるわね」

 師は舞奈のターゲットを見やって微笑む。

「うん。ミカがおしえてくれたやりかたでうつと、ねらったところにあたるんだ」

 褒められた舞奈は屈託なく笑う。


「でも、ピクシオンのときみたいに片手でうとうとすると、ェリコがとんでいっちゃいそうになるんだ……」

 幼い舞奈はジェリコのジェの字を発音できない。


「舞奈ちゃんはまだ小さいんだから、無理しちゃダメよ」

 美佳は舞奈をたしなめる。

「変身していないときは、ちゃんと両手で構えなきゃダメよ。舞奈ちゃんが怪我したりしたら、悲しいもの」

 慈しむように、舞奈を見やる。


「ケガなんて、ミカがちゅってしてくれたら、へっちゃらだよ!」

 舞奈は笑顔で強がる。

 だが不安げな美佳の瞳に気づき、


「でも、おようふくがやぶれちゃうとイヤだから、りょう手でうつ!」

 そう言って笑う舞奈が防弾チョッキの下に着ているのは、フリルやリボンで飾りつけられたピンク色の洋服だ。


 美佳は幼い舞奈を可愛らしく装うのが好きだった。

 舞奈はそんな美佳の笑顔を見るのが大好きだった。


「ありがとう、舞奈ちゃん」

 そんな舞奈をそっと抱きしめながら、美佳は優しく微笑む。


「誰よりも強くて、いつも笑顔で、可愛い舞奈ちゃん」

 あたたかな陽だまりのような美佳の香りが、舞奈をそっと包みこむ。

「舞奈ちゃんは、わたしの誇りよ」

 幼い舞奈は、美佳の笑顔が大好きだった。


 そして、場面は変わる。


「畜生、キリがない」

 赤いドレスのピクシオン・フェザーは油断なく和杖を構え、周囲を見渡す。

 雲霞の如く無数の甲冑が、3人の少女を取り囲んでいた。


「こんなとき、サト兄がいてくれたら……」

 幼いピクシオン・シューターが弱音を洩らす。


 だが、その願いが叶わぬものであると、彼女たちは知っている。

 三剣悟はエンペラーが仕組んだ策略を阻止するために穢れを受け、呪術をほとんど使えなくなっていた。


 少女たちを支援できる者は、もういない。

 甲冑の群を従えたエンペラーの幹部は、勝利を確信してほくそえむ。だが、


「手下はわたしが何とかかするわ。2人は親玉をお願い」

 その前に、ピクシオン・グッドマイトが進み出た。


 グッドマイトは外宇宙に由来する何事かをつぶやく。

 すると、その姿がぶれ、少女は2人に分かれた。


 ひとりは、オレンジ色のドレスをまとったピクシオン。

 もうひとりは、変身前の萌木美佳。


 オレンジ色のピクシオンは視認すら不可能な神速で甲冑の群へと飛びこむ。

 敵に反応すら許さぬまま、異界の色に輝く光線の嵐を叩きこむ。


 人間の限界を超えた超機動で、甲冑の胴を次々に穿つ。

 四肢をなで斬る。

 頭部を蒸発させる。

 そうやって、群の半分を瞬く間に殲滅する。


 エイリアニストが得意とする【混沌変化】によって召喚した落し子。

 それにピクシオン・ブレスを託して変身させ、人を越えた超兵士として操っていた。


 悟が力を失った後、美佳は探求に探求を重ねた。

 そして、正気と破滅の狭間にある禁断の魔術のいくらかを我がものとしていた。


 甲冑の残りの半分が、変身を解除した生身の美佳に殺到する。

 だが、そちらにはさらに凄惨な末路が待ち受けていた。


 エイリアニストは異次元の色に彩られた土神(ツァトグァ)の衣をまとって防ぐ。

 己が足元を水神(クトゥルー)の触手の海に変えて群がる敵を貫く。

 大気を風神(ハスター)の手と化して縛る。

 うごめく火神(クトグァ)の鬼火を放って焼き払う。


 外宇宙から伝えられた狂気の魔術に、幹部は正気を失い錯乱する。

 そんな幹部に立ち向かうは、赤とピンクのピクシオン。

 2人を見守る美佳の優しげな瞳だけが、常軌を逸した混沌の中でただひとつ変わらぬものだった。


 美佳の強さは、愛する人々を守るためにある。

 その魔術の腕前も、優しげな笑顔も、すべて。

 だからこそ、萌木美佳は人外の邪法を己が意志でねじ伏せ、微笑んでいられた。

 あの時まで。


 ふたたび、場面は変わる。


「……行ってしまうんだね」

 ひとりごちるような悟の問いに、美佳は編んだ髪をなびかせて振り返る。


「ええ。待っていたって何も解決しないもの」

 紅すらひいていない、やわらかな唇で答える。

 木漏れ日のように優しく暖かな微笑を投げかける。

 だが悟は納得しない。


「ふふ、心配性なのね」

 美佳は微笑む。


「わたしたちはただ、エンペラーを倒して、タリスマンを取り戻して、フェイパレスと人間世界を救うだけよ」

「欲張りだね。どれかひとつでも、僕が手伝ってあげられたら良かったのに」

 彼女の笑顔に負けないよう、悟は笑みに似た表情を繕う。


「貴方が戦う力を失ったのは、貴方のせいじゃないわ。むしろ感謝してるの。あのとき貴方がああしなければ、とっくに世界は滅びていたもの」

 弱気な彼を励ますように、美佳はニッコリ笑みを浮かべる。


「大丈夫。舞奈ちゃんと一樹ちゃんを連れて、戻ってくるわ。そしたら――」

 その言葉を遮って、思わず彼女を抱き寄せた。


 美佳はそっと顔を寄せる。

 頬に暖かな感触を感じて驚く。

 戸惑う隙に、美佳はするりと腕の中から抜け出し、とびきりの笑顔を向ける。


 そして仲間とともに夜闇に消えた。

 それが、悟が最後に見た美佳の姿だった――


 カラン、とグラスの中で氷が鳴った。


 夜風が、花器に生けられた百合を揺らす。

 彼女が好きだった花だ。

 月明かりが、座卓の上に置かれた額縁を淡く照らす。

 古びた木製の額縁には、3人の少女を写した古い写真が入れられている。


 ひとりは、無邪気に笑うツインテールの幼い少女。

 もうひとりは、勝気な笑みを浮かべるポニーテールの少女。

 最後のひとりは、優しげに微笑む、編んだ栗色の髪と豊かな胸の少女。


「美佳……」

 悟は声にならない声で、ひとりごちる。


「もうすぐ、キミと……」


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