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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第5章 過去からの呼び声
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アイオス

 そして放課後。

 舞奈は着替えを持って、旧市街地に戻ってきた。


 讃原(さんばら)町の小洒落た街並みを眺めながら、真神邸へ向かって歩く。

 ブロック塀の上を歩くシャム猫に挨拶するが、無視された。


 今日は明日香はいない。

 呪文の研究とやらが忙しいらしい。

 だから舞奈はひとり、ガラス張りの植物園の横を歩く。


 ふと目前の十字路を、長身の人影が通り過ぎた。

 舞奈は思わず目を奪われる。

 丈の長いコートを着こんだ長身の男の面持には、見覚えがある。


(槍魔将ファイゼル……?)

 3年前、ピクシオンだった頃に相対した四天王のひとりを髣髴とさせる。

 目の前の彼は、あまりにもあの男に似すぎていた。


 舞奈は思わず走り出す。


 そして角を曲がってきた誰かにぶつかりそうになった。


「おっと失礼。……って、おまえ!」

 舞奈はとっさに身構える。


「あらン? あのときのお嬢ちゃン!?」

 目の前にあらわれたのは金髪のシスターだった。

 魔改造修道服の、胸元とスカートのスリットが目に困る。

 祓魔師(エクソシスト)アイオスだ。


 彼女は以前に園香を誘拐した。

 だが話によると、怪異に襲われた奈良坂と園香を救ったらしい。

 そして今は【機関】から怪人として指名手配中。

 そんなわけのわからない相手を前に、舞奈の反応は単純かつ迅速だ。


「どういうつもりだ怪人。また性懲りもなく人さらいか?」

 舞奈は詰め寄る。


「ちょ、ちょっと、落ち着いてよお嬢ちゃン、あの子とはもう終わったのよン」

 その迫力に押されたか、シスターは巨乳を揺らせて後ずさる。

「んな出まかせ、信用できるか」

 舞奈は睨む。

 植物園のフェンスにへばりつく体勢になったアイオスをぬめつける。


「あの時は、儀式の媒体に彼女が必要だったのン!」

 つま先立ちになったアイオスは、狂犬を見る目で舞奈を見下ろす。


「でも、今やその必要はなくなったわン」

「儀式ってなんだよ?」

「わたしと彼女の陰の気を使って魔道具(アーティファクト)を修復しようとしてたのよン。お嬢ちゃン達は、その儀式の最中に乱入してきたってわけ」

「ちょっと待て。隙を見て儀式とやらの続きをする気に聞こえるぞ?」

 舞奈は目を吊り上げて、出張った乳に噛みつきそうな勢いで詰め寄る。

 子供の舞奈が背のびをすると、女の下乳にぎりぎり歯が届く。


「違う、違うのよぉン!」

 痴児の剣幕に恐れをなしたか、シスターは爪先立ちになって逃れようとする。

「それでも魔力の注入までは完了してたから、【組合(C∴S∴C∴)】に協力を要請して儀式を完遂してもらったのよン! この街の魔術師(ウィザード)との和解を条件にねン」

「【組合(C∴S∴C∴)】ってのは、【クロノス賢人組合】のことか?」

「ええ、そうよ。……お嬢ちゃン、魔道士(メイジ)でもないのによく知ってるわね」

 アイオスは驚いたように舞奈を見やる。

 舞奈はふむと考えこむ。


 市民を怪異や異能力による被害からから守るための超法規組織【第三機関】。

 それとは別に、魔道士(メイジ)による魔道士(メイジ)のための相互扶助組織が存在する。

 それは魔術結社と呼ばれる。【機関】の術者の大半が少女なのに対し、魔術結社の術者は【機関】を引退した老熟の魔女や、半生をかけた修行が結実した老魔法使いだ。

 また、各地域の支部が上層部の命によって動く【機関】とは異なり、魔術結社はそれぞれ別の思惑を持った単独の組織として各地に点在する。


 そして【クロノス(Chronus)賢人(Sage)組合(Circle)】は、須黒(すぐろ)市を拠点にした魔術結社だ。

 通称【組合(C∴S∴C∴)】。

 その目的は、総合扶助、魔道士(メイジ)同士の紛争の仲裁。

 そして魔道士(メイジ)や魔法に関する知識の隠蔽。


 こうした理念を掲げた魔術結社は多い。

 それが、強大な力を持つはずの魔道士(メイジ)たちが、意外なほど社会の表舞台に姿をあらわさない理由でもある。


 今のところ【組合(C∴S∴C∴)】と【機関】須黒(すぐろ)支部は協力関係にある。

 利害が一致するからだ。


 だが【機関】と【組合(C∴S∴C∴)】における『敵』の概念は異なる。

 あくまで【機関】の味方は執行人(エージェント)仕事人(トラブルシューター)、守るべきものは市民であり、敵は市民を害する怪異や怪人だ。

 対して【組合(C∴S∴C∴)】の味方と保護対象は魔道士(メイジ)だけで、敵は魔道士(メイジ)の敵だけだ。

 だからアイオスが【機関】に怪人と認定されても問題ない。

 この街の魔道士(メイジ)を害さなければ【組合(C∴S∴C∴)】の友だ。


 彼女の話が本当ならば、彼女はこの街で悪事を働くことはできない。

 再び明日香や園香に手を出したり、騒ぎを起こしたら、【機関】と【組合(C∴S∴C∴)】の両方から追われる羽目になるからだ。


「そういう事情なら、今回は勘弁してやる」

 舞奈は理性を取り戻す。


 危機を脱した女がかかとを下ろすと、乳が舞奈の顔面に落ちてきた。

 びっくりして下乳をペシッとはたくと、上乳がバチンと女の頬を叩いた。

 乳ビンタである。


 その様子を目の当たりにした舞奈の気分は完全になごんだ。

 豊かで大きな女性の胸は、舞奈に幸せだった過去を感じさせてくれるから。


「じゃ、こんなところで何してるんだよ?」

「この近くに……知り合いの家があるのよン」

「……嘘だったら、タダじゃおかないからな」

 言い残し、舞奈は女に背を向ける。


「あら、行っちゃうのン?」

 余裕を取り戻したアイオスは、少女の背に妖艶な笑みを向ける。

「お嬢ちゃんてば【機関】の仕事人トラブルシューターじゃなかったかしらぁン?」

「今は休業中なんだ。命拾いしたな」

 それ以上アイオスに目もくれずに角を曲がる。


 ファイゼルに似た男は、もういなかった。


(他人の空似、だろうな。そもそも、あいつらはもういないんだ……)

 舞奈の口元に乾いた笑みが浮かぶ。


 幼い舞奈を罠にはめて殺そうとした槍魔将ファイゼル。

 だが彼は、間一髪で駆けつけた一樹が血祭りにあげた。

 魔法かそれに準ずる攻撃でしか倒せないはずの彼らを、一樹は普通のナイフで消滅させることができた。苦痛と恐怖、絶望を与え続けることで自壊させるのだ。

 他の四天王も、相応かそれ以上に凄惨な末路を遂げた。


 だが、その一樹ももういない。そして美佳も。


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