人型怪異アジト強襲2 ~銃技&魔術&呪術vs魔獣&異能力?
時は夜半。場所は伊或町の一角。
御町内での魔法戦闘を周囲から隠匿すべく奈良坂が創った結界の中。
舞奈たちは無人のはずのアパートに巣食う人型怪異の群れを首尾よく駆逐した。
そして生き残りがいないか確認すべく手分けして各部屋を巡る最中……
「……舞奈さん! 大変っす!」
「どうしたよ?」
アパートの二階を捜索していた萩山の声。
次の瞬間――
「――野郎! 来やがった!」
世界が変容した。
あるいは朽ち果てた。
アパートの壁にはヒビが入り、ペンキがはがれ、蝶番が壊れた鉄扉が風に軋む。
崩れた壁の隙間で破れたカーテンが揺れる。
遠くで犬の遠吠えが響く。
奈良坂の結界の中に、別の戦術結界が形成されたのだ。
「舞奈さん!」
「何があったのよ!?」
「よっ。みんな無事か?」
舞奈と明日香の側に、えり子を抱えてギターを構えた萩山が降り立つ。
反対側にはサチを抱えた小夜子も並ぶ。
二階を捜索していた組も異常を察知して地上に避難してきたようだ。
良い判断だと思った。
何故なら次の瞬間――
「――きゃあっ!?」
爆音。
サチの悲鳴。
廃墟と化したアパートの壁をベニヤみたいに突き破り、巨大な影が飛び出した。
避けた舞奈たちの目前に、ゴミの山を押し潰しながら地に降り立つ。
衝撃で結界内の地面が揺れる。
「何あれ……?」
えり子が目を見開く。
それは犬だった。
巨大な犬の形をした魔獣だ。
赤い双眸を爛々と輝かせた巨獣の頭はアパートの二階に達するほど。
つまり周囲にある平屋の家々よりデカい。
立ち上がれば装脚艇ほどになろうか。
流石にマンティコアほどではないが、以前に舞奈が林の河原で戦った巨大シーフード、埼玉の一角に出現したネズミの魔獣に比べれば格段に大きい。
隣にいる浅黒い男の長躯が子供に見えるほどだ。
そう。
犬の隣には、何時の間にかひとりの男がいた。
頭にはターバン。
肩には呪文のような古い文字がびっしり刺繍された藍染めの長衣。
口には煙草。
頬は顔料か何かで白く塗られ、目の周囲は黒く縁取られ、甲に灰が塗られた黒い手には節くれだった木の杖が握られている。
足元は素足。
男が杖の石突で地面を突くと、冷たい音が空気を震わせる。
なるほど一目瞭然だ。
おそらく――否、十中八九、こいつが舞奈が警戒していた呪術師。
仲間が全滅してから悠々と出てくるのもイイ根性だと思ったが、桜の家のペット泥棒のリーダーみたいに逃げようとしなかっただけでも良しとする。
だが萩山や小夜子たち4人はそれどころじゃない。
驚愕の表情を浮かべながら巨大な犬を見やっている。
それはそうだろう。
魔獣なんて普通に執行人をしていたら生涯を通じて出会う事のない最悪の敵だ。
舞奈が知る限り、萩山やえり子はヘルバッハとの決戦で歩行屍俑に対抗するために楓が召喚したなんちゃって魔獣を見ただけのはず。
萩山は魔力を暴走させ自ら魔獣になりかけた事もあるが、それはノーカン。
小夜子とサチは過去にマンティコアやミノタウロスと戦ったが、まさか二度目があるとは夢にも思っていなかっただろう。
だが奴は目の前にいる。
不幸中の幸いにも今は結界の中だが、舞奈たち6人が対処できなければ、今まさに眠りにつこうとしている伊或町の一角は怪獣映画さながらの地獄絵図になる。
まったく。こんな代物をどうやってアパートの部屋で飼っていたのだろう?
「……! …………!」
男は何かを叫ぶ。
白く塗られた黒い顔の、瞳の奥に不気味な青白い光が宿る。
「ヨルバ語よ。わたしたちに対して腹を立てているらしいわ」
「見りゃわかる」
明日香と舞奈は油断なく身構え――
「――あたしは奴を殺る! 皆は犬を頼む」
「オーケー!」
明日香の返事を背中で聞きつつ舞奈は男に肉薄する。
そうしながら少し弾が残った改造ライフルの弾倉を素早く交換する。
余った弾丸で倒しきれる相手じゃないと本能でわかる。
萩山たちに魔獣を相手させるには一抹の不安がある。
だが、あちらには明日香がいる。
それより明日香の情報が確かなら、目前の男は正体不明の妖術師。
見た目はシャーマン崩れだが、そういう単純な相手ではないのだろう。
魔獣に気を取られて油断しているところに思いもよらないような奇襲をされるほうが危険だ。その判断は間違っていなかったと思いたい。
そんな事を考える舞奈に男は杖を突きつけ、口元を呪文のように歪ませる。
途端、突き出された杖の先に巨大な氷の刃が出現した。
冷たく鋭いギロチンの如く氷刃は次の瞬間、回転しながら舞奈めがけて飛ぶ。
「おおっと!」
舞奈は氷刃を見もせずに避ける。
刃は捨てた弾倉を押し潰して吹き飛ばしながら舞奈の後方へ飛び去る。
同時に舞奈も撃つ。
だが大口径ライフル弾は男に達する事なく地に落ちる。
男の正面に出現した氷の盾に阻まれたのだ。
(なるほど。こりゃ妖術師だ)
続けざまに回避行動をとりつつ真正面から敵を見やる。
あえて言えば今のは道術【水行・刀刃】【水行・防盾】に似ている。
だが道術じゃない。
投射する術には必須のはずの符が無かった。
そもそも道術が内包する【五行のエレメントの変換】に氷を操る術はない。
次いで敵が矢継ぎ早に繰り出してきた氷の矢をのらりくらりと避けつつ、
(こりゃ確かに謎の妖術師だ)
舞奈の口元には笑み。
氷矢がツインテールの端をかすめて凍らせる感覚が、まあ黒くて大きいだけの異能力者の男たちを木偶のように薙ぎ倒すよりスリリングなのは事実だ。
そして聞いていた通り、流派の見当もつかない。
道士みたいに符を使う訳でもない。
仏術士や修験術士のように真言や祝詞を唱える訳でもない。
回術士とも違う。
まるで複数の異能力を持った異能力者みたいな速さで術を繰り出してくる。
シールドの展開も速いので、実質的に氷の鎧をまとっているようなものだ。
とっさの施術が不可能なほどの隙を作らなければ何度撃っても無駄弾だろう。
あるいは大口径マグナム弾なら氷の盾を撃ち抜けたのかもしれないが、今ないものについて考えている余裕はない。
今は何をすれば相手に隙ができるかを見極める必要がある。
「…………!」
(杖が宝貝か何かか?)
考えながら、杖の先から鋭く伸びた氷の槍を横に跳んで避ける。
「ヨケルナ! ……!」
(あるいは神の血で大量の異能力を手に入れた?)
そんな事が可能かどうかはわからないが。
薙刀のように横に薙がれた刃を身をかがめて避ける。
素早く刃と杖の下を潜り抜けて距離を詰める。
勢いのまま薙ぐように蹴る。
凝縮された筋肉の質量と慣性が乗った砲弾の如くスニーカーのつま先が、剥き出しの膝裏にクリーンヒット。
だが男の脚は黒い巨木の如く微動だにしない。
「糞ったれ! パワードスーツかよ!」
舌打ちしながら跳び退る。
反撃代わりの回し蹴り。
だがスピードやリーチの長さと裏腹に、逆にビックリするほど軽く雑な蹴り。
小柄な子供に狙いを定めにくいのだろうか?
あるいは足元に迫った脅威に驚いたか?
異能力が多彩な分、他の男たちほど近接戦闘に慣れていないのかもしれない。
「……! コドモ……!」
男は半ばパニックになって叫びながら杖を振り回す。
だが杖の先から氷は出ない。
集中が途切れると氷そのものが出せないらしい。
やはり何かの流派の術なのだろう。
それより何度聞いても聞き取りづらい叫びの中に、聞き知った単語を見つけた。
オロロン、という言葉は神を表す言葉だったはずだ。
桜の二番目の姉ちゃんが言っていた。
呪文だろうか?
「――今、犬の動きが止まったっす!」
「牽制します! 萩山さんとえり子は召喚を!」
「わかったっす!」
「ええ」
声が響く。
少し離れた場所でも激戦が繰り広げられていた。
魔獣が暴れる事を想定していたのだろう、敵の結界は相当に広い。
5人はそれを利用して、周囲の家々の屋根を陣取って攻撃魔法を四方八方から断続的に叩きこむ事にしたらしい。
明日香のアイデアだろう。大きな単体を相手に底意地の悪い事この上ない。
だが良い判断だ。
おかげで舞奈も魔獣の足を避けつつ術者と接近戦をしなくて済む。
そんな言い出しっぺが、屋根の上からプラズマの砲弾を放つ。
別の屋根を陣取った小夜子の叫びに応じ、巨大な犬を爆炎が包む。
それぞれ【雷弾・弐式】【捕食する火】。
暴徒どもをダース単位で屠った攻撃魔法が魔獣を牽制する隙に――
「――あらわれやがれデーモンども! ベルフェゴール! ルキフグス! アドラメレク! リリス!」
萩山のシャウトにあわせて無数のデーモンが召喚される。
えり子も再び天使を召喚する。
小さな少女の形をとったデーモンたち、ブタの形の天使は無数の魔弾を放つ。
色とりどりの元素のシャワーが1匹の巨獣めがけて降り注ぐ。
煮えたぎる小さな弾丸【灼熱】。
ほとばしる電光【閃雷】。
氷の弾丸【冷気】。
岩石弾【岩裂弾】。
水の弾丸【沸水弾】。
見えざる大気の弾丸【魔弾】。
そして祓魔術による粒子ビーム【光の矢】。
だが虹色をした魔弾のシャワーに魔獣が怯んだのは一瞬のみ。
すぐに体勢を立て直して怯む事なく跳びかかる。
眼下に迫る巨大な牙を、萩山は素早く【風乗り】を行使して避ける。
えり子をおぶった状態でギターを弾いて施術できる技量は中々のもの。
巨大な牙は風に乗って跳び退ったロッカーの残像を空しく穿ち、勢いのまま家屋の屋根を喰い砕く。
その間に明日香は【戦術的移動】による転移で別の屋根の上に陣取る。
魔獣の少し離れた背後から、再び【雷弾・弐式】を放つ。連発。
3発の雷撃を食らった魔獣が苦痛に叫ぶ。
だがプラズマの砲弾は魔獣の尻の皮すら焦がせずに消える。
正直なところ牽制以上のダメージは与えられないようだ。
続けざまにサチの祝詞。
霧散しかけたプラズマの放電が再び集結し、雷となって魔獣を撃つ。
だが魔術の残滓を無理やりに流用した【鳴神法】は、当然のように魔獣の毛皮にはじかれる。
そのように他の面々も巨大な犬を相手に苦戦していた。
もちろん屋根を利用したヒットアンドアウェイ戦術は盤石。
だが、こちらの攻撃は効かない。
逆に魔獣の攻撃が一発でも当たったら御陀仏だ。
正確には一発だけなら【護身神法】で防げる。
だが十中八九、被弾の衝撃から立ち直る前に同じものを再び食らう。
故に小夜子は【ジャガーの戦士】で強化した身体能力で屋根の上を跳び回る。
皆の障壁を維持しながら別の術で援護するサチを抱えたまま。
高速化に特化した【コヨーテの戦士】でないのは、筋力を集中的に強化する事による瞬発力がなければ犬のターゲットになった際に回避が間に合わないからだ。
耐久力も、打撃も、速さも並みの怪異を易々と上回る。
ここ最近の舞奈が戦ってきたエセ魔獣とも訳が違う。
一筋縄ではいかない相手だ。
そんな様子を横目で見やって口元を歪める舞奈の目前に――
「――俺ノ! 強イ! 魔獣! 何者モ! カナワナイ!」
「そうかい」
自慢げな叫びと共に鋭い氷の刃が迫る。
舞奈は身をひねって避ける。
犬に気を取られている間に、こちらも正気を取り戻したらしい。
だが目前の子供に自身の氷刃が届かないと理解したか、跳び退る。
舞奈は追わずに油断なく改造ライフルを構える。
「…………!」
対して男は獣のように遠吠えする。
次の瞬間――
「――おおっと!」
予備動作もなく突進してきた。
跳んで避けた舞奈のジャケットの端を、砲撃の如く衝撃波がかすめる。
体当たりと言うより攻撃魔法のスピードだ。
突撃の際に男が手放した杖が、カラリと地面を転がる。
勢いのまま振り返った舞奈の前に、男は四つ這いの格好で降り立った。
そのまま身を低くして、うなりながら獣のように身構える。
「……ったく、ロクでもない犬だな! こっちも!」
舞奈は舌打ちしながら身構える。
技術としては【狼牙気功】の類似か派生なのだろう。
人間の尊厳をかなぐり捨てている分、ファイヤーボールの突撃より速い。
幸いなのは連発はできなさそうな事か。
あれを続けざまにされると流石の舞奈も手も足も出ない。
そう考えて舞奈が口元を歪めた途端――
「――犬が速くなったっす!」
萩山の声。
そういえば先ほどもそうだったが、少しうるさい。
いやまあ萩山だけ【風歌】で空気を震わせて喋っているから距離に関係なく普通に話している音量で聞こえるだけだ。彼のせいじゃない。
だが気を取られたついでに巨獣と皆の戦闘が視界に飛びこんでくる。
「小夜子ちゃん! 避けて!」
「わかってる!」
「……っ!」
小夜子はサチを抱えながら慌てて避ける。
明日香もあからさまに不機嫌そうに舌打ちしながら転移する。
どうやら向こうの犬も唐突にスピードアップしたらしい。
こちらと合わせたようなタイミングの良さを訝しむ舞奈の真横から――
「――おおっと!」
黒い男が犬のように跳びかかってくる。
特大の隙を見せたと思われたか。
舞奈は見もせず跳んで避けつつ撃つ。
だが大口径ライフル弾は、人型の犬の前面に出現した氷の盾に阻まれて落ちる。
「あっこの野郎! 術も普通に使えるのか」
愚痴る舞奈を振り返りざま、犬は再び素早く飛ぶ。
舞奈も再び避けつつ撃つ。
ゴミだらけの地面に向かって飛んだ弾丸を、黒い男は横目で見て笑い――
「――――!!」
獣のような悲鳴をあげて地面を転がる。
のたうち回りながらも一挙動で立ち上がる。
だが何事もなかったように身構えて舞奈を睨む巨躯の、肩から垂れ下がった藍染めの長衣から覗く黒い肩に、先ほどまでは無かった体液したたる弾痕。
跳弾だ。
明後日の方向に飛んだと思った弾丸が、転がっていた空き缶に跳ね返って飛んでくるなんて、奴は思ってもいなかっただろう。
だが舞奈は過去に少し練習したので、そういう事が意図的にできる。
致命傷には至らなかったが、隙はできた。
だから――
「――そういやあ萩山! さっき何か言おうとしてたろ!?」
男が次のアクションを仕掛ける前に叫ぶ。
舞奈には風を震わせて声を出すような呪術は使えなし、今回は通信機もないので向こうに話しかけようとすると大声で叫ぶ必要がある。
相手の隙を作って腹に力を入れなきゃいけない。
「いやその、二階の部屋に『プリドゥエンの箱舟』があったんす!」
「んだそりゃ!?」
『転移に使う魔道具よ。貴女も何度か見たでしょう?』
脳内に明日香の声で補足がつく。
確か【発信】と言ったか。対象の脳内に情報を送りこむ魔術だ。
「そいつで! そのデカブツを呼び寄せたって事か!?」
『そうでしょうね』
再び襲ってくる男を跳弾でいなしながら舞奈は叫び、情報を交換する。
避けたはずなのに命中する弾丸に敵は困惑しているようだが気にしない。
腹に力を入れる僅かな隙を作れればそれで良い。
そもそも流石の舞奈も跳弾で急所を射抜くような精度は出せない。
だが仲間との情報交換によって気づけた事がある。
なるほどアパートから不自然な人数の暴徒どもがあらわれた理由もそれだ。
住んでいたのではなく他の場所から運ばれて来たのだ。
前日の襲撃の人員も透明化して潜んでいたのではなく、他所から転移してきたその足で外に飛び出して暴れ回っていたのかもしれない。
だが、それにも増して――
(――あのデカ犬、さては異能力か何かで操られてるな)
ニヤリと笑う。
舞奈は気づいた。
跳弾で弄ばれて男に余裕がなくなると、犬の動きも止まったり雑になる。
大技を出すタイミングも同じ。
つまり何らかのシナジーが働いている。
ファイヤーボールとイエティの間にあったような何かが。
「明日香! 皆も! 隙を見つけて大技を叩きこんでくれ!」
「その隙がないのよ!」
明日香も今度は魔術で通信してくる余裕がないのか叫び返す。
そうするうちに男は再び二本の足で立ち上がる。
犬の突撃も舞奈には効かず、逆に跳弾で撃たれまくると気づいたか?
地面を転がっていた杖が飛んできて男の手の中に収まる。
落ちてるうちに何かしておけば良かったと一瞬だけ思って、そんな事をする必要もないと思い直し――
「――すぐにできる!」
「コド……!」
舞奈は男の懐に跳びこむ。
敵は跳弾を警戒するあまり、逆に正面からの接敵に対して無防備だった。
しかも態勢を立て直した直後。
反応できるはずもない。
だらしなく足を広げたまま棒立ちの格好だ。
流石に数秒後には油断なく身構えるだろう。
だが舞奈の前で、その数秒は致命的。
「自慢の氷でこいつは防げるか?」
長い脚の間を転がるように潜り抜けながら撃つ。
フルオート。
銃声。
悲鳴。
今度は氷盾で防げなかったらしい。
大口径ライフル弾が至近距離から男の内ももと両足のつけ根を満遍なく穿つ。
股座からヤニ色の飛沫が飛び散るより早く、舞奈は反対側へ潜り抜ける。
勢いのまま一挙動で立ち上がる。
男は驚愕と激痛に絶叫しながら、散乱するゴミの上でのたうち回る。
同時に魔獣の動きが……止まった!
舞奈から見える位置だが、巻きこまれる危険はない距離。
「今よ!」
クロークの内側からベルトを取り出しながら明日香の号令。
それに呼応して術者たちが必殺の手札を切る。
「――災厄」
明日香はベルトを宙に投げながら魔術語。
数十個のタグが光り輝く紫電と化し、魔獣めがけて一直線に飛ぶ。
耳をつんざく轟音。目もくらむ閃光。
弧を引く幾筋もの光が、巨獣めがけて吸い寄せられるように降りそそいで焼く。
流れ弾が周囲の家屋の屋根を、地面を焼く。
即ち【雷嵐】。
ベルトに吊られたドッグタグひとつひとつを雷弾と化して浴びせる必殺の魔術。
前回の戦闘でシーフードを打尽にした【砲嵐】と同等の大規模攻撃魔法を、1匹の魔獣に集中して放ったのだ。
「焼き尽くせ! ベルフェゴール!」
「我が手に宿れ! 左のハチドリ!」
萩山の【地獄の爆発】。
小夜子の【太陽の嘴】。
この世の終わりのような凄まじい爆炎が巨大な獣の身体を飲みこみ、巨獣を街ごと斬り裂く勢いで太くまばゆいレーザー光が貫く。
巨大な獣の姿が揺らぐ。
大魔法の猛攻によって魔獣は生命維持が困難なほどに損傷した。
その事実を無理やり『なかった事に』するため莫大な魔力が消費されたのだ。
巨体の維持そのものが困難なほどに。
そこだけは今まで戦ってきた魔獣と同じだ。
故に姿のゆらいだ魔獣の中心に、一瞬だけ何かが見える。
舞奈の卓越した視力だからわかる。
小さな……せいぜい人間サイズの犬。
魔獣のコアになっていた、おそらく最初に奴らに盗まれた犬だ。
同時に舞奈も撃つ。
狙いは目前の男。
魔獣のダメージが痛みとしてフィードバックされたか、派手な身なりの黒い男は避ける事も防ぐ事もできずに脳天を撃ち抜かれて動きを止める。
本当は通訳を交えてもう少し話をしたかった。
だが魔獣ともう少し戦う可能性があると考えるとそれはない。
先日の明日香を笑えないと思ったが、今はそれより重要な仕事がある。
何故なら間髪入れずに振り返った時には魔獣は元の姿を取り戻していた。
だが問題ない。
コアの位置は先ほどの一瞥で見抜いた。
だから点滅しながら、それでも動こうとしている魔獣めがけて走る。
「――兵站」
「さんきゅ!」
走りながら、改造ライフルを肩にかけた肩紐にまかせる。
代わりに懐の拳銃を抜く。
内側から風。
今しがた明日香が行使してくれた【力砲弾】。
弾倉の中の一発の弾丸の、弾頭にかけて斥力の砲弾と化す攻撃魔法。
有効射程内。立ち止まって片手で撃つ。
狙いを外す要素は何もない。
だから次の瞬間、魔獣のコアは粉砕されて消滅した。
巨大な獣の姿も幻のように消える。
異国のゴミ溜めのようだった周囲も再び古びたのどかな本来の伊或町に戻る。
魔獣が破壊したアパートや近所の家の被害もなかった事になったらしい。
面倒にならずに何よりだ。
解除されたタイミングからして、結界は魔獣の能力だった可能性もある。
仏の姿も消えている。終わったのを察して奈良坂も結界を解除したのだろう。
魔獣と戦っていた5人も各々の手段で舞奈の隣にやってくる。
奈良坂もほえほえと走ってくる。
皆も無事で何より。
路地に座りこんでいた犬が、皆を見上げて「くぅ~ん」と鳴いた。
そして……
「……チワワー!」
「貴方が飼い主だったんですか」
やはり犬はペット泥棒の最初の被害者だった。
警察経由で夜分に来てもらった飼い主が確認したので間違いない。
そいつは奇遇にも6年生のリーダーだった。
彼も続けざまに怪異の被害に遭って気の毒だなあと少し思いながら、
「どう見ても小型犬じゃないだろう。変な名前つけんなよ」
「ワン!」
ツッコみつつも舞奈は笑う。
犬も笑う(?)
今や自身と同じくらいのサイズの、すがりつく大柄な男子を見やって、犬も心なしか元気になったみたいだ。こいつが飼い主なのも間違いない。
「おまえたちが見つけてくれたのか!? ありがとう! 本当にありがとう!」
「何、大した事じゃないよ」
顔面と犬の背中を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら訴えるリーダー氏に、舞奈は柄にもなく照れ臭い口調で返す。
ドヤ顔をしようと思ってできなかったのは、彼に連れがいたからだ。
大将の背後で、ひと目で親子だとわかる恰幅の良い父と母が揃って頭を下げる。
対して萩山や高校生組が会釈する。
舞奈が想像していた通り、飼い犬とペットを盗まれて凹む我が子を案じていたらしい申し分ない御両親だ。
そんな皆の様子を見やって、舞奈を見やって犬が再び「ワン」と吠える。
尻尾がわさわさ揺れてる。
皆は疲れているのに、こいつだけ無理やり魔獣にされて舞奈たちにけしかけられていたとは思えないくらい無邪気で元気だ。
まさかボールか何かと遊んでいたくらいの感覚なのではあるまいか?
だが、まあそれは犬のせいではないので、やれやれと苦笑するに留める。
……そのようにして、界隈を騒がせたペット泥棒事件も首尾よく終息を迎えた。




