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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第22章 神になりたかった男
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シーフードパニック1 ~銃技vsカニ

「……ったく、ロクな事がある気がしないんだがなあ」

「うるせーなー。嫌ならひとりで待ってればよかったじゃねーか」

「それじゃああたしが来た意味ないだろう……」

 舞奈はブツブツと愚痴りながら。

 隣を歩くリーダー氏は文句をつけながら。

 仲良くマチェットで枝葉を払い、後の2人は苦笑しながら小学生らは林を進む。


 秘密基地の周辺を徘徊していた脂虫どもを楓と紅葉が片づける間。

 小学生4人が待機する中、明日香の魔力感知に反応があった。

 場所は基地から少しばかり離れた川辺。

 手持ち無沙汰だったのだろうリーダー氏の強い希望によって、4人は川辺の調査に向かうべく移動を開始した。

 枝葉や藪を払うのは前を歩く舞奈とリーダー氏の役目だ。


「さては舞奈さん、インスマウスを警戒してるでやんすね?」

「インス……なんだそりゃ? 薬か?」

 後で何やらひらめいたやんすの言葉に舞奈は首をかしげ、


「イ・ン・ス・マ・ウ・ス。ゲームに出てくるモンスターよ。序盤の水辺に出現する、その時点ではパーティー壊滅必至の強敵。出展は海外のホラー小説」

「そうでやんす。海の近くに近づかないように進むでやんす」

「そうかい。おまえらがゲーマーだなんて知らなかったぜ」

「新作が毎年出てる有名作品よ。一般常識として知っておきなさいよ」

「ハハッおまえも意外に臆病なんだな! ゲームの敵キャラは本物の川には出てこないぜ!」

「だから、そのゲーム知らないっつってるだろう……」

 横や後ろからやいのやいのと言われて口をへの字に曲げてみせる。


 だが渋面の理由はそれだけじゃない。

 枝葉を払いながら歩くうち、舞奈の脳裏を嫌な予感がよぎる。


 離れた場所からでも察知できる魔力の発生源なんて二種類しか舞奈はしらない。

 ひとつは魔力を発生/賦活させる術の行使。

 もうひとつは、その身に魔力を秘めた異能力者、怪異、あるいは魔獣の接近。

 もちろんゲームではなく経験からくる知識だ。

 表の社会の住人には知る由もない、裏の世界に蠢くゲームの敵キャラなんかより遥かに危険な術者や怪異どもと、舞奈は今まで何度も渡り合ってきた。


 そんな術を、リーダー氏ややんすに見られないようにするのは余計な手間だ。

 怪異や魔獣から2人を守るのは大変な仕事だ。

 その2つを同時にこなすのは、ありていに言うと面倒くさい。

 だが、それは裏の世界の事情を知る、最強Sランクである舞奈がしなければならない事なのだから、甘んじて受け入れるしかない。

 やれやれだ。

 なので最悪の事態を想定して頭の中で2人を逃すシミュレーションをしつつ……


「……何かいるぞ?」

「らしいな」

 リーダー氏の言葉に何食わぬ表情のまま相槌を打つ。

 ゆるやかな木々のトンネルに慣れた目に、太陽の光が少しまぶしい。

 水面に光が反射しているとなおの事。


 林を抜けた先には綺麗な小川が流れていた。

 川は広いが浅く、水も澄んでいて遠目に小さい何かが泳いでいるのも見える。

 ブラボーちゃん探しの際に園香やチャビーたちと水遊びをした楽しい川だ。

 幸いな事に、一見した限りでは空を覆うような蜘蛛やネズミの魔獣はいない。

 以前は大人しいタヌキがいたが、今日はいないようだ。


「岩の陰で何か動いたでやんす」

「行ってみようぜ!」

「気をつけろよ! インチ野郎に襲われるかもしれないぜ!」

「イ・ン・ス・マ・ウ・ス」

「ハハッそれじゃあアメリカ人(ヤードポンド法)になっちゃうでやんすよ」

 川の近くの岩陰に何かを見つけて走っていくやんすとリーダー氏。

 秘密基地から距離もあるし、こっちの方には来たことがなかったのだろう。

 好奇心旺盛で良い事だ。

 刃物を持ったまま走るなと苦笑しながら舞奈も小走りに後を追う。

 だが側を歩く明日香の表情が渋いのに気づいて、


「近くか?」

 見やりもせず、無意識に視線は周囲を警戒しながら問いかける。

 元より川辺なんかに来たのは明日香の魔力感知に反応があったからだ。

 だが答えがないのに訝しんで振り返り……


「……たぶん、あれよ」

「あれって何だ?」

 指さされた方向、つまり再び川の近くの岩陰を見やる。

 そこで……


「……で、でけぇ! でけぇカニだぁ!」

「ひゃー!」

 先行した2人は大きなカニと遭遇していた。

 リーダー氏も、流石のやんすも仰天する。


 そう。


 大きなカニだ。

 大型犬くらいの大きさの、ゴツゴツした硬そうな甲羅に覆われたカニ。

 艶やかな岩のような甲羅は、スーパーのチラシで見るより地味な色をしている。

 だが活きは最高に良さそうだ。

 8本の細長い脚と大きなハサミがワキワキと動いている。

 そんな理科の授業でもスーパーの鮮魚コーナーでも絶対に見ないようなダイナミックな代物が、岩陰からゆっくりと這い出してきていた。


 リーダー氏とやんすはおののきながら後ずさる。


「ったく、言わんこっちゃない」

 舞奈は小さくひとりごちながら走る。


 それでも2人が致命的な距離まで近づく前に気づいたのは不幸中の幸いか。

 人間の子供の半分くらいの背丈、だが横幅は数倍もあろうと思える食いでのありそうな大きのカニは、子供の手足くらいなら余裕でねじ切れそうなサイズのハサミを振り上げながら2人に近づいてきている。

 舞奈に甲殻類の表情の読み方はわからないが、仲良くしたい訳ではなさそうだ。

 よしんば敵意じゃない感情を抱いていたとしても、御馳走だと思われているだけだと考えたほうが自然だろう。

 走り寄りながら軽く観察しただけでもヤバイ相手だ。


「無事か? ……なんか、魔獣にしちゃあ中途半端な大きさだな」

「自然にいるサイズじゃないのは確かだけれど」

 リーダー氏の側に立った舞奈は、手にしていたマチェットを油断なく構えてカニを見下ろしながらひとりごちる。

 明日香も並ぶ。


 いくらカニが大きいとはいえ所詮は人間サイズ。

 前かがみで前に進む態勢での高さは舞奈の胸のあたりほどか。

 過去に戦ったブラボーちゃんや歩行屍俑ほどのインパクトはない。

 驚きこそすれ怯える理由は、少なくとも舞奈や明日香にはない。


 それでも舞奈は人間サイズの人間が脆弱であると知っている。

 肉体の一部が凶器になっているような生物にステゴロでは勝てない。

 舞奈くらい身体を鍛えあげ戦闘技術を会得した最強Sランクが、銃を使ってようやく安全に勝てる。

 それですら油断や不運がなかったらの話だ。

 現に舞奈にすらない異能力を持つ勇敢な男たちが似たような相手に挑み、舞奈より少しだけ弱かったからという理由で命を落とすところを何度も見た。


……そんな彼らと同じように木刀を手にしたリーダー氏が前に出る。


 先程まで持っていたマチェットは今はやんすの手の中だ。

 彼にとって、極限状況で敵に立ち向かうために握るべきなのは枝葉を刈るための刃物ではなく立派な剣の形をした木刀だ。

 そんな仕草に舞奈は思わず口元をゆがめる。

 表の社会で生きる小6男子にとって、怪物との戦闘は現実の延長ではなくゲームの延長だ。


「こ、怖くなんかねぇぞ……!」

 やんすをかばうつもりなのだろう、リーダー氏は精一杯の虚勢を張る。

 自分も怖い状況で、中々できる事じゃないと舞奈は思う。

 恐怖と緊張で顔はぐちゃぐちゃ。

 頼りの木刀も出鱈目な方向に無茶苦茶に振り回されている。

 あの大きさのカニがハッタリでなく、そいつが本気で襲ってきたら肉壁にもならないのは明白だ。


 それでも、勝てそうだなどと欠片ほども信じていないのは行幸だと舞奈は思う。

 過去に下の学年の女子に何度も叩きのめされたからだろうか?

 初等部で一番強い6年生のボスである彼は、それでも敗北を知っている。

 負け方を知っている。

 つまり負けた先で復帰するやり方を知っていて、それを受け入れる事ができる。


 そういう奴を逃げ延びさせる――生き延びさせるのは言うほど難しくない。

 だから――


「――そのままゆっくり後に退ってください。後は我々がなんとかします」

「あっ」

 明日香が慣れた調子で指図する。

 民間警備会社(PMSC)の社長令嬢の面目如実だ。

 そのまま流れるような手つきでやんすが手にしたマチェットを奪う。


「で、でもよ……!」

 それでも難色を示すリーダー氏の――


「――そのために、やんすちゃんはあたし達を雇ったんだろう? そのリュックの中の弁当分の働きはするさ。落とさんでくれよ」

 更に前に並んで舞奈はニヤリと笑ってみせる。


 美味しそうに香るサンドイッチが詰まっているやんすのリュックを一瞥する。

 そいつを皆で楽しくいただきたいと思ったのは本当だ。

 つまり全員が無事で、怪我ひとつ無く、と言う事だ。


 だがリーダー氏の気持ちもわかる。

 5年生の女子に後をまかせて逃げるのが格好悪いと思っているのだ。

 彼は現実の理想の間で悩んでいる。

 だが彼には時間がない。

 現にリーダー氏に向かって巨大なカニのハサミがのびて――


「――おおっと!」

「うわっ!?」

 舞奈がマチェットで払いのける。

 間一髪。

 流石に勢いのまま叩きのめすとまではいかないが、それでも獲物を叩きつけて軌道を変えさせる事ができるのは魔獣や歩行屍俑との違いだ。


 そんな舞奈の慣れた動きと表情、技量を見て大将も納得してくれたようだ。

 彼の側にいるのが『5年の女子』ではなく『最強』だと。

 あるいは過去に何度もスポーツやゲームで彼を負かしたからかもしれない。

 故に――


「――わ、わかった! 怪我するなよ! おいやんす行くぞ!」

「りょ、了解でやんす……!」

「ハハッ言われるまでもないぜ!」

 やんすを背にかばいながら、リーダー氏はゆっくりと後ずさる。

 そんな2人をかばうように舞奈と明日香が身構える。

 だが……


「ひゃ~~!!」

「うわっ!? 何だありゃ!?」

「おいおい……」

 川岸には他にも水辺の生物があらわれていた。

 エビや魚。

 大きく口を開いた貝が、器用に身を蠢かせてにじり寄ってきたりもしている。

 何とはなしに後でKAGEに連絡をつけて問い詰めたくなってきた。


「ったく、シーフードのパーティーだなんて聞いてなかったんだがな」

「まさか食べる気じゃないでしょうね?」

「でもいちおう、あいつら食い物だろう?」

「普通の大きさならね」

 軽口を叩きながらも舞奈は目ざとく周囲を見渡す。


 2人を逃すだけなら別にどうという事もない状況だ。

 幸いにも敵は川から這い出てきているだけだ。

 背後に逃げ場は十分にある。

 そして更に――


「――舞奈ちゃん! 明日香ちゃん!」

「事情は読みましたが、のっぴきならない事態になっているようですね」

「大将ー! やんすちゃーん!」

 林から紅葉があらわれた。

 楓もいるし、知らない6年女子を連れている。彼女も取り巻きだろうか?

 何にせよ2人は秘密基地の脂虫どもを首尾よく片づけてきたようだ。


「おっ丁度良い!」

「っていうか、どういう状況!?」

「話は後だ。大将とやんすを頼む」

「かしこまりました。ささ、お2人ともこちらへ」

「2人とも大丈夫だった?」

「無事でやんすよ!」

「けどなんでおまえがここにいるんだよ?」

「あのね……」

「3人とも話は後で」

 姉妹にリーダー氏とやんすを預ける。

 2人はやはり取り巻きの仲間だったらしい彼女と再会を喜び合う。


 楓が事情を尋ねる事もなく2人を引き受けてくれたのはラッキーだ。

 姉妹も今や舞奈と同じくらい修羅場をくぐってきた仕事人(トラブルシューター)

 突発的なトラブルへの対処もお手のものだ。

 加えて過去に弟を失った姉妹は、二度と同じような犠牲を出さない事を自分たちの復讐の一環と規定しているらしい。

 つまり小学生の集団を預けるには最適の人材だ。


「舞奈さんたちもお気をつけて!」

「おう! すぐに片づけて帰るぜ!」

 去っていく5人に背中で答え――


「――さて」

 口元にニヤリと笑みを浮かべる。


 実は先程からカニがハサミで舞奈をつかもうとしてきていたのだ。

 舞奈に邪魔された獲物が逃げてしまったのが気に入らないのかもしれない。

 それを舞奈は避け続けていた。


 正直、ハサミが振るわれるスピードは相応に速い。

 甲殻類の感情は読めなくても明確な攻撃の意志があるのはわかる。

 目の前の相手を害そうとしている(あるいは捕食しようとしている)動きだ。

 上等!


 もちろん、このサイズのカニのハサミにつかまったら自力での脱出は不可能。

 鍛え方の問題ではなく人間には無理なのだ。

 下手をすれば、そのまま上半身と下半身が別のゲームのロボットみたいに二分割されてしまうだろう。

 人間型の怪異なんかとは比べ物にならない危険度だ。

 見た目にわかる異能力なんかなくても、身体能力だけでヤバイ。


 その事実を舞奈は一見しただけで見抜いた。

 今までに対処してきた、もっと訳のわからない怪異どもと同じように。


 そして、そんなハサミが舞奈に達する事がないのも人間による打撃と同じだ。

 舞奈は周囲の空気の動きを読んで、空気を押し動かす肉体の動きを察知して、近接距離にいる物理的な存在からの打撃を完全に回避できる。

 相手が人間や人型の怪異だろうが、獲物を持っていようが、カニだろうが同じ。


「これからはスシの時間だ!」

「……まあ良いけど」

 マチェットを投げ捨てて懐から幅広のナイフを抜く。

 隣の明日香の冷ややかな反応は礼儀正しく無視。

 舞奈にとって戦うための獲物は草を刈るためのマチェットではなくナイフだ。

 単に慣れた得物のほうが振り回し易いのと、戦闘用じゃない山刀で硬いものを殴ると刃こぼれさせたり折ったりしそうだからという理由もある。


 何度目かハサミを避けた勢いのまま――


「――一貫(いっかん)!」

「何よ食べたいの?」

 ハサミのあるカニの前肢を斬りつける。

 だが当然ながら硬い殻はナイフではビクともしない。

 先程は払いのける事はできたが、今は手傷どころかダメージにもなっていない。


 まあ納得はできる。

 舞奈もカニを食った事がない訳じゃない。

 食した後のカニの殻は硬くて鋭くて、使いようによっては武器になると思った。

 それが人間とタイマンを張れるサイズになったのだ。

 いわば天然の甲冑と刃物で武装した敵と戦っているようなものだ。


 それでも明日香に攻撃魔法(エヴォケーション)で焼いてもらう訳にはいかないとも理解はできる。

 川辺からは離れたとはいえリーダー氏ややんす達は近くにいる。

 派手な爆音や不自然な異音を鳴らすと後で誤魔化せるものも誤魔化せなくなる。

 同じ理由で拳銃(ジェリコ941)も使わない方がいいだろう。

 まったく厄介な状況だ。


 反撃とばかりに巨大なハサミが振るわれる。

 それを舞奈はのらりくらりと避ける。

 そうしながら殻の隙間を刺しまくる。

 巨大なカニのハサミを避けながら関節を正確に突く程度の神業は舞奈にとって造作もない。

 だが、効いている雰囲気もない。

 人間用の甲冑と違って完全に隙間が開いている訳じゃないからだ。

 甲羅と同じ材質の薄い皮は、人間サイズになると対人用の刃物くらいは余裕で防げるらしい。


 そうしている間にも他の海産物がにじり寄ってくる。

 あまりのんびりもしていられない。

 貝とかあのサイズの代物に挟まれたら胴体を切断されかねない。


「――カニの急所って何処だ?」

「眉間だそうよ。神経を麻痺させて締められるって料理のサイトにあったわ」

「そりゃ重畳! 最初に食っていいぞ」

「いらないわよ」

 ハサミを避けつつ背中で問う舞奈に、明日香は携帯を片手にのんびり答える。

 先程から余計な茶々を入れながら携帯で検索していたらしい。

 まったく。


 それでも今調べてわかったのだ。

 改めてテックに連絡するまでもなかった。

 便利な時代になったものだ。

 流石に博識な明日香も巨大カニとの戦闘を見越したカニの生態の研究とかはしていなかったらしいし。


「――兵站フェオ

「さんきゅっ!」

 魔術語(ガルドル)と同時に、手にしたナイフが放電する。

 舞奈はニヤリと笑う。


 獲物に稲妻をまとわせて貫通力を増す【衝弾ショッキエレンド・ムニツィオン】の魔術。

 銃にかければ弾倉の中の弾丸すべてが稲妻の弾丸と化すが、近接武器にかけるとこのように放電する武具と化す。

 おまけに攻撃魔法(エヴォケーション)ほど派手な音はしない。


 いきなり光った獲物の得物を大きなカニは訝しむ。

 その一瞬の隙を舞奈は逃さない。


 思い出したように振るわれたカニのハサミを、身をかがめてかいくぐる。

 勢いのまま突進。

 丁度良い高さにあったカニの眉間に体重を乗せてナイフを突き刺す。

 その程度を確実にこなす程度は舞奈にとって造作ない。

 そして見るからに人間の力じゃ貫通できなさそうに堅牢な甲羅を、放電する魔術の刃が稲妻そのもののように貫く。


 確かに感じた手ごたえ。

 元気に蠢いていたカニの細長い四肢が一斉に痙攣する。


 そして次の瞬間、カニの姿が消えた。

 何かの手品か蜃気楼のようにあっけなく。

 周囲に魔力の残滓である細やかな光が散って、そのまま霧散する。

 巨大カニの正体は式神のような魔力の産物だったらしい。


 足元にポトリと小さなカニが落ちた。

 巨大なカニの正体はこいつだ。

 ブラボーちゃんや埼玉のネズミと同様に小さなカニが魔獣になっていたのだ。

 カニは慌てたように川に向かって横向きに走っていく。

 残念な事に捕まえて食うには小さすぎる子ガニだ。


 ちなみに魔力のコアのようなものは見当たらなかった。

 最初からなかったのかもしれないし、ついでに砕けたのかもしれない。


「なりかけの魔獣ってところかしら?」

「みたいだな」

 明日香の言葉に、口元に笑みを浮かべながら答える。

 少なくとも人間サイズのカニの相手は、巨大な蜘蛛の相手よりは楽だった。


 だが今回は数が多い。

 カニを倒す間にも、他の巨大シーフードがにじり寄ってきている。

 2人してゆっくり後退しながらナイフで相手をするにも限界がある。


「わたしたちも一旦、退いた方がいいんじゃないかしら? このエビたちも、わたしたちが踏みこむまでは川で大人しくしていたはずよ」

「一度、人が来て逃げていった後は知らんがな」

 背後を一瞥しながら明日香の意見を一蹴する。


 正直なところ魅力的な提案ではある。

 だが、こいつらを放っておいて逃げても、別のより厄介なトラブルの引き金になる気しかしない。

 見る限り奴らは水辺を離れても動ける様子。

 獲物を追って林に入られて、第二の故郷にでもされたら目も当てられない。


「エビの急所は?」

「頭部や腹部の特定の場所だそうよ」

「いや特定って何だよ?」

「知らないわよ。エビに聞きなさいよ」

「あたしはウアブ呪術師じゃねーぞ」

 携帯片手の明日香と問答しつつ、跳びかかってるエビを避けた途端――


『――ここまでこれば大丈夫』

『ずいぶん距離を離しましたし、ここまではカニたちも来ないでしょう』

 小川の水面から声。

 紅葉の【水の言葉(メデト・ネン・ジェト)】によるものだろう。


 子供たちを逃げ延びさせた先で別の水源を見つけ、水と水を繋いで声を届ける呪術をこっそり行使したのだ。

 理由はもちろん、自分たちが十分な距離まで退避したと舞奈に伝える事。


『カニは樹に登ってこられないから安心でやんす』

 今度はやんすの声。


 口ぶりからすると5人は秘密基地まで移動したらしい。

 かなり速い。

 こちらも紅葉が何らかの呪術を使ってインチキしたのだろか?

 何にせよ有り難い事には違いない。

 そこまで移動してくれれば少しばかり派手な音をたてても聞こえないだろう。


 と、それだけの情報を残して水と水を繋ぐ呪術の気配が完全に消えた。

 舞奈の口元に笑みが浮かぶ。

 隣の明日香も、もはや携帯を手にしていない。


 最強Sランクと熟練した魔術師(ウィザード)はシーフードの群れに向き直り――


「よし、反撃開始だ!」

「ええ」

 同時に自分の本来の得物を抜き放った。


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