樹下の不審者 ~ウアブ魔術&呪術vs脂虫
「――こっちで方向はあってるんですよね?」
「ああ。煙草の臭いがしてきた」
楓と紅葉は林のまばらな木々の間の獣道を小走りに進む。
マチェットは舞奈に預けてきたので枝葉は払えない。
だが進む先にある枝葉の方が2人を避けて道を開ける。
草木と意思疎通する【花の言葉】の呪術を使えば、その程度は造作ない。
紅葉は熟達したウアブ呪術師だ。
なので姉妹はハイキングのように悠々と獣道を進みつつ……
「……この先の巨樹の麓に5匹いますね」
「舞奈ちゃんの言った通りだ」
楓は近くの木の枝から肩に飛び乗ってきた1匹の蜘蛛に目をやって笑う。
側を走る紅葉も釣られて笑う。
楓も魔術で創造した蜘蛛に先行偵察させていた。
これは楓が修めたウアブ魔術【創命の言葉】で創造された疑似生命だ。
低位とはいえ魔神であるメジェド神ほどの持続力も精度もなく、情報のフィードバックには接触が必要だが、付近を捜索する目的であれば十分。
それを楓は何度か生物室で調査した極彩色の蜘蛛の形に創造した。
あれが攻守と機動性に優れた使い魔に成り得ると思ったからだ。
トラウマのある舞奈には凄い嫌がられたが。
そんな蜘蛛を防犯カメラ代わりに林の各所に配置して不審者を探そうとしていたところ、舞奈がヤニの悪臭に気づいた。
なので討伐に志願した術者本人も現地に向かいながら付近を捜索させた。
そのうち1匹が探していた不審者を見つけて戻ってきたのだ。
そして蜘蛛の斥候は道案内も兼ねている。
故に2人は迷う事なく……
「……いましたね」
「ああ」
6年生の秘密基地がある場所まで到達した。
林の木々が少し途切れた広間のような空間に、背の低い巨木が立っている。
なるほど話に聞いた通り、巨樹の上に小屋が建っている。
映画に出てくる妖精の住居みたいでファンシーな光景だと姉妹は思った。
ベニヤや木切れでしつらえらえた小屋の造りは素朴だが、それを初等部の6年生だけで組み立てたと言われれば中々の力作に思える。
だが、そんな微笑ましい雰囲気をぶち壊すように、巨樹の周辺に臭くて薄汚い脂虫がたむろっていた。
その数も舞奈が見抜いた通りの5匹。
高校野球のユニフォームを着た若い個体が4匹。
リーダー代わりなのだろう、薬物中毒者のユニフォームを着た団塊男が1匹。
全員がくわえ煙草、あるいは火のついた煙草を手にして、巨樹を囲んで何やら踊ったり手をのばしたりしている。
まるで妖精の住居を襲おうとしているモンスターの集団だ。
「監督! 男子小学生が! あの中に男子小学生がいるんですか!?」
「カップラーメンの匂いがする! カァァァップゥゥゥ!」
「気合を入れて登れ!」
意味不明な何かを叫びながら、薄汚い人型のモンスターどもは巨樹の幹にへばりついたり、周囲を走り回ったりしている。
小屋に入りたいのだろう。
秘密基地を樹上に造った小学生たちの先見性に頭が下がる思いだ。
まさか彼らも基地が怪異に襲われるとは思っていなかっただろうが。
姉妹は小学生の秘密基地を襲おうとしている怪異どもの様子を少し離れた林の切れ目から見やりながら……
「……ひょっとして樹を登ろうとしていますか?」
「そう見えるね……」
楓は訝しんでみせる。
答える紅葉の口元にも苦笑が浮かぶ。
奴らは目的が樹上の小屋なのは確かだろう。
そこで何をするつもりなのかは見当もつかないが。
だが、奴らはそこに上がれない様子だ。
ヤニが脳にまで回って、木登りができないほど知能が下がっているのだろうか?
「所詮は脂虫ですからね」
楓が苦笑した途端……
「……監督! 人間が来ました!」
脂虫どもは楓と紅葉の存在に気づいたらしい。
まあ2人も途切れた林の入り口に突っ立ったまま特に隠れるつもりもなく中央の巨樹を眺めていたし、見つかるのは想定内ないので問題はない、
だから不審者を避ける風でもない2人を見やって、
「なっ何者だ! お前たち!」
監督と呼ばれた中毒者の脂虫が叫ぶ。
それに合わせて4匹の球児たちも手にした煙草を投げ捨て――
「――規律違反者だ! 制裁しろ!」
「「ハイ! 監督!」」
号令に合わせてバットを振りかざし、女子高生と女子中学生めがけて走り来る。
実に野球少年らしい挙動だ。
対して一見すると徒手空拳の桂木姉妹は……
「……いえ、あちらこそ何者なのでしょうか?」
「着ているのは広島の……確か口淫高校の野球部のユニフォームだね」
「そうだったんですか」
楓が特に緊張感もなくツッコむ。
側の紅葉も同じ調子で答えながら身構える。
単に距離があるからのんびりしているという訳ではない。
この程度の相手ならば熟達した魔術師と呪術師の敵ではないからだ。
だが……
「……こ、こっちにも! おっ、男がいるぞ!」
「正座しろ!」
「うぉれが便器だ! 便器をしゃぶれ!」
ヤニで濁った双眸を血走らせた高校球児たちは、ヤニ臭い息と一緒に下品な戯言を吐き散らしながら走り来る。
「う、うわぁ……」
「えぇ……」
対して2人は気味の悪い動物を見る目つきで見やる。
流石の楓もドン引きだ。
正直なところ、この程度の低級怪異を相手に苦戦する要素は何もない。
だが、こういう形で精神にダメージを与えられるとは思わなかった。
まるで黒い害虫だ。
存在自体が臭くて不愉快な脂虫の面目如実である。
あまりにキモイし攻撃魔法で風刃や岩石隗をぶつけて触らずに粉砕してもいいんじゃと考えてしまい、意識して思い止まる紅葉に――
「うぉまえ! 男子中学生か!? 俺のナニをしゃぶれ!」
駆け寄りながら脂虫の高校球児は手にしたバットを振り上げる。
そのまま勢いにまかせて振り下ろす。
硬い凶器が風を切る。
「――すまない。わたしは男子じゃないんだ」
紅葉は重心を軽くずらして避ける。
渾身の大振りを避けられた高校球児はたたらを踏む。
その隙を紅葉は見逃さない。
勢いのままハイキック。
熟達した【屈強なる身体】で強化された長い脚の先のアウトドア用シューズのつま先を、薄汚れたユニフォームのみぞおちに叩きこむ。
靴が肉をえぐる鈍い感触。
それでも内臓を潰して殺さないよう細心の注意は払った一撃。
もちろん相手はくわえ煙草の喫煙者だ。
裏の世界では脂虫と呼ばれ、人間に似ているが人とは異なり、人に仇なす邪悪な怪異であると知られている。
奴らの不快な言動と悪臭は、その裏づけに過ぎない。
その存在自体が人間とは相いれない、純然たる人間の敵だ。
駆除するコストが放置による被害を上回るから見逃されているに過ぎない。
現に目前の脂虫どもは明確に小学生を害そうとしていた。
かつて姉妹の元から奪い去られた弟の瑞葉のように。
故に邪悪な怪異どもを、斬り刻んでしまっても倫理的な問題はない。
相手が人間の顔と身分を持っているという法的な問題も【機関】に属している限りは不問となる。
だが今日の紅葉たちは小学生たちの秘密基地の見回りに来ているのだ。
不審者の死骸なんか持ち帰ったら大将たちもドン引きだろう。
そして何より、小学生たちの無垢な憩いの場を奴らの汚い体液で汚したくない。
こいつらは生きたまま捕獲して、表の社会の官憲に引き渡す必要がある。
故に薄汚い脂虫の高校球児は口から汚物を吐きながら下生えを転がる。
死んではいないが、動かない。
手から離れたバットも少し離れた場所に転がり落ちる。
「ああっ! 口精ぃぃぃ!」
「この中学生! よくも口精君を!」
あっさり倒された同胞を見やって他の球児たちが雄叫びをあげる。
対して紅葉は口元に軽く笑みを浮かべるのみ。
だが次の瞬間、振り返った背後で――
「――姉さん! そっちにも行ったよ!」
「ヒヒッ! 俺は女をいただくぜぇぇぇ!」
楓の背後に団塊男が『出現』した。
透明化の異能力【偏光隠蔽】による奇襲だ。
他の球児どもは単なる脂虫だが、薬物中毒者のユニフォームを着こんだ監督だけは異能力を持っていたらしい。
舞奈たちが以前に遭遇したという狂える土と同じ違法薬物を使っているか?
「女子高生ィィィ!」
手下の球児と同じくらい臭くて不快な団塊男は、自身に背を向けたままの女子高生に、勢いのまま背後からつかみかかろうとする。
だが楓は――
「――ええ、わかっておりますとも」
軽く横に動いて避ける。
ヤニでゆがんだ団塊男の両手の指が宙を切る。
血走った下男の表情が驚愕に歪む。
今しがたの楓の動きは先ほどの紅葉のそれとは異なる。
足は動いていないのに地を滑るように移動する、物理法則を無視した挙動。
仮に相手が脂虫じゃないスポーツマンだったとしても初見で対処は無理だった。
自身を別の生物に変身させる【変身術】の応用だ。
元の身体と寸分違わぬ形状に変身する事により、魔術の使用を周囲に悟られることなく低位の魔神であるメジェド神の能力を行使できる。
そのひとつが身体能力とは無関係な意志の力のみによる物理的な移動。
そんな地味だがチートな特性を利用した初見殺しな回避。
熟達した魔術師である楓の生存能力もまた文武に秀でた紅葉と互角。
防御魔法による岩石の盾や水の防護幕を使うまでもない。
そんな様子を見やって笑う紅葉の視界の端から――
「――おらぁ! 余所見してる場合じゃねぇぞ!」
「カァップ! ラァァァァァメェェェェェン!」
臭い息を吐きつつ迫り来る2匹目、そして3匹目。
木々の枝葉の隙間から差しこむ光が、バットを振りかざした球児どもの野獣のような表情をシルエットにして覆い隠す。
対して紅葉は……
「……何でカップラーメン?」
訝しみながらも少し身をかがめてバットを避ける。
先程と同じ余裕の表情のまま。
相手の避けられた事実を信じられない驚愕の表情も同じ。
だから紅葉は先程と同じに、流れるような動作で人型怪異を強打する。
そして蹴り倒す。
こちらも拳に攻撃魔法による大気や水をまとわせるまでもない。
純粋な身体強化のみによるアッパーカットが2匹目の顎を砕く。
続く3匹目に食らわせた回し蹴りは、敵を側にあった大樹に叩きつける。
どちらも回避も防護もできずにまともに食らい、下生えの上にドサリと落ちる。
あるいは大樹の枝を揺らせ、根の合間に転がり落ちて仰向けに横たわる。
どちらも一発KOだ。
容赦はない。
殺さないよう気をつけるのと手加減するのは別だ。
最初の印象通り、脂虫の高校球児たちの戦闘技術は雑魚レベル。
野球選手の体格をして凶器を携えてはいるが、武術の心得がある訳じゃない。
今までは横柄な態度と狭いコミュニティの中の権力だけを拠り所にして格下の怪異を相手に暴虐の限りを尽くしていたのだろう。
故に自分自身の実力など持ち合わせていない。
要は武装した素人だ。
小学生を怖がらせる事はできても、心得のある相手には太刀打ちできない。
元はスポーツマンだったが戦闘訓練と経験を積んだ紅葉に勝てるはずもない。
弟の無念を晴らすため、新たな犠牲を防ぐために己自身を鍛え続けた紅葉に対抗できる要素が敵には何ひとつない。
相対したら雑草のように刈られるしかない。
――だが背後から響く悲鳴。
肉が軋む音。
「姉さん!?」
驚く紅葉の目前に、
「クソッ! テメェに俺をしゃぶらせてやる!」
最後に残った1匹が迫っていた。
紅葉は思わず舌打ちする。
「ちょっと急いでるんでね――」
詠唱もなく【かりそめの風の主】を行使。
ウアブ呪術のあらゆる風術の基礎たる大気操作の呪術を駆使して、
「うわぁっ!?」
バットを振りかざした高校球児の足元をすくう。
態勢が崩れたみぞおちに全体重を乗せた拳を叩きこむ。
一瞬の隙も、容赦もない。
もちろん背骨をへし折らないようにだけは気を配った致命的な一撃。
最後の球児がヤニ臭い体液を吐いて崩れ落ちる様子を横目で見やりながら――
「――姉さん!」
姉がいるはずの方向に向き直り……
「……何をしてるんだい?」
思わず、と言った調子で紅葉は問いかける。
何故なら楓は巨大な両手で団塊男を握りつぶそうとしていた。
比喩ではなく、楓の両手の手首から先だけが人の身体くらい大きくなっていた。
女子高生は巨大な拳を握りしめ、装脚艇や巨大な魔獣が人間をつかまえるように団塊男をにぎにぎしている。
何ともシュールな光景だ。
いっそ仮装かギャグ漫画の一コマだと言われた方が納得できる酷い絵面だ。
しかも結構な力を入れているのだろう。
団塊男は目を見開き、泡を吹きながら、マッサージの緩急にあわせて排水溝の排水のような悲鳴をあげている。
先程の男の悲鳴で、姉が敵に無茶をしたかと焦ったのは事実だ。
楓は弟の仇でもある脂虫を数多く惨たらしく殺す行為に心血を注いでいる。
アーティストとして殺戮を楽しんでもいる。
今回の見回りに付き合ってくれた理由も純粋な善意からだけではない。
隙あらば脂虫を殺そうとの算段からだと紅葉は知っていた。
だから紅葉の目を盗んでやらかした懸念は、まあ敵は生きているので払しょくされたのだが……驚かされた事には変わりない。
「……おや紅葉ちゃん、そちらは御仕舞で?」
「ああ、4匹とも片づけたよ」
「それは何よりです。流石は我が妹」
気づいたらしい姉に答え、
「それより……何のつもりだい? それは」
「折角ですので格闘技の技のひとつでも披露してみようかと」
「そんな格闘技はないよ……」
問いかけに返ってきた寝言にやれやれと苦笑する。
どうやら姉は、余人に魔術の存在を悟られないよう気をつけた結果がこれだと主張しているらしい。人が見ていなくて本当に良かったと思う。
この巨大な手も【変身術】の応用だ。
厳密には手を巨大化させているのではなく、『他はそのままで手だけ大きい楓さん』に変身しているのだ。
魔術とは意志の力を凝固させた魔力により現実を改変する行為だ。
故に術者の想像力によって無限に応用する事ができる。
そう言った意味では芸術家でもあり医学を志す桂木楓は天才だ。
ヴィランの死神から評価されるのも故なき事ではない。
だが何というか、その才能をそういう風に発揮しなくても……。
自分と同じものを食べているはずなのに何でこんなになるんだろう?
「ところでコレ、どうしましょう?」
「どうするって?」
「いえ、1匹くらい斬り刻んで埋めてもバレないかと思いまして。ほら、林の木々にも栄養は必要でしょうし」
「うーん。わたしが木だったら嫌かな」
「ええっそうなんですか?」
「それはそうだろう? 木々に必要なのは汚物じゃなくて綺麗な水と日光だよ」
「そうですか……」
団塊男をもみもみしながら問う楓に、紅葉は困った表情で答える。
楓は残念そうな表情のまま、握った獲物をゴリゴリする。
紅葉の返しにも微妙なツッコミどころはあるが、妹と同じブルジョワの姉は特に気にしない。
「わたしは賛成しないよ。やり口がこいつらと変わらないし」
「ええっ!? その言い方は酷いハラスメントじゃないですか?」
言った途端に楓は男を放り出す。
巨大な手も包帯が剥がれるように魔力を霧散させつつ元に戻る。
男は泡を吹いたまま動かない。
おそらく拘束を解く瞬間に【錯乱術】をかけたのだろう。
魔術による認識阻害【消失のヴェール】と同じ【高度な生命操作】技術によって対象の脳にノイズや誤情報を流しこむ魔術だ。
そう言った部分でも姉は天才だ。
性格はアレだけど。
「じゃ、こいつらを拘束して舞奈ちゃんたちを呼びに戻ろう」
「ふふっ。抜かりなくロープと大きなハサミを持ってきましたよ」
「……姉さん」
「誤解ですよ! ロープを切るためのハサミです」
軽口を叩きながら姉妹が後片づけに取り掛かろうとした途端……
「……大将? たすけに来てくれたの?」
「えっ君は!?」
樹上の小屋からひとりの女子が姿をあらわした。
紅葉は割と本気でビックリする。
見られてないよね?
先程の脂虫との戦闘とか。
姉の大きな手とか。
姉の物騒な物言いとか。
だがリーダー氏の取り巻きのひとりだろう6年女子はテンパった様子で、
「あ、あのね、大将ややんすちゃんが秘密基地を見張るっていうから一緒にしようと思ったんだけど、変な男に追いかけられて……」
不安をぶちまけるように言い募る。
「それで秘密基地に逃げこんだんですね。素晴らしい判断力と行動力です」
「うん。それで梯子を上げて隠れてたの」
「そうですか。無事で何よりです。わたしたちは大将さんに頼まれて秘密基地の見張りを手伝ってたんです。変な男は紅葉ちゃんが綺麗さっぱり片付けましたよ」
「そうなの!? よかった……!」
楓がにこやかな笑顔のまま少女を安心させる。
少女の表情もたちまち安堵に緩む。
そう言った部分でも姉は要領がいい。
それが学園のアイドルだなんて言われている理由のひとつでもあるのだろう。
なので……
「……ええ。今からこの不埒者たちが二度と動かないようしっかり拘束しますので、しばしお待ちを」
「二度と!?」
「い、いや! おまわりさんに引き渡すまでね!」
続く言葉にビックリ仰天フォローしつつ、紅葉は不審者の拘束に取り掛かった。
……そのように樹下から秘密基地を狙っていた不審者が制圧されたのと同じ頃。
林の別の一角で……
「……なあ、今、悲鳴か何か聞こえなかったか?」
手持ち無沙汰にしていたリーダー氏が物音にビクつく。
そんな様子が微笑ましいと舞奈は思う。
だが笑うと気分を害されそうなのでポーカーフェイスを意識する。
ガタイの良い強気な6年男子とはいえ荒事には縁のない普通の小学生。
大人の不審者の発見と、おそらく剣呑な何かの予感に怯えているのだ。
そんな彼とは真逆に……
「……楓さんが派手にやらかしたかな」
「えっ? どういう事でやんすか?」
「ああいや、何でもない」
ふとこぼした舞奈にやんすが首をかしげてみせる。
こっちのマイペースさの理由はわからない。
まさか別のやんすみたいに、一緒にいると何処からともなくカバラ魔術で援護されたりする事はないのだろうが。
そう思って苦笑しかけ、そんな内心を誤魔化すように……
「……で、おまえはどうしたよ?」
先程からあらぬ方向を睨んでいた明日香を訝しんでみせる。
「何かいるわ」
「いやいるだろう。楓さんたちと」
「そうじゃなくて……ほら、以前に日比野さんたちが川に落ちたあたりに」
「何がだよ?」
「知らないわよ」
「ったく……」
問いかけて、返ってきた答えに少し困る。
言い淀む様子からすると、まさか魔力感知に反応があったのだろうか?
正直、あまり面白くない状況だ。
件の川辺は今いる場所から少しばかり離れた場所にある。
楓たちを置いてあまり遠くに行きたくない
何より、そんな距離から察知できる魔力の源なんて絶対ロクなものじゃない。
リーダー氏ややんすを連れて行くのは愚策中の愚策だ。
舞奈のそういう予感は当たるのだ。
支部に連絡して調査してもらうか……あるいは面倒だが後でこっそり2人を置いて見に行くか、と渋面を作りながら考えた矢先に……
「……行ってみようぜ!」
「……は?」
リーダー氏が唐突に言った。
「何か気になるものがあるなら見に行こうぜ! そのために来たんだから」
「そりゃそうなんだが……」
内心で頭を抱える。
じっとしてるより動く方が怖くないと思っているのかもしれない。
対して舞奈たちに反論する材料がないのも事実。
大将の言葉はまあ正論だし、気になるのは魔力の反応だから危険だとか言って説得する訳にもいかない。そんな事を言われても先方も困るだろう。
下手をすると舞奈の目を盗んでひとりで見に行きそうな気もしないでもない。
男子がそういうものだと舞奈は知っている。
正直なところ明日香が余計な事を言わなきゃ良かったが、覆水盆に返らずだ。
だから……
「……しゃあねえ。危ないと思ったら戻るからな?」
「しょうがねぇ、おまえが言うなら従ってやるよ」
「ならメモを残して行くでやんす」
抜かりなくやんすが取り出した紙切れを目立つように枝にくくりつけ、4人の小学生は少し離れた川の方向を目指して移動を開始した。