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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第5章 過去からの呼び声
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依頼 ~新開発区の調査

「……犬か?」

 学校椅子に逆向きに座りながら、舞奈は言った。

 背もたれにだらしなく頬杖をついて足元を見やる。

 そこには床にごろんと寝転がるみゃー子。


 登校してきて鞄を降ろしたら、唐突にみゃー子が転がってきた。

 そしてこの状況だ。


 上履きのつま先でつついてみても反応がない。

 何の物まねをしてるか当ててほしいんだなあと、何となく思った。

 みゃー子の考えを理解するなどという何の役にも立たないスキルのために、脳の容量を無駄にしている気がして少し凹む。


「……うーん、寝てる犬?」

 どうでもよさそうな口調で言ってみた。


 みゃー子は軽く身体を曲げて、手足をだらんと投げ出している。

 ワクワクした目でこっちを見ていなければ、単に床で寝ているように見える。

 だがみゃー子は答えない。

 違うらしい。


「じゃ、死んでる犬?」

 てきとうな口調で言った。

 するとみゃー子は両手を揃え、少し深く身体を曲げた。

「生き物じゃないのか」

 舞奈はしばし考える素振りをして、


「……アサルトライフル(AK47)30連(バナナ型)マガジン?」

「ししとーっ!」

 みゃー子が何の脈絡もなく叫んだ。


「ししとーって何だ?」

 舞奈が首をかしげると、


「ししとうがらしっていう、料理に使うお野菜だよ」

 横から声がした。

 登校してきた園香だ。


「おはよう、ゾマ」

「おはようマイちゃん。ししとうはピーマンやトウガラシに似てるんだけど、やわらかくて辛くないんだよ」

「へえ、美味そうだな」

「知らずに食べたことありそう。野菜炒めとか、お肉の付け合わせとかに使うの」

 みゃー子を困惑げに見下ろしながらも自分の机に通学鞄を置いて、園香は笑う。

 舞奈も笑う。すると、


「ししとーっ!!」

「きゃっ」

「……やめろよ、びっくりするだろ」

 みゃー子が唐突に跳ねあがった。


「ししとー♪ ししとう♪ し、し、とぉー♪」

 猫背になって両手両足をつっぱらせて猫みたいな四つん這いになって、歌いながら、手首と足首だけを使ってぴょんぴょんと跳ね回る。

 そして、そのままどこかに跳んで行ってしまった。


「……食いにくそうな野菜だな」

「普通のししとうは飛び跳ねないかな」

 舞奈と園香は顔を見合わせて苦笑する。

 それでも舞奈の笑みはやわらかい。


 園香が向けてくれる笑みは、以前に増して楽しげだ。

 ここ最近、園香は怪人や怪異に何度も襲われた。

 でも舞奈はそのすべてから、園香を守り抜いた。

 この笑顔を、自分の手で守れたのだと思うと嬉しかった。


「みゃー子さん! 朝から卑猥なゼスチャーなんかしたらダメです!」

「……アサルトライフル(AK47)30連(バナナ型)マガジン?」

 委員長と明日香が連れ立って、後ろのドアから入ってきた。

 みゃー子はまだ物まねゲームをしているらしい。


「みゃー子ちゃん、ししとうだー!」

 続いてチャビーがやってきた。


「お、一発で当てやがった」

 舞奈はどうでもよさそうに驚く。

「チャビーちゃん、すごいね」

 隣で園香も笑う。

「ししとー♪ ししとう♪ し、し、とぉー♪」

 みゃー子は跳ねあがって、そのまま跳ね回りはじめた。


「……ししとうは緑色よ」

 物知り明日香は口をとがらせる。

 みゃー子の物まね如きを当てられなかったのが気に入らないらしい。


「ししとー」

 みゃー子は叫びながら窓際まで走って行く。

「……今度は何が始まったんだ?」

 そして窓の外の空に向かってくねくねと踊りはじめた。

 舞奈が見たこともないような珍妙な踊りだ。


「うーん、ひまわり?」

 チャビーが物珍しそうにみゃー子にまとわりつく。

「いや、ひまわりは踊らないだろ」

 舞奈はひとりごち、

「……光合成か?」

 ぼそりとこぼした一言に反応して、みゃー子の動きが変わった。

 どうやら正解らしい。

 別に嬉しくもなんともなかった。


「チャビーちゃん、おはよう」

「あ、ゾマおはよー!」

 園香はチャビーと話しはじめた。


「おはよう、舞奈」

「よう、明日香」

 舞奈のところには明日香がやって来た。


「いいんちょと一緒に来るなんて珍しいじゃないか。ひょっとして2人して曲がり角を直角に曲がってきたか?」

「失っつ礼ね。あなたこそ真神さんと、何話してたのよ?」

「別に、何だっていいだろ」

 そう言って舞奈はそっぽを向く。

 明日香はとりたてて気にもならなさそうに「ふうん」と言って、


「そうそう、新しい依頼よ」

「最近は金には困ってないんだが……誰からだよ?」

 面倒くさそうに舞奈は答える。だが、


「シスターから」

「お、シスターから依頼なんて久しぶりだな」

 明日香の言葉に相好を崩す。

「まったく、調子がいいんだから」

「おまえが持ってきた仕事だろ? 茶でも持って聞きに行ってやろうじゃないか」

 そう言って笑った。


 なので、舞奈と明日香は放課後に教会に向かうことになった。


 シスターというのはその名の通り、統零(とうれ)町の片隅にある寂れた教会の修道女だ。

 だがキナ臭い施設がひしめく統零町に普通の町人が訪れるわけもなく、【教会】の信者が多いはずの海外出身の傭兵たちも、足げに教会に通うわけでもない。

 なので高齢の神父に代わってシスターが切り盛りする街はずれの教会は、今も昔も閑古鳥が鳴き続けている。


「舞奈さん、明日香さん、よく来てくださいました」

 そして、そんな教会の一角にある質素な応接室。

 普通の修道服をきっちり着こんだ修道女が、舞奈と明日香に頭を下げた。


 今回の依頼人のシスターは、清楚でしとやかな妙齢の女性だ。

 気立ては良いが少しばかり世事に疎く、整っているが幸薄そうな顔をしている。

 いつぞやの祓魔師(エクソシスト)とは様々な意味で真逆だ。

 首に提げた信仰の証のロザリオだけが共通点である。


 ――否、ロザリオが埋まりかけた胸の谷間もアイオスに匹敵するボリュームだ。

 微笑みながらシスターの胸を見つめる舞奈を、明日香が睨んだ。


 もちろん、このシスターは祓魔師(エクソシスト)ではない。

 本来ならば怪異とも異能とも無関係な市井の人だ。

 だが怪異による被害から人々を守ろうと、少ない活動資金から依頼料を捻出して【掃除屋】に仕事を依頼してくる。

 舞奈からすれば、依頼料はしょぼいが信頼のおける良い依頼主だ。

 それに豊かな胸の清楚な修道女は、そこはかとない母性を感じさせる。だから、


「ちゃんと飯、食ってるか?」

 舞奈は持ってきたコンビニ袋を机に載せる。

 中身はペットボトルのお茶だ。


 舞奈は万年金欠で、いつも依頼主から食事やお茶菓子を振舞われている。

 だが相手が貧乏教会の、幸薄そうなシスターが相手なら話は別だ。

 頼りない母親のような雰囲気の彼女が気がかりで、ついつい教会を訪れるたびに差し入れを持ってきている。

 本当は花でも買って送りたいのだが、明日香が絶対に文句を言うので茶だ。


「まあ、いつもすいません」

 シスターは幸薄そうな笑顔を浮かべて茶を奥の部屋に運ぶ。

 そして、クッキーが盛られた皿とコップをトレイに載せてやってくる。


「でも、御心配には及びませんよ。敷地内の空き地で畑をやっていまして、野菜がたくさん採れるんです。近所の皆様にも好評なんですよ」

 そう言ってシスターは笑う。

「このクッキーも野菜のお礼にといただいたものなんです」

「そいつはなによりだ。本業より儲かってたりしてな」

 舞奈も笑う。


「いえ、私の趣味で育てているものですから、お代なんていただけませんよ」

「配ってるのかよ……」

 舞奈は思わず目を見開く。

 だがシスターは笑う。

 幸薄そうな彼女の笑みが、先程より少しだけ神々しく見えた。


「でも、その皆様が、最近、奇妙なものを目撃されておりまして」

 シスターは顔を曇らせる。

「あちらの空が怪しく光ったり、何かが飛び回ったりするのだそうです」

 そう言って、ステンドグラスの窓越しに新開発区の方向を指さした。


「何かの見まちがいじゃないのか?」

「ええ、わたしも最初はそう思ったのですが、皆さん口を揃えて同じことをおっしゃいますし。それに……」

 訝しむ舞奈に、だがシスターは一枚の写真を取り出して見せる。


 新開発区の方向を撮ったと思しき一枚だ。

 言う通り、雲ひとつない空に米粒のような黒い何かが飛んでいる。

 それが何なのかは小さすぎてわからないが、数が多い。


「舞奈さんと明日香さんには、この飛んでいるものの正体を調べて、それが危険なものであれば対処をお願いしたいのです」

「面白そうじゃないか。この依頼、受けさせてもらうよ」

 舞奈の言葉に、明日香も頷いた。


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