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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第22章 神になりたかった男
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秘密基地周辺調査

 よく晴れた土曜の朝。

 古びた教会の前の、庭代わりに広がっている空き地に――


「――ちーっす」

「あっ舞奈ちゃん、おはよう」

「おや舞奈さん。早いですね」

「あんたたちもな」

 やってきた舞奈は、手持ち無沙汰にしていた紅葉と楓に挨拶する。


 小学生の秘密基地周辺を見回るだけなのに、姉妹揃ってブランドものっぽいスポーティーな私服を着こなしているあたりは流石ブルジョワ。

 特に楓は脂虫探しのハイキングが楽しみだったらしい。

 おしゃれ眼鏡に探検家ルックが微妙にコスプレ臭いのは御愛嬌。

 対して舞奈は普段通りのジャケットにキュロット姿。

 別に普段と比べて変わった事をする訳でもないからだ。


 そんな舞奈は朝から新開発区に近い位置にある教会を訪れていた。

 そこが秘密基地周辺の調査のための待ち合わせ場所だからだ。

 舞奈としては割と意識して早めにアパートを出たつもりではある。

 だが、それより早起きもいたらしい。


 教会を待ち合わせ場所にしたのは、単に件の林の近くに目印になるような場所がここしかなかったからではある。

 屋根の上に立っている大きな十字架は遠くからでもよく見える。


 だが、そんな教会の側の、よく手入れされた霊園には桂木姉妹の弟である瑞葉君が眠っている。

 執行人(エージェント)だった彼は、仲間にまぎれていた脂虫の裏切りにより殉職したと聞いた。

 姉妹が仕事人(トラブルシューター)に、その前のキャリアでもある脂虫連続殺害犯【メメント・モリ】になった理由でもある弟への挨拶を、彼女らは既に済ませたらしい。


 正直なところ舞奈にも挨拶したい人がいた。

 今日は用事で来られなかったチャビーの兄でもある日比野陽介だ。

 林と聞いてチャビーが来たがったのは、そのせいかもしれないと思ったからだ。

 だが姉妹の前で友人の兄の墓参りは少しばかり気が引ける。

 だから――


「――あら、舞奈さんも見えられたんですね。おはようございます」

「ちっす。朝から邪魔してスマン」

「いえいえ、賑やかなのは大歓迎ですよ」

 教会の建物の方から、にこやかな表情のシスターがやってきた。

 舞奈も何食わぬ表情のまま挨拶する。

 痩身巨乳の彼女も知らない仲ではないので、朝から集団で押し掛けるにあたって話は通してある。


「そういやあシスター。例の林、誰の土地だか知ってるか? 度々厄介事が起きてるし、ちゃんと管理してほしいんだが」

 何か話題が欲しくて何となく愚痴って(?)みて、


「トラブルの原因は無断で子供が入りこんだからですけどね」

「……そりゃスマン」

 シスターから返ってきた答えに恐縮しながらも苦笑する。


 まあ彼女の言葉ももっともだ。

 以前にも園香たちが脂虫に襲われたツチノコ探しは、誰かに許可を得て林に立ち入った訳じゃないと思う。

 ブラボーちゃんと戦った蜘蛛探しもだ。

 そう考えると少し短慮な発言だったかなと少し思った矢先に――


「――あの一帯は、わたしが前任者……祖父から受け継いだものです」

「そっか……」

 にこやかな笑顔のままシスターは続けた。

 舞奈は困る。


 桂木姉妹が背後で苦笑する気配。

 どうやらブルジョワ姉妹はその事を知っていたらしい。

 まったく。


「……ま、まあ管理と防犯は必要だろう。何か変わった事があったら、大事になる前にあたしでいいから声をかけてくれ」

「ふふっ、かしこまりました」

 誤魔化しがてら、そんな事を言ってみる。

 人当たりの良いシスターは何事もなかったように笑う。

 そんな風に4人で時間を潰しているうちに……


「……あら」

「おっ来た来た」

 通りの向こうから新たな人影が近づいてきた。

 明日香とリーダー氏、やんすだ。

 途中で合流して一緒に来たのだろう。


 6年生組も今日の調査が楽しみだったか、揃って動きやすそうな探検ルックだ。

 リーダー氏が貫禄のある体形のせいで軍事政権の独裁者みたいな見た目になっているのは御愛嬌だが、普段はだぼっとした格好をしているやんすも今日はシャキっとしたシャツとキュロット姿だ。雰囲気のせいで今ひとつ性別はわかりにくいが。

 明日香も気を使って衣装を選んできたらしい。

 普段は術者らしいワンピースばかりなので、ズボン姿は少し新鮮だ。


 なおリーダー氏とやんすは大きなリュックを背負っている。

 諜報部の連中がヤニ狩りした後みたいな大きさだ。

 何が入っているのだろう?

 別に遠足のつもりじゃなかったんだが。


「やあみんな、おはよう」

「今日はよろしくお願いしますね、大将さん」

「おう! ……あっいや、はい! こっこちらこそ!」

「よろしくでやんすー」

 紅葉と楓の挨拶に、リーダー氏はしどろもどろになりながら答える。

 舞奈や5年生に対してしていたような尊大さは見る影もない。


 もちろん楓たちが同行すると事前に話してはいた。

 だが相手は中等部の王子様と、高等部のアイドル。

 特に楓は外面だけは身目麗しい高根の花だ。

 そんなのに遭遇した小6男子としては普通の反応だろう。


 対してやんすの態度が普段と変わらないのは紅葉が姉の友人だからか。

 まあ、こっちは相手が大統領でも同じ対応をしそうだが。


「明日香さんもおはようございます。そちらの御二方が秘密基地の方ですね。以前からお見掛けしておりました」

「おはようございます」

「あっいえっ! どっどうも……!!」

「やんすー」

 シスターの挨拶にも恐縮する。

 こちらも生まれて初めてビーナス誕生を見た漁夫みたいな反応だ。

 いろいろ大変そうなリーダー氏である。

 正直、世慣れたドルチェと同じくらいでっぷり肥えているのに挙動だけシャイすぎて見ていて少し面白い。

 先生や親御さん以外の大人の女性と話す機会があまりなかったのだろう。

 そんな大将の取り巻きのひとりでもあるやんすは、別にフォローしようとした訳でもないのだろうが――


「――お弁当を持ってきたでやんすよ」

「おっ! でかしたぞやんす!」

「万理奈ちゃんも料理が得意だもんね」

 リュックからバスケットを取り出した。

 大将はガッツポーズをしてみせる。

 先程の挙動を誤魔化す意図か、本当に弁当が楽しみなのか、両方か。


 あと、やんすの本名は万理奈ちゃんと言うらしい。


 やんすこと万理奈ちゃんがちらりと蓋を開けると、中身はサンドイッチだった。

 控えめなマヨネーズと小麦の香りが鼻孔をくすぐる。

 隙間から一瞥しただけでもふっくら感が見て取れるパンの合間にポテトサラダやキュウリや卵、ハムやレタスが並ぶ様も目に楽しい。

 やんすにとって、やはり今日は楽しいハイキングだったらしい。


「……あっ」

「まだダメでやんすよ」

 つまみ食いしようとのばされたリーダー氏の目前で蓋が閉められる。

 そのままやんすは手慣れた様子でバスケットをリュックにしまう。

 いつもこうなのだろう。

 そんなだからそんな体形に……いや何でもない。


「姉妹揃って料理ができるだなんて素晴らしいです」

「うんうん。お昼が楽しみだよ」

「えへへ、それほどでもないでやんす」

 大仰に喜ぶ楓と追従する紅葉に、やんすは満更でもなさそうな表情で笑う。


 まあ、こっちの姉妹が感激しているのは世辞ではなく本当だ。

 舞奈にはわかる。

 だがブルジョワ姉妹にとっての料理できて感激とは、食材の切り方がわかるから凄いとかいうレベルである事は特に言わなくても良いだろう。


「俺はやんすの姉ちゃんから木刀を借りて持ってきたんだ」

「やんすー」

「元気な姉ちゃんで何よりだ」

 リーダー氏はリュックから木刀を抜いて構える。

 自分も何か主張したくなったらしい。

 舞奈はやれやれと苦笑してみせる。


 得意げな表情に、彼とは似ても似つかない記憶の中の友人たちの姿がだぶる。

 ザンに切丸、バーン、トルソ、三剣刀也。

 どうして男子はそんなに刀剣が好きなのだろうか?

 まったく。

 そんな舞奈の内心を見抜いた訳でもないのだろうが……


「……不審者を見つけたらそれで殴るつもりですか?」

「なっ……!? 自衛だよ自衛!」

「それじゃ自衛にならないかと。何かあったら逃げてください」

「なんだと! 敵に背中を向けて逃げろってのか!?」

「それが嫌なら転進してください」

「てんしん……? 飯?」

「……真後ろに向き直って全速力でダッシュするんです。勇敢な戦術ですよ」

 明日香がツッコんできた。

 しかも言い返そうとするリーダー氏を真顔で諭してみせる。

 まあ学園の警備を一任された警備会社の社長令嬢としてはもっともな発言なのだろうが、やんすは(えぇ……)みたいな表情をしている。


「……小学生に旧軍の用語で指示すんな」

 小声でツッコミを入れる舞奈を見やって――


「――ていうか、おまえら軽装だな」

「いや、そんな持ってくものないだろう? 林を見回るだけなんだから」

 リーダー氏は小癪にもため息なんかついてみせた。

 何かしてやったつもりになれたらしい。

 まったく。


 だが舞奈も今日の自分が軽装な自覚はあるから特に言い返したりはしない。

 少なくとも県庁に出向いた時のように長物は持っていない。


 もちろん懐にはナイフや拳銃(ジェリコ941)を忍ばせている。

 木刀なんかとは違って、不審者に対しても十分以上に効果がある武器だ。

 それを舞奈は手足のように使いこなす。

 だが、そんなものを見せびらかして自慢したい訳じゃない。

 なので何故か勝ち誇ったようなリーダー氏の視線を何食わぬ表情のまま受け流していると……


「しょうがねぇ。何かあったら俺の後ろに隠れるんだぞ!」

「ですから木刀で立ち向かおうとせずに安全確保を……」

「……あっ皆さん」

 シスターが何かを持ってきた。


「これを使ってください」

「……!?」

「やんす!?」

 シスターが差し出したマチェットを見やって6年生はビックリ仰天。

 木刀の有無で勝ち誇っていたところに本物の刃物を差し出されたからだ。

 当のシスターは(?)と首をかしげてみせる。


「これで小枝や茂みを切り落としながら進むんだよ」

「あ、ああ。そうだよな! そうさせてもらうぜ!」

「ありがとう。シスター」

 紅葉のフォローに納得し、木刀を仕舞って紅葉ともども受け取る。

 先ほど不審者を殴ろうとしていた得物よりずっしり重い、使いこまれた金属製の刃物をじっと見やる。


 まあ、それが一般的な小学生の反応なのだろう。

 刀で不審者を倒す。

 人に刃物を向ける。

 その2つは彼の中ではまったくの別物だ。

 平和な表の世界で普通の小学生として育てば普通はそうなる。


 だが今まではどうやって秘密基地まで通っていたんだ?

 苦笑する舞奈を他所に――


「――じゃ、そろそろ行こうぜ」

「おっけー」

「いってらっしゃい。お気をつけて」

 リーダー氏の合図で、シスターに見送られながら一行は林に向かう。


……そして短い道中でトラブルに見舞われるような舞奈あるあるも今日はなく、


「へえ、ここから入ってるんだ」

「そうなんすよ! わかりにくくて格好いいでしょう!」

 紅葉の言葉に得意げに答えるリーダー氏に続いて皆で林中へ。


 相も変わらず林は鬱蒼としている。

 生え揃った木々の中には結構な大きさの巨木もあって、なるほど上に小屋が作れそうな巨樹もありそうだと納得できる。

 そしてリーダー氏はスマートな紅葉を先輩として気に入ったらしい。

 ナチュラルに敬語だ。


「なるほど。確かにちょっと獣道になってるな」

「枝葉が服に引っかかるって女子から苦情が出ませんか?」

 舞奈は鷹乃からの情報と照らし合わせながら、明日香は林の枝葉や藪が伸び放題の『通れるか通れないかで言えばいちおう通れる』道に愚痴る。

 どうやら今までは特に道を整備することなく通れるから通っていたらしい。

 まあ小学生の秘密基地への通り道なんて、そんなものだ。


「そうすると枝が引っ掛からなくて歩きやすいでやんすね」

「そうだな! 俺が道を切り開いてやるから安心して着いてこい!」

「怪我しないように気をつけて。最小限の動きで枝を落とすよう心掛けるんだ」

「わかってますって!」

 紅葉とリーダー氏が先頭に立って、枝葉を払いながら進む。

 リーダー氏は楽しそうにマチェットを振り回して枝葉や藪を払っている。


 その後ろをやんすと明日香が続く。

 しんがりは楓と舞奈が務める。


 枝葉を払って後続の歩みをサポートする大変な役目を、リーダー氏は率先して引き受けてくれた。何度も勝負で負かされていても、5年生の女子に力仕事を押しつける気にはならないらしい。

 あと楓の人となりを知らないながらも刃物を持たせない分別もあるらしい。

 意外に見どころのある男子だと少し思った。


「こんな感じっすよね?」

「上手じゃないか。ひょっとして初めてじゃない?」

「へへっ。実はボーイスカウトをやってて」

 紅葉におだてられたリーダー氏が得意げに語り始める。

 スマートで裏表のない紅葉から能力を認められたのが素直に嬉しいのだ。

 そういう部分で紅葉は人の心をつかむのが上手い。


「それじゃあさっきのは余計なアドバイスだったね」

「そんなことないっすよ! 先生と同じ事を言ってて流石って思ったっす!」

「こう見えて大将はアウトドアのプロでやんすよ」

「よせやいやんす!」

「テントを張って火もおこせるでやんす」

「へぇ、凄いなぁ」

 やんすも一緒になって持ち上げて、大将もますます気分よく話し始める。


「いや日帰りのつもりで来たんだが」

「そういう意味で言ったんじゃねーよ」

 軽口を叩く舞奈を、リーダー氏は背中越しにギロリと睨む。

 明日香がやれやれと肩をすくめる。


 だがまあ、そういうスキルがあるから樹上に秘密基地なんか作れたのだろうか?

 6年生のリーダーの面目躍如だ。


 もちろん現代でただ生きていくだけならアウトドアの知識は必要ない。

 ボーイスカウトも学校以外で授業料を払って体験するものだから、こう見えてリーダー氏は親御さんに愛情だけでなく金もかけられて育てられたのだろう。

 彼は表の世界の人間だ。


 新開発区暮らしの舞奈にとって、刃物は敵を排除するためのものだ。

 だがリーダー氏にとって、刃物は誰かを傷つけるためのものじゃない。

 枝葉を払ったり、樹を切って小屋を作るためのものだ。

 そういう生き方が身体に染みついている。

 だから横柄で偉そうに見えるのに、意外に人望があるのだろう。


 舞奈と彼らは違う。

 どちらが偉いとか正しいとかではなく、ただ違う。


 裏の世界の戦いに順応した人間は、表の社会では性格破綻者だ。

 逆に表の社会に慣れた人間が裏の世界の戦いに関わると……命を落とす。

 だから舞奈の気のいい友人たちは、戦いの中で逝ったのだろうか。

 そんな事を無意識に考えていると……


「舞奈さん、どうしたでやんすか?」

「……あ、いや、前に来た時にデカイ蜘蛛がいたのを思い出してな」

 やんすが首をかしげる。

 急に黙りこんだ舞奈を訝しんだらしい。

 舞奈は誤魔化すように答える。


 まあ咄嗟に何か言おうとして、蜘蛛が脳裏に浮かんだのは嘘じゃない。

 舞奈にとって、この林は巨大ブラボーちゃんと戦った場所でもある。

 入った場所も歩いている場所もあの時とは違うが、まぎれもなく同じ林だ。

 川を越えた奥地には、今でも不自然に幾つもの巨木が倒された嵐の後のような一角が広がっているはずだ。

 当然ながら、当時の苦労を思い出すと今でも微妙な気分になる。

 だが、そんな舞奈の内心など知る由もないリーダー氏は――


「ハハッ! 大きい蜘蛛くらいでビビるなんて、おまえも女子だな!」

「……あんただってビビるよ。あのサイズの奴を見れば」

 気持ちよく枝葉を払いながら笑ってのけた。

 対して舞奈は口をへの字に曲げる。


 表の世界で生きてるあんたに、装脚艇(ランドポッド)くらい大きな蜘蛛の魔獣に対処して、その事実を世間に伏せてなきゃならない人間の苦労なんてわからないよ。


 そんな舞奈の思惑を察した訳でもないだろうが――


「――いえ、以前に黒崎先生が逃がした毒蜘蛛を探しに来た事がありまして」

「ムクロザキの!?」

「毒!?」

 フォローのような明日香の捕捉にリーダー氏が、やんすが仰天する。


 明日香としては毒はないと言いつつ蜘蛛が催淫効果を持つ体液を秘めていた不誠実さを根に持っているだけなのだろう。

 怖いのではなく単に気に入らないのだ。


 だがリーダー氏ややんすは違う。

 黒崎先生ことムクロザキの悪名は高等部だけでなく学園中に広まっている。

 曰く人間を捕まえて実験材料にする宇宙人とか。

 黒魔術を使う悪魔の仲間とか。

 素行の悪い生徒の耳からムカデを入れて洗脳してしまうとか。

 そんなヤバイ教師が飼っていた毒蜘蛛なんて、一般の執行人(エージェント)にとっての術者や魔獣みたいなものだ。


 マチェットで枝葉を払うリーダー氏の歩みが急に慎重になる。

 茂みから大ぶりの毒蜘蛛が跳び出してこないか心配になったのだ。


 だが舞奈は林の枝越しに空を見上げる。

 あの時みたいに巨大な蜘蛛が木々を薙ぎながら飛んで来たら嫌だと思ったのだ。

 だが、その心配はもうないと無理やり自分を納得させつつ目を落とし……


「……何してやがる」

「どうしたんでやんすか?」

 低い声で言いつつ隣の楓を睨んでみせる。

 今度は静かながら噛みつきそうな剣幕で凄む舞奈に、前を歩くやんすが訝しむ。

 だが今は気にしている場合じゃない。


 何故なら見やった先には極彩色の毒蜘蛛がいた。

 というか楓が蜘蛛をまき散らしていた。

 比喩ではない。

 掌の上に見覚えのある蜘蛛を創造しては周囲に放っているのだ。


 おそらく【創命の言葉(メスィ・ル・アブ)】による肉人形の応用だろう。

 低位の魔神であるメジェド神を召喚する【創神の言葉(メスィ・ル・メジェド)】は、行使に式神の比ではない準備と時間が必要だと聞いた。

 だが肉でできた生物を模倣するだけなら攻撃魔法(エヴォケーション)と変わらぬ速度で施術可能。

 楓の技量なら目立つような動作も詠唱も必要ない。

 そんな魔術による被召喚物を、舞奈たちを散々な目に合わせた例の蜘蛛と寸分違わぬ色と形に成形したのだ。

 ついでに何処で如何にして学習したのやら、挙動まで同じだ。

 なんて人の心のない振る舞いだろうか!


 地に落ちた蜘蛛は巨木の陰や茂みの中へと姿を消す。

 一見するとチキンなリーダー氏の振る舞いに合理性ができてしまった。

 まったく!


 そんな楓の凶行は、前を歩くリーダー氏ややんすからは当然ながら見えない。

 魔力感知できる楓や明日香はスルーしているのだろう。

 知っててやってるのだ。

 まったく! まったく!


「ほら、探し物をしているのだから『目』は沢山あったほうが良いでしょう」

「……そりゃそうだろうが」

 いけしゃあしゃあと楓は答える。

 まあ魔術の蜘蛛を通して不審者の有無を探れるなら、これほど便利な事はない。


「そうだぞ志門。せっかく楓さんが手伝ってくれてるんだから」

「へいへい」

 リーダーは枝葉を払いながら諭してくる。

 こちらは単に楓の2つの目が自分たちと一緒に不審者を探してくれていると思っているのだろう。


 彼は見目良い高等部のアイドルが自分たちの後ろを着いてくるのが嬉しいのだ。

 それに異を唱える舞奈を、物を知らない奴だと思っているのだろう。

 別に構わんが。

 舞奈は先を行くリーダー氏を軽く睨む。

 そうしてから――


「――なあ、大将さんよ」

「今度は何だよ?」

 少し低い声色で語りかける。

 リーダー氏は少し呆れたような声色で答える。


 だが側の楓の、明日香の、紅葉の表情が作戦中のそれに変わる。

 つまらない軽口を叩きながらも、舞奈は鋭敏な感覚で何かに気づいていた。

 その事実に気づいたのだろう。


「秘密基地はこの先をちょっと行ったところか?」

「そうだぜ。良くわかったな」

「じゃあ、おまえらの仲間内に煙草を吸う奴はいるか?」

「あのなあ。俺たちを何だと思ってやがる」

 問いに対するリーダー氏の反応に……


「……ならビンゴだ。奴ら、秘密基地の木の下にいる」

「何だと!?」

「相手は5匹……5人でいいのか?」

「あ、ああ、そのくらいだった気がしたが……わかるのか?」

 リーダー氏は立ち止まる。

 一行の歩みも止まる。


「ああ。臭っさいヤニの臭いがな」

 言いつつ舞奈は口元にニヤリと不敵な笑みを浮かべてみせる。

 だが獣道の奥を見やる視線は剣呑な仕事人(トラブルシューター)のそれだ。


 静かな林の巨樹の上に居心地の良い小屋を建てるのは、平和な表の社会で暮らす6年生たちの特権だ。

 だが、そこに巣食った害畜に対処するのは裏の世界に慣れた舞奈たちの役目だ。

 どちらが強いとか正しいとかではない。役割分担だ。

 だから今日、舞奈は彼らと共にここに来た。

 だが舞奈が動くより早く――


「――では、わたしと紅葉ちゃんで少し見てきましょう」

「大将と万理奈ちゃんは、舞奈ちゃん達と待ってて」

 表向きはのんびりと、声をあげたのは桂木姉妹だった。


 合理的な判断だと舞奈は思う。

 本当に脂虫が秘密基地の周囲を徘徊しているのなら、そいつらに対処するチームはリーダー氏ややんすを守るチームと別れて別行動した方が自由度は高い。

 叩きのめして警察に引き渡すにしろ、いなかった事にするにしろ。

 何故なら2人姉妹の仕事人(トラブルシューター)【メメント・モリ】は元脂虫連続殺害犯だ。

 表の人間に見られていない方が仕事がはかどる場合もある。

 逆にリーダー氏ややんすも、不審者と直接に対峙しない方が当然ながら安全だ。

 それでも万が一に備えた護衛役には、いちおう気心の知れた舞奈や明日香の方が適任だろう。だから、


「了解。手早く頼むぜ」

「わかってるよ」

 舞奈は紅葉からマチェットを受け取る。


「2人で大丈夫っすか? それにお姉さんまで……」

「やんす……」

「ふふ、御心配には及びませんよ。高校生ですので」

 不安げな6年生と目線を合わせて楓は不敵な笑みを浮かべてみせる。


 そうして姉妹は林の奥へと進んでいった。


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