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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第21章 狂える土
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預言の成就/もうひとつの裏切りと死

 ヴィランの力を借りて県庁舎に突入した舞奈たち。

 冴子たち4人は迎撃にあらわれた『ママ』を辛くも倒す。

 舞奈と明日香は本庁舎の最上階で殴野元酷のボディーガードを片づけて――


「――あんたの手札はさっきので仕舞いか? 年貢の納め時だな」

「こんな……事が……」

 舞奈は何食わぬ表情のまま、怪異の県知事に改造ライフル(マイクロDAN)を突きつける。

 不快な顔立ちの人型怪異は命乞いをする余裕すらなく銃口を凝視する。


 奴は埼玉の一角に怪異を放ち、一連の事件を裏から手引きし、禍我愚痴支部を壊滅させ、大勢の執行人(エージェント)たちを……気の良い仲間だったザンを死に至らしめた。

 舞奈は目前の怪異に引導を渡すためにここに来た。

 その目的も、埼玉の一角での舞奈の任務も、後は引鉄(トリガー)を引くだけで終わる。

 そう考えながらヤニ臭い目前の団塊男を改めて睨みつけた途端――


「――ふう、死ぬところだったぜ」

 部屋の中央に気配。

 思わず背後を一瞥すると、


「あっこの野郎!」

 倒したはずの騎士の1匹が立ち上がるところだった。


 素早い動きで銃弾を避けた【狼牙気功(ビーストブレード)】。

 だが奴は跳弾で確かに倒した。

 それが証拠に背後から撃ち抜かれ、核爆発の余波を受けた甲冑は半壊状態。

 剣もない。

 奴に一度は引導を下した痕跡はすべて揃っている。


 なのに甲冑の破損箇所から覗く身体にだけ不自然に傷ひとつない。

 つまり死から蘇り、肉体も完全に再生したのだ。

 4匹の騎士のひとり【狼牙気功(ビーストブレード)】のもうひとつの異能力は復活だったらしい。

 Koboldのイレブンナイツにも同じ異能力をもった奴がいたらしい。

 舌打ちする舞奈と明日香を見やって殴野元酷はニヤリと笑い――


「――神の血に命ずる! 命がけで我が敵を倒せ!」

 叫んだ。

 突き出した指先で施術のようなゼスチャーをしながら。


 途端、【狼牙気功(ビーストブレード)】は復活直後とは思えない超高速で舞奈めがけて殴りかかる。

 剣が無いのもお構いなしだ。

 違法薬物として摂取されて騎士の脳内に埋めこまれ、奴に高い身体能力と追加の異能力を与えた怪異のチップ。

 そいつに仕込まれたコマンドで操られているのだろう。

 手下を自在に殺したり、盾にしたりできる強力な代物だ。

 そんな手段で命を弄ばれ、心身の自由さえ奪われた騎士の、破損を免れたフルフェイスの兜の下の表情は見えない。


「往生際が悪いな!」

 舞奈は改造ライフル(マイクロDAN)を騎士に向け直して撃つ。

 踏みこめば手が届く距離から放たれた大口径マグナム弾(338ラプア)が、今度は前から敵の腹を穿つ。避ける暇などあるはずもない。

 兜の下で断末魔のような絶叫。

 それでも騎士は止まらない。


 貫通力の高いライフル弾は威力が高い半面、ストッピングパワーはそれなりだ。

 だが、それはいい。

 敵の土手っ腹に、向こう側が見えるくらいの風穴を開けたのだ。

 普通ならばショックと苦痛で立っていられないはず。

 それを覆すくらいチップによる心身の支配が強いのだろう。

 他の薬物の中毒者と同じだ。


 明日香も小型拳銃(モーゼル HSc)を撃ちまくるが効いていない。

 そもそもライフルで撃たれて平気な相手に小口径弾(32ACP)を叩きこんでも無駄だろう。

 この際、ひとまず脚でも吹き飛ばして物理的に動けなくするべきか。

 そう考える僅かな暇に――


「――子の責務として親に身を捧げよ!」

 背後の殴野元酷から更なるコマンド。

 途端に【狼牙気功(ビーストブレード)】は舞奈の目前で立ち止まる。

 兜越しにもわかるほど苦悶にうめきながらもがき苦しむ。

 その隙に明日香は何らかの施術を試み――


「――!? 避けろ!」

 舞奈は叫びながら、側の明日香を抱えて床を転がる。


 次の瞬間、【狼牙気功(ビーストブレード)】の身体が手榴弾のように爆発した。

 身を伏せたまま腕で顔をかばう。

 熱風が肌を焼き、砕けた鎧の破片が背に当たる。

 これもチップの効果か。

 異能力【断罪発破(ボンバーマン)】に似た、体内のニコチンを爆発させるコマンドのようだ。

 再生するような魔力を秘めた身体は爆発のエネルギーもさぞ高いのだろう。

 まったく!


 そして爆風がおさまった数秒の後に、舞奈は一挙動で立ち上がり……


「……野郎っ!」

 そこに殴野元酷はいなかった。


 おそらく奴は、復活した騎士が舞奈たちを倒せるとは思っていなかった。

 まあ妥当な判断だろう。

 だから最初から自爆させて舞奈たちを怯ませるつもりで突撃させた。

 その隙に逃げた。

 何とも怪異らしい卑劣で酷薄な命の繋ぎ方だ。


「してやられたわね」

 隣で明日香が立ち上がる。

 こちらは爆発の直前に4枚の氷盾でガードしたらしい。

 だが焦った表情は舞奈と同じだ。


「出口はひとつしかないんだ! 追うぞ!」

「ええ!」

 2人は躊躇なく部屋を飛び出す。

 早くも殴野元酷の姿は何処にも見えない。

 だが部屋には舞奈たちが入ってきた以外のドアはない。

 奴が逃げる先の見当もつく。


……そんな舞奈の思惑通り、逃げた殴野元酷は廊下を駆けていた。


 本庁舎と第二庁舎の三階を繋ぐ連絡通路だ。

 そこから第二庁舎を経由して脱出する算段だった。


 志門舞奈と仲間たちの襲撃により私兵は全滅。

 迎撃に送り出した『ママ』も、6匹のボディーガードもすべて失った。

 今の殴野元酷の手元に逆転のカードはない。

 だが自分自身は生きている。

 怪異にとって、自分以外の命など取るに足らない屑と同じだ。

 失われても何の問題もない。

 地位や名声は取り返す事ができる。

 手下に命じて人間を苦しめ、傷めつけさえすれば良いのだ。

 割れた眼鏡も交換すればいい。

 だから自分は何も失っていない。

 そう考え、自尊心で無理やりに他の感情を誤魔化した汚泥のような表情で笑う。


 志門舞奈がすぐに追ってくるだろうが、こちらは実は楽観視している。

 今は亡き手下の預言によると、自身を殺すのは志門舞奈ではない。

 神術士の氷上冴子だ。

 だから先ほども運命に導かれるように逃げのびることができた。

 それに――


「――おお! 先生方! いらっしゃったのですか!」

 殴野元酷は目前を見やって喝采をあげる。


 通路の先には長身の人影が2つ。

 どちらも手には剣呑な刃。

 Koboldと根を同じくする他の組織から身請けしていた用心棒だ。

 志門舞奈たちの襲撃を知って取り急ぎ救援を要請したのだ。

 それが今頃あらわれたらしい。


 まあ、舞奈たちの迎撃に間に合わなかった事はいい。

 それより聞けば彼らは剣術の達人らしい。

 ならば志門舞奈を足止めするくらいはできるだろう。

 もちろん下の階から追ってきているはずの氷上冴子も。

 その隙に自身は逃げるのだ。

 たかが2人で背後から迫りくる6人を倒せるとは思っていない。

 だが自分自身が生き残れればそれでいい。

 目前の2人は捨て駒だ。

 だから――


「――何をされていたのですか!? のろまな先生方! 奴らが来たのですよ!」

 頼みの綱の2人にいきなり罵声を浴びせる。

 言葉遣いだけは慇懃だが、非難と怒りを言葉の端々に滲ませる。


 怪異に感謝という概念は存在しない。

 信頼という言葉も人間を騙す以外の用途では使わない。

 どんな相手であろうと些細なミスをあげつらって罵倒する。

 大声で威圧して考える力を奪って言う事を聞かせる。

 その上で不要になったら切り捨てる。

 何かを頼む事はなく、脅して命令するだけ。

 それが怪異のやり方だ。

 そんな殴野元酷を見やりながら――


「――聞けば貴殿、庁舎に騎士を配して要塞化したのではなかったか?」

 2人の用心棒のうちガタイの良い方が問いかけてきた。

 自身の背丈ほどもある太刀を携えている方だ。


 野性味あふれる顔立ちをした、彫りの濃いスポーツマン的な顔立ちの男。

 中年というほど老けてはいないが子供でもない最良の状態の肉体。

 老いさらばえた殴野元酷から見れば何もかもが妬ましい。

 しかも長身の彼は、ナチュラルにこちらを見下ろす格好で話す。


「倒されたのだよ! 奴らに! まったく役に立たない奴らめ!」

「密輸した銃で武装した軍隊と回術士(スーフィー)がか? 加えて別の組織から借り受けた騎士団や道士をも擁していると聞いていたが。貴殿らは何と戦ったのだ?」

「知らぬ! 奴らが弱いから死んだのだ! あんな子供2人に敗れたのだ!」

 男の問いに、殴野元酷は怒声のまま答える。


 遅れた失態を有耶無耶にするためにケチをつけているのだろう。

 そう殴野元酷は考えた。

 目の前の用心棒の何もかもが気に入らなかった。


 だが今は気に入らない以上に、奴を口先の力で従わせなければならない。

 何故なら今から奴に背中を守らせて自分は逃げるのだ。

 捨て駒の考える力は少ない方がいい。

 だが太刀を手にした用心棒は逆に口元をゆるめ、


「2人の子供……か」

「そうだ! 志門舞奈という名前を貴様も知っていよう!?」

「志門舞奈か……。くくっ、成程。奴なら成し遂げてみせような」

 愉しげに笑う。

 敬語をかなぐり捨てた主の様子を気にする様子もない。

 さらに――


「――それで貴殿はひとり、逃げて来たと言うのか」

 もうひとりの、痩せっぽちの男が嘲笑うように口元を歪める。

 こちらは鋭いレイピアを携えている。


 見た目には剣鬼以上の長身と長い髪、まとっているマントが目立つ。

 それよりも神経質そうな、聞くものを苛立たせる声色のほうが印象的だ。

 そんな不愉快な男は冷ややかな侮蔑な表情のまま殴野元酷を見下ろす。

 その仕草が癪に障った。

 2人の用心棒のどちらもが気に入らない。

 何か理由をつけて更に罵倒し、立場の差をわからせてやろうと思った矢先――


「――?」

 痛みと微風。

 殴野元酷は不意に床に倒れこむ。

 見やると自身の足が消失していた。


 先の男が手にした太刀で、膝から下を左右まとめて両断された。

 そう気づくのに数秒かかった。

 恐るべき太刀筋と、なにより自分にそれが振るわれた事実に驚愕する。


「貴様? な、何を!?」

「貴殿に我らを従える資格はないと判断したまでだ」

「何だと!? おのれ! 神の血に命じて――」

 強制のコマンドも――


「――ぎゃあ!?」

 無理やりに制止させられる。

 今度は印を組もうとした掌に穴。


 痩せっぽちが突いたレイピアが、突き出した掌を縦に串刺しにしたのだ。

 まるで矢のようなスピードで。

 殴野元酷が知っている神の血=チップへのコマンドは文言とゼスチャーを同時に使わなければ要を成さない。手が動かなければ自身は無力だ。

 もちろん足もないので逃げられない。

 予想の範疇の外にある自身の処遇に殴野元酷は怒りとショックで混乱する。

 そんな無様な県知事の姿を見下ろしながら――


「――貴殿の命運は相応しい者に委ねよう」

「あの鼻持ちならない童どもが、どのような判断を下すかは見者であるな」

 言い捨てると2人は動けない男に背を向ける。

 そして事もなげに通路の窓を突き破って夜空へ身を躍らせた。


 かつて預言者の姉妹が語った『裏切りと死』という預言。

 間者だったトーマスからの情報でそれを知った殴野元酷は、その運命が奴ら自身に降りかかると信じて疑わなかった。

 だが、その予言のまま殴野元酷もまた裏切られた。

 残された預言の言葉は『死』。

 そう気づいて茫然とする怪異の県知事の背後から……


「……やれやれ見つけたぜ。余計な手間かけさせやがって」

「素直に第二庁舎を目指してくれたのが不幸中の幸いね」

 本庁舎側から舞奈と明日香が追いついてきた。

 舞奈は背負った長物ではなく拳銃(ジェリコ941)を手にしている。

 明日香も小型拳銃(モーゼル HSc)を油断なく構える。


 殴野元酷は目を見開き……だが無理やりに笑う。

 何故なら彼を殺すのは氷上冴子だ。

 志門舞奈じゃない。

 だが……


「……逃げてるわね」

「大事をとって第二庁舎から回りこんで来て良かったでやんすよ」

「逃げられるとは思わなかったんだよ」

 反対側から冴子ややんすたち4人も来た。

 何か言いたげなやんすを見返しながら舞奈は口をへの字に曲げる。


「だいたい、この状況を見越して見張りも立ててたんだから、先見性を誉められこそすれ文句を言われる筋合いはないぞ」

『そうだけど』

 4人の側には1機のドローンが浮いている。

 ヒロイックなカラーリングとデザインをしたディフェンダーズのドローンだ。


 実は舞奈、庁舎襲撃を計画するにあたってキャロルだけでなくテックにも事情を説明し、念のために殴野元酷の逃げ道を塞ぐよう頼んでおいたのだ。

 舞奈は庁舎が2つある事すら知らなかったが、テックはそうじゃなかった。

 なので私兵の配置状態から殴野元酷の居場所が本庁舎であると察し、ドローンを第二庁舎に潜伏させて待ち構えていたのだ。


 そこに『ママ』を倒し、やんすの機転……というか思いつきで念のために殴野元酷の退路を断とうと第二庁舎から回りこんできた冴子たちと合流したのだ。

 実のところ、やんすの考え方のセコさは殴野元酷と通じる所がある。

 けれどやんすは仲間を想い、仲間を信頼する事ができた、

 だから勇敢な仲間たちの思考の隙を埋め、背中を守る名脇役になっていた。


「そりゃまあ足がないのに逃げるとは思わないと思うでやんすが……」

「本当だ。何時の間にもげたんだ? ……じゃなくて、逃げる前はあったんだよ」

 目ざとく気づいてツッコむやんすに舞奈は渋面を深くする。


「おそらく……リンカー姉妹が何らかの介入をしたんだと思います」

「……ああ、この前の映画から姉妹になったでゴザったか」

 明日香が既知の情報から推測できる最も無難な予測を語る。

 ドルチェが割とどうでもいい部分に納得する。


 庁舎に突入する直前、リンカー姉妹は一行を援護してくれた。

 そんな彼女らはサイキック暗殺者の名をほしいままにする諜報と暗殺のプロ。

 そして……舞奈の心を読んでこちらの事情を察していた。

 故に逃げる殴野元酷を文字通り足止めし、だが殺さずに放置した。

 駆けつけた舞奈たちがとどめを刺せるように。

 そう考えた。

 ちょうど窓が2つ割れているし。

 思わぬ借りを作ってしまったのが不本意と言えば不本意ではある。

 あと妹のエミルの方は以前は男装してエミールと名乗っていた。


 その推察の真偽を、動揺して正気を失った殴野元酷の挙動からは判断できない。

 ドルチェは床を転がる足を見やっていたが、特に何も言わなかった。


「それより早く片づけませんか? せっかく足止めしてくださったのですから」

 フランが何食わぬ表情のまま進言する。

 言葉遣いこそ丁寧だが割と酷い事を言っている。


「いや、ちょっと待ってくれ。追ってる間に考えたんだが、こいつも殺されても復活するんじゃないのか? 『ママ』みたいに」

「その可能性はあるでゴザルな」

「あいつら、本体は虫の形をしてるはずだ。居場所を知ってるなら吐かせたい」

「なら、まかせて。膝から上が残ってるなら、いろいろな聞き方ができるわ」

 舞奈やドルチェの言葉に釣られて明日香がクロークの裏側から尋問に使う何かを取り出そうとした途端……


「……ま、待ってくれ。それは……できないんだ!」

 殴野元酷は目を見開いたまま口を開いた。


「あんたのデータは三尸になってないって事か? 復活もしないし完全体にもならないと?」

「そ……そうだ。その通りだ」

「その言葉を、あたしたちが信じなきゃならない根拠も言ってみろよ?」

 舞奈は意識して平坦な声色で尋ねる。


「信じてくれ。私もまた裏切られた被害者なんだ」

「裏切られた? リンカー姉妹にか?」

「私は組織に見捨てられたんだ。組織に十分な貢献ができていないと判断されたんだ。私は……組織が望んでいるほど人間に仇成す事が出来なかったんだ」

 饒舌になった殴野元酷の言葉を、舞奈は拳銃(ジェリコ941)を構えたまま聞く。


 人間を苦しめ足りなかったという言葉に思わず指に力がこもる。

 だが意識してポーカーフェイスを続ける。

 もう少しだけ奴に確認したい事がある。


 明日香も、ドルチェも、やんすも、フランもそれに倣う。

 当然ながらテックのドローンも。

 そして冴子も。


「そっか……なら生かしたまま支部に引き渡して、情報を吐かせた方がいいかもしれないな。その組織とやらの事を」

「舞奈ちゃん?」

「舞奈さん……?」

 舞奈が言って、冴子が、フランが訝しむ。


「私を殺さないのか……?」

「復活しないなら、殺したら1回で死ぬからな」

 殴野元酷の不快な顔が、安堵の笑みの形にに歪む。


「そうか……。ありが――」

 割れた眼鏡の下を涙がつたう。

 舞奈はゆっくりと拳銃(ジェリコ941)をジャケットの裏に仕舞う。

 そんな様子を見やっていた冴子の目が細められて――


「――!?」

 殴野元酷の首が胴を離れて宙を舞った。

 とう、と最後まで言い終える暇すらなかった。


「……えっ?」

 驚くフランの声を、舞奈は投擲の姿勢のまま聞く。


 何の事はない。

 銃を収めた手で、抜く手も見せずに短刀を投げて怪異の首を斬り飛ばしたのだ。

 それはザンの得物だった短刀だ。

 彼の亡骸を埼玉支部に引き渡すどさくさに拝借しておいたのだ。


 彼は殴野元酷を許せないと言っていた。

 リーダーが、その責務を放棄し組織を私物化するのが許せないと。

 そんな行いは人の上に立つ人間に相応しくないと。

 如何にも直情的で純粋な彼らしい、素直な意見だと舞奈は思う。


 だから彼の得物が殴野元酷の喉元に突き刺さっている様子を見るのは楽しいに違いないと思った。

 舞奈にとって、奴はザンの短刀で引導を渡さなければならない相手だった。

 自身の私憤ではなく、彼の義憤で討たなければいけなかった。

 それが銃を手にして何度か撃つタイミングを逃した理由でも少しある。

 だが、おかげで最高のタイミングで奴の喉元を狙う事が出来た。

 少しばかり力が入りすぎてしまったようだが。


 故に舞奈は奴が復活するかどうかを知りたかった。

 短刀でとどめを刺した奴が何食わぬ顔で復活すると、いろいろな気持ちを嘲笑われたみたいな気分になって嫌だからだ。

 1回で確実に死ぬ事を確認する必要があった。

 だが短い問答で、奴自身は異能力を持たないし、三尸にもなれないと確信した。

 復活しないのなら殺し辛いと言った途端に浮かべた安堵の表情が、その理由だ。


 奴ら怪異にとって、人間の情は弱点でしかない。

 敵の命を奪う事を躊躇わせる意味不明な短所としか思っていない。

 故に自身が情によって討たれるとは思わなかったのだろう。

 舞奈が情を見せた途端に油断して、自身の弱点をさらけ出した。


 そんな殴野元酷の薄汚い背広の背中には、冴子が投げた短刀が刺さっていた。

 こちらは国家神術【怪力(くわいりき)】で投擲したのだろう。

 神術が得手とする【防護と浄化】技術による次元断層の結界を、疑似的な手足のように操る魔術。

 即ち八百万の神への信心の結晶で形作られた、力強く正確な手。

 そんな奥の手を使って、双剣使いのザンの得物だったもう1本の短刀を殴野元酷の背に刺したのだ。

 彼女も舞奈と同じ事を考えていたらしい。


 その側で、やんすもザンに貸していた魔法の短刀を構えてまごまごしていた。

 こんな時にもタイミングを逃すあたりがやんすらしい。


 苦笑する舞奈が見やる前で、宙を舞う首がポトリと床に落ちる。

 殴野元酷の首は双眸を見開いたまま、自身の背中に刺さった短刀を見やり、魔術で短刀を投擲したままのポーズで凄惨な笑みを浮かべる冴子を見やる。

 そうしながら、割れた眼鏡の奥の、ヤニで濁った瞳から完全に光が消えた。

 そのまましばらく舞奈たちは物言わぬ首を見ていたが、殴野元酷は手下の騎士のように復活する事も、完全体に転化する事もなかった。


 そのようにして一連の事件の元凶だった怪異の県知事は討伐された。


 舞奈は何となく肩の荷が下りた気がして、だから気づいた。

 自身の背に刺さった短刀と、冴子。

 おそらく奴が見た最後の光景を、過去の道士が占術で視たのだろう。

 だから奴は殴野元酷が冴子に殺されると予言した。

 その言葉を真に受けて殴野元酷は冴子に執心し、そのせいで冴子をかばってザンが犠牲になって、冴子は殴野元酷へ暗い情念を抱いた。

 要はすべて奴の自業自得だった。

 巻きこまれた方はいい迷惑だ。

 そう考えると、何時までもくよくよしているのが馬鹿らしく思えて、


「用が済んだら、とっとと退散しようぜ。外のパーティーも大詰めらしい」

「……?」

 何食わぬ表情で窓の外を見やる。

 やんすが怪訝そうな顔をする。


 窓は内側から塗りつぶされているが、2枚ほど割れている。

 そこから外の星空が見える。

 夜空を彩る星明りの中に、星にしては大きく派手な赤と青の巨星がまたたく。

 ヴィランの襲撃は舞奈たちの県庁襲撃を誤魔化すためのフェイクだったはずなのだが、当人たちは気分がノッてきたのかガチバトルを始めたらしい。やれやれだ。


「外でミスター・イアソンとクイーン・ネメシスが戦ってるんだ。そいつのカタがついたら、たぶんイアソンが庁舎を見に来る。そして言うんだ」

 言いつつ苦笑する。


「しまった。県知事はリンカー姉妹に暗殺されていたってな」

「そういう手はずでゴザったか……」

「まあな。向こうの国でも権力者に化けた怪異はいて、そいつらを排除するための方便らしいな」

 したり顔で語ってみせる。

 こんな事は洋の東西を問わず何処でだって起きている、よくある事なのだと自分に言い聞かせるように。


「そういう事なら、先方の邪魔にならないように早く出て行った方がいいわね」

「そうですね。支部にも今回の件を報告しなければなりませんし」

「やんすねー」

 こちらも自分たちの仕事を完遂して、何処か踏ん切りがついたのだろう。

 元の通りの生真面目な冴子と律義なフランの言葉に従って、一行は足早に県庁舎を後にした。


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