戦闘2-1 ~ 銃技&戦闘魔術vs異能力&回術
一連の事件の黒幕こと殴野元酷を討つべく県庁舎へ乗りこんだ舞奈たち。
職員が狂える土の私兵によって虐殺され、怪異の要塞と化した庁舎を進む一行の前に復活した強敵『ママ』が立ち塞がる。
冴子は舞奈と明日香を先行させ、残った4人で『ママ』に立ち向かう。
殴野元酷の逃亡を防ぐためだ。
そして4人が辛くも『ママ』を倒したのと同じ頃。
先行した舞奈と明日香は怪異の私兵どもを蹴散らしながら――
「――今、下で凄い音しなかったか?」
「核攻撃ね。カバラ魔術の【神罰】か国家神術の【富嶽】じゃないかしら?」
「簡単に言いやがって」
三階の廊下を走っていた。
「にしてもこの階、Koboldのビルで見たのと同じ顔がいるな」
「それだけ戦力の選り好みができなくなってるって事ね」
「そりゃ結構」
次々にあらわれる敵に舞奈の改造ライフルで風穴を開け、明日香の攻撃魔法で焼き払って、敵がいなくなったら廊下を駆ける。
その繰り返しだ。
2人の子供が駆け抜けた廊下の床には怪異の残骸が散乱し、塗りつぶされたガラス窓は割れ、壁は焼け焦げて大小さまざまな弾痕が刻まれている。
だが下の階で怪異どもが引き起こした災厄に比べれば微々たるものだ。
十字路の横道からあらわれた狂える土が、密造ライフルを構える前に撃つ。
その隙に反対側から出てきた騎士が背後から斬りかかってきて――
「――そのガチャガチャ言う鎧は、何処かの工場で作ってるのか?」
「怪異のサティアンで甲冑の工場制手工業……ぷぷっ」
「……何ウケてやがる」
隣の明日香にジト目を向けつつ、後ろ手で背後を撃つ。
至近距離から発砲された大口径マグナム弾は甲冑を着こんだ騎士の胴体をまるごと粉砕しながら、後続の寸分違わず同じデザインの鎧の土手っ腹に穴を開け、さらに後ろの胸ぐらをえぐる。壁の弾痕のいくつかはこいつが原因だったりする。
怪異を容易く貫通して壁を穿つ、手持ちの大砲みたいな凄まじい威力。
あるいは銃弾の形をした異能力者【狼牙気功】の突撃。
こちらの使い勝手は上々だ。満足しかない。
だが胴を砕かれヤニ色の飛沫を撒き散らしながら床を転がるヘルメットのデザインは、鎧と同じく前の仕事で嫌というほど倒したKoboldの騎士と瓜二つ。
甲冑のデザインも、飛沫から臭うヤニの悪臭も同じ。
つまり怪異の女性支援団体と怪異の県知事は同じ手駒を使っている。
表向きは無関係なはずな複数の組織が。
人間を害し、欺き、搾取するという本当の目的だけが同じだから結託している。
何とも胸糞が悪い。
そんな内心を覆い隠すように狂える土の兵士を、あるいは騎士を撃ちつつ、
「冴子さんの機転のおかげで間に合ったみたいね」
「わかるのか?」
「ええ。そこの執務室に魔力が集中してるわ」
側の明日香がニヤリと笑う。
おそらく術による探知に反応があったのだろう。
「魔力だと? 強いのか?」
「ボディーガードがね」
「なるほど。そりゃ理に適ってる」
軽口を叩きながら周囲を確認する。
もはや周囲に敵影はない。
背後の怪異は2人で殲滅したし、前方からはもう来ないようだ。
残る敵は執務室とやらにしかいない。
殴野元酷もそこにいるのだろう。
そもそも殴野元酷自身が戦えるとは舞奈も思っていない。
何故なら戦闘の技量を身に着け、鍛え上げるには何らかの形で痛みを引き受ける必要がある。
それは日々の辛く厳しい訓練かもしれない。
あるいは命がけの実戦かもしれない。
だが奴に関する何もかもが胸糞悪い情報を鑑みるに、殴野元酷はそうした自分自身のリスクやデメリットを受け入れる性格ではないように思える。
権力を使って積極的にアウトソーシングしようとすると考える方が自然だ。
そして占有した戦力は手放さない。
最大の戦力を差し向けて危険を排除する、とか妖術師を囮にして何処かの卑藤悪夢みたいに逃げるみたいな賭けもしない、というかできない。
悪い意味で堅実……言うなればチキン野郎だ。
つまり奴は『ママ』と同等かそれ以上の妖術師を護衛代わりに連れている。
そして今も逃げずに庁舎の奥で待ち構えている。
舞奈としては願ったりかなったりだ。
「60秒だけ待って」
「早くしろよ」
明日香はドアの手前で立ち止まる。
ちらりと見上げた表札には、なるほど、『執務室』。
舞奈が納得し、聞き耳を立てようとする一方で、明日香は埼玉支部から拝借したらしい大頭を取り出して真言を唱え始める。
施術の準備だ。
大魔法で不意をつくつもりか。
舞奈は改造ライフルの弾倉を交換しながら周囲を警戒する。
近くに敵が潜んでいる気配も、遠くから走ってくるような足音もない。
残っているのは本当に部屋の中の奴らだけのようだ。
だから咒を唱え終えた明日香が頷いた次の瞬間――
「――手を上げろ! ヤニカスども!」
舞奈はドアを蹴り開ける。
構えた改造ライフルの銃口を、部屋の奥にいた男に向ける。
そう。
豪華な執務室の中央。
執務机の奥で、煙草を灰皿でもみ消しながら立ち上がった一人の男。
やや痩せ気味で、インテリぶった眼鏡をかけた、一目で脂虫とわかる団塊男。
正確にはバブル世代ほどか。
殴野元酷。
何度か写真で見たから顔は知っている。
だが実物は写真で見るより何倍も酷かった。
ヤニの悪臭が染みついたような薄汚い色の背広。
ヤニで歪んだ顔全体に張りついた薄笑い。
何より人が変異した、あるいは整形で人になりすました怪異に共通した表情。
即ち人間に対する本能的な、そして隠しようのない悪意。
一言で言い表すなら不快な男だ。
加えて――
「――こりゃまた大層なお出迎えだな」
舞奈は改めて部屋を一瞥する。
廃墟と化した一階フロアとは対照的に広くて豪華で、以前にお邪魔したKoboldのビルの内部と同じくらい贅を尽くされた装飾品が並ぶ執務室。
その奥に坐する殴野元酷を守るように、くわえ煙草の男たちが控えていた。
大柄な、もはや見慣れた中東風の彫りの深い顔立ちをした狂える土が2匹。
表の兵士と同じ薄汚い身なりをして煙草をくわえ、密造ライフルを携えている。
だが手にした得物を構える様子はない。
おそらく回術士だろう。
さらに表にいたより少し豪華な鎧を着た騎士が4匹。
乱入者を見やると一斉に煙草を投げ捨て、フルフェイスのヘルメットのバイザーを下げる。ちらりと見えた顔立ちは東洋人。
こちらはKoboldでいうイレブンナイツ的なリーダー格か。
そのうち何人かでも表の騎士どもと一緒に戦ってやれば少しはマシな抵抗ができたろうにと思うが、それを怪異に言っても仕方がない。
口元を歪める舞奈の目前で……
「……子供の暗殺者とはな。日本人も落ちぶれたものだ」
「表向きはあんたの国だろう? 落ちぶれたとしたら、そいつはあんた自身のせいなんじゃないのか?」
県知事は開口一番に他人事のように国を罵り始めた。
無様な団塊男の言動に、思わず舞奈は苦笑する。
手にした改造ライフルの銃口は、ピタリと団塊男の顔面に向けたまま。
殴野元酷は銃口から逃れようとするように、それでも虚勢を張ろうとするように様々な表情を浮かべながら、
「大人にそう言い含められて来たのかね? 私がこの国をおかしくしている諸悪の権化で、私を殺せばすべてが解決すると?」
「自分がこの界隈をおかしくしてるって自覚はあるみたいだな」
言葉を続ける。
舞奈はニヤリと笑いながら口答えをしてみせる。
「君の周囲の大人に、そう思わされているだけだ」
「あんたたちは今までそうやって、女子供に嘘でたらめを吹きこんでいたのか?」
舞奈ではなく銃口を恐れるように凝視しながら言葉を紡ぐ人型怪異に、舞奈は口元にサメのような笑みを浮かべたまま言葉を返す。
「あたしは自分自身の目で、あんたがやった事を見てきたつもりだぜ」
低い声で語る。
そうしながら醜い怪異の県知事を、真正面から真っすぐ見やる。
猛禽の如く鋭い視線に、思わず男は銃口ではなく舞奈を見やって恐れおののく。
だが舞奈は、もはや目前の怪異など見ていなかった。
着任早々に殺された翔太少年と、彼を集団で暴行して不起訴になった狂える土。
父親を殺され本人も誘拐された霧島姉妹と、『ママ』を始めとする三人組。
埼玉の一角で暴れ回る狂える土ども。
奴らから市民を守ろうと奮戦する自警団の気の良いおっちゃんたち。
スラムと化した裏通りに潜む狂える土の中毒者ども。
下水道で魔獣をけしかけてきた、目前の男の部下だったであろう道士。
暴徒に襲撃され、多くの仲間が命を落とした禍我愚痴支部ビル。
善良で勇敢な青年だった横たわるザンから、何かが抜け去る恐ろしい瞬間。
目前の人型怪異の保身のために虐殺された県庁舎の職員たち。
そのすべてが脳裏をぐるぐると駆け巡る。
「違う! 私は県のために! この地に住まう人民のために身を粉にして――」
「――粉どころか死体になったのは、あんたじゃなくてここの職員だろう?」
世迷い言を一蹴する。
静かな言葉に意図した以上の険がこもったのは仕方がないと自分でも思う。
それでも目前の怪異は、それらすべてが舞奈が他の大人から聞かされた戯言だと主張したいらしい。
口先で舞奈を誤魔化して自分の罪を有耶無耶にできると信じたいらしい。
そうしないと自身の悪事を誤魔化せないからだ。
自分が人間に仇成すためだけに簒奪した県知事の立場を悪用する、人間社会にとって排除されるべき異物だと認めざるを得ないからだ。
どれほど人間に似た顔形や肉体構造をしていても、怪異の言葉に真実はない。
人を欺くための道具に過ぎない。
その事実を、奴ら人型怪異に関わる者は熟知している。
くわえ煙草の忌まわしい人間モドキに相対する度に思い知らされる。
今の舞奈のように。
「次は証拠がないとでも言うつもりか? じゃあ、あんたの周りのゴツい男どもは何なんだ? 表にいた騎士や兵士は何者だ? 下の階のホトケは?」
舞奈は力強く、だが静かに言葉を続ける。
そうしながら周囲を警戒する。
相手を言いくるめられないと判断した時の、この手の輩の反応は決まっている。
そう考えれば、なるほど、6人のボディーガードの位置取りは侵入者を囲んで始末するのに最適だ。
舞奈たちが奴を追ってきたのと同じように、奴らも待ち構えていた。
その予想を裏切る事なく……
「……そうか。子供の分際で我々に逆らった事を後悔するんだな!」
目の前の人型怪異は表情を一転させる。
奴らにとって言葉とは虚言であり、恫喝であり、暴力の前段階に過ぎない。
だから怪異の頭領の合図によって男たちが動くより早く――
「――施設」
用は済んだのか、とばかりに前触れもなく魔術語。
側の明日香だ。
次の刹那、執務室の床に、壁に無数のパイプが這い広がる。
豪華な装飾品が機械と臓物が混ざり合った金属質のオブジェと化す。
這い回るパイプや蛇腹の合間で何かが脈打ち、合間に金属質な髑髏が浮かぶ。
即ち【拠点】。
戦闘魔術による結界創造の大魔法。
そもそも怪異の言葉に真実はない。
奴らにとって、人の言葉は人を欺く用途の形のない武器でしかない。
その事実を明日香は正しく理解している。
故に舞奈と殴野元酷の会話を冷めた目で見やりながら奇襲の機会を待っていた。
もちろん舞奈も楽しげに笑う。
そもそも舞奈だって奴を許すつもりも、逃がすつもりも毛頭ない。
ヴィランまで巻きこんだ真夜中のパーティーの、メインステージの開幕だ。
ただ殴野元酷だけが、不意をついたつもりで逆に虚をつかれて呆然としている。
そんな主を守るように――
「――知事! ここは我ら選抜騎士におまかせを!」
「コロス! 日本人ノコドモ!」
6匹の怪異のボディーガードが動く。
4匹の騎士と、2匹の狂える土がそれぞれチームになっているようだ。
「いいぜ! 悪党ってのはこうでなくちゃな!」
舞奈は騎士を受け持つ。
騎士どもも剣を抜いて立ち向かってくる。
舞奈の得物が見えているだろうに、臆せず剣で斬りかかってくる。
何か銃に対する対策でもしているのだろうか?
あるいは腕に余程の自信があるか、単に実戦経験がないのだろうか?
とりあえず全員を1発ずつ撃つ。
相手の異能力も何もわからないのだから、まずは様子見だ。
標的めがけて狙い違わず放たれた4発の大口径マグナム弾のうち――
「――なっ!? このガキ!」
「卑怯な!」
2発は騎士が避けようとするより早く鎧の胸の部分に当たる。
だが次の瞬間、はじかれて床を転がる。
傷すらついていない。
表の騎士どもは本体ごと貫通したのに。
この2匹は【装甲硬化】だ。
しかもドルチェと同程度に異能力の使い方を熟知していて強度も高い。
そんな一方で、
「――おおっと!」
「ほう」
別の1匹は生意気にも跳んで避ける。
しかも見てから。
こいつはザンと同じ高速化の異能力【狼牙気功】。
しかも相応な反射神経と動体視力も持ち合わせているらしい。
なるほど選抜騎士だなどと一丁前に名乗るだけの事はあると感心する。
だが最後の1発は何もない虚空を穿つ。
そこにいたはずの騎士の姿はない。
そっちは【偏光隠蔽】――否。
「――道士がいるのか」
虚空から放たれた【水行・刀刃】を跳んで避ける。
ギロチンのように重く鋭い水の刃が背後の壁に当たり、砕けて飲まれる。
気配を頼りに背後に撃つ。
そこに気配の主はいた。
だが道士の騎士は【水行・遁甲】で避け、【水行・防衣】で防ぐ。
騎士の身体が液体になって大口径マグナム弾をいなし、そうかと思うと謎の強度と粘度を持った水の衣で防ぐ。
初撃を避けたのも同じ手管だろう。
透明化の道術【看不】で見えなくなるのと同時に【水行・遁甲】で水になって舞奈の背後に跳んだのだ。
スライムみたいな奴である。
だが反面、放ってきた攻撃魔法の精度はそれほどじゃない。
術で盤石に防御を固めながら他の騎士を援護するスタイルなのだろう。
まともに相手しようとすると厄介だが、放っておいても賑やかしだ。
こちらは後回しにして他の騎士を先に片づけるべきか。
そう考える間に――
「――威勢がいいのは最初だけか!? ガキ! なぶり殺しにしてやるぜ!」
「多勢に無勢だな!」
「卑怯なのは嫌いなんじゃなかったのか?」
「誰もそんな事は言ってねぇぜ! 勝てばいいんだよ! 勝てばな!」
「……ったく、これだから脂虫は」
3匹の異能力者の騎士は矢継ぎ早に斬撃を繰り出す。
舞奈はそれらを右に、左に避ける。
2匹の【装甲硬化】は、それぞれ【火霊武器】【虎爪気功】らしい。
刃のひとつは炎に包まれている。
もうひとつは人外のパワーで振るわれている。
連携が取れていないのが難点だが、どちらも腕前自体はちょっとしたものだ。
Aランクほどの技量はあるだろうか。
「ただの人間のガキに! 俺様の超スピードに対応できる訳がねぇ……!」
「人間じゃないのは自覚してるのか」
言葉に違わぬ超スピードの斬撃を、突きを最小限の動作で避ける。
こっちの【狼牙気功】は自身の素早い動きを熟知して戦術に取り入れている。
竜巻のようなヒットアンドアウェイだ。
正直、その勢いにはヴィランのファイヤーボールに迫るものがある。
ザンも将来、この域に達する事ができたかもしれないと思うと無性に腹が立つ。
その結果を舞奈があっさり摘み取ってしまうと思うと、なお不愉快だ。
「……避けただとっ!?」
「嫌だったか?」
超スピードの騎士は驚愕する。
舞奈は何かを吹っ切るように笑いながら煽る。
どうであれ舞奈の前では、近接戦闘の技量がどれほど優れていても無意味だ。
舞奈は鋭敏な感覚で周囲の空気の流れを読んで、空気を押しのけて動く肉体の動きを知覚して完全に避ける。
故に接近戦は舞奈に対して無力。
敵の得物が剣だというそれだけの理由で、舞奈にとってはチャンバラごっこだ。
後は手にした改造ライフルにこめられた大口径マグナム弾を、防いだり避けたりする相手にどうやって叩きこむかだけが問題だ。
そんな舞奈たちから少し離れた位置で、明日香も2匹の回術士と対峙していた。
「コドモ! コドモ! 日本人ノ! 黒イ! コドモ!」
「……何故あれが入管を通れたのよ」
サブマシンガンを構えた影法師が2体。
その両方が狂える土の1匹に、別々の方向から小口径弾のシャワーを叩きこむ。
あらかじめ召喚し、影の中に潜ませていた式神だ。
それを敵は【光の盾】で防ぎながら跳び退って射線を逃れる。
何発か当たっているのに平気そうなのは【強い体】の強度故か。
こちらも回術士としては相応の手練れのようだ。
だが反撃とばかりに放たれた【熱の拳】のレーザーを、式神は滑るような挙動で避ける。
正直なところ、展開している式神の数は明日香が同時に操れる数の半分だ。
手札を温存するつもりらしい。
だが2体の式神は見事なコンビネーションで敵1匹を釘づけにする。
その間に――
「――シネ! コドモ!」
もう1匹が明日香本体めがけて斬りかかる。
だが振り下ろされた【熱の刃】を、飛来した4枚の氷盾が受け止める。
詠唱も無しに行使された【氷盾】が熱光の刃を防ぐ目と鼻の先で――
「――魔弾」
「ウォ!」
素早く【雷弾・弐式】を放つ。
だが敵は素早く光の刃を引き、至近距離からほぼ一語の魔術語だけで放たれたプラズマの砲弾を跳んで避ける。連続で放たれた3発を全部。
こちらも相当の手練れのようだ。
避けられた雷撃は虚空を斬り裂き、向かいの壁に吸いこまれて消える。
結界そのものが攻撃魔法の余波を無にする効果を持つようだ。
つまり今の明日香は、ここが部屋の中なのにも拘わらず蒸し焼きになる危険なく最大の火力を振るう事ができる。
奇襲的な結界化は殴野元酷を逃がさないためだけじゃなかったらしい。
そんな様子を横目で見つつ、騎士の剣を避けつつ舞奈は殴野元酷を一瞥する。
やせっぽちの怪異の県知事は戦闘開始からずっと壁に張りついていた。
金属質のパイプや髑髏に埋まった壁をどうにか通り抜けようとしているようだ。
そういえば結界化する前はドアがあった場所だ。
ボディーガードが子供の相手をしている隙に逃げるつもりでいたらしい。
いきなり戦術結界に閉じこめられ目論見が外れて焦っているのだ。
舞奈は騎士の斬撃を避けながら、どさくさにまぎれて知事を撃つ。
だが大口径マグナム弾が黒幕の後頭部に達する直前――
「――っ!? 油断も隙もねぇガキだな!」
道士の騎士が放った【水行・防盾】に防がれた。
飛来した符が殴野元酷の前で壁と化して大口径マグナム弾を飲みこむ。
「ったく! 格好と手札と態度が全部ちぐはぐだなあんた」
舌打ち……しようとして口元に剣呑な笑みが浮かぶ。
直後に振り下ろされた2本の剣と、超スピードで突かれた1本を避ける。
今の施術、明らかに見てから対処したタイミングじゃない。
おそらく未来を先読みしている。
チップの機能かもしれないし、占術の応用かもしれない。
殴野元酷自身は術者には見えないので、おそらく後者なのだろう。
そういえば奴だけが他の3匹の騎士と違って舞奈に剣で斬りかかってこない。
鎧兜は同じなのに。
つまり一連の事件で占術を駆使してこちらの調査を妨害し、『ママ』やトーマスに余計な事を吹きこんでザンを死に至らしめたのも、おそらくこいつだ。
黒幕である殴野元酷の他にも、どうしても始末しなければならない敵がいた。
舞奈が存在すら失念していたそいつが殴野元酷と一緒にいて、逃げずに襲いかかってきてくれたのはラッキーと言えばラッキーだ。
一方、そんな伏兵の機転で命を繋いだ殴野元酷は、
「ええい! たかが子供に手間取りおって! 使えん奴らめ!」
戦闘からの離脱を諦めたか戦場に向き直り、明日香と戦う2匹の回術士、舞奈と戦う4匹の騎士を見やって歯噛みする。
そして――
「――まあいい! 『先生』さえ間に合えば、こんな子供など……!」
不可解な何かを口走ってニヤリと笑った。




