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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第21章 狂える土
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県庁舎突入

 つい先程まで巨大なヴィランが投影されていた夜空に、星明りが再びまたたく。

 地上では消えかけた街灯がアスファルトの路地を照らす。


 側を走る高架を挟んだ向こう側で、燃える車から立ち昇る黒煙が空を裂く。

 割れた窓ガラスに映る炎が地上の星のように煌めく。

 ヴィラン達は派手に暴れているようだ。


 クイーン・ネメシスの宣戦布告と共に、ヴィランたちが埼玉の一角を襲撃した。

 その隙に舞奈たち6人を乗せたトラックは奔る。

 目的地は一連の事件の黒幕である殴野元酷が座する県庁舎。

 だが狂える土どもの襲撃。

 辛くも脱出した一行は、炎上するトラックを捨てて走る。

 冴子によって張り巡らされた【身固・改(みがため・かい)】、あるいはリンカー姉妹の援護によって敵の妨害をしのぎ、何匹かを倒しながら残りの道程を駆け抜け――


「――あれか?」

「ええ」

 夜闇の中に浮かぶ、周囲と比べてひときわ大きな四角いシルエットが、コンクリート造りの巨大な建物形の姿をあらわにする。

 目当ての県庁舎だ。


「やっと着いたでやんす~~!」

 なまった身体で無理やりに走ってバテる寸前のやんすが歓声をあげる。


 だが舞奈も気持ちは同じ。

 あの最深部に坐する黒幕の脳天に大口径マグナム弾(338ラプア)を見舞うために、舞奈は仲間や、ヴィランの力まで借りてここに来た。

 それは良いのだが……


「……右と左に同じ建物があるぞ。どっちだ?」

「本庁舎と第二庁舎があるのよ。おそらく奴がいるのは本庁舎」

「だから、どっちだよ?」

「左でゴザル」

「オーケー!」

「ちなみに中央の小さめな建物が農林会館よ」

「うるせー後にしろ」

 観光じゃねぇんだ。

 背後からうんちくを投げてくる明日香を尻目に、ドルチェの助言に従って、左右に並んだ巨大な建物の片方に向かって足を速める。

 仲間たちも続く。


 なるほど本庁舎とやらの方が警備が厳重だ。

 むしろ日本の警備か? と首をかしげるほど念の入った防御態勢だ。

 巨大な庁舎の建物は鉄条網と積み上げられた土嚢でできたバリケードで厳重に囲まれ、バリケードの背後では銃を構えた兵士が警戒を固めている。

 庁舎そのものも不自然に灯りが消えている。

 あるいは窓から中を見られないよう塗りつぶされている?


「まるでテロか戦争でゴザルな」

「ええ。非正規の武装勢力の小集団そのものね」

 ひとりごちたドルチェに、実家が民間警備会社(PMSC)を営む明日香が答える。

 長物まで揃えた念入りな防御陣地なのに兵士の動きに統制がとれていない。

 明日香に言わせればテロリストそのものなのだろう。


 兵士のすべてがくわえ煙草の狂える土。

 見たところ得物は密造ライフル(97式自動歩槍)

 選抜射手(マークスマン)はいない。

 建物の方も含めて狙撃手(スナイパー)もいなさそうだ。

 言ってしまえば銃を持った荒くれが並んでいるだけだ。

 トラックを襲ったのと同じ、押収されたはずの密輸品で武装した殴野元酷の私兵だろう。

 まあ人間の警官に並ばれたりするよりは、加減が必要ない分やりやすい。


 それは良いとして、一行は県庁舎の東側から特に隠形もせずに走ってきた。

 故に向こうからも普通に見えているので――


「――ひっ!? 撃ってきたでやんす!」

 いきなり発砲。

 誰何もなし。

 暗闇の中に巨獣の如く鎮座する建物を背に、無数の地上の星がまたたく。


 だが無数の小口径ライフル弾(5.56×45ミリ弾)は一行の元に達しない。

 雨のように降り注いだはずのそれは、すべて一行を不自然に逸れて地に落ちる。

 冴子が行使した【烈風防壁(れっぷうぼうへき)】だ。

 大気を創造して壁にする国家神術。

 そいつを絶妙な角度で設置し、避弾経始の要領で銃弾をそらせたのだ。

 舞奈たちを個別に守る【身固・改(みがため・かい)】に頼るまでもない。

 万が一目撃されても魔術だと悟られない防護を咄嗟にするあたりが冴子らしい。


 そう思った次の瞬間、大気を唸らせながら側をプラズマの砲弾が飛んだ。

 地を這う流れ星の如く目もくらむ閃光。

 アスファルトを震わせる爆音。

 稲妻は土煙と何かの破片を巻き散らしながらバリケードを粉砕し、勢いのまま何匹かの兵士に喰らいついて感電させて焼き尽くす。

 明日香の【鎖雷(ケッテン・ブリッツ)】だ。


「ちったぁ加減しろよ。外だぞ」

 思わず苦笑した次の瞬間……


「……あ」

「おいおい」

 中空に出現した無数の光がイルミネーションの雨と化して降り注いだ。

 怪異も土嚢も鉄条網も、分け隔てなく光に飲まれて消し炭になる。

 こちらはやんすの【雷鳴と雹の雨マタール・コロート・ヴェ・バラード】。

 粒子ビームを無数に放つカバラ魔術だ。


 舞奈も人の事は言えないが、明日香は不自然な修羅場にばかり慣れている。

 なので目撃者がいなくなる前提で稲妻の鎖を放ったのだ。

 やんすは尻馬に乗ったのだろう。まったく。


 だが非常識な線香花火が一瞬で消えた後、庁舎の前に鎮座していた障害も、比喩でなしに消し炭になって綺麗さっぱり消え去っていた。

 銃も怪異もバリケードも。

 大事の前の面倒が片づいたのは事実だ。


 なので一行は窓が塗りつぶされた建物に走り寄る。

 東玄関の、壊れて開きっぱなしの自動ドアをくぐってエントランスに突入し――


「――おおい、何か様子がおかしくないか?」

「こっちにもヴィランが来たんでしょうか……?」

「いや、人間には手を出さない面子が集まったはずなんだが……」

 舞奈は口元を歪め、フランともども困惑する。

 他の面々も同じ様子だ。


 広い吹き抜けのロビーは戦場跡と化していた。

 床に散らばる書類。血だまり。倒れて砕けた観葉植物。

 空調も止まっているのか、重く淀んだ空気が下水とは違った意味で不快に臭う。

 事務スペースの机上には微かな湯気をあげるコーヒーカップ。

 据え置かれたモニターには砂嵐が流れ、不気味な機械音を響かせる。


 舞奈は……一行は揃って顔をしかめる。

 つい先ほどまでは確かに大勢の人間が普通に働いていたのだろう。

 だが今や残骸と血と硝煙、ヤニの悪臭が支配する死の広間と化していた。

 まるで数刻前に暴徒に襲われて破棄した禍我愚痴支部ビルを見ているようだ。


「わたしたちが来る事に気づいて『本来の兵力』を展開したんだと思うわ」

「さっきの奴らか……」

「某たちに先んじて庁舎を占拠した、という事でゴザルか?」

「おそらく」

「そりゃ御丁寧にどうもだぜ」

 冷徹な明日香の言葉に舞奈が、ドルチェが顔をしかめる。

 やんすや冴子も不快げに、あるいは憎々しげにロビーの惨状を見やる。

 フランも少し顔を青ざめさせる。


 殴野元酷はおそらく預言によって、自分が討たれる事を知っている。

 だから必死で預言から逃れようとしているのだろう。

 そのために預言の執行者である舞奈たちが庁舎にたどり着けないよう、市内に私兵を配置してトラックを襲わせた。

 同様に籠城戦の舞台に選んだ庁舎にも人型怪異を配置したのだろう。

 おそらく……事情を知らずに勤務していた一般職員を始末して。

 人間になりすまして県知事の立場を簒奪した下劣な怪異は、己が悪行の裁きから逃れるために無辜の職員を躊躇なく犠牲にした。


 舞奈は忌々しげに口元を歪める。

 この状況をして、敵は舞奈たちに責任をかぶせるつもりか?

 舞奈たちが自分を討とうとしなければ、罪なき職員は犠牲にならなかったと。

 自分たちの悪行に目をつぶり、県民や市民が搾取され少しずつ殺されていく現状を見過ごしていれば、まとまった災厄は起こらなかったと。

 如何にも怪異が考えつきそうな手管だ。

 だが、そんな詭弁なんか糞くらえだ。

 排除されるべきは怪異ども、そして元凶である殴野元酷に他ならない。


 だから一行は油断なく身構えながら奥へと進み……


「……ひっ」

 フランが顔をひきつらせて驚愕する。

 冴子も、皆も顔を強張らせる。

 流石の明日香も、舞奈も眼光鋭く現場を見やる。


 おそらく職員はこちらから逃げようとしたのだろう。

 だが避難経路を示す張り紙の残骸が張りついた壁には銃痕。

 真新しい不吉な色の染み。

 床には逃げ損ねた職員だったであろう制服姿の無残な遺体が転がっている。

 まるで人間のテリトリーだった建物そのものが、人を喰う怪物の臓腑へと丸ごと変わってしまったような忌まわしい光景だった。


 怪異どもは特に電話を丁重に破壊していったようだ。

 そう言えば禍我愚痴支部も襲撃に際して外部との通信を阻害された。


 なのに何処からともなく耳障りな異国語が断続的に聞こえてくる。

 置き忘れた無線だろうか?

 ドルチェが素早く音の出所を察し、奇跡的に倒されたらしい1匹の怪異の胸元に無線機を見つけ、複数匹の不快な声でがなり立てるそれを回収する側で……


「……敵には回術士(スーフィー)もいるようでやんすね」

「らしいな」

 気づいたやんすの言葉に、一瞥した舞奈も思わず口元を歪める。


 側のエレベーターの扉がこじ開けられている。

 中には焦げた何かの跡が遺されている。

 奴らは念入りに人間を始末していったらしい。


 やんすもここまで酷い修羅場は初めてなのだろう。

 動揺を、状況把握という知識の収拾によって無理やりに抑えようとしている。

 こんなでもカバラ魔術師は魔術師(ウィザード)だ。

 だが、この場所で新しい何かを探そうとして見つかるのは惨状だけだ。

 あるいは、そうやって追撃者の士気を削ぐのが奴らの目的か?


「……上等!」

 舞奈は吐き捨てる。


 つまりは、この建物の中で生き残っているのは怪異だけという事だ。

 そうでない人間はすべて殺されてしまった。

 人間の仇敵である人型怪異に。


 故に、この建物の中であらわれる人影を選別する必要はない。

 全部が敵だ。

 人に化け、人に仇成し、今しがた大勢の人間を虐殺した忌むべき怪異だ。


 故に一行は無人のロビーを走り抜け、上の階への階段に続く廊下へ。


 そちらも酷い有様だった。

 薄暗がりに満ちるヤニの悪臭、焦げたプラスチックと薬莢の臭い。

 庁舎を占拠した怪異どもは好き放題に撃ちまくり、火を放ち、暴れたらしい。

 天井では蛍光灯がバチバチと明滅している。

 あるいは天井の一部が崩落し、配管がむき出しに垂れ下がっている。

 床にも壁にも嫌な色の染みと弾痕。

 窓ガラスは内側から黒く塗り潰されていて――


「――見つけたでゴザル!」

「ようやくいたか!」

 廊下の角には銃を持った見張り。

 外の兵士と同じように密造ライフル(97式自動歩槍)を携えた、くわえ煙草の狂える土だ。

 2匹いる。

 どちらも外の騒ぎは気にしていなかった様子だ。

 あるいは他人事だと思っていたか?

 故に不意にあらわれた一行に驚きながら身構えて――


「――遅いでゴザルよ!」

 ドルチェの手元から何かが飛ぶ。

 舞奈も先ほどロビーでくすねた、何かの機材の破片らしい鋭利な鉄片を投擲。

 2つの刃が狙い違わず2匹の怪異の喉元をえぐる。

 敵が引鉄(トリガー)に手をかける暇もない。


 舞奈の口元にはサメのような笑み。

 自業自得だ。

 ロビーを占拠して無駄に物や人を壊さなければ、喉に刺さらなかったのだ。


 だが別に、音もなく倒したから気づかれない訳でもないらしい。

 奥から足音。


 舞奈は舌打ちする。

 音の数からして今度は集団だ。


 曲がり角から、訳のわからない何かを喚き散らしながら集団が跳び出す。

 先ほどと同じ狂える土の兵士だ。

 ゴロツキ兵士どもは出会い頭に密造ライフル(97式自動歩槍)を構え――


「――ここはわたしが!」

 フランが素早く接敵しつつ聖句を唱え、【光の盾(ヌーラ・デルゥ)】を行使。

 避けようもない廊下でばら撒かれた小口径ライフル弾(5.56×45ミリ弾)の雨は、少女の前に展開された光のヴェールに触れた瞬間に溶ける。

 矢継ぎ早にフランは【熱の拳(カブダ・ハラーラ)】を放ち、レーザー光線で何匹かを焼く。


 少し危うい挙動だと舞奈は思った。

 生真面目なフランは、庁舎の惨状を自分の責任として背負おうとしている。

 トーマス氏の背任を見抜けなかった自分を責めている。

 意識的にか、無意識にはわからないが。

 そんな彼女の側に――


「――あんまり気負わないで、フランちゃん」

 小型拳銃(南部式小型自動拳銃)を構えた冴子が立つ。

 素早く狙いを定め、教本通りのフォームで撃つ。

 レーザーに怯んだ1匹の狂える土の脳天を小口径弾(7ミリ南部弾)が穿つ。

 そんな彼女の佇まいを見やったフランの表情が少しやわらぐ……というか冷静さを取り戻す。


「あの……ありがとうございます」

「わたしたち全員が決めて、全員でここに来た。協力し合うのは当然よ」

 ひとりごちるように冴子は語る。

 フランの口元が、ほっとしたように少しだけゆるむ。


 今のフランに最も届くのは自分の言葉だと冴子は判断したのだろう。

 彼女を慕っていたザンは、裏切り者のトーマスから彼女をかばって逝った。

 そんなトーマスは、フランが慕う先輩だった。


 思えば冴子は、ザンと7人で行動していた時からそうだった。

 冷ややかな態度で自分の仕事を完璧にこなしながら、仲間と状況のすべてを俯瞰して足りない部分を補っていた。

 そんな彼女だから、ザンは惹かれたのだろうか。

 身を挺して守ろうと思ったのだろうか。

 だから――


「――そうそう! 獲物は山分けだぜ!」

 舞奈も負けじと跳び出しながら、改造ライフル(マイクロDAN)をぶっ放す。

 大口径マグナム弾(338ラプア)が怪異どもの頭を砕き、胴をえぐる。


「そうでやんすよ! あっしも――!」

 側でやんすも【雷鳴の雹コロート・ヴェ・バラード】を行使し、粒子ビームで怪異を焼く。

 手にしたサブマシンガン(Vz61スコーピオン)が割と無用の長物だ。


 さらに舞奈は幅広のナイフを抜きつつ接敵する。

 残った敵が構えた密造ライフル(97式自動歩槍)の下をくぐる。

 上から漂うヤニの悪臭に顔をしかめる。

 銃声と共に頭上をかすめる小口径ライフル弾(5.56×45ミリ弾)に構わず、みぞおちにハイキック。

 くの字に曲がった人型怪異の臭い喉笛を斬り裂く。

 容赦はない。


 気づくと側にドルチェがいた。

 その周囲にも狂える土が転がっていた。

 何匹かはわからない。

 見やった時には全部の胴と四肢が分割されてバラバラに散らばっていたからだ。

 彼の異能力【装甲硬化(ナイトガード)】で硬化したワイヤーで斬り刻んだのだろう。

 舞奈は口元を笑みの形に歪め――


「――ドルチェさん! 避けろ!」

「ハハッ! 見えてるでゴザルよ!」

 叫ぶと同じタイミングで跳んだドルチェの残像をレーザーが射抜く。

 同時に太っちょの手元から放たれた何かは光の盾に阻まれる。

 先ほどのフランと同じ【熱の拳(カブダ・ハラーラ)】【光の盾(ヌーラ・デルゥ)】。

 強度こそ弱いようだが。


防御魔法(アブジュレーション)を相手取ると、どうしても調子が狂うでゴザルな」

「敵の回術士(スーフィー)でやんす!」

 ドルチェが苦笑し、やんすが目を剥き――


「――魔弾(ウルズ)

 次の瞬間、プラズマの砲弾が敵の【光の盾(ヌーラ・デルゥ)】にぶち当たる。

 明日香の【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】。

 だが敵も腐っても回術士(スーフィー)。一撃でシールドを貫通するには至らない。


「もう一度、頼むでやんす!」

 やんすが叫ぶと同時に、その目前に、詠唱もなく輝く六芒星が出現する。

 カバラ魔術【ダビデの盾(マゲン・ダーウィーズ)】。

 表側で敵の術を防ぎ、裏側から通された術を強化する魔術の盾。


 故に明日香が早撃ち(ラピッドファイア)の如く放った次なる稲妻は、大きく広がった六芒星の裏側へ飛びこみ、表側から巨石の如くサイズになって飛び出す。

 狂える土の回術士(スーフィー)は光の盾ごとプラズマの塊に飲まれて消えた。

 一瞬だった。


 今の凄まじい攻防を、ザンが見たら目を剥いただろう。

 感激し、いつか自分も同じようになりたいと奮起してくれただろう。

 だが今となっては叶わぬ夢だ。

 それでも今頃は虹の橋の向こうにいるはずの彼に、皆の雄姿を見てもらいたい。

 舞奈が守れなかった他の人達と同じように。

 そんな感傷を誤魔化すように――


「――今のが表の人達を殺った奴かな?」

「だと良いけど」

 ひとりごちるように問いつつ舞奈は油断なく身構える。

 明日香も同じように伏兵を警戒した一瞬の後に……


「……また来たでやんす!」

「キリがねぇな」

 やんすが悲鳴をあげる。

 舞奈も舌打ちする。


 奥から同じ装備で似たように薄汚い別の集団がやってきたのだ。

 舞奈とやんすが2人で撃って片づける。

 だが……


「……おいおい」

 さらに足音。

 侵入者を物量ですり潰す狙いか。


 舞奈たちの戦力なら敵の弾数が尽きるまで倒し続ける事もできる。

 奴らがしたのと同じように、怪異を念入りに殲滅するのもやぶさかじゃない。


 だが、あまり時間をかけるのも良くないだろう。

 殴野元酷が何か別の策を弄するかもしれないし、逃げるかもしれない。

 正直なところ舞奈は奴について、これから死ぬという事の他は何も知らない。

 そう考える僅かな隙に、冴子が素早く祝詞を紡いでいた。

 その結果物として――


「――おおっと!」

「うおっ!?」

 目前の廊下を塞ぐように、リベット止めされた巨大な何かが出現した。

 中戦車(九七式チハ)の背面だ。

 ドルチェと舞奈がビックリして跳び退く。


 物資に乏しい旧陸軍で開発されたチハは、同世代の同ランクの戦車と比べて主砲の威力の低さや装甲の薄さを揶揄されがちな不憫な戦車だ。

 それは旧軍の兵器を扱う【式打・改(しきうち・かい)】に共通する短所ではある。

 陰陽術の同等の術のようにアップデートもされていない。

 半面、乏しい資源で戦線を維持した英霊の武器は他流派の召喚魔法(コンジュアレーション)とは比較にならない低コストで、高速で顕現させる事が可能。

 何よりチハは中戦車にしては小さい。

 故に狭い場所で召喚しても戦闘行動が可能と冴子は判断したのだろう。

 召喚魔法(コンジュアレーション)による被造物は追加の魔力を注ぎこむ事で強度も変化させられる。


 そう考えた刹那、戦車の形をした遮蔽の向こう側で足音と雄叫び。

 次の集団が到着したらしい。

 小銃弾が鉄を叩く音。

 一拍ほど遅れて爆音。

 凄まじい衝撃が廊下を揺るがす。

 左右の壁にぶつかりそうなギリギリに召喚された中戦車が、天井を擦るような砲塔に設置されたカノン砲(一式四十七粍戦車砲)、あるいは車体のマシンガン(九七式車載重機関銃)をぶっ放したらしい。

 らしい、というのは戦車がほぼ完全に廊下を塞いで向こうが見えないからだ。


 だが何が起きているかは音と振動から察しがつく。

 小さいとは言え仮にも戦車だ。

 対抗策を準備している訳でもない人間サイズの怪異が対処できる相手じゃない。

 以前に明日香が召喚した球体戦車――クーゲルパンツァーの比ですらない。

 占拠した施設への侵入者と戦うつもりで走ってきた先に、壁に埋まるように戦車が待ち受けている状況は戦闘ではなく処刑だ。

 それでも……


「……これ、通れなくないか?」

 舞奈は苦笑する。

 この先の階段から上に登って三階に行きたいのだ。

 おそらく、そこに殴野元酷がいるのに。

 そう考えて口をへの字に曲げた途端、


「こっちから回り道できるわ」

 明日香が細い脇道を指差す。


 そもそも庁舎は表の世界の建築物だ。

 内部構造も別に機密にされてる訳じゃない。

 几帳面な彼女は禍我愚痴支部陥落から庁舎への殴りこみを決めるまでの僅かな間に、それを調べて頭に叩きこんでいたらしい。


「ありがとう明日香ちゃん」

「急ぐでゴザルよ」

 ドルチェを先頭に脇道へそれる。


 そのまま明日香の案内に従って細い廊下を走る。

 増設の不手際でできた非正規の空間のようだ。

 細くて目立たず使われてもいないせいか、敵も見逃していたようだ。

 壁や床も年季は入っているが破損してはいないし、何より見張りがいない。

 この調子で細い通路を伝っていけば、思ったより早く殴野元酷の元にたどり着けるかもしれない。


 そう考えながら大きい廊下に出る。

 こちらの通路は見張りはおろか、窓の目張りもされていない。

 だから一行は照明すらついていない廊下を、かすかな星明りを頼りに走る。

 階段を見つけて駆け上がる。


「先ほどとずいぶん警備に……差があるでやんすね」

 踊り場を駆け抜けながら、拍子抜けしたようにやんすがこぼし、


「選択と集中を過度に意識するタイプのリーダーは人間にもいるわ。占術で先の場面を『視て』、そこに戦力を集中して確実な成果を狙ったんじゃないかしら?」

 冴子が答える。

 怪異どもを指揮しているであろう殴野元酷への雑感だ、

 執行人(エージェント)としてだけではなく社会人としてのキャリアも長い冴子は、様々な種類の人間や、人間になりすました怪異の考え方を知っている。


 だが、そうすると表の兵士は最初から消し炭になるのを前提の捨て駒か?

 一から十まで胸糞の悪いリーダーだと舞奈は思う。

 対して――


「――あるいは、そう思わせて何処かに追いこもうとしているか」

 ボソリと明日香がこぼす。

 こちらは常に敵がいる商売をしている人間に特有な警戒心だ。

 勝負事ではとことん性格が悪い明日香は、同じ種類の相手の思惑も理解できる。

 だから一行が廊下の角を曲がった途端――


「――どいつもこいつも、本当に何の役にも立たないグズばかりだね」

 前方から声。

 一行は立ち止まる。


「……まあ、そうでゴザろうな」

「ったく、おまえが変な事を言うからだぞ」

 先頭に立ったドルチェと舞奈は得物を手にして身構える。


「人のせいにしないでよ」

 明日香が嫌そうに返しつつ、他の3人も似た表情で術を準備する。


 何故なら見やった通路の先に人影。

 地味な色合いの、大人の女性として常識的には見える衣服。

 だが怪異の性格そのままのキツめな顔立ち。

 何より人ではなく怪異である証拠である、くわえ煙草。


 そう。

 一行の前にあらわれたのは『ママ』。

 一度は倒されたが禍我愚痴支部襲撃の際に再び姿をあらわし、トーマスと結託してザンを死に至らしめた最強の敵回術士(スーフィー)だった。


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