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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第21章 狂える土
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最後の仕事

 無限軌道(キャタピラ)がアスファルトを踏みしめ、夕暮れの大通りを半装軌車(デマーグ)が駆ける。


 妨害を排除して急行した舞奈と明日香が目にしたものは、狂える土の大群に襲撃された禍我愚痴支部の惨状だった。

 そんな中、内通者だったトーマスをザンと冴子が辛くも倒していた。

 だが敵の物量の前に支部は陥落。

 舞奈たちは他の皆とも合流し、破棄された支部ビルを脱出した。

 そして大通りを行き交う一般車両を避けながら疾走する式神の上で……


「なあ……舞奈さん……」

「何だ?」

 荷台の中央に横たえられたザンは力なく笑う。


 力の抜けた全身には黒い焦げ跡。

 着衣している部分も素肌もお構いなしだ。

 しかも幾つかは急所を貫通している。

 明日香が応急処置らしきものをしたが、焼け石に水どころの話じゃない。

 レーザーが貫通した出血すらしていない致命傷に、施せる一般治療はない。


 かと言って術での治療も現状では不可能。

 戦闘魔術(カンプフ・マギー)はもとより、冴子の国家神術にも致命傷を治療できる手札は無い。

 やんすが修めたというカバラ魔術でも無理だ。

 ウアブ魔術の前身でもあるカバラだが、かの流派が内包する【魔神の創造】技術だけでは【高度な生命操作】の代用にはならない。

 だからウアブ魔術師の楓に頼ろうと須黒支部に試みた通信も通じない。

 付近一帯に散布されたWウィルスによって外部への通信が妨害されていた。

 だから……


「俺さ……勇敢……だったかな……?」

「ああ、最高だったぜ。冴子さんも無事だし、裏切り者も片づいた」

「そっ……か……」

 うわ言のようなザンの言葉に、舞奈は意図的に感情のない声色で答える。

 ザンは安堵したように笑う。

 こうやって大事な誰かを看取るのは……初めてじゃない。


 トーマスは怪異のチップによって力を得ていたらしい。

 違法薬物の事、チップの事、奴はすべてを知った上で舞奈たちの調査を仕切るふりをしていた。

 何とも胸糞の悪い話だ。

 さらに奴はザンと冴子の排除を試み、2人の予想外の奮戦により手間取り、追い詰められ、捨て身の大技を仕掛けた。

 違法薬物の過剰摂取だ。

 それにより得た莫大な魔力で【熱の拳(カブダ・ハラーラ)】を無数に照射したらしい。

 そんな致命的な攻撃魔法(エヴォケーション)から、ザンは冴子をかばった。

 正確にはレーザーが【ダビデの盾(マゲン・ダーウィーズ)】を貫通するのも構わず冴子の盾になった。

 異能力者が正面から攻撃魔法(エヴォケーション)を防ぐ事はできないと、知っていたはずなのに。

 その間に冴子が完成させた施術によって、相打ちのようにトーマスを倒した。


「ザン……」

「そんな顔……しないでくださいよ……」

 言葉もなく見下ろす冴子を見上げながら、ザンは口元を笑みの形に歪める。

 憔悴しきった彼女を、小癪にも安心させようとするように。


 ザンにとっての冴子は、彼にとっての舞奈とは違う。

 舞奈は彼を打ち負かした、頼れる絶対強者だ。

 だがザンにとって、冴子は少なからず好意を抱いた守りたい人だった。

 その区別が彼自身の中でついていたかどうか、舞奈にはわからない。


「なあ……舞奈さん……」

「どうしたよ?」

「俺も……行けるかな……? 切丸と……同じ……ところに…………」

 だから彼は、目を細めるように舞奈を見上げながら問いかけて……


「……おまえなら、何処にだって行けるさ」

「そっか……良かっ…………」

 答えに満足したように、笑った表情のまま……動かなくなった。

 元気すぎるくらい無駄に元気だった彼の鼓動が完全に感じられなくなった事実を卓越した感覚で何度も確かめてから、顔をしかめる。

 人の……友人の身体から力が失われる一瞬が、舞奈はたまらなく嫌だった。


 口元を歪める。

 彼が行きたかった場所に、切丸がいるかどうかはわからない。

 何故なら切丸は怪異に与して仲間だったトルソを殺し、舞奈に討たれた。

 いわばトーマスと同じだ。

 だから舞奈はザンの友達だった、ザンを殺した、仲間だった男たちの事をどう考えていいかわからない。


「無理にでも剣をもう一振り都合した方が良かったでやんすかね……」

 少し離れた場所からザンを見やりながら、茫然とした表情でやんすが言った。


 やんすはカバラ魔術の使い手だったらしい。

 禍我愚痴支部陥落の預言に抗うために素性を隠して協力者チームの一因として同行しながら方々で手を打って、ザンに魔法の短刀を渡した。

 だが少しだけ力が及ばなかった。


「ハカセのせいじゃないわ。相手方に『ママ』がいたもの。……あの剣がなかったら、たぶん2人とも倒されていた」

 暗い表情のまま冴子が答える。


 慰めではなく事実だと、理解できるからこそ表情は険しい。

 そう舞奈は思う。

 目前の仲間を救えなかった痛みを、誰かに押しつける事すらできないから。


 もちろん彼女が力不足だとは思わない。

 想定外の奇襲を乗り切り、内通者に引導を渡したのだから。

 だが、それと彼女が自分自身を許せるかどうかは別だ。


 だからといって、やんすを責めるのもお門違いだと理解はできる。

 協力者チームのリーダーだったトーマスが内通者だったのだ。

 やんすがカバラ魔術師だと皆が最初から知っていたら、やんすの存在まで考慮された戦力で襲撃を計画された挙句に被害は大きくなっていただろう。

 執行部の半分と一般職員が脱出できたのは、仕掛けられたトラップのおかげだ。

 冴子が無事だったのも敵が把握していない短刀という手札があったからだ。


 ザンの犠牲は誰かの落ち度じゃない。

 あえて言うなら敵が悪い。

 あるいは裏切ったトーマスが悪い。

 奴が内通者だという可能性が最も高いと算段を立てながらも、フランが奴を慕っていたという理由で舞奈は奴を追求しなかった。

 仲間の誰かが裏切り者としていなくなるのは嫌だった。

 だが、手をこまねいているうちに裏切っていない仲間までいなくなった。

 思惑がすべからく裏目に出ているように感じて気にくわない。


 そんな一方で、ドルチェは沈痛な面持ちでザンと冴子を見守りながら、それでも油断なく周囲を警戒している。

 明日香は式神に指示しながら持続できる残り時間を確認している。

 2人もまた耐え難い痛みに、各々の流儀で耐えようとしている。

 荷台の隅で、焼け焦げたトーマスを抱えたフランも。


 ……そうするうちに、式神は魔力が尽きる前に埼玉支部へ到着した。


「おお舞奈ちん、明日香ちん。皆も」

「……なんだ。こっちに来てたのか」

 荷台から跳び下りつつ、出迎えた糸目を見やって苦笑する。

 ニュットだ。

 まあ通信を妨害されていたのだから、どちらにいても連絡は取れなかった。


 背後で皆も下車する。

 それを見届けたように、使命を果たした式神が光の粉になって消える。

 こういう場面で降り損ねて尻餅をつきそうな奴は、ドルチェが抱えて降りた。


「こちらから、禍我愚痴支部からの定時連絡が途絶えたと連絡があってな」

「それで来たのか。いい判断だ」

「そっちは無事かね?」

「……全員じゃないがな」

 雰囲気で状況は察したらしい、意図的に事務的な口調の糸目に同じ調子で返す。

 見やると背後には楓と紅葉が控えていた。

 思わず口元に乾いた笑みを浮かべる。

 あちらも考えうる限りの事態に備えようとしてくれていたのだ。


 そうするうちに、支部の職員が担架を持ってきてくれた。

 ドルチェがザンを横たえる。

 動かない青年を、楓が見やって首を横に振る。

 そんな事はわかってるよ、と舞奈は渋面を深めながら、


「……そっちは内通者だ。調査を頼む。脂虫の中毒者なのと、たぶん持ち物から敵の親玉との関係も探れるはずだ」

「了解しました」

 フランから引き渡されたトーマスを運ぼうとしていた職員に告げる。

 そんなやり取りを聞いて、


「トーマス氏がそうだっただか……」

「ああ。詳しい話は冴子さんから聞いてくれ」

 驚く糸目を尻目に自動ドアをくぐる。

 ニュットも特に止めたりはしない。

 ザンにはドルチェと冴子が、トーマスにはフランが付き添っている。

 舞奈がこれ以上ここにいる必要はないし、他にも確かめたい事がある。


 受付に気のない挨拶をしながらエントランスを歩く。

 先日まではザンやドルチェ、冴子ややんすがくつろいでいた待合室。

 だが今は退避した面々で人口密度は増したのに、賑やかにはなっていない。

 まあ当然だ。

 戦闘要員も一般職員も、突然の襲撃によって支部を焼け出されたのだ。

 失ったものは計り知れない。

 舞奈が知っているだけでも執行部はリーダーを含む人員の半分を失った。

 そんな中で……


「……あんたたちも来てたのか」

「あっさいもんさん」

 自警団の面々を見つけて声をかける。


 歩く途中に小耳にはさんだ話では、自警団の事務所も警察の強制捜査……という名目の襲撃を受けたらしい。

 テックからの情報とも辻褄が合う。

 奴らは保健所に偽装した【機関】支部襲撃の罪を自警団になすりつけるつもりでニュースまで用意していた。


 それでも自警団のおっちゃんたちには見たところ被害はなかったようだ。

 こちらと違って向こうは首尾よく撤収したのか。

 あるいは単に禍我愚痴支部を襲撃したみたいな出鱈目な戦力が差し向けられなかっただけか。

 どちらにせよ素直に何より。

 ちょっと目を離した隙にダース単位の仲間を失ったのだ。

 別所の友人の無事が嬉しくない訳がない。

 生きてるだけで丸儲けとは、正にこの事だ。


 奴らにとって目障りだったであろう霧島姉妹も無事だ。

 2人とも別の一角で怪我人を手当していたらしい。

 舞奈に気づいて2人そろって会釈してきたので、手を振り返す。

 別の場所には医者のおっちゃんもいた。

 こちらはガチの臨戦態勢で怪我人の間を飛び回っている最中なので、邪魔しないように静観する。


「……警察がドアを破って部屋に踏みこんできた時に、何故かヴィランのファイヤーボールとイエティがあらわれてね」

「そりゃ危機一髪だったなあ」

「うんうん、そうなんだよ」

 舞奈がよそ見をしているのに気づかずおっちゃんたちは語る。

 知っている子に話ができて安心しているのだろう。


「彼女たち、あっという間に警官たちを叩きのめしちゃってね」

「そりゃそうだろうなあ……」

「その隙に皆で逃げたら、さいもんさんたちの知人だって言う人がみえられて」

「それがここの人だったんだ」

「そいつは何より」

 他のおっちゃん達もやってきて一部始終を話してくれた。

 なので大体の事情はわかった。

 ファイヤーボールとイエティの中の人は、言わずと知れたキャロルとメリル。

 平時は昼寝したり遊んでいるばかりだった用心棒たちは、自分たちの仕事を完璧にやり遂げたらしい。


「でも、どさくさにまぎれて大先生や小先生とはぐれちゃって……」

「警官たちを食い止めるって飛び出したっきりなんだよ」

「大丈夫かな……」

 人の良いおっちゃんたちはキャロルとメリルを心配する。

 彼らは炎と氷のヴィランの正体を知らない。


 だがキャロル達の思惑はわかる。

 ファイヤーボールとイエティは公権力に公然と刃向かう事の出来るアウトロー。

 だが自警団の面々には今後の生活もある。

 ヴィランとは他人だった方が互いにとって都合が良い。

 なので正体を明かしてひと暴れしたついでに雲隠れを決めこんだのだ。

 胡散臭くも面白おかしい用心棒の去り際としても申し分ない。


 だから舞奈は自警団のおっちゃん達と適当な挨拶をして別れ……


「……よっ。あいつら、心配してたぜ」

 インテリアの陰になって目立たない一角、自販機からも離れた人混みの中に見知った赤毛と銀髪を見かけて声をかける。

 キャロルとメリルだ。

 ヴィランに変身して暴れまくった後に、いつものように首尾よく逃げたらしい。

 ちゃっかり避難民にまぎれているあたりが手慣れたものだ。

 海の向こうで何度もディフェンダーズと戦った際にもこうしていたのだろう。


 メリルは硬いソファーに寄りかかって満ち足りた表情で寝ている。

 そりゃそうだろう。

 膨大な超能力(サイオン)を駆使して氷の巨人イエティとして警官たちをなぎ倒し、恩義のある人たちをすべからく逃げのびさせたのだ。

 こんなに気持ちよく眠れる時間はない。


 一方、キャロルはメリルを抱えて舞奈が座る場所を作る。

 そうしながら何処で何処まで舞奈たちの事情を聞いていたのか……


「……珍しいじゃない。あんたの周りじゃあ善人は奇跡みたいに生き残って、悪人は成敗されるものだと思ってたよ」

 言いながら、座る舞奈をちらりと見やる。


「んな訳あるか。あたしは別に、どっかの都合のいいヒーローじゃないぞ」

「ハハッ、ごめん」

「……ったく、そう何でもかんでも上手くいく方がおかしいんだ」

 対して露骨に顔をしかめる舞奈にキャロルは悪戯っぽく詫びてみせる。

 本当に他意のない軽口だったらしい。まったく。


 まあ舞奈が彼女と相対した、あるいは共闘した戦場はヘルバッハとの決戦と、園香やチャビーと一緒のブラボーちゃん探しの時だけだ。

 ブラボーちゃんの際は言わずもがな。

 ヘルバッハの時も、首謀者だったヘルバッハ以外に主だった犠牲は出ていない。

 故にそういう目で見られるのも理解できない話じゃない。


 だが、それなら舞奈から見たキャロルだって同じだ。

 四国の一件やKoboldの時みたいな嫌な騒動の時に彼女らはいなかった。

 今回だって自警団の面々を誰ひとり欠かす事なく逃げのびさせたのだから、そっちのがヒーローじゃないかと言いたくなる。


 それでも彼女らはヴィランだ。

 楽しく活躍して気分よく去っていくだけじゃ物足りないかもしれない。

 何となく、そう思う。

 それは今の舞奈の心情を転化させた決めつけなのかもしれないが。

 だから……


「……何よこれ?」

 舞奈はジャケットのポケットから小さな手帳を取り出して差し出す。

 キャロルは怪訝そうに見やり、


「預金通帳だよ。あたしが今までの仕事で稼いだ金が口座に入ってる……らしい」

「いや、それはわかるけど」

「……やるよ」

「……は?」

 続く言葉に目を丸くする。

 舞奈はニヤリと口元を歪める。


 別にどうしても必要な大金じゃないと舞奈は思っている。

 今の舞奈の生活は、こいつがなくても成り立っているからだ。

 いちおう屋根のある住処はあるし、美味い飯も食えるし友達もいる。

 これからも【機関】の仕事はするし、すぐ同じものが手に入るだろうとも思う。

 そもそもニュットやフィクサーが口座に報酬を入れたと言うから入っていると思っているだけで、確認の仕方もよくわかっていない。

 だが、今は使い道がある。


「用心棒もカタがついて、懐具合も厳しいんだろう?」

「……あたしを雇おうって訳? ホント、今日のあんたは珍しいわね」

「あるものを使って文句を言われる筋合いはないだろう? で、どうするよ?」

「話によるわ」

「こいつであんたの友達を集めてパーティーがしたい。何人呼べる?」

 言った途端、キャロルは「そういう事」と口元を笑みの形に歪める。


 舞奈は都合のいいヒーローじゃない。

 守りたい善人をすべからく救えたりはしなかった。

 それでも目的を果たしたければ、自分の使える手札を使うしかない。

 例えば目の前にいるヴィランだ。


 何故なら舞奈には、やり残した仕事がある。

 一連の騒動を裏から手引きしていた黒幕。

 あるいは禍我愚痴支部にトーマスを送りこみ、ザンを死に至らしめた真の敵。

 そいつは未だ県庁でのうのうと生きている。


 舞奈はそいつを排除するつもりだ。

 四国の一角でそうしたように。

 そのためには県の警備を混乱させる手札が必要だ。

 後々に禍根を残さなければ、なお良い。

 たとえば誰も予想していなかったヴィランの襲撃なんか手引きできれば最高だ。

 ありもしない自警団の暴走をでっちあげた誰かさんへの意趣返しにもなる。


 そんな思惑を、たぶんキャロルもわかっているのだろう。

 伊達にヴィランなんかやってはいない。

 だから心の底から楽しそうに少しだけ考えて……


「……あたしとメリルは参加するとして、デスリーパーとファントムも国内にいるはずよ。あんたの名前を出していいなら喜んで来ると思うわ」

「ああ、頼む」

「ならクイーン・ネメシスとリンカー姉妹も決まったようなものね。あいつらなら何処からでも転移してくるだろうし。そうるすとクラフターも一緒かな?」

「そいつは頼もしいぜ」

「後はレディ・アレクサンドラとファーレンエンジェルにも声はかけてみるけど」

「何だよオールスターじゃないか」

「あんたが注目されてるのよ。ヒーローどもにも、あたしたちにもね」

 耳に馴染んだ名前を挙げながら不敵な笑みを浮かべる。

 いかにもヴィラン然とした……今の舞奈とよく似た笑みを。


「じゃあ3時間後にパーティー開始ってのはどう? 駄目だったら連絡するわ」

「夜中じゃないか」

「子供は寝る時間だっけ?」

「いんや、悪くない。ヴィランと悪党のパーティーには丁度いいさ」

 言って舞奈が笑みを広げた途端……


「……おきた~」

 メリルが目を醒ました。


「おー。サィモン・マイナー? モモジュース……むにゃ…………」

「起きてないじゃない」

「ハハッ! そいつで桃の樹でも買ってやれよ!」

 通帳を押しつけたまま、笑いながらキャロルたちとも別れる。


 そして待合室に戻ると、皆も何となく集まっていた。

 ドルチェにやんす、明日香。

 遺体の引き渡しも済んだらしく冴子とフランもいる。


 皆が浮かない表情をしている。

 無理もない。

 唐突な襲撃によって、通い慣れた支部は陥落。

 内通者だったトーマスと、犠牲になったザンを遺体として引き渡したばかりだ。


 だけど……だからこそ舞奈は口元に何食わぬ笑みを浮かべる。

 舞奈のそうした傍若無人さを、彼は無邪気に喜んでくれていたから。


「……よっ明日香。ちょっと面貸せ」

「何よ?」

「3時間後にヴィランが街を占拠する。その隙に県庁までドライブしようぜ」

「はぁ? ……そういう事」

 続く台詞に明日香は驚くと思いきや……笑った。


 おおかた彼女も同じ事を考えていたのだろう。

 だが計画を形にしたのは舞奈の方が少しだけ先だった。

 あるいは舞奈の計画の方がスケールが大きくてパワフルだった。


「よくそんな事を考えつくわね」

「奴らが仕組んだ騒ぎのせいで指揮系統もなくなって、人だっていっぱい死んだんだ。どさくさに、もう何匹か怪異が消えても笑って済ませてくれるさ」

 それが奴らの親玉である殴野元酷であったとしても。

 そう言外に匂わせながら舞奈も笑う。


 協力者チームの直属の上司にあたるトーマスが死去。

 おまけに内通者だった事が発覚した。

 つまり事態が収拾して命令系統が再構築されるまで、舞奈たちに何かを命じたり禁じたりできる人間はいない。

 その間に少し気を利かせて黒幕を排除するのを止められる人間は存在しない。

 そもそも協力者チームを殴野元酷から遠ざけていたトーマスがいない。

 だから……


「なら出かける前に弾薬の補充をしていきましょう。実は今、この支部も最高レベルの警戒態勢なのよ。Aランク以上なら必要なだけ補充を受けられるわ」

「おっそりゃ重畳」

「……それで明日香さん、あんな進言をしてたでやんすね」

 何食わぬ表情で明日香が答える。

 やんすがやれやれと苦笑する。


 どうやら明日香も明日香で埼玉支部の調整役にある事ない事を吹きこんで、戦争の準備を始めていたらしい。

 まったく油断も隙もない。


「ならば某も弾が欲しいでゴザル。乗りかかった舟でゴザルからなあ」

 ドルチェが太ましい腹を揺らせて立ち上がり、


「わたしも同行して良いかしら?」

 冴子が申し出る。

 一見すると普段と変わらない冷静な口調で……


「……彼が言ったのよ。リーダーは皆の憧れになってまとめるものだって。その責を放棄した背任者を放置する訳にはいかないわ」

 言葉を続けながら、暗い、だが確たる意思のこもった笑みを舞奈に向ける。

 恐ろしい笑みだ。


 連れて行きなさい、という凄まじい圧がある。

 何故なら彼女は四国の一角で大切な誰かを失った。

 そして埼玉の一角でも、絆を結びかけていた仲間を奪われた。

 だから彼女にも資格がある。

 一連の事件を裏から手引きしていた殴野元酷に鉄槌を叩きこむ資格が。

 それを彼女は自ら望んだ。


 何より本来の冴子は知的で温厚な人間だ。

 温厚な人間は、気に入らないからと言うだけの理由で誰かを攻撃しない。

 故に怒らせたら最後だ。

 彼女のような人間が他者の排除を決意するという事は、対象が何の自己保存の権利も持ち得ない異物、存在する価値のない不要物だと判断するという事だ。

 そんな皆の側で……


「……わたしも同行して構いませんか?」

 フランが消え入りそうな声で申し出る。


 彼女が慕っていたトーマスは内通者だった。

 彼女が信じようとしたから、舞奈も追及の手を緩めた。

 そのせいでザンは死んだ。


 だがフランだって裏切られた被害者だ。

 善良な彼女は、本来ならトーマス自身が背負わなきゃいけない悔恨をひとりで抱えこんでしまっている。だから――


「――ええ、一緒に行きましょう」

「有難うございます」

 冴子が冷徹な、だが壮絶な笑みを返す。

 フランも釣られるように、安堵するように微かに微笑む。


 そのようにして他県から、地元支部から集った協力者チームの6人は最後の仕事に赴く意思を固めた。


 そして、そっと人の輪を離れ、エントランスを抜け出した。


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