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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第4章 守る力・守り抜く覚悟
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激突

 奈良坂が廊下を駆ける。


 舞奈たち同様に救援要請を受けた彼女は、教室を飛び出して走っていた。

 階段を2段抜かしで駆け下りる。


 奈良坂は生来の粗忽者だった。

 意思が弱くて要領も悪く、自分が何をやりたいのかも、何ができるのかもよくわからない。だからいつも場当たり的に行動して、成す術がなくなって怯える。

 勉強も【機関】の業務も、教師や上司からやればできると言われ続けている。

 けど、やりかたがわからないから失敗続きで、一向に結果を出せずにいる。


 今だって授業中に居眠りしていて担任に大目玉を喰らい、寝ぼけ眼で昼食を食べていたら救援要請を受けた。

 その際に驚いて汁物をぶちまけ、床を拭いてからあわてて現場に向かっている。


 そんな奈良坂は走りながら術を使い、2重の付与魔法(エンチャントメント)で強化する。

 強化された筋肉による全力疾走で、少しでも早く走りたかったからだ。

 だが奈良坂は生来の粗忽者だ。

 階段を全力で駆け下りながら急に筋力を強化するどうなるか考えが至らない。

 だから、


「えっ?」

 足に予期した以上の超パワーがかかった。

 焦って体勢を立て直そうとして、さらに強く階段を蹴る。その結果、


「うおうっ!?」

 付与魔法(エンチャントメント)で強化された足の筋力によって、奈良坂は階段から真横に飛んだ。

 そのまま大砲の弾のように跳んでいく。

 おもわず頭をかばった両腕で踊り場の窓ガラスを突き破る。


 耳元でガラスが割れるバリンという音。

 身体強化されていてすら感じる衝撃。

 割れたガラスが皮膚を引っかく痛み。

 スカートの端が尖ったガラスに引っかかり、ホックがはずれて脱げ落ちる。


「ええっ!? そんな!」

 奈良坂は、コメディ映画みたいに空中に放り出された。


 その頃、中庭では、


「なにっ!?」

 仲間を盾にして生き残った道士を残したまま、結界は不意に消えた。

 真紅のレリーフと化していた世界が元の校舎に、地面に、渡り廊下の屋根やフェンスに変容する。


 舞奈は道士に拳銃(ジェリコ941)を向ける。

 クレアも軍用拳銃(FN ハイパワー)を構える。


 幸い、中庭に舞奈たち以外の人影はない。

 だが45口径のそこそこ大きい銃声を校舎内の誰かに聞かれる危険に躊躇する。


 その隙に道士が逃げた。

 高等部の方向だ。

 舞奈は慌てて追おうとするが、


「わたしが追うわ! 舞奈はここをお願い」

 明日香が言って、真言と魔術語(ガルドル)を唱える。

 途端、黒髪の少女の姿が空気に溶けるように消えた。

 自身に周囲の風景を投影することにより不可視となる【迷彩(タルヌンク)】の魔術。

 彼女ならば姿を消したまま道士を追い詰め、暗殺することが可能だ。


「スマン! 頼む!」

 見えない明日香に叫び、拳銃(ジェリコ941)を仕舞ってサチと園香に駆け寄る。

 クレアも拳銃(ハイパワー)を収めてベティに駆け寄る。


「舞奈ちゃん、ごめんなさい。わたし……」

「いいんだよ」

 言いかける彼女に、笑いかける。

 サチは衣装こそ乱れているものの怪我は無いようだ。

 園香も無事だ。サチの手の中で、すうすうと寝息を立てている。


「それより、園香をありがとう」

「舞奈ちゃん……」

 サチは埃と汚泥にまみれた顔で、それでも笑った。


「ベティ、無事ですか?」

「ま、なんとか命はあるっすよ。それより……」

 ベティの視線を追って中庭を見やる。


 そこは酷い有様だった。

 結界が消えて、結界の中にあったものがそのまま周囲にぶちまけられていた。


 泥人間は死ねば溶けて消える。

 だが、泥人間が持っていた錆びた野太刀や着ていたボロ着、脂虫の破片や、プランターの隅でうめく脂虫はそのままだ。

 ベティの小型拳銃(ベクター CP1)は回収したが、クレアのライフル(L85A2)グレネード(エクスカリバーMk2)はそのままだ。


 新開発区ならば日常的な光景である。

 だが、ここは一般の生徒が通う、普通の学校だ。

 大量に転がっている武器や死骸を見られでもしたらパニックだ。


 幸い、事情を知った他の警備員たちがロープを張って周囲を封鎖している。

 だが昼休みの生徒が異変に気づいたらしく、何事かと集まりかけている。

 あまり良い状況ではない。


 そう思ったその時、プランターの奥で脂虫がはじけた。

 後には小夜子があらわれた。


「よかった、来られた。結界が解けたみたい」

 小夜子は脂虫を贄として瞬間移動する術を使える。

 それによりサチの元に駆けつけようとしたものの、結界に阻まれていたらしい。


「サチ!」

 小夜子は舞奈からひったくるようにサチを抱きしめる。

 後に残された園香を、舞奈があわてて受け止める。


「こっちは全員無事だよ。けど、この状況をなんとかしないと」

 舞奈の言葉に、有能な小夜子はうなずく。


 そして周囲を見渡す。

 校舎の陰でもう1匹、生き残っていた脂虫に目に留める。

 素早く贄虫に施術して魔法の門へと変化させる。

 来た時と同じ転移の術だ。


「支部に繋がってるわ。いざという時にサチを逃がすために用意してもらってたの」

「さっすが、用意周到な小夜子さんだ」

 園香をサチに任せ、舞奈たちは野太刀と脂虫の破片を門の中へと片づけた。

 最後にクレアが長物を入れると、門は閉じた。


 そうやって当面の危険を逃れると、小夜子は再びサチを抱きしめた。


「小夜子、怒ってる……?」

「……あたりまえでしょ」

 小さく問いかけるサチに、小夜子は恨みがましい声で答える。

「心配したんだから……本当に心配したんだから……」

「うん、うん、本当にごめんね」

 すがりつくように言った小夜子の背を、サチが優しく抱き返す。


 後ろ向きでネガティブ思考な小夜子は、敵対者の罠や計画を的確に見抜く。

 敵はそんな彼女を警戒して、戦術結界に閉じこめてサチとの合流を防いだ。


 小夜子は結界に対処する術を持たない。

 自力ではどうしようもできない状況の中、小夜子は術による救援要請を無差別に送りながら、必死に戦っていたのだろう。大事なものを失う恐怖と。

 その戦いは、後ろ向きな彼女をサチ以上に憔悴させるのに十分だった。


 サチと小夜子の関係は、小夜子が諜報部に異動した1年前から続いている。

 それは、出会ったばかりの舞奈が割りこむことのできない時間だ。


 だから舞奈は園香を抱きしめる。


 園香とは2年生の頃に同じクラスになって以来の仲だから、4年近くになる。

 実のところ、2年の半ばに転校してきた明日香より付き合いはちょっと長い。

 その間、ずっと園香は舞奈を甘えさせてくれた。

 美佳や一樹を失った舞奈が、心の傷を園香で癒していたのは事実だ。


 そんな園香は、舞奈がすっかり【掃除屋】に馴染んだ今でも、優しく微笑む。

 何物にも動じない舞奈を、それでも甘えさせてくれる。


 舞奈は園香を守りたかった。

 かつて美佳を守れなかったから。だから、


「……ありがとう、園香」

 無事でいてくれて。


 園香を抱きしめながら、誰にも聞こえないくらい小さな声で、ささやく。

 途端、園香が甘い声をあげて身じろぎした。


 舞奈は今の台詞を聞かれたかと柄にもなく照れる。

 だが、その口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。


 その一方で、奈良坂は、


「ええっ!? そんな!」

 踊り場の窓からダイビングして、空中に放り出されていた。


 2階と3階の間にある踊り場の外は、地面からの高さもそれなりにある。

 付与魔法(エンチャントメント)で強化された今なら落ちても大事ないとはいえ、奈良坂は慌てる。


「お、落ーちーるー!!」

 わかりきったことを言う。

 手足をバタバタさせてもがくが、それで空を飛べるわけもない。

 そのまま地面めがけて真っ逆さまに落ちて行った。


 しかも、思わず見やった地面には人がいた。

 穴の開いたスーツをまとった何者かが、大の字になって寝ていた。


 奈良坂は焦る。

 2重の付与魔法(エンチャントメント)で強化された奈良坂は、この程度の高さなら落ちても平気だ。

 だが、ぶつかった相手はそうではない。


「に――げ――て――!!」

 奈良坂は顔中を涙でぐちゃぐちゃにしながら叫ぶ。

 だが相手は動くそぶりもない。

 

 そして、ふと、相手の顔が視界に映った。

 その表情を見やり、


「ぎゃあぁぁぁぁぁ!!」

 奈良坂は悲鳴をあげた。


 一方、明日香は逃げた道士を追跡していた。

 魔術で姿を隠したまま、校舎の脇を走り抜ける。


 相手は校舎の陰に逃げ去った。

 だが問題ない。

 魔力を見る魔術師(ウィザード)から、魔力から生まれた泥人間が逃れることはできない。


 にもかかわらず、魔力の気配は唐突に消えた。

 爆発するような高密度の魔力を感じた後、気づくと跡形もなく消えていた。


「転移の魔術? それとも……」

 明日香は罠を警戒しつつ、魔力が消えた地点へと向かう。

 そこは高等部の校舎の裏だった。


 だが厄介なことに、そこには人だかりができていた。

 高等部の生徒たちのようだ。


 逃亡した泥人間による最悪の事態を考慮しつつ、姿を消したまま近づく。

 人の隙間から様子を伺う。


「「うんとこしょ、どっこいしょ!」」

 どうやら人だかりの中で、誰かが何かを引き抜こうとしているようだ。

 作業の中心は、なぜか男子を差し置いて恰幅の良い女子が務めていた。

 さらに見やると、抜こうとしているのは人の足のようだ。

 2人の女子が引っぱっているのは、やや太ももがたるんだ少女の足だ。


 ずぽっ!


 明日香が見やる前で、地面から少女が抜けた。

 跡には人の形をした穴が開いていた。

 まるでカートゥーンのキャラクターが地面にぶつかったかのようだ。


「……は?」

 穴から引き抜かれたそれを、明日香は思わず二度見する。


 それは奈良坂だった。

 なぜかスカートを穿いていなくて、だぼっとした野暮ったいパンツが丸見えだ。

 逆さだからセーラー服の上着がまくれている。

 白いお腹の中心で、健康的なおへそがこんにちはしていた。

 引き抜いていたのが女子なのは、引き抜かれるのも女子だったからだろう。


「みなさんずびません……。ぷへっ」

 奈良坂は逆さの状態でひと息つきつつ、軽く咳きこんで土を吐き出す。

 眼鏡はひび割れ、フレームは曲がっていた。

 それでも、周囲の人だかりはほっとした様子で笑った。


(こ、これは一体……?)

 明日香は状況がつかめずに焦った。

 そして、奈良坂の腕に何かが引っかかっているのに気づいた。

 薄汚い色の布きれのようだ。


(……!!)

 明日香は目を疑った。

 布きれにわずかに残る、泥人間の魔力の残滓。

 それは道士が着ていたスーツだった。


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