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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第21章 狂える土
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疑惑

 舞奈と明日香が須黒支部から密命を賜った日の翌日。

 2人は普段通りに登校して過不足なく授業を受け、


「マイ、安倍さん、またねー」

「マイちゃんたちは今日も忙しいんだね」

「寂しい想いをさせてスマン。けど今のバイトもじきに片がつくから、そうしたら皆で何処かいこうぜ」

「うん、楽しみだ」

 そのように普段通りにクラスメイトに挨拶して下校。

 いつも通りに県の支部へ赴く。

 学校の鞄を預け、


「いってらっしゃい、舞奈さん、明日香さん」

「それじゃあ行っくよー」

「……そのノリにはもう慣れたが」

「……安全にお願いしますね」

 梢とレインのサポートの元で埼玉支部へ転移して、


「おお舞奈殿、明日香殿も!」

「ちーっす。一昨日ぶり」

「こんばんは」

「舞奈さん、新しい得物でやんすか?」

「ま、そんな所だ」

「長物でゴザルかな?」

「まあな。切り詰めてはあるが」

「改造ライフルでゴザルか。流石は舞奈殿、準備に余念がないでゴザルな」

 受付で仲間と合流した途端、やんすが訝しんできた。

 釣られてドルチェもしげしげと、舞奈のちょっとした荷物に目を向ける。


 何故なら舞奈の肩には改造ライフル(マイクロDAN)

 もちろんケースに入れてある。

 それに銃身(バレル)銃床(ストック)を短く切り詰めてあるので目立つようなサイズではない。

 昼間は拳銃(ジェリコ941)と一緒に学校の警備員室に預けておいたほどのコンパクトさだ。

 なので――


「――おおいザン! 行くぞ! 冴子さんも」

「あっはい!」

「あら、舞奈ちゃんも明日香ちゃんもこんばんは」

「……取り込み中なら待つが」

「そんなんじゃないっすよ!」

 そのように普段通りに支部を出て、慣れた大通りを皆で歩く。


 通りは今日も、くわえ煙草の狂える土どもでいっぱいだ。

 大柄で威圧的な中東風の顔立ちの人型怪異どもは、悪臭の煙と吸殻をまき散らしながら、奇声をあげて暴れまくっている。

 人間の住民は奴らを警戒するように足早に通り過ぎる。

 

 だが今日は人型怪異どもに気を取られている暇はない。

 舞奈たちは埼玉の一角を怪異の実効支配から解放する足掛かりを手に入れた。

 学校で園香に伝えた、もうすぐ片がつくという言葉は嘘じゃない。

 そして舞奈と明日香には、襲撃に備え、内通者を探し出すという新たな使命が課せられた。


 だから舞奈は何気ない表情のまま、側を歩く仲間たちに視線を巡らせる。


「……にしても、一昨日のデスメーカーさんたちは凄かったよなあ」

 しみじみと言いながら、ザンが昨日の衝撃を反すうする。

 デスメーカーとは小夜子のコードネームだ。


 先日、急死した脂虫から情報を引き出すべく舞奈は地元支部に応援を頼んだ。

 ニュットが【移動(ベヴェーグング)】で転移してきた。

 小夜子は【心臓占い(ヨロナワティリ)】で死んだはずの男から最後の言葉を引き出した。


 そしてザンはBランクの異能力者だ。

 今回の仕事で何度も目撃したとはいえ、術に対する知識は少ない。

 そんな彼にとって、死者から情報を引き出す探知魔法(ディビネーション)は神秘の御業だ。

 小夜子とは以前に手合わせした事があるし、素直に凄さを認めているのだろう。

 凄惨な儀式について気にしていないのは能天気だからか。


 そんな彼との最初の邂逅の場は、合同葬儀のパーティー場だ。

 難癖をつけられて大立ち回りを繰り広げたのだったか。

 何故なら彼は四国の件で犠牲になった切丸の友人で、その原因が舞奈たちにあると思いこんでいたからだ。だが刃を交える事で和解した。

 ずいぶん昔の話に思える。

 チームを組んだ当初は粗忽で実力もいまいちだった彼。

 だが今では禍我愚痴支部の執行部との連携もこなせる得難い仲間だ。


 正直、内通を疑うなら真っ先に候補から外れるのが彼だ。

 そもそも腹芸ができる奴ではない。


「ええ。須黒の子たちは本当に凄いわ。大魔法(インヴォケーション)を普通に使いこなすなんて」

 冴子もザンの言葉に同意する。

 同じ術者として見習いたい部分が多いと感じているのだろう。

 それは何度も共闘した側の明日香も含めての事だろうが。


 冴子は沈着冷静な国家神術士だ。

 同じく四国で犠牲になったスプラと友人以上の関係だったらしい。

 パーティー場から抜け出して、舞奈は彼女にスプラの最後を語った。

 それが彼女との最初の出会いだ。

 そんな彼女は新たな環境の中でも理性的に物事を進め、熟達した神術によって舞奈たちの窮地を何度も救ってくれた。


 そして彼女が内通者だとも考えにくい。

 生真面目で善良な彼女には、怪異を憎む理由がいくつもある。

 そもそも自身のプラスの感情を魔力へと変換する魔術師(ウィザード)が、裏切りや怪異との内通などメリットよりデメリットが過分に勝ると舞奈は思う。

 そんな舞奈の内心などさておいて、


「でもほら、グレイシャルさんも凄いっすよ」

「ありがとう、ザン」

 ザンが能天気にフォローする。

 グレイシャルとは冴子のコードネームだ。


 炎や稲妻を操り、氷の壁を召喚する冴子の国家神術は何度もザンや仲間たちの窮地を救い、敵に痛手を負わせた。

 彼女自身も他の模範になるレベルの術者である事実は疑いようもない。


 だが、それ以上にザンは冴子に……そういう感情を抱いている。

 冴子からザンに対してはどうかは知らないが。

 舞奈的には良い事だと思っている。

 互いに知人を亡くした者同士、そうした絆ができるのは悪い事じゃない。


「それにしても、例の脂虫が急死した原因が謎でゴザルなあ」

「そうでやんすねー」

 太ましい腹をゆらせながらドルチェが訝しむ。

 話の流れが丁度よく脂虫が急死した原因になるのは舞奈にとって好都合だ。


 そんなドルチェは、テックとネットゲームの知人らしい。

 だがゲームの中の彼について、テックから詳しくは聞いていない。

 あまり話したがらないのだ。

 だが信じられないほど肥えた彼は、見た目に反して有能で誠実だ。

 体術の技量は舞奈に迫り、様々な技術を会得している。


 そんな彼なら確かにスパイにはうってつけだろう。

 だが何と言うか……体型と衣服のセンスが彼の無辜を舞奈に訴える。

 皆に内緒で内通がしたいなら目立たないように気をつけるのが筋だと思う。

 少なくとも腹にアニメの女の子が描かれたシャツは着ないだろう。

 それに可愛らしいデザインのアニメ顔はプラスの感情を賦活し怪異を怯ませる。

 怪異との内通者が好んで着るものでもない。


「脳内にあったって言うチップの誤作動でやんすかねー?」

「そう考えるのが妥当でゴザろうな」

 やんすが特に考えた風でもなく答える。

 ドルチェはうなずく。

 まあ先方に着いたら嫌でも報告を受け取れるはずだ。

 今ここで真剣に議論する意味はない。


 そういえば舞奈は、貧相でビン底眼鏡をかけたやんすの事をほとんど知らない。

 知っているのは【偏光隠蔽(ニンジャステルス)】である事。

 得物がサブマシンガン(Vz61スコーピオン)である事。

 そして何事にも消極的で、常時でも修羅場でも大して役に立たない事。

 ありていに言うと、いてもいなくても気にならない奴だ。

 そのくせ妙なところで小賢しいツッコミを入れてきたりもする。

 ハカセと言う舞奈がほとんど忘れかけているコードネームの面目躍如である。


 そんなやんすは以前に小夜子に疑われていた。

 態度が胡散臭いらしい。

 まあ言われてみれば密偵としての適正はドルチェ以上に高い。

 最も疑わしいと言えばその通りなのだが、何と言うか……こいつが内通者だと考えると辻褄が合わない事がいくつもある。

 端々で迂闊だし、口も軽すぎる気がする。


 ……そうやって、形だけの疑念に従って順繰りに観察してみる。


 だが疑わしいところは見つからない。

 まあ当然だ。

 つい先日まで生死を共にしていた仲間の中に仮に内通者がいたとして、舞奈の意識が変わったからと言っていきなり尻尾を出したりはしないだろう。

 そもそも舞奈は防諜のプロじゃない。


「まあ、先方が調査してくれている事を期待するのが無難ですね」

「やんすねー」

 明日香も何食わぬ表情で相槌を打ちつつ、観察はしているようだ。

 だが特に変わった様子は見せない。

 まあ元より顔に出るタイプでもないが。


「ん? 舞奈さん、どうしたでやんすか?」

「いや別に」

「まさか、あっしのお尻を狙ってるでやんすか?」

「ねぇよ! それ、だいぶ前にも言わなかったか?」

 やんすが訝しむ。

 舞奈たちが様子をうかがっているのに気づいたか。

 妙なところで勘が鋭い。


「にしても、ここら辺は食い物屋も多いっすね」

「いつ通っても食欲をそそる良い匂いがするでゴザルな」

「……煙草の臭いを除けばだけど」

「やんすねー」

「ま、今の一件が終わったら少しは綺麗になるだろうよ。……そうしたら皆で適当な店を見繕って、打ち上げでもやらないか?」

「楽しそうっすね! 執行部の奴らも誘って!」

「それは賑やかでゴザルなあ」

 その様に適当な話をしながら通りを歩く。


 もちろん内通者の話にはならない。

 舞奈たちからも、そういう話はしない。

 あるいは彼ら、彼女らのうち何人かは舞奈たちと同じように仲間の様子をうかがっているのかもしれない。

 そう考えると複雑な気分ではある。


 と、舞奈がそんな事を考える間に、


「あっ! 皆さん! いらっしゃい!」

 一行は禍我愚痴支部に到着した。

 小麦色の肌をしたフランが元気に出迎えてくれる。


「……舞奈さん、今日はお尻触らないんですね?」

「そんなにいつもいつも触ってるつもりは無かったんだがな……」

 今日は一昨日と違って騒動もなく落ち着いているのだろう。

 出会い頭に訝しむフランに苦笑する。


 禍我愚痴支部の占術士(ディビナー)でもあるフラン。

 常識的で気が利く中東系の美少女だ。

 こう見えて強力な回術士(スーフィー)でもある。

 三人組の敵回術士(スーフィー)との戦闘では不慣れながらも身を挺して皆を守ってくれた。

 その時の傷はすっかり癒えたようで何より。


 正直なところ、生真面目な彼女が内通者だとも考えにくい。

 少なくとも『ママ』と呼ばれた難敵に命がけで挑んだ彼女が。

 スパイにそんな事をする必要はない。

 何より彼女の若さも、快活さも、内面から滲み出る可愛らしさも、人間のプラスの感情を憎む怪異どもとは相容れない要素だ。


 なので一行は普段通りに会議室へ赴く。

 舞奈も続く。


 そして、すっかり地元の支部より馴染んでしまった打ちっぱなしコンクリートの大部屋でトーマス氏を待ちつつ……


「……そう言えばザンさん」

「ん?」

「これを持っておいてほしいでやんす」

 やんすがザンに何か渡していた。


「おっ、何かスゲェな。くれるのか?」

「どうしてもと言うなら譲渡も考えるでやんすが……」

 ザンが手にしたそれは短刀のようだ。

 柄と鞘には精緻な細工が施されている。

 装飾品でなければ魔道具(アーティファクト)だろうと舞奈は直感した。


「有り難いけど、1本だけか?」

「剣の形のものがそれしかなかったでやんすよ……」

 図々しくも首をかしげてみせるザンに、やんすは困った顔をする。

 だが、まあ言い分はわからなくもない。

 ザンの戦闘スタイルは双剣だ。


「でも、いざと言う時にザンさんを守ってくれるでやんすよ」

「どういう事だ?」

「――さては魔道具(アーティファクト)だな。そいつ自体が軽く意思を持ってて、状況を判断して心の中に語りかけてくるはずだ。言われた通りに念じればいい。だろ?」

「そうそう、そうでやんす。流石は舞奈さん」

「魔法の剣って事っすか? スゲー!」

 というか、物をあげるなら説明くらい自分できっちりしてほしいのだが。

 思わず口を挟んで苦笑する舞奈の前で、短刀を手にしたザンは歓声をあげる。


 期せずして自分も魔法の力を得られて喜んでいるのだろう。

 彼にとって今回の一連の仕事で何度も見た数々の術は憧れだ。

 そう言えば彼の友人だった切丸も、スプラの魔道具(アーティファクト)を羨んでいた。


「抜いてみてもいいか?」

「いいでやんすよ」

「おっバランスも丁度いい感じだな」

「ザン殿、良かったでゴザルなあ」

「短刀としても普通に使えるはずでやんす」

「はずとか言ってやるなよ……」

 新しい玩具にザンは無邪気な子供のようにはしゃぐ。

 続くやんすの言葉に苦笑する舞奈を他所に、


「カバラ魔術の魔道具(アーティファクト)ですね」

「そうでやんす。実はうちの支部の調整役から、こちらの戦力に貢献するよう釘をさされてしまったでやんすよ」

 目ざとく見抜いた明日香に、やんすはえへへと答える。

 それはあんたがもう少し真面目に仕事をしろって事なんじゃないのか?

 ザンに魔道具(アーティファクト)をほいと渡して『戦力を上昇させた』て事にして良いのか?

 思わず内心でツッコむ。


 だが、さりげない台詞に気がかりな点がひとつ。いや、ふたつ。


 禍我愚痴支部の戦力への貢献。

 舞奈たちが先日に受けた追加の依頼の表向きの内容は、禍我愚痴支部施設の警護及び人員の安全確保だ。

 やんすは舞奈たちと同じ立場だという事か?

 つまり別の支部の占術士(ディビナー)に示唆され、襲撃を警戒しながら内通者を探している?


 もうひとつは、それがカバラ魔術の魔道具(アーティファクト)だという事。

 三人組との戦闘で、中毒者どもとの戦闘で、何処からともなく行使された魔術。

 それもカバラ魔術だった。


 だが、どちらもやんすに直に確認できるような事じゃない。

 なので……


「……個人所有じゃない魔道具(アーティファクト)って、どの支部でも重要機密のはずだけど……まさか無断で持ち出した訳じゃないわよね?」

「ふぁっ!? グレイシャルさん酷いでやんす」

「ああそうか、支部の備品を勝手に持ってきた可能性があるのか」

「舞奈さんまで……これ以上は何もでないでやんすよ?」

「あっそっか。舞奈さんにも何かあげないとっすね!」

「いや別に何か欲しい訳じゃねぇよ」

 生真面目にツッコむ冴子を見やって半笑いしていたら、こっちに矛先を向けられた。まったく。


 そうやって賑やかにしているうちに……


「……やあ皆。昨日は見苦しい所を見せてすまない」

 トーマス氏がやってきた。

 ザンも新しい得物を仕舞い、皆で手早く着席する。


 先日、拘留して調査していた脂虫が急死した。

 舞奈は急きょ小夜子の力を借りて、ひとつだけ情報を聞き出す事に成功した。

 だが【機関】支部の敷地内で情報源が急死した事実は消えない。

 だからフィクサーたちは内通者の存在を疑っている。

 なので舞奈は何食わぬ表情で、


「で、原因はなんだったんだ?」

 問いかける。

 明日香も、他の面子も注視する。


「奴の脳内のチップが何らかの誤作動をしたというのが諜報部の見解だ」

「そりゃこっちでも予想はつく。もうちょっと具体的に何かわからないのか?」

「すまない。我々もチップのすべてを解析した訳じゃないんだ」

「まあ事情はわからんでもないが……」

 トーマスの答えに、思わず口をへの字に曲げる。

 他の面子……特に明日香が露骨に不満そうな顔をしているが、文句を言うつもりはないらしい。

 わからないものに対して不満をぶつけても、新たな情報が出てくる事はない。

 それがわかっているのだろう、


「仕方がないでゴザルよ。ならば昨日の脂虫から得られた情報について話すのが建設的でゴザろう」

「……その件は舞奈ちゃんと明日香ちゃん、須黒支部の協力者に感謝している」

 ドルチェがとりなしがてら話を進める。

 トーマスは神妙な顔つきで答える。


「それは良いんだが、どうするんだ?」

 殴野元酷を。

 舞奈は問いかける。

 少しばかり険のある口調になったのは仕方ないと思う。


 死んだはずの人型怪異は、呪術によってひとりの人間との関係を肯定した。

 狂える土に占有された街のトップに立つ県知事は、魔獣を操って執行人(エージェント)を襲撃した怪異の道士と交友がある。

 奴を詳しく調査すれば怪異との関連が明るみになる公算は高い。

 そうすれば埼玉の一角が怪異に実効支配されている現状そのものを変えられる。

 だが……


「……流石に相手は県知事だ。今日明日に仕掛けるという訳にもいかない。諜報部が全力で奴の背後関係を洗っているから、もう少し待ってほしい」

「へいへい、りょーかい」

 煮え切らないトーマスの言葉に、再び口をへの字に曲げる。


 正直なところ、先日の脂虫が死んだ理由なんか不明ならそれでいいと思った。

 殴野元酷とその一味を排除する過程で嫌でも明らかになると。

 何故なら一連の事件の元凶がいなくなれば、こちらの調査を攪乱しようとする奴も隠ぺいしようとする奴もいなくなる。

 奴らに奪われ、壊されたものを復興しようとする試みも邪魔されない。


 少なくとも、舞奈が今まで携わった仕事ではそうだった。

 四国の1/4を巻きこんで【機関】に多すぎる犠牲を強いた例の騒動すら、舞奈たちが死酷人糞舎に乗りこんで殴山一子を叩きのめしたら解決した。

 だが今回の一連の事件は、そう簡単には進まないらしい。


 あるいは、これも内通者とやらの差金なのだろうか?

 元凶である殴野元酷に舞奈たちを辿り着かせないための。


 ふと内通者の件について、トーマスを疑っていなかったと思い出す。

 だが舞奈は、彼の事をやんす以上によく知らない。

 信じる根拠が少ない以上に、疑う根拠も薄い。

 だから……


「……今日はやる事ないんなら、建物の中をうろついても構わないか?」

「問題はないよ。何かあったかい?」

「地元の支部から、こっちの戦力に貢献するよう釘をさされててな。折角だから警備の状況をチェックしてやろうと思ったんだ」

「それは構わないが……ああ、そうだ。執行部の皆がいたら訓練につき合ってあげてほしい」

「ああ、いいぜ」

 言い残して会議室を出て、支部ビルの探検を始める。

 ひょっとしたら盗み聞きをしていた特別な式神や盗聴器が見つかるかもしれないと思ったからだ。


「わたしも御一緒します。各部署の皆さんにそれぞれ細かい用事もありますし」

「そりゃ重畳。……っていうか、いつも雑用お疲れ様」

 追いかけてきたフランと並んで階段を下りつつ……


「……そういやあ、ここの支部の調整役はトーマスさんでいいのか?」

「はい。ああ見えて古株なんですよ」

「そうなんだ」

「わたしも、こちらに来た当初からお世話になりっぱなしで」

「フランちゃんも長いのかい?」

「3年くらいになりますかね……」

「それって、この業界じゃあベテランじゃないのか?」

 そんな風にトーマスの話を聞きながら支部ビルを巡った。


 フランから語られる思い出話のせいでトーマスを疑う理由も薄くなった。

 煮え切らないだけで下の人間には親切なのだ。

 故にフランも彼を信頼していた。

 話を聞く限り、舞奈も彼女の見解に異を唱える気にはなれなかった。


 もちろん執行部の少年たちや他の職員にも疑わしい言動はなかった。

 盗聴器なんか見つかる訳もない。


 なので内通者探しの成果は特にないまま、何時の間にか訓練室に来ていたザンたちと一緒に少年らに稽古をつけた後に帰投した。


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