依頼3 ~内通者への警戒
そのように禍我愚痴支部でひと悶着があった日の翌日。
学校では珍しく妙なトラブルもなく一日を終える事ができた。
なので普段通りに下校した舞奈は……
「……ちーっす!」
「こんばんは」
「舞奈ちゃん、明日香ちゃん、いらっしゃ~~い。何だか久しぶりねぇ~」
「お姉さんのおっぱいに会えなくて寂しかったよー」
「……まったく」
化粧と愛嬌でいろいろ隠した小柄な受付嬢に、慣れた調子で挨拶する。
隣で明日香が肩をすくめる。
今日の2人は県の支部や禍我愚痴支部ではなく、須黒支部を訪れていた。
ニュットからメールで呼び出されたからだ。
ちなみに禍我愚痴支部での仕事は今日は休みだ。
先日の件で、先方の諜報部がちょっとした大騒ぎらしい。
まあ無理もないと舞奈は思う。
何せ情報源として管理していた脂虫が急死。
しかも駆けつけた舞奈たちが急きょ呼び入れた須黒支部の人員の手によって重要な情報が明らかになったのだ。
平常運転とはいかないだろう。
それはそれとして新たな情報を元にした今後の動きも早急に決めてほしい。
今日一日はそっちに集中してもらったほうがいいとも思った。
なので……
「……フィクサーもニュットちゃんも上にいるわよぉ~」
「さんきゅ! ちょっくら行ってくるよ」
「どうも」
何だか久しぶりな地元支部の階段を登って二階へ赴く。
最近は先方の支部で過ごす時間の方が多いので、少し新鮮な気分だ。
そんな事を考えながら、禍我愚痴支部ビルと同じ造りの打ちっぱなしコンクリートの廊下を歩き、見慣れた立てつけの悪い鉄のドアを開けると――
「――よっ!」
「こんばんは」
「よく来てくれた」
「来ただか。昨日はお疲れ様だったのだよ」
「こっちこそ恩に着るぜ。小夜子さんたちにもな」
フィクサーとニュットが待っていた。
ニュットは先日も、舞奈がいきなり電話で呼び出したのに迅速に小夜子たちを連れて転移してきてくれた。礼くらい言ってもバチは当たらない。
そして小夜子とサチはいないらしい。
昨日の埋め合わせとして今日も非番になったのだろう。
二日連続で邪魔すると小夜子が気分を害しそうだし、昨日の儀式で脂虫がどうなったか舞奈も見ていたので、2人が心置きなくデートする事には賛成だ。
「で、用事は何だよ?」
勝手知ったる調子でパイプ椅子に腰かけながら、会議机の向かいの2人に問う。
明日香も座る。
そう言えば、こっちの支部の椅子に座るのも久しぶりな気がする。
禍我愚痴支部での仕事と違って地元での仕事は舞奈と明日香だけで済ませる事も多いので、毎日のように椅子を並べて会議とかはしないのだ。
そんな事を考える舞奈の前に、ニュットが湯呑みと急須と茶菓子の袋を並べる。
先日に見舞った執行人の病室に積まれていたような適当なスナック菓子だ。
ニュットは菓子の袋をひとつ開け、ザザーッと雑に小皿に盛りつつ、
「舞奈ちん、明日香ちん、禍我愚痴支部の警備状況と戦力はわかるかね?」
「何だよ藪から棒に」
逆に問いかけてきた。
舞奈は勝手に急須で自分の湯呑みに茶を注ぎながら訝しむ。
次いで菓子に手をつけた途端、隣の明日香が急須をひったくり、
「――術者の総数は把握していないのでそちらは何ともいえないですが、非魔法の警備体制と異能力者による通常戦力は現在の須黒支部と同程度かと」
「ふむ……」
目前の湯呑みに上品に注ぎながら答える。
舞奈は茶菓子をポリポリ食べる。
淀みのない答えに、ニュットも菓子をつまみながら神妙な顔つきで納得する。
明日香は何時の間にか先方の警備の状況を把握していたらしい。
流石は民間警備会社の社長令嬢と言ったところか。
まあ、それは結構な事なのだが、
「……話が見えんのだが」
舞奈は再び訝しんでみせる。
というか何で今さら、と思う。
禍我愚痴支部の警備体制が気になるなら、先方での仕事が始まった当初に確認するのが筋だと思う。
あるいは情報として共有していそうな気もするのだが。
現に側の明日香も答えはしたものの、質問の意図は測りかねている様子だ。
そんな2人の前で、
「長期の任務中に申し訳ないとは思うが、2人に別の仕事を依頼したい」
「お、おぅ?」
フィクサーが口を開いた。
舞奈は思わず困惑し、明日香は無言で先をうながす。
「内容は先方での任務に差しさわりのない範囲での禍我愚痴支部施設の警護及び人員の安全確保他。期間の終了は今回の任務の終了まで。報酬は上乗せで払おう」
「そりゃ別に構わんが……」
続けられた言葉を舞奈は訝しみながらも吟味して……
「……預言か?」
「ああ」
気づいて問う。
フィクサーは頷く。
隠すような事でもないと判断したのだろう。
昨日か今日で、須黒支部内での禍我愚痴支部への対応が急変した。
今日の不可解な確認事項と依頼に対し、そう考えるのが妥当だろう。
そしてフィクサー達が、出向している舞奈たちより早く先方の情報を得る事はないはずだ。その例外が時間も空間も無視した諜報手段である預言だ。
「【心眼】が先方の支部が襲撃されるビジョンを視た」
「何時の話だ?」
「成就の日時は不明。だが、さほど遠い未来の話ではないだろう。預言がなされた日時は今朝方らしい」
「そりゃまた急な話だな……」
問いに対するフィクサーの答えに舞奈は少し考える。
執行人【心眼】とは須黒の諜報部に属する中川ソォナムのコードネームだ。
そして預言とは、運命という本のページを飛ばし読みするように未来の出来事を断片的に知覚する技術を指す。
得られる情報には多々の不確実性がつきまとうが、それでもルールはある。
そのルールのひとつとして、現状から起こり得ない未来を視る事はない。
例えば拾い食いをして帰宅途中に腹を下すビジョンを視るとする。
その後に拾い食いの可能性をゼロにする――例えばタクシーでの帰宅を決めて乗りこんでしまうと、車内で占術を試みても同じビジョンは絶対に視えない。
当然だ。腹を下す未来はなくなったのだ。
だが逆に拾い食いする未来を確定させる行為の後――例えばタクシーを呼ぶという選択を蹴って徒歩での帰宅を選んだ場合には再度のビジョンを視る事も多い。
……らしい。
今回のスピード感あふれる預言には、そうした法則が関係していそうだ
そこで昨日と今日で何が変わったのかと考えてみると、やはり先日の一件だ。
先方で物言わぬまま急死したはずの脂虫が、黒幕との関係を吐いた。
県知事の殴野元酷。
対象の心臓に真偽を問う【心臓占い】にブラフは通用しない。
そのように強力な情報収集の呪術は両者の交友関係を『然り』と答えた。
YESという事だ。
つまり暴力集団に属する脂虫と面識を持つ事実が確定した県知事を、禍我愚痴支部の諜報部が調べる理由ができた。あるいは調べない訳にはいかなくなった。
何故なら件の脂虫は下水道に巣食う中毒者と共に魔獣を操っていた。
ご丁寧に魔獣を操る宝貝まで持たされていた。
つまり界隈に跋扈する狂える土、蔓延する違法薬物、暗躍する国内の人型怪異に下水道の魔獣、そのすべては殴野元酷と繋がっている。
「……その情報が流出したと?」
「もちろん仮定の話なのだよ。明日香ちんたちが警戒した結果、例えば小さな虫のような使い魔がいて盗み聞きしていた事実が明らかになる可能性もあるのだ」
明日香の低い声色に、ニュットがなだめるように答える。
民間警備会社の社長令嬢は防諜に対する意識も高い。
故に情報漏洩の可能性にも敏感だ。
そこが個人として最強なだけの舞奈との差異でもある。
つまり敵は【機関】が捕らえた怪異から県知事の名前を知った事を知った。
遠からず執行人による調査、ないし元凶の排除が計画されると判断した。
だから先手を打って【機関】の支部を襲撃する。
そういう筋書きを考えているのだろう。
それに対して【機関】の側がしなければならない対応は2つ。
ひとつは襲撃に備えた警備体制の見直し。
もうひとつは情報が敵に渡った手段の特定と対処だ。
後者が不完全だと警備をいくら強化しても再び裏をかかれるだけだ。
そして施設の中を敵の怪異や式神がうろついていれば魔力感知で発見できる。
舞奈が知っているだけでも魔術師2人が出入りし、妖術師1人が常駐している。
しかも平時から魔力感知で周囲を警戒するような。
だが職員や関係者全員の心を読める超能力者とかはいない。
どちらを見逃す可能性が高いかなんて舞奈にでもわかる。
機械的手段による盗聴の可能性もあるが、それはそれで誰かが屋内に設置する必要がある。内通者がいなければ始まらない。
それらを踏まえ、糸目の答えにフィクサーも神妙な顔つきのまま頷く。
舞奈は口をへの字に曲げる。
明日香は続けて問いかける。
「先方には何処まで話を?」
「預言によって何者かによる襲撃が示唆されたとは伝えたのだよ」
「他の支部には?」
「そちらには特に何も。だが各自の占術士が独力で同じ預言を得た可能性は否定できないのだよ。その場合も我が支部と同じ対応を取るはずなのだ」
返される答えに、舞奈は渋面を深くする。
情報統制。
つまり先方の何処から情報が洩れているのかわからないという事だ。
なので舞奈も明日香も、自分たち以外の全員を疑わなければならない。
そして他の支部――つまりザンやドルチェや冴子、やんすの地元の支部でも舞奈たちと同じように諜報と防諜に関する指示を受けている可能性がある。
そうでない可能性もある。
まあ舞奈たち仕事人と違って彼らは執行人だから、指示も依頼ではなく命令という形になるのだろうが。
何故なら占術士はたいていの支部にいる。
そしてBランクのザンはともかくドルチェや冴子になら防諜の密命が下っても不思議ではない。
だが、そちらへの指示が舞奈たちと同じなら、あってもなくても同じだ。
防諜とは言っても表向きは以前より仲間を観察するようになるだけだ。
疑わしい事実がなければ皆がすべき事は今までと変わらない。
それでも長く通った禍我愚痴支部は、今や舞奈たちのもうひとつの職場だ。
その中に内通者がいると急に言われても感情が追いつかないのも事実だ。
内通者は協力チームの仲間の中にいるのか?
それとも先日の戦闘で生死を共にした異能力者たちの中に?
あるいは何人か顔を覚えた他の職員か?
その中の誰がそうにせよ、面白い訳がない。
そんな気持ちは明日香も同じなのだろう。
だが以前に霧島姉妹によって成された預言の件もある。
皆が忘れかけた物騒な預言が、今の状況を示していた可能性は高い。
新たな預言を無視して全員を無辜と見なす行為は、内通者に協力するのと同義。
そして『裏切りと死』という不愉快な預言の成就を受け入れるのと同じだ。
だから――
「――引き受けるのは構わんが、確実な結果を期待せんでくれよ」
感情を無理やりに誤魔化すように、少しぶっきらぼうに答える。
小皿に手を突っこんで菓子をわしづかみにし、腹立ち紛れにボリボリ喰らう。
何故なら舞奈は最強なだけで、諜報や防諜のプロじゃない。
身に着けたスキルも。
心の持ちようも。
全員を守り抜くのは得意だが、味方の中から敵を探し出す仕事には向いてない。
少なくとも自分ではそう思っている。
正直、その方面の経験を積みたいとも思わない。
だが、それはフィクサーもニュットも承知済みだ。
その上で舞奈たちに頼らなければならないのは、こちらが敵の手の内に気づいた事を敵に気づかれたくないからだろう。
このタイミングで新たな人員を送りこんだら先方への疑惑がモロバレだ。
そのくらいの腹づもりは舞奈にも理解できる。
なので……
「……もちろんなのだよ。こちらでも可能な限りの方策は考えるし、先日みたいな急なヘルプにも対応できるようにしておくのだよ」
「ああ、よろしく頼むぜ」
そのように話はまとまった。
まったく面白くない話ではある。
だが、それ以上の対策を舞奈も思いつけないのは事実だ。
だから舞奈は茶菓子を平らげ、2人で新たな依頼に伴う事務手続き手早く済ませて支部を後にした。
その後、明日香とも別れ――
「――ちーっす! スミス! 来たぜ!」
「しもんだ!」
「あっ舞奈さんこんばんはー」
「よっリコ。奈良坂さんもいつもスマン」
舞奈はスミスの店を訪れた。
奈良坂は今日もリコの面倒を見てくれていたらしい。
のっぴきならない支部での話の後に、2人の顔を見て少しなごむ。
未就学児のリコ。
何と言うか腹芸とか無理そうな奈良坂。
内通や防諜といった嫌な単語との距離の遠さなら舞奈の中でツートップだ。
そう考えた途端、
「あら志門ちゃん、いらっしゃい」
水色のスーツを着こんだオカマのマッチョがあらわれた。
スミスである。
前言撤回。彼と合わせてスリートップ。
以前に舞奈は彼に脂虫連続殺害の嫌疑をかけた事がある。
疑わしい時間に、疑わしい場所を歩いていたからだ。
だが疑惑は本当にしょうもない形で晴らされた。
彼は人目を避けて馴染みの写真屋に女装写真を撮りに通っていたのだ。
普段からこんななのに。
まったく。
今回の嫌疑も、あの時みたいにオチがつけばいいのにと思った。
思い返して笑えるくらいの下らないオチが。
そんなスミスは、しなをつくった丸太みたいな腕で長物を携えている。
「おっ出来上がったのか」
「ええ。自信作よ」
「そいつは頼もしいぜ」
舞奈は笑う。
スナイパーライフルをベースにした改造ライフル。
スコープは外され銃身と銃床も切り詰められ、取り回ししやすくなっている。
長物というよりハンドキャノンに近い銃だ。
以前から改造に着手してくれていたそれが完成したらしい。
「試し撃ちしていく?」
「ああ! そうさせてもらうぜ!」
言うが早いか、舞奈を先頭に皆で店の裏に移動。
舞奈は人気のない細い路地の奥に向けて改造ライフルを構える。
だが今回は楓が標的を用意したりはできないので……
「……奈良坂さん、頼む」
「はーい」
呑気な声で答えながら、奈良坂が標的代わりの空き缶を投げる。
もちろん普通に投げた訳じゃない。
それなら舞奈が自分で投げた方がマシだ。
仏術士である奈良坂は【増長天法】を行使しているのだ。
気功による身体強化の影響下で放たれた、スポーツ選手顔負けの剛速球。
これなら銃で撃って楽しい距離まで一瞬だ。
……それは良いが、小さな空き缶は投球くらいのスピードで遠くへ遠くへ飛ぶ。
銃で狙って当てるのは至難……というか普通は無理と判断する状況だ。
リコが「あーあ」みたいな表情で見やる。
だが舞奈は口元に笑みを浮かべたまま、素早く狙いを定めて撃つ。
やや重い銃声。
銃を保持した腕と身体に響く衝撃。
そこは前回と変わらない。
良好な感触に舞奈が口元をゆるめると同時に――
「――あたった!」
リコが目を丸くして叫ぶ。
同時に皆の視界の中で空き缶が消えた。
狙い違わず大口径マグナム弾に射貫かれ、木っ端微塵に砕かれたのだ。
ガリルの小口径ライフル弾とは比較にならない、ガラッツの大口径ライフル弾と比べてすら凄まじい威力。
単発なのが難点だが、それは威力で補う事もできる。
それに……単発なのが今の状況では利点になるかもしれない。
状況によっては支部の建物の中で撃つ可能性もある。
「さすがはしもんだ!」
「ほえー。あんな距離でも当たるんですね」
「そりゃそうよ」
後ろでリコと、念のためにリコを背後にかばった奈良坂が感心する。
次いで同じような超スピード空き缶への射撃を二度、三度。
いずれも命中。
一度は奈良坂が投球を誤って、無人のビルとビルの間をカンカンカンッとバウンドしながらカッ飛んでいった。
だが舞奈の射撃は問題なく命中。
「バランスも完璧だ。流石はスミスだぜ」
「ふふっ。ありがとう志門ちゃん」
舞奈の言葉に、スミスも満面の笑みで答える。
お世辞ではなかった。
どれだけ撃っても、狙った通りの場所に、意図した通りに飛んでいくのだ。
まるで自分の手をそのまま伸ばして標的を殴っているようだ。
正直、凄いとかを通り越して面白い。
流石は元スナイパーライフル。
だが、それだけが理由ではない事を舞奈は知っている。
スミスの卓越した技術によって、狙撃銃としてのバランスを保持したまま取り回しだけが容易になっていた。
まるで以前にテックがオフラインゲームで使っていたチート武器だ。
走りながら撃てる百発百中のスナイパーライフル。
まあ銃身が短くなっているのでスペック上の射程離は短くなっているはずだが。
「早速、明日から先方に持っていきたいんだが」
「ええ。メンテもバッチリしておくわ」
舞奈はニヤリと笑ってみせる。
スミスもカイゼル髭をゆらせながら笑う。
次いでスミスは舞奈から改造ライフルを受け取りながら、
「ちょっと早いけど夕食でも食べていかない? スペアリブを似たんだけど」
「いいね! ご馳走になるぜ!」
言葉を続ける。
舞奈はますます笑みを広げる。
支部でたらふく食ったばかりだが、茶菓子が晩飯の代替になる事はない。
特にスミスの飯の代わりには。
「あっどうも。ごちになります」
「ごはんだ!」
奈良坂やリコと一緒に店に向かう。
舞奈はふと気づいた。
そう言えば協力チームや禍我愚痴支部の面々と飯を食った事はなかった。
先方に赴くのは夕方からだし、仕事が終わったら夜も遅いので寄り道せずに帰ってしまうからだ。
一連の事件のすべてにカタがついたら、皆で美味い飯でも食えたら良いと思う。
いわゆる打ち上げだ。
ザンにドルチェ、冴子、やんす、フラン、トーマス氏。
彼ら、彼女らと笑顔のまま別れて埼玉の一角を後にできればいいと思う。
もちろん舞奈に皆の無辜を保証する権限はない。
一行の中に内通者がいるかどうかを決めるのは舞奈じゃない。
彼ら、彼女ら自身だ。
舞奈は裏切りを警戒し、真実を暴く事しかできない。
そして内通とは無関係な本当の仲間を守る事しか。
それでも舞奈が知っている禍我愚痴支部の人間がシロでありますようにと願う事はできる。
内心で何かを願うのは自由だ。
それに関して他の誰かから文句を言われる筋合いはない。
たとえ過去に願いが叶った試しがなかったとしても、それでも願うのは自由だ。
だから――
「――舞奈さーん! お店の入り口はこっちですよー?」
「いや別に迷ってる訳じゃないよ!」
訝しむ奈良坂の声に苦笑しながら、何食わぬ調子で店に戻った。