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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第21章 狂える土
543/578

魔獣襲来2 ~国家神術&異能力vs魔獣

 しばし時間を遡る。

 埼玉県某所の地下を走る下水道。

 舞奈たちが回術士(スーフィー)のネズミの魔獣と相対した通路とは別の一角で――


「――ザンさん! 1匹そっちに行ったぜ!」

「おうっ! 見えてるぜ!」

 くわえ煙草の狂える土の急所を【狼牙気功(ビーストブレード)】による神速の双刀が斬り裂く。

 薄汚い中毒者はヤニ色の汚物を噴きながら側の汚水に落ちる。

 その間にドルチェが体術を駆使して2匹を叩きのめす。

 作業か基礎訓練のように何の障害もない戦闘。


 その様に別のチームも快進撃を続けていた。

 つまりはザンと冴子、ドルチェと執行部の他の面々だ。


 ザンやドルチェの側で、執行部の少年たちも狂える土どもを剣で切り伏せる。

 あるいは槍で貫く。

 リーダーが直接に指揮する別チームに比べると乱戦気味ではある。

 だが戦力差は多少のやんちゃなど無関係なほど圧倒的だ。

 隊列の中央に守られた冴子に至っては光球を浮かべる【厳霊太刀十八いかづちたちじゅうはち】の魔術と懐中電灯で視界を確保しながら討伐数をカウントする以外にする事がない。


 何故なら協力者チームのザンはリーダーと同じBランク。

 ドルチェはそれ以上の手練れ。

 彼らが率先して中毒者どもを叩きのめし、他の面々も追従するだけで怪異の駆除くらいの仕事は滞りなく進む。

 しかもザンやドルチェを含む一行の全員の腕に注連縄が巻かれている。

 支部のちょっと奮発したサポートのおかげで全員が冴子の【身固・改(みがため・かい)】で守られていて、鉄パイプや日本刀くらいなら避けるまでもなく防護できる。

 いわばゲームの低難易度かつ無敵モード。

 もうひとつのチーム以上に安全確実だ。


 故に一行は連戦連勝で上がりに上がった士気のまま着実に戦果を挙げていった。

 そして特に困った事もないまま……


「……おまえたち、止まれ。定時連絡の時間だ」

「「ハイ!」」

 サブリーダーの合図で一行は止まる。


 何人かが見張りに立ち、残りの何人かは腰を下ろして雑談を始める。

 その間にサブリーダーが通信機をオンにして報告を始める。

 ドルチェも隣で報告に加わる。

 向こうも成果は上々らしい。

 なので和やかに自慢話などしている最中――


「――あれっ?」

「妙でゴザルな……」

 サブリーダーが困ったように通信機を弄り始めた。

 ドルチェも自分の胸元の通信機を操作しながら訝しむ。

 通信状態がいきなり悪くなったからだ。


「どうしたの?」

「どうしたんだ?」

 首をかしげる冴子とザンに、


「いえ通信状況が悪くて……」

「向こうで何かあったでゴザルかな?」

 サブリーダーとドルチェが不思議そうに答え、


「何かって何だ?」

 ザンも首をかしげた途端――


「――みんな気をつけて! 何か来る」

 不意に冴子の焦った声。


「えっ? 何かって?」

「魔力感知という奴でゴザルか?」

 ザンが訝しみ、ドルチェが何かに気づくと同時に――


「――何だあれ?」

「バ……バケモノだ!」

 見張りの少年たちが叫んだ。

 思わず見やる。


「これは……!」

 冴子が向けた明かりの中にあらわらたのは、流れる汚水の中に立つ巨大な獣。

 一瞥しただけでも、立ち上がった熊より大きい。

 赤く輝く双眸が射抜くように一行を見下ろす。

 むき出しの牙が、懐中電灯に照らされて不気味に光る。


「な、なあ、何だよあれは!?」

「ふっ副隊長! 指示を!」

「あ……ああ! 【装甲硬化(ナイトガード)】を前にして応戦だ!」

 混乱の中、一行も応戦を開始する。


 だがサブリーダーの指示により少年たちが動き始めるより早く、血に飢えた巨獣の咆哮が下水道の通路に反響し――


「――ひいっ!?」

 獣は巨躯に似合わぬ疾風の如く早さで飛びかかってくる。

 次の瞬間、数メートルの距離が無になった。

 巨大な獣の四肢に生え揃ったカギ爪がコンクリートをえぐる。


 魔術の照明に照らされて、濡れた体毛がヌラリと光る。

 その正体は、とんでもなく大きなネズミの怪物だ。

 人間を粉砕する重機の如く顎が開かれ、唾液でぬめった鋭い牙がギラリと輝き、


「うわぁっ――!?」

 巨大なネズミは勢いのまま手近なひとりに襲いかかって喰らいつく。

 回避を考える隙すらなかった。

 それでも少年の身体は不自然に後ろに押されて牙から逃れ、


「えっ……? 無事?」

 苔だらけの通路に尻餅をつく。

 施されていた【身固・改(みがため・かい)】に守られたのだ。

 だが代わりに手首に巻かれていた注連縄が千切れる。

 強力すぎるダメージを防いだ防御魔法(アブジュレーション)が限界を超えたのだ。


「このバケモノ! よくも!」

 襲撃者が一瞬だけ動きを止めた隙に、別の少年たちが背後から襲いかかる。

 振りかざされた剣が、槍が、異能の炎や稲妻に包まれる。

 だが――


「――うわあっ!?」

「――ぎゃっ!?」

 巨大なネズミの尻からのびる、配管のような長く強靭な尻尾で薙ぎ払われる。

 接敵する暇すらなかった。


 砲弾のように弾かれた少年たちは向かいの壁に叩きつけられる。

 通路の壁が【身固・改(みがため・かい)】と干渉して不自然な球形にえぐれる。

 崩れ落ちた少年たちの手首から千切れた注連縄が落ちる。

 先程まで無双していた少年たちが、まるで小動物の群のように蹂躙されていた。


「腕の注連縄が千切れた者は下がれ!」

「くっ……」

「了解しました……」

 サブリーダーの言葉に従い、少年たちはよろつきながら仲間の後ろに下がる。

 それを別の少年たちが槍を手にして身構えながら庇う。

 だが彼らの顔に浮かぶ表情は……恐怖。

 中には【装甲硬化(ナイトガード)】もいるが、それで今のを防げないのは理解できる。

 そんな出鱈目な獣が次の標的を値踏みする様子を見やりながら……


「まさか……魔獣……?」

 冴子が目を見開きながらひとりごちた。

 その単語にザンが、ドルチェが、少年たちがビクリと身を震わせる。


 執行人(エージェント)にその名前を知らぬ者はいない。

 その存在だけは有名なのだ。

 だが異能や怪異と関わる稀有な人々にとってすら、魔獣とは話の上での脅威だ。

 魔獣と出くわした者の多くは逃れるすべもなく生涯を終えるとされる。

 そこまで不運ではなかった大半の異能力者は、波乱に満ちた人生を送りながらも魔獣と相対するような惨事にまでは見舞われることなく一生を終える。

 そのくらい致命的で、なにより稀有な存在なのだ。

 本来なら。


 彼らが知らない別の戦場と違って目前の魔獣は口から何かを吐いたりしない。

 だがネズミ本来の武器である鋭い牙とカギ爪の威力は致命的。

 現に怪異の群を苦も無く蹴散らしていた彼らも【身固・改(みがため・かい)】による防護が無ければ一瞬で半ダースの仲間を失っていた。

 そもそも最初から勝負にならない。

 人がトラックと正面から戦うようなものだ。

 ゲームに例えるなら負けイベントだ。ただし負けたら死ぬ。

 そんな正真正銘の災厄との遭遇のショックからいち早く立ち直ったのは、


「ザン殿は皆と下がるでゴザル! 某とグレイシャル殿で食い止めるでゴザルよ」

 ドルチェだった。

 太ましい身体で一行をかばうように躍り出る。

 襲い来る魔獣の牙を、見た目とは裏腹な機敏さで避けつつ背中で叫ぶ。


 抜く手も見せずに小型拳銃(ベレッタM1934)で撃つ。全弾。

 だが小口径弾(380ACP)も魔獣の硬い毛皮の前では文字通りの豆鉄砲だ。

 反撃とばかりに振るわれた長い尻尾を跳んで避ける。

 肉を捉え損ねたネズミの尾が、代わりに足元のコンクリートを粉砕する。


 そんなドルチェを補佐するように、虚空に4枚の氷の盾が出現する。

 氷盾は魔獣を挑発するように飛び回り、振り回されるカギ爪を際どく避ける。

 冴子の【氷嚢防盾(ひょうのうぼうじゅん)】だ。


 そうして2人が魔獣の気をそらした隙に、サブリーダーの指示によって少年たちが来た道を戻る。


「ザン殿も早く!」

「俺も戦うぜ!」

「それはちと荷が重いでゴザろう。皆が引いたら某たちも下がるでゴザル」

「で、できねぇよ!」

 叫びながら、ザンの手元からつぶてが飛ぶ。

 だが銃弾すら弾く体毛の前では無意味。届いていたかもあやしい。

 しかも再び振るわれた尻尾を――


「――うわあっ!?」

「ザン!」

 避けきれない。

 ガードに入った氷盾ひとつを粉砕しながら振り下ろされた尻尾にまともに打ち据えられ、床にたたきつけられて3回バウンドして止まる。

 それでも立ち上がった青年の、手首に巻かれた注連縄が千切れて落ちる。


「……ザン。禍我愚痴支部に……いえ舞奈ちゃんたちと連絡を試みてちょうだい。このあたりは電波障害で通信ができないけど、場所を変えれば可能かも」

「グレイシャルさん……」

「信頼できる貴方にしか頼めないわ。お願い」

「わ、わかったっす!」

 冴子の言葉に応じてサブリーダーに続く。


 その背中を横目で見送って安堵の表情を浮かべつつ、冴子は3枚の氷盾に自立移動するよう念じて指示を送りながら別の祝詞を紡ぐ。

 攻撃魔法(エヴォケーション)の炎が、稲妻がネズミの魔獣を打ち据える。

 即ち【火龍(かりゅう)】【紫電(しでん)】。

 冴子には明日香のように術者から離れた位置から攻撃魔法(エヴォケーション)を発射する技術はないが、純粋に高い技量によって確実に当てる。

 だが牽制以上の効果はない。

 魔獣の皮膚と体毛の前には魔術の火すら効果が減ずる。


 次なる祝詞で冴子の目前に氷の壁が建つ。

 こちらは【氷嚢防壁(ひょうのうぼうへき)】。

 反撃に備えた用心だ。

 冴子にドルチェのような体術の心得は無い。


 だが次の瞬間、跳びかかってきた魔獣の牙を喰らった氷壁の上半分が消し飛ぶ。

 間一髪のタイミングだった。

 冴子の表情が恐怖に歪む。

 冷たい遮蔽の上から小さな得物を見やる魔獣の双眸が深紅に光る。


 そんな魔獣の背後からドルチェが後脚にワイヤーを巻きつける。

 次いで異能の如く脚力で跳び、大胆にも脚一本を切断しようと試みる。

 だが魔獣の体毛は【装甲硬化(ナイトガード)】で強化された極細のワイヤーにすら耐える。

 並の人型怪異なら防護の上から胴を両断可能なドルチェの奥の手を。

 それでも痛みは感じたのだろう。

 魔獣は後足を振り回し、ワイヤーで繋がった太っちょを投げ飛ばす。


「ドルチェ!?」

「おおっと危ないでゴザル! ……足がつくでゴザルな」

 ドルチェは空中で体勢を立て直し、水位の下がった汚水の中に器用に着地する。

 何処かで通路が破損して汚水が漏れ出しているらしい。


 同時に魔獣の足元で爆発。

 熱と轟音が通路を揺るがす。

 投げ飛ばされるどさくさに手榴弾を放っていたのだ。

 思いがけぬ下からの攻撃に魔獣が怯んだ隙に、


「グレイシャル殿、某たちも下がるでゴザルよ」

「ええ」

 ドルチェはザンたちが去った方向を見やる。

 撤退した面々の姿も足音も消えたのを確認してから跳び退る。

 太っちょの残像に跳びかかった巨大なネズミの牙が、コンクリートの床を砕く。


 舞奈たちと違ってドルチェにも冴子にも魔獣との戦闘経験はない。

 もちろん勝てる算段なんてある訳がない。

 故に初手から撤退を目的にしていた。

 Bランク以下が逃げる間の時間を稼いだら自分たちも徹底するつもりだった。

 ザンに語ったのは別に強がりではなく本当の思惑である。


 不幸中の幸いにも、ここは下水道という地上とは隔離された空間だ。

 一行が撤退し、十分な準備をしてから再戦する余裕はあると考えたのだ。

 だが……


『……ドルチェさん! よかった! こっちは通じる!』

 胸元の通信機から声。

 切羽詰まったザンの声に、剣戟の音。


「どうしたでゴザルか?」

『奇襲だ! 細い通路から奴らがワラワラ出てきて!』

「なんと!? どうにかなりそうでゴザルか?」

『戦力的には問題ない。けど……』

 魔獣に追いつかれる前に片づけるのは無理そうだ。

 言外の状況を、激しい戦闘の音で察する。


「挟撃でゴザルか……」

 ドルチェは思わず口元を歪める。


 その間にも冴子は【氷霜乱杙(ひょうさうらんぐひ)】の魔術で魔獣を足止めしている。

 強敵へのセオリー通りに氷漬けにして動きを止める算段だ。

 幸いにも冷気が足元の汚水をも凍らせて4本足の魔獣を床に縫い留める。

 だが長くはもたないだろう。

 如何に魔術による拘束とはいえ魔獣のパワーならば力任せに引き千切る事も可能だ。こちらも所詮は時間稼ぎに過ぎない。


 可能な限り時間稼ぎを続けるか?

 一か八かで排除を試みるか?

 ドルチェは一瞬だけ迷って――


 ――次の瞬間、魔獣が叫んだ。


 咆哮ではない。

 痛みと驚きが入り混じったような。


 魔獣は力任せに氷の枷を引き千切る。

 だが何かに向き直るようにドルチェたちに背を向ける。

 目前に薙がれるように振り下ろされた巨大な尻尾を、


「グレイシャル殿、失礼!」

 ドルチェは冴子を抱えて避ける。

 跳んだ足元で氷壁の残骸が砕けて溶けて消える。


 だが、そんな2人をネズミは無視。

 身を低くして、通路の奥の暗がりに向かって低く濁った唸り声をあげる。


「何かあったでゴザルか……?」

 ドルチェが目を凝らし、


「ドローン……?」

 冴子が訝しむ。


 見やると暗い通路の奥の、宙に浮かんだ小さな何かが魔獣めがけて撃っていた。

 浮力でもある4基のローターを保護するように囲む格子状の装甲。

 なのに無骨さを感じさせないスマートなデザインと、赤と青を基調としたヒーロー然としたカラーリング。


「ディフェンダーズの支援ドローンに似ているでゴザルが……」

 ドルチェが映画の知識を持ち出して訝しむ前で、


「……!」

 巨大なネズミは派手な色のドローンめがけて跳びかかる。


 小さなドローンは危なげもなく真横に動いて回避する。

 そうしながら本体ごと旋回し、下部にマウントされたガトリング砲(アヴェンジャー)を撃ちまくる。

 通路を反響する強烈な爆音。

 顔面めがけて降り注ぐ超大口径ライフル弾(30×173ミリ弾)に、魔獣はたまらず跳び退る。

 次いで――


「――やっぱり居やがったな!」

 ドルチェの側にも何かが『出現』した。


「舞奈殿!?」

「明日香ちゃんも!?」

 舞奈と明日香だ。


「さんきゅ。後は隅で待ってろ」

「そうさせてもらうわ」

「スマンが冴子さん、こいつを頼む」

「え、ええ。わかったわ」

 疲労困憊した様子の明日香を押しつけられた冴子は3枚の氷盾に自分たちをガードさせながら後退る。


 流石の明日香も疲労が限界に達していたのは本当だ。

 なにせ2人は明日香の【戦術的移動タクティッシュ・ベヴェーグング】を連続行使してやってきたのだ。

 最初から明日香は戦闘に参加しないという約束の上で。


 だから舞奈は魔獣の前に躍り出て、


「そっちは無事か!?」

「大事はないでゴザル。ザンと執行部の皆は後方へ下がったでゴザル」

「上出来だ」

 ドルチェの言葉に笑う。


 魔獣は舞奈たちで倒した1体だけかも知れない、という淡い期待は砕かれた。

 だが魔獣がいても被害は出ないかもしれない、という駄目元な願いが叶った。

 舞奈の身近な出来事にしては珍しく上々な状況だ。


 そう思った直後にネズミの尻尾が横に薙がれる。

 2人は苦も無く、学校の大縄跳びみたいに並んで跳んで避ける。

 正直なところ、AランクやSランクが回避できない攻撃ではないのだ。

 巨大なネズミの動きは速いけれど単調だ。

 所詮は獣と言ったところか。

 特に舞奈からすれば、以前に戦ったブラボーちゃんと比べれば問題外の雑魚。

 だが、それは自分たちの身を守る場合だけの話だ。


「けど問題は、このデカブツをどうするかでゴザルよ……」

 ふくよかな顔を珍しくしかめるドルチェ。


 なんというか、敵はガトリング砲(アヴェンジャー)の掃射を喰らってなお痛がるだけだ。

 ワイヤーによる切断も手榴弾ですら無傷だったし、下水道に持ちこめる火力では対処が不可能なのではとドルチェは思う。だが、


「安心しろ。手はある」

 舞奈は普段通りに笑顔で答える。


 思わず舞奈の視線を追ってドローンを見やる。

 派手な色のドローンの下部に、いつの間にかガトリング砲(アヴェンジャー)はなかった。

 代わりに虫かごがマウントされていた。


 舞奈から見ると、いつかチャビーがブラボーちゃんを持ち帰るのに使ったものより幾分か大きなそれには大量のセミが詰まっている。


 側のドルチェから見ると、訳がわからない。

 何故そんなものが?

 のらりくらりと魔獣の攻撃を避けながらも困惑するドルチェの目前で、


「やってくれ!」

『オーケー』

 舞奈の合図と共に、虫かごのフタがひとりでに開く。


――ミーン! ミーン!

――カナカナカナカナ!

――ツクツクホーシ! ツクツクホーシ!


 狭い通路に、ガトリング砲(アヴェンジャー)の掃射より派手なセミの鳴き声が反響する。

 種類がてんでバラバラの。

 しかも放たれたセミの量は明らかに虫かごに入る量ではない。

 まるでかごの入り口が異世界か何処かに繋がっているかのようだ。


 そんな場違いなふざけたセミの大群は巨大なネズミに襲いかかる。

 ネズミは慌ててセミを叩き落とそうとする。

 だがセミは巨大なネズミのカギ爪を器用に避けて身体にしがみつく。

 たちまちネズミの表面はビッシリとセミに埋め尽くされる。

 そして――


「――伏せろ」

 舞奈の叫びに思わず身を低くすると同時に、


「――――!」

 大爆発。

 張りついたセミが一斉に爆発したのだ。


 まるで魔獣の毛皮そのものが爆薬になったような紅蓮の閃光。

 通路に反響して四方八方から襲いかかる重低音。

 距離は十分にあるはずなのに、思わず頭をかばった腕を、全身を焼く高温。

 先ほどの手榴弾の爆発が児戯に思える凄まじい爆発だ。

 それでも敵に密着した状態で発破しているので通路への被害は最小限。

 逆に魔獣そのものへのダメージは最大。


 故に顔を上げたドルチェたちの前で、至近距離から無数の爆発に飲みこまれた魔獣の身体が砕ける。


「こりゃ酷ぇ……」

 舞奈が苦笑する。


 テックからは協力者による【生物召喚(サモン・クリーチャー)】と【召喚火球コンジャード・ファイアボール】の合体技と聞いていた。

 いつの間にかケルト魔術師の知人ができたらしい。

 だが、それを目の前で見せられるといろいろ酷い。

 爆発の規模も。

 セミが爆発するふざけたビジュアルも。


「やったでゴザルか!?」

「やんすと同じ台詞だぞそれ。……すまんがまだだ」

 続くドルチェの言葉に、舞奈はやれやれと苦笑する。

 そうしながら手にした拳銃(ジェリコ941)を片手で構える。


 残念ながら魔獣は身体の何処かに魔力が凝固したコアを隠し持つ。

 コアを破壊しなければ何度でも蘇る。

 あるいはコアの魔力が尽きる、という万にひとつもない可能性も理論上はある。

 故に爆煙が消えかけた跡に、


「再生するで……ゴザルか……」

 砕けたはずの巨大なネズミの姿が浮かび上がり……


「……グレイシャルさん、舞奈の銃の弾丸に攻撃魔法(エヴォケーション)をかけられますか?」

「え? ええ。わかったわ」

 明日香の言葉に答えるように冴子が新たな祝詞を紡ぐ。


 確か【怪力榴弾(くわいりきりうだん)】という術だったはずだ。

 そう舞奈の知識にはある。

 神術が全般的に得手とする【防護と浄化】技術による次元断層の結界で弾頭をコーティングする魔術だ。

 いわば神術士が誇る鉄壁の障壁を弾丸にして撃つようなもの。

 八百万の神への信心の結晶を、そういう形で使える国家神術士にしかない手札。

 その威力は戦闘魔術師(カンプフ・マギーア)による斥力場の弾丸すら凌駕する。


 故に次の瞬間、拳銃(ジェリコ941)の内側から風。

 撃つ。

 鉄をかきむしる異音のような銃声。

 同時に半透明の巨大な魔獣を貫通した大口径弾(45ACP)がコアを撃ち抜いた。

 まるで幻を撃ったように呆気なく。

 だが確かな手ごたえと共に。


 そして次の瞬間、巨大なネズミの姿がかき消えるように消滅した。

 今度は再生もしなかった。

 まるで最初からそんなものは居なかったかのように、消えてなくなった。


 代わりに1匹のドブネズミが川の上にポチャリと落ちた。

 こいつが魔獣の正体だ。

 水位が減っているとはいえ元の大きさに戻ったネズミにとっては大海だ。

 ドブネズミは汚水の海を泳いでコンクリートの通路にたどり着き、這い上がって舞奈たちを一瞬だけ見やる。

 そして、そのままチチチと鳴きながら細い通路へ走り去った。


 そんな様子を舞奈とドルチェ、冴子と明日香は無言で見やる。

 そのように呆気なく、伝説上の脅威と思われていた魔獣との戦闘は終わった。


 下水道の狭い通路に、再び静寂が戻ってきた。


 ……否。


 舞奈たちが進む方向の、あるいはザンたちが戻った方向から剣戟の音。


「こっちも挟み撃ちか?」

「舞奈殿たちもでゴザルか?」

「ああ。そっちはただの大群だったらしいから大事なかったが」

 隣のドルチェと情報交換をした後、


「じゃあ、後はザンたちの援護か」

「流石に終わりかけているはずでゴザルが」

 軽口を叩きながら、舞奈たちも疲労に鞭打って走り出した。


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― 新着の感想 ―
···大量の「爆弾蝉」とか悪趣味な攻撃だな···WWW
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