魔獣襲来1 ~銃技&戦闘魔術vs回術
禍我愚痴支部の執行部と共闘してのクリーン作戦。
異能力者たちの腕前は平凡ではある。
だが統制の取れた動きと高い士気によって、中毒者どもを次々に片付けていく。
この調子なら舞奈たちの出番はないかもしれない。
そんな事を考えながら調子よく下水道を進む舞奈たち一行の前で――
「――守護!」
明日香が【氷壁・弐式】を施術。
通路の奥を封鎖するように、巨大な冷たい氷の壁が建つ。
さらに次の瞬間――
「――!?」
魔術によって顕現した分厚い氷の壁が白く輝いた。
正確には閃光、そして轟音。
氷壁は、通路の奥から放たれたレーザーによる攻撃を受け止めていた。
「な――っ!?」
少年たちは茫然と見つめる。
無理もないと舞奈は思う。
異能力や怪異と近しい人間から見ても、これは非現実な光景だ。
だが時間もない。
「伏せるか逃げるかしてくれ! 長くはもたん!」
「ああっ!? 壁が!」
続く舞奈の叫び、誰かの悲鳴と同時に壁が砕けた。
バラバラになった氷の破片が汚水の川に落ちる。
あるいは慌てふためく少年たちの背中めがけて降り注ぐ。
そして氷の壁を砕いて威力を減じたものの消えてはいない光の束が――
「――守護!」
間一髪で一行の周囲に展開されたプラズマの障壁に阻まれる。
こちらは【雷壁】。
衝撃が電磁バリアを揺らし、無数の光の粒子が表面に弾け飛ぶ。
舞奈は、少年たちは一瞬だけ眩しさに目を細める。
だが障壁は揺るがない。
軌道をそらされた光の余波で下水道の壁面が黒く焦げ、下水の蒸気が立ち昇る。
おそらく明日香は魔力感知で敵の接近と施術を察知したのだろう。
不意打ちに放たれたレーザーを、二重の防御魔法で辛うじて防いだのだ。
「無事か?」
「俺は大丈夫だ」
一挙動で起き上がりつつ舞奈は叫ぶ。
リーダーも起き上がりつつ答える。
フランややんす、他の少年も立ち上がる。
幸い今ので負傷者はなかったようだ。
「……いったい何がおきたんだ?」
リーダーは状況を確認しようと目をこらす。
手の中に懐中電灯はない。
レーザーの光も異能力の明かりも消えた、砕けた氷の壁の残骸の奥は暗闇だ。 代わりに舞奈のサブマシンガンに設置されたタクティカルライトが照らす。
他の面々も、釣られたように見やる。
ライトの明かりすら飲みこむ闇の中に、2つの光る目が浮かびあがる。
「ば、バケモノだ!」
「……みたいだな」
誰かが叫ぶ。
舞奈は舌打ちする。
下水道の暗闇からあらわれたのは、大きな獣だ。
見た目は熊ほどの大きさのドブネズミ。
幸いにもブラボーちゃんほど出鱈目な巨体ではない。
だが小さく臆病な普通のネズミの面影はほぼない。
立ち上がった体勢の、両手のカギ爪は刃物のように鋭い。
汚泥をこびりつかせた体毛がライトアップされたように不気味に輝く。
口からはチカチカと光を放つエネルギーの粒子が漏れ出している。
そんな巨大なネズミは雄叫びと共に口を大きく開く。
内部に渦巻くエネルギーが見えた。
「来るぞ!」
舞奈が叫ぶと同時に、再び鋭い光線が吐き出される。
しかも続けざまに。
少年たちは成す術もなく目を見開く。
避けるどころか反応すらできない。だが――
「――防御」
宙にいきなり出現した4枚の氷盾が、宙を舞いつつレーザーを防ぐ。
3条の光のうち1条を2枚重ねて、2条をそれぞれ1枚で。
明日香の【氷盾】だ。
盾を破壊した勢いで突き進む1条を、フランが【光の盾】で受け止める。
「あんたたちは下がってくれ!」
舞奈は叫ぶ。
幸いにも魔術の壁を破壊するような大技は最初だけらしい。
だが矢継ぎ早に繰り出されるレーザーにも氷盾を壊す程度の威力はある。
防ぎ損ねれば異能力者の身体などひとたまりもない。
彼らがレーザーを避けられないのは今しがた確認した。
防ぐなんてもっての他だ。
十中八九、光の正体は【熱の拳】の回術。
リーダーの【装甲硬化】すら攻撃魔法の前では紙きれも同然だ。
「敵を前に撤退はできん。我々の任務は下水道内の怪異を駆逐する事だ」
「中毒者の狂える土を、だろう? この人数で魔獣の相手なんか押しつけられてたまるか」
「なっ!? 魔……!?」
「魔獣……だと……!?」
難色を示すリーダーに言い含めようとした途端、周囲からどよめき。
舞奈にとってはお馴染み過ぎて何となく口に出た。
だが一般的な執行人にとっては生涯にわたって出会う事などないはずの、話の中に出てくる恐怖の象徴でしかない。
魔獣というのは、本来はそのくらいレアで危険な存在だ。
それはリーダーにとっても例外じゃない。
しかも目前で、人に当たればどうなるか想像しなくてもわかるレベルの高出力のレーザーを乱射されれば、その話が与太ではないと嫌でも理解できる。
「そんな代物をどうやって……?」
「フランちゃんと明日香はAランクだ、そこのやんすも」
顔を青ざめさせるリーダーに対し、舞奈は不敵に言い放つ。
別にAランクだからという理由で魔獣に対抗できたりはしないが、それはこの際おいておく。
「なら君は……」
「ザンから聞いていないのか? あたしはSランクだ」
「……!」
続く言葉にリーダーは絶句する。
それでも舞奈が作戦中に見せた戦闘技術、言動その他の状況と情報から目前の少女が何者かを察せられる程度の場数は踏んでいるのだろう。
だから、すぐさま我に返り、
「来た道の警戒をお願いします」
「ああ。挟み撃ちにされちゃかなわん」
「わかった! 我々は敵の挟撃を防ぐべく後方を守る!」
「「ハイッ!」」
明日香の要請に答える形で、他の少年を連れて来た道を戻る。
驚愕の中でも状況を的確に把握し、指示できるリーダーシップは流石だ。
逃げる人間を追うように放たれたレーザーを、飛翔する3枚の氷盾が防ぐ。
その間に明日香が新たな【氷壁・弐式】を建てる。
舞奈とフランは飛んできたレーザーを避けるように壁の陰に跳びこむ。
明日香の隣でやんすが「ひー」とか言いながら壁の陰にうずくまっていた。
何時の間に隠れたのやら。
どさくさにまぎれて執行部と一緒に退避しなかっただけでも偉いと言うべきか。
「ネズミの回術士とは恐れいるぜ」
舞奈は光がまたたく半透明の壁越しに敵を見やる。
逃げる目標を諦めた魔獣は、目前の壁に狙いを定めたらしい。
「怪異の妖術師を初めて見たわけじゃないでしょ?」
「そりゃそうだがな」
隣から返ってきた言葉に思わず口元を歪める。
そもそも怪異どもには脂虫を道士にする技術がある。
切丸がそうだった。
嫌な記憶を振り払うように口元を歪める舞奈の側で、
「魔獣……なんですか?」
「十中八九な。前に似たような奴と戦った事がある」
フランも不安そうに尋ねる。
舞奈は何食わぬ表情を問い繕って答える。
魔獣なんて普通なら見る事もない、という点ではフランも同じなのだろう。
未知の敵をどうにか理解しようと躍起になっている。
小型拳銃を手にしてはいるが、それでどうこうできる相手ではない。
目前の巨大なネズミは幸いにも以前に戦ったブラボーちゃんほど巨大ではない。
代わりに得た力が回術という事なのだろうか?
しかもブラボーちゃんとは真逆に通路の一角を陣取って、後足で立ち上がった体勢のままレーザーを撃ちまくっている。
飛び道具が有効なうちは鋭い牙もカギ爪も使うつもりはないらしい。
畜生とは思えないクレバーさと自制心だ。
「けど舞奈さん、どうする気でやんすか?」
情けない声でやんすが問う。
こちらもサブマシンガンを携えてはいるが、次の手は思いつかない様子だ。
手も足も出ない事だけは理解している。
だが跳び出すタイミングがつかめないのは事実だ。
明日香にしろフランにしろ、数発なら防御魔法で防げるだろう。
舞奈ならレーザー掃射を避けて走っていくことも可能だ。
だが、それが可能なのは一度だけ。
敵の手数が多すぎる。
単純な【熱の拳】の連射のクセに、マシンガンのような勢いだ。
出て行って、やっぱり戻って別の策を考えるとかしている余裕はない。
何より算段そのものもない。
十中八九、相手は魔獣。
強大な魔力をを耐久力に変換できる。
おまけに毛皮の妙な光り方。
おそらく【光の盾】の応用か何かで魔術的な防護が施されている。
生半可な攻撃魔法では効果がない。
先日に冴子が中毒者の群を一掃した【紫電掃射】でも効果があるかは疑問。
小型拳銃をやサブマシンガンなんか問題外だ。
半面、ここは市街地の真っ只中にある下水道のトンネルの中だ。
迂闊な大技は仕掛けられない。
下手を打つと街の地面が陥没なり爆発なりして洒落にならない被害になる。
それ以前に天井が崩れてきて舞奈たちが生き埋めだ。
弱すぎる攻撃は効かない。
強すぎる攻撃はNG。
やんすの泣き言ももっともな話ではある。
キャロルたち……というかメリルがいたら難なく対抗できただろう。
正直、無理にでも連れてくる事ができていたら話は早かった。
悪臭漂う下水道にあらわれた氷の巨人イエティは少し臭うかもしれないが、レーザーを吐くだけのチキン魔獣を正面から殴り倒す事ができる。
だが、今いない奴の話をしても仕方がない。
もちろん、そんな事を考えている間にも壁の周囲を幾筋ものレーザー光が奔る。
この無尽蔵な魔力は魔獣のそれとしか考えられない。
このまま手をこまねいてもレーザー掃射で氷壁が破壊されるか、下水道の壁なり天井を崩されて生き埋めか。万事休す。
……否。舞奈は不敵に笑う。ひとつだけ手段はある。
そんな事を考える間に、黒い重力のロープに引っ張られて、壁の隅に置きっぱなしになっていた大きなリュックサックが這いずってきた。
明日香が【力鎖】でリュックを引き寄せていたのだ。
「ずるなよ。痛むだろう」
舞奈の軽口を、明日香は礼儀正しく無視。
「どういう話になってるかは知らないけど」
「簡単だよ」
舞奈は答えながら手早くリュックを開いて――
「――テック! 出番だ!」
『……あと10秒、合図が遅かったら勝手に起動するつもりだったわ』
「そりゃ準備万端で頼もしいぜ」
合図と共にドローンが飛び出した。
4基のローターを保護するように囲む格子状の無骨な装甲。
それでいて威圧感を抑えたシンプルかつヒロイックなデザイン。
ヒーローをイメージした赤と青を基調としたカラーリング。
ディフェンダーズの近距離支援用ドローンだ。
これが舞奈の秘策だ。
テックが以前に使ったドローンを持ってきていたのだ。
霧島姉妹の預言。
キャロルがほのめかしていた敵の怪しい挙動。
それらを理由に仲間を疑う気はなかった。
代わりに今回、仲間に話していない戦力を用意したのだ。
舞奈が予想より活躍して皆に驚かれるのは日常茶飯事なのだから、そんなヒーロー気分をテックにも体験してもらおうと考える事に良心の呵責はない。
だから明日香に話だけは通した、他の面子には特に何も言っていない。
必要なければそのまま持って帰るつもりだった。
まさか本当に使う羽目になるとは。
ドローンの下側に、魔術によって転送されたガトリング砲がマウントされる。
その間に――
「――貴女にはこれ」
「御丁寧にどうも」
明日香がベルトを手渡してきた。
ひとつはドッグタグが4つ提げられ、もうひとつは無数に提げられている。
彼女も舞奈と同じ事を考えていたらしい。
前者は術者でなくても1度だけ【戦術的移動】が使える代物。
後者は、お馴染みの【雷嵐】の媒体。
つまり舞奈が魔獣の足元まで走って行き、タグが無数に吊られたベルトを設置。
そいつを明日香が起爆し、タグの数だけ放たれる稲妻をゼロ距離でぶちかます。
それだけの火力を集中させれば、あのサイズの魔獣なら倒せる。
少しばかり防護されていても同じだ。
そのような勘定ができるくらい舞奈も明日香も魔獣との戦闘に慣れていた。
まったく。
そのように全弾が奴の下半分に着弾するのだから、当然ながら流れ弾はない。
つまり下水道を破壊せずに魔獣だけを倒せる。
転移のベルトは帰還用だ。
「人使いが荒いぜ。あいつクソの中から出てくる気配もないんだが」
「足はつくわよ。っていうか水位が下がってるわ。何処かが決壊してる。早めに片づけないと大参事よ」
「へいへい。街中がクソまみれになる前にカタをつけるよ」
明日香と軽口を交わし、
「転移させた方が安全でやんすよ?」
何となく事情を察したかやんすが口を挟んでくる。
妙に魔術に詳しいなと思いながらも、
「タグを転移させられる距離から行使しても効果が薄いので」
明日香が律義に答える。
魔術で防護されている相手の至近距離への転移はできない。
転移の出口が相手の防護と干渉して、はじき飛ばされるためだ。
かえって遠くに飛んでいったり、最悪の場合は使う前に破損する。
その危険性を避けるために少し近くに転移させると接射にならない。
タグが魔獣から離れるだけ威力は減じ、通路への被害は増える。
「あたしが近くまで転移するのもなしだ。走った方が速い」
「そうでやんすか……」
舞奈も言葉を続けつつ、氷の壁の端からタイミングをうかがう。
舞奈が近くまで転移させてもらえば砲火にさらされる危険な時間が少し減る。
だが転移後の状況を把握する一瞬の隙に流れ弾が飛んでくると対処できない。
そのくらいなら普通に走っていって全部を避けた方がマシだ。
「透明化や認識阻害もなしでですか!?」
「いらん。たぶんどっちも奴には効かん」
背後で驚くフランにも答える。
光学迷彩は無駄だ。
水位が減ったとはいっても床には汚水が流れている。
そいつを踏んで走る足音と、何より人間の臭いでバレる。
舞奈ができる程度の事を野生動物ができないとは思わない。
認識阻害もどうだか怪しい。
相手が魔獣なら魔力の量も相応なはずだ。
魔力量による力業で精神に影響する魔術を無力化しても不思議じゃない。
頼れるのは自分の脚だけだ。
不幸中の幸いにも汚水の量は減っているのだ。
今や足を取られるほどの水位はない。
「援護はするわ」
「頼むぜ」
言うが速いか虚空から幾つもの【雷弾・弐式】が飛ぶ。
同時に舞奈は壁から飛び出す。
反対側からはドローンが。
明日香は四方八方からプラズマの砲弾を放ってネズミを牽制する。
狙いは無駄に正確だが、人間に当てたら一瞬で消し炭にする威力があるはずのプラズマの砲弾は、魔獣の毛皮に防護されて空しく爆ぜる。
だから牽制にしかならない。
それでも、何もないはずの場所から撃たれた魔獣は混乱して叫ぶ。
攻撃者を見つけられず、明後日の方向にレーザーを乱射する。
……そのような底意地の悪さは明日香の十八番だ。
「おおい、あんまり無駄に撃たせんでくれよ。もう通路がボロボロなんだ」
『すぐに終わらせれば問題ないわ』
軽口に、胸元の通信機から明日香のツッコミ。
そんなだから小動物に怖がられるのかもしれないが、今は何より頼りになる。
テックのドローンもガトリング砲を撃ちまくる。
流石の超大口径ライフル弾も魔獣の毛皮には目立った効果がない。
だが強烈な衝撃はケモノの気をそらすには十分。
撃ち返されたレーザーを、テックはゲームで鍛えた腕前で避ける。
一方、舞奈は走る。
フランも壁の端から【熱の拳】を放つ。
敵のものより威力の低いレーザーは魔獣の防護に吸収されて消える。
だが魔獣からの反撃は氷の壁に阻まれる。
その間にも舞奈は走る。
全速力。
足元で派手に跳ねる水音も、銃弾と攻撃魔法の応酬に比べれば児戯の如く。
やんすが「はわわ」とか言いながらグレネードを発射する。
ちらりと見やると、いつの間にかアサルトライフルに持ち替えていた。
そいつにグレネードランチャーがセットされているらしい。
ビックリするような雑な狙いのせいで榴弾は天井に向かって飛ぶ。
だがレーザーの流れ弾に撃ち落されて虚空で爆ぜる。
これじゃどっちが通路を守ってるんだかわからない。
舞奈は走りながら苦笑する。
何処に長物を隠し持っていたのかとも思うが、今はそれより大事な仕事がある。
舞奈の目前には、いつか動物園で見たカピバラみたいに巨大な毛の柱。
重機みたいなサイズのカギ爪。
巨大なネズミの魔獣の脚だ。
仲間が援護してくれているうちに、舞奈は魔獣の足元にたどり着いた。
波状攻撃に反応する魔獣が舞奈に気づかぬうちに、
「よっ! カモノハシ!」
『ラットよ! ラット! 欠片も共通点ないでしょ!』
足元にベルトを放る。
胸元からのツッコミを礼儀正しく無視し、
「跳べ!」
ベルトに念じる。
ほぼ同時に『背後から』爆音。
舞奈は手にしたベルトに焼きつけられた【戦術的移動】で転移し、一瞬で氷壁の裏に帰ってきた。
同時に明日香が【雷嵐】を行使したのだ。
媒体は魔獣の足元に放った無数のタグ。
振り返った舞奈の目前で、至近距離から無数のプラズマの爆発に飲みこまれた魔獣の身体が砕ける。
「やったでやんすか?」
側でやんすの声。
だが魔獣の姿はゆっくりと再生しかけ……
「ひゃー!」
「……おっ来た来た」
やんすの悲鳴を無視してジャケットの下から拳銃を抜く。
内側から風。
明日香の【力砲弾】だ。
魔獣は身体の何処かに魔力が凝固したコアを隠し持つ。
そいつを破壊しなければ何度でも再生するし、そいつを壊せば勝負は終わる。
「本当に人使いが荒いな!」
「この距離なら当てられるでしょ?」
再び氷の壁から跳びだしながら、片手で構えて撃つ、
だが言葉通り、レーザー光線の弾幕で守られていない魔獣のコアを撃つなんて舞奈にとっては造作ない。給食の豆をつまむ程度の難易度だ。
だから斥力場をまとった弾丸は半透明の魔獣を貫通し、コアを撃ち抜く。
再生途中の巨大なラットを撃ち抜いた大口径弾が下水道の暗闇の中に消える。
風船か何かを撃ったように変わらぬ勢いで。
だが確かに感じた手ごたえ。
次の瞬間、巨大なネズミの姿が消えた。
今度は再生もしない。
まるで最初からそんなものは居なかったかのように、消えてなくなった。
ブラボーちゃんの時と同じだ。
だか確かな事は、いきなり出現した下水道の脅威が消えたという事実。
下水道の天井や壁は焦げて被弾してボロボロだが、すぐに崩れる気配はない。
「けど、どうしてでやんすかね……?」
「さあな」
危機が去ったのを察したか、首をかしげるやんすに何食わぬ表情で答える。
どうして魔獣は自分たちを狙ったようにあらわれたのか?
どうして下水道に魔獣なんかいたのか?
何処かからか持ちこまれたのか?
あるいは、ここでネズミが魔獣になったのか?
どういう意味の疑問なのかは知らないが、どちらにせよ今ここで判断できる代物じゃない。
帰ってトーマスに話したら何らかの結論を導き出せるだろうか?
以前に捕らえた中毒者の調査でとれたチップのデータがあるはずだ。
そいつから何かわかるかもしれない。
「――おーい! 舞奈君! 皆! 無事か!?」
通路の反対側からリーダーが走ってきた。
他の少年たちもいる。
爆発音がしてレーザー乱射の音が止んだので魔獣が倒されたと察したのだろう。
判断が適格だ。
流石は彼らの隊長さんだ。
「背後からの挟撃を仕掛けてきた集団は排除した」
「野郎、本当に挟み撃ちにするつもりだったのか」
リーダーの台詞に、少年たちも先ほどより薄汚れて何人かはかすり傷を負っているものの、満足そうな表情をしている様子を見やって苦笑する。
「ところで、その……魔獣はどうなったんだ?」
「消滅を確認しました。魔獣の肉体は魔力によって疑似的に存在する、いわば式神のような――」
リーダーの言葉に嬉々として説明を始めた明日香に肩をすくめ、
「あそこだよ」
指差した先で、爆発の余波ですっかり汚水が蒸発して焼け焦げた下水道の床から1匹の小さなドブネズミが舞奈を見やる。
こいつが魔獣の正体だ。
魔獣の魔力の源だったコアを失ったドブネズミは、自分より大きな人間の集団に注目されてビックリしたのか驚くべき速さで走り去る。
捕らえるべきかと一瞬、思った。
だが調べても脳に隙間があるだけのドブネズミだろう。
訳のわからない明日香の話と、説明不足な舞奈の言葉にリーダーは困惑。
だが舞奈には、
「それより――」
やるべき事が残っている。
「――テック! 下水道の地図はわかるか?」
『位置情報は把握してるわ』
「そいつは重畳! すまんがもうひと仕事だ。別チームのほうを頼む」
『了解』
舞奈の言葉に答えてドローンが通路の奥へと消える。
そう。
今の魔獣が何者かの差金だったにしろ。
単に違法薬物を誤飲したネズミが突然変異を起こしたにしろ。
今の1匹だけだと断定する理由はない。
つまり舞奈たちとは別のルートで作戦中のザンたちのチームも、同じ相手に相対している可能性がある。
それが舞奈がドローンを持ち出した、もうひとつの理由だ。
素早く飛ぶ小さなドローンは、狭くて入り組んだ下水道を素早く動ける。
操作しているのが下水道の地図を確認できるテックなら、なおの事。
つまり、舞奈たちとは別のチームの危機にも素早く駆けつけられる。
そんな舞奈の思惑を、リーダーも察したのだろう。
「我が班はこれより全速力で前進! B班と合流する!」
「「ハイッ!」」
リーダーの号令の元、ドローンを追うように舞奈たちも駆けだした。