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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第21章 狂える土
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乱戦2 ~ 銃技vs異能力

「――あっ待ちやがれ!」

「――むっ!? 待つでゴザルよ!」

「――糞ったれ!」

 3匹の狂える土が、一斉に背を向けて走りだす。

 しかも3匹ともが別々の方向に。


 探していた違法薬物の中毒者に襲われ、応戦した舞奈たち。

 だがドルチェがワイヤーで拘束した狂える土は手足を千切って自滅。

 舞奈が脚を撃ち抜いた狂える土も同じ。

 しかも同胞が倒れたからか、残りの怪異が一斉に逃げだした。


 舞奈は舌打ちする。

 ここで逃してしまっては今日の苦労が水の泡だ。

 足元に転がってる瀕死の中毒者では資料にならない。

 あくまで生きている状態で禍我愚痴支部へ持っていかなければならないのだ。


「追うでゴザル!」

 言いつつドルチェが走る。

 追うは先ほどまで自身が相手していた【雷霊武器(サンダーサムライ)】【狼牙気功(ビーストブレード)】。

 足元に転がってる奴は無視。

 妥当な判断だと思った。


「じゃあ俺も!」

「待てザン! ドルチェと一緒の奴を追ってくれ!」

「けど、あいつは!?」

「放っとけ! 別に殲滅が目的じゃねぇ」

「わかったっす!」

 舞奈の鋭い言葉に従いザンも走る。

 自身の異能力【狼牙気功(ビーストブレード)】をフルパワーにして先を行くドルチェに追いつきながら、細い路地へと消える。


 流石に逃げた狂える土を、ザンひとりで追うのは危険すぎると思った。

 どうやら、この界隈の至る所に薬物中毒者の怪異が潜伏しているようだ。

 隙を見せれば追う側から追われる側に容易に立場が逆転する。

 ザンも最近は戦えるようになってきたとはいえ、舞奈からすればまだまだ。

 大人しく言う事を聞いてくれて何よりだ。

 この中で最も修羅場に強いのが舞奈だと知っているからだろう。

 そんな舞奈は、


「何かあったらそいつを使え! 殺しても構わん」

「了解でやんす!」

「頼んだぜ!」

 次いでやんすが手にしたサブマシンガン(Vz61スコーピオン)を一瞥しながら叫ぶ。

 直後に走る。

 追うのはザンとドルチェとは別の……というか先ほど自分が相手していた奴。

 こちらも【狼牙気功(ビーストブレード)】【雷霊武器(サンダーサムライ)】。

 おそらく生来の能力が【狼牙気功(ビーストブレード)】の奴だ。


「御武運を祈っておりますじゃ!」

「さんきゅっ!」

 もちろん爺ちゃんとやんすは残す。

 連れて行っても追撃戦では邪魔になる。

 そもそも爺ちゃんを舞奈に合わせて全力疾走させるなんて論外だ。


 戦力を分散させるのは悪手かもしれない。

 だが、この状況で全員で動くなんて悠長な事を言ってられないのも事実だ。


 やんすの組にはサブマシンガン(スコーピオン)がある。戦力的には問題ない。

 その足元に転がってる2匹の狂える土は瀕死だ。

 何かを害を成そうとしても、そうする前に果てるだろう。

 ザンも単独行動は論外にしても、ドルチェと一緒なら万が一にも安心だ。

 だから……後悔しないで済む。

 仲間を失わずに済む。


 そう自分を納得させながら、舞奈も細い路地を疾走する。

 直観と、昼間に頭に叩きこんだ地理を頼りにノンストップで角を曲がる。


 そうするうち、程なく視界の先に見慣れた薄汚い背中が見えた。

 舞奈は笑う。


 ボロ雑巾のような人型怪異は逃げのびたつもりだったらしい。

 背後から追ってきた子供に気づき、慌てて側の細い路地に逃げこむ。

 迷わず舞奈も路地に転がりこむ。

 一見すると無鉄砲な追撃。

 だが舞奈は直観と、空気の流れすら読む鋭敏な感覚で罠や奇襲を察知できる。

 どちらの気配もなかった。

 本当にただ逃げこんだだけだ。

 なので速度を緩めることなく胸元の通信機のボリュームを上げ、


「こっちは2手に別れた!」

『何があったのよ?』

「相手が逃げたんだよ! あたしが1匹、ザンとドルチェが1匹追ってる!」

 怒鳴りながら走る。

 明日香の少し苛立たしげな声が返ってくる。

 こちらに合流しようと向かっている矢先に余計な事をされたと思っているのだ。

 だが予想外のトラブルに気が立っているのは舞奈も同じだ。


『やんすさんとお爺ちゃんも?』

「残してきた!」

『じゃあ3チームに別れてるんじゃない』

「細けぇな! あと、やんすつったな!」

『貴女のが移ったのよ! こっちも別れて合流するわ!』

「スマン! 冴子さんとおまえは別々の方に行ってくれ!」

『わかってるわよ!』

 つまらない軽口を叩きながら、それでも油断なく周囲の気配を探りつつ走る。

 誘いこまれた可能性を無意識に警戒しているからだ。


 相手を罠にかけようと思ったら、直前に些細な予想外の出来事を起こして対処させる手段は効果的だ。

 集中力の浪費は、ゲームでHPが減るように着実だが見えない形で命を削る。

 生と死が隣り合わせた戦場で生き残れる可能性が減っていく。

 薬物中毒者がそんな事を考えるかは疑問だが、警戒を怠る理由にはならない。

 そういう思考が当然になるような人生を、それまで舞奈は送ってきた。


 思わず口元を歪めた途端、足元に気配。

 ひっくり返されたポリバケツがゴミをまき散らしながら転がってきたのだ。

 もちろん難なく跳んで避ける。

 造作もない。

 その程度では舞奈の足止めにはならない。

 そこまで今の舞奈は焦っていない。


 目前で、子供が樽を跳び越える様を見やった怪異が焦って背を向け走り出す。

 舞奈は笑う。

 どうやら今のは足止めのつもりだったらしい。

 つまり敵には他にできる事がない。


 だから薬物中毒者の狂える土は再び逃げる。逃げる。

 舞奈は追う。追う。追う。

 ボロをまとった女子小学生と、ボロボロな人型怪異の、命がけの鬼ごっこだ。


 周囲に人影が見当たらないのは、とばっちりを避ける意図か。

 このゴミ溜めのような界隈の住人の大半は移民を装った喫煙者の人型怪異だ。

 人間は人間が困っていたら手を貸すが、怪異は怪異が困っているからと言って救いの手を差しのべたりはしない。

 つまり舞奈が致命的な隙を見せない限り、ターゲットも孤立無援なはず。


 舞奈にとっては好都合だ。


 走りながら、懐からワイヤーショットの手袋を取り出して手にはめる。

 正直、今回の仕事でこいつを使う羽目になるとは思わなかった。


 最初からはめていれば別の戦い方もできたかも少し思う。

 だがワイヤーによる拘束に意味がない事はドルチェが証明してくれた。

 暴れられて手足が千切れて果てるのだ。それを2人で確認する必要はない。

 だから目前の敵の拘束には別の手段を使う必要がある。

 少なくとも明日香なり冴子なりが合流して、魔術で拘束してくれるまでは。


 そんな事を考えつつも変わらず全力疾走。

 異能力【狼牙気功(ビーストブレード)】で高速化した敵を、それに匹敵する素の脚力で追い詰める。

 角を曲がった怪異を追って、競輪みたいに慣性を誤魔化しながら駆ける。


 曲がりくねった道を全力で走ってはいるが、事前に付近の地理を頭に入れておいたおかげで今のところ自分の位置は見失っていない。

 敵が逃げる方向を予想ができるので気持ちにも余裕がある。

 つまり足元や周囲からの万が一の妨害を警戒することができる。

 テック様様だ。


 それでも油断は禁物。

 所詮は今日の昼間に地図と航空写真を見ただけだ。

 一夜漬けですらない。

 地の利は地元で悪事を繰り返している敵にある事実は変わらない。

 最後に頼れるのは自分自身の直感、そして鍛え抜かれた身体能力だ。


 なので目前の薄汚い背中が速度を緩めた隙に猛ダッシュ。

 スタミナ切れか?

 油断したか?

 どちらにせよ些細なチャンスを逃すつもりはない。


 全力ダッシュの勢いのまま、砲弾の如く鋭いタックル。

 突き飛ばされた人型怪異は悲鳴と共に、受け身も取れずに顔面から地を這う。


 すかさず舞奈は跳びかかる。

 うつぶせに倒れた怪異の真横に着地。脇腹と頭を蹴って悶絶させる。

 中毒者の耐久力は無尽蔵だが、対ショック耐性は人並みなのは先ほど嫌というほど蹴りまくって確認した。


 殴られ、蹴られ、もんどりうって悶え苦しむ怪異の背中に跳び乗って座る。

 怪異は必死に叫んで抵抗するが気にしない。

 薄汚く変色したズボンの尻を自身の尻で押さえつけつつ、汚い脚を無理やりに持ち上げ、自身の脚を絡ませる。

 関節技の要領でへし折ってやろうと思ったのだ。


 敵が抵抗しようと後ろ手に振り回した両腕を、舞奈も後ろ手で捕まえる。

 そのまま力を入れる。


 ワイヤーショットで拘束してもドルチェの時の二の舞だ。

 無茶苦茶に暴れられ、細く強靭なワイヤーで縛った手足が千切れて果てられる。

 だが折った手足を無理やりに動かしてねじ切ることはできない。

 へし折る事そのものは舞奈の筋力なら可能だ。

 相手は素早い【狼牙気功(ビーストブレード)】であって屈強な【虎爪気功(ビーストクロー)】じゃない。

 だから、まずは脚からだ。


 実は舞奈に系統だった格闘技の心得はない。

 だがテコの原理で相手の脚に負荷をかけ続ければいい事はわかる。


 中東風の男を模した怪異の悲鳴を背中で無視しつつ、絡ませた脚に力を入れる。

 怪異は獣の言葉で猛烈に叫びながら無茶苦茶に暴れる。

 舞奈は無理やりに押さえつける。

 それでも筋肉がついているとはいえ女子小学生の体重だ。

 装脚艇(ランドポッド)や巨漢のモールみたいに楽々と押え続けられる訳じゃない。

 なので後ろ手に敵の腕をつかんだ手にも力をこめ、暴れれば暴れるだけ関節に負荷がかかる体勢に持っていく。


 その程度は舞奈にとって造作ない。

 先ほどは蹴りで昏倒させる試みこそ失敗して、逃げられた、

 だが鍛え抜かれた舞奈の筋力は中毒者の火事場の馬鹿力に劣るものではない。

 捕まえてしまえば、後は締めるだけだ。


 舞奈は肉と骨でできた小さな拷問器具と化し、敵の身体を破壊しようと締める。

 違法薬物で仮初の力を得ただけの人型怪異は叫ぶばかりで抜け出せない。

 そのまま力を入れ続ければ、まずは脚一本。

 そう考えて口元に笑みを浮かべ――


「――おおっと!」

 片手を放して身をよじる。


 一瞬前まで舞奈の肩口があった空間を何かが切り裂く。

 鉄パイプだ。

 前触れもなく振り下ろされた凶器が、下にいた怪異の背中を打ち据える。

 鈍い音。絶叫。


「あーあ。怪我させずに取り押さえようとしてたのに」

 軽口を叩きつつ、絡めていた足を離しながら跳び退る。

 もちろん一瞬で。

 それでも口元を歪める。


 舞奈は鍛えているだけで筋力も耐久力も人間のレベルを逸脱するものじゃない。

 もちろん人外の耐久力を得られる術者でもない。

 肉体の限界を度外視して暴れまくる中毒者を押さえつけながら、別の敵を相手する事はできない。


 そう。

 舞奈の背後から忍び寄った別の狂える土が、凶器を振るってきたのだ。

 捕らわれた同族を解放しようとしたのだろうか?

 だが舞奈が避けたせいで、当の同族を打ちのめしたのは御愛嬌。


「この野郎、タイミングよく出やがって」

 身構える。

 だが次の瞬間、口元に笑み。


 そもそも目的を考えれば状況は不利になった訳じゃないと気づいたからだ。

 新手も目つきや挙動を見る限り中毒者だ。

 今の隙に足元の1匹が逃げても、新しい方を捕まえれば同じだ。

 抵抗の仕方で持っている異能力もわかるだろう。

 逆に2人がかりでかかってくるなら、この際、片方を排除しても問題はない。

 戦ってる間に明日香が到着すれば2匹とも確保できてラッキーだが、それを狙う意味はあまりない。

 そう考えた矢先に――


「――!」

 2匹の狂える土どもが不意に叫んだ。

 雄叫びではない。

 あえて言うなら苦悶のうめきのように見える。

 先ほど舞奈を襲った新手は手にした鉄パイプを取り落とす。

 立ち上がろうとしていた方は再び地面を転がる。


 舞奈は一瞬だけ周囲を見渡す。

 この戦闘に、舞奈と目前の2匹の中毒者以外の何者かが関与している。

 そう直感した。

 だが舞奈と目前の2匹以外の目立った気配は感じない。


 その隙に、かろうじて立っていた方も倒れこむ。

 何者かに足をとられたようだ。

 もちろんワイヤーショットじゃない。

 舞奈は何もしていない。


「……ったく、余計なちょっかいかけてきやがって」

 口元を歪める。


 見やると怪異どもの足元は、光り輝く輪のような何かにくくられている。

 普通に生活している時分には決して目の当たりにする事のない魔法的な光。

 たしかカバラ魔術の【鎖の光オール・ハ・シャルシェレット】だったか。

 魔術的に実体を持たせた『光』によって対象を縛る術だったはずだ。

 そうすると、その前の妙な反応は【めしい(テュフロス)】ないし【鎖の言葉コル・ハ・シャルシェレット】か。

 単体では効果の薄い拘束術を重ね掛けして強度を高めているのだろう。


 舞奈は口元を歪める。

 以前の一連の戦闘で何度か舞奈たちに施されたカバラ魔術による援護だ。

 もちろん術者の正体は不明。

 頼んでもいない不意打ちの援護は、不意打ちの敵の増援と変わらない。


――シナゴーグの連中め、余計な介入を


 前回の戦闘で『ママ』がこぼした言葉が脳裏をよぎる。


 だが今の状況が千載一遇のチャンスなのも事実だ。

 舞奈を援護しているつもりの何者かの気が変わらないうちに奴らを確保したい。


 素早く周囲を一瞥する。

 今度は近くに奴らの動きを封じられそうなものがないか探すためだ。

 丁度よくロープでもあればいいのだが、流石にそこまで都合よく状況は動いたりはしない。

 だが代わりに、路地の隅に錆びた大きな鉄骨が詰んであるのが見えた。

 隣が空き地になっているので、何か建つ予定だったのだろう。

 そいつを何本か載せてやれば流石の中毒者も動けなくなるだろうし、暴れたからと言って積んだ鉄骨の端で手足がもげたりはしない。


 だから判断は一瞬。


 舞奈はすぐさま道の隅へと走り、素早く鉄骨をひとつ持ち上げる。

 流石は鉄骨。相応に重い。

 だが鍛え抜かれた舞奈の腕力で振り回せないほどじゃない。


 早くも術が解けたか立ち上がりかけた一匹の頭を、フルスイングでどつき倒す。

 重機で人を巻きこんだような手ごたえ。

 長くて重い鉄骨の慣性を読み違えて少し強めに殴ってしまったらしい。

 普通の人間なら今ので死んだ。

 だが相手が中毒者なら、頭が吹き飛ばない限り効きもしないと知っている。


 なので仰向けにひっくり返った怪異の腰の上に鉄骨を叩き落とす。

 彫りの深い中東風の顔立ちをした、くわえ煙草の怪異が凄い悲鳴をあげる。


 舞奈は気にせず次の鉄骨を持ち上げる。

 怪異はショックにもがきながら海老反り、腰の上の鉄骨を払いのけようとする。

 対して舞奈は2つめの鉄骨を振り回して腕めがけて叩きつける。

 次いで動きの止まった腕の上に載せて重しにする。

 この調子なら、すぐに人型怪異を物理的に封印する鉄のやぐらが組み上がる。

 圧死させない加減がわからないのが難ではあるが。


 舞奈は3つめ、4つめと、次々に鉄骨を持ち上げては怪異の手足に載せる。

 ミシミシと骨が軋む音がして、くわえ煙草の怪異がうめく。


 そうするうちに、もう1匹の喫煙者も拘束を逃れそうになってきた。

 なので同じように鉄骨でぶん殴りながら上に積んで動けなくする。


 そうやって2匹の怪異を拘束していると……


「……あっいたいた。なに遊んでるのよ?」

「遊んでた訳じゃねぇよ。こうすると這って逃げられないだろう?」

「運ぶ時に邪魔なのよ」

「術で拘束できたら退かすよ」

 物陰から明日香があらわれた。

 流石の舞奈も安堵に口元をゆるませる。

 珍しく額に玉の汗を浮かべた明日香も同じ気持ちを隠すようにやぐらを睨む。


 薄暗いのをいいことに、足元で不自然な影が幾つか蠢いている。

 式神を潜ませているのだろう。

 まったく相も変わらず用意周到だ。

 しかも、それを使うことなく単身でここまで辿り着いた。


 もちろん周囲に他の気配はない。

 カバラ魔術で怪異を拘束した何者かの行方は不明なままだ。

 だが今回はそれで問題はない。

 明日香が到着すれば、奴は用済みだ。


「この2匹?」

「ああ。外さないように魔法をかけてくれよ」

「どうやって外すのよ」

 軽口を叩き合いながら、明日香はやぐら土台になった2匹の怪異を見やる。

 凄く嫌そうな顔をしているのは、煙草をくわえた人柱が臭いからか、見苦しいからか、潰れかけているのに元気に回る口で喚き散らす何事かが気に入らないか。


「――拘束(イサ)

 明日香は真言を唱え、魔術語(ガルドル)で締める。

 かざした掌から光線がほとばしって鉄骨の下の狂える土を打つ。

 途端、怪異の身体が氷の茨で縛められた。

 お馴染みの【氷棺・弐式アイゼスザルク・ツヴァイ】。冷気と氷による対人用の拘束術だ。


「手足だけしっかり固めてくれればいいんだが。運ぶ時に冷たいだろ」

「手足の氷に何かあった場合に、胴体から持ってくるのよ」

「そりゃ便利だ」

 軽口を叩きながら、氷漬けになった怪異の手足の上から鉄骨を退ける。


「……こいつを持ちあげたら足がもげて一緒に持ち上がったりしないよな?」

「癒着しないわよ。魔術の氷を何だと思ってるのよ」

「そいつは結構」

 口をへの字に曲げる明日香を尻目に最後の鉄骨を持ち上げる。

 一緒に冷気で癒着した脚が持ち上がる事もなく、もちろん自身の意思で動いたりする事もなく、凍ったまま動かない怪異を見下ろす。


 この冷凍マグロを表通りに待機している回収車に運びこめば、仕事は終わりだ。

 首尾よく2匹とも確保できたし、支部での調査もはかどるだろう。


「それでも人手は必要だな」

「そりゃまあ」

 言った途端に――


「――あっしが手伝うでやんす」

「おおい、動くなっつったろ」

「明日香さんも向かってるし、一緒に合流した方が結果的に安全でやんすと」

「そりゃ結果的にはそうだがなあ」

 物陰からやんすがあらわれた。

 相変わらずな様子に苦笑。

 手にしたサブマシンガン(Vz61スコーピオン)を撃った様子がない≒移動中に目立った危険はなかった事実に安堵する。


「わしも応援しますじゃ」

「お、おう。無理のない範囲で頼むぜ」

 その後ろから爺ちゃんもひょっこり顔を出す。

 こっちも元気そうでなにより。年の割に健脚なのだろうか?


「よし。あたしはこっちを運ぶから、明日香とやんすはそっちを頼む」

「はいはい」

「肉体労働は苦手でやんす」

「……こっちはひとりで運ぶんだがな。だいたい、手伝うつったのあんただろ」

 お嬢様みたいな寝言を言ったやんすを睨みつける。

 別の異郷での作戦――四国の一角で、軽薄なスプラが同じ事を言っていた事を思い出して思わず口元が緩みそうになったからだ。


 それでも特に態度に出ることもなく、3人は2匹の冷凍マグロを持ち上げる。

 だが、その時――


「――ん?」

 胸元の通信機から通信。


『――こちらドルチェ! 面目ない! 少しばかりまずい事態になったでゴザル』

「どういう事だ?」

 舞奈は食いつくように通信機に叫ぶ。

 内容もそうだが、通信状態が不自然に悪い。


『――あっ舞奈さん! 奴らの増援が山ほどあらわれて!』

『追っていた奴が逃げこんだ下水道に、中毒者が集団で巣食っていたでゴザル』

「下水道だと!?」

 思わず叫ぶ。


 そこは例の四国の作戦で、結果的に2人の仲間を失ったロケーションだ。

 否、出入り口で爆発に巻きこまれたスプラを入れれば3人か。


「冴子さんとフランちゃんが向かったはずだ! いるか!?」

『!? 合流はしていないでゴザル』

「……じゃあ2人か。とにかく持ちこたえてくれ! すぐ行く!」

「ではハカセさん、お爺ちゃんとサンプルを――」

「――いや、お前はやんすとこいつらを頼む。最悪、向こうの奴らは片付ける」

 一緒に走ろうとした明日香を制止する。


 幸運にもこちらで2匹の中毒者を氷漬けで確保した。

 こちらを確実に禍我愚痴支部に届けられるなら、ザンとドルチェを襲ったという集団は殲滅しても問題ない。

 奴らが厄介なのは生かしたまま捕まえる必要があったからだ。

 敵を蜂の巣にして2人を救うだけなら、奴らが何匹だろうが物の数ではない。

 そんな思惑を理解したか、


「なら、これを持っていって」

「おっ? さんきゅ!」

 放り投げられたそれをキャッチする。

 通信機の位置を確認するレーダー的なデバイスらしい。

 フランから借りたのだろうか?

 これを使って明日香は舞奈の元に辿り着いたのだろう。だから――


「――方向は多分あっちよ」

「らしいな。見方はわかった!」

 画面に表示された光点で仲間の位置を確認しつつ、舞奈は再び走りだした。


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