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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第21章 狂える土
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中毒者を探して

 人型怪異に異能力を付与するチップ。

 おなじ効果を持つとされる違法薬物。

 その2つの同一性を確かめるべく舞奈たちは中毒者の捕獲を計画した。

 計画はトントン拍子に進み、自警団の協力を得て作戦の決行が決まった。


 そんなイベントを控えた金曜の朝。

 ホームルーム前の、まだ人気のない教室に登校してきた舞奈は……


「……ちーっす」

「あっ舞奈」

 普段通りに自席でタブレットを見ていたテックに挨拶し、


「おはよう」

「……っていうか、おまえはどういう風の吹き回しだよ?」

「調べてほしい事があるから、お願いしてたのよ」

 隣で一緒に何か見ていた明日香にも声をかける。

 2人して覗きこんでいた画面が少し気になったからだ。


「調べものだと?」

「ええ。例の場所の地図をね。あの地区、けっこう地形が入り組んでるわよ。下調べもなしに悶着を起こしに行きたいとは思わないわ」

「ま、そりゃ正論だな」

 返ってきた答えに納得する。


 先日、中毒者のたまり場を知っていると名乗り出たのはひとりの爺ちゃんだ。


 そんな彼が指し示した地図の一角。

 その界隈は一瞥しただけでも複雑怪奇な地形をしていた。

 加えて路地の状態も前日に偵察した路地裏と似たり寄ったりだと予想できる。

 つまりゴミやガラクタが散乱するコンクリートの吹き溜まりだ。

 なまじ人がいる分、廃墟より性質が悪い。

 準備もなしに荒事を仕掛けに行くのは自殺行為だと、言われれば納得しかない。


 だからスーパーハッカーのテックに頼ろうと思ったか。

 四国の一件でも、テックが用意してくれた地図のおかげで何度も命を拾った。

 もちろん今回は当時みたいに外界と遮断される訳ではない。

 だが、だからといって情報の価値が減じる事はない。

 そんなテックは……


「……できるけど、また何かするの?」

 表情が薄いながらも首をかしげて訝しむ。

 まだ明日香は事情を話していなかったらしい。


 ……というか画面に写っているのは関係ない可愛い動物の動画だ。なので、


「ああ。奴らを何匹かつかまえて、頭の中身を調べてやろうと思ってな」

「何それ?」

「いや実はな……」

 舞奈はかいつまんで事情を話す。

 もちろん最初からだ。

 まったく。


 具体的にはチップと違法薬物の関係。

 2つが同じものである可能性が高いと、先日のキャロルとの会話でも確認した。

 なので事の真偽を物理的に確認するため、その違法薬物とやらの中毒者を捕らえて禍我愚痴支部で調査してもらおうと計画している。

 自警団からも情報を得て、支部の準備も今日の夕方には整っているはずだ。

 あとは舞奈たちが動くだけだ。

 そんな話を聞いて……


「舞奈らしいわね」

「まあな」

 言いつつテックは表情こそ薄いながらも笑みを浮かべる。


 この手の状況では、舞奈は思い切りが良く行動も早い。

 それをテックは理解している。

 そうでなければ生き残ってこれなかっただろう事も。

 なので、


「わかった。決行はいつ?」

「ん。今晩」

「……舞奈らしいわね。昼間に視聴覚室を借りたいんだけど?」

「そっちはまかせて」

 続く台詞に軽く苦笑しながら問う。

 そちらにニヤリと笑いながら答えたのは明日香だ。

 学校の警備を取り仕切っている警備会社の社長令嬢がいると、高等部の視聴覚施設を初等部の生徒が放課中に勝手に使うのもやりやすい。

 そんな明日香を尻目に、


「あと渡しておきたいものがある。携帯のデータ移すのはここでできたっけ?」

「大事なもの?」

「いや大事かは知らんが、向こうの爺ちゃんが地元猫の写真をくれてな……」

「それは大事。転送の仕方わかる?」

「……まかせた」

「了解。すぐやるから貸して」

 言いつつ舞奈は携帯を取り出して渡す。

 テックは慣れた調子で2つの携帯を机に並べて操作する。


 当座の動き方が決まれば、残った時間は自由時間だ。

 如何に他県の治安と市民の生きる権利を守るために戦っていても、舞奈たちの本分は小学生なのだ。

 空いた時間を全力で遊びに費やす権利くらいはあるはずだ。

 なので先日の会合の後もキャロルやおっちゃんたちと無駄話に興じたり、爺ちゃんの猫と遊んだり写真をもらったりしていた。


「ところで明日香も同じ場所にいたの?」

「……わたしは貰ってなかったのよ」

「そっか。睨んだだけで猫が逃げたから、動物が嫌いだと思われたんだなあ……」

「別に睨んだ訳じゃ……」

 同じ場所にいた明日香が写真の話をしなかったので訝しんだらしい。

 珍しくバツが悪そうに目をそらす明日香を面白がって見やっていると……


「フォルダ名『舞奈ちゃんへ 猫』って……」

「いいだろう別に……」

「……あっマイちゃん、みんなもおはよう」

「安倍さんもおはよー! テックもおはよー!」

 今日も元気にチャビーと園香が登校してきた。


「何してるの?」

「猫の写真を転送してるの。舞奈が知り合いからもらったらしくて」

 好奇心旺盛なチャビーはテックの机に並んだ携帯に気づいて訝しむ。

 舞奈は通話と仕事で使う最低限の機能以外の仕様を覚える気がないので、その他の操作には遍歴を過ぎた爺ちゃんにやってもらうくらいに疎い。


「いいなー! マイ! もらっていい?」

「いいぜ。そっちも頼む」

「了解」

「やったー!」

「ふふっ、よかったねチャビーちゃん。後で見せてね」

 ついでに写真をもらったチャビーが大喜びする。

 なので3人も頭を切り替え、友人たちとの歓談に興じた。

 何せ舞奈たちは小学生だ。

 空いた時間を友人たちと全力で楽しむ事に対して文句を言われる筋合いはない。


 そのように舞奈のホームルーム前の平和な時間は、珍しく担任の先生が来るまで平和なまま過ぎていった。


 ……そして午前の授業もつつがなく終え、給食を早めに食べ終えた昼休憩。


 高等部校舎の一角にある視聴覚室の……


「……いちおう忍びこんでるんだから、静かにしてくれよ」

「にゃー」

 窓際を見やりながら舞奈は苦笑する。

 カーテンの中から是とも非ともつかない意味不明な返事が返ってくる。


 みゃー子である。

 先ほどから部屋の隅でカーテンや端末の陰に隠れたり、訳のわからないリズムで舞い踊りながら練り歩いたりと謎の行動に興じている。

 もちろん好きで呼んだ訳ではない。

 知らない間に勝手についてきていたのだ。

 いつもの事である。


 だがまあ、今はみゃー子の意味のない動きに惑わされている場合じゃない。

 腹ごなしのドッジボールを断ってまで視聴覚室まで来たからには、昼休憩の間に必要な調べものを済ませなければいけない。

 なにせ作戦の決行は今日の放課後だ。

 なので舞奈はテックが操作する端末の画面に目を戻し……


「……この辺り?」

「ああ、そうだ。さっすがテック様だぜ」

 尋ねるテックに答える。

 隣の明日香も「ええ」と同意する。

 そうしながら2人して画面の一角に表示された地図を見やる。


 スーパーハッカーは端末が立ち上がる間もなく、画面に表示窓を並べて舞奈たちが望む地図を表示させてみせた。

 時間的にタイトな状況では友人の無駄のない操作に救われる。


「念のために航空写真もつけておくわ。2人の携帯に送るから」

「着信を確認したわ。ありがとう」

「おっ来た来た。さんきゅ! 愛してるぜ」

 テックはキーボードを操作し、素早く別の情報窓を開いて何やら処理する。

 舞奈は携帯の通知を見ながら満足そうに笑う。


「地形図のお金の請求先は明日香のところでいいの?」

「そうしてちょうだい」

「お金って……他の情報屋から買ったのか?」

「情報屋っていうか……国?」

「どういうことだ?」

「それ、国が発行して普通に売ってる地形図のデータよ。尺度の大きい奴だけど」

「道理で早いと思ったら、ハッキングとかした訳じゃないんだな」

「お金を払えば合法的に手に入る情報を、不正に入手する必要はないわ」

「まあ、そりゃそうなんだが」

 そんなしょうもない会話をしながら画面に映った地形図を覗きこむ。

 信頼できる情報なのが確かなら、舞奈も出元が何処だろうが気にしない。


 明日香は受信の確認も兼ねて自分の携帯を見やる。

 同じものを舞奈ももらったばかりだが、大きい画面で見れるならそっちを頭に叩きこんだ方がいい。

 正直なところ舞奈にとって、自分の頭の中に入れた情報だけが本物だ。

 携帯の中のデータは予備でしかない。

 テックもそのためにわざわざ視聴覚室の端末を使ったのだろう。


 ……単に私物のタブレットからだと購入代金が自腹になるからかもしれないが。


 と、まあ、それはともかく。


「予想以上にごちゃついてるなあ」

「だから、そう言ったでしょ?」

 地図を見ながら舞奈は口をへの字に曲げる。

 隣でドヤ顔する明日香は礼儀正しく無視。


「……変な逃げ隠れのしかたをされると厄介よ」

「そりゃ同意見だが」

 明日香は面白くもなさそうにひとりごちる。

 舞奈もならう。


 単に建物の形が歪で、道路が細くて繋がり方も出鱈目というだけじゃない。

 おそらく短いスパンで増改築が繰り返されているのだろう。

 航空写真と地形図で食い違っている部分がいくつかある。

 地図の上では道路なのに積み上げられたゴミや木箱で実質的に封鎖されている場所も、逆に壁が崩れて抜け穴みたいになっていそうな個所もある。

 まったく。

 人の形をした怪異どもが跋扈するのに相応しい場所だ。


「念のために下水道のデータも調べておくわ」

「さんきゅっ。……ま、使わんに越した事はないがな」

 テックは新たな情報窓を開いて操作する。

 舞奈は苦笑しながら再び送られてきたデータを確認する。

 明日香も。

 それらとは無関係に、みゃー子は謎の踊りをしながら教室の周囲を練り歩く。


 そのように舞奈たちは着々と今晩の仕事に備えて準備を進めた。

 その後はテックの手腕のおかげで余裕を持って作業を終え、教室に戻って午後の授業を受けた。


 ……そしてホームルームもつつがなく終えて放課後。


 普通に下校した舞奈と明日香は県の支部から埼玉支部へ転移。

 他支部の皆と合流し、禍我愚痴支部へ。

 そこでトーマス氏に挨拶して今日の準備と簡単な打ち合わせをして、フランを連れて自警団の事務所に赴いた後に……


「……まったく。いつ来ても酷い場所だな」

 舞奈たちは薄暗い裏路地を歩いていた。


 先日の偵察の際に感じた界隈の雰囲気、そして今日の昼間に頭に叩きこんだ地図や地形図の内容以上に酷い場所だ。

 広くもない路地が廃材とゴミに埋め尽くされた、まるで巨大な処理場だ。

 糞尿が焦げたような煙草の臭いが常に鼻孔を刺激する。

 心なしか周囲の大気までじめじめと淀んでいる気がする。

 そんな典型的な人型怪異の住処の真っただ中を警戒しつつ歩きながら、


「日も暮れてまいりましたからなあ」

「明るくなっても、酷い様子がよく見えるだけなんじゃないか?」

「ハハハ、舞奈さんは上手い事をおっしゃる」

「あんたもな……」

 話し相手としては最高だが作戦の同僚としては今ひとつ不安な爺ちゃんの朗らかな軽口に苦笑する。


 舞奈たちは早速、中毒者探しを開始していた。


 面子は5人。

 舞奈、ドルチェ、ザンにやんすに地理に詳しい爺ちゃんだ。


 いちおう近くの大通りには、ごみ収集車に偽装した回収車が控えている。

 こいつは須黒だけじゃなく全国の支部にあるらしい。

 なので首尾よく中毒者を確保してから連絡して運びこむ算段だ。

 残りの面子、つまり明日香と冴子とフランはそっちで待機している。


 もちろん裏通りとはいえ公道で、保健所の関係者が野犬の代わりに移民をぶちのめして運び去る事の是非についてはトーマスが各所に手を回してくれたらしい。

 それも今日のための準備の内訳なのだそうな。

 なので舞奈たち現場の人間は捕獲作業に集中できる。

 そういう所ではトーマス様々である。


 だが目前の仕事はトーマスほど優しくはない。


 5人の行く手に細く歪に続く路地は、行き場を失った廃材とゴミが長らく溜まり続けたかのように高く不格好に積み上げられている。

 その合間に腐りかけた木材や錆びた金属片が散乱している。

 雨水らしき黒い水が溜まった場所からは、すえた嫌な臭いが漂っている。

 ビルの影になって日の光も届かない場所にある薄暗い街灯が、裏路地の不気味な輪郭をぼんやり浮かび上がらせている。

 そんな中を、皆がよれっとした格好をして歩いている。


「にしても、この格好はなんとかならなかったのか?」

 自身の格好を見下ろしながらザンが文句を言う。


 彼が着こんでいるのは薄汚れた無地のジャケット。

 ズボンも裾が汚れて色が変わっている。

 おまけにサイズが合わずにだらしなく垂れている。

 さらに表情が見えにくいよう、古ぼけた帽子を深く被っている。

 これなら典型的なストリートの浮浪者に見えるだろう。

 それが本人的には気に入らないらしい。


「あまり小奇麗な格好をして目立つと、ターゲットに警戒されるでゴザルよ」

「それはそうなんだけどさ……」

 ドルチェの返しにぐうの音もでないザン。


 かく言うドルチェも色褪せてところどころ破けたジャンパーを着こんでいる。

 そして、その下からはアニメの女の子が顔をのぞかせている。

 そこは譲れないらしい。

 まあ、こちらも裏路地を歩くに相応しいアナーキーな格好ではある。


 そのように2人とも恰好だけは小汚いが、違和感がぬぐえないのは仕方がない。

 そもそも相手は人型の怪異だ。

 正真正銘の人間が見た目だけ真似ても、完全になりきれる訳じゃない。

 ザンはなんだかんだ言って背筋ものびてて姿勢は良いし、ドルチェの容姿も異彩を放つとはいえ趣味嗜好が表に出た人間らしい異様さだ。


「探すと見つからないでやんすねー」

 やんすがボソリとひとりごちる。

 こちらもザンと似たような格好でポケットに手を突っこんだまま、時おり周囲を警戒するように路地の端に目をやりながら歩を進めている。

 なんだか妙に薄汚い格好が似あうやんすだが、怪異のような不快さはない。

 けれども。あるいは、だからこそ……


「……まあな」

 舞奈も面白くもなさそうに答える。

 髪は帽子に押しこんで、ボロボロのフードつきパーカーを頭まで引き上げているので一見すると少年のように見えるはずだ。

 両手はオーバーサイズのダウンジャケットのポケットに隠したまま。

 擦り切れたスニーカーで小刻みに歩いている。


 そんな恰好のまま苦虫を噛み潰したような表情をしたのは、逃げられる以前にターゲットとおぼしき中毒者が見当たらないからだ。


 ……否。


 路地の奥からは低く小さなささやき声が聞こえる。

 薄暗い通路の奥に目つきの鋭い影が一瞬。

 だが、見やった途端に暗闇の中に消えてしまう。

 視覚ですらない何らかの器官でこちらの目の動きを察したように。


 もちろん気のせいではない。

 周囲に立ちこめる糞尿のようなヤニの悪臭が、一見すると無人のスラムのあちこちに見えない何者かが潜んでいると示している。


 ビルの隙間を何かが走り去る音に、一瞬だけ目を凝らす。

 その先にも人影がうごめく。

 周囲を警戒しながら何かを交換している様子が見える。


「……ザンやめろ。この距離じゃ追いつけん」

「わかったっす」

 追おうとするザンを小声で制止する。


 チャンスは一度だ。

 何故なら仕掛けて失敗すると、残りの中毒者も逃げて捕獲は絶望的になる。


 そう考えつつ警戒する舞奈の耳が、別の誰かの抑えた笑い声を捉える。

 その皮肉げな響きが、舞奈たちの無駄な努力を嘲笑っているかのように感じて意識的に思考から締め出す。

 そうする間に2つの人影は消えていた。


 まったく気に入らない。


『――それらしいターゲットはいた?』

「いるっちゃあいるが、捕まえるのはもう少し後だ」

『彼氏じゃあるまいし、選り好みする必要ないでしょ?』

「サイフの中身じゃなくて、距離と態度を選り好みしてるんだ」

 胸元の通信機から小さく響く明日香の声に、ますます渋面を浮かべて答える。

 その露骨に不愉快そうな表情だけが薄汚い裏路地に馴染んでいた。


 実は面子の中での違和感の最たるものが舞奈自身だという自覚はある。


 有事の際に最も戦えるからという理由で同行してはいる。

 だが舞奈が子供だという事実は事実としてそこにある。

 変装では大きく体型は変えられない。

 そして、この通りを子供が平然とした顔で歩いている状況は普通じゃない。

 流石に先頭を切って歩いている訳じゃないが、それでも異常だ。

 表の人間社会からすれば異常な、スラムの常識からしても異常だ。

 何故なら普通なら子供なんかが足を踏み入れたが最後、いつかの少年のように何もかもを奪われて歩くこともできなくなるからだ。


 故に路地の影に潜む狂える土どもは遠巻きに様子をうかがっている。

 まるで忍者か黒い害虫のように。

 舞奈たち外界からの異質な存在を警戒して。


 あるいは過去の活躍のせいで、子供というだけで過剰に警戒されている?


 舞奈はますます口元を歪める。

 これは本気で別のやり方を考えた方がいいかもしれない。

 でなければ今日の仕事は不愉快な散歩をしただけで終わる。

 そんな事を考える最中――


「――舞奈殿!」

「――避けるっす!」

「おっこりゃ重畳」

 ザンとドルチェが振り返りながら同時に叫んだ。


「やんすっ?」

「何じゃ!?」

 やんすと爺さんがビックリする。


 その間にザンの手元から何かが飛ぶ。

 狙いは舞奈の背後にいた何か。

 飛び道具が皆無なのは不安だと小さなつぶてを持ち歩くようになったのだ。

 彼にとっては大きな進歩だ。


 同時に舞奈も、背後から袈裟斬りにされた何かを身を屈めて避けつつ笑う。


 真後ろから客が来た事には気づいていた。

 それが何者であろうと、身体を持った存在が舞奈の感覚から逃れる事は不可能。


 ――そいつにザンが、ドルチェとほぼ同時に気づいた事実が嬉しくて笑った。


 ザンが放ったつぶては舞奈の頭上を切り裂いて鋭く飛ぶ。

 直後、背後にいた何者かが顔面を押さえてのたうち回る。


 ナイスショット!


 不意をつかれた男は獣の言葉で悲鳴をあげつつ尻もちをつく。

 つまり一行の中で他の面子でも爺さんでもない小さな子供を襲おうとした何者かが、ゴミと一緒に路地を転がる。

 手から離れた鉄パイプも同じように落ちて転がる。


 敵が舞奈を狙ってくれたのもラッキーだった。

 思わぬ幸運に舞奈は笑う。

 少なくとも爺さんややんすが狙われるより対処がしやすい。


 何より、雰囲気にそぐわないからという理由で背後から殴りかかってくる了見。

 あえて最初に子供を狙った性根。

 その上で、その子供の身のこなしを見て実力に気づかない程度の思考能力。

 むしろ背中で感じた気配だけでもわかる、まともに前が見えていないんじゃないか思えるくらい不安定な動作。


 間違いない。


 舞奈たちが探しても探しても見つからずに別の手段を考えていた矢先に、当の薬物中毒者が自分から姿をあらわしてくれたのだ!


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