戦闘3-1 ~銃技&戦闘魔術vs道術
道士との戦闘の最中、新たな道士の不意打ちで倒されたベティ。
2匹の道士と増援の泥人間に、なすすべもないと思われたクレア。
そんな警備員たちの危機を、1発の銃弾が救った。
「ふう、間に合ったみたいだな」
ひとりは小さなツインテールに、ピンク色のジャケットに赤いキュロット。
志門舞奈だ。
「結界に穴を開けている最中に、他の生徒に見られなくて良かったわ」
もうひとりは、切りそろえられた黒髪に、ぐんじょう色のワンピース。
こちらは安倍明日香だ。
「ヒュー! ようやく真打ちの登場っす……」
「死にそうな顔で軽口たたきやがって。無事か?」
「すいません、明日香様」
「いえ、致命的な被害がなかっただけで十分な戦果です」
2人の女子小学生は、大人の警備員であるベティとクレア、高校生のサチとクラスメートの園香を庇うように立ちふさがる。
明日香は掌を地に向ける。
歓喜天の咒を唱えて「施設」と締める。
すると地から黒い光が放たれる。
次の瞬間、明日香の手には旧ドイツの小型拳銃が握られていた。
同時に現れたショルダーホルスターを肩にかける。
術者の手元に準備された武器を運ぶ【工廠】の魔術。
ベティの【蔵の術】と同等の術だ。
この術のおかげで、明日香は施術に必要な大量のドッグタグを準備できる。
普段は戦闘クロークに焼きつけられた術を発動させているのだが、学校に持ってくることはできなかったので自力で施術したのだ。
それに対して、舞奈は得物を召喚する術を使えない。
クレアの重火器と違って舞奈の銃は私物だから、明日香の術にも頼れない。
そもそも舞奈は魔法の倉庫を使いたくない。
3年前の一樹は非戦闘用の術を使わなかったし、美佳の倉庫にものを入れると小さな触手やこぶが生えるから、その類の術を使わないのが癖になったのだ。
だが舞奈の手には、精悍なフォルムの拳銃が握られている。
銃口が、剣呑な鉄の色に光る。
ある意味で、銃は社会的な武器だ。
個人の資質が全てを決める魔法や、手近な凶器で殴るだけの格闘技とは異なり、銃は周囲の協力なしには撃つことすらできない。
舞奈がこの場所で愛銃を手にできるのは、いつも弾丸を手配してくれるスミス、そして舞奈を最強と認めて銃の携帯を許可してくれた校長のおかげだ。
だから、舞奈は口元に不敵な笑みを浮かべる。
彼らの期待に余さず答えてやると、ままならない世界に宣言するように。
そして背後を盗み見る。
少し離れた場所でうめくベティを見やる。
満身創痍ながらも命に別状はない。
渡り廊下の反対側のサチを見やり、サチに抱かれた園香を見やる。
2人をかばうクレアを見やる。
口元の笑みがやわらかくほころぶ。
舞奈は辛くも間に合った。
舞奈が守ると決めた少女たちは、全員無事だ。
こちらは彼女たち自身の生きる力と、小夜子の術による警告のおかげだ。
そして2匹の道士を見やる。
舞奈たちを幾重にも取り囲む泥人間の群を見やる。
手に手に錆びた野太刀を構え、うなり声をあげている。
泥人間どもが手にした野太刀を灼熱の炎が、きらめく電光が包む。
即ち【火霊武器】【雷霊武器】。
数が多い。
ベティとクレアが対処できないのも無理はない。
だが【掃除屋】の敵ではない。
なぜなら舞奈は最強だからだ。
「この結界、道士の【大尸来臨郷】じゃないわね」
戦場を囲む結界を、明日香が冷静に分析する。
「空間を天使で包んで少しずらしただけじゃないわ、魔術師みたいに次元の裂け目を作って完全に封鎖してる」
「らしいな」
舞奈も周囲を見渡し、戦士や武士が描かれたレリーフの結界を見やる。
張が話していたのと同じ、赤いレリーフの結界。
3年前に、嫌というほど見続けた結界。
かつてエンペラーや幹部たちが使ってい結界。
「如月さんとの分断を目論んだつもりでしょうね」
舞奈とこの結界の因縁など知らぬ明日香は、考察する。
「らしいな」
舞奈は口元に乾いた笑みを浮かべて、答える。
学園内でサチを守る小夜子は強力な術者だが、結界に対処する手段を持たない。
2人が離れた隙をついて結界に閉じこめれば楽にサチを襲えるとふんだか。
エンペラーとその幹部は、そういう姑息な手段を多用した。それでも、
「あたしらだけで片づけちまえば問題ないさ」
舞奈は笑う。
「明日香! 園香とサチさんを頼む!」
「オーケー!」
泥人間の群れめがけて走り出す。
明日香は印を組み帝釈天の咒を唱える。
舞奈は距離半ばで立ち止まる。
そして泥人間の足元に数発撃って威嚇する。
その隙に、明日香は掌を突き出し「情報」と唱える。
掌から尾を引く稲妻が放たれる。
稲妻は舞奈の側を通り過ぎ、泥人間の1匹を飲みこみ灰にする。
そして軌道を変えて突き進み、別の1匹を穿つ。
自動的に追尾して敵を襲う雷撃を放つ【鎖雷】の魔術である。
稲妻は軌道を変えて、次の1匹を穿つ。
向きを変えて、次の1匹。
さらに1匹。
そうやって次々と敵を貫き、一瞬にして群れを半壊させた。
魔術師は施術のたびに魔力を作りだす。
だから持久力に難がある代わりに、外界と閉ざされた結界の中でも100%の威力で攻撃することができる。
そして強大な威力故に、取り回しも難しい。
だがパートナーである舞奈が敵の進行を阻み、術者を守る。
だから明日香は的確に狙いを定め、グレネードに匹敵する攻撃魔法を正確無比に叩きこむことができる。
そして舞奈は、数を減じた泥人間どもの真っただ中に踊りこむ。
異能の炎や電光をまとった数多の凶刃を僅差で避ける。
流れるように拳銃の銃口を定め、撃つ、撃つ。
大口径弾が2匹の脳天を砕く。
背後から襲い来る新手にハイキックを見舞う。
手にした野太刀を蹴り飛ばす。
得物を失った1匹が、殴りかかろうと身をかがめる。
その頭頂に拳銃の銃底を叩きこんで叩き割る。
舞奈は身体強化の異能力も付与魔法も持たない。
だが鍛え抜かれた身体と銃技はそれらを上回る。
だから超常の身体を持つ誰より素早く、舞奈は泥人間の群を蹴散らす。
ピクシオンだった頃に身に着け、担任の授業によって開花し、仕事人としての戦闘で鍛えあげられた、並ぶことなき銃技によって。
背後で空気が動く。
振り向きざまに撃つ、撃つ、撃つ。
3発の弾丸が通り過ぎた後に、穴の開いた泥人間があらわれた。
手には薄汚れた忍者刀。
乱戦にまぎれて忍び寄っていた【偏光隠蔽】だ。
3匹のニンジャは溶けて消える。
その様を見やりもしない。
なぜなら舞奈は空気の流れを感じて敵の動きを読める。
だから舞奈に剣は通じない。
刃に異能を宿らせても、姿を消しても無駄だ。
舞奈は拳銃から空になった弾倉を抜く。
ジャケットの裏から新たな弾倉を取り出して交換する。
その隙に、プランターが変化した槍ぶすまの陰で何かが動く。
見やると同時に、野球のユニフォームを着た脂虫が跳びかかってきた。
ヤニで歪んだ醜い顔には妖術で付与された激情が浮かぶ。
舞奈は素早く撃つ。
大口径弾は臭い脂虫の足を穿つ。
脂虫は悲鳴をあげて、槍ぶすまの奥に転がった。
修羅場慣れした舞奈は今さら脂虫を撃つのに躊躇はない。
だが今、この場で殺す必要もないと思った。
今頃は必死にサチを探しているであろう小夜子は、脂虫を贄にして術を使う。
舞奈は打ち倒した怪異には見向きもせずに、手下を失った2匹の道士を見やる。
最強のSランクの視線が、次なる標的を捉える。
その視線に、人とは異なる精神構造を持つはずの怪異が、怯えた。