識者の見解
降って湧いたような休暇中に、舞奈たちは不正移民から街を守る自警団と遭遇。
そこではキャロルとメリルが用心棒をしていた。
でもって帰りには自警団の関係者でもある預言をよくする2人の少女と邂逅。
そのように降って湧いたような出会いが続いた波乱に満ちた日の、翌日。
ホームルーム前の、まだ人気も少なく静かな教室で……
「……ちーっす」
「あ、舞奈。おはよう」
ドアをガラリと開けて登校してきた舞奈はテックを見つけて挨拶する。
すっきりボブカットの友人も舞奈に気づいて顔を上げる。
今日も人の少ない早めの時間に登校して、優雅にタブレットを見ていたらしい。
「何か面白い事でもあった?」
「ま、いろいろとな」
何となく尋ねてくる。
舞奈がいろいろ言いたそうなのを察したらしい。
なので舞奈も、
「いや実はな……」
隣の席の椅子を拝借して腰かけながら、昨日の事を語り出す。
曰く、自警団の事。
キャロルとメリルの事。
例の姉妹の事。
テックは事情を知っているのでキャロルたちの事を話しても問題はない。
もちろん気を遣って話してはいるが、他の生徒に聞かれるのをさほど意識しないのは周囲も舞奈も小学生だからだ。
少しばかり派手な話をしても、ゲームや漫画の話だと思われるのだ。
もちろん大人が会話を盗み聞きするのも困難だ。
そんな中で、事情を知ってるテックは……
「……あの界隈に自警団なんてあったのね」
「そっちも初耳なのか」
そう言って、表情が薄いなりに意外そうにしてみせる。
そんな反応に舞奈も似たような表情を返す。
少し意外だと思ったのだ。
テックには以前に向こうの仕事を手伝ってもらった事があった。
スナイパーを含む狂える土のグループを排除した時だ。
その際に地理とかいろいろ調べていたみたいだった。
だが、スーパーハッカーの情報網にも彼らは引っ掛からなかったらしい。
「でも、そう考えれば納得のいく出来事はいろいろあったわ」
「そうなのか?」
「ええ」
そう前置きし、今度はテックが言葉を続ける。
たとえば地元の人間しか知り得ないはずの、狂える土どもの凶行についてネットに書きこみがあったり、そういう細々とした事が多々あったのだ。
言われてみれば舞奈も心当たりがある。
テックは例の3匹の住居を諜報部に先駆けて特定できた。
それも自警団員の書きこみのおかげだったのだろう。
つまり彼らは個人の仕業を装って、怪異の凶行の証をネットに遺していた。
奴らを止められる何者かの目に留まる事を祈って。
まあ正直、自警団という字面のイメージからすると地元警察への通報と同じくらい地味な活動だと少し思う。
だが彼らは本質的には一般市民だ。
物理的な、社会的なリスクを可能な限り排除した形で持続的に巨悪に対抗しようとするならば、それが最も適切な手段なのだろう。
自警団の彼らは、彼らの仕事をきっちりとこなしている。
それ以上の行動は【機関】という組織の後ろ盾がある舞奈たちが、あるいは禍我愚痴支部の面々がしなければならない。
……それで給料を(あるいは報酬を)もらってる訳だし。
そんな事を考えながら舞奈が不敵な笑みを浮かべた途端……
「……あら、朝から2人して悪だくみ?」
「何のために、んな事する必要があるよ?」
つまらない軽口を叩きながら明日香が登校してきた。
だが舞奈も今朝は気分がいいので挨拶がてら軽く睨むだけで済ます。
「マイおはよー! テックもおはよー!」
「2人ともおはよう」
「ちーっす」
「おはよう」
続いてチャビーや園香もやってくる。
一緒に登校してきたらしい。
「丁度よかったわ。工藤さんにも聞いてほしいんだけど――」
「おおい。園香やチャビーの前で、迂闊な話をせんでくれよ」
「――昨晩のテレビの猫番組のトルコの猫を見てね、ネコポチちゃんが喜んでいたらしいのよ」
「……ああ、そういう話か」
「そうなの! 同じ模様の子を見て、ニャ~~って鳴いてたんだよ」
「ね! 聞いただけで可愛いでしょう?」
「……そうね。トルコは猫、多いらしいし」
興奮気味に話す明日香に、テックと並んで苦笑する。
まあ本人が楽しそうなら何も言う事はない。
そんな舞奈や明日香たちの側に……
「……ええ、もちろんわたくしも食べた事がありましてよ!」
「麗華様の家でですか?」
「食った覚えないンすけど……」
「あはは……」
麗華様たちと音々がやってきた。
こちらも一緒に登校してきたか鉢合わせて、麗華様のマウントに人の良い音々がつき合わされていたらしい。まったく。
「ちーっす! 音々も朝からお疲れさん」
「あっ志門さん。西園寺さんが、昨日のテレビでやってたトルコアイスを食べた事があるっていう話をね……」
舞奈は挨拶がてら音々を労い、
「貴女たちが家に来る前の話ですわ!」
「そうなンすか」
「美味しかったですか?」
「ええ! もちろん! とても甘くて! 甘くて……」
「コンビニで買えるアイスも甘くて美味しいンすよ?」
麗華様が早くも自爆しかけ、
「トルコアイス? このまえ食べたよ!」
「えっ日比野さんがですの!?」
チャビーの話に大ショック。
「チャビーさん。美味しかったですか?」
「うん! パパがびょーんってのばしてくれたら、びょーんってのびてね!」
「聞いてるだけで美味しそうなンす」
「ネコポチもびょーんってのびたんだよ!」
「うんうん。聞いてるだけで可愛いわ」
「知り合いのお姉さんが、お土産にくれたんだよ」
「旅行か何かですか?」
「そうみたい」
「そう! 安倍さんも行ったんだって!」
「おのれ安倍明日香――!」
「えっ??」
話の流れで麗華様に思いきり睨まれた明日香が柄にもなく困惑する。
そのように小学5年の教室は、いつも通りにかしましいながらも平和だった。
なので舞奈たちも物騒な怪異や、それに対抗する自警団の話は切り上げて、次いでチャビーや麗華様が語り始めた女児向け雑誌の漫画の話で盛りあがった。
その後の授業も珍しく目立ったトラブルもなく、つつがなく終わった。
なので舞奈たちも今日ばかりは特に悶着もなく普通の小学生みたいに下校した。
そして翌日は土曜日だ。
なので旧市街地の端に位置するゴーストタウンの一角。
ネオンが消えかけた『画廊・ケリー』の看板の下で――
「――ちーっす!」
舞奈は雑に挨拶しながら、一見すると無人の店に我が物顔で入店する。
途端――
「――しもんだ!」
「おっリコか。昼間から元気だな」
「おう! リコはいつでも元気だぞ!」
小さなバードテールをピョンピョン跳ねさせながら幼女が飛んできた。
舞奈はリコの頭をなでる。
幼女は気持ちよさそうにエヘヘと笑う。
よく晴れた土曜の昼に、舞奈はスミスの店へやってきた。
学校が休みの日にも禍我愚痴支部には通っている。
なので旧市街地に来たついでだ。
まあ先方に行くのは夕方だから、少し早い時間ではある。
だが今日は別に済ませる用事もある。
それに昼飯時に訪れればスミスの絶品料理が食える。
そう思いながら舞奈が見やった――
「――おや舞奈さん」
「こんにちは、舞奈ちゃん」
店の奥に広げられた大きなテーブルには先客がいた。
楓と紅葉だ。
「あたしがあんまり来れない間に、あんたたちが入り浸ってたのか」
「いや、今日は短機関銃と拳銃のメンテナンスをお願いしにね」
すっかり馴染んだ様子の2人に、舞奈はやれやれと苦笑する。
対して爽やかに答える紅葉の後ろから、
「あら、いらっしゃい志門ちゃん」
オカマのハゲマッチョがあらわれた。
スミスだ。
「2人ともお待たせ」
「おお、これは今日も素晴らしい」
「ありがとう店主。恩に着るよ」
言いつつスミスは、手にした皿をテーブルに並べる。
濃厚なシチューが湯気をあげるオムライスを見やって楓と紅葉は破顔する。
ブルジョワどもは揃って致命的に料理ができないくせに駅前の高級マンションで自活なんかしてるから、学食がない休日の食生活は外食頼りだ。
「できたか!」
リコも元気に、幼女サイズの皿の前の椅子に跳び乗る。
ちょうど昼食の時間だったらしい。
「……美味そうなメンテナンスだな」
「折角ですからスミスさんの昼食を御馳走になろうかと思いまして」
「ったく、理由をつけてメシをたかりに来やがったな」
涼しい顔で言った楓に、自分の事を棚上げして苦笑する舞奈だが、
「ふふ、志門ちゃんの分もあるわよ」
「おっ何時もながら用意がいいな」
カイゼル髭をゆらせて笑うマッチョの言葉に破顔する。
そのまま我が物顔で椅子に腰かけ、テーブルの一角を占領する。
そんな舞奈を見やりながら、
「そうそう、良いものが手に入ったわよ」
「ん?」
言いつつスミスは奥の棚から何かを取り出す。
長物だ。
食事時には相応しくないアイテムだが気にせず受け取る。
愛用しているスナイパーライフルより少し無骨で、少し長く、少し重い。
ストックが畳まれた状態でガラッツほどの大きさだから、撃つ時には舞奈の身長と同じくらいの長さになるはずだ。
「IWIのDAN。大口径マグナム弾を使うスナイパーライフルよ」
「へえ、こりゃ頼もしい」
スミスの言葉に答えつつ、両手で保持したスナイパーライフルを見やる。
腰かけたまま側の壁に向かって構えてみせる。
食事が並んだ側のテーブルにかすりもさせずにそうする程度は造作ない。
舞奈は空気の流れを読んで周囲の地形を把握している。
目と鼻の先にあるテーブルも例外じゃない。
そしてスナイパーライフル構え心地も悪くない。
手に慣れたスナイパーライフルより少しずっしりくるものの何処か似ているバランスと感触に、思わず口元に笑みを浮かべる。
大口径マグナム弾はガラッツで使う大口径ライフル弾より強力だ。
威力は対物ライフルや機関砲に使う超大口径ライフル弾に近い。
つまり、より遠くまで、より強烈に届く狙撃銃だ。
まったく悪くない。
「何丁かあるし、ひとつカービンに改造しようと思うんだけど、どうかしら?」
「いいね!」
さらなるスミスの申し出に、思わず口元に不敵な笑みを浮かべる。
DANはボルトアクション式のライフルだから連射はできない。
そこは改造したからと言って変わらない。
同じカスタム銃でも大口径ライフル弾を至近距離にばらまく改造ライフルの方が有効な場面も多いだろう。
だが1発の強力な弾丸を至近距離から叩きこめるのは便利だと思った。
狂える土の……少なくとも【光の盾】を展開できる回術士の防御能力は高い。
首尾よく光の壁をかいくぐっても、【強い体】による身体強化で防がれる。
現に舞奈も先の戦闘で、狂った女を相手にバックアップからの援護なしには手も足も出なかった。
だから至近距離から大口径マグナム弾を叩きこめる銃は有効だ。
もちろん元々は有効射程を伸ばすために強力な弾丸を使っているのだろう。
だが今の舞奈には至近距離から撃てる大砲が必要だ。
まったくカービン化とやらの出来上がりが楽しみでならない。
そんな事を考えて笑う舞奈の目前に――
「――はい。お待ちどうさま」
「おっ! 待ってました!」
あたたかく香るオムライスの皿が供された。
代わりにスナイパーライフルをスミスに返す。
そうしながら笑みを広げて舌なめずり。
どうやら舞奈が新しい得物を触っている間に持ってきてくれたらしい。
何とも気の利くマッチョである。
「いただきます!」
「おう、いただきます」
待っていたらしい隣のリコがパチンと手を合わせて挨拶するのを横目に、舞奈も側に置かれたスプーンを手に取る。
オムライスの卵とライス、かかっているシチューをすくう。
そのまま口に運ぶ。
シチューによく合う固めに炊かれたライスと、ふんわりした卵の食感、ホワイトソースがベースだろうコクのあるシチューのハーモニーを口全体で楽しむ。
お次はシチューの具になっている大ぶりなエリンギも一緒にいただく。
じっくり煮こまれた牛肉もいただく。
大胆にカットされたプリプリとしたキノコの、やわらかい肉の食感がハーモニーにさらなる彩を添える。
そんな絶妙な味わいを堪能しながら、
「そういう話を目前でされると、我々もスナイパーライフルが欲しくなりますね」
「金ピカにすんのか? 紅葉さんはともかく、あんたは狙撃とかできんだろう」
呑気に言った楓に目を向けて苦笑する。
そんな彼女も舞奈と同じように満足げにオムライスを頬張る。
スミス特製のオムライスに、舌が肥えたブルジョワの彼女も大満足らしい。
だが真正面にいる敵を撃つならともかく、数キロ先にいる目標に狙って当てるには相応の訓練と慣れが必要だ。
もとよりセンスのある紅葉はともかく、楓に期待する気にはなれない。
同じ魔術師である明日香は狙撃もそつなくこなすが、楓はどうも……そういうタイプでもない。なので、
「っていうか、その距離なら魔神をけしかけた方が早いんじゃないのか?」
「まあ、たしかに仰る通りですね」
卵とライスを頬張りながら言葉を続ける。
楓も別に拘泥したい訳じゃないらしく、うなずきながら食を進める。
彼女が自在に操る低位の魔神であるメジェド神が、手練れによる狙撃と同じくらい頼もしいのも純然たる事実だ。
紅葉も会話に苦笑しながらスミスの絶品オムライスを堪能する。
リコは夢中になって口の周りをシチューでベタベタにしながらも、満面の笑みを浮かべてライスと卵を器用に頬張る。
そのように和気あいあいと駄弁りながら、舞奈は最高の昼食を堪能した。
その後、皆と別れて店を出る。
その足で、何処もかしこもコンクリート色な讃原町の大通りを歩き……
「……よっ!」
「あら、珍しく早いじゃない」
「言うがな、あたしが待ち合わせに遅刻した事とかなかったろ?」
明日香と合流しながら巣黒支部へ向かう。
何の事はない。
今日の出張の前に2人で支部に報告に行く約束をしていたのだ。
土曜なので午前中にも昼間にもたっぷり時間はあるし。
ニュットらに協力を仰いだ3匹の怪異との戦闘の顛末も含め、先日の邂逅の諸々を含めて報告と相談がてら情報を整理したかったという理由もある。
なので……
「……舞奈ちゃ~ん、明日香ちゃ~ん、お休みの日までお疲れさま~~」
「おねーさんもおつかれさま」
「こんにちは」
いつも通りに支部に赴く。
そして相変わらず無骨なコンクリート造りの会議室。
舞奈と明日香の対面に腰かけたのは、
「2人とも御足労すまない」
「休みの日にまで御疲れさまなのだよ」
「ま、ついでだからな」
サングラスで目元を隠した、冷たい雰囲気の女。
糸目の女子高生。
フィクサーとニュットだ。
「あの後は首尾よく行ったようなのだな」
「ああ。お陰様で互角以上に渡り合えた。敵の1匹を殺ったのは他県の奴だぜ」
「それは良かったのだ」
言いつつ舞奈は笑う。
ニュットも糸目を八の字にして笑う。
例の3匹の怪異との戦闘の前。
いまいち頼りない仲間たちを鍛えるために小夜子とサチに応援を頼んだ。
その際にニュットも尽力してくれたのだ。
主に先方との調整とか手続きとかで。
「でもって昨日、ちょっとばかり面白い事があった」
「先方での業務はなかったと聞いていたのだが……?」
「仕事はなくても街は動くさ。いいから聞けよ」
前置きし、昨日に出会った自警団の事を語る。
多数の異能力者を擁する、【機関】とは無関係な自警団の存在。
彼らに協力する大能力者【菩薩眼】の少女たちの事。
ついでにキャロルやメリルについても話しておくべきかと思った矢先に……
「自警団なのだか……」
「聞いてないのか?」
ニュットは糸目を歪めて訝しむ。
舞奈も首をかしげる。
隣の明日香も同じ事を思った表情をしている。
あいつら、どれだけ注目されていないんだろう?
テックも知らなかったし。
存在感のなさという一言で片づけてしまっていいものだろうか?
ここまで見事に皆からスルーされていると、逆に大規模な認識阻害みたいな妙な大能力でも使っているのではないかと訝しみたくなる。
まあ地元の支部が把握していないものを巣黒で気にする謂れもないのだが。
「でも先方の諜報部にも困ったものなのだな」
「ん? 何か落ち度があったのか?」
「ああ。大能力【菩薩眼】の存在を見過ごしていた上に、話を総合すると一度は先んじて怪異に拉致されたのだろう? 諜報能力の不備と言わざるを得ない」
「仰る通りですね」
「そういう扱いになるのか……」
続くニュットとフィクサーの言葉に明日香ともども納得しつつも、訝しむ。
まあ確かに彼女らは3匹の怪異に誘拐された。
そして彼女らは【菩薩眼】――預言の大能力者だった。
当時の舞奈は、奴らが2人の少女を誘拐したのは単に先に殺した会社員の娘だからだと思っていた。
けれど因果が逆なのだとしたら?
つまり奴らは大能力者を拉致しようとして、邪魔な父親を殺したのだとしたら?
奴らの本当の思惑を確かめる手段はない。
舞奈たちは奴ら3匹ともを排除した。
だが、そういう話なら、ますます先方の諜報部が自警団を捨て置いていた理由がわからない。
まさか本当に何らかの手段で存在を隠し通された?
ならば怪異が彼女らの存在に気づく事ができたのは何故?
それでも、ここで舞奈が首をひねったからと言って何かが進展する訳じゃない。
なので……
「……自警団の件、先方にはこちらから確認しておくのだよ」
「ああ、頼む」
ニュットの言葉にうなずく。
先方が気にしていないのなら改めて指摘する必要もないと思っていたが、そういう事情なら確認の必要はあるだろう。
慣れた人間がするなら余計な悶着の種になる事もないだろうし。
「あと、すまんが自警団とのパイプは維持しておいてほしい。可能かね?」
「まあ、やれと言うならやるが」
「了解しました」
次いでフィクサーの言葉にもうなずく。
それは妥当な判断だと舞奈も思った。
そのように話がまとまった後、お茶とおやつをいただきながら雑談をする。
そして、その後は平日と同じように禍我愚痴支部へ向かった。