禍我愚痴自警団
思いがけず今日の仕事がなくなり、街へ繰り出しショッピングを楽しむ禍我愚痴協力チームの御一行。
その最中、舞奈は尾行者の存在に気づいた。
相手は異能力者の集団のようだ。
そこで一計を案じた舞奈は……
「……尾行てきてるのは後ろの奴らだけか?」
「異能力者はね」
側を歩く明日香に確認する。
彼女は素振りすら見せず、魔力感知で相手の素性を探った。
そんな彼女からの、
「普通におかしな気配なら、そっちの方がわかるでしょ?」
「へいへい」
答えに生返事を返す。
舞奈は舞奈で、空気の流れを通して周囲の人の動きを見ずに見抜ける。
その鋭敏な感覚をもってしても、他におかしな気配はない。
視線も背後からしか感じない。
なので、
「次の角で曲がってみないか?」
「了解でゴザル」
「舞奈さんがいると頼りになりますね……きゃっ」
後ろを見ぬまま仲間に仲間に伝える。
フランが可愛らしい悲鳴をあげた理由は、不意に舞奈が尻を撫でたからだ。
褐色肌の少女は形のいいスカートを押さえながら、無作法な子供を軽く睨む。
「ちょっと、こんな時に何やってるのよ」
「ま、舞奈さん。公共の往来でハレンチでやんすよ……」
明日香や尻馬に乗ったやんすがナチュラルに舞奈を非難し、
「こうした方が、後ろに怪しまれにくいだろう?」
「その理屈はおかしいわよ舞奈ちゃん……」
そのまま皆で総スカンにする。
本当にただ陽キャ集団がやんちゃな子供をいじりながら街を散策しているかのような自然な振舞いのまま、ぞろぞろと角を曲がって裏路地に入る。
舞奈は微妙に凹みながらも背後の気配を探る。
そして小さくニヤリと笑う。
一行を尾行している何者かは、少し間隔を開けて追ってきているようだ。
何ともわかりやすい動きだ。
相手は尾行のプロとかじゃないらしい。
なので一行ががやがやと通り過ぎた路地を、直後に背後の集団が通り……
「……よっ! あたしたちに何か用か?」
「うわっ!?」
いきなり舞奈が電柱の陰から跳び出した。
不意をつかれて集団の面々はビックリする。
気配で見抜いた通り、相手は少しどんくさそうな男が数人。
年の頃は、下は大学生から上は働き盛りの中年ほどか?
どいつもチー牛っぽい顔立ちをしている。
何となく巣黒の諜報部の連中に似てるなあと舞奈は思った。
あるいはTPOをわきまえて人並のサイズになったドルチェ。
「それとも、あんたたちも触りたいのか? お尻」
「あっいえ……」
子供から問いかけられ、男たちは一様に口ごもる。
互いに顔を見合わせてざわざわする。
状況的にはシラをきる事も、あるいは追い払おうとする選択肢もある。
何せ彼らから見れば、相手は小さな子供ひとり。
自分たちは異能力者。
しかも、ここは何日か前には移民が集団で子供をリンチした『怖い』街だ。
にもかかわらず、そうしないという事は根は悪い奴らじゃないのか?
あるいは単に色々な意味で素人なだけか?
内心で思案を巡らせる舞奈を他所に、男たちは……
「(腕の立つ子供……?)」
「(さっき女性のお尻触ってたし……)」
「(まさか、この子が……)」
互いに顔を見合わせてざわざわする。
そんな様子を見やりながら舞奈はやれやれと肩をすくめる。
どうやら皆の意見をまとめるリーダー的な存在はいないらしい。
色々な意味で主体性を感じられない集団である。
何と言うか『なんとなく集まって、なんとなくノリで余所者を尾行して、たまたま全員が異能力者だった……』みたいな事を言われても驚く気がしない。
まったく。
だが、それでも言葉の端々から何となくわかった事がある。
おそらく彼らは何処かで舞奈の噂を聞いていたのだろう。
まあ確かに、ここ数日で舞奈は界隈で何度も大立ち回りをしている。
変装で人相は誤魔化せても、強い子供が暴れまくっている事実は隠せない。
ドルチェの体形や服装も、色々な意味で目立つし記憶にも残りやすい。
彼らは、その目立つ集団を探していたのだろう。
そして余所者の舞奈たちに見当をつけ、様子を探っていた。
何のためにそんな事をしているのかは謎だが。
「ひょっとして君はアレかい……?」
「アレって何だ?」
集団の中では若手っぽい小太りな男がおずおずと尋ねてきた。
あまりに要領を得ない質問に流石の舞奈も困惑し……
「……失礼。さいもん舞奈さん……ですか?」
「まー確かにあたしは志門舞奈だが」
「おおっ!」
別の年輩な小太りな男の問いに答えた途端、男たちは喝采をあげた。
まあ、先ほどの予想通りだ。
だが舞奈の名前を知っていたのは少し意外だ。
その妙ななまりは誰からの口伝なんだろう?
だが害意のある集団ではなさそうだ。
いろいろ訝しみながら……というか内心でツッコミを入れながらも、少し離れた角から見ていた仲間たちを手招きする。
「おお舞奈殿、首尾よくいったようでゴザルな」
「何がどうなると上手く行った事になるのか知らんがな」
ドルチェに続いてやんすやザン、仲間たちがぞろぞろとやってくる。
すると男たちは恐縮し、
「あっどうも」
「どうも」
何となく会釈する。
相手の人数が増えたから警戒したとかではない。
知らない人が出て来たのでとりあえず礼節をわきまえて対応した感じだ。
あと何と言うか……彼らよりひと回り大きくて雰囲気が似ているドルチェに感銘のようなものを受けてるっぽい。
だからかザンも釣られて会釈する。
冴子やフランも小さく会釈する。
尾行への対処から始まった遭遇が、何故か和気あいあいと進行していた。
先ほど舞奈に話しかけてきた小太りな中年が一行の前に歩み出て、
「申し遅れました。小生らは街を不法移民から守るべく活動している自警団です」
「自警団……だと?」
一礼して名乗った。
予想外の言葉に流石の舞奈も驚いた。
「その自警団さんが、何であたしらをつけ回したりしてたよ?」
「いえ実は、最近この界隈で不法移民を成敗して回ってる集団の噂を聞きまして」
「どんな人たちかと様子をうかがってたんですよ」
「まあ、そういう事情ならわからなくもないが……」
悪びれる様子もない彼らの言葉に、舞奈は苦笑しながらもうなずいてみせる。
舞奈たち=その集団なのは彼らの中で確定していたらしい。
どことなく要領の悪そうな彼らの様子から、話しかけても良かったけど単に話すタイミングが見つからなかったともとれる。
そんな所感は仲間たちも同じらしい。なので……
「……立ち話も何ですし、お時間がありましたら我々のアジトにお越しください」
「そりゃまあ構わんが……」
「初見でアジトって言っちゃうでやんすか?」
キャッチセールスの勧誘みたいな誘い文句に乗って、なし崩し的に皆で彼らのアジトに出向く事になった。
そして倍に増えた人数で通りを歩く中……
「……なあ、ちょっと聞いていいか?」
「もちろんです!」
声をかけた途端に引くほど食い気味に反応した小太りな男に、
「お、おう。クジラってさ、魚の仲間だよな?」
「えっ……?」
尋ねた途端、怪訝そうな顔をされた。
狐につままれたような(何? この子)みたいな表情の変化に思わずムッとする舞奈の頭の上で、
「だが、さいもんさんが言うんだ。額面通りに受け取るのは早計じゃないかね?」
「海には住んでるし、食物連鎖的な……?」
「あるいは常識に囚われていてはいけないって言いたいのかもしれない」
「常識なのか……」
ボソボソ話された会話に逆に舞奈は凹む。
「……舞奈さん、根に持ってたでやんすか?」
「誰に何度聞いても、クジラは哺乳類よ」
「うっせえ。常識に囚われてたら駄目だって話をしてるんだ」
死体蹴りしてくるやんすや明日香を睨む。
「ですよねー」
「流石、さいもんさんは深い!」
雑な反論に、男たちは心の底から感銘を受けた様子で同意する。
まったく!
さいもんさんって誰だよ!
だが、今の会話でわかった事がある。
自警団を名乗る彼らは、第一印象の通りに根は良い奴らしい。
少なくとも何処かの性格の悪い眼鏡よりはマシな性格をしている。
「それとその……彼女はいつもああ……なんですか?」
「いつもはあんな露骨じゃないんですけど……」
「わっ! 変なコト聞いてすんません!」
別の小太りな男はフランに尻を触られた件について尋ねる。
顔を赤らめながら答えるフランを見やって恐縮する。
女性にも紳士的で遠慮がちらしい。
まったく! まったく!
そのように舞奈たちは彼らと一緒にぞろぞろ歩き……
「……こちらです」
年輩の小太りな男の言葉に立ち止まる。
目的の場所に到着したらしい。
自警団のアジトは、表向きは何処にでもあるような雑居ビルだ。
なので、
「お入りください」
「邪魔するぜ」
舞奈たちも普通の利用者みたいな顔をしながらエントランスをくぐる。
「こちらです」
その足で、応接間らしき場所に案内される。
うながされるまま側のソファに腰かける。
窓が広くて開放的な、大きな部屋だ。
壁際に安っぽいが手入れの行き届いた観葉植物が鎮座していたり、白い壁にこぢんまりした絵が飾ってあったり、来客をもてなそうという意図は感じられる。
事務所的な場所の隣でもあるらしい。
話し声が聞こえる。
何となくざわざわする雰囲気から、歓迎されてない訳ではない雰囲気を感じたので皆で大人しく待っていると……
「……ようこそ、同志の諸君」
ドアが開き、恰幅のいい男があらわれた。
彼が組織のリーダーだろう。
舞奈を連れてきた男たちの中の年輩の男よりいくらか年上だ。
それでも組織の指導者としては若手なのだと思える。
あえて比較すると、以前に少し会った公安の警部と同年代ほどか。
おそらく彼も異能力者なのだろう。
そう舞奈は直感する。
舞奈はなまじ複数の組織を知っているので、この組織の規模も察しはつく。
なにせ大は【機関】、小は非認可の魔法少女チームに所属していた。
そんな経験から判断すると、この組織は大規模でも権威がある訳でもない。
彼にも有事の際の現場対応が求められる程度の規模だ。
「ご足労をおかけしてすまない。私が禍我愚痴自警団のまとめ役をさせていただいている者だ。もっとも自転車操業の小さな組織だがね」
相手は一礼して名乗る。
まとめ役、という言い回しも謙遜ではなさそうだ。
単に実務能力が回りより少しばかり高いからリーダー役をやっている。
そんな感じに見える。
「初めまして。某はドルチェ。こちらもコードネームで失礼するでゴザルよ」
ドルチェも名乗る。
まあ妥当なところだと舞奈は思う。
そういえば急場ごしらえの応援チームの中に本来は序列や指揮系統はない。
だが今からトーマスを呼ぶ訳にもいかないし、今いる面子の中では彼が一番リーダーっぽい気がする。
もちろん年功序列を意識するなら冴子でも不自然ではない。
だが相手の素性がわからない状態では何と言うか……彼の物理的な大きさが交渉に有利に働く可能性は否定できない。
雰囲気も一行の中で最も彼らに近いし。
なのでローテーブルを挟んだソファに、デブとデブが向かい合って座る。
向こうは隣に参謀らしい年輩の男性がちょこんと座る。
控え目にこちらの面子を一瞥してから会釈する。
小柄で痩せていて、ふさふさの顎髭を生やしている。
絵本に出てくるノームみたいなお爺ちゃんだ。
術者かな? と思って側の明日香をちらりと見やるが特に反応はなし。
魔術師なのだろうか?
あるいは単に感知を試みるほど興味を持ってないのかもしれない。
一方、ドルチェの隣には冴子が座る。
こちらは正真正銘の魔術師だ。
相手の取り巻きと舞奈たちは、近くで何となくたむろって会合を見守る。
「某らは、ある組織の意向で動いている者でゴザル」
「組織ですか」
「守秘義務があるので詳しくは話せないでゴザルが、政府との繋がりのある信頼のおける組織でゴザル」
「ほう、それは……」
ドルチェの名乗りに、リーダー氏は少し驚いてみせる。
周囲の男たちも「組織……」「政府……」とざわざわする。
嘘ではないが正確でもない説明。
まあ流石に【機関】の執行人や仕事人だと名乗る必要はない。
守秘義務があるのは本当だ。
故に相手が質問してくる前に開口一番で名乗ったのだろう。
要はこちらのペースで話していい情報だけを話すためだ。
それでも可能な限りの情報は開示しようという誠意は伝わったのだろう。
「では我々も、自警団の理念と結成の経緯をお話いたしましょう」
「宜しくお願いするでゴザル」
恰幅の良いリーダー氏も穏やかに語り始める。
だが、彼の話は少しばかり長いので要約する。
彼らは町内の異能力者が秘密裏に集まった組織らしい。
目的は不法移民への対処だ。
彼らは不法移民の正体が人に化けた怪異だとまでは気づいていないようだ。
それでも奴らの常軌を逸した蛮行に、人として何かせねばと感じたのだろう。
仮にも自分たちの、異能力という特別な力を自覚している状態では。
そんな彼らは少し前に起きた銃密輸組織同士の抗争という名目での不正移民の大量死に疑問を感じていた。
そして先日のカーチェイスと、違法移民に誘拐された少女の保護。
彼らは、その陰に確たる意思をもった何者かの存在を確信した。
そして接触しようと試みていたのだ。
骨のある奴らもいるんだと舞奈が何となく笑う。
「もちろん我々もすべてを他人に委ねて地元の安全を守ろうなどとは考えていません。現状でも自分たちの力と異能を最大限に生かし、治安維持に努めています」
「それは頼もしいでゴザル! して、具体的にはどのような?」
「よくぞ聞いてくださいました。我々は奴らの動きを監視し、奴らが法に抵触し一般人を害する素振りを見せたら即座に警察に通報する活動を続けております」
「(お、おう……)」
リーダー氏の言葉に、聞いていた舞奈は少し面食らう。
聞いている向こうサイドの男たちも普通に誇らしげだし。
舞奈的には、その活動に異能力は必要ないんじゃ? と思うのだが。
それでも、まあ理屈は理解できるのも事実だ。
舞奈たち仕事人や執行人は【機関】の庇護下にある。
大きな組織に法的に守られながら、怪異との戦闘に身を投じている。
故に少しばかり事を荒立てても事件は箝口され、罪に問われる事はない。
対する怪異どもも、権力を簒奪する事で同じ事をしている。
この街では市長が怪異なのだったか。
故に法を捻じ曲げて悪を成し、逃げおおせる事ができる。
だが組織の庇護のない小集団が同じ事をすれば、有無も言わさず犯罪者だ。
義のために集った異能力者が、地元警察と敵対しては元も子もない。
それが異能力に目覚める前はおそらく善良な一市民であった彼らにとっての常識だ。クジラが哺乳類だって事くらい常識だ。法治国家は勇者を必要としない。
それでも彼らは法の範囲内で勇気を振り絞り、顔なき英雄になろうとしている。
それに、狂える土どもを合法の範囲内で監視するだけでも異能力は役に立つ。
何せ奴らの正体は怪異。
いざとなったら容赦も遠慮もなくこちらを殺しにかかってくる。
その危険性は言われずとも理解していると信じたい。
武装せず合法的に身を守るために【装甲硬化】【虎爪気功】は役に立つ。
交番までたどり着くために【狼牙気功】が必要になるかもしれない。
あるいは彼らが舞奈たちと接触しようとした理由も、派手な立ち回りで怪異の悪事を阻止した一行が法的なペナルティを受けていないからなのかもしれない。
要は有効な実行力が欲しいのだ。
そう考えれば、しょっぱなの少し自嘲気味な台詞にも合点がいく。
舞奈がそう当たりをつけた途端……
「……こういう事を初対面の皆さまに話していいのか知りませんが」
「某どもは構わんでゴザルよ」
少し言い淀みながらリーダー氏は告げる。
何故か目前のドルチェではなく舞奈に、あるいは明日香に目を向けながら。
「我々の仲間となり得る異能力者を探している最中に、ひとりの少年と出会いました。彼もまた異能力に目覚め、我々の理念に賛同してくれた」
その口調が先ほどまでより少し重々しい事に舞奈は気づく。
ドルチェは無後のまま先をうながす。だが、
「それでも彼はあまりに年若く、故に仲間には迎え入れたものの実務には関わらせず保護対象として面倒を見ていました。我々との関係を口外しない事と引き換えに施設を解放し、異能力に関する相談にも乗っていました。ですが……」
彼は言葉を躊躇う。
その表情の端々に、周囲の男たちの表情に滲む苦悩に、舞奈は思い当たった。
おそらく冴子やザン、一行の他の面子のうち何人かも。
だが誰かが何かを言おうとする前に……
「……奴らに殺された。違いますか?」
「おっしゃる通りです」
冷徹な声色で会話を継いだのは明日香だった。
リーダー氏は意図的に感情を抑えた穏やかな口調でうなずく。
割と容赦のない口の挟み方ではある。
だが沈黙を続けても苦痛が長引くだけだと彼女は知っている。
何故なら明日香も彼らと同じように、舞奈や冴子やザンと同じように、奴ら邪悪な怪異に大事なものを奪われた。
喪失の痛みをやわらげるものは、少なくとも彼女にとっては沈黙ではない。
決意と行動だ。
故に冷徹に事実を告げた。言葉の執刀医のように。
そして、今の会話で舞奈にも事情がつかめた。
今回の仕事に就いてすぐに、舞奈が先走って片づけた狂える土のグループ。
そんな事をした理由は、奴らが子供を殺して不起訴になったからだ。
だが被害者は、ただの子供じゃなかった。
異能力を持つ子供だった。
「……そいつの異能力は何だ?」
「透明化の異能力【偏光隠蔽】です」
「なるほどな。そいつは多分、あんた達に内緒で奴らを探ってたな」
リーダー氏は悔恨を滲ませた重々しい口調で答える。
対して舞奈は怒りとも笑いともつかぬ激情を浮かべながら言葉を続ける。
口調だけは穏やかに。
男子がどういうものの考え方をするかは知ってるつもりだ。
もちろん舞奈は男子じゃない。
だが決して少なくはない男たちと出会い、友と呼び、そして彼らが感じているのと同じ後悔と無力感、怒りと共に失った。
故に断言できる。
その彼もまた、自身の異能力を駆使して仲間の力になりたかったのだ。
ただ守られるだけでなく、対等な立場になりたかった。
自身にしかない力で、大人にはできない事をしたかった。
だから先走った。
透明になる異能を見破れる何者かが敵の中にいるなんて考えもしなかった。
彼を愚かだと思う考えを舞奈は否定しない。
だが、それなら彼の想いを笑った奴を倍の力で殴ってやりたい気持ちも同じだ。
だから……舞奈は笑う。鮫のように。
「で、奴らの秘密をつかんだ。銃の密輸だ。だが見つかって消されたんだと思う」
「なっ……!?」
事もなげに語られた言葉にリーダー氏は驚く。
周囲の男たちも。
だが舞奈は続ける。正直なところ裏付けをとった訳でもないのだが。
「あんたらもニュースで見たろう? 例の密輸グループだ」
「彼が奴らを……」
「もう証拠はないけどな」
舞奈は一瞬だけ口元に乾いた笑みを浮かべ、
「それでも奴らは死んだ。全員だ。どいつも糞みてぇな奴だった。集団で襲ってくるやりかたも、死に様も、全部が糞だった。別の場所に居たスナイパーを殺ったのは仲間だが、そっちも惨めったらしい酷い死にかただったらしいぜ」
すぐに鮫の如く剣呑な笑みを広げながら語る。
死と苦痛を表す単語が続く、道徳とも癒しとも真逆な言葉。
だが事実だ。
その少年を『消した』奴らは舞奈が同じ場所で、同じように『消した』。
鷹乃とテックの力を借りた。
当時の、ひとりの子供の理不尽な死を知った怒りを思い出す。
彼が死んだのと同じ場所で、罪を償わずに保釈された人の姿をした怪異どもを次々に打ち倒した高揚を思い出す。
そんな舞奈の表情で察したのだろう。
「……君たちに会えてよかった」
リーダー氏は少し安堵した口調で、ひとりごちるように言った。
周囲の男たちも一様に驚きと、他の何かがないまぜになった表情を浮かべる。
彼らは知ったのだ。
かつて自分たちが守れなかった少年の仇討ちがされたのだと。
目前のひとりの少女の手によって。
だから救われた。
逆に舞奈も。
あの少年が本当にしたかった事を、自分が完遂したのだと今、知れた。
彼は、彼らは本当の意味で仲間を得たと。
そう思えるのは悪い気分じゃなかった。
だから最初は尾行者だった彼らも、舞奈たちも、気づくと笑みを交わしていた。




