強襲2 ~銃技&異能力vs回術
動き出した怪異どもを止めるべく支部を飛び出した舞奈たち。
だが怪異どもはターゲットの少女たちを拉致した後だった。
ドレスの男が操る敵のライトバンvsドルチェが操る舞奈たちのライトバン。
壮絶なカーチェイスの末、舞奈とやんすの機転によって敵車の停車に成功した。
前半分を店舗の壁に埋めたライトバンから跳び出す怪異ども。
対して舞奈は身構える。
後方に停まった自分たちのライトバンからも仲間たちが降りてくる。
いよいよ奴らとの決着をつける時だ。
舞奈は敵が出てくるどさくさにまぎれて敵車の車内を覗き見る。
ニヤリと笑う。
後部座席で眠る2人の少女を見つけたからだ。
卓越した感覚で察する限り外傷はなく、呼吸も問題なさそうだ。
……そう安堵した次の瞬間、世界が変容した。
薄汚れた周囲の景色が一転する。
立ち並ぶ店舗はハイカラな大正時代風の建物に。
路地は真新しいアスファルトに。
冴子の【天岩戸・改】による戦術結界が形成されたのだ。
「ヒューッ! 流石だぜ!」
舞奈はサブマシンガンを構えて走りながら笑う。
これで車道を走る車や歩道に集まる野次馬からは舞奈たちは見えない。
まあ結界そのものが外からどう見えるかは知らないし、情報統制は必要だろう。
だが中にいる舞奈たちが手札を惜しむ理由はなくなった。
しかも前回より格段に施術が速い。
最初から停車と同時に相手を閉じこめるつもりで準備していたのだろう。
冴子も奴らとの対決に備えて手札を鍛えていた。
だから――
「――待たせたな! 首狩り野郎!」
舞奈も敵との数メートルの距離をみるみる縮める。
ターゲットは前回と同じ、狂った女。
尋常じゃない顔つきをした、くわえ煙草の中年女は血走った双眸で睨んでくる。
「この前のガキ! わたしの邪魔をするために追いかけてきたの!? キモイ!」
「鏡でてめぇのピエロみたいな顔を見てから物言えよ!」
「何だと!? 何ですって! ガキのクセに!」
敵はヒステリックに叫びながら掌をかざす。
ジャラジャラと宝飾された醜い手からレーザー光線が放たれる。
即ち【熱の拳】。
それも一発や二発じゃない。
マシンガンの如く乱射だ。
「おおっと! 気にしてたのか!? そりゃスマン!」
舞奈はレーザーを跳んで避ける。
一瞬前まで舞奈がいた足元のアスファルトがレーザーに炙られて焦げる。
本来、回術士に限らず妖術師は長距離への施術を不得手とする。
異能力と同じように身体に宿る魔力を扱うためだ。
彼女ら、彼らの魔力は、その身体を遠ざかる距離に応じて急激に減衰する。
その理を覆すべく手段は2つ。
ひとつは道士のように、自身の分身ともいえる符を用いる事。
もうひとつは減衰を上回る魔力を力まかせに放つ事。
目の前の怪異がやっているのは後者だ。
しかも、それを乱射している。
目前の狂った女が醜く宝飾された身体に蓄えた魔力の強大さは疑いようもない。
それでも――
「なんで避けるの!? 避けるな! 生意気なクソガキ!」
「やなこった! お願いするなら口の利き方を考えろよ! クソ女!」
「何だと!」
舞奈は左右に跳んで、最小限の動きで無数のレーザーを避けつつ敵に迫る。
不敵な笑顔のまま相手を挑発しながら。
敵の術の威力が減衰しない至近距離を目指して。
何故なら舞奈は空気の流れを読み、空気を通じ相手の肉体の動きを読める。
身体を使って放つ攻撃は見切って避けられる。
それがレーザーによる射撃であっても同じだ。
加えて舞奈が手にしたサブマシンガンも距離によって威力は減衰する。
物理法則を使った通常の武器はたいていそうだ。
だから狙うは零距離射撃。
可能であれば接射。
そうでもしなければ銃弾は敵の【光の盾】に阻まれて消える。
明日香からのサポートがあるにしても、威力が減衰しないに越した事はない。
故にサブマシンガンを構えたまま、敵を翻弄するかのように至近距離まで迫る。
ヤニの悪臭に露骨に顔をしかめてみせる。
まともな人間が絶対に慣れる事がない糞尿が焦げたような悪臭の源。
それを口に加えている現実こそが、奴に銃を向けて撃って良い理由だ。
何故なら奴は人間じゃない。自身の姿を人に似せ、人を害し殺め続ける怪異だ。
「キー! 生意気なガキ! ムカツク! キモイ!」
「あんがい語彙は少ないんだな。それとも頭が悪いのか?」
「黙れ! キモイガキ!」
激昂しつつ、敵は【熱の刃】を行使し両手の先に熱光の刃をのばす。
射撃を諦め両刀使いの光剣で応戦する気になったらしい。
だが回術によって熱光の刃を準備する僅かな隙を、舞奈は逃さない。
サブマシンガンの銃口を躊躇なく敵の顔面に向け――
「――!?」
投げた。
理由は些細な違和感。
「何を……っ?」
顔面めがけて飛来するサブマシンガンを、狂った女は払いのける。
舞奈の急な動きに対応できずに切り払い損ねたのだろう。
途端――
「――ギャアッ!」
「……っぶね!」
不吉な破裂音と共にサブマシンガンが真っ二つに割れた。
機関部が爆発したのだ。
装弾不良か何かだったか?
手榴弾の爆発のように撒き散らされた破片を、舞奈は素早く跳び退って避ける。
対して不意をつかれた女は妖術で身を守る暇もなく怯む。
奴も邪悪な人型怪異の例に漏れず、他者を害する事に慣れているが自分が害される事になれていないのだろう。
「何するのよぉぉぉ!? 訳わからないキモイガキィィィィィ!」
我に返った狂った女は憎悪のこもった双眸を舞奈に向けて怒り狂う。
ヒステリックに叫びながら光の刃――【熱の刃】を振りかざして追撃。
「てめぇんとこの銃だろ! どういう了見で物作ってやがる!? 殺す気か!」
舞奈は跳び退って避けながら煽り返す。
やや八つ当たり気味な自覚はある。
だが先ほど、あのまま撃っていたら舞奈は大怪我じゃ済まなかったのだ。
米国の脂虫から拝借した質の悪い拳銃ですら爆発まではしなかった。
やはり人型怪異が作った密造銃なんか使うものじゃない。
しかも事故とはいえ至近距離で銃が破裂したダメージを、防護無しで防がれた。
面の皮そのものもも相当に厚いらしい。
あるいは強力な【強い体】で身体強化しているか。
そんな相手に対し、いきなり得物が拳銃一丁になってしまった。
そう思いきや――
「――舞奈さん! これを使うっす!」
「おっ?」
背後から何か飛んできた。
突然の事に驚きつつも、着地しながら後ろ手で見もせずに受け取る。
その程度は造作ない。
そうやって手に取ったのはアサルトライフルだった。
「これ、五月蠅くて嫌なんだよな」
言いつつ口元には笑み。
TAR21は、先ほど投げた05式衝鋒槍と同じプルバップ方式の銃だ。
銃後方に機関部があるので、伏せた状態で撃つと耳の真横で爆音が鳴り響いて洒落にならない五月蠅さなのを舞奈は知っている。
何故なら以前に同じ銃を借りて、のっぴきならない状況を生きのびた事がある。
奴と同じ妖術を使う人型怪異、滓田妖一を討った決戦で。
舞奈が愛用するジェリコ941やガリルと同じイスラエル製の小銃は、怪異が使う密造品なんかと違って信頼できる。
だから舞奈はアサルトライフルを構えて笑う。
その一方で――
「――わたしは女よ! 女なの!」
「そうでゴザルか」
女物のドレスを着こんだ見苦しい中年男が、鋭い長柄でドルチェを突く。
肥え太った執行人は何食わぬ表情のまま避ける。
「いや、どう見てもおっさんだろ!」
「キィィィ! 何ですって!?」
ザンも両者と慎重に距離を取りつつ、敵の動きに隙を作ろうと煽る。
あるいは思った事がそのまま口に出ただけかもしれないが。
そんなザンの周囲を4枚の【氷盾】が飛翔する。
明日香からの援護だ。
ドルチェとザンもまた、ドレスの男と対峙していた。
今度の敵の得物は高枝切りバサミ。
本来の戦闘スタイルはボクサーらしい。
つまり今回は本気を出したのだ。
「あんたたちみたいなムサい男じゃなくて! 女と戦わせなさいよ!」
敵の寝言に対し、
「おまえなんかが女子小学生と戦うなんざぁ百万年早いぜ!」
「そうでゴザル! 瞬殺されるでゴザルよ!」
「何ですってェェェ!?」
続けざまに煽る。
両手に短刀を構えたザンと、一見するとステゴロなドルチェ。
示し合わせた風でもないのに的確なツーマンセルの動きで敵に相対する。
おそらくドルチェの射撃を活かすための、完全な挟み撃ちではない位置。
だが敵の視界ギリギリに離れた位置から2人同時に接敵する。
敵にとって最も負担になる位置取りだ。
ザンは技術の鍛錬だけでなく、戦術についても学んだか。
そんな2人を相手に、
「キィィィィ! 差別主義者め! 許さないわァァァ!」
ドレスの男は高枝切りバサミの先に【熱の刃】を宿らせて薙ぐ。
狙いはザン。
やはり弱い方から先に潰す気らしい。
だが――
「――おおっと! おっかねぇ!」
初見のはずの、しかも長柄の先に光の刃をのばした常識外れに間合いの広い斬撃を、ザンは危なげもなく跳んで避けた。
ドレスの男は歯噛みする。
ザンはニヤリと笑う。
少し離れた場所で、狂った女の斬撃を同じように避けながら舞奈も笑う。
鍛錬の成果を彼は早くも発揮した。
接敵しながら、スピードまかせに押すのではなく敵の動きを見極めていたのだ。
そして、その目論見は上手くいった。
何故ならザンは【虎爪気功】。高速化の能力者だ。
単純なスピード勝負なら敵の身体強化【強い体】より速い。
斬撃のリーチと向きを見切りさえすれば、決して当たる事はない。
追従する氷の盾を頼るまでもない。
今回も彼にだけかかっている冴子の【身固・改】にもかすりすらしない。
今のザンは、奴らに翻弄されるだけだった以前の彼とは違う。
だから――
「――今度はこっちから行くぜ!」
ザンは駆ける。
大振りの斬撃を避けられてたたらを踏んだ敵が対応できないほどに素早く。
勢いのまま【虎爪気功】のスピードまかせに敵との間合いを詰める。
もちろん高枝切りバサミを手に体勢を立て直しつつある敵から目を離さずに。
だから男の掌から放たれた【熱の拳】をも跳んで避ける。
連射されたりしなければ、相手の手元を見てそうするのは容易い。
少なくとも今のザンにとっては。
さらに再度、振るわれた斬撃をも避ける。
そうしながら素早く接敵したザンに、ドレスの男は驚きつつも、
「くっ!? 小僧――」
隙なく高枝切りバサミを構え――
「――某にも出番を残しておいてほしいでゴザルよ!」
「なっ!?」
不意に背後に光のバリアを張り巡らせる。
直後、小さな何かがバリアに当たる。
敵の斜め後ろ、つまり死角に入りこんだドルチェの手元から何か飛んだのだ。
ザンに気を取られたドレスの男を、ドルチェは容赦なく後ろから攻撃した。
敵はそれを、とっさに片手に構えた【光の盾】で防いだのだ。
虚空に光った小さな何かは、熱光の盾に飲まれて消えた。
流石に敵も手練れ。
挟撃して不意をついたくらいじゃ倒せない。
だが二対一で、しかも相手の得物が長物ならドルチェの戦術は有効だ。
彼の投擲は素早い。
敵からすれば、投射体を確認してから対処するか否かを判断するのは不可能。
つまり何を投げようが対処にリソースを削られる事になる。
しかも敵は光の盾を展開するために片手で構える必要がある様子。
つまり両手で扱う、リーチは長いが振り回しづらい高枝切りばさみを得物にしたドレス姿の敵にとって致命的な隙になる。
加えて相方であるザンは【虎爪気功】。
だからドルチェの動きに気を取られたドレスの男に――
「――どうした! おっさん!? 余所見すんなよ!」
「きゃあっ!」
「うわっ!? 気色わるっ!」
素早いザンの、勢いののった両手の短刀による斬撃が炸裂した。
しかも慢心せずに、打撃の反動を利用して素早く距離をとる。
防護が間に合わずまともに喰らった敵の、不気味な悲鳴を煽る余裕すら見せる。
だが、まともに斬撃を喰らったはずの敵には目立ったダメージはない。
奴も強力な【強い体】で身体を強化しているからだ。
おそらくザンが今までに戦ってきたような雑魚とは桁違いの強敵。
それでも――
「――ハハッ! ザン殿! また差別とか言われるでゴザルよ!」
さらに敵の反対側から、続けざまにドルチェが何かを投てきする。
敵は跳び退りながら【光の盾】で防ぐ。
素早い双剣と投てきの波状攻撃。
一撃で倒せない強敵を、手数で強引にねじ伏せる作戦だ。
おそらくドルチェがザンに事前に言い含めておいたのだろう。
高い魔力と耐久力を持つが反応速度は人並な敵を相手に、最も有効な戦術。
敵の魔力も集中力も無限ではない。
それらを削り取る事ができれば、異能力者でも術者を倒せる。
それを理解し、実践できるほどの技量があるからこそドルチェは四国の一角で生き残る事ができた。
あえて小型拳銃を抜かないのはタイミングを見計らっているからか。
あるいは敵の油断を誘うつもりか。
わざと単調な攻撃を仕掛け、敵が自分を無視する気になった途端に、おそらく持っているであろう奥の手でも繰り出すつもりなのだろう。
そう分析しつつ――
「――わたしと戦ってる最中に余所見してるんじゃないわよ! ガキ!」
「ハハッ! スマン! あんたの顔があまりに見苦しいんでな!」
「何ですって!? キモイガキ! キモイ!」
舞奈も狂った女の斬撃を避けながら隙をうかがう。
あとは明日香の奥の手の準備ができれば、いつでも奴を討てる。
あるいは奴が自身の防護を無にするような致命的な隙を見せれば。
残る懸念は戦闘直後から姿が見えない、もう1匹。
車に乗っていたのは確認したのだが。
そう思った矢先――
「――ひゃぁぁぁ!」
「何だと!?」
やんすの悲鳴。
舞奈も思わず見やる。
少し離れた場所から援護していたバックアップ組。
その側のライトバンの上に、奴がいた。
他の2匹とは対照的な、地味な色合いの、大人の女性として常識的な衣服。
ややキツ目だが、他の2匹と比較すればまともに見える顔立ち。
だが他の2匹と同じようにくわえ煙草。
間違いない。
奴が『ママ』だ。
以前の戦闘で、戦術結界を無理やりに破って他の2匹を逃がした実力者。
「何時の間に!?」
明日香は驚きつつも身構える。
クロークの内側からサブマシンガンを取り出す。
8枚の氷の盾が彼女を、一行を守るように宙を舞う。
4枚は冴子の【氷嚢防盾】。
4枚は明日香がザンの元から呼び戻した【氷盾】。
他者の援護をしている場合じゃないと明日香は即座に察したのだ。
「おそらく透明化と、強力な認識阻害を併用されたんだと思うわ」
冴子もショックから立ち直りつつ身構える。
そうしながら何らかの術――おそらく追加の【身固・改】に集中する。
「さっきまで何もなかったのに、たまたま見たらいたでやんす~!」
尻餅をついたままの体勢のやんすがサブマシンガンを乱射する。
だがライトバンを止めた無数の小口径弾は、『ママ』が何気にかざした掌の前に出現した光の壁に阻まれて溶ける。
他の2匹が使っていたのと同じ【光の盾】。
だが熱く煮えたぎる遮蔽の輝度とサイズは桁違い。
それは奴が、他の2匹を凌駕する魔力をその身に宿している事を意味する。
「はわわわわ……」
弾切れしたサブマシンガンを構えたまま、やんすは驚きに目を見開く。
無力な執行人に、ライトバンの屋根の上から、『ママ』は地を這う虫でも見るような蔑みの視線を向ける。
「ここはわたしが引き受けます」
冴子とやんすをかばうように、果敢にもフランが立つ。
回術士の彼女は、魔術師と異能力者を守るのは自分の役目だと心得ている。
故に先ほど敵がしたように【光の盾】を構える。
だが輝く盾のサイズと構え方で舞奈にはわかる。
本来は戦闘向きな回術士である彼女の接近戦の力量は、だが敵に遠く及ばない。
バックアップ組の護衛役には最適だが、強敵との戦闘は荷が重い。
それを『ママ』は見抜いていた。
だからこそ戦闘開始と共に姿をくらませ、バックアップ組を強襲したのだろう。
やんすが気づいて悲鳴をあげなければ一瞬で全滅させられていたかもしれない。
そんな足元の4人を見下すように、『ママ』は口元に冷笑を浮かべる。
だらりとさげたままの腕の先、拳の先から熱光の刃がのびる。
こちらも他の2匹が使ったのと同じ【熱の刃】。
だが奴の光の刃は、同じ拳から輝くカギ爪の如く3本も生えた。
まちがっても人間を相手に用いるような施術じゃない。
斬りかかった敵を、たとえ車両でも装甲でも構わず引き裂く狂気の光だ。
「ハハハ! ママが本気になったわ! あんたの仲間、死ぬわね!」
「あんたも人様を笑ってる場合じゃないんじゃないか?」
狂ったように笑う目前の女に軽口を返しつつ、舞奈は小さく舌打ちする。
口元を歪めながら、目前の敵に対処すべくアサルトライフルを構える。
少しばかりまずい展開になった。
もはや目の前の狂った女と遊んでいる場合じゃない。
一刻も早くバックアップ組の援護に回って『ママ』を引き受ける必要がある。
だが目前の女を片づける秘策は、『ママ』と相対している明日香の手の中だ。