戦闘2-2 ~ヴードゥー呪術&銃技vs道術
「他愛もないものです」
クレアは笑う。
泥人間の群はアサルトライフルの斉射によって総崩れになった。
「それじゃ、後片づけはあたしの仕事っすね!」
ベティは渡り廊下の天井から跳躍する。
空中で一回転して、まばらになった泥人間の群の中に降り立つ。
銃火を逃れて生き残った泥人間の頭を、拳銃の銃底で砕く。
「ベティ! また暴走は勘弁してくださいよ!」
「心配無用っすよ! こいつらじゃ何匹集まっても滾らないっす」
ベティは笑う。
「それよりそっちに何匹か行ったっす! 気をつけるっす!」
「心配無用ですよ!」
生き残りのうち何匹かが、サチをかばうクレアめがけて走る。
1匹が長物の間合いの内側に跳びこむ。
だがクレアは素早くアサルトライフルを引きながら撃つ。
異能力で強化された泥人間が小口径ライフル弾に引き裂かれる。
どてっ腹を引き千切られた泥人間は汚泥と化して消える。
クレアはディフェンドゥーの流れをくむ近接銃技を取得している。
だから長物によるクロスレンジでの射撃が可能だ。
襲い来る泥人間を、クレアは次々に銃剣で突き刺し至近弾を浴びせる。
そんな相棒の無事を確信してか見やりもせず、ベティは素早く弾倉を交換する。
そして、最後に残った道士めがけて走る。
「ベティさん!? 気をつけてください!」
サチが叫ぶ。
スーツの道士が符をまき散らす。
そのすべてが鋭く尖った刃となって、ベティめがけてふりそそぐ。
即ち【金行・多鉄矢】。
サチは祝詞を唱えるが、消去で消えるのは中心近くの数本のみ。
だがベティは笑う。
「疾風のオーヤよ、お守りくださいませっす!」
叫ぶと同時に、群れなす刃はベティを避けて地に落ちる。
逸らし損ねた1本が浅黒い頬に赤い筋をつけるが、それだけ。
空気の盾を作る【盾の術】の呪術。
ベティはそのまま突き進む。
道士は口訣を唱え、【金行・作鉄】の妖術によって手にした符を剣に変える。
そしてベティに斬りかかる。
「動きのキレがいいっすね。【虎気功】の術っすか」
ベティは笑う。
それは気功によって身体を強化する付与魔法だ。
以前にアイオスと相対した土行の道士が使った【狼気功】の上位の術だ。
ベティの【豹の術】、泥人間の【虎爪気功】と同様に筋力を増して強く素早くする。
道士は唸り声をあげる。
そして素早く剣を横に薙ぐ。
ベティは跳び退って避ける。
付与魔法対、付与魔法。
その出力、素早さは互角。
道士は剣を振り上げる。
「けど動きが単調すぎるっす。舞奈様が見たら笑うっすよ」
ベティは笑う。
拳銃の背を使って慣れた調子でいなす。
体勢を崩した道士の頭に、胴に、小口径弾を容赦なく全弾、叩きこむ。
道士はたまらず腕で顔を庇いながら跳躍する。
薄汚い色のスーツの袖を、銃弾が容赦なく穿つ。
だが校舎を背にした道士の身体に、ほとんど傷はついていない。
気功で強化された肉体が、狙いの怪しい小口径弾を防いだのだ。
「やっぱ9パラはダメっすね」
口径のせいにして愚痴りつつ、弾切れの拳銃を投げ捨てる。
ニヤリと凄みつつ、間髪入れずに道士のネクタイをつかまえる。
そして校舎の壁が変化したレリーフに押しつけ、3発殴る。
「しょうがないっす、冥途の土産に食わせてやるっす!」
胸ポケットからささみスティックを取り出し、道士の口にねじ入れる。
そして道士を天高く放り上げる。
「雷嵐のシャンゴよ、力をお貸しくださいませよ!」
その瞬間ささみは消え去り、代わりに天からのびた稲妻が道士を打ち据える。
天空から雷を呼ぶ【雷の術】。
サチの【鳴神法】同様、【雷の術】も閉ざされた空間の中では威力が半減する。
だがベティは【供犠による事象の改変】によって、この制限を無視した。
ささみスティックは供物である。
そして警備員たちの攻めは続く。
「クレア!」
ベティは素早く飛び退く。
その跡に、ボロボロに焦げた道士が降ってくる。
「了解!」
落下して倒れる道士めがけて砲弾が飛来する。
クレアのグレネードランチャーから放たれたものだ。
道士がもがき立ち上がるより早く、その頭上に砲弾が落ちる。
そして爆ぜた。
紅蓮の炎が道士を飲みこむ。
炎の攻撃魔法に匹敵する凄まじい爆発。
その凄まじさに、サチは思わず息を飲む。
たとえ気功で強化されていたとしても、とうてい耐えられる威力ではない。
さらに背後は校舎の壁だ。逃げ場はない。
だが赤いレリーフの結界はそのまま。
術者が倒れれば、戦術結界は消えるはずだ。
これは不可解な事態である。
訝しむベティの、クレアの、サチの前で、道士を飲みこんだ爆炎が晴れた。
「これは、どういうことっすか!?」
その中で、道士は立っていた。
鉄の塊を盾のように前面にかざし、燃え盛る炎を法衣のようにまとっている。
「【金行・鉄盾】と【火行・防衣】っすね」
2段構えの防御魔法によってグレネードを防いだのだろう。
「しかし、先ほどまでは金行の術だけを使っていたはずですが……?」
クレアは首をかしげる。その時、
「……!? 気をつけて! 他に敵がいるわ!」
不意に啓示を受けたときの焦り方で、サチが叫ぶ。
レリーフと化した校舎の窓が開き、エラの張ったスーツの市議員が飛び出した。
市議員は顔を溶かして泥人間の本性をあらわしつつ、符を投げる。
符は火球と化して飛来する。
即ち【火行・炸球】。
「警備員さん!?」
「ベティ!?」
サチは、クレアは叫ぶ。
不意を突かれたベティに、避ける暇はない。
先ほどのグレネードに匹敵する爆発が、長身のベティを吹き飛ばした。
さらに、火行を使った新たな道士は雄叫びをあげる。
すると校舎の窓という窓が開いて、凶器を手にした泥人間の群が跳び出した。
凶器を構えた泥人間の群は、渡り廊下の隅に隠れるサチと園香、銃を構えるクレア、倒れ伏すベティを遠巻きに取り囲む。
手にした凶器は、錆の浮いた野太刀。
そのすべてを炎が、電光が包む。
即ち【火霊武器】【雷霊武器】。
形成は不意に逆転した。
魔道士の戦闘は、銃撃戦に似た一撃必殺の戦いだ。
敵の狙いを適切に読んで、確実に回避しなければ、死ぬ。
有利に立っているように思えても、敵が全滅する瞬間まで勝利は不確定だ。
金行の道士と、伏兵の火行の道士。
スーツを着こんだ2匹の道士は不気味に笑う。
新たな手下をけしかけるタイミングを見計らっているのだろう。
焦げたベティは立ち上がろうともがくが、戦える状態ではない。
渡り廊下の反対側では、サチが園香を抱きしめながらフェンスの陰で縮こまる。
そんな2人を守りながら、クレアひとりで2匹の道士を倒せるだろうか?
クレアは舌打ちする。
2匹の道士は口訣を唱える。
クレアは施術を阻止しようとアサルトライフルを構える。
だが弾切れ。
クレアは舌打ちし、無駄と知りつつ活路を探す。
サチは園香を抱きしめながら、目を閉じる。
だが次の瞬間、銃声。
2匹の道士はそろって怯む。
「ふう、間に合ったみたいだな」
戦術結界をこじ開けて、クレアの前に2人の少女があらわれた。