首狩り殺人鬼を探せ
よく晴れた平日の午後。
埼玉県の一角の、保健所に偽装された【機関】禍我愚痴支部。
その一角に位置する会議室の机上に設えられたモニターを見やりながら……
「……犯人の顔を割り出す手間がはぶけたぜ。まったく」
舞奈はやれやれとひとりごちる。
「ええ、流石にこれは……」
隣の明日香も今回ばかりは舞奈と同意見だ。
というか……
「……この展開は某も予想していなかったでゴザル」
「まったくでやんす」
「何と言ったらいいか……相手が何を考えてるのかさっぱりわからないわ」
「怪異が考える事なんか、訳わからない方が普通だよ」
同じモニターを見やるドルチェにやんす氏、冴子、皆が同じ反応だ。
一様に納得のいかない表情をしている。
特に生真面目な冴子は状況が訳わからな過ぎて困惑している。
舞奈は改めて肩をすくめる。
皆が視線の先は、舞奈が朝方にテックのタブレットで見たのと同じ代物。
つまり動画配信サイトにアップロードされていたアレな動画だ。
そいつを集まって早々、皆で見ながら再確認しているのだ。
動画の主役は2匹の狂える土。
1匹は似合わない女物のドレスを着こんだ太った中年男。中々に視覚の暴力だ。
だが、それにも増して酷いのは、もう1匹。
顔形だけは人間なのに目つき顔つきは怪異そのものな中年女だ。
人間の演じ方を忘れてしまった様子で最初から最後まで喚き散らしている。
明日香曰く、2匹は人間であれば血縁者である特徴を持っているらしい。
古今稀に見る凄惨な親子だ。
さらに女の方が弄んでいるのは先日の殺人事件で持ち去られた被害者の頭部。
つまり、この2匹は舞奈たちが探していた殺人事件の関係者だ。
実行犯と近しい間柄か、もっと言うと犯人そのものだと舞奈は思う。
なにせ術を使って首を切断し、胴体は置き捨てて首だけ持って行って配信するとかいう露骨に意味不明な異常行動を仕出かしたのだ。
そんなのは人型の怪異の中でも、このくらい異常な奴の専売特許な気がする。
何の事はない。
犯人は切断した首を弄ぶ様子を動画配信で見せびらかしていたのだ。
そいつをテックは見つけ、学校で教えてくれた。
他の皆も似たり寄ったりの状況で朝方のうちに動画を見ていた。つまり――
「――つまり敵が尻尾を出したって事か? ハハッ! ラッキーだぜ!」
ザン以外の全員が諜報部顔負けの偉業を達成していた。
この訳わからない事実を今知ったばかりなせいか元気いっぱい得意げな青年を、
「貴方の精神的なタフさが少し羨ましいわ」
冴子が疲れた表情で見やる。
別にザンは精神的にタフとかではなく何も考えてないだけだと舞奈は思う。
だがツッコむのも億劫な気分なのでスルーする。
ザンは(そうっすかね?)みたいな満面の笑顔だ。
確かに少し羨ましい。
ちなみに画面の中の殺人鬼どもは、被害者が女の方をいやらしい目で見たから殺したとか、レイプしようとしたから殺したとか口走っていた。
だが犯人どもに、うわ言のようなの調子で言われても説得力はなし。
単に口のない死者を貶める意図だと満場一致で判断した。
なので耳障りな音声はミュートにして、見苦しい怪異が無音で暴れる様子を眺めながら皆は知り得た情報の確認をしている。
そのように何と言うか、いろいろな意味で精神的に疲労しながらも、
「この2匹のどちらか、あるいは両方が回術を使うはずでゴザルか」
気を取り直してドルチェが発言する。
どんなにアレな事件でも、それに怪異が絡んでる以上は仕事だ。
現状を分析し、対処しなければならない。
そして被害者の男性は高温の刃物で首を切断されていた。
つまり犯人はレーザーの刃を放つ事ができる術者だ。
それが中東由来の怪異である狂える土であるなら十中八九、回術士だろう。
「女の方は違うんじゃないのか? 覆面をかぶってないし」
ザンが得意げに宣言する。
まあ一理あるのは間違っていない。
狂える土どもは名目上とはいえ【三日月】を信仰している。
その教義は回術士の力の源でもある。
そして【三日月】には女は顔を隠さなければいけないという制約がある。
舞奈も覆面で顔を隠した回術士の知人が何人かいる(もちろん人間の)。
信者以外にも割と広く知られた教義なのだ。
だからザンも、画面の中の異常者の女は回術士じゃないと思ったのだろう。
だが……
「……教義がゆるい地域ではかぶらない所もあるんですよ」
「おっサンキュ! そうなんだ」
フランがお茶を出しながらツッコむ。
茶と一緒に給されたのは中東の焼き菓子だ。
ベースは千切りみたいなふわふわの生地。
その上にナッツやシロップがデコレートされている。
香ばしい小麦粉の匂いと甘い砂糖の芳香に誘われるように頬張ると、やわらかい甘みと生地の食感と共に、濃厚なチーズが口の中を満たす。
疲れた心にやさしい甘さが染み渡る。
舞奈は思わず笑顔になる。
「フランちゃんが作ったのかい?」
「はい。故郷のキュネフェです」
「そっか。最高だな!」
惜しみない賛辞にフランは照れたように微笑む。
まだ全員に行き渡ってないのにドルチェが追加を要求する。
体形通りの大食漢である。
フランが笑顔で「はーい、後でおかわりを持ってきますね」とか答えるので、舞奈も後で頼もうかと思った。
それはともかく、そんなフランも強力な預言が可能な回術士だ。
だが顔は隠していない。
服装は回術の腕前と必ずしも一致しない。
少なくとも人間にとって、術は見た目ではなく心の在り方だ。
「ま、カワイ子ちゃんが顔出しOKなのは有り難いけどな」
「もうっ、舞奈さんったら」
「舞奈さんは本当にぶれないでやんすね」
言いつつ舞奈は鼻の下をのばしながらフランを見やる。
フランは照れる。
やんす氏が肩をすくめる。
冴子や……隣の明日香も無言で同意する。まったく!
中東出身らしいフランはエキゾチックな褐色肌が魅力的な年頃の少女だ。
小柄ながらもスタイルは良く、見惚れるのも当然だと思うのだが。
そう思った途端、モニターの中で無音で叫ぶ異常な女が視界に入った。
まったく。
そもそも相手は所詮は怪異だ。
人間の顔も戒律も飾りなのだから、隠しても出していても関係ないのだろう。
それに……
「……にしてもこいつ、なんつうか狂える土っぽくなくないか?」
「そう? まあ狂える土より泥人間寄りの容姿ではあるけれど」
訝しむ舞奈を明日香が切って捨てようとする。
美味しいスイーツをいただきながら見るには似つかわしくないモニターの中の2匹の怪異の見た目は、如何にも中東風といった趣の狂える土とも少し違う。
狂える土と格闘した舞奈だからわかるが、汚らしさの種類が違うのだ。
この2匹は、人に変装した泥人間のようなアジア系の面影が少し混ざっている。
「道士の可能性があるでゴザルか?」
「それはどうでしょうか? 五行にレーザーの刃を形成する術はないはずですし」
「まあ、そうね」
続くドルチェの疑念を、明日香が否定する。
それには冴子も同意する。
まあ間違った事は言ってない。
冴子が言う通り道術が内包する【五行のエレメントの変換】は金、水、木、火、土の要素を順繰りに変換させながら顕現させる。
首を燃やさないように焼き斬る類の手札はないはずだ。
なので皆が舞奈の妄言だろうと納得しかけながらも微妙に困惑していると……
「……実は諜報部が犯人の身元を割り出してくれててね」
「それを早く言ってくれ」
トーマス氏がにこやかに口を開いた。
「この男女の人間としての戸籍は邦人って事になってるんだ」
「ほら見ろ」
言われて舞奈は得意げに隣を見やる。
だが明日香は礼儀正しく無視。まったく。
「そのために東洋人っぽい見た目に化けたでゴザろうか?」
「それは何とも」
「まあ、怪異の生態には未知数の部分が多いでやんすからね……」
それでも、そのように皆で納得し、
「もちろん人間としての現住所も判明している」
「そりゃあ話が早い」
さらに続くトーマス氏の言葉に、
「件の解体業者との繋がりは特に見つからなかったが……」
「そいつは本人に聞けばわかるさ」
舞奈はニヤリと笑う。
何せ過程はともかく敵の顔は判明した。
いつもながら頼りになる諜報部の尽力によって居場所も突き止められた。
そして今度の敵に狙撃手はいない。
多人数で取り囲めば生け捕りにする事もできるだろう。
奴が犯人じゃなくとも、そいつの居場所を吐かせることができる。
他に黒幕や手引きしている奴がいても同じだ。
そうすれば、この訳のわからない異常な事件も解決。つまり縁が切れる。
話が早くてラッキーだ。
あるいは奴らから今回の一連の仕事の最終目的でもある狂える土どもの不審な動きについて何かの手掛かりを得る事ができるかもしれない。
なにせ前回のグループは全滅させてしまったので情報はとれなかったのだ。
舞奈が最強だからと言って、ひとりで何でもできる訳じゃない。
銃の密輸グループは地元警察が確保したが、そっちは本当に特定アジアから銃を密輸していただけだったらしい。
その情報も疑わしくはある。
だが奴らの身柄は地元警察だ。
こちらの流儀で必要な情報を吐かせる訳にもいかないだろう。
だが、今回は違う。
「某たちが大っぴらに深入りして大丈夫でゴザルか?」
「そちらは問題ない」
ドルチェの慎重な確認事項にトーマス氏がにこやかに答え、
「地元警察への根回しは済んでるから、ある程度は無茶しても後で揉み消せる」
「こりゃスゲェ! 流石はトーマス!」
ザンが歓声をあげる。
それには舞奈も同感だ。
結局のところ舞奈も皆も他所から来た実行部隊でしかない。
地元の勝手がわかった人間に足場を固めてもらわなければ的確には動けない。
こういう場合には地元警察と連携が取れるトーマス氏の存在が心強い。
普段は頼りない優男だが、やる時はやるという訳だ。
……という訳で数刻後。
「本当にこっちでいいのか?」
「地図ではこの先でゴザル」
舞奈たちは晴れた空の下を歩いていた。
一行は犯人親子の住処とおぼしき民家へ赴く事になった。
珍しく迅速な行動である。
だが今回は下見を兼ねた少人数での様子見だ。
なので――
「――にしても、こんなんで本当にバレないのか?」
大きめのサングラスを鼻で動かしながら舞奈は周囲を見やる。
フィクサーや担任の先生がいつもかけているので馴染み深いアイテムだが、そういえば自分でかけたことはなかった。
視界にフィルターがかかって妙な気分だ。
もちろんそれだけじゃない。
目深にかぶったベレー帽で髪を隠し、ヨレヨレのズボンにシャツという格好。
念のための変装だ。
今はまだ顔が割れていないとはいえ、正体はバレないならそのほうが良い。
拳銃もナイフもシャツの下に隠せたので、有事にも対処はできる。
「怪異どもは生粋の人間の顔を見分けるのが苦手ではゴザルが、変装で正体がバレにくくなるならそれに越した事はないでゴザルよ」
「いや、あんたがそれを言ってもなあ……」
横を歩くドルチェにツッコむ。
彼も舞奈同様に似合わないサングラスをかけている。
格好も普段より少しは厚着になってはいる。
だがトレードマークのシャツのアニメキャラの顔は、わざわざコートをはだけてまでコンニチワしている。
こだわりがあるのか知らんが、そこが同じだと変装の意味ないのではないか。
おまけに超特徴的な体形である。
怪異が人間の顔形の判別が苦手とは言っても限度があるだろう。
「でも、よくサイズが合う服があったっすよねー」
「まーそりゃあたしやドルチェが着れる服があるくらいだからなあ」
さらに横を歩くザンにもツッコむ。
こちらは普段より……何と言うかチャラい格好になっている。
中肉中是の青年だから当然と言えば当然だがサングラス姿も無難に似合い、暇を持て余してぶらぶらしている陽キャの兄ちゃん感が良く出ている。
3人の中で最も変装が上手くいっているとも言える。
『こちら後方。確認できてるわよ』
「そいつは何より。しっかり見ててくれよ!」
胸元の通信機から聞こえる冴子の声に答える。
冴子や明日香、やんす、フランは少し離れた場所からバックアップだ。
フランのような回術士(というか妖術師)は身体に大量の魔力を蓄えている。
その魔力が魔力感知で見つかる危険を少しでも減らすための方策だ。
幸いにも付近は人通りも少なく他の狂える土の姿も見当たらず、後方が独自に暴徒に絡まれる心配もない。
もちろん何事もなく偵察できれば4人の出番はない。なので、
『ちゃんとうだつの上がらない男子に見えてるわよ』
「うっせぇ」
明日香の軽口にツッコむ。
後ろからついて来るだけの4人は特に変装とはしていない。
なので明日香は舞奈が普段はしない格好なのを面白がっているのだ。
まったく。
それはともかく、ふと舞奈は先の事件で犠牲になった男児の事を思い出す。
会った事もない彼が犠牲になった理由は怪異どもの気まぐれだろうか?
人間の顔の見分けがつかないという怪異どもが、殺したはずの子供が蘇ったと見間違えてくれていたら痛快だと思った。
身勝手な獣のような怪異どもに人間的な因果応報の概念なんかない。
そんな事は百も承知だ。
だが、それでも奴ら自身の命が潰える間際に、他の誰かを不幸にした事が自分の末路に繋がっていたと思わせてやれたと思うのは悪い気分ではない。
そんな事を考える間に――
「――ここっすね」
「そのようでゴザルな」
「おっ着いたのか」
ザンとドルチェの言葉に、何食わぬ顔のまま立ち止まる。
ゴミが散乱したスラムのような一角に、その建物はあった。
『様子見なんだから、安全第一で頼むわよ』
『そうそう。無難が一番でやんす』
「わかってるって。奴らが出てきたら、ひとり残らずのしてやるよ」
『舞奈ちゃん……』
『まったく。ザンさんみたいな事言わないの』
「えっなんで俺?」
通信機越しに軽口を叩きつつ、油断なく問題の家を見やる。
思っていたより大きな家だ。
汚いながらもちょっとした屋敷くらいのサイズがある。
造りも堅牢だ。
家主が何らかの非合法な仕事で私腹を肥やしているのだろう。
舞奈は口をへの字に曲げる。
トーマス氏からは奴らの表の仕事までは聞いていなかった。
だが奴らの異常な言動に相応しい汚れ仕事だろうと舞奈は思う。
ゆすりや脅し。
あるいは今回の事件みたいな理不尽で異常な殺人。
表向きの人間の顔は邦人でも、その本性は邪悪な怪異だ。
「どれ、ちょっと中を覗いてやるか」
「あっ待つでゴザルよ」
舞奈は如何にもやんちゃな子供を装って窓を覗きこもうとする。
それを如何にも大人って感じで制止するドルチェ。
「……なに笑ってやがる」
こちらを見やって笑うザンを舞奈は睨み返す。
その背後に――
「――避けろザン!」
「えっ?」
忍び寄っていた人影がナイフを避けて跳ぶ。
驚くザン。
ナイフは舞奈が抜く手も見せずに投げた。
一瞬だけ遅れ、中肉中背の兄ちゃんから少し離れた場所に降り立つ歪な影。
人に酷似しているが人と何かが致命的に違う、人型の怪異の動き。
その隣に、さらにひとつの影が立つ。
ザンを襲おうとした人影は2つ。
狙われたのはザンが隙だらけだったからか。
2匹がかりで一度に襲えば最初に倒せると思ったのだろう。
だが余所見していた舞奈とドルチェはそれに気づいた。
それぞれ1匹づつ対処した。
でっぷり太った側の彼も舞奈と同様に何か投げたらしい。
もちろん事前の打ち合わせなんかしてない、とっさの判断だ。
やはりドルチェは見た目に反して相応の実力者だ。
そんな2人の迎撃を避けた敵の動きは、明らかに普通の人間のそれじゃない。
人間とは違う……そして人間を凌駕する身体能力を持つ人型の怪異。
そもそも普通の人間は隙があるからという理由で人を襲ったりしない。
抜き身の刃物を構えていたりもしない。
……何より、その刃物が白熱の色に輝いていたりもしない。
「こりゃ重畳。探す手間がはぶけたぜ」
舞奈はニヤリと笑う。
「それには同意でゴザル」
隣で構えたドルチェも笑う。
「ああっ!? あいつら!」
ようやく状況に気づいたザンが驚く。
その理由は2匹の怪異の容姿だ。
片方は似合わない女物のドレスを着こんだ太った中年男。
もう片方は人間としてのタガが外れた異常な目つき顔つきの中年女。
どちらも見た目だけはアジア系。
舞奈たちが探していた殺人鬼が、さっそく尻尾を出したのだ。