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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第21章 狂える土
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偵察 ~式神vs狂える土

 よく晴れた平日の夕方。

 埼玉の一角にある保健所施設に偽装された【機関】禍我愚痴支部。

 他の支部と変わらぬ打ちっ放しコンクリート造りの会議室で――


「――つまり鷹乃ちゃんは、そいつらの事を調べてたって訳か」

「前任者のPMCの人だね。なら、そういう事になるね」

 舞奈の問いに、優男のトーマス氏が答える。


 側では明日香や他の面子も思い思いに資料を見ている。

 ファイルに収められた資料に冴子ややんすが真面目に目を通している側でザンが舟をこいでいたりするが……まあ気にしない事にする。


 禍我愚痴支部管轄地域での任務の2日目。

 舞奈たち他県からの協力者組は、地元民のトーマスから説明を受けていた。


 当面の舞奈たちの仕事は、鷹乃が果たせなかった調査の再開だ。

 鷹乃の式神は狂える土どもの不審な動きに関係すると目される不審人物の身辺を調べていた。

 その最中に発見され、撃墜されたらしい。

 敵は思いの他に手強く外部からの協力者ひとりには荷が重いと【機関】は判断。

 以上の理由で舞奈たちの出番となった。


「人……って、会った事はないのか」

「機材だけで送られてきてリモートで仕事してたんだ」

 ふと首を傾げた舞奈にトーマス氏が答え、


「打ち合わせはチャットでして、調査は式神を遠隔操作してたでやんすね」

「そうだね」

「楽しそうだな……」

「ほら。鷹乃さん、出張とかない条件で契約してるから」

 そんな前任者の話で少し盛り上がる。

 鷹乃ちゃん、巣黒から式神を操って調査をしていたらしい。

 それはそれでちょっとした技量だと素直に感心する。


「古風な方ですよね。気難しいけど根は素直な方です」

「本物は可愛い女の子なんだぜ」

「まあ、そうなんですか?」

 何となく言った言葉に反応した褐色の肌のフランに、


「ああ。こーんなにちっちゃくて、キイキイ鳴きながらぴょんぴょん跳びはねるんだ。今度、機会があったらハンカチに包んで連れてくるよ」

「ふふっ楽しみです」

「……また適当な事を。鷹乃さん怒るわよ」

 軽口を叩く。

 華奢で可愛らしい中東の少女が笑う様を見やって舞奈は相好を崩す。

 側で明日香が肩をすくめる。


「そういや鷹乃ちゃんの式神って、早期警戒機(E-2C)に変形する人型の奴か?」

「そのはずよ」

「そうだね。発着する時は隠形していてくれてたけど」

「ああ、この場所がバレないようにしてたのか」

 続く明日香やトーマス氏との問答を聞いて、


「えっ……? 巨大ロボ……!?」

「そうじゃなくて、人間サイズの式神がドローンになる……のよね?」

「ああ、そうだ」

 寝ぼけたザンに冴子がツッコむ。

 飛行機の話を聞いて目が覚めたらしい。

 これだから男子は。


 まあ魔術について疎い彼は魔術師(ウィザード)による創造物の事なんて知らないはずだ。

 そういう勘違いもあるだろう。

 もっとも魔獣を召喚できる術者や車に変形できる術者もいるので、極めて高位の術者なら実機サイズの戦闘機も召喚できるのかもしれないが。


 だが舞奈は、呑気な一行を横目に窓の外を少し睨む。


 鷹乃の式神とは以前に共闘したことがある。

 機銃代わりの短機関銃(9ミリ機関拳銃)に加え、本人が遠隔発動することにより陰陽術を使う。

 同僚としても頼りになり、単体でも強力な兵士だ。

 それが襲撃され、撃墜されたと言う。

 生身の人間が調査していたら早くも犠牲者一号だっただろう。


「その不審人物の戸籍とか周辺情報はあるでやんすか?」

「あっそれならファイルにまとめてありますよ」

 やんすの問いに、フランがキャビネットからファイルを取り出す。

 回術士(スーフィー)だという彼女の常時の役割は雑用らしい。


 何と言うか禍我愚痴支部、県の支部では対処できない怪異の浸透に対処するために設置された支部にしては術者の扱いが雑に思える。

 それに異能力者も含めて単純に数も少ない。

 今回の案件を担当しているのもトーマス氏とフランちゃんの2人だし。

 そこら辺を根本的に何とかしたほうがいいんじゃないかと少し思う。

 もっとも巣黒支部が桁違いなだけで、術者がいるだけでも他の支部に比べれば充実した戦力なのかもしれないが。

 逆に常時から楓や小夜子みたなピーキーな人材を何人も擁するのも負担だろう。


 それにしても流石はハカセ。

 早くも調査は他の面子にまかせて資料による分析に専念するつもりか。


 彼の異能力や戦闘能力について舞奈は知らない。

 だが直接戦闘ではなくバックアップで本領を発揮するタイプだと察しはつく。

 というか、それ専門なのだろう。

 頭脳派ではあるが何だかんだ言って戦闘能力もある術者の知人が多い舞奈からしてみれば珍しいタイプだ。


「じゃ、あたしは付近の地図でも見せてくれよ」

「この近くの地図はこれだよ」

「どうも」

 舞奈もトーマス氏が差し出したファイルを広げて見やる。

 地図を見て付近の地形を頭に叩きこんでおくためだ。


 舞奈に机上の資料から真実を見つけるような技量はない。

 情報が欲しければ自分の足で探して自分の目で見つけなければいけない。

 そうやって、今までだってやってきた。


 ……と、そのように、その日は資料を見ただけで終わった。


 そして翌日の学校。

 珍しく何の騒動もなく午前の授業をこなし、給食も食べた昼休憩に……


「……よっ鷹乃ちゃん」

「なんじゃ、そなたらか」

 舞奈と明日香は6年生の教室を訪れていた。

 彼女がしていた調査について詳しく話を聞くためだ。

 もちろん調査の結果は資料にまとめてあった。

 だが本人から話が聞けるのなら聞いておかない手はない。


 本当に食べ終わったばかりなのだろう。

 上品に口元を拭いていたらしいハンカチを手にしたままの鷹乃を見やり、


「……なんじゃ安倍明日香。やぶからぼうに笑いおって」

「いえ、気にしないで」

「おまえも大概に失礼だろう」

 不意に明後日の方を向いて噴き出した明日香を、怪訝そうに鷹乃が見やる。

 鷹乃は6年生なのに、背丈は舞奈や明日香よりちっちゃい。

 お子様チャビーと同じくらいだ。

 なのでハンカチと鷹乃を見て昨日の舞奈とフランのトークを思い出したらしい。

 まったく。


 ……それはともかく。


「最初は式神を人間に変装させて付近を調べておった最中じゃ」

「らしいな」

「そこを奴らに襲われた」

 それは報告書で見た。

 語る鷹乃に相槌を返す。


 相手は数匹の狂える土。

 初日に舞奈が叩きのめしたのとほぼ同じ数だ。

 異能力の詳細もわかっている。

 スペックの比較では完全に鷹乃に軍配があったのだ。

 倒されたのなら他の要因があるはずだ。

 そいつが舞奈たちが対処しなくてはならない敵だ。

 なので、


「いきなりか?」

「うむ。強盗でも働くつもりだったのやもしれぬな」

 少しでも詳しく当時の状況を聞き出そうと言葉を重ねる。


「『金を出せ』とも言われずにか?」

「それは……」

 敵の思惑については深く考えてなかったのだろう。

 ツッコミへの言葉に詰まる鷹乃に、


「あるいは最初から人じゃないのがバレてたかね」

「チャックが見えてたりとかな」

 明日香がさらにツッコむ。

 舞奈も軽口を挟む。

 だが別に今回は調査の不手際を責めるために来たわけじゃない。

 なので、


「変装の出来を疑うなら先方の落ち度じゃろう」

「まあな」

 むくれる鷹乃をなだめるように軽く流し、


「で、2度目は?」

「術による隠形を見破られた」

「こりゃまた」

「使っていたのは【摩利支天・隠形符まりしてん・おんぎゃうふ】?」

「うむ。加えて【吉祥天・奇門遁甲符きっしょうてん・きもんとんこうふ】を使っておった」

「認識阻害もだと?」

 さらなる問答に思わず驚く。


 たしか【摩利支天・隠形符まりしてん・おんぎゃうふ】は光学的な透明化で、【吉祥天・奇門遁甲符きっしょうてん・きもんとんこうふ】は認識阻害――知性体の意識へのジャミングだ。

 今の話では、その両方を見破られている。

 正直、舞奈は普通にやっている事ではある。

 だが本来は高度な技術だという自覚くらいはある。

 それができる相手が今回は敵にいる。


「そして3度目は飛んでいるところを撃ち落とされた」

「何に?」

「おそらく地上からの狙撃じゃろうが……銃種はなんとも」

「おいおい。魔法じゃなくてか?」

「銃弾と見紛うほどに攻撃魔法(エヴォケーション)を収束させられる相手に比べれば、銃の方がよほど一般的じゃ」

「なるほどな。口径ってわかるのか?」

 次なる状況に少し驚きながら尋ねてみて、


「あくまで感触だが……おそらく7.62ミリじゃ」

「物騒なもの持ってやがるなあ」

 続く情報に口をへの字に曲げる。


 ライフル弾の中でも人を撃つなら小口径ライフル弾(5.56×45ミリ弾)で十分だ。

 それを敵は大口径ライフル弾(7.62×51ミリ弾)を持ちだした。

 そもそも該当地域は埼玉であって外国じゃない。

 拳銃すら珍しい国の一角だ。

 飛んでいる式神を見つけてあわてて撃てる場所にライフルがあるか?

 あるいは術士がいてレーダー的な何かで監視しているのか?

 どちらにせよ、ただの凶暴な人型怪異の集団というレベルではない。

 今回もまた、舞奈たちは見た目より厄介な状況に足を突っこんでいるようだ。


「で、後は後任が決まって、引き継ぎの資料をまとめて仕舞いじゃ」

「その後任、あたしらだけどな」

「お疲れさま」

 やれやれと話し終わった鷹乃を労った途端――


「――あ」

 タイミングよくチャイムが鳴った。

 なので、


「ありがとう! 参考になったわ!」

「じゃな鷹乃ちゃん! 礼はいつかするよ!」

「期待せずに待っとるぞ!」

 2人はあわてて自分たちの教室めがけてダッシュした。


 二棟の初等部校舎の3階を繋ぐ連絡通路を走りつつ、舞奈はふと思い出す。

 最初の襲撃の際に具体的に何が決め手で撃墜されたのかを聞いていなかった。  だが、それは次の機会に聞いても良いだろうと思った。


 そして午後の授業も滞りなく済ませて放課後。

 舞奈と明日香は県の支部から埼玉に転移。

 他の面子と合流し、早くも慣れた禍我愚痴支部へ向かった。


 そして打ちっ放しコンクリート造りの会議室で……


「へえ、こうやってやるのかー。スゲェ!」

「術者の施術を見る機会なんて滅多にゴザらぬからなあ」

「あんまり大騒ぎして、邪魔してやらんでくれよ」

 ザンとドルチェが子供みたいにはしゃぐ。

 舞奈はやれやれと苦笑する。

 明日香はともかく、冴子がどれほど雑音を気にせず集中できるか知らないのだ。


 会議机を脇にどけ、空けたスペースで2人は召喚魔法(コンジュアレーション)を行使している。

 明日香は並べたルーンの中心に紙片を置いて真言を唱える。

 冴子も似たような紙片を前に、祝詞を唱える。

 それぞれ【機兵召喚フォアーラードゥング・ゾルダート】【式打・改(しきうち・かい)】。

 各々の流派で標準的な、式神を召喚する魔術。


 それらを使っての調査が今日の仕事だ。

 正直、鷹乃と同じ調査のやり直しではある。

 だが撃墜をまぬがれれば前回より多くの事がわかるかもしれない。


「うぉ!? なんか出たぞ!」

「偵察用の式神でやんすよ」

 ザンが目を丸くする目前、会議室の床に2つの何かがあらわれた。


 冴子が呼び出したのは人形くらいのサイズの、古いカメラで映したようなおぼろげな姿をした日本兵。


 明日香が召喚したのは見慣れた小さな影法師。

 ただし今回は武装はなく、サイズも冴子の式神と同じくらい小さい。


「実体のない状態での召喚は珍しいわね」

 影法師の式神を、興味深そうに冴子が見やる。

 明日香が修めた戦闘魔術師(カンプフ・マギーア)が珍しい流派なのは確かだが、


「効率化の一環なのかしら?」

「いえ……」

 美的センスが壊滅的にないので、そうしないとバケモノが出ます。

 流派はたぶん関係ない。

 とは言い出せずに舞奈は苦笑する。

 流石の明日香も気まずそうに視線をそらす。


 そんな2人に構わず、冴子は召喚した式神に慣れた調子で注連縄を巻く。

 神術において、注連縄は補助魔法(オルターレーション)防御魔法(アブジュレーション)の媒体だ。


「【物忌・改(ものいみ・かい)】って奴か?」

「防御に使う【身固・改(みがため・かい)】よ。敵が報告書通りに動くなら、回避が困難な形で戦闘に持ちこまれる事を念頭に置いておいた方がいいもの」

「なるほどな」

 問いに対する答えに、何食わぬ表情で相槌を返す。


 式神に巻かれた注連縄の様式は、スプラの腕に巻かれていたのと同じだ。

 今は亡き彼が、はにかむような笑顔と共に見せてくれた。

 あるいは崩れたアスファルトの中から見つけ出し、彼の形見として持ち帰った。

 その様子を舞奈は今でも覚えている。

 だがスプラの知人だった彼女が、少なくとも表向きには何の感情も見せていないのに、舞奈がとやかく言う事じゃないだろう。


「これが噂に名高き神術の防御魔法(アブジュレーション)でゴザルか」

「なんかすげーな」

「ライフル弾を防ぐくらいの威力があるでやんす」

 舞奈の内心など知らずに無邪気に感心する男ども、解説するやんすを他所に、


「これを使ってください」

 フランが持ってきてくれた小型のカメラとマイクを持たせる。

 紐をつけて背負えるようにしておいてくれたらしい。

 小さな人型の式神が重装備になる様子に、


「人形で遊んでるみたいだな」

 舞奈が軽口を叩き、


「ドローンじゃ駄目でやんすか?」

「ドローンは飛んでいるし、ほら……目立つから」

「それもそうでやんすね」

 やんすの疑問にトーマス氏がにこやかに答える。


「では式神にリンクして調査を開始します」

「よろしく頼むよ」

 宣言し、明日香と冴子は集中する。途端、


「うおっ!? 動いたぞ!」

「そりゃ動くでゴザルよ! 式神でゴザルから!」

 それまで棒立ちだった2体の式神が、意思を持ったように歩き出す。


「走った!」

「これは見事でゴザル!」

 ザンとドルチェがホビーショーの観客みたいに無邪気に興奮する前で、2対の式神は思いのほか速いネズミくらいのスピードの駆け足になり、


「ドアから出ていくのか……」

「窓を乗り越える意味はないでやんすからね」

 やんすがちょっと開けたドアの隙間から外に出て行く。

 割とシュールな光景だと思った。

 そう言えば巣黒の諜報部には魔術師(ウィザード)がいないので、舞奈は式神を用いた諜報活動の風景を見た事がない。


「裏の通用口の横に猫用のドアが開けてありますから、そこから出てください」

「猫いるんですか?」

「このあたりではあまり見かけませんけどね」

「そうですか……」

「でも祖国にはいたるところにいますよ」

「そうですか!」

「いいから、おまえは集中しろよ」

 案内してくれたフランの言葉の余計なところに明日香が食いつく間に、


「外に出たでやんすね。モニターも感度良好でやんす」

 見やると、壁際の机に据え置かれたモニターに外の風景が映っていた。


 2体の式神が持ったカメラの映像をモニター越しに皆で見る。

 少しばかり見慣れた街並みも、式神の低い視点から見ると新鮮だ。


 そのようにして今日の調査が始まった。


 2台のモニターの中を、見上げるような街並みが流れていく。


「他人のゲームを横から見てるみたいだな」

「気楽に言ってくれるわね」

 軽口に、術に集中しながら明日香が答え、


「もうちょっと端っこ歩けるだろ? 犬に踏まれるぞ」

「遠距離から誘導してるんだから、そこまで器用にはいかないの」

「それじゃあ鷹乃ちゃんの式神の方が強いぶんマシじゃないか?」

「うるさいわね」

 そんな問答をしてる間に、


「奴らに見つかったでやんす!」

 モニターの中に狂える土どもが並んだ。


「ほら言わんこっちゃない」

 文句をつけながら画面を睨みつける。


 正直、舞奈もビックリするほどスムーズに発見された。

 今度の式神は鷹乃のそれと違って小さい。

 敵が警戒していたとしても容易に見つからないと思ったのだ。

 どうやって見つけたのだろうかと気にはなる。

 あるいは単に徘徊している狂える土の数が多いのだろうか?


 ともかく見たところ、先日に舞奈がのしたのと似たような奴らが数匹。

 得物は鉄パイプ。

 先日のように片言の日本語ではなく獣の唸り声のような何かを叫ぶ。

 舞奈に獣の言葉の心得はないが、嘲るようなトーンで何かロクでもない事を言っているのだろうと察しはつく。


 敵は先日に舞奈が一瞬でのした程度のグループだ。

 このくらいの匹数でつるむのが狂える土どもの基本パターンなのだろうか?

 モニターの中で並ぶ様子はゲームの敵キャラみたいにも見える。

 それでも式神の視点から見上げる構図のせいで巨人の群のようにも見える。


 そんなゲームの大男たちの口元を見やる。

 見る限り全員がくわえ煙草か、喫煙者の特徴でもある嘲るようなたるんだ不愉快な口の形をしている。


 奴らも所詮は人型怪異だ。

 そういった部分は変わらない。

 先日に奴らの悪行に気づいたのも、すえたような悪臭のせいだ。


 だがモニターやスピーカーからは匂いがしない。

 だから、やんすが声をあげるまで舞奈も奴らの接近に気づかなかった。

 役に立ってないという意味では舞奈も他の面子と変わらない。


「おおい!? どうするんだよ!?」

「まあ見てるでゴザルよ」

 ザンがあわてる。

 対してドルチェは訳知り顔で画面を見やる。


 術者を信頼してるのだろうか?

 あるいは四国の一角から生還した明日香に対する信頼だろうか?


 ……まあ信じる以外に出来る事がないのも事実なのだが。


 そんな期待をかけられた式神だが、2対とも武装はない。

 だが側の明日香は小さく真言を、冴子も祝詞を唱える。

 式神を通して遠隔で魔術を発動して応戦する算段だ。


 舞奈が慣れ親しんだ魔術の気配。

 だが魔術語(ガルドル)に続く肌に慣れた異変は周囲にはあらわれない。代わりに、


「うおっ! 魔法だ!」

「【防御魔法(アブジュレーション)】で身を固めたでやんす」

 驚くザンが見やるモニターの中で、2体の式神の前に氷の盾が展開される。

 それぞれ【氷盾アイゼス・シュルツェン】【氷嚢防盾(ひょうのうぼうじゅん)】。

 どちらも魔術によって宙を舞う強固な盾だ。

 だが出現した氷盾の数は各々2つ。

 明日香は鷹乃ほど式神越しに遠隔で魔術を使うやり方に慣れてない。

 冴子も似たようなものなのだろう。


 それでもモニターの中の狂える土どもは面食らう。

 ターゲットと同じサイズの氷塊が突然にあらわれたからだ。


 その隙に、術者たちは次なる施術。刹那、


「うおっ! 光った!」

「……ザン殿、楽しそうでゴザルな」

 モニターの中で明日香の式神がプラズマの砲弾を放つ。

 稲妻は手近な1匹を穿った後に軌道を変えて別の狂える土を穿つ。

 そうやって居並ぶ怪異どもを稲妻の鎖で一網打尽にする。

 すなわち【鎖雷(ケッテン・ブリッツ)】。


 ザンが言う通り音と光が少しばかり目立つが仕方がない。

 幸い戦場は人気のない裏路地だ。

 それにレーザーで周囲一帯を薙ぎ払うとかされるよりは穏当だ。

 そんな明日香の式神の隣で、


「うおっ! こっちは火が出た!」

「……ったく、術とか見るの初めてなのか?」

 冴子の式神が火を放つ。

 燃えさかる龍の顎を象った爆炎だ。

 赤く煮えたぎる炎の竜が、数匹の狂える土どもに喰らいついて飲みこむ。

 こちらは【火龍(かりゅう)】と言ったか。


 冴子が修めた国家神術は、大戦時に古神術や修験術を体系化した魔術だ。

 部分的に陰陽術のノウハウも組みこまれているらしい。

 つまり戦闘魔術(カンプフ・マギー)と同様、戦闘のための魔術だ。


 そんな国家神術は3つの技術を内包する。

 ひとつは作りだした魔力で因果律を歪めることによる【式神の召喚】。

 もうひとつは古神術と同様に空間を歪めることによる【防護と浄化】。

 そして魔力を炎や氷・稲妻に転化する【エレメントの創造】。

 魔術に共通する攻撃魔法(エヴォケーション)と、神道の防御魔法(アブジュレーション)を兼ね備えた強力な流派だ。


 攻撃的な2つの魔術による攻撃魔法(エヴォケーション)が、狂える土どもを打ち据える。


 明日香の【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】が外国産の薄汚い喫煙者をまとめて飲みこむ。


 冴子は間近に迫る狂える土めがけて水の砲弾【屠龍(とりゅう)】を放つ。

 水の竜に叩きのめされ、びしょ濡れになった敵に【紫電(しでん)】による稲妻で追撃、ヤニで歪んだ身体の芯まで通電させて消し炭にする。


 対して魔法攻撃の合間を縫って接敵した数匹の敵が鉄パイプを振り下ろす。

 だが異能力により燃える、放電する凶器を、4枚の氷の盾が受け止める。


 そのように式神たちは善戦する。


 まあ遠距離からの誘導が難しいのは本当らしく、式神はほとんど動いていない。

 魔術の威力も本人が直に行使するより幾分か弱い。

 だが戦況を見る限り目前の敵を排除するには問題ない。

 このままいけば勝てる。

 そう皆が確信した瞬間――


「――明日香! 冴子さん! 避けろ!」

 嫌な予感に急かされて舞奈は叫ぶ。


 ……だが手遅れ。


「あっ」

 片側のモニターの画面がノイズで埋め尽くされた。

 一瞬だった。


「あーあ。やられたじゃねぇか」

「うるさいわね」

 文句を言った舞奈を明日香が睨んでくる。


 画面の端に何か違和感を感じたのだ。

 気をつけて見ていたつもりだ。

 だがカメラが捉えたモニター越しの画像は何処か勝手が違う。

 装脚艇(ランドポッド)の操縦は外部カメラ経由のモニター越しでも特に問題なくできたのに。

 そんな事を考えながら舞奈が口元を歪めた途端、


「ごめんなさい。こちらも駄目」

 冴子のモニターも沈黙する。

 彼女の式神も撃墜されたらしい。

 氷の盾だけでなく【身固・改(みがため・かい)】で防護されていたはずの冴子の式神が。


 そのように舞奈たちの初の調査は特に収獲もなく終わった。

 鷹乃の調査に引き続いて4度目の撃墜だ。


 あまりに呆気ない幕引きに一同は言葉もない。


「奴らにカメラを回収されると厄介でゴザルな」

「この状況で、こちらの動きに気づかれるのは避けたいでやんすね」

「それは大丈夫。遠隔で爆発処分したから」

「それで変なタイミングで壊れたのか」

 ドルチェらの不安に対するトーマス氏の答えに納得する。


 優男は何時の間にか携帯を持っている。

 何らかのコマンドで爆破できる仕組みだったのだろう。

 失敗も予想の内だったらしい。


 なので、ひとまず一同は安堵する。

 それなら奴らを探っている者の正体を、奴らはまだ知らないはずだ。


 だが、調査が進まないのも事実だ。


 それでも今の一同にできることはない。

 なので、その日の仕事はそれで終了となった。


「舞奈さん、明日香さん、おつかれさまです」

「おかえりー」

 県の支部でレインと梢に出迎えられ、


「どうだったー?」

「ボチボチだよ」

「そっかー」

 梢に答え――


「――なあ、明日香」

「何?」

「さっきの戦闘の最後、おまえ何にやられた?」

「どういう事よ?」

 隣の明日香にだけ聞こえる声で、ボソリと問いかける。

 明日香は訝しむ。


 カメラの死角に何かいた。

 式神が撃墜された時に覚えた違和感の正体はそれだと思う。

 そいつが何かして――熟達した魔術師(ウィザード)が張り巡らせた防御魔法(アブジュレーション)を無視できる何らかの手段を使って式神を破壊した。

 だが、その推論を皆の前で告げるのが何となく躊躇われた。

 何となくだ。


 だが明日香も完全に予想外の事態だったらしい。

 手ごたえを確かめる暇もなかったのだろう。

 消去された訳ではないだろうという、あまり意味のない返事を返された。


 なので、そのまま舞奈も明日香も帰宅した。


 そして翌朝。


「テックさん、ちーっす」

「あ。舞奈」

「丁度良かったよ。実はな……」

 登校してきた舞奈はテックに挨拶する。

 唐突だが、ドローンの操作を教えてもらおうと思ったのだ。


 正直、昨日はやる事がなくて暇だった。

 なので次に偵察する機会があるならニュットあたりからドローンを借りて持っていこうかと思った。

 昨日の画面を見た限りでは、舞奈がゲーム感覚で真似してもいけると思った。

 幸い装脚艇(ランドポッド)の実機を操縦した経験がある。

 ドローンなんて触った事はないが、手足があって動くものよりは簡単だろう。


 目立つから駄目とも言われたが、昨日は目立たなくても見つかった。

 そこら辺を踏まえて話せばトーマス氏もわかってくれるだろうと思った。

 だが、それより……


「……そっちの方、厄介な事になってるわよ」

「どういう事だ?」

 タブレットから目を上げたテックが告げた。

 ニュースサイトを見ていたようだ。


 無表情なりに、面白くなさそうな彼女の様子が気になった。

 なので視線でうながされるまま画面の中でアップにされた記事を見やり……


「……なんだと?」

 思わず舞奈は口元を歪めた。


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