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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第21章 狂える土
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依頼2 ~人型怪異による実効支配地域の調査

 首都圏の一角に位置する【機関】本部での合同葬儀の翌週。

 あるいは舞奈と明日香が式典に参加し、冴子と会い、舞奈がパーティー会場でひと暴れし、『シロネン』で陽子や夜空、ルーシアらと女子会を楽しんだ日の翌週。

 つまり天気の良い月曜の朝。

 初等部校舎の一角に位置するホームルーム前の教室で……


「ぴよこだー!」

「買ってきてくれたんだね。マイちゃん、明日香ちゃん、ありがとう」

「まー折角だし、いっつも食いものもらってるからな」

「識者の意見を元に選んだものだから、間違いはないと思うわ」

 珍しく舞奈の席を囲んで歓声をあげるチャビーと園香。

 対して照れ笑いする舞奈と、生真面目にチョイスの是非を確認する明日香。


 皆が笑顔で見やっているのは、机の上に広げられた土産物の饅頭の箱。

 パッケージにも個別の包み紙にも素朴なひよこのキャラクターが描かれている。

 子供たちは見ているだけでニッコリ、怪異の弁護士が見たらクレームを入れてきそうな可愛らしいひよこだ。


 首都圏に行ったついでに折角だから土産にと買ってきたのだ。

 ちなみに明日香の言う識者と言うのは冴子の事だ。

 技術部の人だという彼女は渉外部とは関係ないし土産物のプロと言う訳でもないのだが、小学生からすれば普通の大人の言葉と言うだけで信頼に値する。

 そんな彼女からも「お土産? ぴよこが無難だと思うわ」と言われただけだが。

 あと年相応に木刀を手にした舞奈を「後で邪魔になるわよ」と止めてくれたり。


「舞奈たちが土産物なんて珍しいわね」

 登校してきたテックが通りがかり、


「ちーっす。珍しく土産を買う余裕があったんだよ。まあ、おまえも食え」

「ありがとう。いただくわ」

 感情のない口調で言いながらも、ひよこの形をした饅頭をひとつつまむ。

 何となく舞奈が見やる先でむしゃむしゃし、表情が薄いなりに嬉しげに微笑む。


 舞奈も明日香も、過去に何度か【機関】の仕事で小旅行はしたことがある。

 だが、そのほとんどが突発的な事件に対処したり、激戦の後に事件の元凶を打破したが街も壊滅していたりとかで土産を買うどころじゃなかった。

 だが今回は普通に式典に参加てきしただけだ。

 帰りの転送装置を借りに本部に戻った舞奈たちは、会場で大立ち回りした彼に謝罪され、Sランクへの尊敬の眼差しと事務員の警戒心を感じながら帰ってきた。


「ねぇねぇマイ! ウィアードテールに会った!?」

「遭ったっつうか……」

 まあ、ひょんな事から中の人こと陽子と夜空には出くわした。

 皆で馬鹿話をしながらケーキ食べてきた。

 無邪気なチャビーの言葉に、そんなことを考えながら思わず苦笑。

 だが神話怪盗ウィアードテールの正体をチャビーに話す訳にもいかず、


「ふふっチャビーちゃんったら。首都圏に行けば必ず会える訳じゃないよ」

「まあな」

 園香のフォローに笑って答える。

 そして、ふと思い出し、


「そういやあ、ルーシアちゃんに会ったよ」

「わっ久しぶりだ。元気だった?」

「ああ、元気だった」

 ふと言ってみる。


 ルーシアの妹のレナは訪日中、大使館でなく園香の家にホームステイしていた。

 残念ながらレナは帰国しているので先日は会えなかった。

 けど園香はルーシアとも仲が良かったし、皆で学校に来たこともある。

 小国の王女でもある彼女が四国の復旧を手伝っているのも既知だ。なので、


「あっちの復興も順調だってさ。『シロネン』を誘致したいって言ってた」

「よかった。楽しそうな街になりそうだね」

「あと、お土産に手打ちのうどんをもらったんだ。今度、持ってくよ」

「ありがとう。美味しいおうどんを作るね」

 そんな土産話に花を咲かせる。

 四国から帰ってきた時と違って何の遠慮も配慮も必要としない、ただ楽しいだけの話がたくさんできた。だから、


「みょーん! びろーん!」

 伸び縮みしながらやってきたみゃー子に、


「……何の物真似だ? それは。おまえも食うか?」

「シシカバブー!」

 ぴよこを差し出してみる。


 そのように舞奈たちの今回の遠出は、珍しく大きなトラブルもなく終わった。


 そして授業もつつがなく終わって放課後。

 特に何事もなく下校した2人は――


「舞奈ちゃん、明日香ちゃん、いらっしゃ~い。一昨日はおつかれさま~~」

「おねーさん、こんにちわー!」

「こんにちは」

「ぴよこありがとう~。美味しかったわよぉ~」

「へへっ。おねえさんのおっぱいほど大層じゃなかったけどな」

「もうっ舞奈ちゃんったらぁ~」

 支部へやってきた。

 痩身巨乳の受付嬢に、相好を崩しながら挨拶する。


 例によって呼び出しを受けたからだ。

 先日の呼び出しは式典への参加要請だった。

 今度は何の用事だろうか?


「やあ舞奈ちゃん、明日香ちゃん。お土産ありがとうね」

「ははっ、良いって事よ!」

「今後ともよしなにお願いします」

 廊下ですれ違った警備員のおっちゃんにも挨拶する。

 明日香は改まって会釈する。


 そうして本部や県の支部に比べて手狭ではあるが、我が家のように馴染んだ打ちっ放しコンクリートの階段を上って、廊下を進む。

 そうして見慣れたようで何処か懐かしい鉄のドアを開けた途端、


「先日の催事への参加、御苦労だった」

「ぴよこありがとうなのだ。みんなでいただいたのだよ」

 サングラスのフィクサーと、糸目のニュットが出迎えた。

 今回はフィクサーもいるので仕事の依頼なのだろう。


「こっちこそ、いい骨休めになったよ」

「ずいぶん派手な骨休めだったみたいなのだがな」

「……聞いてやがったのか」

「そちらも御苦労だった」

 軽口に、帰ってきた言葉に苦笑する。


 だが、まあ相応の大立ち回りをしたのだ。

 当然だろうと思い直す。

 流石に支部を統括する責任者の元に、顛末くらいは報告があるだろう。

 それでもフィクサーが別に気を悪くした風でもないのは、その事で後に響くような悪影響が何もなかったからだ。なので……


「……まずは呼び出しに応じてもらって感謝する。ケバブでもどうかね?」

「おっ待ってました!」

 うながされるまま席につく。

 大きな仕事の前の恒例だ。

 見慣れた会議机の隣で、これまた見慣れた食堂のばあさんが、見慣れない真新しいストーブを側に置いてニコニコ笑っている。


「ドネルケバブ用のグリル機ですか」

「本格的だな」

「食堂のメニューの足しにと思ってちょいと覚えてきたんだよ」

「あんた、本当に何でも作れるんだなあ」

 不敵に笑うばあさんの言葉に破顔する舞奈の側で、


「早速、ご賞味いただこうかね」

 ばあさんはグリルを操作して肉を焼き始める。

 視界の隅でニュットが換気扇を回す。

 早くも舌なめずりする舞奈、側の明日香が見やるグリルの前で肉が回る。

 鉄串に大胆に刺された大ぶりな肉の塊には事前に味付けがしてあるのだろう、スパイシーな香料の芳香が鼻孔をくすぐる。


 そういえば首都圏の街の路上にも屋台が出ていた事を思い出す。

 その時はすぐに『シロネン』に入ってしまったので忘れてしまっていた。

 だが思い起こせば、こんな感じの匂いもしていて中々に美味しそうだった。

 そいつをここで食べられるなんてラッキーだ。


「その色合い、ラム肉ですか?」

「おっよく気づいたじゃないかい。折角だから本場の肉を用意したのさ。食堂のメニューは牛肉になるけど、薄切りにして下味をつけてから塊にするのは同じさね」

「どっちも聞いてるだけで美味そうだなあ」

 明日香のうんちくに、舞奈が珍しく食欲をそそられているうちに、肉から立ち昇る煙が否が応でも食欲をそそる屋台の匂いになっていき……


「……ほら、焼けたよ!」

 ばあさんは大きな包丁を取り出し、色よく焼けた肉を大胆に削ぎ落とす。

 程よい大きさに削がれた絶妙な色合いの焼肉を逆の手のスコップですくい、慣れた手つきでパンにはさんで子供たちに給してくれた。


「ヒュー! こりゃ美味そうだ!」

「いただきます」

「ああ、たんとお食べ!」

 言うが早いか舞奈はケバブのサンドウィッチにかぶりつく。


 細長い固めのパンにしみた肉汁を楽しむ。

 次いで肉の食感と、ピリリと利いたスパイスのハーモニーを楽しむ。

 熱々のラム肉のやわらかくもダイナミックな舌触りに誘われるように、舞奈は大きなパンにはさまれたボリュームたっぷりなケバブを平らげる。途端、


「ほら、次が焼けたよ!」

「次だと!? こりゃあ最高だ!」

 ばあさんは再び肉を削ぐ。


 先ほど削いだ肉塊の内側の部分を、食べている間に焼いていてくれたらしい。

 その様に露出した部分を順番に焼きながら削いで食う。

 それがドネルケバブという事か。

 バームクーヘンの逆のパターンだ。

 何とも面白い。


 そんな事を考える間に、ばあさんはパンにたっぷり肉をはさんで舞奈に渡す。

 明日香には皿に盛ったケバブを給す。

 必要なだけの戦闘訓練は受けていて見た目と裏腹に筋量もある明日香だが、舞奈と違って食の太さは女子小学生の水準を出鱈目に超えるものではないからだ。


「味に飽きたらこっちのソースをかけて食ってみな!」

「チリソースか! こっちも美味そうだ!」

 肉の味には飽きていないが勧められるままパンの中の肉にソースをかける。

 下味のつけられた肉の芳香に加わったソースの赤い匂いを楽しんでから、


「いただきます!」

 パンを両手でつかんで大胆に頬張る。

 スパイシーな香料と、微妙に異なるソースの辛さのアンサンブルが、やわらかいのに食べ応えのある肉の食感を交えて口の中で踊る。

 こちらも最高だ。


 隣の明日香も皿に盛られたケバブにソースをかけて、フォークで食しながら満面の笑みを浮かべる。

 食べる姿も上品ながら何処かワイルドなのは、ケバブの旨さにあてられたか。


 そのように大きな肉の塊を、結局2人で完食してしまった。

 するとさらに……


「……締めはこいつをおあがりよ」

「おっアイスクリームか。こりゃあ気が利くぜ」

 ばあさんは小皿に盛られたデザートのアイスを取り出した。

 舞奈は破顔しながら甘く香る冷たい小皿を受け取り、


「なんだこりゃ? のびるぞ!」

 スプーンですくった途端に糸を引くようにのびたアイスに驚く。


「トルコ風アイスね。トルコの冷菓ドンドゥルマをアレンジした、ちょっと前に流行ったスイーツ。中東は暑いから、溶けてたれないように粘り気があるのよ」

「なるほど、こりゃあ面白い」

 明日香のうんちくを聞きながら、のびるアイスと格闘しながら頬張る。

 焼肉の熱と辛さに慣れた舌に、アイスの冷たさとやわらかい甘さが心地よい。


「喉に詰まらないよう水も飲みな!」

「おっさんきゅ!」

 料理への惜しみない賛辞に満足そうなばあさんに、舞奈も満腹の笑みを返す。

 そのようにして思いがけない中東料理を堪能して、


「ごちそうさまです」

「最高だったぜ!」

「ははっ気に入ってもらえて良かったよ」

 舞奈はくちくなった腹をさすりながら満面の笑みを浮かべる。

 明日香も満足そうにひと息つく。


 ばあさんは手早く皿を片づけ、移動式のグリルを引いて部屋を出る。


 入れ替わりにフィクサーとニュットが席の向かいに座る。

 そして……


「……さて今回、君たちを呼んだのは他でもない。仕事の依頼だ」

「ああ、そうだったな」

 何事もなかったかのようにフィクサーが話を切り出す。

 舞奈も当然のように答える。


 今回の呼び出しが新たな仕事の依頼だという事は皆が承知している。

 支部から舞奈と明日香の【掃除屋】に仕事が依頼される時のパターンだからだ。

 育ち盛りの小学生に、まずは御馳走を給し、気分が良くなったところで仕事の話題を切り出すのだ。

 舞奈がSランクで、しかも食べ盛りだからだろう。


「今回は他県からの依頼だ。地元支部の執行人(エージェント)と協力し、人型怪異に実効支配された特定地域の調査と治安維持に協力してもらいたい」

 フィクサーから語られた仕事の概要に、


「埼玉のか? 支部の名前なんつったっけ……?」

「禍我愚痴支部なのだ。話が早くてたすかるのだよ」

「ま、そんな事だろうと思ってたんだ」

 やれやれと苦笑する舞奈。

 隣の明日香も、まあ予想通りと言った様子だ。


 鷹乃から、埼玉の一角で不穏な動きがあると聞いていた。

 どのくらい不穏かと言うと鷹乃の式神が撃墜されるほどだとも。


 あるいは先日、ルーシアからも話を聞いた。

 こちらは彼の地に、遠く海を隔てた中東から人型怪異が集結しつつあると。


 そして今回の依頼者でもあるらしい禍我愚痴支部。

 埼玉県内に県の支部とは別に設置された、狭い特定地域を守護するための支部。

 つまり、その管轄区域内は厄介で強力な怪異どもの勢力圏内だ。


 なので呼び出しがあった時点で、2人とも今回の依頼は予測していた。

 まあ別に嫌がるつもりもない。

 以前のように手遅れになってから対処を乞われるよりはるかにマシだからだ。

 依頼を引き受けるまで予定調和のつもりだった。

 だが――


「――詳しい話はわたしから話そう」

 続いてあらわれた人物には少し驚いた。

 仮面で顔を隠し、黒衣を着こんだ小柄な少女。

 現在は群馬支部に在籍する懲戒担当官(インクィジター)ベリアルだ。


「あんたもケバブ食ってけばよかったじゃないか」

「お気遣いいたみいる。だが私事ですまんがケバブは自分でも焼くのでな」

「なるほど、あんたの地元の料理なんだっけ」

「ああ。ここの女将には至らぬまでも味には自信があるつもりだ」

 軽口ににこやかに答えながら、ベリアルも舞奈たちの対面に座る。


 考えてみれば彼女がここに居る理由は瞭然だ。

 ルーシアは例の怪異は中東から来たと言っていた。

 ベリアルが修めたカバラ魔術の発祥の地もその近辺だったはずだ。

 そして得物も中東のCz75だ。

 本人もそっちの出身か、何らかの繋がりがあるのだろう。なので……


「……今回の一件は我々の国にも責任がある」

 仮面のカバラ魔術師は静かに語る。

 舞奈も、明日香も無言で先をうながす。


「奴らはかつてトルコやその周辺に生息していた。人の姿をして人間のコミュニティに入りこみ、あらゆる犯罪と悪徳をまき散らして人々を害しておった」

「何処の国も、奴らがやる事は変わらんなあ」

「然り。だが30年ほど前になるか、政府は奴らを国外に放逐する事に成功した」

「ヒュー! やるねぇ」

「だが問題はその先だ。奴らは難民を装って遠く海を隔てたこの国に大挙して押し寄せ、埼玉の一部の地域を実質的に占拠してしまった」

「そこが不思議なんだが、もっと近い国には行かなかったのか?」

「EU諸国にも行ったようだ。だが被害が出た時点で対策が講じられ地域の占領だけは食い止められた。だから警戒心の薄いこの国が狙われたのだろう」

「そ、そっか……」

 話を聞いて、二の句を告げなくて困る。


 まあ先方の責任も無い訳じゃない。

 放逐なんて生半可な事をせずにに片づけておいてくれれば良かったのだ。

 だが後の顛末を聞く限り、我が国がただの間抜けだ。

 以前に「スパイを防止する仕組みがない」と言っていた、ファイヤーボールの中の人ことキャロルの言葉が脳裏に蘇る。

 そんな舞奈の様子を見やり、


「だがな、我が国も怠慢とまでは言えないのだ。敵にしてやられたのだよ」

「どんな風にだよ?」

 ニュットが横からフォローする。


「事前に政界に潜りこまれていた怪異に権力を握られてしまってな」

「そいつが手引きしたって訳か」

「まあ、そういう事なのだ。特に件の地域では怪異が市長になってしまって、難民に偽装した怪異を次から次へと受け入れているのだ」

「まったく」

 舞奈はやれやれと肩をすくめる。

 隣の明日香も気持ちは同じなようだ。


「今や例の地域は人型怪異で溢れかえっている。専属の支部が設立されたが、正直なところ焼け石に水だった」

「で、今に至ると」

「そういう事だ」

 ベリアルの言葉をフィクサーが継ぐ。

 そして厳粛な口調のまま、


「しばらく前から奴ら怪異の国内外のコミュニティに不穏な動きがある。その原因を調査しながら住民への被害を最小限に食い止めて欲しい」

 2人への依頼の内訳を告げた。


 ベリアルは「勝手な要求で申し訳ないが」と締める。

 舞奈は「別に構わないさ。【機関】から報酬はでる」と返す。


 今回の件が、完全に大人たちの尻拭いなのはまあ、事実だ。

 だが舞奈たちも、今さらそこで難色を示すには厄介な場数を踏み過ぎている。

 依頼を蹴った先にはさらに厄介な状況が待っていると理解できてしまう。

 結局はSランクである舞奈たちにしか不可能な仕事だと。

 だから話題は依頼の詳細へと続く。


「敵は砂漠の乾いた死の魔力が凝固した人型の怪異だ」

「泥人間の仲間って事か?」

「うむ。我々はこの国の言葉を借り、奴らを『狂った土』と呼んでいる」

「なるほどな」

 ベリアルの言葉に舞奈は何となく納得する。


 アジアではポピュラーな、人の姿をしているが根本から人とは異なる泥人間。

 堕落した人間が成り果てた脂虫とも違う、根本から生物ですらない怪異。

 そんな怪異は世界中にいて、それぞれ少しずつ違った特性をもって地元の人々を苦しめているのだろう。

 まったく厄介この上ない。


「だが大きく異なる点が2つある。ひとつは奴らが変装の必要なく人間の顔を持っている事。もっとも邪悪な心と、常に余人を害そうとする本能は変わらぬがな」

「もうひとつは?」

「奴らのうち何割かは中東の妖術を真似て回術士(スーフィー)と同等の力を手にしている」

 ベリアルが語った具体的な敵の情報に、


「アジアで言う泥人間の道士のようなものですか」

「鷹乃ちゃんの式神を撃墜したってのも、そいつらの仕業か」

 明日香と舞奈は各々納得する。


 味方の回術士(スーフィー)が、どれほど頼りになるかは2人とも熟知しているつもりだ。

 身近にモールやハットリのような有能な回術士(スーフィー)がいるからだ。

 巨大で屈強なモールは怪異の群れを文字通り叩きのめし、暴走バスすら止める。

 ハットリは妖術の特性を生かし、作戦に諜報に幅広く皆をサポートする。

 今回は、そんな手強い相手が敵に回った状態だ。

 流石の鷹乃とはいえ、不覚をとっても仕方がない。


「けどさ、そんな奴らが街を占拠してるなら、市民を避難させる訳にはいかないのか? 別に今回は結界が張られてる訳じゃないんだろ?」

 四国の時と違って。

 そうすれば、少なくとも一般市民が全滅する事だけは阻止できる。

 舞奈が呈した疑問に、


「表向きの理由がないのだよ」

 だがニュットは渋面で答える。


「政界に潜りこんだ怪異がマスメディアと結託し、奴らは害意のない哀れな難民であるという偽の情報を流布しているのだ」

「こりゃまた」

 ニュットの答えに舞奈は露骨に肩をすくめてみせる。

 明日香はそこら辺の事情は知っているらしく憮然とした表情をするにとどまる。


 そして舞奈にも、その先の話はわかる。

 怪異の存在を公には認めていない現在の社会で、敵が怪異だからという理由は政治的な何かをする理由にはならない。

 怪異なんてものは表向きにはいないのだ。

 何の理由もない謎の集団疎開なんて世間が認める訳がない。

 その上さらに……


「それに該当地域の戸籍上の住人は約60万人。実際は狂える土である5万人を差し引いても、とうてい隣接地域で受け入れられる人数ではない」

「5万人って、ずいぶんな大所帯だな……」

 住人を非難させられない理由より、そちらの方が気になった。

 新開発区の泥人間とどちらが数が多いのだろう?


「もちろん今回の任務は調査なのだ。その全部をどうこうする必要はないのだよ」

「そりゃまあ、できない事を頼まれても困るからなあ」

「地元支部の人員の他にも他支部からも増援が来るのだ。彼らと協力して、可能な限り穏便に該当地域で何が起きているかを調査して欲しいのだ」

「可能な限りな」

 続くニュットの言葉に苦笑し、


「他支部からの増援ですか」

「うむ。流石に小学生2人だけが増援という訳にもいかぬのでな。いくつかの支部から有志が手伝いに来るのだよ」

「そりゃ重畳。決行はいつだ?」

「できれば明日の放課後からでも」

「流石に急すぎやしないか? 長丁場になりそうだし、準備をしたいんだが」

「そこまで大層な準備はいらないのだよ。学校が終わってから数時間の調査をするだけなのだ。現場までは県の支部の転送装置で行き来する算段なのだ」

「日帰りなのか……」

「うむ。流石に先が見えない状況なのでな、かかりきりになると休学とかになってしまうし、体面的にもいろいろと不自然なのだよ」

「そりゃまあ……」

 具体的な仕事内容を聞いて、


「なんつうか、本当にバイトみたいな仕事だな」

「まあ否定はしないのだよ」

 やれやれと苦笑する。

 ニュットも糸目を歪めて苦笑する。


 つまり当分の間、舞奈たちは学校帰りにバイトに入る事になる。

 他県に転移して街を散策しつつ、偽物の住民の動向を調査するバイトだ。


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