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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第1章 廃墟の街の【掃除屋】
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依頼 ~魔道具の奪還

「お腹すいた……」

 学校机につっぷした舞奈の腹が、「ぐぅ」と鳴った。

 新開発区で泥人間を片づけ、支部で異能力者をのした翌朝のことである。


 舞奈は腕利きの仕事人(トラブルシューター)だが、昼間は普通の小学生だ。

 平時には毎朝きちんと登校して、授業も受ける。

 拳銃(ジェリコ941)弾倉(マガジン)を抜いて警備員に預けてある。


 それは良いのだが、結局、昨日の夕食は水道水だった。


 舞奈のアパートの水道は、メーターが壊れているのかいくら飲んでも水道代を請求されない良い水道だ。

 そんな良い水道から出てくる良い水が、不覚ながら今日の朝食にまでなった。

 さらに水を褒めると美味しくなるという与太話を思い出して「水っておっぱい大きいよね」と声をかけてみたら、しょっぱい負け犬の味がした。

 悲しくなった。


 涙の味を思い出して、机に突っぷしたまま、すきっ腹をなだめる。

 そんなどうしようもない舞奈の前を、クラスメートが通り過ぎた。


「おはよう、マイちゃん」「マイおはよー」

 背の高い少女と超小柄な少女だ。

 おざなりに「よっ」と挨拶を返す舞奈の前で、背の高いほうが立ち止まった。


「マイちゃん、今日はお尻さわらないんだね。具合でも悪いの?」

 心配そうに舞奈の顔を覗きこむ。

 大ぶりなメロンを想わせる豊かな胸が、ぷるるんっと揺れた。


「お腹がすいて力が出ないんだ……」

「だいじょうぶ? あのね、昨日、チュロス作りすぎちゃったんだけど、マイちゃんもひとつどうかな?」

 ほんのりシナモンの香る紙袋が差し出された。

 受けとるのももどかしく袋を開ける。

 すると、ハチミツがたっぷりかかった輪型の揚げ菓子があらわれる。

「こいつは美味そうだ! 最高だ!」

 飢えた舞奈は手製の菓子をむさぼり喰らう。そして、


「こいつでお腹もいっぱい、元気もいっぱいだよ」

 口元に笑みを浮かべてクラスメートの胸を揉む。

「最高のおっぱいだ。大きくて、やわらかくて、すっごい幸せな感じがする」

「あ、マイちゃん、朝からそんな……」

 クラスメートは赤面するが、まんざらでもない様子だ。

 そんな彼女のおっぱいを、舞奈はにこやかに揉みしだく。


 女子小学生のおっぱいを揉めるのは女子小学生だけだ。

 それ以外の奴が揉んだら社会的に死ぬからだ。

 だから舞奈は満面の笑みを浮かべ、女子小学生の特権を享受する。だがその時、


 スパーンッ!


「うわ! 何すんだ!」

 後頭部に何かが振り下ろされた。

「それはこっちの台詞よ。まったく、朝っぱらから何やってるのよ」

 鈴の音のような声で文句を言われた。

 背後でハリセンを振り抜いていたのは、長い黒髪をなびかせたお嬢様だった。


 安倍明日香。

 舞奈の腐れ縁の友人である。

 青い下フレームの眼鏡をかけた端正な顔立ちに、姫カットがよく似合う。

 ぐんじょう色のワンピースをまとった彼女の背は、舞奈より少しだけ高い。


 胸の大きなクラスメートは空気を察し、そそくさと立ち去ってしまった。


「食うに困るくらいお金がないなら、朗報よ。仕事の依頼がきてるわ」

 明日香は眼鏡の位置を直し、優雅な、そして不敵な笑みを浮かべる。


 彼女は舞奈のクラスメートなだけでなく、仕事人(トラブルシューター)のパートナーでもある。

 コンビ名は【掃除屋】。

 腕の立つ2人組として、その界隈ではそれなりに名が知れていたりする。


「へへっ、待て明日香。あたしの予知能力でその先を当ててやるよ」

「はぁ?」

 蔑むように(またおかしなことを言い始めた)と白い視線を向ける明日香に、

「眼鏡の娘よ、汝はこれから隣町の泥人間の話をするであろう」

「残念。(チャン)さんからの依頼よ」

 明日香は「だいたい女子の貴女に、異能なんて使えるわけないでしょ」と面白くもなさそうにため息をつく。

 生真面目な明日香はジョークを解さない。


 それはともかく、仕事人(トラブルシューター)は怪異に対する数少ない対抗手段である。

 だから、怪異や異能がらみの災厄に見舞われる程度に不運だが仕事人(トラブルシューター)の存在を知り得る程度に幸運な被害者から、厄介事を解決するよう望まれることもある。

 個人的なコネで依頼を受けたり、【機関】が仲介したりと状況は様々だ。

 そのどれもが、舞奈の生活を支える収入源である。


 そして中華料理屋を営む張は、異能がらみのトラブルを抱えて度々【掃除屋】を利用する、ありがたいお得意様だ。それに、


「晩飯は点心飯がいいな」

 依頼の際に振舞われる料理を思いうかべ、舞奈の口元がだらしなくゆるむ。

「仕事の話をしに行くのよ」

 明日香は肩をすくめた。


 そして夕方。


 繁華街を、学校帰りの少女が並んで歩く。

 見過ごすのも通報するのも躊躇われる微妙な絵面である。

 だが、小さなツインテールと長い黒髪の2人連れは周囲の視線などお構いなく、慣れた調子で角を曲がって裏路地を進む。

 そして派手めな中華風の看板の前で足を止めた。

 看板には3人の天女と、『太賢飯店』の店名が描かれている。


「こんばんは、張さん」

「来たぞー」

 舞奈は明日香を連れ、赤いペンキが剥げかけた横開きのドアをガラリと開ける。

 薄暗い店内は、赤を基調に中華模様や飾り紙で装飾されている。

 そして、かき入れ時だというのに客はいない。


「アイヤー。舞奈ちゃん、明日香ちゃん、よく来たアルね。千客万来アルよ」

 太った中年男が出迎えた。長袍(チャンパオ)と呼ばれる丈の長い中華服を着こんでいる。

 禿頭を光らせ、饅頭のような顔に愛想笑いを浮かべてドジョウ髭を揺らす。

 彼が依頼人の張だ。


「ほかに客いないじゃないか」

「2人とも学校帰りアルか? ささ、こっちアル」

 舞奈のツッコミを笑顔で流し、張は2人を衝立に隠された奥の席へ案内する。

 中華風の衝立には、カボチャをかぶって羽扇を持った童女が紫色の童女に泣かされている絵が描かれていた。


 そして2人は、衝立の奥の特別席に案内された。

 ハンガーに通学鞄を掛け、中華模様をあしらったイスに腰かける。


 しばらくすると、目の前のテーブルに料理の皿が並べられた。

 ぷりぷりした大ぶりのエビに真っ赤なソースがからんだエビチリ。

 大盛りの飯にふわふわの卵が乗って、甘く香るあんがたっぷりかかった点心飯。

 パリッと焼き目のついた、やわらかもちもちの大根餅。

 舞奈の口の端からよだれがたれる。だが、


「……またバイトの娘に逃げられたのか?」

 手ずから料理を並べる張を不憫そうに見やる。

「最近、不景気アルからね……」

 無遠慮な問いに、張はしんみりとつぶやく。


「バイト代が払えないって言ったら、次の日から来なくなったアルよ」

「当たり前だ」

「舞奈ちゃんがお尻さわるからアルよ」

「あたしのせいかよ!」

 そして虫を見るように見つめる眼鏡に気づく。


「タチの悪い冗談だ、なぁ?」

 ついでにワンピースの胸元をちょっとだけ見やる。

 明日香の胸は年相応に膨らみかけた、品のある美しい胸だ。

 明日香は、そんな舞奈を冷ややかに一瞥する。


「それで、依頼の話ですが」

 その言葉で本題を思い出したか、張は舞奈たちの向かいに座る。

「2人には、奪われた魔道具(アーティファクト)を取り返してほしいアルよ。大事な物だから壊さないように慎重に扱って欲しいアルね」

 そう言って写真を取り出した。

 舞奈はレンゲですくったエビチリを口に運びつつ見やる。


 写っていたのは、細やかな装飾を刻まれた円形の鏡だった。


「……鏡に見えるな」

 役に立たないコメントをしてみる。そんな友人を尻目に、

「古神道ゆかりの神鏡ですね」

 明日香が依頼の品の由来を言い当ててみせる。


「そうアル。昨晩、こいつを泥人間に奪われたアルよ」

「ほら、泥人間じゃないか」

 得意げに隣を見やる舞奈を、明日香は礼儀正しく無視した。

 不満げな舞奈を張が見やって愛想笑いを浮かべ、


「泥人間の写真はいるアルか?」

「勘弁してくれ。飯時にあんなもの見せられてたまるか」

 言って露骨に顔をしかめる。

 それには明日香も同意見らしい。嫌そうに張を見やり、


「それより、相手の数と潜伏場所を教えてください」

 言いつつ点心飯の卵をレンゲで丁寧に切断する。

 張は取り出しかけた封筒を引っこめて、


「とにかく大勢で襲ってきたアルよ。サムライが10匹はいたアルね」

「なんか、そいつらのこと知ってる気がする。ほかにもニンジャがいるはずだ」

「それで奴らの居場所アルが、占術を使って出巣黒須(ですくろす)市のどこかと言うところまでは特定したアルが……」

「新開発区のどこかってのは、特定したって言わないよ」

 げんなりした声でそう言って、舞奈は肩をすくめた。


 普通ならば、街に大量の怪異が潜んでいたら住人が異変に気づく。

 聞きこみすればすぐわかる。


 だが、出巣黒須市とは新開発区の正式名だ。

 廃墟の街に住人などいない。


「舞奈ちゃんが住んでるとこじゃないアルか。学区内アルね」

「それとこれとは話が別だ」

「……具体的な潜伏場所はこっちで探します。それで報酬の件ですが」

 そう言って、明日香と張は電卓をはじき始めた。


 そんな2人を眺めながら、舞奈は大根餅に箸をのばす。

 明日からはいろいろ面倒な事になりそうだ。

 今できることは、たらふく食って精をつけることだけだ。


 だから舞奈は依頼のある日のご馳走が張のおごりなのをいいことに、ひもじかった昨日の分まで腹いっぱいに中華料理を堪能した。


 そして、その後、呆れ返る明日香と別れ、いい気分でアパートに帰った。


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