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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第21章 狂える土
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禍川支部奪還作戦参加者合同葬儀

 よく晴れた土曜の朝。

 巣黒市から少し離れた県庁所在地の一角で……


「……こいつが県の支部か。なるほどデカイ」

「そうなのだろう? そうなのだろう? 本部はもっと大きいのだよ」

「そこで技術担当官(マイスター)が自慢げな理由はわかりませんが」

 大きな古びたコンクリート色の建物を見上げながら舞奈が感嘆する。

 糸目のニュットが増長して明日香がツッコむ。


 目前の建物は言葉通り巣黒支部ビルよりなお古く、サイズも大きい。

 ビルと言うより昔からある多目的ホールと言った雰囲気である。

 だが保健所の隣と言う立地は巣黒支部と同じだ

 何となく公営っぽい雰囲気ではあるが用途不明の施設という点も。


 そんな建物を見やる舞奈の格好は普段通りのピンク色のジャケット。

 対して明日香は黒い余所行きのドレスを着こみ、薄化粧などしている。

 おめかしではなく彼女なりのTPOなのだろう。

 ニュットもいつも通りのよれよれのセーラー服だがそれは別にどうでもいい。


 本部で合同葬儀が行われる日の朝。

 舞奈と明日香はニュットの先導で県の支部にやってきた。

 合同葬儀の会場は首都圏にある【機関】本部らしい。

 電車やタクシー等の通常の移動手段では前日に出発しないと間に合わない。

 なので長距離転移による現地入りが認められている。

 異能力や怪異を専門に扱う【機関】の面目躍如である。

 だが巣黒支部には転移の魔道具(アーティファクト)がない。

 新開発区とその周辺のみを管轄とする巣黒支部に、他支部との連携を礎とした通常の支部としての活動が期待されていないからだ。

 なので県の支部に設置されている転移の魔道具(アーティファクト)を使わせてもらう事になった。


「世話になるのだ」

「ちーっす」

「お邪魔します」

 ニュットはエントランスの自動ドアを勝手知ったる様子でくぐる。

 小学生2人も続く。

 明日香はともかく舞奈は実は来るのは初めてだ。

 だが不思議とアウェイ感はない。

 サイズと配置こそ違えど、巣黒支部のエントランスと似た雰囲気がするのは所詮は【機関】の施設だからだろう。


「あ、舞奈さん。明日香さん、ニュットさんもおはようございます」

「普段は受付やってるんだ」

「あ、はい。お休みの日と、学校が終わってからだけなんですけどね」

 受付から挨拶してきた金髪のレインに挨拶を返す。

 作戦とかのない普段はこちらの業務もしているらしい。

 まったく感心だ。


「2人ともいらっしゃーい、一花ちゃんもおはよー」

「あんたは暇そうだな」

「うん! 占術士(ディビナー)が他の業務する訳にもいかないし」

「そうかい」

 対面でレインと駄弁っていたらしい梢にもついでに生返事を返す。

 仕事してないどころか受付業務の邪魔になってるのが彼女らしいと言うか。


「一花ちゃんはやめるのだよ……」

「えーだって姉妹の呼び分けできないじゃん」

「あんた、そんな可愛い名前だったのか」

「そうだよー。今川一花。でもって姉妹全員のあだ名がニュットでね……!」

「あのトリックスターちん、そのくらいで勘弁してほしいのだよ……」

 楽しそうな梢のゴシップに、あのニュットがたじろぐ様子が珍しい。

 生粋のトラブルメーカー同士にも相性のようなものがあるのだろうか。

 梢のコードネーム【トリックスター】は伊達じゃない。

 受付の席でレインがあははと苦笑している。


 それはともかく2人は先日の蜘蛛のブラボーちゃん捕獲作戦に協力してくれた。

 レインは近接攻撃を反射する大能力【戦士殺し(ワルキューレ)】の持ち主。

 梢もそれなりに強力なセイズ呪術師だ。

 だがまあ、平和な時なんてこんなものだろう。

 そもそもレインは能力が、というより人間的に戦闘には不向きだし。


 それでも、ひとつ気がかりな事はある。

 レインを含むチーム『グングニル』が新開発区での共同作戦で壊滅したのは、ちょうど件の禍川支部奪還作戦の前日の事だ。

 だが彼女には合同葬儀の案内は来ていない。

 単純に今回の合同葬儀や追悼パーティーの参加条件が、多すぎる犠牲者を出した『禍川支部奪還作戦の参加者の関係者』だからだろう。

 そして県の支部からの件の作戦への参加者はいない。


 ……怪異との戦闘で仲間を失ったのは彼女も同じなのに。


 それでも本人は、少なくとも表向きは気にした様子はない。

 彼女は自力で喪失を乗り越えたのだろうか。

 あるいは、それは今しがた楽しそうに話していた友人のおかげなのだろうか。

 だから舞奈も特に何も言わない。


「転送装置はこっちだよ」

 梢の案内に従って歩く。

 目に慣れた打ちっ放しコンクリートの廊下を進む。

 巣黒にも増して立て付けの悪そうな鉄のドアを音を立てて開ける。

 手伝おうとしたら、「立てつけにクセがあるから慣れた人じゃないと余計に開けにくいよ」という答えが返ってきた。万全のセキュリティ体勢だ。


 その様にして入室したのは窓のない小部屋だった。

 転移の魔道具(アーティファクト)が設置されている部屋だ。

 微妙にこじんまりした部屋の中央に前衛芸術のようなオブジェが鎮座している。


 舞奈がこれを見るのは二度目だ。

 最初に見たのは禍川支部でだ。

 だが舞奈たちが発見したそれはWウィルスに侵食され半壊した状態だった。

 明日香が修復を試みたが無駄だった。

 だから完全な状態のものは初めて見た。


 禍川支部の唯一の生き残りでもあるルーシアは、それを使って逃げのびた。

 そして、あの作戦の本来の遂行手順は件の魔道具(アーティファクト)の修復だった。

 そこからウィルス除けの結界を張って、術者が雪崩れこんで件の地域を制圧するという夢のある作戦だった。


 舞奈は思う。

 あの時、あの場所で転送装置が完働していたら何かが変わっていただろうか?

 否、それはないだろう。

 そもそも壊滅した禍川支部にたどり着いたのは舞奈と明日香だけだった。

 その後いろいろあって、2人は件の県を壊滅させた殴山一子を倒した。

 だが同じ作戦に参加した他の大半のチームも壊滅、ないし全滅していた。

 なので今回の合同葬儀である。


「あちしの見送りはここまでなのだ」

「へいへい」

 ニュットに雑に挨拶しつつ、


「ここでいいのか?」

「いいよー」

「宜しくお願いします」

 梢の指示に従って、明日香ともども魔道具(アーティファクト)の中心に立つ。

 そして何らかの施術に反応して作動するものなのだろう、梢が呪歌のような何かをそらんじると同時に周囲が光に包まれた。


 ……そして次の瞬間、2人は本部の転送装置の上にいた。


 気づいた理由は周囲の空気が一瞬前と違っていたからだ。

 まるで切り替えられたように。

 まあ、ある意味で実際にその通りなのだが。


 見やると打ちっ放しコンクリートは同じだが、先ほどより広い部屋だ。

 スカイフォールの大使館の儀式場くらいの広さはあるだろうか。

 もちろん風呂はないが。

 そこに舞奈たちが立っているのと同じ転送装置がいくつか並んでいて、魔法の光と共に多種多様な格好をした執行人(エージェント)たちが転移してくる。

 異能とか魔法とか言うより、SF映画のワンシーンみたいだ。


「巣黒支部の志門舞奈様と安倍明日香様ですね。到着を確認しました」

「おっVIP枠で顔パスか?」

「いえ、全員の顔と名前を暗記してるだけですよー」

「ヒューッ! 流石は本部。しょっぱなから凄い人いるなあ。しかも美人だ」

「ありがとうございます。ちなみに全員の癖や嗜好も把握してますよー」

 出迎えてくれた地味眼鏡で痩身巨乳の執行人(エージェント)に鼻の下をのばし、


「会場までは案内の貼り紙を見ながらどうぞー」

「さんきゅ!」

「きゃっ! もうっ舞奈さんったら噂通りに」

「ちょっと何いきなり巣黒の恥を晒してるのよ」

「……イテテッ!」

 明日香に耳をつままれて部屋の外まで引っ張っていかれる。


 なるほど言われた通り、壁に急場しのぎっぽい案内の紙が貼られている。

 そいつを辿りながら歩く。


 様々な年恰好、背格好の執行人(エージェント)たちの間を縫いながら進む。

 下は中学生ほどから、上は壮年ほどの男性もいる。

 服装もてんでばらばらだ。


 彼ら、彼女らが怪異に対抗し得る能力を持っているからという理由で集められた人材だからだ。

 そして修羅場の中で互いを友情をはぐくみ絆を結んだ。

 だが、あの作戦でそれを失った。


 だから猛者たちの表情に、一様に影が落ちている事だけが同じだ。

 多種多様な参加者の中でも女子小学生の2人連れは珍しいが、特に注目されてる風でもないのは皆それぞれ何処か余裕がないからだろう。

 かく言う舞奈たちも同じ表情をしているのだろうと思った。


 あの作戦にこんなにたくさんの生き残りがいるはずない。

 この場にいる猛者たちのほぼ全員が作戦に参加すらできなかったのだろう。

 何故なら怪異の結界に覆われたあの場所はWウィルスに満ちていた。

 耐性のない人間が踏みこめば緩やかだが確実な死が待っていた。

 そのせいで勇敢な【禍川総会】を擁していたのに禍川支部は壊滅した。

 故に耐性のない大半の執行人(エージェント)たちは最初から参加メンバーから除外された。


 ……だから彼らは死ななかった。


 舞奈と明日香は幸か不幸かウィルスへの耐性を持っていた。

 だから作戦に参加し、他支部の耐性を持った執行人(エージェント)たちと共闘し……怪異との果てのない消耗戦の末に彼らを失った。


 同じ戦場にすら立てなかった者。

 目の前にいるのに守れなかった者。

 両者の間に上下はない。

 大事な何かを失ったという事実があるだけだ。

 そう舞奈は思う。たぶん明日香も。

 だから――


「――そういやあルーシアちゃんは来てるかな?」

「まったく、二言目には女の子の話なんだから」

 舞奈は軽薄に言って、明日香は肩をすくめる。

 普段のように。

 そうしながら互いに雑踏を縫うように歩く。


 これだけ大勢の執行人(エージェント)がいるのだ。

 その中にひとりふたり居るはずのない人物が紛れているかもしれない。

 何かの冗談かゲームのバグのように。

 そして自分の葬式に何しに来やがったと笑い合う。

 そんな無意味な期待も、今日この時くらいは許されて然るべきだと思う。

 同じレベルの理不尽で出鱈目な災厄を舞奈たちは乗り越えてきたのだから、そのくらいの役得があってもいいだろうと。

 そもそも舞奈だって、一応は桜やチャビーと同じ年齢の小学生なのだ。


 それでも明日香が隣にいるので気恥ずかしい。

 だからトルソ、バーン、スプラ、ピアース、切丸。

 彼らの……知人がいないか気になった。

 そう思いこもうとした。


 だが短い作戦の中で、彼ら自身の事以外を深く知る機会はほぼ無かった。


 知っているのはピアースがテックとネットゲームで友人らしい事。


 あとはスプラに神術士の知人がいる事だけだ。

 彼の支部の技術担当官(マイスター)だと言ったか。

 愛想のない国家神術士の女性だとも言っていた。

 舞奈に似て表向きは軽薄な彼が照れるように、はにかむように。


 彼女からの贈り物だという、そして遺品になってしまった国家神道の注連縄が、せめて彼女の手元に渡るよう、作戦の後に舞奈は取り計らった。

 舞奈が顔も知らない彼女の手元に、それは渡っただろうか?

 それで彼女の溜飲が下る訳でもないとは承知しているのだが。


 ……そんな事を考えながら、特に邂逅も悶着もないまま会場に着いた。


 当然だ。

 舞奈もたいがいトラブルに巻きこまれやすい体質だという自覚はある。

 だが、こんな時にまで厄介事の世話を焼きたくない。

 部屋の表札が大催事室となっているので、もとより【機関】全体のイベントは本部で行うつもりで組織が設計されているのだろう。


「……あたしも作戦の参加者なんだが」

「つまらない粗探しをしないの」

 垂れ幕に書かれた『禍川支部奪還作戦参加者合同葬儀会場』という文字を横目に明日香と軽口を叩き合いながら中に入る。


 学校のグラウンドくらい広い大広間に、ずらりとパイプ椅子が並んでいる。

 流石は全国の執行人(エージェント)たちが集う催事施設だ。

 だがこれだけの椅子を、並べるだけでも一苦労だと思った。

 同時に、これが件の作戦で失われたものの多さ大きさを示しているとも思った。

 

 2人して適当な隅に座って時間を待つ。

 外で見かけた執行人(エージェント)たちもぽつぽつと入ってきて、思い思いの椅子に座る。


 そうこうしているうちに式が始まった。


 役職のついたスーツ姿の大人の執行人(エージェント)だか役員だかが一礼して語り出す。

 舞奈たちはそれを座って聞く。


 話の内容は例の作戦の意義と結果。

 四国の一角に形成されたWウィルスの結界は破壊された。

 怪異に奪われた人間の街が人間の元に帰ってきた。

 多大な犠牲を払って。

 そして一旦は滅びた件の県も、徐々に復興しつつある。

 そんな話だ。


 あの作戦に僅かだが生存者がいた事、そのうち2人が四国の一角を滅ぼした元凶を仕留めた事は特に語られなかった。

 別に戦勝パーティーとかじゃないからだ。

 皆の犠牲で世界の平和が守られた。

 少なくとも今この場所ではそれで良いと、当の舞奈が思った。


 そのようなスピーチは予想通りに退屈だった。

 特徴のないおっさんがわかりきった話を山も谷もなく平坦に語るからだ。


 でもまあ、それは仕方ない。

 そもそもスピーチというものは退屈なものだ。

 何せ気さくで話すと面白い校長ですら全校集会のスピーチはつまらない。

 子供相手の商売でもない裏の世界の公務員が慣れない役目をこなしてるのだ。

 これでも上出来だろう。

 露骨にあくびをしている参加者が多々いるのは仕方ない。


 それに、このつまらないスピーチが必要なのも事実だと舞奈は思う。

 儀式として必要なのだ。

 皆で時間をとって集まって、厳粛な場でわかりきったつまらない話をつまらないなあと思いながら話を聞く事によって区切りを告げるのだ。

 あの作戦に参加した誰かが側にいた人生と、そうでない人生の間に。

 彼らはもういないのだと理解して、納得する。

 そのためのイベントだ。


 だから実時間以上に長い話の間、あるものは虚空を睨みつけて怒りを堪える。

 あるいは涙を堪える。

 また、ある者は放心しながら無表情に話に耳を傾ける。

 語り口が平坦でつまらないのも余計な感情を刺激しないメリットがある。


 だがスピーチが退屈なのは事実だ。

 なので舞奈は子供の体格を良い事に、他の参加者たちを盗み見る。

 どうやら明日香も、他の何人かの参加者も同じようにしているようだ。


「(あら)」

「(どうしたよ? 知り合いか?)」

「(知り合いと言うか、まあ……)」

 珍しく微妙に口を濁す明日香の視線の先に、ひとりの男がいた。


 アニメのTシャツを着こんだ小太りな中年男だ。

 シャツの出張った腹で場違いに笑うニチアサアニメの黄色いヒロイン。

 ふっくらした顔の下半分をランダムに覆う無精髭。

 多種多様な格好な執行人(エージェント)たちの中でも彼は異彩を放っていた。

 主に悪い意味で。


「(例の生き残りの彼よ)」

「(ああ、あれが……)」

 聞いていた以上にインパクトがある容姿だなあと思っていると、相手も気づいたらしい。会釈をされたので舞奈も何となく返す。

 こちらも聞いていた通り性格はすこぶる良さそうなのが何とも。


 舞奈や明日香と同様に、彼もまたあの悲惨な作戦の生き残りだ。

 チーム唯一の生き残りである彼は巡礼として巣黒を訪れ、明日香に会った。


 だが、まあ、話の最中なのでそれ以上は特に何もする事なく顔を戻す。


 そんなこんなでつまらないスピーチ……というか式は終わった。

 時間の方も、退屈意外に何もしていないのに丁度よく昼だ。


 なので後は大広間に移動して、お待ちかねの立食パーティーらしい。

 どうやら今の会場は大広間じゃなかったようだ。


「流石は本部だ。場末の支部とはレベルが違うぜ」

「はいはい」

 明日香と軽口を叩きながらパーティーの会場へ。

 なるほど大広間に並んだテーブルには御馳走が並んでいる。


「さあて、どれから頂こうかな」

 舌なめずりなどしてみせながら軽薄な口調でビュッフェを値踏みする。


「いや制覇するか。今日は御馳走のために朝飯を抜いて来たんだ」

「胃が縮んで普段より食べられなくなってるパターンね」

「なんてこと言いやがるこの眼鏡は」

 本当に性格悪いなおまえ。

 御馳走を前に、その様に軽口を叩いていると……


「……志門舞奈さんと、安倍明日香さんですね」

 ひとりの女性に声をかけられた。

 思わず見やる。


 黒いスーツを着こんだ妙齢の女性だ。

 第一印象は、生真面目な女性。

 舞奈の身近にいる(高等魔術師連中とか、ムクロザキとか)良い意味でも悪い意味でも個性的な大人の女どもとは違った雰囲気が新鮮な気がした。

 かと言ってフィクサーのように凄みがある訳でもない。

 どちらかというと【機関】より表舞台で輝く類の普通の女性だ。


「またおまえの知り合いか?」

 側に尋ねる。

 だが今度は明日香も怪訝そうな表情をしている。

 なら誰だろうと考えて……


「……いや、共通の知り合いみたいだ」

 舞奈は気づいた。


 彼女の手首には注連縄が巻かれている。

 効果は同じでも術者によって微妙にデザインが違うそれに見覚えがある。

 何より彼女の立ち振る舞いを、舞奈はよく知っている。

 愛想が無いと言われれば、まあそうなのだろう。

 だが美しい女性だと思った。

 表向きな軽薄だった彼が、柄にもなく夢中になる程度には。


 間違いない。

 彼女はスプラが話していた神術士の女性だ。


 舞奈たちは彼女に名指しで声をかけられた。

 つまり彼女は2人の事を知っていたか調べたかしたのだろう。


 まあ、良い話じゃないんだろうなと舞奈は何となく察する。

 何故ならスプラと舞奈らは戦場で轡を並べて戦った。

 だがスプラは帰ってこなかった。

 Aランクの射手という、正直なところ本来ならチームが壊滅しても最後まで逃げのびられるはずのポジションだった彼が。

 そして舞奈と明日香だけが何食わぬ顔で返ってきた。


 だが彼女から何を言われるにしろ、それを舞奈は聞き入れようと思った。

 単に美人が好きだという理由はもちろんある。

 だが、それより、そうする事で互いが失ったものの重さを分かち合えたらいいなと思った。

 スプラが苦笑しながら語っていた、冷たい態度とやらを見てみたい。

 そう思った。

 生真面目そうな彼女の言葉で、平坦なスピーチでは断ち切れなかった何かを断ち切って、埋まらなかった何かを埋められる気がした。

 だから――


「――あんたが仲間を捨てて逃げたからじゃないのか!?」

「……?」

 明後日の方向から聞こえてきた怒声に思わず振り返る。

 目前の彼女も、隣の明日香も同じように声の出元を見やる。


「……ったくデートの最中に」

「でなきゃBランクが死ぬ訳ねぇだろ!?」

 愚痴る舞奈に構わず口論……というか騒動は続く。


 ひとりは年若い(といっても大学生くらいだろう)男性。

 激昂して相手を怒鳴りつけている。

 拳を握りしめているが、状況の転がり方によっては刃物沙汰になる。

 おそらく彼の得物は短刀だ。

 それも両手持ち。

 何故だかわからないが彼の立ち身のこなし方でそう思った。


 対して怒鳴られた相手は、アニメのTシャツを着こんだ小太りの彼。

 まあ、おかしな奴に絡まれやすい格好ではあると思う。


 周囲にいるのも荒事に慣れた執行人(エージェント)たちだ。

 だが諍いを止めるつもりはなさそうだ。

 単に戸惑っているか、余計なトラブルに巻きこまれたくないのだろう。

 執行人(エージェント)は裏の世界の公務員だ。

 公のイベントに行って必要もないのに殴った殴られたとなれば評価に関わる。


 だが、それより男の言い分を否定しきれないからでもあるのだろう。

 ここに居る皆は失ってはならない、失うはずのない誰かを失った。

 なのに小太りな彼は、その例外として帰ってきた。

 その事実を吹聴しない程度の分別が彼にはあると思うのだが、隠された事実なんてものはバレるときにはバレる。

 大抵は最悪のタイミングで。


 怒りの、悲しみの、やりきれない感情の行き場を皆が求めている。

 そこに相応しいのが彼じゃないとは知りながら、どうする事もできない。


 ……まるで倒すべき怪異のあまりの多さに成す術もなかった彼らのように。


 だから舞奈は側の彼女に視線で詫びて――


「――ほら、言わんこっちゃない」

「あたしが朝飯を抜いたからって理由で、騒動おこされてたまるか」

 冷やかす明日香を尻目に、やれやれと肩をすくめながら歩き出す。


 正直、舞奈も余計なトラブルは嫌いだ。

 明日香はそれが余計だからという理由で嫌うが、舞奈は面倒だから嫌だ。

 好きなものは上手い飯とイイ女、そして安穏だ。


 だが残念ながらトラブルに巻きこまれやすい体質だという自覚はある。

 そして、トラブルに首を突っこまずにはいられない体質だという自覚もある。


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