Kobold巣黒支部ビル攻略戦前夜
舞奈や【機関】が『Kobold』攻撃に備える間も、平日には授業がある。
学校なんだから当然だ。
もちろん舞奈や明日香も普段と同じように登校する。
なので今日も今日とて、皆がすっかり慣れてしまったバス通学のルートから家が近いという理由で外れているチャビーや園香の護衛を兼ね、
「それでね、ネコポチが――」
「まあ、どんなかしら? 見てみたかったわ」
「にしても、あの猫。ヘタな人間より芸達者なんじゃないのか?」
「ふふっ、ネコポチちゃんは賢いよね」
4人でかしましく雑談などしながら教室に入ってきた。
そんな舞奈たちに、
「おはよう、みんな」
「おっ音々じゃねぇか。ちーっす」
「おはよー!」
「音々ちゃん、おはよう」
「今日も大事なかったかしら?」
「ええ、おかげさまで。毎日ありがとう、安倍さん」
挨拶してきた音々に皆で挨拶を返す。
今回の件で何度も襲撃された彼女は明日香の実家【安倍総合警備保障】の装甲リムジンで通学している。
昼間は家にいる母親にも護衛がついている。
どうやら今日のリムジンは舞奈たちより先に学校に着いたらしい。
そんな護衛の甲斐あって、ここ数日は音々の身辺に何事もないようで何より。
そして『Kobold』攻略戦が成功すれば護衛すら必要なくなる。
つまり奴らは音々には手を出せなくなる。
そんな余力もなくなるからだ。
可能なら奴らの親玉を締め上げて禍根を完全に絶ちたいところではある。
だが、それは舞奈の頑張りと状況次第だ。
皆と笑顔で歓談する音々の横顔を見やりながら、そんな事を頭の隅で考えて――
「――ニャー!」
「うぉっ!?」
何となく目を向けた机の端からいきなり何かが飛び出した。
「ニャ! ニャ!」
「……みゃー子か。やめろよビックリするだろう」
蜘蛛かと思って。
机の端から顔を出したみゃー子に舞奈が文句を言う前に……
「……ニャニャニャニャニャニャニャニャニャッ!」
「なんだなんだ?」
みゃー子は凄い勢いで顔を出し入れする。
「あんな感じ! みゃー子ちゃんもスゴーイ!」
みゃー子の奇行を見やってチャビーがニコニコと盛り上がり、
「ふふっ、明日香ちゃんも見られて良かったね」
「えぇ……」
「わっ小室さん、どうやってるのそれ?」
明日香は逆に盛り下がる。想像していたのと違ったらしい。
その側で、真面目に仕組みを考える音々。
そんなところに……
「……オホホ民草たち! 今日も高貴なわたくしが……ひいっ!? 祟りですわ!?」
今日も平和で誰よりも楽しそうな麗華様がやってきた。
いつも一緒のデニスとジャネットを付き従え、ドヤ顔で教室に入ってきた途端にニャーニャー言いながらカクカクしているみゃー子を見やって百面相である。
「ひいぃぃぃぃぃ! 祟りですわ! 祟りですわぁぁ!」
「麗華様は、今度はどうしちまったんだ?」
「いえ、昨日の晩に皆でホラー映画を見まして……」
「最後に出て来た悪霊が、あンな感じの動きをしてたンす」
「お、おぅ。そりゃまた……」
デニスとジャネットの説明に苦笑する舞奈の側、
「その映画、見た事あるかも。麗華ちゃんは語り部のおばあちゃんの真似してる?」
「そうだったんだ! 麗華ちゃん似てるー!」
「それはどうかしら……」
明後日の方向に感心し始めた園香とチャビーに明日香も苦笑し、
「西園寺さん、あれは小室さんだよ?」
「こっ小室さんに祟りが取り憑いてるのですの!?」
「祟りが取り憑くの!? 霊じゃなくて? えっと、そうじゃなくて。小室さんって、いつもあんな感じじゃないかな……」
「いつもって、まさか!? ひいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
「ああっ西園寺さんまで!? どうしてこんな事に……!?」
「怖い考えになったンすね」
「……いつも麗華様がご迷惑をおかけします」
音々は麗華様に真面目に取り合ってドツボにはまっていた。
やれやれ。
「みんなおはよう。……何これ?」
「いや、これはだなあ……」
新しいバスが到着したか、登校してきたテックの問いに答える言葉がなくて困る。
次いでガヤガヤ連れ立ってやってきた太っちょ男子たちが、カクカクしながら大騒ぎする麗華様を見やって何だかんだと盛り上がる。
みゃー子に対抗して同じ事をするなんて中々できることじゃない。
「そう考えりゃあ、麗華様もちょっとないくらいに多芸だよなぁ……」
新しい芸風でギャラリーを沸かせる麗華様を見やりながら舞奈は苦笑する。
それでも彼女らの笑顔は安全の上に成り立っている事を舞奈は知っている。
だから彼女らの平穏を守るためにも、今回の作戦は成功させなければいけない。
そんな事を考えながら、口元に不敵な笑みを浮かべた。
そのように楽しくかしましい今日の授業が終わった放課後。
統零町の一角に立ち並ぶ廃ビルの合間に建つボロ屋にかかった『画廊・ケリー』の看板の、ネオンの『ケ』の字の横線がジジジッと点滅する。そんな看板の下を、
「スミスー! いるかー?」
看板など気にもかけずにジャケット姿の子供が我が物顔で入店する。
下校してすぐ、舞奈はスミスの店を訪れていた。
もちろん『Kobold』巣黒支部への攻撃の準備のためだ。
「しもんだ!」
「よっ」
店の奥から飛んできたリコの、バードテイルの頭をなでる。
そんな舞奈を少し見上げながら、幼女はくすぐったそうに笑う。
そう言えば最近は『Kobold』の対処にかまけて店に来ていなかった。
放課後は音々の護衛や情報収集に走り回っていたからだ。
帰りも遅くなる事が多かったし、店に寄るどころじゃなかった。
なのでリコも退屈していたのだろう。
普段なら、そんな時には奈良坂がいる。
だが彼女も【機関】の執行人だ。
今回の件で色々とやらなくちゃいけない事も増えたはずだ。
彼女も店で油を売ってる場合じゃなかった。
だが、そんな状況も、あと少しで終わる。
人さらいバスがいなくなって、首都圏で誘拐された少女たちが帰ってきて、奴らに襲撃された諜報部の執行人たちがいない他のすべてが元の平和な日常に戻る。
そのために舞奈はここに来た。
「あら志門ちゃん、いらっしゃい」
店の奥からハゲマッチョの店主がしなを作りながらやってきた。
ゴツい青剃りの上で楽しそうに揺れるカイゼル髭を見上げながら、店主も元気そうなのを確認して口元に笑みを浮かべる。
「そっちの用事は終わったの?」
「もうすぐ終わりそうだ。そのために長物の準備を頼みに来た」
スミスの問いに、安堵の笑みは普段の不敵なそれへと一転し、
「今回は改造ライフルで行く」
舞奈は即答する。
「あと、サイドアームに短機関銃も頼む」
さらに追加。
今回の作戦で使う得物は決めていた。
何故ならイレブンナイツとの決戦の舞台は『Kobold』巣黒支部。
つまりビルの内での連戦だ。
そういう戦い方をするのは四国で死酷人糞舎に殴りこみをかけた時以来か。
あの時は明日香と2人、地元の支部で急ぎ調達した銃器をかかえて突撃した。
だが今回は気心の知れた仲間と共に、十分な準備をして突入できる。
それでもビルの中でやる事は同じだ。
狭い通路か部屋の中で、大量にあらわれて予知や預言を駆使して戦う騎士団や、技量だけなら舞奈に匹敵するイレブンナイツの面々を次々に相手取る事になる。
狭い戦場では飛び道具より刀剣が有利だと考える向きもある。
だが狭い避けようのない空間を銃弾で埋め尽くすのなら話は別だ。
そして改造ライフルは強力な大口径ライフル弾を短距離にばら撒く銃だ。
奴らへの対処に最適と言わざるを得ない。
もちろん至近距離に小口径弾のシャワーを浴びせる短機関銃も。
そいつが勿体無いと思える程度の相手になら、それこそナイフを使えばいい。
それに以前、バスの上での戦闘で剣鬼は槍で大口径弾を跳ね返してドヤっていた。
同じ事を先日の襲撃の際にもやっていた。
脳内のチップとやらに与えられた予知能力の応用だろう。
そして卓越した剣の技量を誇る奴にしかできない芸当なのだろう。
だが同じ事がライフル弾が相手でも可能なのか?
是非とも試してやりたいと思った。
あるいはフルオート射撃による銃弾の雨を相手に。
何故なら奴はママとやらの指図だろうか? 意味不明な理由で【機関】の執行人を襲撃し、執行部の異能力者2ダースあまりを皆殺しにした。
駆けつけた舞奈の前で、奴は笑っていた。
だから――
「――了解よ。今日中には仕上げておくわ」
「頼むぜ」
スミスの答えに、再び不敵な笑みで答えた。
そのように舞奈が『Kobold』との決戦に備えていたのと同じ時分。
どこもかしこも無骨な打ちっ放しコンクリートが印象的な【機関】支部の一角で、
「――持っていくものは決まったのだかね?」
「ええ。決めて来たわ」
糸目の問いに、学校帰りのセーラー服姿のまま小夜子はうなずく。
隣には同じ格好のサチ。
高等部の授業も終わった後、その足で2人は【機関】支部を訪れていた。
今いるのは通常の業務では馴染みの薄い技術部だ。
執行人である小夜子たちが使う銃火器は、当然ながら【機関】が管理している。
その担当が技術担当官でもあるニュットなのだ。
今でこそ持っていく武装も自分で判断できるが、不慣れだった就任当初は慣れた人間に長物を選んでもらっていた。
だが今では単にニュットに依頼するだけだ。
そんな小夜子は、
「狭い場所で連戦する事になるはずだから、ショットガンを持っていくわ。散弾も準備できるだけお願い。あと改造拳銃も」
「了解したのだ」
チョイスの理由も添えて淀みなく告げる。
ニュットはメモしながら答える。
小夜子が唯一、交戦したイレブンナイツの騎士はひとり。
クロー使いのアルティーリョだ。
奴はとにかくアレな言動が目立つ半裸の変態だった。
だが奴の動きに、小夜子が翻弄されていたのは動かしがたい事実だ。
アルティーリョはただ素早いだけじゃない。
動きがトリッキーで追いにくかった。
さらに奴と同時に出現した曲刀使いの変態ナルシス。
ボクサースタイルの変態ポワン。
奴らも各々の格闘スタイルを極めた達人だった。
この調子ならイレブンナイツの変態達すべてが同様と考えるべきだと思った。
小夜子のネガティブ思考は、息を吸うように最悪の事態を想定して本気で対処することができる長所でもある。
だから先日に捕らえて尋問した騎士からの情報をも加味して考えていた。
奴らは全員が異能力を持つ上に脳内のチップによって予知の能力を持っている。
故に戦闘でも未来を見越して動けるらしい。
つまり格闘の技量では、小夜子は絶対に奴らに勝てない。
だからフルオートで散弾をばら撒くショットガンだ。
普通の軍事行動や特殊任務では使い道のないような過度な威力をもってすれば、狭い屋内で人外の技量を持った手練れを、避ける間もなく蜂の巣にできる。
それは戦力として何処までいっても中途半端な小夜子の戦場での処世術でもある。
元より技量では志門舞奈に敵わない。
純粋な魔法火力では【組合】【協会】の術者の足元にも及ばない。
重火器による火力は小夜子じゃなくても扱える。
それでも守りたいもののために、戦う理由のために、小夜子は自身が扱える要素すべてを可能な範囲の最高レベルまで引き上げ、それらを組み合わせて戦う。
敵が手練れの格闘家なら、接敵する前に銃器と呪術で潰す。
前回と同じ轍は二度と踏まない。
まあ弾をばら撒くだけならガトリング砲という手札もある。
だがバッテリー動力の重火器が奴らに通用するかは賭けだ。
敵をミンチにする前に懐に入られたら圧倒的な火力も意味はない。
だから【ジャガーの戦士】【コヨーテの戦士】で身体強化していれば重さを感じる事もなく振り回せるショットガンを選んだ。
「小夜子ちゃんも、慣れてきたわねぇ~~」
隣に何となくいる風体の受付嬢が、感無量の体でニコニコと笑う。
彼女は元は腕利きの執行人だったらしいと聞いている。
つまりは小夜子の先輩だ。
「サチちゃんはリボルバー拳銃だけで大丈夫なのぉ~~?」
「ええ。それ以上のものを持ってても仕方がないし」
「まーそれもそうなのだな」
続けてサチも、嬢や糸目とそんな会話をしながら小夜子をちらりと見やる。
小夜子もサチに笑みを返す。
サチと小夜子のコンビは古神術士であるサチの存在により無類の防御力を持つ。
だが術による防護も無限ではない。
小夜子が素早く敵を倒せばサチの負担も少なくなる。
逆にサチが防御を確実にこなせば、それだけ小夜子が素早く敵を倒せる。
そういう判断が互いにできる程度には小夜子もサチも修羅場に慣れていた。
あるいは心だけでなく技術的にも、2人で戦うことに熟練していた。
そんな小夜子は1年前に幼馴染を失った。
怪異を憎み、怪異を害し滅ぼすために残りの一生を使おうと決めた。
そのための力をも手にし、それは小夜子の生きがいになった。
そんな小夜子の側にはサチがいた。
生き急ぐ、あるいは死に急ぐ小夜子をサチは支え続けてくれた。
だから、小夜子もサチを守りたいと思った。
かつて幼馴染に対してそうだったように。
今度こそ絶対に。
……今では、それが小夜子が戦う理由だ。
そして、さらに同じ頃。
実は『Kobold』巣黒支部とはそこそこ近いマンションの高層階の一室で、
「――ただいま。P90とFive-seveNのメンテはバッチリだって。あと張さんのお店で夕食のテイクアウトしてもらってきたよ」
学生鞄と一緒に『太賢飯店』の弁当袋を提げた紅葉が帰ってきた。
姉妹は銃の保管とメンテナンスをスミスに一任している。
改造銃の保全を【機関】と提携している【安倍総合警備保障】に断られたからだ。
それは銃を無駄に金ピカにした姉妹の自業自得ではある。
なので有事の際にはスミスの店に確認のうえ受け取りに行く。
そのついでに今日は晩御飯を買って来たのだ。
料理に縁のない姉妹の朝晩の食事は外食か買ってくるかの二択だ。
そんな紅葉は……
「……ニャ。……ニャ」
「……バースト、何やってるんだい?」
足元で何やらしていた猫に困惑しながら問いかける。
「……ニャ。……ニャ。……ニャ」
灰色の縞模様の若い猫は立ち上がった体勢で、縦にのびたり縮んだりしていた。
猫の身体はやわらかいので、びっくりするくらい長くのびる。
見やると猫の隣に開いた穴から猫と同じサイズのチンアナゴが生えている。
そいつが見ているこちらを小馬鹿にするように伸縮しているのだ。
バーストも釣られて伸縮しているようだ。
もちろんアパートの高層階の床に生き物が出てくる穴なんか開いていない。
勝手に開けたら怒られるか事前に阻止されるだろう。
まったく。
紅葉は袋をテーブルに乗せ、
「……姉さん。何してるんだい?」
「いえ、来るべき激戦に備えて【変身術】の鍛錬をと思いまして」
「そうなんだ……」
再び問いかけた途端、チンアナゴから声がした。
紅葉はやれやれと苦笑する。
2人が普段と同じように音々の下校につき合った後。
姉は『Kobold』攻略作戦に備えて鍛錬すると言って先に帰った。
なので紅葉はスミスの店に赴き銃の確認をしてきた。
実際に取りに行くのは作戦決行の日の朝だが。
そのついでに夕食も買って帰ってきたら、この有様だ。
まあ確かに【変身術】と【影走り】――【変身術】の前段階である概念の状態で短距離を移動する魔術との併用は高度な技術だ。
つまり楓は【影走り】で概念の穴に変身している。
この状態で自由自在に動けるのだ。
その上で身体の一部を【変身術】で具象化させて現世に影響を及ぼせる。
その特性を活用すれば、魔術を使えない相手になら一方的に攻撃できる。
戦場が何処だろうが、相手が魔術以外の何かの技量に長けていようが関係ない。
故に建物の中という閉所での戦闘でも十分以上に役に立つ。
手練れであるというイレブンナイツとの戦闘でも優位に立てるだろう。
だが、もうちょっと、こう……。
「……ニャ。……ニャ。……ニャ」
他に試し方は無かったのだろうか……?
かつて姉妹は怪異に弟を奪われた。
灰色の斑点模様の猫の名は、元は弟の【機関】でのコードネームだ。
姉妹がウアブ魔術/呪術という力を手にしたのも復讐のためだ。
やがて妹の紅葉は復讐の範囲を、あらゆる怪異の悪行を未然に防ぐ事と定義した。
アーティストでもある姉の楓は怪異を殺すことそのものに芸術性を見出した。
……それでも姉は、意外にも妹の一方的な信頼を裏切ったことはない。
そのように、来るべき日に備えて女子高生たちも各々の準備をしていた日の夜。
新開発区の片隅に建つ古びたアパートの一室。
そこで舞奈は普段と同じように踊っていた。
ステージは天井と壁と床しかない殺風景な自室。
左右の手には、それぞれ拳銃と改造拳銃。
引き締まった肢体を飾るはキュロットにブラウス。
その上に掛けられたショルダーホルスター。
銃を握った両腕を両翼の如く左右にピンと伸ばす。
次の瞬間、両腕を交差させる。
両手の銃を前に向けて構える。
研ぎ澄まされた動作は銃の撃鉄の様に鋭い。
ポーズは鋳抜かれた鉄のように正確で力強い。
舞奈の肌には玉の汗が浮かんでいる。
だが口元にあいまいな笑みすら浮かべた童顔には息の上がった様子はない。
静寂の中に、四肢が風を切る音と筋肉が軋む音、少女がたまに発する「はっ」という鋭い声だけが響き渡る。
そんな舞奈を、タンスの上から額縁が見守る。
収められた写真には、幼い舞奈とかつての仲間が写っている。
いつだって舞奈が戦う理由は差し迫った事態を収拾するためだ。
最強と謳われた技量も。
鍛え抜かれた体躯も。
何故なら舞奈が望むものは勝利の栄光なんかじゃない。
戦闘に勝利した先にあるものだ。
失った者だけが得難いと知る事ができる、一見すると平凡な日常。
あるいは3年前、それは美香と一樹と3人で守り抜いたものだからかもしれない。
エンペラーの魔の手から平和な世界を守る事。
それはピクシオンの使命でもあった。
それを幼子だった当時の舞奈は訳もわからず言われるがまま守っていた。
解脱しかけたエイリアニストと、人斬りと、ただの子供をたぶん結びつけていた。
すべてを失ったと思っていたあの頃にも舞奈と共にあった。
そして今では、舞奈が戦う理由になっていた。
……たぶん、かつての仲間と同じように。
それは舞奈が最強で居続ける事ができる理由なのかもしれない。
少なくとも舞奈には戦う理由がある。
守りたいものがある。
立ちはだかる敵を完膚なきまでに叩きのめさなければならない理由がある。
そして同様に、同じ時分。
再び旧市街地の一角にある『Kobold』巣黒支部ビルの、さらに一角。
「はぁ!」
気合と共に、剣鬼の太刀がコルテロめがけて振り下ろされる。
「おおっと!」
だが重い一太刀を、コルテロは細いレイピアで受け流す。
剣鬼とコルテロは模擬戦をしていた。
そんな2人の側で、
「流石は剣鬼にコルテロ。相も変わらず……いや、普段に勝る鬼気迫る太刀筋だ」
巨漢のアッシュが煙草を片手に感想を漏らし、
「あいつら、コンビの方が強いんじゃないのか?」
「そういう事を言うべきじゃない」
側で同じように煙草を吹かせた少年ディーの言葉をたしなめる。
数日前に【機関】執行人を襲撃した際、剣鬼とコルテロは志門舞奈に敗退。
同じチームのエスパダは敵に捕らえられた。
いつも以上に剣鬼が奮起しているのも、ママに預言された襲撃者を倒す事によってエスパダを救い出せると信じているからだろう。
だが、そんな剣鬼は2人を一瞥するのみ。
無粋な少年をどうこうする様子もない。
再び身構える友めがけて斬撃を繰り出す。
剣鬼が戦う理由は戦う事そのものだ。
それ以外に興味はない。
善にも悪にも興味などない。
正々堂々とした剣と剣との試合以外の戦いにも興味はない。
もちろん戦い以外の、余人の暮らしなどには欠片ほどの興味もない。
だから自ら怪異に与した。
強者が弱者を虐げる事を厭わない怪異の世界は、人の世より剣鬼に合っている。
だから自ら名を捨て、『剣鬼』と名乗った。
剣の鬼とは自身を的確にあらわす良い名だと我ながら思った。
だから、あの日、襲撃したチンピラどもを有無を言わさず斬り捨てた。
ろくな技量を持たぬくせに口だけは立派な青二才の命など剣鬼にとって屑以下だ。
剣技を高めようと思わぬ怠惰な者など刀の錆になるのも止む無し。
だから、ただ剣の技を極めるために友を持った。
自身に匹敵するレイピアの技量を持つコルテロを友とするのは当然の事。
自身を慕うエスパダを傍に置くようになったのも、剣の技を極めようとする彼の言動と心意気に柄にもなく共感したからだ。
だから、来るべき戦いでは全力を持って志門舞奈を叩き潰す。
その上でエスパダを奪い返す。
そう心の中で己が剣に誓いながら、剣鬼は次なる斬撃を繰り出した。