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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第20章 恐怖する騎士団
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襲撃2 ~銃技&魔術&呪術vsイレブンナイツ

 平日の朝に執行人(エージェント)や術者たちを次々に襲撃するイレブンナイツ。

 えり子や萩山、桜の前にも2人の騎士があらわれた。


 萩山は機転を利かせ、悪魔術を駆使し、デーモンを呼び出して応戦する。

 だが巨漢のアッシュは強力な【魔力破壊(マナイーター)】によって悪魔術に対抗する。

 怯んだ萩山の喉元に素早い少年騎士ドゥーの短剣が迫り――


「――ラスター! 無事ですか!?」

 砕けた。

 突如として飛来した【光の魔弾(マジック・ミサイル)】に撃ち抜かれたのだ。


 続けて放たれた魔弾は、跳び退った少年騎士の残像を穿つ。

 アッシュが消去する余裕もなかった。

 よしんば間に合っても少しばかり強力な【魔力破壊(マナイーター)】では消去不可能。


 何故なら【光の魔弾(マジック・ミサイル)】の射点はボンネットを開けたまま走り来る軽乗用車。

 見た目は可愛らしい軽乗用車だが、


「チャムエルさん!」

 萩山が歓声をあげる。


 それは高等魔術師チャムエルが【機甲変化(トランスフォーム)】で変身、変形した魔法の車。

 チャムエルカーだ。

 それが証拠に車は明らかに通り抜けできなさそうな裏路地から跳び出してきた。


 チャムエルカーは開きっぱなしのボンネットの中の、SFアニメに出てくる架空兵器みたいな謎装置から粒子ビームを乱れ撃つ。

 あるいは空力を無視した形の謎ミサイルを連射して騎士どもを牽制する。

 それぞれ【光の魔弾(マジック・ミサイル)】【鋼鉄の片刃(メタル・シャード)】。

 ペンタクルを用いた高等魔術による疑似呪術の連射である。


 市街地での術の乱発は【組合(C∴S∴C∴)】が許さない。

 だが魔法や奇跡ではない別のものに偽装すれば、その限りではない。

 なので車に装備された非魔法のガジェットを使っている体裁にしているのだろう。

 それにしても少し考えれば無茶苦茶なギミックだと思うが。


 そんな無茶苦茶な軽乗用車の運転席から運転手が転がり出る。

 両手に構えた玩具メーカーのロゴも眩しいモデルガンから粒子ビームを連射する。


 少年騎士ドゥーは跳び退り、巨漢のアッシュの後ろに隠れる。

 だがアッシュも消去できるはずもない圧倒的な物量の魔法攻撃に怯む。

 その隙に、


「乗ってください!」

 チャムエルカーの後部座席のドアがひとりでに開く。


「ありがとう」

「すんません!」

 桜をかかえたえり子が後部座席に転がりこみ、萩山も続く。

 次いで運転手が運転席に飛び乗り、


「逃がさないよ!」

「果たしてそうですかね!?」

 追いかける少年に排気ガスを吹きかけながら軽乗用車は走り出す。

 ケミカルな色をしたガスをまともに顔面に浴びたドゥーは、


「待て……くっ!?」

 身を屈めて嘔吐する。

 空気を創造する【大天使の大気の召喚サモン・ラファエルズ・エアー】だ。

 知識のある術者が応用すれば特殊な構造の機体も創造できる。


「毒のガスか!? おのれ!」

 うずくまるドゥーの背に、アッシュは斧の腹でそっと触れる。

 途端、少年騎士の表情が弛緩する。

 大柄な騎士は異能力【魔力破壊(マナイーター)】で魔法の毒ガスを消去したのだ。


 だが、その間に、萩山たちを乗せたチャムエルカーは走り去っていた。


 そんな攻防があったのと同じ頃。

 讃原(さんばら)町の人気のない通りで……


「……よっ。あんたら誰かの知り合いか?」

 舞奈は口調だけは気さくに挨拶しつつ、同行者を背にして数歩、前に出る。

 ジャケットの裏の拳銃(ジェリコ941)をいつでも抜けるよう神経を張り詰めながら。

 明日香も冷徹な視線を目前に向ける。

 おそらく次の瞬間にでも【工廠(アルゼナル)】で得物を召喚できるよう集中しながら。

 対して園香とチャビーは訳もわからず困惑する。

 そんな2人を、小夜子とサチが背にをかばいながら油断なく身構える。


 舞奈たちの前にも悪趣味なコスプレじみた騎士たちがあらわれていた。

 その数は3人。

 もちろん全員がくわえ煙草だ。


 舞奈は奴らがイレブンナイツと呼ばれる騎士どものリーダー格だと見抜いた。

 以前にバスの上で戦った剣鬼の同類だ。


 他の騎士たちがいないのは、舞奈たちを相手に無駄だと判断したからか?

 あるいは単に馬鹿が使い捨てにしまくったせいで人手が足りないか?


「始めまして、美しい――」

 他の2人を押しのけるように、


「――ボクに出会えて幸運なお嬢さんたち。ボクの華麗な名はナルシス」

 金髪をなびかせた騎士が、舞奈と相対するように前に出る。


「なんだこいつ。きめぇ……」

 舞奈は反射的に抜き撃ちしそうになって、自制する。

 相手のペースにはまったら負けな気がしたからだ。

 だが目前の騎士がキモイと思ったのも本当だ。


 金髪のキモイ騎士ことナルシス青年。

 年の頃は大学生ほどか。

 生白い貧相な上半身をさらけだした格好が悪い意味で印象的だ。

 彫りの浅い顔に浮かんでいるのも量産型の男性アイドルみたいな薄っぺらい笑み。

 いかにも脂虫が好みそうな、『美』の対極にある『醜』。

 あるいは『生命』の逆相たる『衰弱』の象徴。

 言うなれば環境型ハラスメントだ。


 小夜子が小学生2人と一緒にサチを(色々な意味で)かばうように前に出る。

 そんな様子に反応したか、


「剣鬼を倒した強者がァ! どんな奴かと思ったら弱そうな女子供じゃねェか!」

 別の騎士が唐突に叫ぶ。


「オレ様の勝利は決まった様なもんだなァ!? ヒヒッ!」」

「こっちの美しい名前はなんだ? キチガイシスか?」

「何だとガキがァ! オレ様の名前はアルティーリョ! 二度と間違えるなァ!」

 嫌そうに言った舞奈にキチガ……アルティーリョが反応する。


 正直、こちらも大概だ。

 ナルシスと同じ上半身裸。

 代わりのつもりなのか知らないが兜をかぶっているので顔はわからない。


 背もナルシスより高そうではある。

 だが猫背のせいで舞奈と普通に目線が合うのが鬱陶しい。

 加えて両手に鉄のカギ爪を装備した腕はひょろ長い。

 いわゆる揶揄するのが躊躇われる容姿だ。

 そんな彼が叫んだ後に、


「俺の名はポワン! 邪悪な魔法使いどもめ! 我が拳で滅ぼしてやる!」

 さらに別の半裸がいきり立つ。

 両の拳を握りしめて低く構える様子からするとボクシングでも嗜んでいるか。

 騎士の概念が少し揺らぎそうになる。


 そんなポワン氏は暑苦しい熱血キャラのようだ。

 だが彼の上半身は見た目からして鍛えられていて筋肉もついている。

 ボクサースタイルに忠実なのだろう。

 見た目だけ見れば3人の中では一番マシ……というかマイナスの度合いが低い。


「自己紹介どうも……ったく、ろくな奴がいねぇな、あいつの友達」

「……千佳ちゃんたちをお願い」

 心の底から嫌そうに舞奈が、感情を押し殺した声色で小夜子が言った途端……


「……」

「……」

 背後で園香とチャビーが倒れこむ。

 小夜子が神への呼びかけもなく行使した【居眠り(ココチテリ)】。

 対象を眠らせるナワリ呪術だ。


 眠った2人をサチが抱きかかえる。

 次いでこちらも祝詞すらなく【護身神法(ごしんしんぽう)】を展開する。

 戦闘とは無関係な2人を守るための最善手だ。


 その間に当の小夜子は騎士どもに跳びかかる。

 両手の指の先には【霊の鉤爪(パパロイツティトル)】による光のカギ爪が輝く。

 彼女もまた戦闘は避けられないと察していた。

 先手必勝だ。

 加えて相手が生理的に受けつけないという理由もあるかもしれない。

 そんなナワリ呪術師を迎え撃ったのは、


「ヒヒッ! 貴様の相手はァ! オレ様だぜェ!」

「……そう。なら消えて」

 ひょろ長いせむしのキチガ……アルティーリョだ。

 小夜子はペースを乱される事なくカギ爪を一閃。容赦はない。だが、


「ヒヒッ! 遅いゼェ!」

「……っ」

 クロー使いはのらりくらりと小夜子のカギ爪を避ける。

 小夜子は舌打ちしながら追撃する。

 いくら呪術のカギ爪による斬撃の出力が高くても、当たらなければ意味がない。

 そんな様子を視界の端に収めながら、


(こいつも【狼牙気功(ビーストブレード)】か。それに精度が低いが未来が読めるな)

 舞奈は口元を歪める。


 スピードでは敵の【狼牙気功(ビーストブレード)】より小夜子の【コヨーテの戦士(コヨメー)】の方が上。

 だが動きの差で小夜子はアルティーリョに追いつけない。

 逆に繰り出された敵のカギ爪が小夜子の戦闘(タクティカル)セーラー服の端を裂く。

 あまり良い状況じゃない。

 加えて、


「ヒヒッ! テメェには何も守れないぜぇ! テメェの彼氏みたいによォ!」

「……!?」

「そっちの女とガキもォ! この俺様がすぐに八つ裂きにしてやるぜェ!」

「貴方なんかに! 何が!」

「落ち着いて小夜子ちゃん!」

 アルティーリョは言葉巧みに小夜子を挑発する。

 サチがフォローするが焼け石に水。


 怒りのあまり小夜子の動きが直線的になる。

 だから一撃ごとに致命的な小夜子の斬撃を、アルティーリョは余裕で避ける。


(あの野郎。こっちの事、下調べをしてきたのか?)

 舞奈は舌打ちする。


 かつて小夜子は執行人(エージェント)だった幼馴染を怪異との戦闘で亡くしている。

 彼はチャビーの兄でもあった。

 そんな過去を、敵は小夜子との戦闘を有利にするために調べたという事か。

 まったく面白くない。


「どこを見てるんだい!? キミの相手は美しいこのボクだよ!」

「うるっせぇ! 野郎に美しいもクソもあるか気持ち悪ぃ!」

 舞うような動きで襲いかかるナルシスの曲刀を避ける。

 明確に視界の外からの斬撃も、舞奈にとっては危険でも何でもない。


 実は舞奈も先ほどから曲刀使いのナルシスと戦っていた。

 というか一方的に絡まれていた。

 自己紹介で嫌な顔をしたのが気に入らなかったのだろうか。


 なので抜く手も見せずにナイフで突く。

 弾丸のような勢いで繰り出された幅広の刃を、


「おっと!」

 ナルシスは余裕で避ける。

 だが反撃とばかりに横に薙がれた曲刀を、舞奈も身を屈めて難なく避ける。


「ったく! 何とかナイツとやらには、こんな奴しかいないのか?」

(ったく、こいつもか)

 口元を歪める。

 思惑が外れたからじゃなく予想通りだったからだ。


 こちらの攻撃を予知と異能力で避けるだろうとは予想済み。

 だから弾丸が勿体無いので拳銃(ジェリコ941)じゃなくナイフを抜いた。

 体勢を崩すような突き方もしなかった。

 避けられること前提に動けばそんなものだ。


 逆に、その思惑に対応されなかったという事は心を読まれた訳じゃない。

 舞奈がナイフで突くという未来だけを察知して回避したのだろう。


 そんな事より、何より奴の軽いノリが気に入らない。

 かつて四国の一角で短い間の仲間だった弓使いのスプラを思い出すからだ。

 彼もおちゃらけた軽薄なキャラで……でも良い奴だった。

 彼らと過ごした短い時間が楽しかったのは事実だ。

 だが四国の一角で彼は犠牲者になった。

 その事実を調べあげた何者かが意図的に彼を舞奈の元に遣わしたのだとしたら、小夜子の激情は他人事じゃない。


 そんな舞奈や小夜子たちから少し離れた場所で――


「――のらりくらりと避けやがって! 正々堂々と勝負しろ! 卑怯な魔法使い!」

「……」

 明日香も熱血ボクサーのポワンを相手取っていた。


 高枝切りバサミの如く鋭いパンチを、宙を舞う4枚の【氷盾アイゼス・シュルツェン】で防ぐ。

 敵が盾をかいくぐろうとした動きを護身用の小型拳銃(モーゼル HSc)で牽制する。


 ……というより無言のまま小口径弾(32ACP)でツッコミを入れる。


 まあ気持ちはわからなくもない。

 見たところ奴は自分の浅い見識に凝り固まった意固地な大人だ。

 しかも元気だけは有り余って周囲に迷惑をかけまくる。

 明日香が最も嫌がるタイプだ。


 そんな内面のアレさとは裏腹に、ポワン氏の拳は確かに素早い。

 相手の動きを見据えた動きをしている。

 格闘技というレギュレーションの中では無敗なのだろうと素直に思える、

 明日香が魔術師(ウィザード)だから対処できるだけで、一般人や普通の格闘家なら瞬殺だ。


 つまり3人ともが【狼牙気功(ビーストブレード)】の予知能力者の達人ということになる。

 イレブンナイツそのものが、そういう戦い方に特化した集団なのか?

 あるいは舞奈たちに対抗するために選ばれたのか?

 まあ3人とも半裸でもあるが、そっちはどうでもいい。


 だが、どちらにせよポワン氏には熟達した魔術師(ウィザード)が操る4枚の盾の相手は荷が重い。

 要は4人の自分と戦い続けるノルマを課せられたようなものだ。

 それに所詮は拳で魔術の盾を一撃で壊すことはできない。


 ひとまず明日香が負けるような事はなさそうだ。

 こっちを片づけてから加勢しようと考えながらナルシスの斬撃を避けた刹那――


「――ヒョオォォォォォォォォ!」

 アルティーリョが奇声と共に、バッタみたいに高く跳んだ。


「!?」

「小夜子さん! 上だ!」

 思わず小夜子は見失う。

 舞奈も叫ぶが間に合わない。

 人間の目は急な上下の動きを追うのに向いてない。

 それは【コヨーテの戦士(コヨメー)】で高速化している最中であっても同じだ。


 だから次の瞬間、アルティーリョはサチの目前にいた。

 急すぎて反応できないサチめがけて、クロー使いはカギ爪を振り下ろす。

 だが――


「――ちっ! しくじったか!」

 鋭い爪は虚空で止まる。

 サチの手首に巻かれた注連縄が揺れる。

 カギ爪は、古神術士が張り巡らせた【護身神法(ごしんしんぽう)】に阻まれたのだ。

 この結果を奴は予測できなかったのだろうか?


「貴方も騎士を名乗るの割には卑怯ね!」

 小夜子が追いすがりつつ光のカギ爪を一閃。

 アルティーリョは跳び退りつつぬるりと避ける。


「卑怯ォォォォォ!? そいつは誉め言葉かァ!? オレ様は勝つためなら手段は択ばねぇアルティーリョ様よォ!」

「貴様に武人の心意気はないのか!? 魔法使い! ……くっ」

(ったく、せめて仲間内で意見を統一しろよ)

「このボクを前にしてよそ見なんて! いけない子だなぁ!」

「てめぇはてめぇでぅるっせぇ! あんたの気持ち悪い面なんかじっくり凝視する必要ないだろ!? 硫酸かけるぞゴボウ野郎!」

 舞奈もナルシスの妄言に思わずキレつつ斬撃を避けながら、


「明日香! 大技で何とかできないのか!?」

 見やりもせずに明日香に問う。


 人払いでもされているのか周囲には不自然なほど通行人の姿がない。

 だが長々と彼らと遊んでいても得はない。

 状況的にも、精神的にも。


「気楽に言わないでよ! こういう素早い手合いは、そっちのが得意でしょ?」

「ったく、おまえまで」

 無体な返事に軽く返しつつ――


「なっ!?」

「――そのビックリしたマヌケ面はちょっと面白いぜ」

 曲刀の間合いのさらに内側に跳びこむ。

 生白いナルシスの顔が驚愕に歪む。

 同時に抜いた拳銃(ジェリコ941)の銃口を、反応すら許さぬ速さで土手っ腹に突き刺し、


「せめて服でも着てりゃ良かったな!」

「ぐあっ!?」

 引鉄を引く。躊躇なし。

 貧相な騎士は避ける間もなく腹から火を噴いて吹き飛ぶ。


 このタイミングで撃ったのは、ジャケットの内側から熱を感じたからだ。

 おそらく明日香はポワンと攻防しながら拳銃(ジェリコ941)に【炎榴弾フランメン・グラナーデ】をかけていた。

 もちろん詠唱もなく、気づかれる事もなく。


「この野郎!? よくも俺の仲間を!?」

「てめぇも飼い主のつもりなら! 躾くらいしろよな!」

 近くにドサリと墜ちたまま動かない黒焦げナルシスをポワンが拾い、


「今回だけは見逃してやるゥ! 覚えておけェ!」

 アルティーリョが捨て台詞を残して騎士どもは逃げて行った。

 驚くほど潔い引き際だ。


「二度と来んな!」

 舞奈は2人(+ポワンが抱えた1人)の背中に怒鳴りつける。

 まったく何のためにあらわれたんだか。

 それでも奴らの驚くような引き際の速さを訝しみ……


「……小夜子さん! ここから一番近い脂虫の方向はわかるか?」

 ふと気づいて問いかける。


 以前にヘルバッハとの決戦の際にヴィランたちと戦った時に状況が似ている。

 奴ら3人は舞奈たちに『割り当てられて』いた。

 つまり11人のイレブンナイツは、それぞれ執行人(エージェント)を襲撃している。

 そう思った。

 下手をすれば今の3人は足止めだ。


「……商店街の方向よ」

 小夜子の答え反応し、


「オーケー! 後は頼む!」

「あっちょっと!」

 明日香の声を背に舞奈は走りだす。


 空気にまじる、忌々しいヤニの悪臭の元を追うように走る。

 その最中に――


「――あっ舞奈さん?」

「奈良坂さん!? つばめちゃんも!」

 2人と合流して先を急ぐ。

 執行人(エージェント)の2人がそうしている状況に、懸念が確信に変わる。

 そうするうちに――


「――!?」

 銃声。


 軽い音は小口径弾(9ミリパラベラム)か。

 舞奈の知人で、ものすごく戦闘に慣れた人間が多用する代物じゃない。


 嫌な予感に苛まれながら、散発的な銃声も頼りに走る。


 その先で――


「――見るな!」

 後ろの2人の視界を遮るように舞奈は前に出る。


 正直、自分よりキャリアも人生経験も長い執行人(エージェント)を相手に失礼ではあると思う。

 だが目の前に広がる光景を、奈良坂やつばめに見せたくなかった。


 周囲に散らばる木刀や、折り畳み式の槍。

 おそらく執行部の執行人(エージェント)たちだろう。

 地獄絵図のような血だまりの中に、制服姿のヤンキーたちが倒れていた。

 おそらく全滅。


 だが不幸中の幸いか銃声の主は健在だ。


 彼らの援護に回った警備員か。

 近くの壁に着慣れないスーツの男がもたれかかっている。重症だ。

 そんな彼をかばうように、作業着姿の女が両手で小型拳銃(グロック17)を構える。


 目前の騎士と、やや弱気な距離を保ったまま撃つ。

 だが小口径弾(9ミリパラベラム)を、騎士は手にした太刀で事もなさげに切り払う。

 女は驚く。

 だが舞奈は口元を歪めるのみ。

 以前にもバスの上で見た動きだ。


 次いで警備員は見た目にわかるほど焦る。

 弾切れか。


 その隙を逃さず距離を詰める騎士の前に――


「――よう剣鬼! 久しぶりだな!」

 舞奈は跳び出す。


 そのまま振り下ろされた太刀をナイフで受け流す。

 次いで低い位置を狙って突く。

 長身の騎士は太刀を下向きに構えて受け止める。

 先の3人と違って上も着衣した騎士を見上げ、舞奈は口元を笑みの形に歪める。


「ようやく来たか! 志門舞奈!」

 騎士は心の底から待ち侘びていたように笑う。


 野性味あふれる顔立ちをした彫りの濃いスポーツマンな顔立ち。

 中年というほど老けてはいないが、決して未熟ではない年には見える。

 間違いない。

 以前にバスの上で相対した剣鬼だ。

 ただし手にしているのは槍ではなく大太刀。こちらが本来の得物なのだろう。

 そんな彼の言葉に、


「こいつが志門舞奈か? 口の利き方も知らない子供ではないか」

「だが気をつけよコルテロ。それにエスパダも。こ奴め、腕だけは立つ」

 後ろで見ていた銀髪の騎士が答える。

 奴の名がコルテロか。


 底知れない雰囲気の男だ。

 年の頃は剣鬼と同じくらいに見える。

 剣鬼以上の長身と薄い前髪と長髪、ひとりだけ羽織ったマントが目立つ。

 だが神経質そうな、聞くものを苛立たせる声色のほうが印象に残る。

 不愉快な男が手持無沙汰に弄んでいるのは鋭いレイピア。

 そんな彼の言葉に、


「オレにはただのガキにしかみえないけどな!」

 長剣の騎士が続く。

 こっちがエスパダだろう。


 今までに会った騎士どもと比べて薄味ではある。

 あえて言うなら元気のいいクセ毛が特徴か。

 系統としてはポワン氏と同じ熱血キャラなのだろう。

 だが、おそらく実力に裏打ちされた自意識をこじらせた他の騎士に比べ、彼は若く不慣れに見える。騎士見習いか新米、といったところだろう。


「奈良坂さん、怪我人を連れて下がってくれ! そっちのあんたも護衛を頼む!」

「すまない……」

「了解した!」

「あと応急手当が終わったら、明日香か小夜子さんに連絡してくれ。近くにいる」

「はっ、はい!」

 奈良坂は負傷した男に肩を貸しながら物陰に逃げる。

 二重の身体強化による筋力があれば、大の大人を連れてそうするのも容易い。

 なので女も小型拳銃(グロック17)を構えて威嚇しながら2人に続く。


「おおっと逃がすか――」

「――氷よ!」

 追おうとするコルテロめがけ、つばめが氷の刃を投げる。

 以前にクラフターも使っていたケルト呪術【鋭氷の斬刃(アイシクル・エッジ)】だ。

 自身の強力な魔術より、呪術のほうが素早く的確に相手の動きを妨害できると考えられる程度には頭も回っているようだ。


 突然の多すぎる死に、意外にも2人が怯んでいない事に安堵する。

 まあ当然と言えば当然ではある。

 あれでも奈良坂は幾度となく死線をくぐり抜けてきたのだ。

 つばめだって同じだろう。

 だから舞奈も、


「させるかよ!」

「ってことは、こっちの頭数が増えると困るのか?」 

 追おうとしたエスパダの前に立ちふさがる。


「ま、舞奈さん! 援護します!」

「おうっ?」

 かけられた声に、半ば無意識に付与魔法(エンチャントメント)を受け入れて――


「――【加速(ヘイスト)】? ……って、こうなるのか」

「あっごめんなさい」

 少し戸惑う。

 そんな反応につばめが恐縮する。


 悪影響を無理やりに抑えた形でスピードアップしている。

 つまり空気の動きが伝えてくれる周囲の時間は遅くなっているが、会話はできる。

 魔術によって都合よく因果が書き換わっているのだろう。

 だが舞奈は自分の都合で書き換わってくれない現実の物理法則に慣れている。

 正直なところ少し調子が狂うのも事実だ。


「こ奴は我が引き受ける! エスパダ! 奴を追え!」

「せっかく速くなったんだ! 2人まとめて相手してやるぜ!」

「おのれ! 小娘!」

 それでも剣鬼とエスパダの2人を相手取る。


「今回も我々の邪魔をするか! 礼儀を知らぬ童よ!」

「邪魔になってるのはそっちだろうが!」

「くっ!? 剣鬼さん!」

 正直【加速(ヘイスト)】による周囲の物理法則の挙動が読み切れなくて少し不安ではある。

 それでも上昇したスピードを加味すればナイフだけで2人を圧倒できる。

 以前と比べて剣鬼の動きは明確に遅いのに、会話は普通にできるのが不思議だ。


 だが、それでも本来の得物はこちらであろう剣鬼の太刀は重く鋭い。

 フェイントも巧みで舞奈の隙を常に待ち構えている。

 単純なスピードだけで押しきれる相手では流石にない。

 腐っても手練れである。


 対して追従しようとするエスパダの長剣は動きも直線的で踏みこみも軽い。

 正直、エスパダ君の実力は剣鬼の足元にも及んでいない。

 そんな彼を剣鬼がフォローしているのも、舞奈が彼らを圧倒できる理由だ。


 それでも舞奈は口元を歪める。

 そんな2人に、トルソと切丸の関係を思い出したからだ。

 その一方で、


「臆病者の魔法使いめ! 降りてこい!」

「い、嫌です!」

「くっ!」

 レイピアを手にしたコルテロは神経質そうな金切り声をあげる。

 だが上空のつばめは返事と一緒に稲妻を落とす。

 ケルト魔術【稲妻(ライトニング・ボルト)】だ。

 つばめちゃん、普段ああいう性格な割に、やる時にはやるタイプらしい。

 実力も確かなのは言わずもがな。


 対してコルテロ氏が焦る理由も明確だ。

 レイピアでは空中の敵に対処する事はできない。

 かといって放っておいて剣鬼の加勢に回ったり奈良坂たちを追ったりすれば、完全にフリーになった大魔道士(アークメイジ)に空中から狙われ放題だ。


「白髪のハゲ野郎は、魔法使いが嫌いなのか?」

「我が友を侮辱するか! 小娘! いかがわしい人外の術など好む者などおらぬわ!」

「そうかい。ま、脂虫らしい感性だぜ」

 横から斬りかかってきた剣鬼の太刀を苦も無く避ける。


 脂虫に限らず、怪異は術や魔法を嫌う。

 妖術を使う怪異も、自身が使う技術に敬意を持っている訳じゃない。


 何故なら魔法は人間のプラスの感情から生まれたものだ。

 そして怪異の礎であるマイナスの魔力はマイナスの感情を源としている。

 だから奴らは他の美しいものと同じように奇跡を、魔法と敵対する。

 妖術も奴らにとってはマイナスの魔力からの変換が必要な面倒な技術だ。

 そんな事を考えて口元を歪めた途端――


「――ちょいなっ!」

「うわっ!?」

 奈良坂がエスパダに馬乗りになった。

 剣鬼と舞奈がほぼ一騎打ちになって取り残されていたエスパダ君に、物陰から跳び出した奈良坂が押し倒したのだ。


「おっ! やるねぇ奈良坂さん!」

 舞奈はニヤリと笑い、


「つばめちゃん! 坊主を拘束できるか!?」

 拳銃(ジェリコ941)を抜いて撃つ。

 だが相手は剣鬼じゃない。レイピアの騎士だ。

 目的はつばめの足元でレイピアを振り回していたコルテロを牽制する事。


「あっはい!」

 その隙につばめが【空間跳躍ディメンジョン・リープ】でエスパダの真横に出現、手を触れる。

 途端、騎士は氷漬けになった。

 おそらく【凍氷の棺牢(アイス・コフィン)】の魔術か。

 だが完全に凍りつくなんて出鱈目な威力だ。


「これ、解凍して元に戻るのか?」

 軽口を叩きながら氷像に拳銃(ジェリコ941)の銃口を突きつける。

 途端、剣鬼とコルテロの動きが止まる。


「バスの時の御連れさんと違って、こいつは特別みたいだな」

 舞奈はニヤリと笑う。

 その背後につばめが舞い降り、詠唱もなく両手にチャージした魔術を構える。


「大人しく帰るか? それともこいつを木端微塵に砕いてから仕切り直すか?」

「おのれ! 志門舞奈!」

「だが、ここは引くしかなさそうだ」

「ええい、わかっておるわ! 覚えておれ! 小娘!」

 捨て台詞を残しながら2人の騎士も撤退した。


 先ほどの3人組もそうだが、妙にあっさり引き下がるなと思った。

 そういう指示でも出ているのだろうか?

 特に戦果をあげた訳でも何かの目的を果たした訳でもなさそうなのに。


 ……否。逃げ帰った2人の騎士は、こちらに十分以上の被害をもたらしていた。


「――舞奈! こっちは大丈夫なの!?」

「あたしたちは怪我ひとつない。おまえんとこの護衛も無事だ。ついでに敵をひとり生け捕りにした……たぶん生きてると思うが」

 駆けつけて来た明日香に答える。

 だが……


「……ひっ」

 追いついて来たサチが息を飲む。

 小夜子も無言で立ち尽くす。


 剣鬼とコルテロが去った後。

 遺された人気のない通りには、ピクリとも動かない執行部の執行人(エージェント)たちが折り重なって倒れる無残な血だまりが広がっていた……


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