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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第20章 恐怖する騎士団
477/579

襲撃1

 舞奈たちが、楓たちが、【機関】【組合(C∴S∴C∴)】の面々が警戒感を募らせる中。

 少なくとも表向きは平和な朝の通学路を、ブルーグレーの臨時通学バスが通る。

 次いで装甲リムジンが通る。

 乗っているのは運転手や夜壁の他、音々と腰みの、桂木姉妹。


「ヘルビーストさん、やっぱり車は落ち着かないですか?」

「車ハ、モウ平気」

 落ち着かなさげに周囲を見回す腰みのに、隣の音々が気づかうように声をかける。


「デモ嫌ナ予感ガスル。ネネ、気ヲツケテ」

「はい! ありがとうございます」

 ヘルビーストの答えに、音々は嬉しそうに返事を返す。

 彼女は音々を何度も救ってくれた恩人だ。

 そして以前の少し退屈していた音々の前にあらわれた憧れの人でもある。


「嫌な予感ですか。では我々も警戒しなければ」

「まあ、それはその通りだね」

 シャーマンの言葉に従い、楓はくわえ煙草の姿を求めて窓の外をガン見する。

 今日も今日とて脂虫を殺したくて仕方がない姉さんである。

 なにせ先日は紙一重で大量キルのチャンスを逃したばかりだ。

 警戒に力も入ろうというものである。

 だが言葉尻は間違ってないので、妹の紅葉も同意するしかない。


「おや、あれは」

「楓さん、どうしたんですか?」

「いえ、ちょっと高等部の知人が通ったもので」

「挨拶したほうが良かったですか?」

「ご心配なく。今のわたしには音々さんを護衛するという大事な役目がありますから」

 そして脂虫どもは音々を目指してやってくるはずだ。

 今度こそ、今度こそ、この手で奴らを八つ裂きにして皮を剥いでみせる。

 そんな深い情念を秘めた楓の言葉に紅葉は苦笑い。


(やっぱり楓さんはやさしくて正義漢のある人なんだ)

 事情を知らない純粋な音々は感動し、高等部の先輩への敬意を深める。

 そのように終始なごやかにリムジンが通り過ぎた後ろで……


「……すいませんねぇ、起こしてもらっちゃって」

「い、いえ。時間を過ぎても寮を出なかったから……」

 奈良坂とつばめは並んで歩いていた。

 平均的な女子高生の体形の、フレームレスの眼鏡の奈良坂はほえほえと。

 同じ制服を着ているが小学生くらいの背丈の、黒ぶち眼鏡のつばめはおどおどと。

 いちおう高等部2年のつばめの方が先輩だ。


 だが両方とも【機関】の寮で暮らしているので、片方が寝坊するとこうなる。

 通学路の安全確保のため執行人(エージェント)が順番を決めて登校し、登校時間中は途切れなく警戒するという【機関】の計画も台無しである。

 そんな2人は、


「誰ですか……?」

「ほへっ?」

 不意に足を止めた。

 正確にはつばめが立ち止まり、奈良坂が慌ててならう。


 何故なら2人の前に、見知らぬ3人組が立っていた。

 3人ともがコスプレのような甲冑を着こんだ騎士。

 3人ともが、くわえ煙草。

 そして3人とも抜き身の刃物を携えている。本物だ。


 前を見ていなかった奈良坂はともかく、つばめはひと目で気づいた。

 間違いない。

 彼らは先日【機関】から通達のあった――


「――間違いない、奴らがターゲットだ! ランツェ! アルコ! 気を抜くな!」

 先頭に立った騎士が大剣を構えながら叫ぶ。

 ここが街中であると、気にもしていない様子だ。

 派手なクセ毛と、勝気な目つきが印象的な青年。

 だが甲冑姿なのに兜だけかぶらないスタイルがコスプレ臭に拍車をかける。

 思わず迷惑系の配信を疑ってカメラを探すが、そんなものはいない。

 そんな彼の側で、


「貴方もですよ、スパーダ」

 ランツェと呼ばれた眼鏡の騎士が答える。

 顔立ちだけは知的だが、こちらも人目をはばからず長槍を構えている。


「けど大した事なさそうだね。僕たちの相手じゃないよ」

 そして最後のひとりはアルコと呼ばれた生意気そうな少年。

 ヤンチャな中学生ほどに見える。

 そんな彼もまた、2人の騎士の後ろで引き絞った短弓を構えている。


 変哲のない平日の朝の、あまりに異常な状況。


 つばめは人の目が気になって、思わず周囲を見回す。

 だが気がつくと周囲に通行人はいない。


 何らかの手段で世間と隔離された?

 だが人がいない以外に周囲に変化はないし、戦術結界ほどの魔力は感じない。

 おそらく魔道具(アーティファクト)宝貝(パオペエ)による人払いがされたのだろう。


「……気をつけてください。敵です」

「は、はい……っ」

 つばめは奈良坂に警告を発する。


 警備会社が配置しているはずの市民に扮した警備員も見当たらない。

 敵の人払いの本来の目的はこちらか。

 つばめと奈良坂は2人で敵に対処しなければならない。

 そんな奈良坂が反応する間もなく――


「――かかれ!」

「了解!」

 合図と共に、大剣使いスパーダと槍使いランツェが踏みこんできた。

 数メートルの距離が一瞬で縮まる。


「早い……っ!」

 まともな人間のスピードじゃない。

 呆気にとられたままの奈良坂めがけて振り下ろされるスパーダの大剣。

 鋭く突かれるランツェの長槍。だが、


「くっ……!」

 2つの凶刃は氷の盾に受け止められた。

 先ほどまではなかった。

 詠唱もなしに瞬時に出現したつばめの【結氷の盾(アイス・シールド)】だ。

 それでも、


「こんなもの! このまま押し切るぞ!」

「ええ、わかってますとも!」

 2人は続けざまに攻撃を繰り出す。


 素早い斬撃。

 鋭い突き。

 2人の少女を狙った容赦のない攻撃を、宙を舞う氷の盾が受け止める。


 だが氷盾を操り攻撃を防ぎながら、つばめは口元をゆがめる。

 この3人の攻撃を、ひとりで防ぐのは容易ではない。

 攻撃に転じる糸口すら見いだせない。

 もちろん奈良坂はこちらの頭数には入れられない。

 仏術士が得手とする身体強化こそしているが、相手が早すぎて手も足も出せない。


 だから打開策を求め、つばめは襲撃者たちに目を戻す。

 目前の3人はイレブンナイツという集団のメンバーだろう。

 先日に襲撃された槙村音々の家で【組合(C∴S∴C∴)】のハニエルが捕らえた騎士が、そういう名前を口にしたらしい。

 騎士は彼らを、他の騎士たちのリーダー格だとも言っていた。

 先日のバス暴走事件で志門舞奈を苦戦させたという剣鬼の同類だとも。


 今回は他の騎士がいないので彼らがリーダー格かどうかは不明。

 だが腕が立つのは本当らしい。

 志門舞奈に匹敵するレベルの達人と言われても納得はできる。


 剣士スパーダ、槍使いランツェ、弓使いのアルコ。

 おそらく3人とも異能力は【狼牙気功(ビーストブレード)】。

 その上で卓越した戦闘技術を持つのだから厄介だ。

 大剣とは思えぬほど素早いスパーダの斬撃と、鋭いランツェの突きに苦戦する。

 加えてアルコ少年は矢継ぎ早に矢を放ってくる。

 フェイントが巧みなので氷盾の自立行動では防げない。

 かといって術者自身が思念で操って防御するにも限界がある。


 不幸中の幸いか得物に付与魔法(エンチャントメント)が施されている様子はない。

 力技で防護を破られる心配はなさそうだ。

 矢も銃弾ほど致命的ではない。

 だが十分な防護がされていない今の状況で喰らったら危険なのも事実だ。

 それだけじゃない。


(こちらの動きを読まれている?)

 つばめはさらに訝しむ。


 通達では、そういう話もちらりと聞いた。

 それは、あくまで騎士たちと相対した志門舞奈の所感だと聞いている。

 予知にしろ読心にしろ、会得するのも他者に貸し与えるのも難しい技術だと術者であるつばめは知っている。集団全員が簡単に行使できる技術では本来はない。


 だが目前の3人の動きを見た今なら納得せざるを得ない。

 氷盾の動きを、つばめの思惑を予測したように騎士たちは先回りして動く。

 特に槍使いのランツェが顕著だ。

 その厄介な挙動が敵の素早さに拍車をかけて防御を困難にする。


 だが逆に、そう見当がついたのなら対処は可能だ。

 仮にもつばめは魔術と呪術を極めた大魔道士(アークメイジ)なのだから。


(この方法なら……!)

 思念で氷盾を操る側、懐から取り出したいくつかのケルト十字を放る。

 オブジェは一瞬だけ輝いた後に砕けて光の粉になる。

 使い切りの魔道具(アーティファクト)を還元した魔力を使って強力な魔術を使う算段だ。


「鹿! こっちへ!」

「はっ! はひっ!」

 合図に答え、奈良坂がつばめの足元に転がりこむ。

 スパーダが追いすがる。


 だが次の瞬間、つばめは周囲に分厚く冷たい氷の壁を張り巡らせた。

 氷壁を創造する【堅氷の防壁ウォール・オブ・アイス】を応用して2人を守る砦にしたのだ。

 もちろん施術は一瞬。

 それすらつばめが解放した魔力のほんの一部分しか使っていない。


 残りの魔力を自身の技術で賦活しながら、つばめは次なる術を行使する。


「あの術を止めなければ!」

(やっぱり未来が見えてる……?)

 眼鏡の騎士の言葉に確信しつつ、


「壁を壊せ!」

 ひとまず氷壁に意識のリソースを裂き、大剣と長槍による打撃に耐える。

 鋭い刃物が半透明の壁を幾度も強打する甲高い音。衝撃。


「なんまんだぶ、なんまんだぶ……」

 奈良坂が立ち上がるのも忘れてうずくまったまま恐怖に震える。


 その一方で、つばめは圧倒的な魔力にものを言わせて半ば強引に施術を終えた。


 途端、上空に暗雲が立ちこめる。


 否。空中にあらわれたのは巨大な魔獣、マンティコアだ。


 魔術と呪術を極めたSランク。

 その圧倒的な魔力をもってすれば【生物召喚(サモン・クリーチャー)】で魔獣を顕現させることも可能。

 何時か見た魔獣の強大さを、普段から学校で見ている子猫のルージュのディティールで補強した、灰色をした巨大な魔獣。

 いわばブラックマンティコア。


「何だと!?」

「これは……っ!?」

 騎士たちは思わず壁を壊そうとする手を止め、空を見上げて驚愕する。


 いわば今のつばめは、歩兵を片づけるために爆撃機を呼んだ状態だ。

 おまけに本人は物理的に出入り口のない氷の要塞の中。

 騎士たちにつけ入る隙は無い。


 彼らの動きは素早く巧みだが、所詮、得物は刀剣や弓矢だ。

 空を飛ぶ巨大な魔獣を相手にどうすることもできないのは瞭然。

 魔術の時間切れを待つのも不可能。

 その前に上空から絨毯爆撃されれば避けられないし、防げない。

 人払いも彼らにとって不利に働いている。

 つばめは街への被害はともかく人的被害を気にせず魔獣の力を発揮できる。


 そんな状況に気づいたか?

 あるいは自分たちが勝利する未来を探しても見つからなかったか?


「スパーダ! アルコ! ここは一旦、退きましょう!」

「糞ったれ!」

 騎士たちは驚くほどあっさりと引き上げていった。


 深追いはしない。

 それが罠だという可能性もあるし、つばめには情報もほとんどない。

 代わりに慎重に【奸智(カニング)】を用いた占術で、再度の襲撃がない事をを確認。

 氷の壁を解除する。

 マンティコアはそのまま【透明化の外套クローク・オブ・インビジブル】を作用させて透明にしておく。

 そのままにしておけば勝手に自壊する。


「ううっ、お尻に矢が刺さっちゃいました」

 奈良坂が涙目で手にした矢には標的を負傷させた跡はない。

 仮にも仏術士である彼女は矢の1本程度なら二重の身体強化で防げる。

 だが尖った矢先は紛れもなく殺傷を意図した本物だ。


「ちょっ!? そこら辺に捨てないでください。支部に提出しないと」

「あっそうですよね」

 雑に動く奈良坂に手を焼きつつ、気づくと周囲に通行人が行き交いはじめていた。

 人払いの効果も消えたようだ。

 ひとまずの危機を乗り越えて2人が安堵した途端、


「わわっ」

 今度は携帯電話が鳴った。

 奈良坂があわてて携帯をとり、


「他の部隊からの救援要請ですっ!」

 つばめに向き直った。


 同じ頃。

 つばめたちとは別の通学路で――


「――なんだ!? テメェら!」

 ヤンキーっぽい身なりをした高校生が啖呵を切る。

 後ろに並んだ似たような身なりの高校生たちも色めきだつ。

 気の早い者は木刀を構え、あるいは全身から異能力のオーラを立ち昇らせる。

 執行部の執行人(エージェント)たちだ。


 彼らもまた、くわえ煙草の騎士たちと相対していた。

 こちらの騎士も3人。


「こいつらが【機関】とやらの騎士どもか」

 最初に口を開いたのは、通達にあった仕事人(トラブルシューター)の目撃証言そのままの男。


「我らが剣に敵う猛者はいなさそうだな。のう? コルテロ、エスパダ」

 長身で野性味あふれる顔立ちをした彫りの濃いスポーツマンな顔立ち。

 中年というほど老けてはいないが、高校生よりははるかに年上。

 剣鬼だ。

 ただし手にしているのは槍ではなく大太刀。こちらが本来の得物なのだろう。

 そんな彼の言葉に、


「その様だな。正直、少しは期待していたのだが……がっかりだ」

 コルテロと呼ばれた騎士が答える。

 こちらも年齢不詳だが、剣鬼と同じ程度に底知れない雰囲気の男だ。

 見た目には剣鬼以上の長身と長い髪、ひとりだけまとっているマントが目立つ。

 だが口を開くと神経質そうな、聞くものを苛立たせる声色のほうが印象的だ。

 そんな不愉快な男が携えているのは鋭いレイピア。


「蹴散らしてやりましょうよ! 剣鬼さん! コルテロさん!」

 最後にエスパダと呼ばれた騎士が、長剣を構えながら元気よく続く。

 彼だけが若く、そして不慣れに見える。

 騎士見習いか新米、といったところだろう。


 そんな得体の知れない3人の襲撃者に、


「こっちの話は無視かよ!? 良い度胸してやがんな!」

「ヤっちまおうぜ! どうせこいつら人間じゃねぇしよ!」

 相対する執行人(エージェント)たちも恐れなど見せない。


 彼らも皆、少ないながらも怪異との戦闘経験を持つ異能力者だ。

 いちいち荒事にビビッていては務まらない。

 相手が人間だろうが同じ。


 ……否、目前にいるのは3人とも、くわえ煙草の喫煙者――脂虫だ。


 人間に似ているだけで人ではない怪異だ。

 袋叩きにしてしまっても、何なら殺してしまっても問題はない。


 何より、こちらの数は相手の倍以上。

 丁度いい事に通行人までいなくなっているので異能力を見られる心配もない。

 躊躇する要素は何処にもない。だから、


「てめぇら! 奴らに俺たちBランクの力を見せつけてやんぞ!」

「おうともよ!」

「泣いて謝っても、生かして帰さねぇぜ!」

 リーダーのときの声に、他のヤンキーたちも血気盛んに答える。

 一斉に木刀を、折り畳み式の槍を構える。

 そのうちいくつかが【火霊武器(ファイヤーサムライ)】の炎に、【雷霊武器(サンダーサムライ)】の稲妻に包まれる。


「こいつらを片づければ、剣鬼殿を苦戦させた子供とやらも出てくるかも知れぬな」

 コルテロたち3人の騎士。


「こいつらを叩きのめして、俺たちが仕事人(トラブルシューター)より強いって証明してやんぜ!」

 数多のヤンキーたち。

 両者は獲物を手にして睨み合う。


 そして早朝の、男たちの誇りをかけた乱闘が幕を開けた。


 さらに同じ頃。

 伊或(いある)町の細い路地で……


「……な、なんだよ? あんたたちは」

 萩山の前にも2人の騎士があらわれていた。

 長身な大学生は、えり子と桜を背にかばいながら後ずさる。

 バスに乗り遅れた2人を学校まで送っていこうと歩いていた矢先にこれだ。


「モヤシみたいなおっさんと子供じゃん。ボクたちの敵じゃないね! アッシュ!」

 小馬鹿にした口調で言ったのは、両手に短剣を構えた少年騎士。

 目の前の長身の萩山を見上げて笑う。


「油断するな、ドゥー。あれでも奴らは魔法使いだ」

 アッシュと呼ばれた大柄な騎士は、巨大な戦斧を油断なく構える。

 大人と子供ほどのサイズ差のあるコンビだが、どちらもくわえ煙草なのは同じ。


 萩山もえり子も2人の正体にすぐに気づいた。

 イレブンナイツ……【協会(S∴O∴M∴S∴)】【機関】が警戒している敵だ。


 不意に桜が倒れこむ。

 えり子が施術した眠りの呪術【睡魔のオーラクレール・デュ・ソメイユ】だ。

 意識を縛る【憑依金縛りポセスィヨン・パラリィジィ】に比べて効果は不安定だが安全な術。


 眠った桜をえり子は危なげなく抱きかかえる。

 カタリ派の身体強化【完徳者の力フォルス・ドゥ・パルフェ】にアモリ派の【サムソンの怪力フォルス・デュ・サムソン】ほどの力はないが、2学年上の友人を支える程度は可能だ。

 幼いえり子も祓魔師(エクソシスト)としての修練を積んでいる。

 故に今では多数の術を操ることができる。


 その間に萩山は召喚を試みる。

 萩山が修めた悪魔術は、ロックンロールを用いたデーモンの召喚を得手とする。

 そんな長身の悪魔術師の挙動に気づいたか、


「魔法使いに、魔法を使う隙なんてやる訳ないだろ!」

 ドゥーは両手の短剣を振りかざしながら素早く斬りかかる。

 数メートルの距離を一気に縮める。


「早い!?」

 人外レベルのスピードにえり子が驚く。

 それでも――


「――ほう」

 アッシュが感嘆する。

 少年騎士が振り下ろした両手の短剣は、どちらも宙に浮かんだ氷塊に阻まれていた。

 即ちルキフグス。大地と氷から生まれし防御デーモン。

 その魔力を利用した【堅岩甲(クラッグ・クローク)】【氷霜衣(フリジット・コート)】の呪術。


 萩山はギターではなく、予備のハーモニカで素早くデーモン召喚したのだ。

 相手も素早く、ギターを取り出して施術しても間に合わないと直感したからだ。

 それは志門舞奈や他の術者たちに戦闘センスで劣る萩山が、それでも並み居る強敵との戦闘を生き抜く過程で身に着けた処世術だ。


「――(Que la )あれ(lumiere )(soit)

 聖句と共に、えり子の手元から【光の矢クー・ドゥ・リュミエール】が放たれる。

 動きを止めた少年騎士に粒子ビームが突き刺さる。

 だがビームは鎧にはじかれて消える。


「【狼牙気功(ビーストブレード)】じゃない!?」

「残念! ボクの異能力は【装甲硬化(ナイトガード)】さ!」

 ドゥーは素早く跳び退り、


「さっきのは素の身体能力だよ? ひょっとして勘違いさせちゃったかな!」

「あらわれやがれ! ベルフェゴール! ルキフグス! アドラメレク! リリス!」

 再び斬撃をしかけると同時に萩山も動く。

 本来の得物であるギターでデーモン群を召喚する。

 彼がファイブカードのジャックから継いだゴールデンライトニングは、慣れれば一挙動で展開が可能な折り畳み式のギターだ。


 シャウトに応じて周囲が輝き、路地を裂き、森羅万象に潜む元素の魔力が顕現する。

 即ち燃えさかり、放電する攻撃デーモン、ベルフェゴール。

 岩の如く、氷塊の如く堅牢な防御デーモン、ルキフグス。

 後方には吹きすさぶアドラメレク、流れるリリスがあらわれる。


「デーモンども! 一斉にかかれ!」

 ギターをつま弾きながら叫ぶ。

 応じるようにデーモンたちは魔弾を放つ。


 小さな火弾【灼熱(ブレイズ)】。

 またたく紫電【閃雷(スパーク)】。


 あるいは鋭く尖った氷柱【冷気(フリーズ)】。

 小石の弾丸【岩裂弾(マイン・ブレス)】。


 エレメントから生まれた数多の弾丸が降り注ぐ。

 如何に【装甲硬化(ナイトガード)】が強固でも、集中砲火による飽和攻撃は防げない。

 それ以前に【装甲硬化(ナイトガード)】は武具を強化する異能力だ。

 鎧で守られていない頭や顔は守れない。だが、


「避けた……だと!?」

 少年騎士は、そのすべてを苦も無く避ける。

 あるいは小手と一体化した円形盾で弾いて無力化する。


「早すぎる……っ!」

 まるで、いつか相対した志門舞奈のように。

 ギターをつま弾きながら萩山は恐怖する。


 ……否。


「動きを読まれてやがる……?」

「なんだ、話に聞いていたほど大した事ないんだね。それとも剣鬼の奴、実は言うほど大した奴じゃないのかな?」

「奴は剣鬼が相対した志門舞奈とは違う」

「わかってるよ! つまり雑魚って事だろ?」

 訝しむ萩山。

 余裕の軽口を叩くドゥーとアッシュ。

 巨漢のアッシュは動いてすらいない。


「ふざけんなよ!」

 萩山はさらに激しくギターをつま弾く。

 志門舞奈と比べて自分が雑魚だなんて事はわかってる。けど!


「捕まえろ! バール!」

 シャウトと共に賦活された魔力は四大元素のそれではない。

 身体そのものに宿る生命の力。

 あるいは脂虫の身体に囚われた命。


 即ち【屍操り(ゾンビー・ゾンク)】。

 脂虫の身体を操る術だ。

 定石では脂虫をアークデーモンのコアにするために使う呪術。

 だが単に目前の脂虫を操り、あるいは動きを止める用途で使うこともできる。


「え……っ! 身体が……っ!?」

 少年騎士の動きが止まる。

 くわえていた煙草が落ちる。

 萩山はニヤリと笑う。


 脂虫はヤニに脳を侵されているため意志薄弱で、精神や身体に直接に影響を与える術に耐性がない。

 奴がどれほど素早くても志門舞奈には及ばない理由だ。

 萩山を倒し、そして救った彼女は強いだけでなく意思も強固だ。


 故に次の瞬間、少年の顔面が爆発する。

 えり子が行使した【屍鬼の処刑エグゼキュシオン・デ・モール・ヴィヴァン】だ。

 脂虫の肺に蓄積したニコチンを媒体に反応爆発を引き起こす呪術。

 こちらも相手が脂虫であれば回避の余地なく効果がある。だが、


「えっ……効いてない!?」

 えり子は驚愕する。

 その視線の先にいるのは巨漢のアッシュ。


 おそらく彼女は脂虫の騎士2人ともを術の目標にしたのだろう。

 だが巨漢の斧使いには効かなかった。

 その事実が意味するところは……


「……バール! 自害させろ! ベルフェゴール! とどめを!」

(Que la )あれ(lumiere )(soit)

「ええい! 妖しい術を!」

 萩山はギターをつま弾く。

 えり子は【光の矢クー・ドゥ・リュミエール】を放つ。

 アッシュは駆け寄りながら斧を振りかぶる。

 タイミングはほぼ同じ。


 だが炎と雷光のデーモンが放った魔弾、えり子が放った粒子ビームは、振り下ろされた戦斧に両断された。


「しまった!?」

「【魔力破壊(マナイーター)】!?」

 萩山が驚き、えり子も驚愕する。


 その間に巨漢のアッシュは動けないドゥーの背中に斧の背を押しつける。

 途端、少年騎士の金縛りが解ける。

 アッシュの異能力【魔力破壊(マナイーター)】が、【屍操り(ゾンビー・ゾンク)】を破ったのだ。


 通常、異能力者が術者の術を破ることはできない。

 逆に術の反撃によって手にした武具が破壊される。

 操る事の出来る魔力の量が違いすぎるからだ。

 だが現にアッシュは萩山の術を破った。

 何らかの手段で魔力をかさ増ししているのだろうか?


 思わず思考に浸り、だが、それが戦場では悪手だと我に返る。

 だが少しだけ気づくのが遅かった。


「おっさん! ナメた真似してくれたね!? お礼にボクが殺してやるよ!」

「しまっ……!」

 一瞬の隙をついて、ドゥーは萩山との距離をゼロに詰めていた。

 鋭い短剣が萩山の喉元に迫る。

 その時――


「――っ!?」

 一筋の光線が、ドゥーが手にした凶刃を根元からへし折った。

 2発目は跳び退った少年騎士の残像を穿つ。

 その光の正体を萩山は知っている。

 高等魔術師が用いる疑似呪術【光の魔弾(マジック・ミサイル)】。


「――ラスター! 無事ですか!?」

 同時に声。


 さらに一瞬遅れて、折れた刃の切っ先がアスファルトに突き刺さる。

 磨き上げられた刃の腹に何かが映る。

 それはボンネットを開けたまま走り来る、1台の軽乗用車だった。


 そして、さらに同じ時分。

 閑静な讃原(さんばら)町の一角で……


「……よっ。あんたら誰かの知り合いか?」

 志門舞奈は口調だけは気さくに挨拶しつつ、同行者を背にして前に出る。

 そうしながらジャケットの裏の拳銃(ジェリコ941)を意識する。


 側の明日香も冷徹な視線を目前に向ける。


 小夜子とサチも、背に園香とチャビーをかばいながら油断なく身構える。


 先日の件もあり、念のため友人を護衛しがてら一緒に登校していた舞奈と明日香。

 小夜子とサチ。

 そんな彼女たちの前にも、3人の騎士が立ちはだかっていた。


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