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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第20章 恐怖する騎士団
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硬い鰹と

 女優やグラビアアイドルの子女を誘拐していた『デスカフェ』。

 その背後にいる怪異の組織『Kobold』『Bone』。

 徐々に集まりつつある敵の情報を元に、槙村音々の重点的な護衛が決まった。

 彼女の母親が人気AV女優まきむら奈々子だからだ。


 そんな中、放課後のスーパーマーケットの一角で……


「……見たことがないような珍しいものがたくさんありますね。目移りしますよ」

 おしゃれ眼鏡の女子高生が、縁日の子供みたいに売り場を見回す。


「ええっ? あっ、海鮮市なんてやってますね」

 対して地味な黒フレームの眼鏡におさげの小学生が困惑気味に相槌を返す。

 桂木楓と槙村音々だ。


 ブルジョワの楓が珍しくスーパーなんかにいるのは、音々の護衛の途中で夕飯の買い出しにつき合っているからだ。

 槙村家の夕食の支度は母と娘の当番制で、今日は音々の当番だ。

 それは防弾リムジンで護送されている期間であっても変わらない。

 なのでリムジンと腰みのには駐車場で待っててもらって、音々と楓は買い物だ。


 だが熟達したウアブ魔術で生命を操り、巨大な神像で暴走バスを止めてみせ、巨大な蜘蛛に変身して舞奈をも困惑させた楓も所詮は生活力皆無なブルジョワだ。

 庶民みたいな買い物なんてした事はない。

 魔術の実力的には霞を食べて生きていけるくらいのレベルに達しているが、実生活でも霞を食って生きているような楓さんである。


 世間慣れした妹の紅葉は多少はマシに振る舞うこともできるが、今日は運動部の助っ人に呼ばれているので一緒にはいない。

 音々の側に残されたのは、浮世離れて本当に駄目な姉だけだ。


 対して音々は家事をするのだから当然スーパーマーケットの商品も熟知している。

 普段から値段や量を見て寄り好みしながら買うものばかりだ。

 いわば楓にとっての魔神、舞奈にとっての銃弾や死と同程度にありふれたもの。

 珍しがる心境なんて理解できない。

 あえて言うなら久しぶりに開催している物産展くらいか。

 そんな、ある意味で真逆な2人は、


「あの大きいのも野菜ですか? 植物なのはわかるんですが……」

「かぼちゃですね」

「緑色ですよ!?」

「あ、いえ、皮を剥くと中が黄色いんです」

「そうでしたか。ジャック・オ・ランタンは皮を剥がれたかぼちゃだったんですね。どうりで気難しくて人を襲う訳ですよ……」

「いえ、それは……」

 冗談みたいな会話をしながら(音々が)野菜を物色する。

 楓はあたりをキョロキョロしながら買い物かごが乗ったカートをガラガラ押す。

 音が気に入ったらしい。


 音々的に、そんな楓とのトークが新鮮で楽しかったりするのは事実だ。

 ブルジョワの世間ずれした言動も、相応の知識と教養が加えられると面白い。

 ユニークな先輩の言葉が、凡庸な自分の視野を広げてくれている気がした。


 ……まあ志門さんあたりはキの字の戯言だと切って捨てそうだけど。


 あっ、ひょっとして自分を元気づけるためにわざと言ってくれているのかな?

 流石は高等部の高根の花。

 ジョークのレベルも志も凄く高い……!

 そんな都合のいい解釈を思いついて音々がほんのり笑った途端――


「――おや、あれは何でしょう?」

 大きなマグロの絵が描かれた物産展のポップの前で、楓が素っ頓狂な声をあげる。

 また何か見つけたらしい……


 ……そして数刻後。


 駅前にある高級マンションの上層階の一室。

 認証ロックが解除されて、玄関のドアがガチャリと開いて、


「ただいま、バースト」

「なぁ~~」

 あらわれたのは学校帰りの紅葉だ。

 今日も今日とて名もなき運動部を勝利に導いた後に帰宅したのだ。

 そんなスポーツマンは、猫のバーストの呑気な返事に口元を緩め……


「……何やってるの? 姉さん」

 足元の楓に気づいて問いかける。


 広い応接間の一角で、浮世離れた駄目な姉が制服のまま床にしゃがみこんでいた。

 たしか今日も初等部の音々ちゃんの護衛につき合っていたはずだ。

 思いのほか勝負が長引いた紅葉より先に音々を送って帰ってきたのだろう。


 だが、何をやっているのだろう?

 視線を追って見やる先には、


「にゃごにゃごにゃご……」

 猫のバースト。

 何か細長いものを一心不乱にカリカリしている。

 何だろう?


 一見すると灰色みがかった枯木の色をした歪な棒。

 あえて何かと問われたら、作成中の木製の小杖に似ているか?


「いえ、ひょんなことから猫の好物だというかつおぶしを入手したのですが……」

「なるほど。たしかに燻した魚の良い匂いがするね」

 姉の言葉に、あれが噂に聞くかつおぶしと言うものか、と納得する。

 社交性のある紅葉には料理をするクラスの友人も何人かいる。

 そんな彼女たちから聞いたことはあるのだ。だが、


「どうやら硬すぎてバーストも食べ方がわからないらしく」

「食べものなのに?」

 続く不可解な言葉に首を傾げる。

 身を屈め、


「ちょっと貸してみて」

「なぁ~~」

 かつおぶしを手に取って小突いてみる。

 コツコツと硬質な音がする。


「……本当だ。こりゃ硬いや」

「ですよね」

「にゃっ! にゃっ!」

「あっごめんバースト」

 バーストが足元に猫パンチしてきた。

 抗議のつもりらしい。

 紅葉は再び身を屈めてかつおぶしを返しつつ……


「……匂いのついた玩具じゃないよね?」

「食料品の売り場で買ったので、食料品だと思うのですが……」

 2人してしゃがみこんで、かつおぶしと戯れるバーストを眺める。


 灰色の斑点模様の若い猫は、棒に抱きついたり噛んだりと夢中になって遊んでいる。

 そんなに楽しそうなら、もう猫用の玩具ということで良いんじゃないか。

 姉妹揃って、そんな事を考えるうちに……


「……そういえば姉さん、けずりぶしってあるよね?」

 ふと紅葉が思い出した。

 そんな名が、料理が得意な友人との話に登場した事がある。

 まあ姉と似たり寄ったりのブルジョワの彼女的には、聖書に出てくる人名や神器の名前を思い出したようなノリではあるが。


「ええ。たしか、おかかの別命でしたか」

 釣られて楓も思い出す。

 浮世離れて生活能力も皆無な姉だが、座学での知識と教養は無駄に高水準だ。

 なので人類の英知を結集して車輪の才発明をする如く……


「……ひょっとして、かつおぶしを削ったのがかつおぶしなんじゃないのかな?」

「けずりぶし……削り節。鰹節。なるほど!」

 2人は気づいた。

 つまり即ち若くしてウアブ魔術に習熟した魔術師(ウィザード)が。

 同じくウアブ呪術を修めた呪術師(ウォーロック)が。

 けずりぶしが、削ったかつおぶしであることに!


「では我が【風の巨刃デムト・チャウ・シェム】で……」

 言いつつ楓は魔術を行使すべく集中する。

 不敵に笑ったおしゃれ眼鏡の姉がかざした掌で、大気の魔力が荒れ狂う。


 削るものだとわかれば話は早い。

 大気を司るシュウ神を奉じ、そのイメージを大気の砲弾と化す【風烈球(アハ・チャウ・シェム)】を応用した大気の刃を詠唱もなく放てる程度には楓も魔術に習熟している。

 その技量を持ってすれば削る程度は容易い。

 斬り刻むことも、何なら粉微塵にする事だって可能。だが……


「……いえ待ってください」

「どうしたんだい? 姉さん」

 いきなり施術を中断した楓に、紅葉は首を傾げる。

 部屋の空気をかき回していた魔力の気配が瞬間に霧散する。

 まったく自由この上ない姉である。


「このかつおぶし、本来は術を使えぬ人々の食べもののはず」

「まあ、それはその通りだね」

「本来の削り方みたいなものがあるのではないでしょうか?」

「なるほど……」

 姉のもっともらしい言葉に紅葉はうなずく。


 楓は魔術師(ウィザード)であると同時にアーティストだ。

 力まかせに魔力をぶつけるより、スマートな解決を好む。

 スポーツマンの紅葉も本来のやり方があるものを力押しするのは好きじゃない。


「そうすると工具が必要だよね? ……スミスさんに頼んでみる?」

「明日、音々さんに聞いてみましょう」

「音々ちゃんに?」

「何と彼女はお母様と交代で食事を作っているそうですよ」

「それは名案だ!」

 楓の思いつきに紅葉は感動する。

 何だかんだ言いながら、楓と紅葉は姉妹なのであった。


 自分の専門外の事については、信用できる識者の意見に耳を傾けるべき。

 舞奈が当然のように実践している世の理を、今や姉妹も理解している。

 これでも姉妹は銃弾と攻撃魔法(エヴォケーション)が飛び交う死線を幾度となく潜り抜け、正しい選択をするためには正しい知識が不可欠だと何度も思い知らされてきた。


 なので翌朝。

 皆もすっかり慣れた学校に向かうリムジンの中で……


「……ヨク知ラナイデ買ッタノカ?」

「ええ、まあ」

「そういう事になるかな……」

 事情を話した楓と紅葉に対する腰みのの対応がこれだ。

 ぐうの音も出ない指摘に隣の音々は「あはは」と苦笑して、


「でも、わたしもかつおぶしから削った事はないから……」

 続く言葉が見つからずに困る。

 正直、自分も楓がかつおぶし丸ごと1本を買うのを止めなかった訳だし。

 なので何とか楓や紅葉の役に立とうと考えて……


「……そうだ! クラスに料理に詳しい子がいるから聞いてみます」

「ひょっとして園香さんですか?」

「はい。知り合いだったんですね」

「それはもう」

 提案する。

 音々の言葉に楓と紅葉はニッコリ笑う。

 園香の料理の腕前は2人ともよく知っている。


 ……その様に、音々を護衛するリムジンは特に問題もなく学校に着いた。


 警備員に挨拶しつつ、音々は楓や紅葉、ヘルビーストらと別れて初等部校舎へ。

 そしてホームルーム前の教室で……


「……という事があったの」

「わわっ」

「何て言うか、相変わらず自由だなあの人は……」

 音々の話に園香はビックリ、舞奈はやれやれと苦笑する。


 園香たちも小夜子やサチと一緒に特に問題もなく登校。

 チャビーと明日香がウサギ小屋の朝の当番をしている間、何となく早めに来て手持無沙汰にしていた舞奈を見つけて3人で歓談していた。


(たい)♪ (かつお)♪ (こい)♪ (かれい)~~♪」

 みゃー子が妙な歌を歌いながら、全身をくねらせて足元を這っていく。

 まったく、どういう物理法則で進んでいるのやら。

 こちらも相変わらず自由だ。


(たい)♪ 秋刀魚(さんま)♪ (さめ)♪ (ひらめ)~~♪」

「そうだ、たしか家に削り器があったはずだから、持って行った方がいいかな?」

「削り器?」

 慣れた調子でみゃー子をスルーしながら園香が提案する。

 舞奈も首を傾げ、


「かつおぶしを削るかんなだよ」

「そんなものがあるのか」

「真神さん凄い! 楓さんたちもきっと喜ぶよ」

 音々もニッコリ笑う。

 流石は真神さんだと素直に思った。

 相談して良かったとも。


(たい)♪ 穴子(あなご)♪ (あじ)♪ あんこ~~♪」

「……餡子?」

「鮟鱇っていうお魚がいるんだよ。お鍋にすると美味しいの」

「へぇ」

「真神さんは料理の事なんでも知ってるんだね」

 そのままみゃー子の妙な歌を肴に歓談に戻り、


(たい)♪ (くじら)♪ 蜘蛛♪ 海月~~♪」

「んでそこに蜘蛛が入んだよ?」

「ふふっ。みゃー子ちゃん、そのポーズはタツノオトシゴかな?」

(チンアナゴ……?)

 3人してみゃー子の奇行に反応していると、


「あら、揃って何の話?」

「いや実はな……」

 明日香が戻ってきたので事情を話し、


「ねえねえ、どうしたの?」

「いえ実は……」

 続いてやってきたチャビーにも事情を話す。


 ……その様にして楓の家でのかつおぶしパーティーが決定した。


 そして放課後。

 真神邸の庭の隅に建っていた物置の中で……


「……こいつか?」

「うん、それそれ。ありがとうマイちゃん」

 少しばかり埃っぽい箱が詰み上がる中、立った脚立の上で舞奈は笑う。

 手にしているのは小学生が両手で抱えられるくらいの桐の小箱。

 重くはない。


 授業後すぐに楓のマンションに向かった皆と別れて園香は一旦、帰宅。

 舞奈も一緒にお邪魔した。

 物置にあるはずのこいつを探し出していたのだ。

 鰹箱。あるいは削り器。

 かつおぶしを削るのに必要な道具らしい。


「へえ、なるほどな……」

 舞奈は小箱を見やる。

 箱の上面には良く切れそうなカンナがついている。

 こいつでかつおぶしを削るのだろう。

 刃物の扱いにも慣れた舞奈は自然にかつおぶしを削る様子をシミュレートする。


 そして小箱とジャケットにこびりついた倉庫の埃を払い落し……


「……怪我をしないように気をつけるのよ」

「了解っす」

「はーい。行ってきます」

 園香母に見送られながら出発する。


 急ぎ駅前のマンションへ。

 その上層階に位置する楓たちの部屋で……


「……うんうん、そうやって斜めに削るんだよ」

「へえ、こりゃ面白い」

 園香に言われるがまま、削り器のかんなにかつおぶしを押し当てて削る。


 かつおぶしの表面についていた汚れは園香が布巾でぬぐってくれた。

 そいつはカビなんだけど、毒は無くかつおぶしを保護する良性のカビらしい。

 加えてかつおぶしには削る向きがあるらしいのだが、それも園香が教えてくれた。


 なので舞奈は力まかせに手を動かして削るだけだ。

 硬い何かが削れる確かな手ごたえと共に、削り器の下の引き出しにけずりぶしが貯まる様子が見ていて面白い。


「なるほど、こうするのですか」

「凄い。少しずつだけど確実に削れているね」

 隣で見ていたブルジョワ姉妹も揃って見惚れ、


「わー! 面白そう!」

「おまえもやってみるか?」

「うん!」

 面白がったチャビーも挑戦する。


「日比野さん、がんばって!」

「しっかりかつおを握ってろよ。いちおう下は刃物だからな」

「かたいよ……」

 苦戦する……というかマッハで根をあげるチャビーを見やって皆でなごむ中、


「良い香りがするね」

「はい、けずりぶしは削りたてが美味しいって言いますものね」

「ナァ~~」

 紅葉と音々が香りを楽しむ中、バーストがやってきた。

 何かを訴えるようににゃーにゃー言いながら紅葉の足元にまとわりつく。


 けずりぶしの匂いに釣られたか。

 そもそも楓は猫の為にかつおぶしを買ったらしいし。


「という事は、御守りに入れて持ち歩けば……」

「食い物で遊ぼうとするな」

 明日香の妄言を切って捨てる側で、


「つーかーれーたー!」

「じゃあ、今度はわたしがやるね」

「おっ! がんばれ音々」

「がんばって槙村さん」

 音々が代わって削り始める。


 その様にかしましく、かつおぶし削りパーティーは大きなかつおぶしを1本まるまる削りきるまで続いた。


 そして楓が当然のように呼んだタクシーで明日香は園香とチャビーの家へ。

 その前に園香が何品か料理を作っていくらしい。

 そのままにしておくと折角のけずりぶしがお釈迦になるのがわかるからだ。


 なので舞奈はヘルビーストと装甲リムジンに同乗して音々の家へ。

 いつもなら同乗している楓の代理で護衛役だ。


「イイ匂イガスル」

 家の中は狭いから嫌だと(普段は何処にいるんだろう……?)外で待ってたヘルビーストが透明化を解除しつつ、小さくした仮面の下で鼻を利かせる。


「かつおぶしですよ」

 音々はニッコリ笑って答える。

 手伝ってくれたお礼にと、楓が皆にくれたのだ。

 流石はブルジョワ。


「乾燥させて削った食品でしたか。誠に芳醇に香る素晴らしい一品にございますな」

「ああ。『かつおを』乾燥させて削ったんすよ!」

 何やら含みのある執事の言葉に相槌を返しながら苦笑する。


 明日香の家の執事も楓や小夜子同様、脂虫を斬り刻むのが大好きな人だ。

 まったく何を考えて楽しそうな表情をしているのやら……。

 舞奈の内心など露知らず、


「そうだ。このかつおぶしでお味噌汁を作るから、食べていきますか?」

「ウン」

「よかった」

 風に和気あいあいと、無骨なリムジンは民家の前に停まった。

 音々の家だ。


 駅前でも大通りから少しばかり外れると、商業施設やマンションだけでなく閑静でそれなりに上品な家々が並んでいる。

 槙村邸も、そのひとつだ。

 少し張の自宅に似た、こじんまりとした可愛らしい家だと舞奈は思った。

 なるほど母娘の2人暮らしには大きすぎず狭すぎず暮らし心地も良さそうだ。

 だが……


「……音々、ちょっと待ってろ」

「えっ?」

 音々を残して降りる。

 嫌な予感がしたからだ。


 玄関前は自動的に明かりがつくようになっているらしい。

 部屋の明かりもついているしテレビの音も聞こえる。

 だが生活音が何もない。

 加えて、ほんの僅かだがヤニの残臭。

 いつもながら、こんな時だけ予感が当たりやがると口元を歪める。


「おじゃあしゃーっす」

 軽い口調で言いながらも油断なく玄関のノブに手をかける。

 予想通りにドアが開く。

 こんな時間なのに鍵がかかっていない。


 舞奈は耳を澄ませながら、音もなく槙村邸に滑りこむ。


 明かりのついていない廊下には誰もいない。


 ……否。正確には動かない気配がいくつか。


 足元に脂虫が転がっていた。

 階段の下と壁際に1匹ずつ。

 どちらもコスプレみたいな鎧を着こみ、近くに剣が転がっている。


 やれやれビンゴ。

 先日にも相手した『Kobold』の騎士どもだ。

 部屋そのものからはヤニの悪臭がしないから、来訪はつい先程か。

 今日が突然のパーティーの日でなければ音々が鉢合わせていたかもしれない。


 舞奈はそのまま、目耳を持った影の如く油断なく音もなく廊下を進む。


 目前にドア。

 隙間から光が漏れている。

 間取り的には応接間か?

 中から人の気配を感じる。


 そう思った途端に後ろから気配を感じ……


「……この人たち、誰? お母さんは?」

「おおい、待ってろって言ったろ」

 背後で驚く音々に苦笑する。

 危険なのもあるし、有事だと思って土足で上がってしまったので少し気まずい。


 だが少し考えれば当然か。

 家の鍵を持っているのは音々だけだ。

 本来なら玄関で入れないのに気づき、家人である音々を呼びに車に戻ったはずだ。

 だがドアが開いていたので舞奈はそのままお邪魔してしまった。

 なので帰りが遅い舞奈を不審に思って追ってきたのだろう。


「心配ナイ。大丈夫、ダー」

 側にはヘルビーストもいるし、まあ言うほど危険でもない。

 だが腰みのシャーマンが家の中でも外でも裸足なのは良いとして、仮面は元の大きさに戻っていて、手には槍まで持った完全装備。

 足元には数匹のコツメカワウソまでいる。

 身をくねらせながら音もなく周囲を走り回るカワウソはキュウとも鳴かない。

 彼女も警戒しているのだ。


 そんな中、不意に目前の部屋のドアが開いた。

 舞奈とヘルビーストは音々をかばって身構える。


 そんな一行の前にあらわれたのは……


「……娘さんにはSランクと複数人の術者が護衛についているのに、お母さんはフリーだなんて少し油断しすぎじゃないかな?」

 女性を抱えてあらわれた、片眼鏡の女性。


「あんたは……」

 舞奈は呆気にとられてひとりごちる。


 叩きのめされた騎士どもを気にも留めずにまきむら奈々子を抱えていた女。

 それは【組合(C∴S∴C∴)】の高等魔術師、山崎ハニエルだった。


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