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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第20章 恐怖する騎士団
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大暴走の後始末

 駅前の大通りで発生した女性支援のバス暴走。

 それに伴うカーチェイス。

 バスの上での大立ち回り。

 最後にバスを押し止めたクトゥルフ像。


 そんな昨日とは打って変わって平和な平日の昼休憩。

 舞奈たち小学5年の教室では……


「……でね、バスは屋根の上からプレゼントをばらまきながら、道をビューっと走ってったのー。桜も欲しかったのー」

「スゴーい!」

 桜が身振り手振りをまじえて話すイベントの話にチャビーが無邪気に感動していた。

 バスの上から派手に転落した騎士どもも、遠目にはプレゼントに見えたらしい。

 まあ楓あたりなら喜びそうではあるが。


「でも警備員のおじさんに、危ないから近づいちゃだめって言われたのー」

「ざんねーん」

「ですが桜さん、あのバスが配ってたものを、わたしたちが貰っても使い道がないのです。わたしたちにはまだ早いものなのです……」

「そ、そうだね……」

 横から桜にツッコむ委員長と、控えめに同意する園香。

 委員長の頬は少し赤い。

 園香は完全に赤面している。

 そんな皆から少し離れた場所で……


「……あれで納得するなら、もう機密保持とか必要ないんじゃないのか?」

「まあ、そういう考え方もあるけど」

 机に頬杖をつきながら、ひとりごちる舞奈に側でテックが苦笑する。


 昨日の騒動はすべて、件の女性支援団体が企画したイベントと、それに関わる運営トラブルとして各媒体で発表された。

 以前のKASC攻略戦の際に街にあふれた脂虫どもを誤魔化したのと同じだ。

 もちろん先方から訂正はされない。

 叩けば埃が出るのはあちらも同じだからだ。

 その結果……


「……昨日の変な団体のイベントも凄かったよなー」

「うんうん! あずさのライブ以来の大迫力だったよ」

「車の前が開いてバーってチェーンが出たのが格好良かったよな!」

 男子どもも騒ぎを肴に、好き勝手な歓談をしている。

 舞奈たちが散々な苦労をして収拾したトラブルを、事情を知らない皆は特に何のわだかまりもなくイベントとして楽しんでいた。

 まったく平和で何よりだ。

 だが、そんな日の当たる場所とは真逆に……


「……今回も我が社のトラブルに巻きこんでしまい、重ね重ね申し訳ないと思うわ」

「ううん、そんな」

 明日香は音々に謝罪していた。


 女性支援を騙った人さらいバス『デスカフェ』が音々を誘拐した。

 そもそもの騒動の発端はそれだ。

 だが彼女は舞奈とヘルビーストに救出された。


 それでも無事だったからと言って誘拐された事実まで消える訳じゃない。

 状況そのものがイベントという体で有耶無耶になっても同じだ。

 逆に音々の胸先三寸で雑な嘘が丸ごと瓦解しかねない。


 なので例によって明日香の実家【安倍総合警備保障】の関係のトラブルだったと説明して穏便に話を収める事になった。

 イベントのリハーサルに伴う連絡の不行き届きという体裁だ。


 正直、明日香は疲れていた。

 戦場でのミスは極限状態で自分の命が代償になるだけだ。

 だが組織に関わると他人のミスを真正面から被らなければならない。

 割と理不尽だと思う。

 特に音々を巻きこむのは2度目だし、実を言うと少し胃が痛かった。

 自分は悪くないのに同じ人に2度も3度も謝るなんて、誰だって嫌に決まってる。


 だが状況がどんなだろうが心を殺して理不尽に頭を下げるのが大人でもある。

 大人に混じって大人顔負けの仕事をするというのは、斯様な泥もかぶるという事だ

 そんな明日香に対して音々は……


「本当に気にしなくていいよ。わたしも……その、ちょっと楽しかったし……」

 少し照れ気味に答えた。


 それは小5女子の忖度のない素直な気持ちでもある。

 音々のように生真面目で平凡な生き方を自らに課している人間にとって、自分に落ち度がない完全な巻きこまれ型のトラブルは実は理想的なガス抜きでもある。

 責任を負う事なく刺激的な体験や目新しい知見を得られるからだ。

 実質的な被害がなければ、なお良い。

 さらに気になっていた相手とお近づきになれたなら最高だ。

 皆の憧れの桂木姉妹も来てくれたし。だから……


「……だから、ヘルビーストさんも怒らないであげて」

「槙村さん……」

 続く言葉に明日香は思わず言葉を詰まらせる。

 精神的に不意をつかれ、ちょっと感動してしまったからだ。


 明日香のような生真面目に火中の栗を拾い続ける人間にとって、トラブルは敵だ。

 速やかに対処し消し去るべき害悪だ。

 暴力も策略も暗躍もすべて、トラブルを廃し日常と平穏を守るためにある。

 なまじ生真面目なので、そういった意識も厳格だ。

 刺激や騒動なんかには飽き飽きしているので平穏が何よりの宝だし、トラブルを歓迎するという考え方そのものが理解の範疇の外にある。


 加えて、その手の日常的な活動のせいで、隙を見せれば物理的、精神的、社会的にマウントを取ってこようとする輩ばかりを相手にしている。

 そんな中、相手の立場をおもんばかって許すかのような音々の言葉に心打たれた。

 それ以外の思惑なんか考慮すらしなかった。

 彼女のおかげで苦手な理不尽な仕事がいっこ減ったので、心の底から感謝した。

 気分的には歌い出したかった。

 だが、そんな恩を仇で返すような真似はできないので思いとどまる。


 その様に音々が明日香に密かに感謝し、明日香が音々を育ちのいいチャビーや園香とは別の意味で心優しく高潔な聖人だと仰ぎ見ている最中――


「――わたくしが誘拐された時は、昨日のイベントなんか目にならないほど派手でゴージャスでしたのよ! ディフェンダーズとサメとヴィランが……」

「西園寺はいつもブレねーな」

 向こうではニュースで見ただけの昨日の騒ぎに乗じて麗華様が大騒ぎしていた。

 ギャラリーの男子たちも笑ってる。

 取り巻きのデニスとジャネットも笑ってる。

 そんな頭の中がいい天気な様子を……


「……西園寺さんだってああ言ってるし」

「ええ、彼女は状況とか関係なくいつもああだけど……」

 音々と明日香は静かに見やる。

 クラスの他の面子と比べて音々が人格者なのは客観的に見て事実ではある。


 そんな様子をぼんやり眺めながらテックとだらけていた舞奈は、


「マイちゃ~ん。また上級生の人が呼んでるよぉ~」

「ああ、すぐ行く。今度は誰だろう?」

「上級生だよ~?」

「そっか」

 特に感慨もない様子のモモカに呼ばれて教室を出る。


 小学生がまばらに行き交う廊下で手持無沙汰にしていたのは糸目の女子高生。

 技術担当官(マイスター)ニュットである。

 珍しい事もあったものだ。


「なんだ、あんたか」

「……」

 割と失礼な開口一番に、露骨に嫌そうに向けられる糸目を礼儀正しく無視。


「舞奈ちんのクラスの皆は上級生に慣れてるのだな」

「別に金髪でも有名私立校の奴でもなけりゃな」

 続く不満ありげな所感に苦笑する。


 他人を面白おかしくからかうのが好きな糸目の事だ。

 どうせ高校生に呼び出された舞奈たちが驚く様子でも見たかったのだろう。

 だが先日は都内の超有名校の制服を着た陽子と夜空が来たばかり。

 その前にも金髪のレインが来て大騒ぎになっていた。

 それに比べると今回の皆の反応は「ああ、また志門か」程度の静かなものだ。


「で、何の用だ?」

「例のバスを調査したところ、厄介な事実が発覚してな」

「さっすが仕事が早いぜ」

 気を取り直した問いへの答えに舞奈は笑う。


 昨日の今日でこの対応だ。

 どうやら【機関】も今回の件に本気で取り組むつもりになったらしい。

 まあ、相手もあれだけ派手に立ち回ってくれたのだから、当然と言えば当然か。


「エンジンと操作系が怪異のパーツに換装されておったのだよ」

「歩行屍俑と同じ奴か?」

「察しがいいのだな」

「そりゃまあな」

 続く言葉に何気に返す。


 運転手がハンドルごとミンチになっても走り続けたバスの中身が、そうでないかと舞奈は予測をつけていた。

 まあ他に思い当たる理由もないし。

 止まったバスを回収して調べたらやっぱり出て来たと言ったところか。

 その様に特に驚くでもなく答えた舞奈は、


「だが、同じものが騎士たちにも使われていたらしい事には気づいておったかね?」

「どういう事だ?」

 続く糸目の言葉に首を傾げる。


 バスの上から投げ落とされた喫煙者の騎士どもも【機関】が回収したらしい。

 表向きは保健所の一部門の面目躍如である。

 にしても、奴らを放った『Kobold』は死骸はほったらかしなのか。

 迷惑な話ではある。

 その前に……


「……っていうか、そっちも回収したのか」

「動かなかったから楽だったのだよ。バスの上から人を落としたら危ないのだ」

「それは剣鬼の奴に言ってくれよ」

 ボソリとひとりごちた舞奈に糸目がツッコんでくる。

 対して舞奈は口をへの字に曲げる。


 敵の大半は敵リーダーの剣鬼が払い落したのだ。

 それで何かの不都合があったとして、別に舞奈の落ち度じゃない。


「いいから騎士どもに使われていたパーツとやらの話を聞かせろよ」

 つまらん軽口は無視して話を急かす。


「怪異が変質した超小型機器なのだ。おそらくチップの形をしておるのだ」

「調べたんじゃないのか?」

 問いかけに返ってきた言葉に再び首を傾げる。

 先ほどから「らしい」とか「おそらく」とか不明瞭な言い回しばかりだ。


 ちなみに先ほどから舞奈とニュットは初等部の廊下で裏庭を見ながら話している。

 別に注目されてはいないものの、内容的に本当に会話を続けて大丈夫なんだろうなと訝しむ舞奈に構わず、


「いやな、検死した結果、全員に脳の一部に意味ありげな空間があることが発覚したのだ。例えるならウアブによる回復魔法(ネクロロジー)を中断したような感じなのだ」

 ニュットは何食わぬ糸目のまま、おそらく機密にあたる調査結果を語る。


「消えたってことか?」

「うむ。おそらく埋めこみ型の魔道具(アーティファクト)宝貝(パオペエ)なのだよ」

「なるほどな……」

 だが、まあ答えを聞いて納得。


 騎士どもに力を与えていた何かは跡形もなく消えたのだ。

 トリガーは騎士の命か?

 あるいは大本で何か操作して消滅させたりできるのだろうか?


 ウアブ魔術が内包する【高度な生命操作】技術による回復魔法(ネクロロジー)は、魔力を循環させることで長期間の自動的な存続が可能な式神や魔神の創造技術の応用だ。

 そいつで人工の臓器を創ってあてがう事により対象の傷を塞ぎ命を繋ぐ。

 それを半永久化した代物が魔道具(アーティファクト)だ。

 中でも怪異が用いるものは宝貝(パオペエ)と呼ばれる。

 それらに共通する特性が、破壊されると跡形もなく消えるという事実。

 その存在の在り方は、魔力によって現実を改変し『あったこと』にされている他の魔術と変わらない。


 そんなものが騎士どもの脳の空間とやらに埋めこまれていたのだろう。

 付与魔法(エンチャントメント)とも事情が違う。

 騎士どもの成形した男性アイドルみたいな顔面と同じくらい気持ちの悪い話だ。

 そんな思惑を誤魔化すように……


「……効果は対象のパワーアップか?」

 尋ねてみる。


「少なくとも調べた騎士たちはそうだったのだ。本人のものじゃない【狼牙気功(ビーストブレード)】を使用した形跡があったのだよ」

「そんな事までわかるんだな」

「慣れた自前の異能力を使った場合と筋肉の損耗の仕方が違うでな」

「ふうん」

 答えに気のない相槌を返す。

 何となく、騎士たちの思わず殴りたくなるようなスカした面が思い出される。


 つまり奴らは異能力者ですらなかったのだ。

 あいつら何で呼ばれたんだろう?


 まあ舞奈には遠く及ばないもののギリギリ手練れの範疇ではあった。

 だから剣の腕でも見こまれたのだろうか?

 あるいは、そのチップとやらを埋めこむためにも条件があるのだろうか?

 そんな事を考えながら、


「そいつで予知か預言ができるってこたぁないか?」

「してたのかね?」

「ああ。おそらく全員がそうだった」

 ふと思い出して尋ねてみる。


 そういえば奴らが使った異能力は【狼牙気功(ビーストブレード)】だけじゃない。

 車内の連中は【火霊武器(ファイヤーサムライ)】だったらしい。

 何より全員が、異能力としては特殊な未来予知なり預言なりを使っていた。


「ふむ……」

 対してニュットはむむっと考えこみ……


「……どちらにせよ奴らは大陸の怪異とのコネクションを持ったグループなのだ」

 そう総括した。

 わからないらしい。


 まあ一晩でチップの解析まで完璧に終わったなんて、別に舞奈も思っていない。

 今後さらに調べる際に、頭の片隅ででも意識しておいてくれれば重畳だ。

 そんな訳なので、


「バスは『Kobold』の持ち物だって聞いたぜ」

「うむ。おそらく『Kobold』や『Bone』が繋がってるのであろうな。諜報部でも調査を続けているのだよ」

「おう、頼むぜ」

 そんな言葉を交わし、ニュットは自分の校舎へ帰って行った。

 返る際にも特に何の騒ぎにもならなかったから背中が少しつまらなそうだった。

 だが舞奈的には騒ぎなんか起きても嬉しくないので、それで良いと思いつつ……


「……こっちの調査を期待してるな」

 ひとりごちて苦笑する。


 先方も舞奈や明日香のパートナーとしてのテックの存在は把握しているはずだ。

 なので最速の情報提供と見せかけて残りの調査を手伝わせるつもりなのだろう。

 だから初等部くんだりまで出向いてきた。

 いかにもニュットらしい。


 まあ敵はこちらの調査を預言で察知して回避してくる。

 そんな相手に対して手数は多ければ多いほど良いのは事実だ。


 なので舞奈も何食わぬ表情のまま教室に戻る。


「あ、舞奈。お疲れ様」

「そっちもお疲れ」

「思ったほどじゃなかったわ。槙村さん、いい娘ね」

「そいつは何より」

 テックの隣には明日香がいた。

 社長令嬢の仕事を終えて来たらしい。

 2人してテックの私物のタブレットを見やっている。


「何か面白いものでも見つかったか?」

「面白いかは知らないけど」

 言いつつテックは舞奈に見えやすいようタブレットの角度を変える。

 舞奈は画面を覗きこむ。


 何かの会計報告のようだ。

 ずらりと並んだ数字の前に『¥』がついているので金額らしいのはわかる。

 だが『,』の数も多すぎて金額の把握すらできない。

 数字の隣の内訳も抽象的で何が言いたいのかよくわからない。

 そんな舞奈の様子で理解してないのを察したのだろう、


「工藤さんがネット経由で入手した、先方への監査請求の結果ですって。例の団体、どうやら公費で妙な買い物をしてるみたいなのよ」

「かん……? こうひ……って、経費の事か?」

「ええ。額は桁が違うけど」

 明日香が面白くなさそうに解説する。


「いわゆる不正会計よ。銀行にも探りを入れてみたら案の定。女性支援の名目で国からもらった助成金が、女性とも支援とも関係のないところに流れていたわ」

「具体的には何処よ?」

「大陸のアングラな組織のフロント企業」

「……そいつが大陸の怪異とのコネクション……か」

 続くテックの補足で舞奈も気づいた。

 ニュットが言っていた断片的な情報が、少し繋がった気がした。


 ユーラシア大陸の東部、広大なロシア領土の南部、大型怪異がひしめく暗黒地帯。

 そこには人間の顔と記憶を簒奪した怪異どもが巣食う邪悪な国がある。

 その糞尿のような疑似国家には、表向きは人間のそれと同じ企業を装った怪異どもの組織がひしめいている。

 以前にWウィルスを製造したテロドスのいた組織もそのひとつだ。


「……つまり人様の金で一丁前に買い物ごっこしてるって事か」

「そんな感じね」

 口をへの字に曲げる舞奈に、テックは普段通り感情の薄い口調で答える。

 明日香も無言でうなずく。


 今回の事件に深く関わる『Kobold』『Bone』もそれらと同じ。

 人に扮した怪異の組織だ。

 こちらの目的は、さしずめ人間の国家に浸透して政治を腐敗させ混乱させる側、外貨をかすめ取って本国の怪異どもに流すと言ったところか。

 そいつを新たな侵略と騒動の足掛かりにするために。

 まったく怪異どもの考えそうな、反吐が出るようなやり口だ。


「あと米国の似たような企業とも取引をしてるわ」

「んなところと何を……ああ、チップか」

 続くテックの言葉に、舞奈はもうひとつ確信する。


 騎士どもの脳に埋めこまれていたというチップは、以前にキャロルが言っていた米国の胡散臭い組織が使っているというチップと同じものなのだろう。

 つまり蜘蛛のブラボーちゃんに仕込まれていた代物と同じだった。

 アプリによる追跡なんてものは、もののついでに過ぎなかった。

 そう舞奈は結論づけた。


 何故なら、どちらのチップも用が済んだ後に消えた。

 加えてブラボーちゃんのチップが宝貝(パオペエ)だったなら、魔獣と化した理由にもなる。

 魔獣を蜘蛛に戻す際、舞奈は魔獣のコアを撃ち抜いた。

 その正体を舞奈は計りかねていた。

 だが、それがチップだったと考えれば納得が行く。

 式神に似たチップが解体され魔力となり、式神に似た魔獣のコアを形作っていた。

 そんな事を考えながら……


「……あいつら、ブラボーちゃんの同類だったって事か」

 ひとりごちる。

 そこらへんもニュットに確認しておけば良かったと思う。

 だが、まあ、あちらの調査が進展すればわかることだろう。


「それと、もうひとつ」

「お。ずいぶん調査が順調じゃねぇか」

 続くテックの言葉にニヤリと笑い、


「他の人間が大勢いた中で、あえて音々が狙われた理由がわかったわ」

「何だと?」

「詳しい事は放課後に」

 さらに続く言葉に舞奈は訝しむ。

 だが彼女がそう言うなら何かの理由があるのだろう。

 だから――


「――ねーマイー! 昨日、大通りにいたー?」

「ん? ああ、明日香の仕事の絡みでちょっとな」

「じゃーバスの上からプレゼントを配ってたのって、マイちゃんなのー?」

「そいつは別人だ(剣鬼だ)」

「そっかー。ピンクなだけで別の人だったんだね」

「きっとバスのおばさんなのー」

 向こうから走ってきたチャビーと桜に向き直り、要領を得ない質問に答え始めた。


 そして放課後。

 高等部校舎の一角にある視聴覚室で……


「……で、理由ってのは何よ?」

 舞奈はテックに問いかける。

 側の明日香も無言で彼女の言葉の先をうながす。


「これを見て」

 テックは端末を操作し、モニターに情報窓を表示する。

 いくつか開かれた情報窓のひとつは学園生徒のデータだ。

 以前に同じように委員長のデータを見たことがある。

 今回、表示されているのは槙村奈々だ。


 隣の窓は、アイドルやアーティスト関連のアングラなデータベース。

 こちらも委員長の母親でもあるジョーカーについて調べたのと同じ代物だ。

 だが、今回テックが表示させたのは……AV女優のデータ?

 たしか男子どもに人気の、まきむら菜々子だ。


「……そういう事ね」

 両者の写真を見比べて、先に納得したのは明日香だ。

 明日香は人体知識や解剖学にも精通している。

 故に人の顔を見ただけで骨格を把握し、血縁関係を言い当てられる特技を持つ。


 だが同じ事実を舞奈も察した。

 着衣した状態で同じアングルで並んでいると、少女と女性の雰囲気は似ている。

 少なくとも槙村奈々は、まきむら菜々子と互いに影響を受けざるを得ない程度に長い期間、寝食を共にして同じ時間を過ごしている。

 苦楽を共にし、他者にはわかり得ない何かを無意識のうちに共有している。

 一般的に、そういう関係は家族と呼ばれる。だから、


「槙村音々のお母さんは槙村菜々……まきむら菜々子よ」

「ヒュー! 言われてみれば音々も真面目な割に色っぽいよな」

 続くテックの言葉に何食わぬ表情で軽口を返す。

 明日香が白い視線を向けてくるが気にしない。


 槙村家の家族構成は母ひとり子ひとり。

 常識的な音々と、美しくおっとりした母親は家でどんな会話をしているのだろう?

 それは舞奈が3年前に失ったかけがえのないものと同じに思える。


 だからNPO団体に扮した怪異どもは、たぶん彼女らに危害を加えようとする。

 そう舞奈は予感した。


 何故なら、いつだって舞奈と奴らの利害は反していた。

 奴らは舞奈の大切なものを幾つも害した。

 かけがえもない美しいものを攻撃し、尊いものを壊した。

 逆に舞奈も奴らの邪悪な計画を何度も阻止してきた。

 だから舞奈はニヤリと笑う。


「首都圏で狙われたのもグラビアアイドル、モデルさんの娘だっけか」

「ええ」

「つまり奴らが狙ってるのはべっぴんさんの家族か?」

「状況から考えればそうね」

 テックや明日香に確認し、少し考えて……


「……じゃあさ、うちの学校や近所で、親がそういう関係の仕事をしてる生徒がいないか調べられるか? そいつらを守ってれば奴らは尻尾を出すはずだ」

 そう宣言した。


 つまり舞奈は舞奈自身が守りたいものを守ればいい。

 美しいものを。

 尊い、かけがえのないものを。

 そうすれば奴らの計画を阻むことができる。


 今までだってそうだった。

 今回だって同じだ。


 如何に奴らの正体がわからなくても。

 如何に奴らが逃げ隠れしても。

 舞奈は大切なものを守るために、奴らの邪悪な計画を叩き潰す。


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