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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第20章 恐怖する騎士団
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誘拐2 ~銃技&シャーマニズムvsデスカフェ

 事件の進展もトラブルもなく終わるはずだった平日の夕方。

 舞奈は槙村音々が誘拐されたとの報を受けた。

 敵ははデスカフェ……女性支援の皮をかぶった人さらいバス。

 舞奈は車に変身したチャムエルの協力を得て、疾走するバスの上に飛び乗った。

 その目前に――


「――おおっと」

 甲冑を着こんだヤニ臭い騎士の集団が降り立った。

 預言に従い、舞奈を迎撃すらために遣わされたのだろう。

 だが……


「……?」

 着地した騎士たちは着地し膝をついた姿勢のまま何やらごそごそし始める。

 目前の舞奈はスルー。

 持っていたパイプを繋いで槍を組み立てているようだ。

 奴らの得物だろうか?【機関】の組み立て式の槍とは仕組みが違うようだ。


 敵の挙動が不可解すぎて何らかの罠に思える。


 だが幸いにも騎士たち全員が脂虫だ。

 何人かはくわえ煙草。

 この場で吸ってない奴も、ヤニで歪んだ顔つきとこびりついた悪臭でわかる。

 そして脂虫――臭くて邪悪な喫煙者は人間ではなく怪異だ。

 撃っても問題ない障害は排除すべきだろう。


 だから撃つ。

 撃たない事には始まらない。


 銃声が流れ去るより早く、当てた1匹が小さな悲鳴をあげつつ鎧の隙間からヤニ色の体液を撒き散らしながらバスの上から転げ落ちる。

 鉄パイプも手から離れ、甲高い金属音をたてながらバスの後ろに流れていく。


「なっ……!?」

 作業していた他の騎士たちが驚く。


「えぇ……」

 いや避けもせず何の策もなく撃ち落とされるのはおかしくないか?

 しかも何で不思議そうなんだ?

 舞奈も驚く。


 まあ確かに鎧の隙間に当てはした。

 以前のスピナーヘッドとの初戦の鉄を踏まえ、鎧に何らかの防護措置が施されてる可能性を危惧したからだ。


 ひょっとして、いくら舞奈でも甲冑の隙間に狙って当てられないと思ったか?

 拳銃弾くらい鎧で防げる算段だったのだろうか?


 だが、それにしたって敵の目前で槍を組み立てるのは不自然な気がする。

 そもそもスカした男性アイドルみたいなおフェイスは丸出しなのだ。


 ヘッドショットされるとは考えなかったんだろうか?

 ひょっとして頭は頭で見えない兜か何かかぶっていたりするのだろうか?


 舞奈は柄にもなく困惑する。

 あまりに敵が至らなすぎて、逆に警戒せずにはいられない。


 あるいは飛んできてビックリさせるだけが彼らの役目か?

 目前で変な事をして警戒させる作戦?

 普通にどう戦っても勝てる結果に結びつかないから?


 まあ確かに舞奈もみゃー子には手を焼かされている。

 そういった状況を事情をよく知らない人間が俯瞰して見ると、【機関】最強のSランクに対する有効な策に見えたりするのだろうか?

 そんな一発ネタに命をかけされられる人生は悲惨だなと思う。


 ……そういう手段に出るということは、奴らの目的は時間稼ぎ?


 敵がそういう思惑ならば、悠長に構ってやるのは悪手だ。

 そもそも舞奈の目的はバスの上にはないのだ。

 車内にいるヘルビーストと協力して音々を救出しなければいけない。

 そう考えをまとめた舞奈の前に――


「――戦に臨まんとする騎士を撃つとは、噂通りに武人の風上にも置けぬ童よ!」

 先頭にいた男が斬りこんできた。

 速い!

 おそらく異能力【狼牙気功(ビーストブレード)】で加速している。


 奇襲か?

 脱力させられ、力業で無理やりに作らされた隙をつかれた!?

 ちょっと屈辱的に感じながらも、


「武人じゃねぇからな! ドッジボールが武術の内に入らなきゃだが!」

 だいたい、もう戦闘中だろう! そっちが仕掛けてきたんじゃねぇか!

 舞奈は跳んで避けていた。


 何せ舞奈は空気の流れで戦況を読める。

 それはバスが疾走する勢いで風に吹きつけられていても同じだ。

 ヤニ臭い男が猛スピードでつっこんでこれば寝ていたって避けられる。


 それでも普段より少し着地の位置がずれる。

 当然だ。

 バスは疾走している。

 動いている足場の上で足を離すと、空中にいる自分を残して足場が動く。

 頻繁に跳ぶのは悪手だと再確認する。


「……なるほど、技前も噂通りという訳か」

 それは舞奈の背後で振り返った騎士も承知していたようだ。

 足場の動きを計算に入れて跳んできたらしい。

 バスの最後尾にピタリと着地した。


「そりゃどうも。だが、すまんがあたしはあんたの噂を聞いた事ないんだ」

 舞奈も何食わぬ表情のまま振り返る。

 だが油断はなし。

 冗談みたいな状況と言動に戸惑いはしたが、奴の実力だけは本物だ。


 そんな彼は長身で野性味あふれる顔立ちをしたスポーツマン面の男だ。

 中年というほど老けてはいないが、他の騎士より年上なのは確かだ。

 奴らのリーダー格なのだろう。


 そんな彼は、先ほどまでは他の騎士たちと一緒にバスの上の前方にいた。

 つまり中ほどに着地した舞奈より前方。

 突撃して首尾よく当たれば槍の威力にバスの加速が加わる。

 防護のない子供なんて耐える余地もなく御陀仏だ。

 逆に外して後方に着地しても、前方に残った騎士たちと挟み撃ちにできる。


 そう判断できる人間が意図的に先頭になるように降ってきた。

 奴らを発射した何者か――占術士(ディビナー)か奴らの黒幕がそうした。

 舞奈はそう判断する。


 舞奈について噂にできるくらい調べたらなら、それが賢明な判断だ。

 何故なら舞奈は戦闘に際し、無意識に後の展開が有利になるように動く。

 出現直後から敵が動かず好きに撃てるなら、確実に倒せる敵の中から最も厄介な場所にいる標的を片付ける。

 先ほどを例に出すなら、最も遠い場所にいた敵。

 セオリー通りなら、そこにいるのは敵にとって重要な戦力のはずだ。


 だから今回の敵は、あえてチームの主力であろう彼が最も狙いやすい場所に着地するよう放った。

 つまり舞奈が狙う確率が最も低い、安全な位置に。

 そんな彼は、


「我が名は剣鬼」

 唐突に名乗る。

 行動の脈絡のなさが、みゃー子に似てると少し思った。

 嫌な相手だ。


「槍持ってるのにか?」

 苦手意識を気取られぬよう、男の名乗りに軽口を返し、


「我は強者と相まみえるため刀を握る者なり。魔法騎士ヘルバッハを倒したサィモン・マイナーよ! 我ら『叡智の騎士団』と尋常に勝負願おう!」

「魔法騎士……。あいつ、そんなカテゴリだったのか」

 続く言葉に苦笑する。


 以前に舞奈たちと戦ったヘルバッハについても奴らは知っているらしい。

 まあ最近の事だし、派手なパフォーマンスもしたのだから当然か。

 舞奈的には倒して無に帰した相手に特に恨みも執着もない。

 ひょっとしたら彼が進みたかったかもしれない武人の世界で、剣も魔法も中途半端なチンカス王子みたいな扱いになってなくて良かったなと少し思う。


 あと口に出すのは失礼だと思うが、居並ぶ面子はどいつも叡智って面じゃない。

 良くも悪くもチャラい男性アイドル風の騎士団だ。

 おそらく何らかの手段で予知か預言の恩恵を得ているという意味だろう。

 そんな事を思った舞奈の背後から――


「――おっと! こりゃ騎士道精神あふれる攻撃だ」

 数多の槍ぶすま。


 残りの騎士も槍を組み立て終わったらしい。

 一斉に槍で突いてきたのだ。


 いちおう彼らも【狼牙気功(ビーストブレード)】のようだ。

 常人では避けようもないスピードだった、

 そいつで背後から襲えば、気づく間もなく舞奈を討てると考えたのかもしれない。

 ビバ! 叡智!


 だが舞奈は見えているように身をかがめ、乱雑な槍ぶすまを避ける。

 残念ながら彼らの奇策もスピードも、舞奈をどうこうできる水準じゃない。


 ついでに蹴りでもかましてやろうと思ったが、距離がある。

 舞奈が小学生だからとかいう問題ではなく槍が長いのだ。

 複数のスチール製の延長ポールを連結した、2メートル以上の代物だ。

 足癖の悪い舞奈への対抗策か?


「騎士道を曲げて策を弄さざるを得ぬほどの強者への称賛と受け取ってもらおう」

 続けざまに前から剣鬼が斬りこんでくる。


「ずいぶん都合のいい騎士道だな!」

 舞奈は跳びすさる。

 と見せかけ、


「……屁理屈(レスバ)が上手で頼りになる上司さんで良かったじゃないか」

 背後の騎士たちとの距離をゼロまで詰める。

 驚愕する数多の気配。

 疾走するバスの進行方向に向かって、そこまで跳べないと思ったか?

 だが舞奈の脚力は奴らの予想を超えていた。


「だろう?」

「ひっ!?」

 背後に目をやった途端、騎士のひとりが動揺する。

 用意した長槍の間合いの中に入られたので対処できずに焦っているらしい。

 おいおい……。


 こちらの騎士たちの、腕前そのものは並程度。

 予知か預言の恩恵を受けている素振りはあるが、それを戦闘に活かせていない。

 むしろ中途半端な情報が仇になって身体が動かない。

 舞奈との戦闘でありもしない正解の動きを探そうとして固まってしまっている。


 まあ、いちおう全員が【狼牙気功(ビーストブレード)】だし、予知なり預言で相手の動きを読んで、超高速で畳みこめばAランク以下の執行人(エージェント)あたりになら必勝なのかもしれない。

 ピンチのフォローなど必要ないくらいに。

 だが舞奈の相手は荷が重すぎた。


 だから敵が動けぬ隙に足払い。


 それが彼らが予測し恐れた末路だったのだろうか?

 舞奈にはわからない。


 だが数匹の騎士が巻きこまれて転倒。

 そのまま気のぬけた悲鳴をあげながらバスの上から転げ落ちる。


「ええい! 役立たずめ!」

「怒ってやるなよ。仲間だろう?」

 猛る剣鬼に笑いかけながら撃つ。

 狙いは顔面。

 鎧が防護されている可能性を否定する材料はない。隙間を狙うと以前のスピナーヘッドの時みたいに少しだけ動いて鎧で弾かれると思ったからだが――


「――おっ?」

 奴は短く持った槍の穂先で弾丸を弾く。


 預言や予知で命中弾の弾道を知っていれば、そういう芸当も可能らしい。

 もちろん奴の技量があってこそだが。

 ギャグ漫画が現実になったような怪現象に少し驚く。


 ちなみに心を読んで対応しているのではなさそうだ。

 舞奈もいちいち弾道を完璧に把握して意識しながら撃ってる訳じゃない。だが、


「驚いたか!?」

「ビックリはしたさ……って! ちょっと待て正気か!?」

 次のアクションには本気で驚く。


 何故なら剣鬼は舞奈を追うように突撃。

 勢いのまま長い槍で横に薙いだ。

 舞奈はとっさに跳んで槍を避ける。


 だが避けきれなかった騎士たちは、残らずバスから振り落とされた。


「あーあ」

 先ほどより少し剣鬼に近い場所に着地しながら遠くを見やる。

 疾走するバスから投げ落とされた騎士たちが、手足や首を明らかに人形生物の可動範囲を超えた角度にねじって転がりながら、アスファルトの向こうへ流れていく。


 これでバスの上に残っているのは舞奈と剣鬼の2人だけ。

 敵の過半数を片付けたのは敵リーダーの剣鬼だ。

 バスのスピードと同じ速度の突風が吹きすさぶ中でも濃厚だった不愉快な煙草の悪臭が減じたことだけは良かった。


 やれやれ。


 先ほどは騎士たちをスピナーヘッドの同類だと思った。

 だが剣鬼――目前の長身の騎士だけは上位互換だと考え直したほうが良さそうだ。

 こちらは、ただ予知ができる【狼牙気功(ビーストブレード)】というだけじゃない。

 剣術(今は槍だけど)の技量そのものは達人と言っても良いレベルだ。

 その脅威度は、下手をすれば魔術を加味したヘルバッハ以上。

 武人らしいバトルジャンキーな信念はともかく、直情傾向とおつむの軽さが悪い方に突出しているせいで傍迷惑の度合いは数倍だ。


 まあ舞奈も好敵手との戦いは嫌いじゃない。

 だが、それは互いの同意があってこそのものだと舞奈は思う。

 相手の都合も考えずに尋常な勝負とやらを押しつけるのは場外乱闘と同じだ。


 そんな悪い意味での馬鹿が振り回す槍を避けながら、


「別に勝負がしたけりゃ相手してやるから、知らん人たちに迷惑かけるな!」

「本気の相手と試合わずして戦に何の意味がある!」

「ったく! 厄介なクレーマーかよ!」

 軽口を叩きながらも口元を歪める。


 正直、今は時間が惜しい。

 それに有効打を探るために何度も撃つ訳にもいかないのも事実だ。

 何故なら舞奈は急な知らせを聞いて駆けつけた身だ。

 念のための備えこそしてはいたが、予備の弾倉(マガジン)までは持ってない。


 ……と思わず考え、ヒヤリとしたが杞憂だと思いなおす。

 思考を読まれている可能性はないと再確認。

 奴は舞奈の弱みを知って得意げにならずにいられる性格でもなさそうだし。


 それに、そもそも奴に勝ちたいだけなら手段はいくらでもある。

 何なら素手でも対処はできる。


 だが奴も大口を叩くだけの事はある。

 預言だか予知だかを瞬時に戦術に反映できる程度には場慣れしている。

 舞奈に当てられるかはともかく、身の守りは万全だ。

 否が応でも勝負は長引く。


 そもそも勝ち負け……というか戦闘そのものが目的なのは奴だけだ。

 舞奈は早く足元を援護したいだけだ。

 対して奴の背後にいる何者かも、おそらくバスが何処かに到着するまで舞奈を抑えておけば目的を果たせるはずだ。

 だから、こんなのを送りつけてきたのだろう。


 まったく面白くない状況だ。

 そう考えながら、渋面のまま舞奈は身構え――


 ――その一方。


 舞奈の足元、すなわちバスの車内では、


「ヘルビーストさん!?」

 悲痛な悲鳴をあげる音々の目前。

 天井に槍が刺さったヘルビーストに、槍を手にした男たちが迫る。


 だが男たちは再び吹き飛ばされた。

 浅黒い背中越しの音々にはよく見えなかったが、何かが光った気がした。

 音々はシャーマンが使う小さな電撃の弾丸【雷の針(ウメメ・シンダノ)】について知らない。


 シャーマンも他の呪術師(ウォーロック)と同様に森羅万象に潜む魔力を術と成す。

 故にヘルビーストも先ほどの【雷の拳(ウメメ・ングミ)】と同様に車両内の蛍光灯や電子機器、充電装置から電力を拝借して雷術を操り、複数の光の矢を放ったのだ。


 その隙にヘルビーストは槍を引き抜く。

 たったひとりの女のそれより長い槍を手にした男たちは怯む。

 だがすぐに、


「ええい! アレを用意しろ!」

「わかりました!」

 後ろに控えた男たちが、再び座席の下から何やら取り出す。

 割と物持ちなんだなと音々は思う。

 だが――


「――えっ!? そんな!」

 取り出された代物を見て目を見開く。


 ボーガンだ!


「よし貸せ!」

 男はプラスチック製の石弓を構える。

 次の瞬間、恐ろしい武器が炎に包まれる。


 そして放たれる。


 ヘルビーストは仮面を外して盾にして、炎の矢を受け流す。


 だが、もうひとりの男もボーガンを構える。

 2発の火矢が同時に放たれる。


 1発は仮面の盾に弾かれ、ヘルビーストのザンバラの髪を焦がす。


 もう1発は狙いを誤ったか不自然に大きくそれ、頭上の蛍光灯を砕く。

 悲鳴をあげる音々の前に、ガラスの破片が周囲に降りそそぐ。

 残った蛍光灯の基部が火花を散らす。


「ヘルビーストさん! 逃げて!」

 音々は叫ぶ。


 自分の身より、今は彼女の命が心配だった。

 おそらく自分ひとりなら、彼らは……殺そうとまでしないはず。

 だがヘルビーストは背中で笑う。


「ダイジョウブ」

 そう言って、次いで何かまじないのような呪句を紡ぐ。

 途端、頭上がまたたき始めた。

 蛍光灯が点滅しているのだ。

 さらには車内の電子機器が一斉に放電する。


「ええい! 小賢しい妖術を!」

 男たちは動揺する。


「呪術ダ。シャーマニズム」

 そう言ってヘルビーストは笑う。


 そして次の瞬間、


 ――サァァァィモン・マイナァァァァァ!


 叫んだ。


 同じ時分。

 剣鬼との戦闘が半ば膠着状態に陥っていた舞奈は、


「……おっ!」

 手にした拳銃(ジェリコ941)からピリピリとした痺れを感じてニヤリと笑う。


 付与魔法(エンチャントメント)による援護か?

 否。

 シャーマニズムの【雷の大撃(ウメメ・ピゴ)】という術だったはずだ。

 たしか【雷の拳(ウメメ・ヌグミ)】の上位に相当する、銃弾にかける攻撃魔法(エヴォケーション)だ。


 通常、付与魔法(エンチャントメント)や対象の身体や所有物にかける魔法は、対象が術者の施術を許さなければ自動的に抵抗してしまう。

 だからヘルビーストは呼びかけた。

 それに舞奈は気づき、魔法を受け入れた。そして、


「……そういう事か」

 シャーマンの思惑を理解した。

 ほくそ笑み、両の足で天井をしっかり踏みしめる。

 銃口を剣鬼に向ける。


「貴様のその弾丸が、剣技を極めた我に通用するかな?」

 熟達したシャーマンの施術により光り輝く銃口に剣鬼は怯み――


「――さあな」

 舞奈は下に撃つ。


「何ッ!?」

 剣鬼は驚く。


 足元から小さな悲鳴。

 バスの天井を貫いた弾丸が、車内の騎士を脳天から貫く気配。


 それがヘルビーストが舞奈に託した戦術だ。

 何らかの理由でシャーマンは騎士たちに手こずっていた。

 音々がいるので派手な施術ができないか、動きを予知されるからだろう。

 一方、舞奈も意外に手練れな剣鬼に手こずっていた。

 そこで先に2人の連携で下の敵を片付けようと考えた。


 そのための【雷の大撃(ウメメ・ピゴ)】だ。

 銃そのものではなく、ただ1発の銃弾にかける攻撃魔法(エヴォケーション)

 要は拳銃で砲撃ができる。

 その威力をもってすればバスの天井を撃ち抜く程度は容易い。

 だから舞奈は足元の敵を撃ち抜いた。

 シャーマンと小学生の子供をどうにかしようと差し向けられた程度の刺客なら、少なくとも目前の剣鬼ほど手練れではない。

 狭い車内で舞奈の射撃を避けることはできない。

 そして足元の音と気配を頼りに当てる程度も舞奈にはとっては容易い。


 その様に車内の敵を倒してしまえばこっちのもの。バスの上で舞奈を牽制するだけが役割の剣鬼に車内のヘルビーストに手出しできるような火力はない。

 ヘルビーストがフリーになれば、強力なシャーマニズムで舞奈を援護し放題だ。

 普段の舞奈と明日香の連携みたいな感じになる。

 万一それでも駄目だとしても、音々を連れて逃げるのが容易になる。


「ええい! 神聖な勝負の最中にふざけた真似を!」

 怒りに身をまかせて斬りこんでくる剣鬼の槍を、


「……あんたの都合なんか知らねぇよ」

 苦もなく跳んで避ける。

 着地地点は車内の別の騎士の頭上にあたる場所。


 剣鬼は仲間の位置など知った事じゃないらしい。

 だが舞奈は敵の位置を把握している。


 だから次いで装填された【雷の大撃(ウメメ・ピゴ)】を足元に穿つ。


 閃光。

 衝撃。

 オゾンの臭いと2人目の悲鳴。


「貴……様……!」

 目前の剣鬼がブチ切れる。

 だが知った事ではない。

 どうせ奴もすぐに片付ける。


 だから舞奈は剣鬼の槍をのらりくらりと避ける。

 そうしながら車内の敵を片付けていく。


 剣鬼はひたすら舞奈を追いかける。

 舞奈は逃げながら撃つだけ。

 

 疾走するバスの上を移動するコツもつかめてきた。

 足元で動揺する気配を頼りに頭上を取るのは簡単だ。


 そうやって車内の騎士どもを片づけながら、


「おのれ小娘! のらりくらりと!」

「知らん! 嫌なら返れ!」

 舞奈は剣鬼に追われるがまま、バスの先頭に着地した。


 そのまま撃つ。

 狙うはバスの運転手。

 技術者だけは普通の人間を脅すか騙すかして使っている可能性を考えた。

 だが車を運転できる脂虫なんていくらでもいるだろう。

 そうでない人間を悪事に使うのは敵にとって危険な選択なはずだ。


 そして運転手がいなくなればバスは止まるはず。

 だが幾度目かの閃光と轟音が去った後……


「……止まらないな」

 舞奈は訝しむ。


 まさか意図的に止まらないよう細工されていた?


「おのれ! 不甲斐ない者どもめ!」

 剣鬼は舌打ちすると、


「勝負は次の機会だ!」

 言い残しながらバスから身を躍らせる。


「二度と来るな!」

 叫びながら舞奈は心の中で中指を立てる。

 だが、それ以上の深追いはしない。


 何故なら、あんな奴に構うより先にやるべき事がある。

 舞奈は疾走するバスを止め、音々を救い出さなければいけないのだ。


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