それらの情報をふまえて2
「――でね、人がたくさんいたから近づけなかったんだけど」
「まあ、それがいいだろうな」
「その……そういうグッズを配ってたみたい」
「そっか……」
「マイちゃんも……その……必要ないって言ったし……」
「ああ、その通りだ」
顔を赤らめる園香を刺激しないよう、舞奈は意識的に淡泊な相槌を返す。
商店街の一角に正体不明のバスがあらわれた翌日。
つまり平和な平日の昼休憩。
舞奈は園香から例のバスの話を聞いていた。
園香がポツリと漏らしたピンク色のバスの話題に舞奈が食いついたからだ。
だがまあ、バスが表向きに悪さをしていない事はわかった。
少なくとも中から脂虫がわらわら出てきて人を襲ったりはしていないらしい。
そういうグッズがどういうグッズかも、火照った園香の顔を見ればわかる。
繊細でしとやかで(舞奈と2人きりで遊ぶとき以外は)謹み深い園香にどうやらバツの悪い思いをさせてしまったようだ。
正直かなり言い渋っていたところを強引目に聞き出したし。
なので不自然にならないよう話題を変えようとした途端――
「――いわゆる大人の夜のグッズとか、避妊具も扱ってたみたいね」
聞こえてきた声に、園香の顔面がはぜるように朱に染まった。
あーあ。
こんな繊細さの欠片もない単語を、説明したいからという理由で口にする。
そんな眼鏡の顔は見ないでもわかる。
明日香だ。
「おまえには慎みってものがねぇのか」
「貴女に言われる筋合いはないわ」
「うっせぇ」
ジト目で睨んだところを睨み返され、
「だいたい、何でおまえが商店街なんかにいたんだよ?」
「真神さんが夕食の買い出しに行くっていうから同行したのよ」
「まあ、そいつは良い判断だと思うが……」
続く言葉に苦笑した途端……
「……あっチャビーちゃん! モモカちゃん! お帰り」
お花摘みから帰ってきたチャビーを見つけて園香は逃げるように去っていく。
去り際にすごい気まずい……というか申し訳なさそうな表情を向けられたので、安心させるように手を振り返す。
まったく。
気づくとみゃー子が足元でキュイキュイ鳴きながらくねくね意味不明なゼスチャーをしている。そっちを意図的に見ないようにして、
「で、どうだった?」
「真神さんに避妊具なんて必要ないでしょ?」
「そういう意味じゃねぇ」
意匠返しとばかりに向けられた軽口とジト目に睨み返し――
「――主催はNPO団体『Kobold』。女性支援の名目よ」
「女性支援ね……」
続く言葉にやれやれと苦笑する。
この眼鏡に慎みはないが、治にいて乱を忘れない警戒心と知恵がある。
なので話を聞いた舞奈が気になっていたのと同じ場所を見ていた。
つまりバスが怪異どもと関わりがあるかどうかだ。
その結果も舞奈が危惧した通り。
「人の入りはそれなり。学生服は見なかったけど、比較的に若い女性が多かったわ」
「顔はわかるか?」
「無茶言わないでよ。支部には連絡したから、諜報部なり技術担当官なりが何らかの調査をしてくれてるはずよ」
「だと良いがな」
舞奈は口をへの字に曲げる。
そのバスが『デスカフェ』じゃないかと疑っているからだ。
その場合、利用者のうち何人かが近いうちに失踪する可能性がある。
それを未然に防ぐにしろ、後で救出するにしろ、被害者になる可能性のある女性が誰なのか知りたくはある。
だが明日香が如何に頭がよくても別に聖徳太子じゃない。
人だかりになっていたという利用者全員の顔を把握するのは流石に無理だ。
たぶん舞奈にも無理だ。
諜報部はともかく、技術担当官ニュットが偵察用のドローンでも飛ばしてくれただろうと期待するしかない。
「あと……」
「他に何かあるのか?」
この慎みのない眼鏡が、今さら何を遠慮しているのだろう?
少し言いづらそうに目を逸らした明日香の視線の先に……
「……昨日のピンクのバス、ヤバかったなー」
「ホントだね。あれは酷かった。世も末だよ」
クラスの男子たちが登校して来た。
今日も変わらずぽっちゃり気味な小5男子の雑談を聞くともなしに聞きつつ、
「女性支援の名目じゃなかったのか?」
「先方はそのつもりだったみたいね。けど彼らは違うと思ったみたい。女性用のグッズが無料で貰えるんならって貰おうとしたのよ」
「……どうなってやがるんだ、うちのクラスは」
続く明日香の説明に、思わず大仰にこめかみを押さえてみせる。
別の窓際では別の男子どもが数人で「神様、僕たちにまきむら菜々子を返してください」とか空に向かって寝言をほざいている。
先ほどの男子どもは、こいつらAV男子とは別物なのだ。
まったく世も末だ。
まあ園香たちがバスを見ただけで近づかなかったのは、こいつらとクラスメートだと思われたくなかったという理由も少しはあるのかもしれない。
そう考えれば、まあ一方的に白眼視するのも気の毒かもしれないが。
「あのおばさんたち、恐かったなー」
続く男子の愚痴に、
「……若い女性じゃなかったのか?」
思わずツッコみ、
「主催してるのは中年女性だったのよ。たぶん全員が脂虫よ」
「そりゃ確かに酷い話だ」
隣の明日香から返ってきた言葉に苦笑する。
明日香は距離のある人混み越しに煙草の悪臭を嗅ぎ分けられるほど鼻は利かない。
主催者とやらの容貌が余程だったのだろう。
ヤニと悪意で捻じ曲がった脂虫の思考は、醜い歪みという形で顔に出る。
知ってる脂虫の中年女の顔を何匹か思い浮かべ、舞奈はうへっと口元を歪める。
「いきなりオスガキ呼ばわりは引いたよなー」
「あのバケモノみたいなおばさんたち、怖かったね」
「殴られるかと思った」
「僕なんか、○んこ食いちぎってやるって怒鳴られたんだよ」
さらに続く男子どもの愚痴に……
「……実のところ結構な騒ぎになってて」
「あいつら、何やらかしたんだよ?」
「彼らじゃなくて、主催者側が集団で彼らを追いかけながら罵声を浴びせたのよ」
「訳もなくか?」
「男子だから……?」
思わず明日香もフォローする。
流石に彼らの話だけじゃ意味がわからないと思ったのだろうが、
「おいおい、しっかりしてくれよ」
「だから、わたしがけしかけた訳でも追いかけた訳でもないわよ」
あまりの話の珍妙さに、珍しく舞奈が明日香にツッコむ。
「だいたい。それってビンゴじゃねぇのか?」
続けて言いつつ苦笑する。
大概にアレな男子とはいえ、集団で子供を罵倒しながら追いかけるババア。
あんな奴らとはいえ、相手は小5の子供である。
やんちゃをしたから嗜める、というなら意味もわかるが、激情を爆発させて危害を加えようとするのは不自然ではないだろうか? 人間の思考とは思えない。
一般的に大人は子供に甘くなる。
子供の丸い容姿や未熟な言動に保護欲をかきたてられる。
それは人という種の幼体を守ろうとする自然な心のあらわれだ。
だが、それとは正反対の反応を示す者もいる。
人に似て人には在らず、人の皮を被っているだけの怪異だ。
例えば進行の進んだ脂虫とか。
なので舞奈はそのバケモノみたいなおばさんたちが事件の黒幕やもと疑っている。
下品なピンクのバスを使って何らかの目的で少女を誘拐し、邪魔になる肥満揃いのマシュマロ男子どもを威嚇して追い払ったと考えれば辻褄も合う。
いっそピチピチの若い小夜子や楓がバスに行けば良かったのだ。
でもって、奴らの心臓にでもゆっくり話を聞けば良い。
そうすれば首都圏でいなくなった少女たちの居場所もわかるんじゃないだろうか?
そう思った。だが、
「だからと言って、公衆の面前で何もしてない相手を排除もできないでしょ?」
「まーそりゃそうなんだがなあ」
もっともな明日香の指摘に思わず口をへの字に曲げる。
人の皮を被った脂虫が、簒奪した人の身分や肩書きを持つのも事実。
それを排除するには手続きがいる。
奴らが明確に人に仇なす悪であると【機関】に証明しなければならない。
そんな事をぐるぐると考えていると――
「――あっ舞奈に明日香。丁度よかった」
人の波に乗ってテックがやって来た。
最近は皆がバス通学なので、学区ごとのバスが到着した順に皆が教室に来る。
「首都圏で行方不明になった女の子たちのリストをもらったんだけど」
「誰から?」
あの陽キャに、そんな丁寧なアフターフォローができるのか?
普段通りに感情の薄いテックの開口一番に訝しみ、
「ルビーアイって知ってる?」
「……髪の長い方の肩に、ハリネズミがいたろ? あいつだ」
「……すごいピンクの?」
「ああ、そいつだ」
「そうなんだ……」
「まったく常識的な判断だぜ」
返ってきた答えに舞奈は納得。
混沌魔術によって生まれた落とし子は、術者には理解できない逆の資質を持つ。
一般的に陽キャの反対は常識人だ。
だから友人の友人でもある情報収集のエキスパートに別途メールで情報を渡そうなんて真っ当な判断ができる。
そのエキスパートは、珍しく楽しそうに口元をゆるめていた。
可愛いハリネズミが前脚で携帯メールを操作する様でも思い浮かべたのだろう。
と、まあ、それはともかく、
「何か手がかりは見つかった?」
明日香が尋ね、
「必要条件なのか前提条件なのかわからないけど、芸能関係者の子供が狙われてるみたい。グラビアアイドル、海外で活躍中のモデル。あと映画監督ってのも」
「さっすが首都圏の有名校だぜ」
著名人を親に持つ上流階級の子女が選り取り見取りって訳か。
テックの情報に軽口を返し、
「……ちょっと待て。それじゃあ委員長とか危ないんじゃないのか?」
渋い顔ををしてみせる。
舞奈たちのクラスの委員長こと梨崎紗羅は、かつて一世を風靡したロックバンドのリーダー兼ボーカルを親に持つ。それでも、
「楓さんあたりに声かけといた方がいいかもな」
「わたしも警備の人員に通達しておくわ。あと月瑠尼壇さんにも連絡しておくわ」
「よろしく」
「げるにだんって……夜空ちゃんか」
そのように、ゆるく今後の方針を決めるに留まる。
何せ相手の出方が出方だ。
危機を預言して逃げ隠れする敵を相手に長丁場になるのは仕方がない。
焦って動いても得るものはない。
「あと、それ、たぶんコツメカワウソ」
「ん……? あ、ああ。そりゃ親切にどうも」
テックは足元のみゃー子を指差しながらボソリと言った。
みゃー子はキュイキュイ鳴いている。
今のが意味のある情報とは思えないので、舞奈は曖昧な返事を返すに留まった。
そんな訳で放課後。
商店街の一角で……
「……いねぇじゃねぇか」
舞奈はひとり口をへの字に曲げた。
折角だから帰りのついでに例のバスを一目見てやろうとやって来たのだ。
有事に備え、ジャケットの下の拳銃だけでなく鞄の中にはワイヤーショットまで忍ばせてある。地味に準備は万全だ。
だが肝心な品のないピンク色のバスはいない。
女性支援は今日は休みなのだろうか?
別の場所にいるのだろうか?
あるいは舞奈の目の届く場所で何かして厄介事になると預言でもしたのだろうか?
……あんまり万全に準備しなかった方が良かったかも知れない。
どにらにせよ今ここで舞奈ができる事はない。
別に待っててもバスの方から来たりはしなさそうだし。
なので……
「……ちーっす。張、来たぞー」
「おや舞奈ちゃん。いらっしゃいアル」
横開きのドアを、慣れた調子でガラリと開ける。
舞奈は張の店にやってきた。
繁華街の一角に位置する『太賢飯店』が商店街から割と近いという理由もある。
それに界隈の情報屋も兼ねた張の元には様々な人や情報が集まる。
少し早い夕食を兼ねた情報収集だ。
「何にするアルか?」
「担々麺と餃子」
他に客がいないのを良いことにいつもの席を陣取る。
メニュー表も見ずにいつものメニューを注文し、
「そういやあ張、『デスカフェ』って聞いた事あるか?」
「何アルか? それ」
「知らん」
「えぇ……」
「他の支部の占術士から聞いたんだよ。昨日の夕方頃に、この近辺をうろついてたピンクのバスと関係あるらしいんだが」
調理を始めた張の、まん丸な背中に問いかける。
「あのバスの事アルか……」
張はスープを準備しつつ手早く麺を茹でながら……おそらく顔をしかめる。
少なくとも昨日のバスについては知っているようだ。
「そのものズバリかは知らんがヤバい代物らしい。気をつけてくれ」
「言われるまでもないアルよ。梓には近づかないよう念入りに言い含めたアル」
「あんたならそう言うと思ったぜ」
張の反応に舞奈は笑う。
張は血の繋がらない娘、梓を心の底から愛している。
そういう親は、ああいう代物を娘に見せたくないだろう。
怪異に与しているかどうかに関わらず。
だが舞奈は少し拍子抜けする。
張の様子からすると【組合】は『デスカフェ』ないし人さらいバスについて何も把握していないようだ。
少なくとも動いている様子はない。
まあ敵の占術に対しての策かもしれない。
何せこちらはちゃんとした魔術結社だ。
腕の立つ占術士も何人かはいるだろう。
だから闇雲に動いても無意味だと察して静観しているのかもしれない。
あるいは、裏の裏をかくつもりで水面下で何かしているのかもしれない。
舞奈には予想もできない。
そういう話なら無理に食い下がっても仕方がないので、
「そういや、梓ちゃんの身の回りは大丈夫なのか?」
もうひとつの懸念について訪ねてみる。
首都圏で行方不明になったのは芸能関係者の子女。
ならば芸能人そのものである梓や美穂だって危険だ。
それについて張と話をしたかったのも事実だ。
だが、その前に料理が出来上がったようだ。
湯気をあげる担々麺の椀と餃子の皿がカウンターに並べられる様子を楽しそうに見ている舞奈の前で、給する張はニヤリと笑う。
「それなら心配いらないアルよ」
「おっ策でもあるのか?」
担々麺の椀から香る、赤く辛い芳香に釣られるように舞奈も笑う。
「梓たちはチャムエルが迎えに行ってくれているアル」
「あいつがか? まあ頼もしい事には違いないが」
答えながら流れるような動作で割り箸を割り、担々麺をずずっとすする。
しなやかな麺のコシと、スープの程よい辛さのハーモニーを口全体で堪能する。
するりとチャムエルの名前が出てきたのが舞奈的には少し意外だった。
チャムエルが【協会】の術者で、梓がアーティストだからだろうか?
そういえばチャムエルは以前にも梓を守って戦ったことがある。
何かの縁なのかもしれないと勝手に結論づける。
梓的にどういう扱いなのかは知らないが。
だがまあ、梓たち3人に彼女が付き添っていてくれれば安心できるのは事実だ。
仲良し3人組が一緒に登下校している事も。
何故なら3人の小学6年生のうち鷹乃は腕の立つ陰陽師だ。
低学年みたいにちっちゃな本体は彼女が操る式神ほど戦闘向けではないが、側にエネルギーと金属を自在に操る高等魔術師がいるなら万一にも対処できる。
そんな事を考えながら……
「……おっ客か?」
隣の駐車場に車が止まったようだ。
耳のいい舞奈にはわかる。
軽い排気音が、軽乗用車のそれだとも今の舞奈にはわかる。
「チャムエルが来たアルね。梓たちを家に送った後に寄るアルよ」
「そっか……」
客の可能性を全否定なのはどうなんだと苦笑しつつ、餃子をつまむ間に、
「梓さんたちを送り届けて来ましたよ」
「ありがとうアル」
横開きのドアがガラリと開いて、全裸ストッキングの眼鏡が入店してきた。
今しがた話していた【協会】の高等魔術師チャムエルだ。
いちおう彼女は周囲への認識阻害により服を着ているように見せかけている。
だが術に慣れた舞奈や、そもそも術者である張には効かない。
普通の中華料理屋に、そういう格好の美女が普通に立っていると違和感が凄い。
「まさか、その格好で梓さんたちを送り迎えしてる訳じゃないだろうな?」
認識阻害、相手が小学生くらいだと結構バレるんだが……。
椀を持ったまま椅子を回して振り返り、担々麺をすすりながら睨む舞奈に、
「とんでもありません。ちゃんと車で送り迎えしてますよ。これでも大学生ですので」
全裸ストッキング眼鏡は笑顔で答える。
次の瞬間、呪文もなく全裸の周囲に魔力のコードがあらわれ、身体を覆った。
その様子が楓やKAGEが使う変身の魔術に似てるなと思った途端――
「――うわっ何だ!? 術か?」
流石の舞奈も椀を手にしたまま驚愕する。
何故ならチャムエルの頭がいきなりボンネットになったからだ。
そう。
車のボンネットである。
平べったくて丸みのある、鉄板でできたアレだ。
下側にはおまけのようにライトがついて、左右にはドアがついている。
「店の中で完全に変身しないでおくれアルよ。床が傷むアルから」
「わかっていますとも」
「そういう問題じゃないだろう……」
張とチャムエルの会話を聞きつつ、目前のボンネット女を見やる。
全裸ストッキングの女の頭だけがボンネットになっている。
ゾウの耳のようにドアがパタパタしている。
何と言うか、レベルが高すぎて流石にクラスの男子もついてこれないと思う。
声は普通にチャムエルの声なので、何らかの発声装置ができているらしい。
そんな怪人を見やりながら、口元に小さく笑みを浮かべる。
唯一気に入ったのが、丸みを帯びた小さめなボンネットが軽自動車のそれな事だ。
完全に変身すると軽自動車になるのだろう。
小さくて可愛らしい軽自動車の容貌は、怪異を挑発し力を弱める。
そう今は亡き仲間が言っていた。
「舞奈さんは我が同門の術者KAGEと何度か轡を並べたと聞きましたが」
「ああ、したよ」
出し抜けな問いに、半ば無意識に答える。
声に合わせてライトが光るのは演出か。
子供みたいな容姿をした公安の高等魔術師KAGEは、【形態変化】の魔術で大人に変身することでディフェンダーズのシャドウ・ザ・シャークになっていた。
「彼女の【形態変化】と同じ原理ですよ」
「そっか……」
「【鋼鉄の大天使の召喚】の技術を推し進めた【機甲変化】。わたしも高等魔術への熟達の結果、機械に変身できるようになったのです」
「ったく、ばんぶーびーかよあんたは」
誇らしげにライトを光らせるボンネットを見やりながら舞奈は苦笑し、
「運転手はいないのか?」
「自分で動けますから」
「小学生を運転席に乗せたまま公道を走ってたら捕まるだろう。だいたい梓さんや美穂さんに、無人の車をどう説明したんだ?」
「冗談ですよ。【協会】の後輩が張の代理という体裁で運転席に乗ります」
「なら良いが」
自動車女の言葉にひとまず納得する。
別に運転手(役?)がいるのなら対外的には問題ない。
その人も高等魔術師なら魔術師3人による鉄壁の警護になる。
まあ普通に6人乗りの車を都合したほうが楽だとも思うのだが……。
「チャムエルも何か食べていくアルか?」
「軽油でも出すつもりか?」
「小学生の舞奈さんにはピンとこないかもしれないですが……」
「ははっ何だ?」
「……軽は軽油で走る訳じゃないですよ。大型車と同じようにガソリンで動きます」
「この女、ボケにボケで返しやがって」
そのように軽口を交わしつつ、軽自動車女が隣の席につく様子を見やりながら舞奈は残った担々麺のスープを美味そうに飲み干した。
その一方。
駅前にある高級マンションの上層階に位置する自分の部屋に帰ってきた紅葉は、
「どうしたんだい? バースト」
猫のバーストの様子に訝しむ。
斑点模様の若い猫は、姉妹で飼っている元野良猫だ。
そんなバーストは身を屈め、壁際の猫タワーに向かって唸っている。
珍しく野性を思い出している様子だ。
何事かと思ってタワーの上を見てみると……
……1匹の大蛇がいた。
しかも大蛇の周囲に包帯状の魔力の光がまとわりつき、
「ああ、紅葉ちゃん。丁度いいところに帰ってきてくれました」
顔だけ学園の高嶺の花こと桂木楓のそれになった。
流石の紅葉も思わず無表情になる。
姉の格好がファンタジーRPGのモンスターみたいだったからだ。
無軌道な姉は、今日も【変身術】で遊んでいたらしい。
「……何してるんだい? 姉さん」
「ヘビになって猫タワーに登ったら、降りられなくなりまして」
問いかけに平然と返ってきた答えに紅葉は口をへの字に曲げる。
その仕草はちょっと舞奈に似ている。
だが槙村音々あたりにはとても見せられない表情ではある。
バーストは紅葉を見上げ、何とかしてくれと訴えかけるようにニャアニャア鳴く。
対する紅葉は少し考え……
「……こっちに向かってジャンプしながら【変身術】を解ける?」
言いつつ腰を低くして身構える。
「なるほど受け止めてくれるんですね」
答えながら楓ヘビは、元々の楓にはない大蛇の身体能力を使ってジャンプ。
空中で包帯状の魔法の光がほどけて桂木楓の姿に戻り……
……ビタッ!
大の字にカーペットの床に落ちた。
紅葉が避けたからだ。
「酷くないですか……?」
涙目の姉に、
「これも姉さんのためだよ」
口調だけは優しく紅葉は答える。
「姉さんは少し痛い思いをしたほうが常識をわきまえると思うんだ」
「酷く……ないですか……?」
楓は凹む。
さらにバーストが追撃とばかりに猫パンチしてきたので、ますます凹む。
そのように姉妹もまた面白おかしく過ごしていたのと同じ頃。
楓たちのアパートに近い駅前の大通りで、
「あ。あれ……」
音々は自宅に帰る途中、ピンク色のバスを見つけた。
学校で話を聞いていたのと同じピンク色のバスだ。
確かに聞いた通りに品のないデザインだ。
だがバスの周囲には人だかりができている。
困っている女性を救うための活動をしているらしい。
ならば仕事にあぶれて困っている母親も救ってくれるのだろうか?
そう思った。
だから音々はバスのことをもう少し知りたい一心で目を凝らし……