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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第20章 恐怖する騎士団
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日常1

 ある晴れた平日の昼休憩。

 初等部~高等部まで共用なのに微妙にこぢんまりした校庭で、


「よっ、なんか久しぶりに会ったな」

 舞奈は6年生の男子と対峙していた。

 ガタイのいい6年生のリーダーの後には取り巻きたち。

 舞奈の後には戦戦慄慄とする5年生のクラスメートたち。


 側にはにゃーにゃー言いながら猫車を引いて走り回っているみゃー子。

 用務員室から勝手に持ってきたのだろうか?

 低学年が真似して怪我でもしたらどうする気だよ。

 流石に後で何か言ったほうがいいとは思うが、とりあえず今は無視。


 その横で乗りたがっている桜を委員長がたしなめている。

 そっちも、まあ今すぐに舞奈が何かしなくてもいいだろう。

 まったく自由な友人たちだ。


「……いきなり余所見とか自由だな! 生意気すぎるだろうおまえ」

 リーダーは舞奈を睨む。

 背後のクラスメートたちがヒッと息を飲む。

 舞奈は「ああすまん」とみゃー子や桜から目を戻す。


 だが実際、そんなことを言われてもなあと言うのが舞奈の本音だ。

 何せ先日は林の巨木をなぎ倒すレベルの巨大な蜘蛛と戦ったばかりだ。

 味方には同じサイズのイエティもいた。

 それに比べて自分よりちょっと上背が高いくらいの非魔法の6年男子なんか、少しばかり凄んだところで愛すべき可愛らしい坊ちゃんでしかない。

 態度も自然にやわらかくなる。なので、


「そういやサッカーの試合はどうしたよ?」

「ああ、勝ったぞ。圧勝だった」

 フランクに問いかけた舞奈に、あっさりそんな返事が返ってきた。

 それは何より。だが、


「にしちゃあ反応が淡泊じゃないか?」

 舞奈は訝しみ、


「いやな、あいつら助っ人にデカイ中学生とか連れて来たんだ」

「そりゃまた」

「そう思うだろ? けど、そいつ見掛け倒しで、フィジカルもそっちの黒い奴ほど強くなかったんだ」

「恐縮です」

 リーダーの返しにデニスが一礼する。


 実は舞奈たち、以前に校庭の占有権を賭けたPK勝負で彼らをボコした事がある。

 その時の経験が他校との試合での彼らの勝利に繋がったのなら結構な話だ。


「早い奴もいたけど、そっちの白い奴みたいに出鱈目な動きのキレはなかったし」

「どうもなンす」

 続く言葉にジャネットが柄にもなく照れて、


「面白い奴もいたが、そっちの縦ロールほどギャグのキレもなかったし」

「ホホホ! 当然ですわね!」

「いや、おまえがそれで良いなら良いが……」

 一緒に褒められたと思った麗華様が高笑いし、


「データキャラっぽい眼鏡もいたけど、そっちの眼鏡みたいに性格悪くなかったし」

「うるさいですね」

 隣にいた明日香が嫌な顔をする。

 性格の悪い眼鏡に睨まれて取り巻きたちが後ずさるが、リーダーは気にしない。

 そういう所だぞと明日香を見やって苦笑する舞奈を他所に、


「そういう訳で俺たちは不完全燃焼なんだ」

 言いつつ意味もなく胸を張り、


「5年生の志門舞奈! おまえたちに再戦を申しこむ!」

 良bい気分で宣言した。


「今日は気分がいいから俺たちvsおまえら全員でいいぞ」

(勝負に勝って調子に乗ってるな)

 対して舞奈はニヤリと笑う。

 そういう所が生意気に見られるんだろうなと理解はできるが改める気はない。


 何故なら舞奈も気分がいい。

 今の彼のような真っ直ぐなバカは嫌いじゃない。

 少なくとも命がかかっていない状況では。


 それに彼らも他校との勝負の話をしていた時より、今のほうが楽しそうだ。

 単に本気の勝負を楽しみたいのかもしれない。

 案外、以前にコートを占領しようとしていた時も、(当時は互角以上と認識していた)他校との勝負に本気なあまり視野狭窄になっていただけかもしれない。


「ご、合法的に志門と安倍を味方にして上級生をボコれるのか……?」

「そ、そういう話なら……」

(ったく、こっちはこっちで……)

 後ろからボソボソ聞こえてきた5年男子たちの声に苦笑して、


「ま。どっちもそれでオーケーなら、昼休憩が終わる前におっぱじめようぜ」

 言った途端、


「ギャー! 校内に武装した不審者が!」

「不審者?」

 叫び声。

 出鼻をくじかれた舞奈は声のした方を睨みつける。


 視界の端に、なるほど武装した不審者が走ってきた。

 くわえ煙草で鉄パイプを手にした中年男の脂虫だ。

 全部で3匹。

 どいつも薄汚れた野球のユニフォームを着ている。

 薬物中毒者か。


 ヤニで濁った血走った目をした男たちは、自分より小さくて弱そうな子供が集まっている場所――舞奈たちがいる方向に走り寄り、


「あっ!?」

 うちひとりが6年生の取り巻きのひとりに襲いかかった。

 大きく振りかぶった鉄パイプの先がギラリと光る。


 リーダーは恐怖のあまり動けない。

 当然だ。

 小学生が、サッカーで中学生まじりのチームを下したのは立派だ。

 だが、その程度じゃ武装して殺意を持った大人を相手取るには荷が重い。

 だから代わりに――


「――日比野さん、ボール貸して」

「えっ安倍さん?」

 側の明日香がチャビーからボールを受け取り、投げる。


 教本のような完璧なフォームから放たれたボールは、おおよそ小学生のドッヂボールでは聞けないような恐ろしい唸り声をあげながら脂虫めがけて飛翔する。

 明日香が普段のドッヂでは封印している必殺技。

 つまり【力波(クラフト・ヴェレ)】を応用した、砲撃もかくやという勢いで放たれた殺人ボールだ。

 呪文もなく行使された斥力場の魔術に誘導されたドッヂボールは、狙い違わず脂虫のみぞおちに喰らいついて爆ぜる。

 野球のユニフォーム姿の脂虫は口からヤニ色をした内臓のすり身を吐いて倒れる。

 ボールが破裂する勢いでみぞおちに喰らわされるとそうなる。

 デッドボールならぬターンアンデッドボールだ。


 そいつを喰らう予定だった(と思った)残りの取り巻きは腰を抜かし、間一髪で撲殺をまぬがれた6年生は緊張の糸が切れてへたりこむ。

 だが脂虫は他にもいる。


「ギャー!」

 別の1匹が関係ない生徒に襲いかかる。


「大将! パスだ!」

 舞奈も負けじと叫びつつ、リーダーからボールをひったくって投げる。

 先ほどの魔球と異なり純粋なパワーとテクニックで投げられたサッカーボールは脂虫の側頭に命中、コキッと小気味の良い音をたてて真横に110度ほど会釈させる。


 次の瞬間、残りの1匹が中に浮いた。


 背後から追いかけてきたクレアに殴られたのだ。

 警備員の制服姿の金髪美女は、そのまま無数の拳を、蹴りを叩きこむ。

 生徒たちが驚き見やる中、肉がひしゃげる打撃音がリズムを刻む。

 一見すると容赦ない、だが舞奈たちとは違って明示的に致命打を避けた打撃のラッシュを喰らって脂虫は崩れ落ちる。


「舞奈様! お手数をお掛けしました!」

「取りこぼしなんて、らしくないじゃないか」

 こちらに気づいたクレアに舞奈は軽口を返し、


「申し訳ございません。数が多かったもので」

「あんたたちが苦労する数なのか?」

「ええ、未熟ながら4人ほど侵入を許しました」

「4匹だと!?」

 返された言葉に驚く。


 今この場で片づけた脂虫は3匹。

 つまり校内に武装した不審者がもうひとり――


「――まったく! 仕事をせんか! そなたらは!」

「メェ~~」

 聞き覚えのある御立腹な声と共に、1匹のヤギがやってきた。


 バフおだ。

 背には鷹乃が乗っている。

 両側には梓と美穂が、困ったような表情で付き添っている。


 そして山羊は薄汚い野球のユニフォーム姿の男をくわえて引きずっている。

 どうやら残りの1匹はバフおが……というか鷹乃が片づけてくれたらしい。


「この下郎めが、事もあろうに梓と美穂に手を出そうとしよったぞ」

「でもバフおちゃんが蹴ったくってやっつけてくれたんです」

「あとこれ」

 梓が言いつつ、美穂が持っていた鉄パイプをクレアに手渡す。


 鷹乃が何がしかの付与魔法(エンチャントメント)を使ったのだろう。

 もうひとりのSランクこと椰子実つばめと面識のあるバフおはバフおで、小さな生き物を背に乗せるとパワーアップすると認識しているのかもしれない。


「……キル2」

 ぼそりと言いつつテックがバフおの頬をなでる。

 ヤギは心地よさそうに「メェ~」と鳴く。

 ヤギのバフおは以前にも、ライブ会場に向かう委員長を襲撃してきた脂虫を蹴倒したことがある。


 そんな訳で脂虫を警備員に引き渡した3人は去っていく。

 途中にいた呆然自失の6年男子に、鷹乃が(ヤギの上から)はっぱをかけて一緒に歩いていく。そろそろ昼休憩も終わりの時間だ。


「おまえらもそろそろ戻った方がいいんじゃないか?」

 舞奈にうながされ、


「マイちゃんたちはどうするの?」

「わたしと舞奈は警備員室に寄ってから行くわ」

「うん。気をつけてね」

 明日香にそれとなく誤魔化され、園香もクラスの皆と一緒に教室へ移動する。


「みゃーみゃーみゃー……ノネコ!」

「わかったわかった。こいつは返しといてやるから、おまえも戻れ」

「にゃー!」

 みゃー子から猫車をパクッて据え置き、動かない男たちを雑に積み上げる。


 みゃー子はみゃーみゃー鳴きつつ妙な足取りでクラスメートの後を追う。

 そんなみゃー子を見やって「何かあったら皆を頼むぜ」と言いかけて止める。

 言っても無駄だし。

 身体能力だけは蜘蛛の魔獣の師になれるレベルなのに……。


 それはともかく舞奈たちは猫車を押しつつ警備員室へ向かう。


「おっクレア! こっちは片付けたっすよ! ボスに舞奈様もようこそ!」

 警備員室の旁で、丸顔で長身のベティが出迎えた。


「ヒュー! すまんクレアさん、さっきのは無しだ。こいつは見事な仕事っぷりだぜ」

 流石の舞奈も少しばかり驚いてみせる。


 何故なら足元にブルーシートで覆われた1ダース半ほどの男が横たわっていた。

 全員の足先だけがシートからはみ出す気遣いのおかげで、中にいるのが生徒や教員じゃない事が一目瞭然だ。

 30本以上の全部の足が薄汚い野球のユニフォーム。

 すなわち脂虫だ。

 近くに転がってる鉄パイプやナイフは脂虫どもの凶器か。


 臭くて不潔で狂暴な喫煙者――脂虫は人に似て表向きは人間の顔と身分を持つが、その実は喫煙によって人間性を捨てた人型の怪異だ。

 奴らは時に悪意ある術で操られて害を成す。

 あるいは自分自身の身勝手な欲望に突き動かされて人を襲う。

 脂虫が人ではなく邪悪な怪異だからだ。


 つまり当校の警備員は2ダース近くの怪異から生徒と教員を守り抜いたのだ。

 学校の警備にそこまでの戦力が必要なのかは議論が別れるところではある。

 だが現に役に立ったのだから文句のつけようがない。


「ヒュー! 見たか奴の身体能力を!?」

「警備員さんにゃぁかなわねぇぜ!」

「……ん?」

 声に見やると警備員室の陰に、妙にガタイのいい……というか肥え気味な男子たちがたむろっていた。制服からして高等部の連中か。

 ちょっと諜報部の執行人(エージェント)……というかポーク氏を思い出す。

 幸いにしてこの中にはいないが。


「新手のナンパか?」

「いや、襲われそうになってたところをかばったら、あの調子で」

 ベティに尋ねてみたら、この答え。


 まあ色黒な彼女の何時も無駄に楽しそうな丸顔とは裏腹に、長身の長い手足から繰り出されるキレのいいアクションが派手で見栄えもするのは事実だ。

 そのパワーとスピードは付与魔法(エンチャントメント)を使わなくても人外レベル。

 そんな彼女が武装した不審者どもをバッタバッタとなぎ倒したのだ。

 格闘ゲームとか好きそうな男子高生にウケるのも無理はない。

 まったく平和な国で何よりだ。


「……見られてないでしょうね?」

 明日香がブルーシートを一瞥しながら問いかけて、


「大丈夫! 気にしてないっすよ」

「だと良いけどな」

 答えに舞奈が苦笑する。


「皆さんに大事な任務を託したいのですが、できますか?」

 やってきたクレアが男子高校生に向き直る。


「えっ!? 何すか!?」

「今から速やかにそれぞれの教室に戻って、不審者騒ぎはひとまず収束したと皆に伝えてください。ですが念のために警戒は怠らぬようにとも」

「わかりましたっ!」

「よーし! 俺が一番先に行っちゃうぞ!」

「あっ待てよ!」

 にこやかな金髪美女のひと声で、チー牛たちは喜び勇んで走っていった。

 流石はクレア。

 生徒たちの行動パターンを熟知している。

 それはともかく、


「これで全部か?」

 ブルーシートを見やって舞奈は問う。


「生きてる奴は中に運んであるっす」

「生き……って、もう少し穏当な表現を」

「言い変えたからって生き返る訳じゃないっすし」

「……生き返られてたまるか」

 答えたベティに続いて舞奈と明日香も警備員室に入る。


 中には3人の男が拘束されていた。


 一般的な学校の警備員は、不審者をふんじばって拘束することはない。

 当然ながらノウハウもない。

 なので民間警備会社(PMSC)がら派遣された警備員が必要にかられて拘束する場合、前職や他の現場で会得した方法を使うことになる。


 その点もベティは抜かりなかった。


 薄汚い野球のユニフォームを着こんだ男たちはパイプ椅子に座った状態で、両手を背もたれに、両足を椅子の脚にしっかり縛りつけられている。

 立ち上がって逃げ出すなんて不可能な体勢だ。

 加えて気絶してる間に拘束したのであろう、手足はしっかり縛られている。

 以前の舞奈みたいに膨らませておいた筋肉で縄を緩めて逃げることもできない。

 だからか男たちは暴れる様子もない。

 だが……


「人の頭に上履き入れをかぶせるなよ」

「それ、半年くらい置きっぱなしの忘れ物っすよ?」

「そういう問題じゃねぇ」

 人質……もとい拘束した不審者の頭にかぶせられた袋を見やってツッコむ。


「それに顔を出してると臭いですし」

「こいつらも脂虫なのか? 生徒の私物をかぶせるなよ臭くなるだろ」

「ですから半年くらい置きっぱなしの忘れ物って」

 そのように舞奈がベティと漫才していると……


「おお皆の者、集まっておるのだな」

 糸目のニュットがやって来た。


「しゃしゃり出て来てもらったところスマンが、こっちはもう終わってるぜ」

 いい気分で煽った途端に、


「そうだか。裏門のほうも今しがた終わったのだ」

「裏門だと?」

「うむ。武装した不審者があらわれたのだ」

 返された言葉に少し驚く。


「もちろん普通サイズのだがな」

「……フカシじゃねえよ」

 続く嫌味に舞奈はギロリとニュットを睨む。


 この糸目、先日に蜘蛛の魔獣の件の調査を依頼してから……というかムクロザキの蜘蛛の卵とアプリを押しつけて以来、ずっとこんな感じだ。

 よほど急な仕事が気に入らなかったのだろう。

 亊あるごとに居もしない魔獣の話を口走るフカシ野郎呼ばわりして煽ってくるのだ。

 それはともかく、


「相手は?」

「表に転がってるのと同じ輩が半ダースほどなのだよ」

「数は少ないんだな」

 明日香の問いに答えるニュットに舞奈はふむとうなずいて、


「だが聞いた話では自爆テロを仕掛けてきたらしくてな」

「なんだそりゃ?」

「うむ。サッちんに襲いかかって、小夜子ちんが悲鳴をあげた途端にドーン! という事らしいのだ」

「……そいつはおっかないな」

 続く言葉に苦笑する。

 サッちんというのはサチの事だ。


 小夜子が多様するナワリ呪術【捕食する火(トレトルクゥア)】は空気を火に変える呪術だ。

 詠唱も短い神の名を叫ぶだけだし、人前で使っても一見すると相手が勝手に爆発しただけに見える。


「見てたんじゃないんですか」

「流石に目の前でやらかそうとしたら……」

 ツッコむ明日香に言いかけて……やめる。

 止めないらしい。


 まあ糸目と違って根は真面目な小夜子がそういう凶行に出たのは、無二のパートナーであるサチが害されそうになったからだ。

 そういう状況で下手に止めようとしても、自爆テロ実行犯の仲間入りだ。


 それに強硬手段で脂虫を排除したおかげで、あちらも被害はなかったようだ。

 身勝手で他逆的な喫煙者による被害を防ぐには、奴らが悪さをする前に叩きのめすのが最も効果的だ。息の根を止めれば最良だ。


「まあ片付けた脂虫どもは業者が掃除してくから問題はないのだがな」

「……回収班ですか」

「うむ」

 ニュットが言ったのは清掃業者に扮した【機関】の回収班の事だ。

 まあ表向きは保健所の職員が汚い喫煙者の死骸を片付けていくのだから、あながち間違いでもない。


「だがなー」

「問題でもあるのか?」

「うむ。ちょっと騒ぎが大きくなりすぎてな」

「そりゃそうだ」

 糸目の言葉に珍しく同意する。


 2ダースあまりの武装した不審者が学校を襲撃したのだ。

 被害が出なかったのが行幸だ。

 だがニュットが珍しく難しい顔をしている理由は他にある。


「なのだから、捕まえたそいつらを流石に警察に引き渡す必要があるのだ」

「まあ、そりゃそうだな……」

 舞奈も一緒に口をへの字に曲げる。

 明日香も。


 舞奈の身近では忘れられがちだが、この国は法治国家だ。

 犯罪を犯した(表向きは)人間を、保健所や民間警備会社(PMSC)が勝手に持って行って尋問する権限は本来はない。

 もちろん【機関】の力で、ある程度ならば事件そのものをもみ消せる。

 だが今回は、ある程度の範疇を越えていた。


「2人は警察に引き渡す必要があるのだよ」

「表の奴らじゃ駄目なのか?」

「そうできれば良いのだがな。表向きに死人が出てる事になると後々が面倒なのだで、ゴミとして片づけるのだよ」

「まあゴミだしな」

 舞奈は納得の意を示す。


「本当はこちらで2人欲しかったのだがな」

「まあ確かに……」

 明日香も同じだ。


 表に転がってる喫煙者の死骸が最初からなかった事にする程度は造作ない。

 それだけの力が【機関】にはある。

 だが、生き残った脂虫がひとりでこれだけの騒ぎを起こしたと言い張っても無理があるのも事実だ。

 だから丁重に拘束された3人の男のうち2人を差し出すのも仕方ないと思う。


 だが警察は脂虫の取り調べなんか真面目にしないだろう。

 下手をすると差し出した2人が無罪放免になる可能性すらある。

 明らかに普通じゃない脂虫がらみの事件の背後関係を調べるために1匹でも多く情報源が欲しいのに、理不尽だと思う気持ちもわからないではない。

 だが、それより……


「……」

 明日香は舞奈の方をじっと見ていた。


(なにボールぶつけて首へし折ってるのよ)

 理不尽な無言の苦情に、


(おまえだって念入りに内蔵をすり潰してたじゃねーか)

 舞奈も負けじと睨み返す。


 だが2人して責任転嫁し合っていても仕方ないのも事実だ。

 ヤギが仕留めた分は手足の向きからして問題外だ。

 梓と美穂が危険な目に遭ったのが、よほど鷹乃の気に障ったらしい。

 園香やチャビーが気づいていて不愉快な思いをしていなければいいのだが。


 そしてニュットが警備員室に来たのは裏門の脂虫も全滅だからだろう。

 何せ切羽詰まったナワリ呪術師が演出した自爆テロだ。

 下手をすると爆心地には炭すら残っていない。

 無論、その件について小夜子に文句を言っても熱くて危険なだけで益はない。


「楓さんにでも頼んで、連れてくまでは生きてた風に見せかけるのは駄目なのか?」

「警察にも多少のコネがあるのだよ。あんまり変な事すると今後に差し障るのだ……」

「ったく……」

 そんな事を言い合っていると、


「それならわたしが捕まえた分をお渡ししましょう」

 外からクレアがやってきた。

 丁重に縛りあげられた脂虫を肩に担いでいる。

 先ほどボコボコにした1匹は生きていたらしい。


「それはかたじけないのだ」

 ドサリと床に置かれた男を見やりながら糸目は笑う。

 続いて、


「表の奴らのうち何匹かは心臓が使えそうよ」

「本当なのだか?」

 そんな事を言いながら小夜子とサチがやってきた。


 小夜子が修めたナワリ呪術には犠牲者の心臓を握り潰して真実を占う術がある。

 もちろん脂虫にも有効だ。

 というか倫理上の問題で脂虫にしか使われない。

 そんな呪術を使って頭数分の真実が知れるなら、1匹や2匹くらい首の角度や内蔵の量がおかしくても問題はない。


 まあ人間の心臓は呼吸が停止してから数分で酸欠になって止まるらしい。

 だが、それと人型怪異の擬似器官が呪術に使える状態かどうかは別問題だ。

 小夜子が良いと言うなら良いのだろう。


 舞奈と明日香は胸を撫で下ろす。

 どうやら2人の落ち度で面倒が引きおこされる事態は避けられたらしい。


 なので、これ以上の厄介事が見つかる前に安心して教室に戻る事にした。


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