大人を探して3
うららかな平日の朝。
人もまばらな初等部5年の教室に……
「……やれやれ昨日はとんだくたびれ損だったぜ」
口をへの字に曲げながら、舞奈がだらだら登校してきた。
昨日の放課後、蜘蛛探しの引率を探して旧市街地じゅうを歩き回った舞奈。
だが結局、大人は見つからなかった。
常識のあるまともな大人は週末も忙しかった。
暇な奴はまともじゃなかった。
この際、明日香の会社の警備員でも雇おうか? ムクロザキの金で。
そんな事を本気で考えつつ教室の後ろを通り抜ける。
足元をエビエビ転がってきたみゃー子をまたぎ越した途端、
「あっ舞奈」
「テックか。昨日はお疲れさん」
横から声をかけられた。
余人なら声に気を取られた隙に海老にけつまづいて転ぶタイミングではある。
だが舞奈に関してそれはない。
一方、顔を上げたテックの机の上には私物のタブレット。
彼女も少し早めに登校してきた流れで、ニュースか何かを見ていたらしい。
そんな彼女に、
「丁度よかった。見て欲しいものがあるんだけど」
「ん? どうしたよ?」
「他県でおきた事件なんだけど――」
「まさか早速、蜘蛛に噛まれて乱痴気騒ぎとかじゃないだろうな……」
かけられた言葉に舞奈は思わず眉をひそめる。
ストリップ蜘蛛が大量発生するタイムリミットは今週末のはずだ。
だが生き物がネットの情報や舞奈の予想の通りに動くとは限らない。
みゃー子だってそうだ。
毒蜘蛛だってそうだろう。
何より舞奈は『他県の事件』というフレーズに良い印象がない。
他支部との共同作戦でチーム全滅とか、ろくでもない思い出しかないからだ。
だがそんな舞奈の思惑にも構わず、
「心配しなくても、そっちとは関係ない銃撃事件よ」
「だと良いがな……いや良かねぇか」
テックはタブレットを見える所に差し出す。
舞奈は仕方なくじゃれついてくるみゃー子を避けつつテックの机上を覗きこむ。
タブレットの画面に映っているのは荒い画質のぶれた動画。
素人が携帯電話か何かで撮影したようだ。
妙に遠目のアングルで映っているのは仕立ての良いスーツを着こんだおっさん。
長く深い笑いえくぼが印象的な、地味な顔立ちのおっさんだ。
近くには少ないがSPもいる。
差し出されたイヤホンの片方を「さんきゅ」と耳にはめる。
ノイズまじりの音声も加味して察するに、街頭演説の風景のようだ。
おっさんの活舌が良くないと言えばそうだが、そのおかげかのんびりした語り口のせいか、飾らない正直な印象を見る者に与えるので外交向きではあるのだろう。
このおっさん、ニュースで度々見かける誰かだったはずだが……誰だっけ?
明日香なら知ってると思うのだが。
思い出そうとする前に、だが舞奈の視線は別の場所に引き寄せられる。
ギャラリーの中に、明らかに不審な動きの男がひとり。
年の頃は大学生ほどか。
「こいつか?」
「ええ」
見抜いた舞奈と事情を知っているテックが注視する先で、薄汚い身なりの血走った目つきの男はズタ袋のようなバッグから何かを取り出す。
それが何か舞奈には一目でわかった。
銃だ。
だが舞奈が見たことのない歪なそれは、パイプででっちあげた自作銃か?
男は不格好な銃を構える。
通行人や見物人が訝しむが目立った反応はない。
少なくとも表向きは平和なこの国で、街中で銃だなんて想像の範囲外だ。
だから次の瞬間、2つのことが同時に起きた。
ひとつは音もなく吹き抜けた風。
もうひとつは銃声……というより気の抜けた爆発のような破裂音。
次の瞬間、先ほどのおっさんが地面を転がった。
スーツの色に混じって転がる赤い何か。まるで火のような。
続いて喧騒、通行人が驚き戸惑う。
さらに次の瞬間……否、数秒の後に、
「えぇ……」
絶句する舞奈が見やる画面の隅、おっとり刀でSPが動いた。
2人のSPのうちひとりはビックリしてしゃがみこむ。
もうひとりは明後日の方向に向き直って身構える。
初動の遅さといい、なんというか奈良坂が有能に見えるくらい酷い警備をこんなところで見るとは思わなかった。
なので薄汚い身なりの暗殺者はフリーだ。
再び銃を構えて狙いを定める。
二度目の爆発音。
犯人はさらに撃とうとするが、異変。
ジャムったらしい。
男はパイプ銃を捨て、バッグから新たに何かを取り出す。
先ほどの銃と同じくらい粗雑な作りの……おそらくパイプ爆弾。
だが男が爆弾を投げる前に、
ガッ!
手前から凄いスピードで飛んできた何かが横面にぶち当たった。
舞奈の鋭い動体視力が捉えたそれはジュースの缶。
キンキンに冷えた……というより氷塊のように凍りついた空き缶が、重い氷の拳の如く男を吹き飛ばして地面に叩きつけたのだ。
さらに数秒遅れてSPが男の所にやってくる。
すっかりのびた男の上に「確保!」みたいに馬乗りになったところで動画が止まる。
終わったらしい。
「……酷い警備だな」
「ネットでもそう話題になってるわ」
素直な感想を口走る。
テックも同じ気持ちだし、テックの友人も同じなのだろう。
だが脳内で動画の別の部分を反すうして遠くを見やる舞奈に……
「……やっぱり」
テックは納得したようだ。
そう。舞奈は気づいた……ことにテックも気づいた。
それが証拠に2人とも撃たれたおっさんを気にかけていない。
おっさんが無事なことはわかっているのだ。
直前に吹き抜けた赤い風に守られて。
テックはおっさんを間一髪で救った何者かの正体を確認したかったらしい。
「スローで見れるけど?」
「それには及ばんさ」
マウスに手をかけたテックの問いに笑みを返す。
舞奈の動体視力で辛うじて認識できるスピードで奔る、炎のように赤い風。
空き缶を『凍らせて』人の仕業ではない力で投射できる何者か。
その正体を舞奈は知っている。
間違いない。
ファイヤーボールとイエティの中の人――メリルだ。
赤毛のファイヤーボールは発火するほどの超スピードで敵を翻弄する。
対してメリルが変身する氷の巨人イエティは、凄まじいパワーと冷気で圧倒する。
彼女らと知り合うきっかけはヴィランやWウィルスにまつわる一連の事件だ。
当時はヒーローたちと共闘していた舞奈も彼女らと何度か拳を交えた。
だがヘルバッハとの決戦の際、彼女らは舞奈たちに協力してくれた。
事件の後、何時の間にかいなくなったと思ったら、国内で油を売っていたらしい。
その結果がこの動画なら、彼女らもつくづくトラブルに好かれる体質のようだ。
そんなことを考えて苦笑する舞奈の視界の端で、
「――ムギャッ! 何ですの!?」
「大丈夫なンすか?」
「エビッ!」
登校してきたらしい麗華様が海老にけつまづいて転んでいた。
「みゃー子ちゃん! エビフライだ!」
「エビエビ! エビッ!」
「ふふっ、おいしそうだね。マイちゃんとテックちゃんもおはよう」
「ちーっす」
次いでチャビーと園香もやってきて、
「みゃー子さん!? 朝から教室で卑猥なゼスチャーをしたらダメなのです!」
「海老なのー」
次いで入ってきた委員長が血相を変える。
隣で桜が首をかしげる。
「おおい、みゃー子。朝から人に迷惑をかけまくるんじゃない」
「エビッ!」
無駄だと知りつつ声をかけ、舞奈がやれやれと苦笑した途端――
「――あら2人そろって悪だくみ?」
「あたしが何か企んだことなんて、過去にないだろう?」
今度はしょうもない軽口を叩きながら明日香がやってきた。
だが気分を害するより前にやることがある。
明日香はみゃー子に足をとられることも気を取られることもなくテックの机にやってくる。机上のタブレットが気になるらしい。なので、
「それより明日香、こいつを見てみろよ」
「何よ?」
「すまん、もう一度たのむ」
「ええ」
テックにタブレットの動画を再生してもらった。
奈良県某所で演説中の政治家が襲われた事件は朝のニュースになっていたらしい。
襲われたおっさんは数年前までこの国のトップだった寿司元総理。
だが事件現場の映像はニュース番組では流れなかったそうだ。
その事を、明日香は少し不審に思っていたらしい。
テックの動画で古今稀に見る幼稚な警備を目の当たりにした明日香は、その日一日どこか釈然としない様子で不機嫌で、周囲の人間を大いに戸惑わせた。
と、まあ、それはともかく放課後。
帰り支度を進める舞奈の側で、
「張さんから呼び出しよ。会わせたい人がいるんですって」
「この忙しい時に、何の用事だ?」
携帯を見やりながら言った明日香に、口をへの字に曲げて答える。
朝方のSPはあんなやる気なくぼんやり立ってるだけで給料がもらえるのに。
何故に舞奈はあくせく働かないといけないのか?
今はそんな心境だった。
5時限目が音楽の授業だったからという理由も少しある。
そもそも今は依頼とか受けてる暇はない。
何せ朝方(正確には昨晩の事件らしいが)の銃撃騒ぎは別に他人事じゃない。
舞奈たちも頑張って蜘蛛を見つけないといけないのだ。
さもなくば来週の頭には雨にまぎれて街の何処かで、おそらくダース単位の股間の自作銃が乱痴気騒ぎを引き起こす羽目になる。
しかも、その地獄絵図を首尾よく防いでも舞奈は無給なのだ。
だがまあ、張の頼みを問答無用でスルーするのも角が立つのは本当だ。
先方の話を聞くだけは聞いて、タイミング的に無理そうなら断るのがいいだろう。
あるいは仲介した仕事を断るか、可愛い娘である梓の身近でストリッパー蜘蛛が大量発生するのを容認するかを張に決めてもらうのも公平で良い気がする。
それぞれがどんな結末になるにしろ、自身で選んだなら張も悔いはないだろう。
そんな心境に舞奈はなっていた。
張は国内有数の魔術結社【組合】とコネがあるし、ひょっとしたら予想だにしない奇跡が起こって次の日までに蜘蛛が見つかっているかもしれない。
そんな泡沫の希望を胸に、明日香と2人で張の店に寄ることにした。
そして……
「よぅ張! 来たぜ!」
「こんにちは」
3人の天女と『太賢飯店』の店名が描かれた中華風の看板の下。
年季の入ったドアをガラリと開けると……
「……なるほどな」
見知った2人組がいた。
ひとりは後姿からでもわかるナイスバディな赤毛のティーンエイジャー。
もうひとりは長い銀髪の幼女。
見間違えるはずもない。
ファイヤーボールとメリル。
ヴィランの2人組だ。
「よっ、ヒーロー」
2人の隣の席に座る。
別にトナラーな訳じゃなく、そこがいつも座る席だからだ。
「久しぶりじゃない、サィモン・マイナー」
フォークで担々麺をすくいつつファイヤーボールが振り返る。
特にわだかまりもないようで何より。
隣のメリルは一心不乱に杏仁豆腐に取りかかっている。
作った張も本望だろう。
「会わせたい人ってのは、こいつらか?」
「そうアル。キャロルちゃんとメリルちゃんアルよ。可愛いアルね」
「そんな可愛らしい名前だったのか」
ファイヤーボールの本名は初めて聞いた。
舞奈はメニューも見ずに「いつもの」と注文する。
隣で明日香も注文する。そして、
「けど、何でまたこんな所でメシ食ってんだよ?」
舞奈はファイヤーボール――キャロルに問いかける。
こんな所とか言われて張が少しムッとした表情をするが、特に気にしない。
何故ならその理由を、たぶん張も知っている。
そんな舞奈の思惑も特に気にしない様子で、
「いやね、メリルがトナカイが見たいって言うから見に行ったのよ」
担々麺をむしゃむしゃしつつキャロルは語る。
「動物園か?」
「そうじゃなくって……ほら仏術の聖地に放し飼いになってる場所があるじゃない?」
「……鹿ですか? 奈良の」
明日香がツッコみ。
「そう、それそれ。けどそいつらが思いのほか凶暴でさ、名物のスナックを買って食べようとしたら横取りしに来るのよね」
「鹿せんべいは、鹿に食わせる煎餅だ」
舞奈がツッコむが、
「でもって、そいつらから逃げた先で、なんかメリルが見てたパフォーマーのおっさんが撃たれそうになってたから……」
キャロルは気にせず話を続ける。
割とメンタルは強いらしい。
「……とっさにヒーローばりの大活躍って訳か」
「SPどもがボンクラ揃いだったのも悪いのよ? 目の前で不審者が銃を構えてるのに案山子みたいに突っ立ってるだけで、あれじゃ居ないのと同じっしょ」
「まあそれには同意するが……」
キャロルの話に、舞奈は苦笑しながらも納得はする。
明日香も無言でうなずく。
舞奈も正直、動画で見たSPの無能ムーブには本気で驚いた。
目の前であのボンクラ警備を見せつけられたら、思わず知らないおじさんを守り、ついでに犯人に蹴りの一発でも入れてやるかもしれない。
「モモジュースのおじさん、撃たれなくてよかった」
メリルは桃の乗った杏仁豆腐をもしゃもしゃ食べる。
食い物を美味しそうに食べる様子がリコに少し似ていると思った。
というかテーブルには既に空いた餃子の皿がひと皿の他、杏仁豆腐の空き茶碗がいくつか並んでいる。偏食……というか甘味が好きなのだろうか?
「メリル。ひと口あたしにもちょうだい?」
「ここならいい」
フォークを構えたキャロルに、メリルは上に載ってた桃を器用にスプーンで自分側に避けて下の杏仁を露出させながら答える。
……どうやら桃が好きらしい。
キャロルは「サンキュッ」と杏仁豆腐をひと口もらってニコニコ。
そんな様子を見やって舞奈も笑う。
2人とも無軌道この上ないと言えばその通りだ。
ヴィランらしくないと考えてもその通りだ。
だがまあ悪党になりきれない彼女たちらしくはあると思う。
しかし隣の明日香は話の別の場所が気になったらしく、
「パフォーマーって……ひょっとして演説中の寿司元総理とは御存知なく?」
問いかける。
演説中に襲われて九死に一生を得たおっさんは、元総理大臣の寿司さんだ。
年齢相応に政治に疎い舞奈だが、明日香の話を聞いて思い出した。
言われてみれば在任中、顔や仕草が可愛らしいと度々話題になっていた。
活舌のあまり良くないスピーチを、美佳や一樹と楽しく見ていたこともある。
「Sushi……momo?」
「モモ!」
「……ニュースとか見ないんですか? 直近の総理大臣だった方ですが」
「他の国の大統領の顔なんて覚えてないよ。しかも昔の」
「大統領じゃなくて総理大臣です。Prime minister。あと辞任したのも2年前ですよ。史上稀な長期政権だったと話題にもなったはずですが……」
「へぇ」
ツッコミを入れて困惑させる。
明日香は何事にも几帳面で真面目だ。
だがまあ、偶然に他国の人間の命を救ったという理由で、外国人に興味もない知識を無理やり詰めこむ必要はないと思うので、
「で、謝礼に金一封でも貰って漫遊か?」
「なら良かったんだけどね」
話を進ませがてらのフォローに、だがキャロルは苦笑する。
「使ってるお金は自分で稼いだお金だよ」
「ヘルバッハの仕事でか?」
「それもあるけど、その後に実入りの良い仕事を受けたのよ」
「そうかい」
返された言葉に舞奈は苦笑し、
「そうじゃなくて、人前で超能力を使ったのを魔術結社に見咎められてね」
「まあ【組合】らしいな」
「目立たないように気をつけたつもりだったんだけど、【念力盾】で2発目をそらしたのがバレバレだったみたいで」
「そりゃ御愁傷様」
続く言葉にまたしても苦笑。
数多ある魔術結社の中でも国内で特に力を持つ【クロノス賢人組合】の活動理念は術者の保護、そして世間からの術者と魔法の隠匿だ。
公共の往来での超能力の使用は残念ながらタブーに抵触する。
それが表の世界の人間の暗殺阻止であってもだ。
事件の瞬間がニュース番組で流されていないのも彼らの差金だろう。
隠し撮りされネットに拡散した動画だけは運よくテックの手に渡った。
だが、じきに件の動画そのものも何らかの魔法的手段で消されるはずだ。
そういう事が【組合】には――魔術結社の術者にはできる。
他の国でも事情は同じなはずだ。
そのくらいの事をしなければ魔法の存在はたちまちのうちに世界中に知れ渡る。
その結果……おそらく毒蜘蛛の大発生なんかとは比べ物にならないほどのトラブルと混乱、事件や犠牲が多発する。
「――で、何らかの処分を下さなければ示しがつかないアルけど、懲戒担当官に預けるのは忍びないということでわたしが預かったアルよ」
「バイトが増えて良かったじゃないか。……おっ待ってました!」
口を挟んできた張に軽口を返しつつ、給された担々麺と餃子に相好を崩す。
「そうなら良かったアルけど、ひとつ条件があるアルよ」
「条件だと?」
「そうアル。彼女たちは【組合】での注目度が高い一般人である舞奈ちゃんの仕事を手伝うことで罷免されるアルよ」
「なんだそりゃ。……まあ事情はわからんでもないが」
張の言葉にひとまず納得してみせる。
要するに彼女らは張じゃなく舞奈に預けられたのだ。
それが今回、張が舞奈たちを呼んだ理由だ。
わざわざ呼び出したくせに普段の依頼の時に比べて対応が淡泊なのも、今回は舞奈の胸先三寸で張の評判とか手取とかが変わったりはしないからだ。
「それ、単にあたしに後始末を押しつけてるんじゃないのか……?」
言いつつ苦笑する。
その側で、明日香は供された天津飯を上品にレンゲですくって頬張った後、卓上のアンケート用紙を取り出して何か書く。
今さら張の店のアンケートでもないだろうに。
そう思った途端、明日香は用紙を畳んでカウンターを滑らせる。
学校の授業中に回ってくる手紙のノリか?
畳んだ手紙は舞奈の目の前を通り抜ける。
そしてメリルの目前まで到達した途端、細い氷の蔓が走って折紙を縫い留める。
超能力者である彼女の十八番【冷却能力】によるものだ。
強力な超能力で周囲を凍らせる技術によって、メリルは氷の巨人イエティと化す。
そのパワーと魔力は明日香やディフェンダーズを苦戦させたほどだ。
件の動画で銃撃犯をぶちのめした氷塊の空き缶も、その能力の応用だろう。
今も食事中に手を止めるよりそっちのが早いか容易らしい。
彼女が幼いながら強力な超能力者である証拠だ。
そして杏仁豆腐を平らげたメリルはげっぷしてから霜の張った手紙を開き……
「木…………兆……?」
「おっ漢字知ってるのか」
判読しようと眉にシワを寄せる。
銀色の髪で色白な彼女にとって、日本語が第二言語なのは瞭然だ。
歳の割に会話は上々だと思っていたら、読み書きもやる気があるらしい。
「それは『もも』と読むアルよ」
「モモ! ……モモ!」
張の言葉にメリルは興奮して叫ぶ。
そんな幼女を見やって張は破顔する。
横目でちらりと見やった明日香はドヤ顔をしていた。
そこで、ふと舞奈は気づいて、
「そういやあんたも日本語ペラペラだが、実は良いところの出なのか?」
「流石のあんたも、そういう事情には疎いんだね」
問いかける。
キャロルは笑う。
舞奈は無言で先をうながす。
「この国って、スパイを防止するような法律も国教もないっしょ?」
「いちおう神道が国教ですが」
「……そういうのは後にしてくれ明日香」
話の腰を折ってくる明日香を制し、
「他の宗派を迫害するような教義がないから共存しやすいのよ。だもんで術者が集まるのに都合がいいから、他の国の術者は可能な限りこの国の言語を学ぶんだよ」
「術者のみんなの井戸端会議の会場って訳か」
「ま、そんな感じかね」
続く言葉に納得する。
言われてみれば舞奈はディフェンダーズの面々とも普通に会話ができた。
頭脳派のKAGEやイリアはともかく、タイタニアやスマッシュポーキーが母国語じゃない言語を普通に喋れるには何らかの理由があって然るべきだろう。
彼女らが術者だからというのがその理由だ。
そう考えればスカイフォールの王女の留学先に我が国が選ばれたのも納得だ。
そう言う事情なら、漢字の書き取りでも手伝ってもらえば自分は楽ができるしメリルちゃんも楽しく勉強ができてWIN-WINだ。だが……
「……いや、それなら丁度いい」
思い直してニヤリと笑う。
「何か面白い仕事でもあるの?」
「まあな。ちょっと友達とハイキングに行くんで、大人の引率役を頼みたいんだ」
「へぇ、面白そうじゃないの」
乗ってきたキャロルを見やってますます笑う。
彼女らに蜘蛛探しの引率を頼む。
その考えに、明日香も異論はないようだ。
メリルはともかくキャロルは大人と言っていい年頃だと思う。
しかも2人とも十分以上に腕が立つのは前回の戦闘で確認済みだ。
そして性格も、舞奈が知ってる大人の中では常識人の範疇に入る。だから、
「あたしらに手伝いを頼むなんて、今度は誰に喧嘩を売ったのさ?」
「言葉通りの意味だよ! ほら何だっけ……プライマリースクールの、普通のガールフレンドを誘って皆でお出かけしたいんだが」
「ああ例の……」
「そうだよ」
妙に勘ぐってくるキャロルの誤解を解く。そして、
「けど彼女の親父さんが、子供だけじゃ危ないからって納得してくれなくて」
「危ないって、サィモン・マイナーがいるのに?」
「あたしがそこまで無茶できるって、普通の知り合いは知らないんだよ」
「ふぅん。ヒーローみたいに正体を隠してるんだ」
「……そうとも言うがな」
「まあ、あたしは構わないけど、子供だけで出かけても危なくないデートスポットくらい、この国ならいくらでもあるんじゃないの?」
「今回は事情があって、少しワイルドな催しなんだ」
「ガールフレンドとワイルドなパーティー? 魚釣り? ……キノコ狩りとか?」
「モモ!」
「いやその何だ……蜘蛛狩り?」
「くもがり? cloud hunting……?」
「いえ、spider hunting……?」
「spider? 何それ趣味!?」
「いや話せば長くなるんだがな……」
明日香と2人、何とか納得してもらおうと事情を説明した……。




