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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第18章 黄金色の聖槍
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戦闘3-1 ~銃技&戦闘魔術vsヘルバッハ

 Wウィルスの黒雲に覆われた新開発区の空の下。

 廃ビルこそまばらになったが相変わらず瓦礫が転がる廃墟の荒れ地を――


「――ずいぶん走ったが、奴の居場所はそろそろじゃないのか?」

「地図の通りの場所にいるなら、この近くのはずよ」

「そいつは重畳」

 舞奈と明日香は軽口を叩き合いながら駆ける。

 つば付き三角帽子をかぶった明日香は黒髪と戦闘(カンプフ)クロークをなびかせて。

 改造ライフル(マイクロガラッツ)を背負った舞奈は小さなツインテールとジャケットをはためかせて。


 実は問うまでもなく、舞奈も明日香も地図は頭に叩きこんである。

 何より舞奈はこの場所に見覚えがある。

 新開発区の中央部が平らなのは、以前に魔獣マンティコアが暴れまわったからだ。

 つい先日はクイーン・ネメシスとミスター・イアソンが対決した。

 シャドウ・ザ・シャークたちもクラフター率いるゾンビ軍団と激突したらしい。

 もっとずっと以前には……ピクシオンが空の彼方から衛星を墜とし、魔獣ケルベロスを木端微塵に消し去った。

 だから、この近辺には行き場のない魔力の残滓が濃く漂っているらしい。

 つまりヘルバッハら魔術師(ウィザード)にとって特別な場所だ。

 舞奈にとっても。


 小さく口元を歪めながら舞奈は背後を盗み見る。

 後ろに続く明日香に心を読む手札が無いのが少し幸いだと思った。


「まさか尻尾を巻いて逃げてるなんてオチはないよな?」

「それでも今回に関しては問題ないわよ。わたしたちは今回の儀式さえ阻止すれば、彼そのものは魔術結社なり王家の術者たちがどうにでも始末できるわ」

「……だといいがな。その時にまた泣きつかれる気しかしないんだが」

 軽口に嫌そうに答える。


 奴を倒す算段はついてはいるが、勝負を先延ばしにしたくない。

 舞奈も皆も、もう十分に待った。

 四国や北海道、あるいは2年前から奴が引き起こしてきた一連の騒動、犠牲、苦悩のすべてが清算される瞬間を。

 そのために舞奈はここに来た。

 ヴィランたちの、歩行屍俑どもの襲撃を仲間の力を借りて潜り抜け、たどり着いた中心部で、探し求めたヘルバッハは――


「おっいたいた!」

 ――幸いにも意外にあっさり見つかった。


「……来たか」

 目の良い舞奈が見やる先、荒れ地に立った仮面の騎士が振り返る。

 相も変わらず黒ずくめの騎士の額には血の色をした仮面。

 両手で抜いた2本の剣も鎧と同じ漆黒。

 つい先日に会った時と何ら変わらぬいでたちだ。


 近くに他のヴィランや怪異もいない。

 人払いをして例の儀式をしていた最中に、2人の到来に気づいたといったところか。

 儀式を完遂したい彼にとっては割とチェックメイトな状況だ。

 なのに元王子の黒騎士は、意外に落ち着いた素振りで2人を出迎える。

 虚勢なのかもしれないが。


 その様子に何処かかつての萩山や、蔓見雷人の姿がだぶる。

 あるいは三剣悟と。

 大きすぎる願いに手を伸ばすために、破滅を覚悟で決戦に臨んだ男たちと。

 何処か不器用で、まっすぐで、ひょっとしたら出会い方が違ったら戦わなくても良かったかもしれない男たちと。


 ……だが今、舞奈がやるべきことはひとつだ。


「待たせたな黒○○野郎!」

「ああ! 待ち侘びたとも!」

「そりゃどうも!」

(……ん?)

 挨拶代わりの軽口に、隣で露骨に顔をしかめた明日香は無視。

 先方から返された言葉を訝しむ。


 確かに舞奈は奴を追いかけてきた。

 だが奴に舞奈たちを待つ必要はないはずだ。

 単に儀式を完遂したいのだから、舞奈たちは邪魔者に過ぎない。

 だからヴィランをけしかけ、歩行屍俑と泥人間の集団を擁して侵入者を阻んでいたのではなかったのか?


 だが、のんびり考えている暇もない。


「Please,Ildanach! Lightning bolt!」

「おっ! そりゃ話が早いぜ!」

 呪文と共に、両手でかざした2本剣の先から稲妻が放たれる。

 ケルト魔術【稲妻(ライトニング・ボルト)】。


 前口上も警告もない、出会い頭の攻撃魔法(エヴォケーション)

 ヘルバッハはいきなり仕掛けてきた。

 だが舞奈も奴もやるべきことは決まっているのだから、言葉を交わす必要もない。

 それが【思考感知(ディテクト・ソウツ)】で心を読み、【奸智(カニング)】で預言できる奴のやりかたか?

 あるいは儀式が間に合わなくなりそうで切羽詰まっているだけか?

 どちらにせよ話が早くてやりやすい。


「――けどな!」

「ちっ! 避けたか!」

 剣から放たれた【稲妻(ライトニング・ボルト)】は舞奈にかすりもしない。

 まばゆいプラズマの砲弾のひとつは、何気なく跳んで避けた舞奈の小さなツインテールの端を焦がしながら虚空へ消える。

 当の舞奈は口元に笑みを浮かべたまま動揺すらしない。


 正直、奴の稲妻は以前に戦ったクイーン・ネメシスの【放電撃(エレクトロ・ブラスト)】ほど威圧感もパワーもない。ただ当たると消し炭になるものが飛んでくるだけだ。


 何なら幼少の頃に明日香が放った【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】の方が怖かった。

 初めて彼女と共闘した際に、舞奈が避ける前提で背後から撃ったのだ。

 あれは酷いと今でも思う。

 同級生の共闘相手を何だと思っていたのだろう?


 それに比べれば目前の黒騎士の敵意などぬるい。

 まるで狂犬の隣に並んだ上品なワンちゃんの鳴き声だ。


「ちょこまかと動き回る目障りなカトンボめが!」

「性分なんでな!」

 黒ずくめのワンちゃんの叫びに笑みを返す。

 魔術師(ウィザード)が放った攻撃魔法(エヴォケーション)を恐れるそぶりも見せずに避けた舞奈を見やり、仮面の下の形の良い口元が歪む。


 対して舞奈はただ、笑えばいい。

 奴は常時発動しているらしい【思考感知(ディテクト・ソウツ)】で舞奈の心を読める。

 だから口に出して挑発する必要すらない。

 心の奥から湧き出るナチュラルな感情が、奴の冷静さを勝手に削ぐ。


 一方、小型拳銃(モーゼル HSc)を抜いた明日香を狙った稲妻は、次の瞬間、かき消える。

 こちらは【対抗魔術・弐式コンターマギー・ツヴァイ】で奴の稲妻を消去したのだ。


「な……っ!」

 黒衣の騎士の口元がますます歪む。

 魔術師(ウィザード)魔術師(ウィザード)

 カタログスペック上は互角なはずの敵の魔術に、あえて反転される危険のある魔法消去で対処したのは明日香なりの挑発だろう。


 心を読む魔術で術者の思考は読めないから腹の読み合いでも奴と明日香は互角。

 だが明日香は、敵は牽制代わりの攻撃魔法(エヴォケーション)を本気で守らないと見当をつけた。

 仮に消去を反転されて小型拳銃(モーゼル HSc)を破壊されても、明日香は戦闘(カンプフ)クロークの中に替えの得物を山ほど隠し持っている。

 万が一に消去しきれず喰らっても【反応的移動レアクティブ・ベヴェーグング】で回避は可能。


 対して消去に成功して得られるのはヘルバッハの魔術が消去されたという事実のみ。

 だが、その事実は誇り高い彼に対して揺さぶりになるはずだ。


 そう一瞬で判断したのだ。

 まったく明日香の底意地の悪さは相変わらずだ。

 そんな舞奈の思考を読んでいるヘルバッハにとって、その分析もまた挑発になる。

 だから――


「――Please,Morgan le Fay! Hold person!」

 ややヒステリックな声色で、ヘルバッハは矢継ぎ早に施術。

 マーサと同じ師匠譲りの高速施術は彼の数少ない利点だ。

 そんな技術で放たれた次なる魔術には光も音もない。

 だが心の中に、頭の中に響く何か。

 即ち【人間の束縛(ホールド・パーソン)】。

 奴は精神を縛る魔術で生意気な子供を無理やりに『黙らせ』ようとしたのだ。


 心が止まれば動きも止まる。

 身体がすくみ、身体を動かそうと思えなくなってしまう。

 そうなれば最後。いかに素早かろうと人形と同じ。

 避けることも防ぐこともできなくなる。

 相手が術者であっても同じだし、その場合は施術も不可能。だが――


「――何だと!?」

 ヘルバッハは驚愕する。

 効かなかった。

 舞奈にも明日香にも。


 実はそもそも効きようがないのだ。

 何故なら魔術による精神の拘束は、魔力でかさ増しした威圧や言いくるめと同じ。

 そして裏方から数々の悪事を企んでいただけのヘルバッハは、奴の起こした一連の騒動に翻弄されて経験を積んだ舞奈たちの心のありようには敵わない。

 舞奈は身体だけでなく、心もタフで機敏だとクラリスからも太鼓判を押されたほど。

 加えて明日香は底意地の悪さを極めている。


 それに奴は巧妙で派手なパフォーマンスを計画するのは得意らしい。

 だが正面から敵意をぶつけ、ぶつけられるのは苦手なようだ。

 むしろ今なら彼が無力だと決めつけ誘拐しようとしたルーシア王女のが強い。

 そんなことを考えて笑った途端、ヘルバッハが身を硬くする。

 舞奈の思考に反応したか。


 だが舞奈は既に別のことを考えていた。

 明日香の姿が見えないのだ。

 気配もない。

 彼女の十八番、【迷彩(タルヌンク)】【隠形(タルンカッペ)】を併用した隠形術だ。


 舞奈の思考に釣られ、ヘルバッハがもうひとりの子供の姿を探す。

 あたり一面に瓦礫以外は何もない開けた場所に、隠れる場所などない。


 正直、こちらの防御手段も相手の力量が自分より上なら確実性が薄い。

 あるいは単に自分より経験豊富な相手であっても同じだ。

 現にクイーン・ネメシスは彼女の隠形を見破って一撃を喰らわせた。

 歩行屍俑と最初に戦った時など物量に圧されて姿をあらわさざるを得なくなった。

 加えてヘルバッハは【戦場の奸智(コンバット・カニング)】で一瞬先の未来を見ることができる。

 明日香も術者だから【思考感知(ディテクト・ソウツ)】で思考は読まれないにしても、本来ならブラフを仕掛けようとは思わない状況だ。


 ……だが奴に、ヘルバッハに対してなら余裕らしい。完全に舐めている。


「おのれ! 小癪な小娘が!」

「あたしじゃなくて明日香に言えよ」

 舞奈の思惑にヘルバッハが激怒。

 そのまま双剣を構え、【加速(ヘイスト)】による超加速で襲いかかろうとした途端――


「――くっ!」

 黒騎士は【空間跳躍ディメンジョン・リープ】による短距離転移で舞奈と距離をとる。

 舞奈も跳び退る。

 次の瞬間、2人の残像をプラズマの砲弾が飲みこむ。

 言わずと知れた【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】。

 正直、奴が初手で撃ってきた【稲妻(ライトニング・ボルト)】より派手で速い。


 二段重ねの隠形術で姿を隠した明日香は、満を持して援護射撃を始めたのだ。

 しかも奴が動き出した直後の、嫌がらせのようなタイミングを狙って。

 明日香も奴が【思考感知(ディテクト・ソウツ)】【戦場の奸智(コンバット・カニング)】で戦況を有利にできると知っている。

 だから姿が見えず心も読めず、見えない攻撃を繰り出せる自身と、問答無用で攻撃を避ける舞奈のコンビネーションで敵の集中力を削ぐつもりなのだろう。


「おのれ!」

「……あいつはいつもそうなんだよ」

 苦笑しつつ、仕方なく斬りかかってくる黒騎士の斬撃を避ける。

 太刀筋にビックリするくらいキレがないのは見えない攻撃を警戒しているからか。

 物理法則を捻じ曲げてまで高速化する【加速(ヘイスト)】が、躊躇のせいで台無しだ。


 なるほど明日香は簡単な攻撃魔法(エヴォケーション)なら自身から離れた場所を起点に発動可能。

 おまけにヘルバッハは彼女の隠形を見破れない。

 つまり明日香は気分次第で任意のタイミング、任意の場所から攻撃が可能。

 敵からすれば、何時、何処から撃ってこられるかわからない。

 明日香が気分次第で攻撃魔法(エヴォケーション)を行使するつもりなら、【戦場の奸智(コンバット・カニング)】は壊れた警報のように常に低確率での奇襲や被弾の可能性を術者に伝え続けるはずだ。

 考えるだけで気が滅入る。

 まった明日香は他人が嫌がる戦術を常に模索し、実践できる最高のパートナーだ!

 相対した敵には同情するほかない!


 おそらく奴が【空間跳躍ディメンジョン・リープ】による短距離転移を使った強襲を仕掛けてこないのも、ワープアウト直後の隙か何かをつかれることを恐れているからだ。


 そう。

 奴も奴で、必要以上にミスを恐れている。

 ミスした後にどうフォローすればいいのかよくわからないのだろう。

 たぶん実戦の経験が少ないのだ。


 少なくとも今までは負けたことも苦戦したことも、裏をかかれたこともなかった。

 リスクとメリットを一瞬の天秤にかけた経験もない。

 その選択を後に悔やんだことも。

 要するに奴の戦い方には自分自身の基準がない。教本の丸写しだ。

 学んだことのないことはできないし、しない。

 才能や技術と違って場数を踏まないと手に入らないものを、奴はまだ持っていない。


(明日香の奴、相手が警戒してるなら撃ってこなないんじゃないか?)

 と、思わず考えた途端に奴の動きにキレが戻る。


 ……素直でよろしい。


 だが奴の才能や技術も正直、それほどでもない。

 少なくとも近接戦闘の技量は舞奈に遠く及ばない。

 現に【加速(ヘイスト)】の魔術で物理法則を無視して高速化しているのに、奴の2本の剣は舞奈をかすめることもできない。

 それを鑑みて舞奈を近づけないようにする訳でもなかった。

 銃を持った相手と撃ち合うのが嫌なのだろうか?

 別に剣でも舞奈に勝てないのに、公園での失態から何も学べていない。


 もう奴になら心を読まれるのも構わない気がした。

 どのみち明日香の位置は舞奈もわからないのだ。


 だから避けようと考える暇もなく舞奈の左右を通り過ぎていく2本の剣をただ意識しながら、舞奈の思考は別の場所に向かう。

 それは今、舞奈の知らない何処かで何もせずに敵を妨害している明日香のこと。


 彼女は3年前に出会ったその時から性格の悪さを剥き出しにしていた。

 その結果が小3女子同士の異能バトルじみた殴り合いだ。

 思い出す度に、あれは大人げなかったと思う。

 周囲もたまったものじゃなかっただろう。


 だが舞奈にない才能を持った彼女は舞奈の無二のパートナーになった。

 きっかけは、今ならわかるがヘルバッハの2年前の悪だくみだ。

 その時に舞奈は失ったものの代わりを、たぶん見つけた。

 その事実に舞奈は満足しているのだと思う。

 だから世界を変えるためでなく、守るために戦っている。

 たぶん彼女も。


 いつかクイーン・ネメシスの誘いを蹴ったのも同じ理由だ。

 だがまあ、あのクイーン・ネメシスが、舞奈と明日香を仲間にしたいと言ったのは今となってはまんざらでもない。

 まあ実際は彼女が舞奈たちの仲間になったのだが――


「――我々の半分も生きていない子供が! 上から目線で!」

「うるせぇ! ちょっと生まれが良いくらいで大人の代表面すんなよ!」

「貴様こそ黙れ! Fire ball!」

 ほぼゼロ距離から放たれた【召喚火球コンジャード・ファイアボール】を舞奈は難なく跳んで避ける。

 至近弾でも爆発する厄介な火の玉も、かすりもしなければ宝の持ち腐れだ。

 少し離れた地面に当たった火球が爆発して火の粉を振りまく。

 その様子を見やって奴が舌打ちした途端――


「――!?」

「――おい!」

 全然関係ない方向から数個の火球が飛んできた。

 明日香の【火球・弐式フォイヤークーゲル・ツヴァイ】だ。

 ヘルバッハが怒りに警戒を忘れた隙に、当てつけたような同等の魔術。


「くっ!? Protection from Fire!」

 避けられないと察したらしい。

 黒騎士は短い施術で【火からの防御プロテクション・フロム・ファイア】を行使して炎と熱を防御する。


「糞ったれ!」

(明日香の野郎! みゃー子と同レベルなことしやがって!)

 奴と違って便利な防護手段のない舞奈はあわてて跳び退って避けながら、


「負け犬なら負け犬らしく、誰にも迷惑かけないように引き籠ってパンツかぶってりゃ良かったんだ糞野郎!」

 罵倒をぶつけつつ黒衣の騎士の懐に跳びこむ。

 明日香に対する理不尽な怒りを目の前の相手にぶつけてきたのは奴のが先だ。

 だから改造ライフル(マイクロガラッツ)を両手で構え――


「――糞だと!? 2回も言ったな!? 糞の何が悪い!!」

「ええっ!? キレる場所そこか!?」

 戸惑いながら再び跳び退る。

 大口径ライフル弾(7.62×51ミリ弾)が地を穿つ。


 別にビックリしたから貴重な特殊弾を外したという訳じゃない。

 そもそも思いつくままに罵倒しただけで、特定の答えを求めていた訳でもない。


 だが今の返しに驚いたのも事実だ。

 奴が本当は日本語をあまり理解してなくて、実は意思疎通できてないのか?

 元王族と廃墟暮らしのカルチャーギャップか?

 あるいは意匠返しに舞奈の動揺を誘おうとしている?

 いや、奴にそういう腹芸はできないし、できるなら他にいろいろやりようがある。


 それでも無理やり思考を元に戻す。

 別に舞奈は明日香と違って知識に貪欲な訳じゃない。

 奴の思惑を知るためにコストやリスクを引き受けるつもりはない。

 舞奈の短い人生で、そういうことをして良い目に遭ったことがないからだ。


「だいたい! その仮面で、あんたは何を得たよ!?」

 再び油断なく改造ライフル(マイクロガラッツ)を構えながら問う。


 そもそも以前に砕いたはずの、奴の仮面も何時の間にか直っている。

 殴山一子に妖術に関する知識を与えた石とやらと同じ色をした仮面が。

 舞奈に20年後の夢を見せた石と同じ色をした。

 以前のものと寸分違わぬデザインのものを用意してあったとも思えないし、何らかの手段で修復したのだろう。


 それ以前に奴は配下のヴィランたちに数多の魔道具(アーティファクト)を貸し与えていた。

 強力な大魔法(インヴォケーション)である【智慧の大門マス・アーケインゲート】の指輪すら。


 そう舞奈が考えていることは【思考感知(ディテクト・ソウツ)】で奴にも伝わっているはずだ。

 それに対して何も言わないということは肯定なのだと勝手に決める。

 異論があるなら勝手に心を読んで言い返すことが奴にはできる。


 魔道具(アーティファクト)の修復や創造は高度な技術だ。

 そんな技術を、魔術を、奴は仮面から得たのだ。

 自身が習練によって会得できなかった高度な魔術を。


 その知識そのものは彼の人生にとってプラスなのだろう。

 だが、その事実そのものも必ずしもそうとは限らない。

 努力しても得られず挫折したものを、ほいと余人から差し出される。

 それが差し出されたものを受け取った事実と合わせて男のプライドを傷つけるに足るものだということは、女子小学生の舞奈にだってわかる。


「貴様の!? その余裕が! サィモン・マイナー!」

「気に障ったんなら謝るよ!」

 ヘルバッハの怒涛の斬撃を、苦笑しながら続けざまに避ける。

 実は彼と相対してから、回避しなくちゃと意識したことは一度もない。

 刃が勝手に避けるのだ。

 その気になれば、何故に当たらないかコーチすることもできる。

 そのくらいの力量差がある。


 そんな舞奈の格闘戦の技量は舞奈自身が身に着けたものだ。

 エンペラーからの刺客との攻防で、生き残るためにそうせざるを得なかった。

 フェアリはピクシオンの魔法のドレスをくれたが何かを教えてくれた訳じゃない。

 一樹のような圧倒的な殺し方も、美佳のような恐ろしい魔術も、幼かった舞奈は会得することができなかった。

 だから自分にできる――自分にしかできないやりかたで戦い方を確立した。

 その結果がたまたま海外にまで名が知れた【機関】Sランクだっただけのことだ。


 ……にしても、明日香が撃ってこないのは舞奈と奴の距離が近すぎるからか?

 あるいは会話の行方が気になるか?

 そう考えて、


「初めてあたしの名前を呼んだな! バッハさんよ!」

「高貴なる者には強者を称える責務があるのだよ!」

 口に出した言葉に返ってきたのは意外に素直な言葉だった。

 言い慣れているのだろうか?


 だが年の離れた妹であるルーシアと違って、彼にとってその責務は重荷だったのだろうと何となく舞奈は思う。

 同じ台詞をレナに言ったら今でも怒鳴られるくらいはしそうだ。

 そんな舞奈の思考を途切れさせようとするかのように、


「だが、わたしには目的がある!」

「それは前にも聞いたよ! っていうか目的もなくこんなことされてたまるか!」

 黒騎士は剣を振り回しながら、舞奈は避けながら言葉を交わす。


「なら貴様のようなサルにもわかるよう何度でも良い聞かせてやる!」

 ヘルバッハは語る。

 ひょっとして、誰かに理解してもらいたいのだろうか?

 心の片隅でそう思いながらも……


「……白い宇宙に輝く黒き星! 偉大なる異世界への扉! 黒々と開く異世界の扉から猛者を呼び寄せ、強者だけの世界にすることこそが――」

「――いや何度聞いても、くだらねぇものはくだらねぇよ」

 やはり一笑にふす。


 だが彼はピクシオンと――美佳や一樹と似ているのかもと少し思った。

 彼はそのくだらない目的を、孤立無援で成そうとしているから。

 あまりに強すぎて、周囲と比べて異質すぎて救いの手を求められなかった今はいない仲間たちと、何処か似ている。

 そんな思考を、ヘルバッハは舞奈の隙だと見なしたたしい。


「そういう貴様こそ! その仲間とやらを守れなかったのだろう!?」

「うるせぇ! てめぇなんか守る女いねぇじゃねぇか!」

「ええい黙れ!」

 得意げなヘルバッハの言葉に舞奈は思わず罵倒を返す。


「ならば今の貴様が戦う理由は何だというのだ!?」

 ヘルバッハは剣を振りかざして斬りかかりながら問う。

 見えない明日香からの攻撃を避けるためか?

 いや、それなら今しがた明日香から舞奈もろとも火球をぶつけられた。


 あるいは剣で戦うほうが魔術を使うよりやりやすいのだろうか?

 彼は本当は魔術ではなく剣の道を目指したかった?

 同じように才能がないなら。


 だが舞奈の思考はすぐさま別のことへと移り変わる。

 舞奈が戦う目的、数多の少女たちのことだ。

 守れなかった美香と一樹の代わりだったはずなのに、今では誰もが無二の友人たち。


 明日香やテックのような協力者はなおのこと。

 園香、チャビー、クラスの友人たち。

 奈良坂やサチたち【機関】の同僚たち。

 他の組織の協力者たち。


 それに今回の件で知り合ったレナやルーシア。

 少なくとも今回の戦いは、自分たちだけでなく彼女らスカイフォールの王女たちを運命の楔から解き放つためでもある気がする。


 ……ああ、そういう意味では麗華様もか。


 まーあのアレな友人も、今回の戦いの理由じゃない訳でもない。

 いちおう舞奈からしたら一連の事件の発端は彼女が誘拐された一件だ。

 スカイフォールの王家の血を引いているというのも事実のようだし。


「その娘っ!?」

「えっ? 麗華様か?」

 振り回された剣の切っ先で前髪が散るのを見やりながらビックリ。


 また思考の変なところに反応したなと舞奈は訝しむ。

 女友達が欲しいなら他にもっと相応しい女子小学生がたくさんいる。

 そんな表層思考の変化に気づいたのだろう。


「ええい! 貴様のくだらん交友関係などどうでもいい!」

「ああ! あんたにとってはそうだろうな!」

 叫びながら跳び退る。


 だが油断なく身構えた舞奈に対し、奴は何かに動揺したらしい。

 今まで以上に……舞奈が見逃すはずもない特大の隙ができている。


 対して舞奈も我に返る。


 そもそも舞奈には別に彼と接戦する理由はない。

 教師になってやる謂われもない。

 ただ片付けたいだけだ。

 それが彼が彼自身の行いを清算する唯一の方法だから、


「無駄話はここまでだ。もう終わりにする」

 その言いようが、かつての一樹にちょっと似ていると思って苦笑する。


 途端、舞奈の思考を読んだかのように援護射撃。

 一見すると2人まとめて片付けようとしている弾道の【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】――まばゆいプラズマの砲弾を舞奈は余裕で、ヘルバッハは辛くも避ける。

 普通に避けたということは転移する心理的な余裕もないか。


 そう考えながら、ほぼ手癖で改造ライフル(マイクロガラッツ)を構えて撃つ。

 もちろん奴に防御や回避の手札を切る余裕はない。

 光り輝く大口径ライフル弾(7.62×51ミリ弾)

 奴を守るWウィルスに対抗可能な特殊弾が、黒い鎧を蜂の巣にする。


 そもそも舞奈がここに来たのは奴を葬るためだ。

 他の選択肢はない。

 それだけのことを奴はしたのだ。

 四国で、北海道で、この街で、人々から多すぎるものを奪った。

 それは奴が未熟だからとか、世間知らずだからとか、顔もスタイルも良さそうなのに女友達もいなさそうだとかいう理由で免責される範囲を超えている。だが……


「……野郎!」

 舞奈は跳び退って身構えながら口元を歪める。


 対するヘルバッハは自身の鎧の隙間に残る弾痕を見やって……笑う。

 全弾ぶちこんだ大口径ライフル弾(7.62×51ミリ弾)は、今回もまた鎧の隙間に滑りこんで奴の身体をズタズタに引き裂いていた。

 外した訳でも、弾かれた訳でもない。


 ……だが思うほどの効果もない。


 体内のWウィルスを分解されて果てるはずの奴は、まだ普通に動いている。


 その理由も何となくわかる。

 周囲が妙に薄暗い。

 空が暗いからとは少し違う感じで。


 思えば先ほど光った弾丸も、本来の挙動ではない気がする。


 周囲の空気に高濃度のWウィルスが混ざっているのだ。

 ウィルスの結界に閉ざされた四国の一角すら問題にならない量の。

 大気中に充満したWウィルスが、対抗ウィルスのパワーを削いでいるのだ。


 明日香の攻撃の頻度が妙に低い理由にも気づいた。

 余裕をかましてタイミングを見計らっていた訳ではない。

 自身の魔術がウィルスに妨害されていると察し、施術に時間をかけて魔力を収束させていたのだ。

 それを隠形を維持しながらできる腕前は見事だ。

 だが手札が制限されている事実は変わらない。


「貴様が何者であろうとも! 誰の力を借りようとも! この場所でわたしを倒すことはできぬ!」

 ヘルバッハは尊大に笑う。


「……この野郎、有利になった途端に気が大きくなりやがって」

 舞奈は口元を歪める。

 用意した特殊弾が効かなかったから……というより麗華や王女たちの何かを無駄にされたみたいで嫌な気分だ。


 だが、どんなに顔をしかめてみても、不利な状況は変わらない。

 この思いがけぬ障害に対し、何らかの対策を講じなければ今回の舞奈たちの、仲間たちの決起は無駄になる。


 同じ頃。

 新開発区上空に鎮座するに機甲艦(マニューバーシップ)フォート・マーリン級のブリッジで――


「――預言の結果は予想通りでしたよ。術士団の皆様方の見解も同じです」

「そうだか……」

 入室してきたソォナムがニュットに告げる。


「やはり、この黒い雲は……」

「うむ、超高濃度のWウィルスなのだよ」

 副官として乗り合わせているマーサの言葉にニュットは答える。


 眼下で舞奈たちが直面している問題に、遅まきながらニュットらも気づいたのだ。

 ヘルバッハに無限のパワーを与えるWウィルスが濃縮された黒雲を早急に除去しなければ、奴らに抗するべく皆がしてきたことは無駄になる。だから、


「何らかの……対策を講じなければならないのだ」

 柄にもなく口元を歪め、ひとりごちた。


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