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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第18章 黄金色の聖槍
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You alive ~装脚艇&セイズ呪術vs歩行屍俑

 黒雲が立ちこめる不吉な空の下。

 廃ビルが立ち並ぶ新開発区の中心部近くで、


野牛(ウルズ)!』

 低めのビルと変わらぬ背丈の装脚艇(ランドポッド)が、周囲の虚空から粒子ビームを放つ。

 強烈なビームは避ける間もなく歩行屍俑の土手っ腹を穿つ。

 強固なはずの鋼鉄の装甲を貫かれた巨人は爆発、四散する。


 ルーン魔術【雷弾(ブリッツ・シュラーク)】を機体の動力を使って強化しているのだ。

 何せ装脚艇(ランドポッド)のジェネレーターそのものが彼女が創った魔法石とかいう代物らしい。

 相性もばっちりだ。


 奮戦最中の騎士たちの元に颯爽と登場したレナのRWカスタム。

 ルーシアのる阿含(アーガマ)

 レナは早速、遅れてきた鬱憤を晴らす如く苛烈な魔法攻撃を喰らわせ始めた。


「ヒュー! やるねぇレナちゃん」

 同じ背丈のウォーメイジ複座機のコックピットで舞奈は笑う。

 そうしながら外部モニターの端に映ったレナ機の獅子奮迅の活躍を見やる。

 側のレーダーの各所でも奮戦する他のウォーメイジたちが動いている。

 もちろん数多の敵機、歩行屍俑も。

 舞奈がほぼ手癖で操縦桿を操り、引鉄(トリガー)を引いた途端に自機の位置を表すレーダー中心に近い敵機がまとめて消える。


『まだまだ! こんなものじゃないわよ!』

 通信モニターに映ったレナの勝気な宣言。


 続く魔術語(ガルドル)と共に、ウォーメイジRWカスタムは次なる粒子ビームを放つ。

 施術に必要なルーンは、他より少し豪華な装飾が施された機体の腕や肩のスリットから金属片を放つことで賄っているらしい。

 ルーン魔術師用にカスタムされた機体なのだろう。

 そんな頼もしい僚機が映ったモニターから目を離し、


「それに機体の反応が良くなったのはルーシアさんのおかげか?」

「察しが良いな。流石はサィモン・マイナー」

 レナに負けじと重機関銃(キャリバー50)で歩行屍俑どもを屠りながら舞奈は笑う。

 後部座席のゴードンが誇らしげに答える。

 鼻にティッシュ詰めてふごふご言いながらなのは御愛嬌。

 幸いにルーシアとは本当に今回の一件で初めて会ったので、特に何もない。


 そんなルーシアが操る阿含(アーガマ)は、ウォーメイジとは一線を画した機体だ。

 パラシュートを使わず、あぐらをかいた体勢で自力で降りてきたのもそうだ。

 だが何より、東洋の宗教画じみたデザインと6本の腕が印象的だ。

 人型の左右2本の腕と、印を結ぶための背中の4本の腕。

 ちょっと阿修羅像に似ているか。


 例によって明日香のうんちくによると本来はチベット軍の機体らしい。

 親交の証として先方から寄与されたものなのだそうな。

 大型怪異との戦闘の最前線でもあるチベット製の装脚艇(ランドポッド)は質実剛健。

 一説によるとルーシアの留学先も、この機体の特性を生かすべく高名な仏術士がいる地域から選定されたらしい。


 そんな由緒ある異形の機体の拡声器から漏れ聞こえるのは耳に馴染んだ旋律。

 セイズ呪術【勇猛たる戦士の旋律サング・ウォバービーネリング】を行使しているのだ。

 優れたセイズ呪術士であり装脚艇操手(ポッドテイマー)でもあるルーシアは、生身での戦闘と同じように騎士たちのウォーメイジを強化している。


 人に使えば気功に似た内面からの強化で身体能力を底上げする付与魔法(エンチャントメント)

 その御力は装脚艇(ランドポッド)に対しても有効らしい。

 ジェネレーターの出力や駆動系の強度や精度がバランスよく強化される感じだ。

 舞奈のウォーメイジの反応も、外部モニターやレーダー、リンクから察せられる他の機体の動きも、門外漢の舞奈ですら感じ取れるほど明確に速く力強くなっている。


 超能力(サイオン)を操る騎士団の皆は、先ほどに増して素早い動きで敵を屠る。

 指揮機でもある舞奈機が敵機を蜂の巣にする側、ゴードンの【精神剣(マインド・ソード)】をワイヤーや跳弾に宿らせて別の敵機の動きを止め、ついでに足元の泥人間を蹴散らす。

 そこに殺到した僚機が【氷結剣(クリオ・ソード)】【放電剣(エレクトロ・ソード)】で両断する。

 距離の離れた敵は同じ超能力(サイオン)を宿らせた重機関銃(キャリバー50)で蜂の巣にする。


 明日香やレナも負けじと魔術を放って敵を破壊する。

 レナの【雷弾(ブリッツ・シュラーク)】。

 ウォーメイジ単座機を駆る明日香の【雷弾・弐式ブリッツシュラーク・ツヴァイ】。

 各々のウォーメイジのジェネレーターで強化された粒子ビームが、雷撃が、腐った鋼鉄の巨人を蜂の巣にする。


 ……だが、それでもレーダーにひしめく敵の数は減っていない。


 それどころか殲滅速度は先ほどより鈍っている。

 足元で蠢く泥人間の群のせいだ。


 確かに騎士たちは歩行屍俑を1機ずつ確実に仕留めてはいる。

 舞奈や明日香、レナも相当量の戦果をあげている。


 だが大量の泥人間が戦闘の妨げになっているのも事実だ。


 レーダーには映っていないが、今や敵は歩行屍俑の群と、文字通り海のように押し寄せる泥人間の混成部隊だ。

 舞奈も他の騎士たちも、機動するごとに泥人間を蹴散らしている状況だ。

 ウォーメイジが如何に強力でも、足元で異能力を使う人間サイズの群れを無視できるほどではない。少しづつだが着実に機動を制限されている。

 例えば人間が足元に散乱するビーチボールを蹴散らしながら戦うようなものだ。

 しかも割合でまぎれた【装甲硬化(ナイトガード)】は意外に硬く、下手な踏み方すると転倒する。


 こいつらに【勇猛たる戦士の旋律サング・ウォバービーネリング】での有利が相殺されているのだ。


 かといって泥人間の排除に人手を割く余裕もない。

 正直、押し寄せる歩行屍俑を対処するだけで人手はギリギリだ。

 装脚艇(ランドポッド)による人間サイズの怪異の排除という効率の悪い作業をする余裕はない。


 要はジリ貧だ

 機動力を回復させる一手を打つ機動力がない。


 こればっかりは、いくら舞奈や明日香やレナがいてもどうにもならない。


 あるいは今、ここにKAGEやベリアル、魔術結社の魔術師(ウィザード)のような熟達した術者がいれば何か有効な手立てを考えてくれたのかもしれない。

 だが今、この場所にいるのは数多いが能力は人並な騎士たち。

 対して強力だが経験の少ない子供たち。

 それだけの手札で、この苦境を乗り切らなければならない。


 舞奈たちの目的は歩行屍俑や怪異どもとの飽くなき闘争ではない。

 この先にいるヘルバッハの打倒だ。

 のんびりしていると奴の儀式に間に合わない。


「そういや上に、あんたたちの機甲艦(マニューバーシップ)がいるんだよな?」

「まあフォート・マーリン級にマーサや術士団がいるが……」

 ほぼ手癖でウォーメイジを操り、歩行屍俑を屠りながら背後に問う。

 やや歯切れの悪いゴードンの声色を訝しんだ直後、


「そいつに援護を頼めないのか?」

「我々が降りてからでは砲撃支援は無理だ」

「それなら降りる前に蹴散らせば良かったんじゃないのか?」

「おまえたちがいたからだ。それに装脚艇(ランドポッド)隊の降下に先立つ砲撃では大魔法(インヴォケーション)を使う。下手をすればディフェンダーズや【機関】の協力者も巻きこむぞ」

「そっか……」

 続く問いに対する答えに口元を歪める。


 まあ、そういうことなら上から手出ししてこないのも仕方がない。

 そもそも砲撃で目標地点を焼け野にしてから降下するのが彼らの本来の戦術らしい。

 彼らにとって、装脚艇(ランドポッド)のみによる降下という今回の作戦がイレギュラーなのだ。


 ……四国での一件と同じように。


 まったく気に入らない。


 できる限り泥人間を蹴散らしながら舞奈はふと、20年後の夢の中で轡を並べて仲間たちのことを思う。

 何かを暗示する如く、その後に出会った仲間と同じ名の勇士たち。

 もし彼らと、彼らの駆る装脚艇(ランドポッド)の力を借りられたなら……?


 そんな益体もないことを考えたのは、コックピットに収まって生死を賭ける今の状況に、夢の中の戦場の臭いを思い出してしまったからだ。

 単なる気の迷いだ……否。


「……なあ、ゴードンさん」

「皆まで言わずともよい」

 問いの内容は当然ながら後部座席の彼には筒抜けだ。

 彼は【精神読解(マインド・リード)】で舞奈の心を読める。だから、


「レナ様の御力を借りられないかと思っているのだろう?」

 続く言葉を無言で肯定する。

 思わず無意識に、機体の操作と照準に集中する。


 レナが修めたルーン魔術には【勇者召喚フォアーラードゥング・エインヘリアル】という術がある、

 異能力者の故人を式神として召喚する大魔法(インヴォケーション)だ。

 たしかレナ自身も使えると、何かのついでに聞いたことがある。


 そんな大魔法(インヴォケーション)による特別な召喚物が通常の式神と異なるのは、元となった故人と同じ死因でしか倒されないということだ。

 それはルーン魔術の使い手がオーディンの御業の継承者と謳われる所以だ。

 勇猛なる仲間の死は彼ら、彼女らにとって力になる。

 悲痛な別れの数だけ戦場にあらわれる、実質的に無敵の式神だ。

 こんなに頼もしい味方はいない。だが……


「……結論から言えば、おそらく可能だ」

「そういう風に働くのか……」

 ゴードンの答えに思わずひとりごちる。

 少し意外な答えだと思ったが、本気でそう思っていたならそもそも聞かない。


 つまり【勇者召喚フォアーラードゥング・エインヘリアル】であらわれるのは故人そのものじゃない。

 正確には故人にまつわる記憶を元に創られた式神ということだ。

 術者とその仲間があらわれて欲しいと思っている、かつての戦友の現身。


 ある意味、他のあらゆる召喚魔法(コンジュアレーション)と変わらない。

 明日香の式神が兵器の精確な青写真を元にこの世界に顕現するように。

 楓のメジェド神が楓自身の芸術性に根差して強化されるのと同じように。


 ということは、当術の最大の特徴でもある召喚物の不死性は、失われてはいけないはずだったものに対する想いの強さに根差すものなのだろうか?


 ……いや、そんなことは今はどうでもいい。


 今の言葉が確かなら、術が情報を取りこむ範囲内に舞奈がいれば、この場所に20年後のレジスタンスの仲間たちを召喚することができる。

 夢の中での凄惨な末路以外の手段では決して破壊されない装脚艇(ランドポッド)

 同じ特性を持った装脚艇操手(ポッドテイマー)たち。だが……


「だがルーシア様が……」

 ゴードンは言い淀む。


 その思惑を、別に心が読めなくても察することはできる。


 ルーシアは四国の一角で多すぎる友人を失った。

 彼らすべてが異能力者だったはずだ。

 レナが【勇者召喚フォアーラードゥング・エインヘリアル】を使えば、この場所にあらわれる。


 大切な友人たちの喪失を受け入れて間もない心優しい彼女が、魂無き式神として召喚された友人たちの姿を見て何を思うか?

 王女に仕える騎士である彼は、そう考えているのだろう。

 舞奈も同じ考えだ。

 現に以前、マンティコアとの遭遇でニュットが当術を行使してあらわれた幼馴染や弟と対面した小夜子や紅葉ですら取り乱した。

 彼女らは戦場に慣れたはずの執行人(エージェント)仕事人(トラブルシューター)なのに。

 彼女らが大事な人を失ったのは1年前なのに。


 だが、それを理由に舞奈が提案を取り下げようとした刹那――


『――お話は聞こえていますよ、ゴードン。舞奈様』

 通信モニターに映るルーシアの姿。


「レナ様、これは――」

 あわてるゴードン。


『お気遣いは大変うれしく思います、ゴードン』

 対して微笑むルーシアの表情は何処までも優しい。


 だが口元はきつく引き締められていることに舞奈は気づいた。

 何かを決意した表情だ。


 ……何時かヘルバッハとの戦闘で死に瀕した舞奈を救おうとした時のように。


『状況を打開すべく、レナの【勇者召喚フォアーラードゥング・エインヘリアル】で英霊の力を借りたいと思います。皆さま、異存はありませんね?』

 ルーシアは優しく、なのに凛とした表情のまま宣言する。


『ルーシア様!? それは!』

『大丈夫なんだナ!?』

『殿下……!?』

 思わず皆が口々に、明日香までもが声をかける。

 皆がルーシアを気遣い、想っているのだ。

 だが、それでも……否、だからこそ、


『わたくしと同じ痛みを背負った舞奈様が申し出てくださったのです。それをわたくしの為に無にしてしまっては末代までの笑い種になりましょう』

 言葉を続ける。


 どこまでも温和な表情。

 穏やかな口調。

 だがスカイフォールの王女の決意は固い。

 匂いも重さもない通信を通してすら、舞奈にはその意志の強さがわかる。


 あるいは彼女もまた、ヴィランとの戦闘で何かをつかみ取ったのだろうか?

 失ったものより強い何かを。

 喪失を覆すような、何かとんでもないものを。

 かつて萩山光が、舞奈たちとの戦闘で得た(と主張していた)ものを。

 だから……


「……姫さんもこう言ってるんだ、気持ちをくんでやっちゃあくれないか?」

『ええ、もちろんよ』

『頼みましたよ、レナ』

 舞奈の言葉に答えた次の瞬間、外部モニターの中でRWが動く。

 スリットから複数の金属片を放つ。

 反応が素早い。

 ルーシアの妹である彼女もまた、舞奈と同じ何かを姉から感じていたのだろう。


 だから間髪入れず、数語の魔術語(ガルドル)


 それだけで【勇者召喚フォアーラードゥング・エインヘリアル】は行使される。

 ルーンにこめられた魔力を使って施術するルーン魔術は大魔法(インヴォケーション)すら一瞬だ。

 躊躇する間も、迷う間もない。


 だから舞奈が見やるモニターの中、周囲に装脚艇(ランドポッド)の集団があらわれた。

 ウォーメイジより角張った、文字通りに戦車を積み上げたような機体。


『……おおっ!?』

「カリバーンだと!?」

『それって、まさか!?』

『ウォーメイジの前身になったっていう!?』

 騎士たちが、背後のゴードンが、明日香や施術した当人であるレナまでが驚く。

 だが舞奈の口元は笑みの形に歪む。


 それは舞奈にとって馴染み深い機体だ。

 彼らがいたことを証明するものは現実の世界には何もないけれど、20年後の夢の中で彼らは確かに舞奈の戦友だった。


 そして外部モニターの片隅、ウォーメイジたちの足元では……


『……姫! お待たせしました!』

 茶髪に特攻服姿の少年が叫ぶ。


『ヒャッハー!』

『泥野郎どもを! ぶっ潰しちまいますぜ!』

 同じ格好をした他の少年たちも口々に続く。


『オラッ! かかってこいや!』

 放電する鉄パイプを振りかざした泥人間を、スキンヘッドが挑発する。

 特にフィルタとかはかかっていない外部モニターには指の形まで丸映りだ。

 そして同じ【雷霊武器(サンダーサムライ)】で強烈に放電する木刀で殴打する。

 元気で何より。


 別の泥人間を【虎爪気功(ビーストクロー)】が圧倒的パワーで叩きのめす。

 周囲の数人と一緒にボコボコにする。


 少年たちの年の頃はいずれも中高生ほど。

 髪型は雑に染めた金髪や赤毛からスキンヘッドまで十人十色。

 手にした得物も種々様々。

 かたや【雷霊武器(サンダーサムライ)】や【火霊武器(ファイヤーサムライ)】をまとわせた木刀や鉄パイプ、かたや拳だ。

 それでも皆が着こんだ特攻服に刺繍された『禍川総会』の四文字。


 言わずと知れた【禍川総会】の面々だ。


 不死身の式神として蘇った勇士たち。

 彼らは装脚艇(ランドポッド)の足元にひしめく泥人間どもをたちまち駆逐する。

 足元が自由になったウォーメイジたちは機敏な動きで歩行屍俑への攻撃を続ける。


 そして死してなお血気盛んなヤンキーたちは新たな得物を求めて駆ける。


 彼らの先頭に立つのはルーシアの阿含(アーガマ)

 軽やかなフットワーク。

 他のウォーメイジたちとは動きが違う。

 むしろ舞奈のウォーメイジよりも機敏なほどだ。


『ルーシア様!?』

『前に出たら危ないんだナ!』

「……今の彼女なら、大丈夫だと思うぜ」

 驚く騎士たちからの通信に、口元にニヤリと笑みを浮かべて舞奈は答える。


 何故なら彼女に宿る付与魔法(エンチャントメント)は自身の【勇猛たる戦士の旋律サング・ウォバービーネリング】だけじゃない。

 身体強化の仏術【増長天法ヴィルーダケナ・ダルマ】、筋力強化の仏術【持国天法ドゥリタラーシュトレナ・ダルマ】によって機体性能そのものを押し上げている。


 否、彼女が本当に行使している術は【皮かぶり(ベルセルク)】。

 英霊の姿を模して力を借りるセイズ呪術の大魔法(インヴォケーション)


 そして、こちらの秘術によって呼び出される勇士の条件は術者であること。


 それによりルーシアは彼女の中で最も強い、最も頼れる術者の力を借りたのだ。

 即ち【禍川総会】リーダー、月輪の力と技を。


『……!』

 騎士のひとりが、阿含(アーガマ)の流れるような機動に息を飲む。


 付与魔法(エンチャントメント)で強化された、純粋な技量だけによって敵機との距離を詰める。

 反応など許さない。

 流れるように格闘用の腕を繰り出す。

 背に4本の腕を背負った装脚艇(ランドポッド)の貫手が、砲撃のように歩行屍俑の腹を穿つ。


『皆さま! わたくしに力をお貸しください!』

『ウォォォォォ!』

『姫様! 月輪様! 何処までもついて行きますぜ!』

 ルーシアはヤンキーたちの先陣に立ち、歩行屍俑を次々に屠る。

 無敵の式神たちが、足元の泥人間どもを倒しまくる。

 そんな様子を外部モニター越しに見ながら舞奈は笑う。


「……もうこっちは大丈夫だろう。あたしたちは行くぜ」

「ああ、行ってこい」

 コックピットのシートで言った舞奈に、後部座席のゴードンが答える。

 心が読める相手は話が早い。

 舞奈が腰を浮かせてハッチを開けた途端……


「……ここで出るのか!?」

「他に何処で出るんだよ?」

 目を丸くして操縦席に這い出てくるゴードンを尻目に、舞奈はウォーメイジのコックピットを出て跳び降りる。

 装脚艇(ランドポッド)の頭部から地面まではビルの3階くらいの距離があるが、気にしない。

 猫のようにしなやかに着地する。


 駆け出す。

 背後でハッチを閉じた複座機が立ち上がる。


 そして舞奈は廃墟の通りを走る。

 ひび割れだらけで瓦礫が転がるアスファルトをスニーカーで踏みしめる感触が少し懐かしいと思った。


 幸いにも歩行屍俑は追ってこない。

 今度は足枷の消えた装脚艇(ランドポッド)隊の猛攻にさらされた先方のほうがそれどころじゃない。


 激戦の音を背に走るうちに隣に明日香が並ぶ。


「ちょっと!? 大丈夫なの? その頭」

「出会い頭に失礼な奴だな。……ああ、ちょっくら鼻血を浴びただけだ」

「何で頭から鼻血なんか浴びたのかって聞いてるのよ!」

 軽口を叩き合いながら走る。


 行く手をふさぐ泥人間をナイフで片づける。

 身体を動かすのが楽しくて、肩紐(スリング)で背負った改造ライフル(マイクロガラッツ)を使うのが勿体無い。


 ……まあ単純に無駄撃ちするのも勿体無いが。


 そう思って口元に笑みを浮かべた途端――


「――真打ち登場だぜ」

 どうしようもない笑みを浮かべる舞奈。

 そして明日香の両脇から迫る泥人間どもを轢き潰しながら何かが降り立った。


 装脚艇(ランドポッド)じゃない。

 もう何回りか小さな……2台の軽乗用車だ。


 1台は【重力武器(ダークサムライ)】の斥力場障壁で泥人間どもを跳ね飛ばしながら。

 もう1台は【火霊武器(ファイヤーサムライ)】で発火するバンパーで泥人間を焼きながら。

 可愛らしい2台の軽乗用車は舞奈と明日香を守るように追従する。


「さーて、俺ちゃんの華麗な弓さばきを御披露といきましょうかね」

(ああ、見せてくれよ)

 片方の天井のドアが開き、長髪を派手な色に染めた軟派な男が顔を出す。

 スプラだ。

 矢筒から取った矢をつがえて弓を引き、【雷霊武器(サンダーサムライ)】で泥人間どもを射抜く。


「舞奈ちゃん、明日香ちゃん、乗ってくかい?」

 軽自動車の運転席側の窓が開いて精悍な男が顔を出す。

 ハンドルを握っているのは地味な色の作業着を着こんだ鍛え抜かれた手。

 舞奈が知っている通りのトルソだ。


「……目当ての場所はすぐそこなんだ。自分の足で行けるよ」

「そうか。なら安心だ」

 何食わぬ表情を作ってトルソに答える。

 するとトルソは舞奈が知ってる通りの爽やかな笑みで答え、軽乗用車は走り出す。

 バーンの車も続く。


 小さくなっていく2台の車の後姿を見やりながら、舞奈は口元を歪める。

 おそらく明日香も。


 もし、あの可愛らしい軽自動車に乗っていたら、舞奈は何処に行けただろう?

 トルソと、スプラと、バーンと、ピアースたちと……。

 少しだけ遠い目をして考える。


 ……だが途中で術の効果が切れて放り出されるのがオチだと思いなおす。


 そもそも、もし、この場所にベリアルがいたら、今しがたのトルソは舞奈が知っているトルソじゃなかったのかもしれない。

 そういう風に【勇者召喚フォアーラードゥング・エインヘリアル】は働くと、舞奈は気づいたばかりだ。

 彼らは幻なのだと、だが当たり前の事実を今だけは考えたくないと思った。

 それでも飲みこまれない程度に。


 そんなことを考えながら走るうち、舞奈と明日香が見やる前で車は消える。

 代わりに生身の彼らがあらわれて泥人間どもに襲いかかる。


「貴様に次の生があったら――」

 トルソは大太刀を振り下ろして泥人間を両断する。

 別の泥人間が繰り出した鉄パイプを、隙なく着こんだ作業服で防ぐ。


「こんな雑魚どもが相手じゃ、俺ちゃんのオンステージになっちゃうかもね!」

 スプラは【雷霊武器(サンダーサムライ)】の矢を次々に放って泥人間どもを粉砕する。


「俺様を忘れてもらっちゃ困るぜ! バァァァァァァァニング!」

 炎の色をしたジャケットをはためかせたバーンは【火霊武器(ファイヤーサムライ)】で燃える長剣で。


「トルソさん! 後ろは守るよ!」

「すまない切丸君!」

 切丸もトルソと歩調を合わせつつ、【狼牙気功(ビーストブレード)】の超スピードで戦場を駆け回りながら両手の日本刀で泥人間を倒しまくる。


「……よしっ! できた!」

 ピアースは【重力武器(ダークサムライ)】の黒い光が宿った長い槍で、着実に泥人間を屠っていく。


 舞奈が想い描いた通りの仲間たちの姿。

 本当は、あの時に何としても守り抜きたかった……


「……こいつは頼もしい援軍だぜ!」

 軽薄に笑いつつ、舞奈は泥人間どもを蹴散らす彼らの側を駆け抜ける。

 明日香はあくまで冷静沈着に、無言のまま続く。


 式神の彼らを突き動かしているものは魔術なのか?

 あるいは彼らの心や魂のようなものが何処かにあって、それに突き動かされているのだろうか?

 門外漢の舞奈にはわからない。

 だが確かなのは、彼らが舞奈と明日香の活路を切り開いてくれているということだ。


 だから舞奈は軽薄な笑みを浮かべ、前だけ見て走る。

 明日香も冷静に目標を見据えながら続く。


 周囲で泥人間を食い止めているのは攻撃部隊の面々だけじゃない。

 拳に炎をまとわせた陽介や仲間たちもいる。

 学ランを着こんだ【雷徒人愚】の面々もいる。

 皆が舞奈たちの行く手を阻む泥人間どもと戦ってくれている。


(……みんな頼むぜ。もう少しだけ頑張ってくれ)

 舞奈は走る。


(……もう少しでたどり着けるんだ。みんなで行けたかもしれなかったゴールにさ)

 駆ける舞奈の側で、明日香も着実に前へと進む。


 たぶん、そこは人間がWウィルスの脅威から永久に逃れられた未来。


 だから彼らに背中をまかせ、舞奈と明日香は新開発区の荒れ地を奔る。

 ヘルバッハの待つ新開発区の中心部を目指して。


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