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銃弾と攻撃魔法・無頼の少女  作者: 立川ありす
第18章 黄金色の聖槍
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戦闘2-4 ~合同攻撃部隊vs歩行屍俑

 怪異の巨大ロボット歩行屍俑の群を抑えるべく奮戦する小夜子、サチ、桂木姉妹。

 子供らの闘志に感化された大人たち。

 それでも敵の圧倒的な物量を相手に火力不足は否めない。

 そんな不利な戦いの最中、次々に放たれた大魔法(インヴォケーション)が歩行屍俑どもを屠り――


「――おや楓さん、皆さん、おそろいで」

「お互い無事の様でなによりですよ」

 後方から声。


 そこにいたのは大魔法(インヴォケーション)の斉射で歩行屍俑どもを薙ぎ払った魔術師(ウィザード)たち。

 魔術結社のハニエル山崎とチャムエル。

 ハットリと椰子実つばめ。

 鷹乃の式神もいる。


 多数の強力な魔術師(ウィザード)を擁する、つばめたちのチームが到着したのだ。


「呑気ニ挨拶シテイル場合デハナカロウ」

 鷹乃は機械音で呆れた声を表現しつつ、再び陰陽術を放つ。

 宙に符を撒き、口訣を唱えて行使するのは【六合・青龍・亂杭法りくごう・せいりゅう・らんぐいのほう】。

 無数の符が変じた数多の木杭が敵を打つ。


 五行相剋の理によれば木杭の木行は金行に弱い。

 だが歩行屍俑がまとった腐った怪異の装甲は、屍と同じ土行に属する。

 即ち木剋土。聖なる木杭で撃ち滅ぼせぬ道理はない。


 それでも個々の木杭は歩行屍俑の装甲を貫くには至らない。

 今しがた鷹乃が放ったのは大規模ながら通常の攻撃魔法(エヴォケーション)

 流石の鷹乃もリンクした式神を通して大魔法(インヴォケーション)を連発することはできない。

 その代わりに、


「は、はい……」

 小さく答えながら側のつばめが追い打ちをかける。

 鷹乃の本体と変わらぬ背丈の眼鏡の女子高生が施術するスタイルは、マーサやヘルバッハと異なり相応に長さのある古ウェールズ語の呪文だ。

 だが反面、効果のほども桁違い。


 ケルト魔術【火球の雹ヘイル・オブ・フレイム】により、中空から火の玉が雨あられと降り注ぐ。

 個々の火球は地面に、歩行屍俑の頭に当たった途端に大爆発する。

 こちらも鷹乃と同じく大規模、広範囲に作用する攻撃魔法(エヴォケーション)

 だが、その凄まじさは噂に聞く大魔法(インヴォケーション)領域殲滅(アナイアレーション)】かと見まごうほど。

 見ているだけでむせ返るような熱気の中、自分たちが巻き添えも喰らわず生きているのだから違うのだろうと気づくことはできる。

 巨人の群の半分近くが紅蓮の炎に包まれる。

 足元にひしめく泥人間など紙切れのように瞬時に蒸発する。


 かと思えば次の瞬間、熱を失った空から巨大な(ひょう)が降り注ぐ。

 皆が業火に目を奪われている間に、つばめはぼそぼそと次なる術を行使したのだ。

 即ち【雹雨ヘイルストーンズ】。

 目前の巨人を襲う灼熱地獄が一瞬にして極寒地獄へと変わる。


「我々も負けてはいられないね」

「まったくです」

 魔術結社の2人も続けざまに施術する。


 流水のローブ【流体装甲(リキッド・アーマー)】をまとったハニエルは稲妻の雨を降らせる。

 明日香の【雷嵐(ブリッツ・シュトルム)】に似た雷雨の魔術【電光の螺旋ライトニング・ヴォーテックス】。

 稲妻の雨は恐ろしい轟音と閃光を放ちながら歩行屍俑どもを打ち据える。


 側で【機械の装甲(ギアーズ・アーマー)】による甲冑で身を固めたチャムエルは粒子ビームを掃射する。

 即ち【光の強襲レイディアント・アサルト】。

 こちらはベリアルの【雷鳴と雹の雨マタール・コロート・ヴェ・バラード】と同等のビーム掃射の魔術によって、光の雨が巨人の群の頭上に降り注ぎ、次々に破壊する。


 熱と冷気で脆くなった装甲が、エネルギーの奔流を受けて砕かれる。

 その戦法は奇しくもクイーン・ネメシスと同じ。

 つばめたちもまた鋼鉄の装甲に対して温度変化により脆性を付与し、効率よく打ち破ることに成功した。しかもまとめて。

 まさに【機関】が誇るSランクの小さな巨人だ。


 それでも黙々と歩み来る歩行屍俑の群の前に、戦線は徐々に後退する。


「これを好機に反撃といきましょうや!」

 手近に迫った泥人間の頭を叩き潰し、落雷の呪術【雷の術(クー・ヘボソ)】で巨人の頭を打ち据えながらいきり立つベティに、


「エエイ、早マルデナイ」

 鷹乃は貫手で泥人間の胴を貫きつつ、機械の顔で渋面を作りながら答える。


 そうしながら再び符をばらまき、口訣。

 無数の符は無数の火球に変じ、周囲を取り囲む泥人間の頭上を通り越し、拳銃で狙えるほどの距離まで迫った巨人の群めがけて降り注ぐ。

 炎の雨は歩行屍俑を焼き、足元にひしめくの泥人間を焼き払う。

 即ち【騰蛇・朱雀・焔嵐法とうだ・すざく・ほむらのあらしのほう】。


 それでも炎と煙を裂いて、焼けただれた巨人の群が姿をあらわす。

 不屈の巨人の歩みを阻むように、次なる施術で土砂の壁がそそり立つ。

 即ち【大裳・勾陣・郭法たいも・こうちん・くるわのほう】。

 魔術の炎を五行相生の理を利用して大地の壁に変えたのだ。だが、


「なんかヤバそうっすね」

「ダカラ先程カラ、ソウ言ッテオロウガ」

 数多の巨人は強固な壁を叩き壊して進軍を続ける。

 そんな様子を見やってベティは、一行は攻撃の手を緩めぬながらも口元を歪める。


 魔術師(ウィザード)を、大魔道士(アークメイジ)を加えた合同チームの火力は確かに驚異的だ。

 そもそもついでみたいに焼き払っている泥人間すら本来は異能力者が苦戦するほどの難敵なのだ。

 だが鋼鉄の巨人の群の耐久力は、それらをはるかに上回る。

 そんな敵の進軍を押し止める役が、今の鷹乃たちのチームにはいないのだ。

 いわば前衛のいない、砲兵だけの軍隊だ。

 火力で敵を圧倒していられるうちは良いが、ひとたび火力に綻びが見えればたちまちに戦線は崩壊する。


 今しも一行は苛烈な攻撃魔法(エヴォケーション)を叩きつけながらも、徐々に後退している。

 懐に潜りこまれた泥人間を無視して各自で対処している状況だ。

 そうせざるを得ないのだ。


 何故なら屈強な鋼鉄の巨人から一撃でも喰らえばお陀仏だ。

 そのパワーの前に、人間用の生半可な防護は無駄と先ほどグルゴーガンが証明した。

 人間の妖術師(ソーサラー)では前衛は務まらない。

 だから火力を歩行屍俑に集中させ、進軍を阻み続けていなければならない。


 あるいは近接打撃を確実に回避する志門舞奈がここにいたら――否、それでも数多の巨人の進行を防ぎ続けるのは荷が重いだろう。

 加えて如何なる術者も無限に攻撃魔法(エヴォケーション)を撃ち続けることはできない。


「デスメーカー、ティム、戦線ノ放棄モ視野ニ入レタホウガ良イヤモ知レヌゾ」

「……そのようね」

「え、ええ……」

 鷹乃の言葉に、小夜子が苦々しげに口元を歪める。

 側のつばめもコクリとうなずく。


 先ほどは大人たち相手に大見えを切った小夜子。

 だが諦めないということは、自滅を目的に戦うこととは違う。

 そもそも今の小夜子が戦う理由は背にかばったサチだ。

 彼女にみっともない背中は見せたくない。

 だが、そのために彼女を自身と共に死地に追いこむなど言語道断だ。


 その思惑はティムこと椰子実つばめも同じ。

 実は彼女自身は志門舞奈とは真逆の手段で実質的な不死を体現している故、最悪の場合に力尽きるまで戦うことも不可能ではない。

 だが他の面々は違う。


 結局は小夜子も、つばめも、普通の大人と同じ判断をせざるを得ない。

 そう考えながら側の楓や、皆を見やって引き際を探そうとした、その時――


「――iYaaaaaaaaaaaaaaahoooo!」

 不意に轟く狂った叫び。

 同時に泥人間どもを轢き潰しながら、巨人の群の真っただ中に何かが踊りこんだ。


「あれは……!」

 誰ともなくひとりごちる。


 それはバイクだった。

 屍肉でできたバイクにまたがった、黒いマントとレオタードの少女。


 周囲の歩行屍俑は乱入者を叩き潰そうと拳を振るう。

 だが少女が駆る大型バイクは踊るように無骨で巨大な拳を逃れる。

 バイクから振り下ろされるように見せかけ空高くジャンプ。

 泥人間が無人のバイクに殺到する。

 次の瞬間、バイクが爆発。

 まばゆいプラズマの閃光が止んだ後、焼け焦げた大地に少女は華麗に降り立つ。

 その妖精の如く悪戯な笑みを見やり――


「――クラフター!?」

 紅葉が叫ぶ。


 以前にディフェンダーズと共闘して立ち向かった死霊使い。

 その時の彼女はクイーン・ネメシスやリンカー姉弟と結託してプリンセス西園寺麗華を拉致しようとしていた。

 紅葉たちもシャドウ・ザ・シャークや小夜子たちと協力して彼女を打ち負かした。

 去り際に彼女は、この件には関わらないと言い残して――


 ――否。あの時、彼女は言った。

 この件には『紅葉たちと敵対する形で』関わることは無いと。


 そして彼女は紅葉たち、攻撃部隊の面々のピンチにあらわれた。


「まさか……」

 少し呆気にとられた表情で死霊使いを見やる紅葉。

 だが、それだけじゃない。


「あたしも忘れてもらっちゃあ困るよ!」

 威勢のいい叫びと共に、凄い勢いで飛んできた火球が泥人間どもをなぎ倒す。


 激しく燃えさかる大魔法(インヴォケーション)に似た、だが確たる意思を持った人間ほどのサイズの火の玉は縦横無尽に駆け回り、低級怪異どもを文字通りに蹴散らす。

 振るわれる歩行屍俑の巨大な拳を、嘲笑うようにヒラリと避ける。

 そして気が済んだのか火球は一行の目前で立ち止まる。

 こちらも、その正体はヴィランだ。

 深紅のレオタードに身を包んだティーンエイジャーの少女。

 舞奈たちのチームに倒されたはずのファイヤーボールだ。


 さらに歩行屍俑の土手っ腹に、巨大な骸骨がぶち当たる。


「実に無謀! 実に胸躍る戦い! この老人も久々に本気を出してみたくなったわ」

 背後から声。

 振り返るとボロボロのローブを着こんだ死神がいた。

 手にしているのは剣呑にカーブした大鎌。

 だが魔術で変装した骸骨のような顔に浮かぶのは、死神らしくない楽しげな笑み。


「はぁい、お嬢ちゃんたちと再会できて嬉しいわ」

 死神の側では、フードで顔の上半分を隠した妙齢の美女が手を振って笑う。


「おや奇遇ですね。わたしもですよ」

 楓も笑う。

 喜びとヤケクソが半々になった凄惨な笑みだ。


 デスリーパーにファントム。

 つい先ほど、スカイフォールの王女たちと共闘して倒したばかりの2人のヴィラン。

 彼らまでもが楓たちの加勢にあらわれたらしい。

 一体、どういう状況の変化だろうか?


「まーたーせたなー」

 後からはメリル――イエティの中から出てきたという子供も走ってくる。

 そんな新たな増援を、彼らを見やって驚く一行を見やってクラフターは笑いつつ、


「――Hey,Merlin!」

 叫びながら指を鳴らす。

 途端、周囲に幾つもの人影があらわれた。

 脂虫だ。

 もはや御馴染みになった転移の魔術【智慧の大門マス・アーケインゲート】で脂虫を転移させたのだ。

 だが、その指輪のデザインが以前とは違うと何故だか紅葉は気づく。

 それが何を意味するのかを考えようとする紅葉の前で、


「Hey prestooooo,Big zombies!!」

 さらなる叫びと共に、呼び出されたばかりの脂虫の身体が蠢く。

 何かを襲おうとしているのとも違う。

 脂虫どもの身体そのものが構造とは無関係に寄り集まり、融合しようとしている。


 その現象に、紅葉は心当たりがある。

 クラフターは死体操作の呪術【屍操作(アニメイト・デッド)】で腐肉の機械を作ろうとしている。

 奴のクラフター・ビークルもそうして作られている。

 持ってきた脂虫を使って、歩行屍俑に対抗できる何かを作ろうとしている?

 様子を見守る紅葉に向かって、


「もうひとり協力者がいればクラフター・ジャイアントゾンビを造れるんだけれど」

 悪い遊びに誘うようなクラフターの笑み。


「なら協力するよ」

 紅葉は生真面目に即答。

 死と再生を司るオシリス神を奉ずる呪文を唱え【罪囚の支配(ヘカ・ケネル・アジャ)】を行使する。


 何故なら紅葉は以前に彼女とサシで戦った。

 その際に会得した【動植物との同調と魔力付与】の応用による死体操作の呪術を、以降も紅葉は鍛え続けた。

 何故なら紅葉はスポーツマンだ。

 常に自分の心と技を鍛え、高みを目指したい。

 強力なライバルとの正々堂々な勝負は大歓迎だ。

 もちろん共闘も!


 楓は素早く呪文を完成させる。

 その手際の良さにクラフターの口元が笑みの形に緩む。


 骨を操る呪術で奉ずるは冥府の神アヌビス。

 だが腐肉を操る呪術に必要なのはオシリスの聖名。

 死と生命の神を奉ずる呪文によって、紅葉の掌から黒い包帯のような魔力がのびてゾンビどもを縛りあげる。

 実は以前に紅葉も、こうした呪術の使い方をしたことがある。

 クラフターと戦った際に、脂虫でチャリオットをでっちあげて駆ったのだ。


 2人の呪術師(ウォーロック)の施術によって、脂虫どもの身体が寄り集まって巨大な何かになる。

 腐肉の巨人。

 以前にクラフターが操ったクラフター・ジャイアントゾンビだ。

 その身体の半分は黒い包帯で覆われていて、身体も以前よりひと回り大きく硬く乾いていて強固だ。

 さしずめジャイアント・ミイラ男といったところか。


「では2人で作った初めての巨大作品の、試運転と行こうか?」

「ああ!」

 2人が術を操作すると、ジャイアント・ミイラは歩行屍俑に襲いかかる。


 鋼鉄のゾンビよりさらにひと回り大きな巨大ミイラはパワーで敵を圧倒する。

 凄い力でぶん殴る。

 蹴倒す。

 自身の被害を省みず1体ずつ再起不能に叩きのめしていく。

 損傷個所は新たな施術で脂虫を貼りつけ、吸収して修繕される。


「紅葉ちゃん、面白そうなことを始めましたね」

「……そなたも思うがままに成すが良い。我が補佐しよう」

 ひとりごちた楓の側に死神が立つ。

 その言葉に、楓の口元に剣呑で楽しげな笑みが浮かぶ。


「それでは遠慮なく」

 断るが早いか、施術を開始する。

 こちらの呪文が奉ずるのも仮初の生命を形作るためのオシリス神。


「偉大なる魔術結社の魔術師(ウィザード)たちよ、若き同輩に加護を頼みたい」

「承知した!」

 デスリーパーの嘆願に応じ、ハニエルが【魔法増強(エンハンス・マジック)】を行使する。

 魔術結社の魔術師(ウィザード)が用いた魔力を強化する魔術によって、楓の身体に、楓の魔術に更なる強大な魔力が注ぎこまれる。


 そんな楓は【創神の言葉(メスィ・ル・メジェド)】を行使してメジェド神を創造しようとしていた。

 増強された魔力を利用した施術は驚くほどスムーズに進む。

 通常では半日から一日近くかかる工程の大半が瞬く間に完了する。

 しかも目前にあらわれかけたメジェド神は、普段の楓には創造できないほど巨大。

 他の多くの魔術と同じように、メジェド神もまた他者の手を借りてさらなる強力な術へと昇華させることができる。


 楓は完成間近な魔術にインスピレーションを加え……


「……なるほど。それがそなたが考える最強の大型生物か……意外に普通だな」

「何を期待されていたのですか?」

「いや別に」

 施術に死神の意識が介入してきた。

 デスリーパーが接触した【創神の言葉(メスィ・ル・メジェド)】の目指す先は、マンティコアだった。

 楓が最初に遭遇した巨大生物……重力場を操る魔獣。

 巨大な歩行屍俑を屠るに相応しい魔神の形に、楓もまたかつて仲間と共に挑んで辛くも勝利した強大な敵を選んだ。

 加えてアーティストである楓が表現する魔獣は現実のそれより恐ろしく強大。

 しかも、それだけじゃない。


「骨や筋肉をこうすると、もっと良くなる」

「いきなり何を!? ……そういうことですか」

 施術に介入し、変化させようとしてきたデスリーパー。

 だが、その意図を察した楓はニヤリと笑う。


 デスリーパーは楓の魔術に干渉し、創造しようとしていたマンティコアの肉体を少しばかり改良しようとしていた。

 具体的には骨や筋肉の構造を、獣医学的、解剖学的に無理ないものに変えた。


 現実には存在し得ない巨大な魔獣マンティコア。

 だが形状そのものは大型肉食獣と同じだ。

 正確な知識に基づいて矛盾の少ない造形をすることはできる。

 そうすることにより、より少ない魔力で創造と維持が可能。

 すなわち元となる魔力は同じでも、召喚された魔獣はより強力かつ楓のイメージに忠実な(とデスリーパーが思っているような)凶悪で冒涜的な怪物を創造できる。


 ハニエルから借り受けた強大な魔力。

 楓の芸術性から生み出されるエッジの効いた造形。

 デスリーパーの老熟した知識。


 それらの集合である魔獣マンティコアが一行の上空に出現する。

 歩行屍俑よりひとまわり大きな獣が跳びかかり、押し倒す。

 鋼鉄の巨人が抵抗するのも空しく四肢を喰い千切る。


 他の歩行屍俑が反応するより速く次の獲物に襲いかかり、カギ爪で引き裂く。

 周囲を囲む巨人どもを蹴散らし、食い散らかし、雄叫びをあげる。

 その様子は、まさに人を襲う狂った猛獣だ。


 さらにウアブ魔術によって創造されたマンティコアは【力ある光の矢(アハ・ウベン・シェム)】の魔術によってレーザーを放つ。

 遠くから歩み寄ろうとしていた巨人が成す術もなく風穴を開けられて崩れ去る。

 もはや歩行屍俑どもは人間を襲うどころではない。

 新たに出現した巨大ミイラと魔獣に抵抗するのに必死だ。


「こいつは凄いっすね」

「まったくです。紅葉さんも楓さんも、立派な術者になりましたね」

「ウム。認メネバナルマイ」

 そんな様子を見やりながら泥人間どもを片付ける一行の側で、


「みんなー。おらに力をわけてくれー」

 小さなメリルがぴょんぴょん跳びはねながら幼い声で叫ぶ。


「わけてくれー」

「あ、はい……」

 何となく見かねた気の弱いつばめがもののついでに【魔力の増強アンプリファイ・マジカルパワー】をかける。

 ついでにチャムエルも【魔法増強(エンハンス・マジック)】をかけた瞬間、


「うがんだー」

 幼女は霜をまとい、氷をまとい、みるみるうちに氷の巨人に変身した。


 超強力な【冷却能力(クリオキネシス)】を会得した彼女は、超能力(サイオン)で創造した冷気によって氷塊をまとって巨大な氷の大男イエティに変身する。

 しかも今の彼女は強力な魔術師(ウィザード)2人から魔力を受け取ったばかり。

 だから今度のイエティも、明日香やディフェンダーズたちと戦った時に匹敵する超ビッグサイズだ。


「糞ッタレノ怪異ドモ! コテンパンニシテヤル!」

「……」

 氷の巨人は腐った鋼鉄の巨人を殴り倒し、叩きのめす。

 殴られた歩行屍俑は、拳に宿る凄まじい冷気で凍って砕け散る。

 続いて巨大イエティは口から吹雪を放射し、巨人どもをまとめて凍らせる。

 そんな様子を呆然と見やるつばめたち、そして小夜子の側に、


「おおっとそうだったわ。あんたにはこれを渡すんだった」

「ん?」

 言いつつファントムが何かを投げ落とす。

 ひょいと飛んできて、ドサリと落ちた袋の大きさに側のサチが何かを悟り、


「これは?」

「さる人から預かったのよ。ナワリのお嬢ちゃんの役に立ててくれってね」

 小夜子の問いに、妖艶な美女が何かをはぐらかすように答える。

 だが脂袋と同じくらいのサイズの妙に質の良い厚手のビニール袋の端に書かれたディフェンダーズのロゴを見やってニヤリと笑う。

 そして素早く施術。


 袋の中から飛び出した心臓は、千切れ損じた血管で、電子タバコが癒着した口から悲鳴とうめき声を漏らす達磨状の本体を引きずりながら戦場めがけて飛ぶ。そして、


「焼き払え! 喰らい尽くせ! トルコ石の蛇(シウコアトル)!」

 小夜子が叫ぶと同時に爆発。

 今回の戦場で何度も使った【虐殺する火(トレトルミクティア)】。


「かけまくもかしこき志那都比古神(しなつひこのかみ)――」

 次いでサチの【神風法(かみかぜのほう)】。

 獄炎と神風で生まれた炎の嵐は、味方の魔獣を避けるように歩行屍俑の群を焼く。


(若いねぇ。いやまったく)

 そんな様子を見やるファントムの口元に浮かぶのも楽しげな笑み。


 その一方で、グルゴーガンも携帯用の護摩壇を取り出す。

 普段は前衛として敵を押し止める役割を担っている彼女。

 だが魔獣にその役をまかせた今の彼女は別の手札を繰り出せる。


「礼の奴だ! まかせるぜ!」

「了解デス!」

 パートナーとうなずき合って、プロートニクが【移動の力(シーラ・イッチー)】で短距離転移。

 そのまま【飛行の力(シーラ・リェターチ)】で歩行屍俑の頭上に停止する。


 そして追いすがる巨人の手の届かない高度を維持しながら新たな施術。

 超能力(サイオン)で物品を動かす【くぐつの力シーラ・マリアネートチ】によって、砕けた巨人の巨大な装甲の欠片が幾つも宙に浮かび上がる。

 強大な超能力(サイオン)を持つプロートニクだからできることだ。

 それらを【鋼の衣服(コージャ・スターリ)】と同じ技術を用いて強化する。その間に――


「――ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン!」

 グルゴーガンが唱えていた真言が完成した。

 途端、かざされた大女の掌からレーザー光線が放たれる。

 小夜子たち、楓たちが放ったそれと同じ――否、さらに強力な。

 即ち【光明真言プラバーシャ・マントラ】。

 仏術が誇るレーザー照射の大魔法(インヴォケーション)だ。


 しかも貫通した光線の進行方向にプロートニクの装甲の欠片が回りこむ。

 そして光線を反射させて追い打ちをかけ、あるいは別の個体へ命中させる。


 幾つもの欠片が動いて鏡の壁を形作る。

 その中を大魔法(インヴォケーション)の光線が走り回る。

 鋼鉄とレーザーで形作られた光の檻は、中にいる歩行屍俑をまとめて焼く。

 熟達した2人の妖術師(ソーサラー)が、自身に宿る魔力を効率よく火力に変える必殺の戦術だ。


 その側で、猫島朱音も激しい舞踏によって梵術を繰り出す。

 氷の刃【大自在天の多刃マハーシヴァス・バフ・ダラビャム・ヴァプ】を降らせて歩行屍俑どもを斬り刻み、イエティの氷の巨躯を補強する。

 あるいは【帝釈天の百雷インドラス・シャタ・ヴィデュッタス・ハン】が鋼鉄の装甲をボコボコにする。


 クレアもグレネードランチャー(エクスカリバーMk2)を撃ちまくる。

 ベティにフランシーヌ、両手に偃月刀を構えたハットリが数を減らした泥人間どもの間を駆け巡りながら次々に片付けていく。

 つばめたち魔術師(ウィザード)も圧倒的な火力による砲撃を再開する。

 強力な巨大ミイラ男に魔獣、氷の巨人が敵を圧倒して進行を防ぐ今、彼女たちの常識を超えた猛攻を邪魔できるものなど存在しない。


 そのように戦況が瞬く間に優勢になる最中、


「んっ?」

 目の良いベティが何かに気づき、クレアが双眼鏡を覗きこみ……


「……あれは!」

 新たな巨人たちが、巨大なパラシュートに吊られて降りてきた。


 もちろん歩行屍俑などではない。

 装甲を美しく磨きあげられメンテナンスされた鋼鉄の巨人は装脚艇(ランドポッド)

 巨人たちが降りてくる元は、はるか上空の巨大戦艦。


 上空のフォート・マーリン級に移動した王女たちの準備ができたのだ。


 そして遂にレナやルーシア、騎士団たちが駆るウォーメイジ隊が、怪異の群れを殲滅するために動き出した。


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