戦闘2-2 ~超能力etc.vs歩行屍俑
新開発区を進む舞奈たちとディフェンダーズ、ベリアルやヴィランたちの前に立ちふさがった、腐った鋼鉄の巨人。歩行屍俑。
一行は巨大怪異のパワーと耐久力に苦戦する。
それでもドクター・プリヤの機転と皆の協力によって辛くも撃破する。
だが喜び勇む一行の前に、今度は歩行屍俑と泥人間の集団があらわれた。
群れ成す巨人のあまりの数に、ヒーローたち、ヴィランたちは成す術もない。
もはやこれまでかと諦めかけた、その時――
「――イーヴル・ブラスト!」
叫びと共に飛来した巨大な火の玉が、1体の歩行屍俑を打ち据えた。
ヒーローたち、ヴィランたちは驚き見やる。
砲撃のような勢いで土手っ腹を突き飛ばされた巨人はたたらを踏む。
強固なはずの鋼鉄の装甲は真っ赤に煮えている。
げに凄まじきは火球の熱量。
巨人を炙って突き飛ばした火の玉は、勢いのまま距離を取る。
そのまま虚空に炎の軌跡を描きながら方向転換し、
「フリージング!」
再び叫びと共に、今度は霜をまとわりつかせた冷気の塊へと変じる。
数秒前まで離れていてすら感じ取れた熱が、一瞬で肌を凍らせる冷気に変ずる。
冷気の砲弾は霜を振りまきながら突撃。
よろめいた巨人の真っ赤な腹を再び打ち据える。
途端、今度は鋼鉄の巨躯が凍りつく。
先ほど熱せられた胴体部分を含め、全身が一瞬にして氷の茨に覆われる。
同時に何かが軋み崩れる異音。そして――
「――今だ! アーガス!」
いきなりの叫び。
力強く張りのある女の声。
呆然と見上げる一行の後ろで、クラリスとエミルがはっとなる。
「!?」
名指しされたミスター・イアソンも驚く。
だが何処か聞き覚えのあるその声に、身体は無意識に反応したようだ。
極彩色のマッチョなヒーローは飛行の超能力【浮遊能力】によって、打ち合わせたように素早く一直線に歩行屍俑の胸ぐらめがけて突き進み――
「――サイ・ブラスト!」
必殺の【念力撃】で胴を穿つ。
凍った巨人の土手っ腹に人間大の穴が開く。
巨人の背中から飛び出たミスター・イアソンが空中で姿勢制御して振り返る。
次の瞬間、巨大な鋼鉄の四肢はバラバラになって地に落ちた。
凍りついた装甲は地面に当たった瞬間に砕け散った。
そのあまりの呆気なさに舞奈は、一同は驚愕する。
なにせ先の戦闘では魔術師による集中砲火を要した歩行屍俑の装甲が、炎と冷気に続くただの一撃で脆くも崩れ去ったのだ。
「どういうことだ……?」
当のイアソンも降り立ちながら、自身の一撃がもたらした結果に驚愕する。
先ほど同型機を倒した彼だからこそわかるのだ。
自身の【念力撃】だけで奴の装甲を破壊できる訳などない。
「焼戻脆性によって身体の構造が脆くなっていた……?」
驚きながら、それでも状況を整理しようとする明日香、
「なんだそりゃ?」
「簡単に言うと、構造用鋼を特定の温度で加熱した後に急速冷却させると衝撃値――靭性が低下するの」
「だから簡単に言えよじんせいってなんだ?」
「だから、鉄をあたためてから冷ますと脆くなるの。あと急激な温度変化による膨張と伸縮によって細かい日々が入ったりとかも原因ね」
「いや、だから……」
聞き直すたびに用語が増える明日香の説明に苦笑する。
「でも、それには温度を変化させるための凄いパワーが必要になりマス」
「そんな凄まじい魔力を誰が……?」
首をかしげるドクター・プリヤとシャドウ・ザ・シャーク。
そんな彼女らの側に――
「――やったじゃねぇか。前より少し技のキレが良くなってるな」
もうひとりの巨躯が降り立つ。
ミスター・イアソンよりひと回り大きくマッチョなひとりの……女性?
筋肉がゴリゴリと盛り上がった下半身にへばりついているジーンズはダメージ加工を通り越して千切れ、破れ、得体の知れない色に変色したボロ布だ。
電柱のような腕と上半身を辛うじて覆っているのもシャツの残骸。
髪は伸び放題でボサボサ。
眉のなんか左右で長さが違う。
一見すると性別以前に人かどうかを疑いたくなる。
具体的に言うと人里に降りてきた熊に見える。眼光の鋭さも含めて。それでも、
「ミリアム姉さん!?」
イアソンは彼女の正体に気づき、彼女がここにいるという事実に驚愕する。
屈強な女ヴィラン、クイーン・ネメシスことミリアム氏は、実は彼の姉でもある。
「「Mum!」」
リンカー姉妹も母代わりの女性の姿に思わず走り寄り……
「……Mum、スゴイにおい」
クラリスが思わず顔をしかめる。
鼻が利くとはいえ割と離れた場所にいる舞奈ですらわかる。
汗と垢と得体の知れない汚れが混ざった、ひと月は風呂に入っていない人間の臭い。
脂虫の悪臭ほど酷くはないが、相当な代物だ。
綺麗好きそうなクラリスには辛そうだ。
「Mum,いったい今まで何を……?」
「クラリス、エミル、心配かけてすまなかったな」
それでも熊みたいなマッチョ女は子供たちを力強く抱き寄せる。
2人も母代わりの女ヴィランの豊満な筋肉に顔を埋める。
見ていた舞奈は、ミリアム氏の筋肉が以前より肥大していることに気づいた。
代わりに脂肪が極限まで削り落とされていることにも。
そんな舞奈を見やりながら、
「志門舞奈に敗れてプリンセスの拉致にも失敗したわたしには手段を選ぶ余裕はなかった。少しばかり無茶してでも、それらに匹敵するパワーを手に入れる必要があった」
屈強な女ヴィランは淡々と語る。
やはり舞奈の思惑通り、舞奈に敗れたクイーン・ネメシスは諦めてはいなかった。
「無茶って……!?」
驚きと、少し不安げな声をあげるエミルに、
「こいつだよ」
子供たちを解放したミリアム氏は不揃いな眉を指差す。
その口元に浮かぶ笑みは、追い詰められて無謀な賭けをしたにしては爽やかな、いっそ自慢げな笑みが浮かぶ。
「あれからずっと山に籠ってトレーニングをしてたんだ」
「トレーニングなら僕たちだって……」
「……流石に子供にはさせられんだろう。全超能力を生命維持に割り振って、不眠不休で時間の許す限り心と体を鍛え直してたんだ。つまり地獄のヘルトレーニングさ」
「Mum、地獄とヘルは同じ意味よ」
クラリスは苦笑する。
そんな彼女にミリアム氏は満面の笑みを向ける。
「お、おう……」
舞奈も正直、その答えは予想外だった。
側の明日香も同様のようだ。
つまり行方をくらませてから今まで、ミリアム氏は山に籠って修業していた訳だ。
リンカー姉妹を託児所代わりにベリアルに託して。
まあ前回の戦いで、彼女が準備していた方策はすべて潰えたのだ。
それでも目的を果たそうとするなら、彼女は自分の持っているものを使うしかない。
つまり自分自身の肉体と、超能力だ。
それを極限まで鍛えあげるために修業と言うのも彼女らしいというか……。
おそらく今しがた歩行屍俑を倒した方策も、自身の力だけで大いなる災いに対処しようと考え抜いた結果だろう。
巨大な怪異の群れを熱と冷気で脆くして1体ずつ破壊する。
彼女だけで歩行屍俑の群れに対処する場合、それが唯一の勝算だ。
そんな無茶をしてのけるために彼女は山に籠って心技体を極限まで高めた。
それがクイーン・ネメシスの失踪の真相だった……
「……だが驚いたぜ。預言された時分に山を下ってみたらプリンセスは全員が健在、なのにおまえら全員がWウィルスへの完全耐性を持ってると来たもんだ」
次いで心の底から驚いた口調で言いつつ舞奈を見やる。
「予定が狂っちまった。いったい、どんな手品を使ったんだ?」
軽口を叩いて笑う。
それでも、その表情は、舞奈ならやってのけると信じていたようにも見える。
対して舞奈は元を歪める。
なんであたしの仕業だと思うんだ? と言いたい気持ちも少しある。
だがそれ以上に、プリンセスが持つというWウィルスへの耐性の秘密をあまり人に話したくなかった。
自分たちが麗華様の唾や髪の毛を摂取してたとか何度も思い返したくない。
パンツの染みから耐性を得たって知られるのを嫌がる奴もいるだろう。なので、
「で、その指差してるのは何だよ?」
舞奈はしかめ面のままミリアム氏を見上げる。
「この国で修業するときの風習だろ? 人に見せられないようなみっともない形に眉毛を剃って、生え揃うまで人里に下りない不退転の決意のあらわれさ」
「剃った眉がのびたら自分で切り揃えてください」
「あ? そうだっけ?」
明日香のツッコミに苦笑しながらボリボリと頭をかく。
頭からフケだか何だかわからないものが飛び散ってクラリスが少しあわてる。
そんな風に皆が和んでいると――
「――クイーン・ネメシス! 来たんなら手伝え!」
「おうっ! すぐ行く! ……おまえも良い動きするようになったじゃないか! レディ・アレクサンドラ!」
「貴様に言われる筋合いはない!」
飛び回るレディ・アレクサンドラからのツッコミに軽く答える。
そう。今はまだ歩行屍俑の群との激戦の最中だ。
舞奈やミリアム氏が話しこんでいる間、皆が敵を抑えてくれているのだ。
銀色の騎士は歩行屍俑の攻撃を凌ぎながら、関節を狙って氷や雷の弾丸を放つ。
ダメージには期待できないが足止めにはなる。
足元にたむろする泥人間どもも、ついでみたいに吹き飛ばしている。
側でシャドウ・ザ・シャークもサメヒドラを召喚して歩行屍俑と戦わせている。
先の戦闘で用いた大魔法【大天使の災厄獄門凶獣】に味をしめたらしい。
明日香が言ってた何とか脆性に着目したか、ヒドラは7つのサメの口から炎と氷のメカジキを吐き出して攻撃する。
だが上手くいかなかったか氷のメカジキで足止めに専念するあたりが彼女らしい。
シャドウ・ザ・シャーク本人もシャーク・シューターから魔弾を放つ。
タイタニアは泥人間を叩きのめしながら、【雷の猛撃】で巨人の頭に落雷。
スマッシュポーキーも【加速能力】による超スピードで泥人間をスマッシュし、歩行屍俑にはヒット・アンド・アウェイで堅実に打撃を加える。
ベリアルは【雷鳴の雹】による粒子ビームを撃ちまくる。
輝く光の砲弾は歩行屍俑を怯ませ、泥人間を一瞬で消し炭にする。
ドクター・プリヤもギターをかき鳴らして地水風火のエレメントを賦活させて泥人間どもをまとめて片付けている。
ミリアム氏の熱と冷気の残滓が【地獄の爆裂】【堕天の落氷】となり敵を打つ。
風が唸って【致命の斬風】と化し、周囲の泥人間を斬り刻む。
「それじゃ、わたしたちも本気を出さなきゃな」
「でもMum、その格好……」
「気づいたか」
ミリアム氏は笑う。
ひと足先に気づいた舞奈も笑う。
姉妹が見上げるマッチョ女は、以前に増して屈強な筋肉をあらわにしている。
つまりクイーン・ネメシスの紫色のスーツを着ていない。
もちろん変身を解除した訳でもない。
つまり先ほどは――
「――トレーニングの結果、わたしは生身で以前のクイーン・ネメシスに変身しているときと同じパワーを発揮できるようになった。さっきみたいにな」
言いつつミリアム氏は集中する。
途端、全身から凄まじい超能力が放出される。
周囲の空気すら揺るがす超能力量は、門外漢の舞奈ですらわかるほど。
歩行屍俑を3発で破壊する凄まじいパワーこそが修業の成果だ。
「その上で……!」
光と共に、その姿は紫色のタイツをまとったクイーン・ネメシスへと変わる。
それが彼女の修業の成果、パワーアップした女ヴィランの本当の実力。
「アーガス! 共闘だ!」
「こういう状況なら仕方がありませんね」
「わたしが奴を熱して凍らせて脆くする! おまえはとどめを頼む! 遅れるなよ!」
「姉上こそ!」
ヴィランとヒーローの姉弟は並んで宙に舞う。
そのタイミングが計ったように同じなことに2人は気づいているだろうか?
「クラリス! エミル! 早速だが力を貸してくれ! ゲシュタルトだ!」
「ええ!」
「わかったよ! Mum!」
リンカー姉妹は集中し、【能力増幅】を行使する。
姉妹の超能力を循環させ、増強させて対象の魔力を強化する最強の援護だ。
「おっ以前より上手くなってるじゃねぇか! あのちんちくりん仮面、バランス取れって事あるごとに小言言ってきたろう? 苦労かけたな」
「知ってたの?」
「まあな。……けど、おかげでおまえらもひと皮剥けたはずだ。ゲシュタルトを完全に制御できるか?」
「もちろんだよ!」
クイーン・ネメシスの言葉に、リンカー姉妹は力強く答える。
姉妹もまたベリアルの下で修練を積み、実力を上げていた。
その技量により、彼女らは夢にまで見たMum、クイーン・ネメシスを強化する。
「わたしとアーガスの超能力を、きっかり2対1になるよう強化できるか?」
「ああ! できるとも!」
「まかせてMum!」
集中する姉妹を背に、クイーン・ネメシスは突撃する。
「すまない、よろしく頼む!」
ミスター・イアソンも後を追う。
クイーン・ネメシスが【炎熱撃】で火球になって歩行屍俑の装甲を熱する。
そして【氷結撃】で冷気球と化して、急激な温度変化で鋼鉄の装甲を脆くする。
そこにミスター・イアソンが必殺の【念力撃】を叩きこむ。
そうやってヴィランとヒーローの姉弟は歩行屍俑を1体ずつ屠る。
そのコンビネーションはあまりに完璧で、ライバル同士にしておくのは勿体無いと思えるほどだ。
ベリアルも、レディ・アレクサンドラも火力と機動力で敵の数を減らす。
ディフェンダーズの他のメンバーも泥人間を倒しまくる。
それでもなお、大量の歩行屍俑が、泥人間が押し寄せる。
元々の数が多すぎるのだ。
だが、さらに――
『――ディフェンダーズの皆さん。聞こえますか?』
「メンター・オメガ!?」
シャドウ・ザ・シャークの通信機から女性の声。
当のサメ女ヒーローも、他のディフェンダーズの面々も驚く。
側で泥人間を屠りながら舞奈は訝しむ。
戦場にそぐわぬのほほんとした声色には何処か聞き覚えがある。
そう考えた次の瞬間……
『……早速ですが、そちらにディフェンダーズ・ロボを転送します』
宣言と共に、いきなり周囲の空間が歪む。
「【智慧の大門】か?」
ひとりごちた次の瞬間、一行の側に巨大な何かがあらわれた。
今までに遭遇した空間転移より……何と言うか、予兆から結果までのラグが少ない。
まるで長距離転移の不意打ちだ。
そんな熟達した転移によって出現したのは巨大なロボットだった。
歩行屍俑と同じくらい巨大な鋼鉄の人型。
その装甲はミスター・イアソンと同じ極彩色にペイントされている。
頭はなく、代わりに胴の上ではいくつものレーダーが光っている。
両腕は、それぞれ2連装の大砲になっている。
「そいつも本当にあったのか……」
舞奈は苦笑する。
実はこのロボ、映画には何度か登場していた。
ディフェンダーズの影の首領メンター・オメガが魔術と科学技術を融合させて生み出した正義のロボットという触れこみだったか。
だが特撮か何かだと思っていた。
それでも、まあ装脚艇や歩行屍俑が存在するのだから、ディフェンダーズ・ロボだって実在しても不思議じゃないと納得する。
「でも本国のオペレーターがいないと動かないはずでは?」
訝しむシャドウ・ザ・シャークに、
『問題はありません。こんなこともあろうかと、こちらの国での協力者を見つけておきました。彼女は我が国のオペレーターに引けを取らぬほど優秀ですよ』
「協力者……?」
通信機から漏れ聞こえる声が朗らかに答える。
シャドウ・ザ・シャークは【氷の連弾】で泥人間を薙ぎ払いつつ首をかしげる。
一方、ディフェンダーズ・ロボは撃ちまくる。
動きからすると、中身は装脚艇なのだろう。
両腕の2対4門の砲身から【稲妻】とおぼしきプラズマ砲を連射し、正確無比に歩行屍俑を屠る。
ときに効率的に泥人間の群れを薙ぎ払ったりもする。
その動きを見やり、舞奈の口元に笑みが浮かぶ。
ロボは両腕のプラズマ砲で敵を倒しまくる。
両手に長物を持って効率的に撃とうとすると、こういう動きになる気がする。
今、この機体を操っている何者かはゲームか何かで慣れているのだろう。
通信機の向こうのメンター・オメガが、この地で見つけた協力者とやらは。
……舞奈の知る無口な彼女が、彼女から友人を奪った怪異どもに報復したいのか、あるいは他の何らかの手段で心の傷を癒したいと考えているのかはわからない。
だがゲームでしか見られないはずの彼女の戦いを見られたのが嬉しかった。
ピアースが言っていた、右手にアサルトライフル、左手に軽機関銃を持って獅子奮迅の活躍をするベテランゲーマーの勇士を。
「――イアソンさん、儀式の時間が迫ってますが」
シャドウ・ザ・シャークが気づいて進言する。
「シモン君! アスカ君! ここは我々にまかせて先を!」
姉と協力して歩行屍俑を倒しまくりながらミスター・イアソンが声をかける。
「ああ!」
「承知してます」
舞奈と明日香は無言でうなずく。
そして奮戦する彼ら、彼女らに背を向け走り出す。
ヘルバッハが待つ新開発区の中心部を目指して――
――同じ頃。
新開発区の別の場所。
「――無事かね?」
「――ハハッ、ずいぶん酷い有様じゃないのさ」
瓦礫まみれの地面に染みのように湧き出た影から、2つの人影が跳び出した。
デスリーパーとファントムだ。
「あんたたちかい」
廃屋の壁にもたれかかり、うつむいていたファイヤーボールが顔を上げる。
イエティの中の人ことメリルは女ヴィランの身体にもたれかかって眠っている。
「そっちこそ、こんなことろで油売ってるってことは奴らの阻止に失敗したんだろ?」
ファイヤーボールは不機嫌そうに答えつつ、油断なく周囲に目を配らせる。
先ほどまでは黒服のギークどもが見張っていたはずだ。
彼らをまいて逃げることも考えたが、益がないので大人しくしていた。
破れたとはいえヘルバッハとの契約分の足止めはしたつもりだ。
それに今のところ彼らは自分たち2人に危害を加える様子はない。
加えて同行している術者がファーレンエンジェルを退けたという話も気になった。
あの黒い天使はヴィランとしては新参だが、腕は確かだ。
そんな奴と互角な術者と必要以上に事を構えたくない。
「見張りを気にしているのか?」
「あいつらなら心配ない。デスリーパーの【人心掌握】で――」
「――彼らには少し席を外してもらいました」
死神の言葉を遮って側にあらわれたのは黄緑色のローブを着こんだケルト魔術師。
「「「メンター・オメガ!?」」」
3人のヴィランは同時に驚きの声をあげる。
「皆さん、お揃いの様ですね」
「何故、貴様がここに!?」
「デスリーパー、貴方の精神支配の魔術は相手を意のままに動かしたいという思いが強すぎて、術の持ち味を削いでいるように思います。彼らは話せばわかりますよ」
驚く4人を見やりながら、オメガはニコニコ笑顔を浮かべる。
「ディフェンダーズの影の首領が、我らヴィランに何の用だね?」
「皆さんにお願いしたいことがあるのです」
「あんたの言うことを、素直に聞くと思うかい? あたしたちが」
「快諾してくださいますよ」
柄にもなく油断なく身構えるデスリーパー、歯を剥き出しにするファイヤーボールににこやかな笑みを向け、メンター・オメガは何かを差し出す。封筒だ。
「中にこの国の通貨が入っています。数か月は不自由せずに暮らせる額ですよ。ヘルバッハが貴女たちに支払った報酬に比べて遜色はないはずです」
「あたしたちを買収しようってのかい?」
「正義のために取引です」
「よく言うよ」
挑むような口調にもにこやかに答える。
「だが我々を金で動かすことはできんよ?」
「ええ。貴方たちは『表の顔』でちょっとした財産を築いておりますものね。けど貴方たちはここで真の目的を果たしてはいないはずです」
「……気づいていたか」
「ええ。生命を操るウアブの申し子たるお2人は戦う志門舞奈の肉体を見たかったのでしょう? 彼女らを追って廃墟の中心に赴く権利。それが貴方たちへの報酬です」
死神にすら取引を持ちかける。
「まあ、ヘルバッハから請け負った仕事は終わったけど……」
「できるのかね? 我々はWウィルスの濃度の濃い中心部へは近づけん」
「もちろんですとも。この瓶には預言に記された血肉の成れ果て、すなわち3人のプリンセスから抽出されたエキスが入っています」
(イアソンやゴードンのエキスも入っていますが)
「他の皆さんは儀式により皮膚からエキスを取りこんだのですが、これは量が少ないので飲んでください。効果はクイーン・ネメシスやクラフターが中で実証済みです」
ニコニコと人の良さそうな、それでいて裏表がなさすぎて逆に背筋が凍るような女魔術師から手渡された薬瓶を見やりながら、死神は柄にもなく躊躇する。
「……これがそなたの人心掌握の手段かね?」
「ええ。今、わたしは欠片ほどの魔力すら使わず【人間の魅了】を4人の強力なヴィランにかけることに成功しました」
疑惑とも難癖ともつかぬデスリーパーの言葉を、笑顔のまま受け流す。
その言い回しにファイヤーボールが露骨に嫌そうな表情をしているのも気にしない。
ある意味で良い面の皮だ。
そんなオメガの表情を、3人は値踏みするように見やり……
「……よかろう。その取引、乗るとしよう」
「仕方ないねぇ」
「ほらメリル起きな。次の仕事だよ」
「おきたー」
目をこすりながら立ち上がったメリルともども、メンター・オメガから受け取った瓶を開けて飲み干した。