戦闘2-1 ~超能力etc.vs歩行屍俑
「随分と手間取ったが、儀式の時間にゃ間に合うんだろうな?」
「それなら問題ない。ヴィランとの戦闘にかかる時間は織りこみ済みのようだ」
「そいつは重畳」
新開発区の一角を、舞奈とミスター・イアソンは軽口を交わしながら駆ける。
ジャケットをはためかせて走る舞奈の後ろには明日香が続く。
極彩色のマントをなびかせたイアソンに続くのは、シャドウ・ザ・シャーク、ドクター・プリヤ、タイタニアにスマッシュポーキーたちディフェンダーズの面々。
ファイヤーボールとイエティを倒した一行は、休む間もなく先を急いでいた。
辛くも倒したヴィランたちは単なる足止めでしかない。
一連の事件の元凶であるヘルバッハが待つ新開発区の中心部に到達し、儀式を阻止して奴を倒すまで戦いは終わらない。
そして作戦に失敗すれば、巣黒市はおそらく四国の、北海道の二の舞になる。
だから先頭なのを良いことに、柄にもなくあせった表情を浮かべつつ走る舞奈は、
「おっ!」
先を行く一団を見つけて破顔する。
長身の銀髪美女の背中は見紛うことなくサーシャだ。
金髪をなびかせた2人の少女クラリスとエミル、そして黒ローブ。
ベリアルたちのチームだ。
「おーい!」
「あっちょっと舞奈」
「志門舞奈! 無事だったのね!」
「当然だぜ」
明日香の制止を振り切って走る舞奈に、まっ先にクラリスが振り返る。
声より先に表層意識に気づいたか。
「僕たちのほうが少し早かったみたいだな!」
「いや本当に少しだけどな。……っていうか、倒したヴィランを、後方に引き渡して来たんだよ」
いきなり食ってかかってきたエミルに答えながら苦笑する。
不自然にテンションが高いのはともかく、元気があり余っているのは良いことだ。
舞奈と明日香とディフェンダーズの一行は、降伏したファイヤーボール、イエティの中の人ことメリルを後方で待機している奈良坂たち別部隊に預けてきたのだ。
確かに急いではいるが、倒した敵を動けないまま置き去りにするのは非人道的だ。
それに彼女らは超能力者だ。雑に扱うと【組合】との軋轢の原因になる。
という訳で取り急ぎ少し戻った新開発区の入り口付近に座する後方部隊は、事もあろうにファーレンエンジェルの奇襲を受けたらしい。
だがウィアードテールの活躍によって事無きを得たそうだ。
仮にも彼女は魔法少女だ。
あの陽キャもたまには役に立つんだなと少し思った。
唯一の懸念はブリーフィングで説明があったにも関わらず奈良坂が陽子=ウィアードテールなのを理解してなかったことだ。
「後方って、あのボケッとした眼鏡の奴がいるところだっけ」
「奈良坂さんか? そうだよ」
「そっか。なら安心だな……」
不意に問いかけてきたエミルが、舞奈の答えに安堵する。
エミルは麗華(というかみゃー子)を誘拐する際に、奈良坂と顔を合わせている。
麗華の護衛として相対した奈良坂を、例によって何の障害にもならないまま昏倒させてしまって少し微妙な気持ちになったらしい……。
「……言っとくが、バーチャルギアで拘束してるからな」
「逃げられるかもって思った訳じゃないよ!」
「あっエミルったら」
ボソリと言ったひと言に食ってかかってきたエミルに、側のクラリスがあわてる。
いちおう今の彼女らは咎人としてベリアルの監視下にある。
だが舞奈の口元には笑み。
おそらくエミルが安堵した本当の理由は奈良坂の人柄だろうと見当はついた。
ヴィランは立場による後ろ盾がない。
何せ、少なくとも表向きは米国の平和を乱す悪漢だ。
だから敵に隙を見せたら、捕らえられたりしたら何をされるかわからないという意識が強いのだと考えるのは不自然なことじゃない。
その点、相手に奈良坂みたいなお人好しがいるのなら安心ではある。
逆にそのように気をもむということは、メリルの身を案じているということだ。
姉妹とミリアム氏くらいしか気が許せる相手がいないと思っていた彼女らに、そういう風に思える友人がいたという事実は少し喜ばしい。
そう思える程度には、舞奈も彼女らを気にしている。
「……言っとくが、メリルとはそんなんじゃないからな!」
「わかってるよ。ハハ、心が読めるのも良し悪しだな」
「うるさい!」
「そういうところだぞエミルよ」
目をつり上げたエミルに、見かねたベリアルが口出ししつつ苦笑する。
そんな様子を見やってクラリスも楽しげに微笑む。
こちらのチームも何だか家族じみてきたなと思った途端にエミルが睨んできた。
それはともかく……
「……そっちの塩梅はどうかね?」
「スピナーヘッドがいた。問題なく殲滅したがな」
追いついて来たミスター・イアソンの問いに、ベリアルが何食わぬ表情で答える。
まあ、この面子の前に例の青騎士が出てきても瞬殺だろうなと舞奈は内心で笑い、
「そりゃそうだろうな……って、殲滅?」
「倒した後に、同じ奴らがたくさん出てきたんだ! 本当だぞ!」
「いや疑っちゃあいないが」
首を傾げた途端にエミルが語気も荒く言い募る。
対して舞奈はクラリスの表情もうかがいながら何食わぬ表情を取り繕う。
別に納得できない話じゃないからだ。
肉人壺。
喫煙者をデータ化し、コピーする宝貝――怪異が用いる悪の魔道具。
あの尊大で品性下劣な青騎士が、その影響下にあったと言うならそうなのだろう。
数では圧倒的にこちらが有利と言う前提は、舞奈が知らぬ間に覆されていたらしい。
必要以上に人員を分散していなくてよかったと少し思った。
あと、そいういう事情ならエミルのテンションが高い理由も納得できる。
激戦の直後でアドレナリンが出っぱなしなのだ。それはともかく、
「そちらはどうだ?」
「通信でも話したが、ファイヤーボールとイエティを撃破した。あと後方部隊がファーレンエンジェルと遭遇したが撤退させたらしい。全員、無事だ」
逆に問いかけるベリアルにミスター・イアソンが状況を伝える。
こちらの状況は通信で伝達済だが、当然みたいに確認するのが彼女らしい。
通信が傍受、改ざんされる可能性を常に考慮しているのだ。
案外ベリアル自身も、昔はやり手のワルだったのかもしれない。
あるいは自身の堅実な身の振り方をクラリスやエミルに見せようとしている。
彼女らの【精神感応】【精神読解】が、対抗手段のないチートではないと念押しするように。
そんな思惑に対して(余計なことを! そんなこと知ってるよ!)と心の叫び。
「ファイヤーボールもイエティも、ひとりずつしかいなかったがな」
「当然だ!」
何食わぬ表情で説明に補足する舞奈にエミルが食ってかかる。
そんな2人を見やって明日香が、クラリスが苦笑して……
「……何だありゃ?」
目の良い舞奈が最初に気づいた。
まっ先にクラリス、次いで声に釣られた何人かが同じ方向を見やる。
地響きに似た嫌な感じの音。振動。
廃ビルが並ぶ通りの向こう、新開発区の中央方向から巨大な影が歩いて来る。
薄暗い空の下で不気味にゆらぐ、何処か見覚えのある不吉なフォルム。
巨大な影はやがて腐った鋼鉄の巨人となって、なおもこちらに歩み寄る。
あるい朽ちた戦車の残骸に雑に手足を取り付けたような人型のオブジェに。
戦車の車輪の代りに車体の下に生えているのは2本の脚。
車体を腰に見立てた上半身に相当する砲塔には、砲の代わりに左右2本の腕。
腕の先は、泥人間や屍虫のそれをそのまま大きくしたようないびつな手。
その巨躯は側の廃ビルの3階まで達するほど。
背に斜めに背負われているのは太刀か。
自身のサイズに相応しい電柱のような代物だ。
「……歩行屍俑」
誰かがひとりごちる。
舞奈は肯定の代わりに口元を歪めてみせる。
よりによって、ここでこいつと再会するとは。
奴との最初の遭遇は四国の一角。
追い詰められた殴山一子が駆り出した、いわば怪異のロボットだ。
巨躯から繰り出されるパワーと固い装甲に、明日香と2人で苦戦させられた。
だが今回あらわれた同類は、幸いにも道術を使う気配はない。
さらに幸いなことに、こちらには大勢の仲間がいる。
だからという訳でもないのだろうが、
「ディフェンダーズ! 奴を撃破する! サーシャ! 協力を頼む!」
「了解! 叩きのめしてやる!」
「わたしにまかせな!」
「異論はない!」
ミスター・イアソンの号令と共にヒーローたち、ヴィランたちは走り出す。
タイタニアとスマッシュポーキーが己が超能力を賦活しながら駆ける。
サーシャも魔法の光に包まれ一瞬でレディ・アレクサンドラに変身しながら続く。
一番槍はミスター・イアソンの【念力撃】。
荒れ狂う超能力の奔流が歩行屍俑の足元を打ち据える。
次いでタイタニアが放った突風、【旋風の猛撃】が逆の足を強打する。
さらにスマッシュポーキーが【加速能力】による超加速で突撃し、レディ・アレクサンドラも雷撃の拳を打ちつける。だが、
「何っ!?」
猛打は巨兵の鋼鉄の脚を少し凹ますのみ。逆に、
「うわっ!」
「くっ!」
巨大な拳のひと振りで4人まとめて吹き飛ばされて地面に埋まり、廃ビルの壁に叩きつけられ、あるいは瓦礫を跳ね飛ばしながら地を転がる。
「おいおい、無茶せんでくれ」
苦笑しつつ、入れ替わりに舞奈が歩行屍俑の前に跳び出す。
その背後でヒーローたちがうめきながらも立ち上がる。
どうやら敵に、怪力を効果的なダメージに変える知性が無さそうなのが幸いだ。
ひとりを狙って地面に叩きつけられていたら防護では防ぎきれなかった。
今しがたの一撃にはそれほどの勢いがあった。
そう考えて口元を歪める隙に、背後を見やる舞奈めがけて繰り出される巨大な拳。
歩行屍俑はよそ見している少女に目標を変えたのだ。
女子小学生を狙って身を屈めながらボクシングのジャブのように右、左。
「志門舞奈!」
クラリスの悲鳴。
だが舞奈は横に、後ろに跳んで避ける。
空気の流れで敵の動きを先読みできる舞奈に近接攻撃は効かない。
たとえ後を見ていようが、相手が巨人だろうと同じだ。
むしろ大きいぶん避けやすい。
「そちらの方が無茶だと思うが……」
目を丸くするイアソンを尻目に、
「それより次の手を頼む」
「了解デス!」
舞奈の言葉に答えてドクター・プリヤがギターを奏でる。
ロックンロールで魔力を賦活させる悪魔術【魔力倍増】だ。
軽快なロックのリズムに合わせるように、側の明日香の掌から雷撃が放たれる。
熟達した戦闘魔術師による【雷弾・弐式】。しかも3連射。
腐った鋼鉄の巨人の胸に、四肢に、放電するプラズマの砲弾が突き刺さる。
さらに側からはレーザー光線が放たれ、胴をかばった巨人の腕を打ち据える。
こちらはベリアルの【硫黄の火】。
巨人の両横からは巨大なサメが襲いかかる。
シャドウ・ザ・シャークが【創命撃】で放った巨大なホオジロザメは巨大な口をパックリ広げ、ギザギザの歯で巨人の肩に喰らいつく。
だが雷撃とレーザーは巨人の腐った装甲を焦がすのみ。
喰らいついたサメも大した効果があげられぬまま効果が切れて消える。
歩行屍俑の強固な装甲に対して、並の攻撃魔法は歯が立たない。
自身への攻撃が効かぬと知ったか、歩行屍俑は防御の構えを解いて再び襲いかかる。
巨大な鋼鉄の拳が風を切る。
避けた舞奈の残像もろとも足元の地面にクレーターを作る。
「舞奈さん! ちょっと待ってくださいね!」
シャドウ・ザ・シャークは詠唱もなしに【水の檻】を行使。
巨人の周囲に出現した水がロープと化して縛める。
同時に明日香が放った氷塊が敵の足元で氷の檻【氷獄】に代わる。
氷の檻が水のロープを凍らせて、さらに強固な檻を形成する。だが……
「……ああっ!?」
歩行屍俑のパワーを前に、力まかせに引き千切られる。
「こっちは大丈夫だ。動きを止めるより倒してくれ」
言いつつ舞奈は巨大なパンチを避ける。
側の地面が陥没して瓦礫が飛び散るが気にせず笑う。
どうやら敵は殴る以外の攻撃手段を持たず、打撃は舞奈には通じない。
だが舞奈ももっとも強力な攻撃手段は肩に提げた改造ライフルだ。
ヒーローたちが、魔道士たちが傷もつけられない相手に対して有効な打撃を与えることはできない。
それでも延々と避け続けていても埒が明かないのも事実だ。
舞奈たちは一刻も早く奴を叩きのめして先に進まなければならない。
「シモン君たちは一度、奴を倒したと聞いたが……」
「……大魔法でな」
背後で苦しそうにイアソンが問う。
舞奈は拳を避けつつ答えながら口元を歪める。
シャドウ・ザ・シャークが治療を始めた。
本人の【治癒】では回復が間に合わないらしい。
唱えた呪文で奉ずるは大気と医療の大天使ラファエルの聖名。
使われた魔術は【治癒の言葉】だ。
傷や消耗に対して『完治した』という因果を強制することで魔術的な代用器官を出現させ、対象を治療する。
ウアブ魔術と異なり【高度な生命操作】技術を持たない高等魔術の治療手段だ。
故に効果は少し劣るが、術後の経過を含めた使い勝手は本家と同じ。
逆に言えば、そんな魔術が必要なほどの痛手ということだ。
身体強化の超能力【強化能力】で防護されてなお手酷いダメージを被ったらしい。
目前の歩行屍俑の屈強さとパワーだけは、以前の同型と変わらない。
「制御部に【大天使の熱核の一撃】相当の核爆発を直撃させたんですよ」
「なんと……」
続く明日香の補足に隣のベリアルが絶句する。
ミスター・イアソンも同じだ。
正確には、あの戦闘で、舞奈は無理やりこじ開けた歩行屍俑のコックピットの中にいた殴山一子の顔面に【滅光榴弾】がこめられた弾丸をぶちこんだ。
そして舞奈がビルの裏に逃げこんだ直後、奴は内部から爆発した。
周囲は核爆発で焼け野原になった。
あの時は舞奈と明日香の2人だけだったから爆発直前に退避できた。
今の状況では無理だ。
そう口元を歪めるうちにも身体に何かがまとわりつく感触。
感覚的にシャドウ・ザ・シャークの術だとわかったので付与魔法を受け入れる。
途端、皮膚が硬くなる感触。
風を感じる感覚は鈍っていないのに、面の皮だけが厚くなる頼もしい感覚。
おそらく【生体装甲】か。
なるほど生身で防護もなしに歩行屍俑に挑む舞奈を不安に思った気づかいだろう。
回避に必要な感覚が鈍らないように防護するあたりがプロの腕前だ。
一方、歩行屍俑はぎこちない動きで背に手を回す。
背負った巨大な刀を抜く
ざらりと錆びついたような不快な音。
「最初から抜けよ」
軽口を叩きながら――
「――っていうか、そっちの方が当てにくくないか?」
横薙ぎのギロチンのように迫る巨刃を跳んで避ける。
風圧で短いツインテールの髪がなびくのも気にしない。
そんな代物をまともに喰らえば、人間用の【生体装甲】など紙切れに等しいと知っていても。
何故なら敵は単調な動きで殴り、思い出したように斬るだけだ。
思考能力がないのが幸いだ。
目前の巨人には、殴山一子のような意思のある怪異が乗っていない。
そして恐らく……怪異のコアにされた少年もいない。
本当に怪異が寄り集まって動いているだけの、いわばロボットのゾンビだ。
そう考えて口元を歪める舞奈の背後で、
「核爆発じゃなくても、制御部に攻撃を集中させることはできないデスか?」
ギターをつまびきながらプリヤが提案する。
今は仲間の治療のための【癒し】を行使している彼女。
だが悪魔術師であるドクター・プリヤは【風歌】により空気で口を2つにして歌いながら話すことができる。
「そいつは良いアイデアだ」
振り下ろされた太刀を横に跳んで避けつつ舞奈は笑う。
殴山一子の歩行屍俑を屠った時も、決め手の【滅光榴弾】は奴のコックピットの中に撃ちこんだ。
同じ場所が目前の同型機の急所になるのなら、同じことをすれば倒せる。
「なるほど、その手なら」
「面白い。火力の集中は我も得手とするところだ」
「そういうことでしたら、わたしの【大天使の災厄獄門凶獣】なら火力を単体に集中できますよ」
明日香が、ベリアルがニヤリと笑う。
シャドウ・ザ・シャークも力強く頷く。
「ならば、その戦法でやってみよう」
「そっちは動けるのか?」
「ああ、なんとか大丈夫だ」
横で身構えたミスター・イアソンは舞奈の言葉に不敵に答える。
治療は首尾よく終わったようだ。
加えて動きから察するに【加速能力】を使っている。
流石に鋼鉄の巨人を相手に、もう一撃を喰らう気はないようだ。
「まかしときな!」
「問題ない」
「ああ、今度こそ抜かりはしない」
加えて並んだスマッシュポーキーが、タイタニアが、そしてレディ・アレクサンドラも目元の見えないマスクの下の口元で不敵に笑う。
だから次の瞬間、舞奈は跳び退く。
歩行屍俑は追いすがる。
次いで舞奈が投げた手榴弾が、歩行屍俑が足をつく先の地面で爆発する。
鋼鉄の巨人は体勢を崩す。
「今だ! 作戦開始!」
「「「「了解!」」」」
ミスター・イアソンの合図でヒーローたち、ヴィランたちが一斉に動く。
まずは背後のドクター・プリヤ。
激しいロックンロールによって再び行使される【魔力倍増】。
周囲の魔力を高める悪魔術。
タイタニアは【雷の猛撃】の呪術を行使し巨人の頭上に落雷を落とす。
彼女は屈強な戦士なだけでなく優秀なシャーマンだ。
力まかせに殴るだけではない。
歩行屍俑は太刀を両手で掲げて頭をかばう。
がら空きになったボディーにスマッシュポーキーとレディ・アレクサンドラの突撃が同時に決まる。
次いでミスター・イアソンの【念力撃】。
強打のラッシュで歩行屍俑の腹部が歪む。
歩行屍俑のコックピット、ないし制御部が収まる下腹部はビルの2階ほどの位置にあるが、ヒーロー、ヴィランの脚力をもってすれば余裕で跳んで殴れる。
もちろん反撃の一撃が振り下ろされる前に素早く跳び退くことも。
「僕たちの超能力を受け入れろ! シャドウ・ザ・シャーク! ……おまえも!」
「うむ、修練の成果を皆に知らしめるが良い」
「では御言葉に甘えまして」
「オーケー。お手並み拝見ね」
リンカー姉妹のゲシュタルトが、後方の魔術師たちを強化する。
次いで明日香が【力砲】を行使し、鋭い斥力場の砲弾を放つ。
3発の見えざる何かが空気を斬り裂く。
空振りして地面を穿った太刀の真横の空間をを小馬鹿にするように揺るがし、イアソンたちが喰らわせた場所にピッタリ着弾する。
さらにベリアルの掌からまばゆいレーザー光線が照射される。
かつて完全体すら倒した【硫黄と火の杖】が、歪んでひしゃげた巨人の腹を溶かして風穴を開ける。
そしてシャドウ・ザ・シャークの大魔法【大天使の災厄獄門凶獣】が完成。
よろめく歩行屍俑の手前の地面がいきなり小さな海へと変わる。
そこから這い出たのは巨大な7つのサメの頭を持った怪物だった。
サイズは目前の歩行屍俑とタメを張れるほど。
その名に違わぬ凶獣だ。
ゲームに出てくるヒドラとかいう怪物に似ている。
巨人の足元から湧き出るように出現したサメヒドラは、両脇の2つのサメ頭で巨人の両腕をくわえこむ。
動きを封じられた巨人はもがく。
だがボディへの相次ぐ打撃でパワーを削がれた歩行屍俑は、巨大なサメ頭にガッチリ抑えこまれたまま動けない。
さらに巨人の下腹部めがけ、他の5つの頭が一斉に顎を開く。
そして巨大な口から何かを吐き出した。
メカジキだ。
信じられないくらい大きくて鋭いメカジキは歩行屍俑の腹に突き刺さって爆発する。
さしずめ生きているHEAT弾のようなものか。
使われた魔術は【火球】。
変哲のない高等魔術の攻撃魔法だ。
「炎の魔法なんて使えたんだな」
「得意ではないんですけど、師からの受け売りなんですよ。召喚したクリーチャーを密着させてから爆発させることで威力を押し上げるんです」
「なるほどな」
舞奈がシャドウ・ザ・シャークと話す間にも残る3発のメカジキが順に着弾し、歩行屍俑の傷ついた腹で爆発して風穴をこじ広げる。
そして最期の1発は巨人の背中から飛び出た先で爆発した。
直後、腹に巨大な風穴を開けられた鋼鉄の巨人がぐらりと傾く。
そして糸の切れた人形のように倒れた。
轟音。振動。
巨人は跳び退った舞奈やヒーローたちの目前で背中から地面に激突、その拍子に腐った四肢がバラバラに転がる。
おそらく制御部分が破壊されたことで、駆動部も泥か塵になって消えたのだろう。
目前のそれがロボットに似るが機械ではなく、機械に似せた怪異だった証拠だ。
そして、もう二度と立ち上がって舞奈たちの行く手を阻むことは無い。
「やったぜ!」
「ハハッ! ザマぁないな!」」
スマッシュポーキーが、エミルが喝采をあげる。
だが今回ばかりはタイタニアもクラリスも制止しない。
皆の内心も同じだから。
「あ。楓さんたちから通信のようですね」
シャドウ・ザ・シャークが胸元の通信機を見やり……
「……なんだ? この音」
またしても舞奈が鋭敏な聴覚で不吉な物音に気づき……
「敵の次の手札が歩行屍俑の大群である可能性が高いと……」
「……らしいな」
目を凝らして見やりながら、苦々しく口元を歪める。
廃墟の奥から地響きをたてて歩み来る、数多の影。
「おいおい! 冗談じゃないよ!」
スマッシュポーキーが悲鳴をあげる。
だが皆も気持ちは同じだ。
迫り来る巨大な影のすべてが、今しがた必死で倒した歩行屍俑。
しかも足元には無数の泥人間がひしめいている。
大盤振る舞いなんてものじゃない。
比喩や誇張でなしに怪異の軍隊だ。
「これが大いなる災いの正体だということか?」
「Oops!? じゃあヘルバッハの目的は果たされたということデスか!?」
「……どうだろうな」
横に並んだイアソン、後ろのプリヤの言葉に口元を歪める。
確かに巨大な鋼鉄のバケモノが大挙して隣町に雪崩れこめば災厄だ。
異世界から呼び寄せられた強者だと言われれば、嘘ではないだろう。
だが目的を果たしたなら、ヘルバッハ自身が歩行屍俑の肩にでも乗って高笑いしているはずだ。奴ならそうするだろうと舞奈は思う。
なのに、この場所に奴はいない。
それに居並ぶ歩行屍俑ども、泥人間どもの中に意思を持った個体はいなさそうだ。
そんなものを奴があれほど渇望するものだろうか?
公園で見せたヘルバッハの執着と、激情とつり合いが取れていない気がする。
怪異の軍隊の脅威、預言との整合性はともかく……奴の目的は果たされていない。
そう舞奈は思う。
だが、どちらにせよ目前の怪異をどうにかしなければならないのは同じ。
奴が本丸でなくとも、排除しなければヘルバッハの元にはたどり着けない。
「殲滅する!」
ベリアルの宣言と共に、魔術師たちが一斉に施術する。
明日香が放った魔術の火球【火球・弐式】が5つまとめて飛んでいく。
ベリアル自身の【硫黄と火の雨】によって、レーザー光線が降り注ぐ。
シャドウ・ザ・シャークの【血肉の大天使の召喚】により2匹の巨大なホオジロザメが宙を泳いで襲いかかる。
だが焼け石に水。
ヒーローたちも、流石にあの中に飛びこんでいく無謀さは持ち合わせていない。
勇気と蛮勇は別だ。
そうするうちにも歩行屍俑と怪異の群れは、普通に視認できる距離までやって来る。
もちろん先ほどの攻撃による痛手はなし、あるいは軽微。
進行を食い止めているはずのサメもいない。
「どうするんだよ!? イアソン!」
「くっ……」
焦るポーキーの問いに、ミスター・イアソンが歯噛みした途端――
「――イーヴル・ブラスト!」
ひと筋の赤い光が、巨人のひとつを貫いた。