護衛
翌日は、舞奈と明日香はサチのアパートに出向き、一緒に登校した。
3人は何事もなく学校に着いて、それぞれの校舎に別れた。
その後は普段通りだ。
いちおう、明日香が休み時間にサチと連絡を取っていたらしいが。
そして授業が終わった放課後。
「マイちゃん。あの、今日ね……」
「すまん、ゾマ。当分ずっとバイトだから、放課後は無理なんだ」
放課後の誘いを遮って断る。
園香の大人しげな笑みが曇る。
「そっか、そうだよね。マイちゃん、忙しいのもんね……」
「本当にごめん。いつか埋め合わせするからさ」
「ううん、いいの。ありがとう。それじゃ、また明日ね!」
気丈に笑って、それでも気落ちした様子で、園香は去って行った。
園香も彼女の護衛と合流して、一緒に帰る手筈になっている。
舞奈の口元に、乾いた笑みが浮かぶ。
園香の先程の寂しげな笑みが、脳裏に蘇る。
最近の園香が積極的なのは、舞奈に何かを期待しているのだろうか?
その期待に応えられないのがもどかしかった。
彼女の姿に後ろ髪轢かれつつ、だが今日もサチとの待ち合わせ場所に向かう。
「あら、真神さんのこと気にしてるの?」
「悪いか?」
珍しく明日香が冷やかしてきた。
「相変わらず節操がないんだから」
「そんなんじゃないよ」
そう言って横目で睨む。
舞奈が園香を気にする理由は、もうひとつある。
園香の護衛は諜報部の【デスメーカー】如月小夜子だった。
ただ家が近くて園香やチャビーと顔見知りだからという理由での抜擢だった。
だが舞奈は彼女を知っている。実力は折り紙付きだ。
小夜子は陰気でネガティブ思考だが、それ故にあらゆる危険や策略を察知することができた。彼女になら園香を任せられると思った。
なのに何者かが諜報部のサチを脅迫し、危害を加えようとしている。
だから、同じ諜報部の小夜子も護衛の任を解かれた。
園香の護衛には別の執行人がついたはずだ。
こんなことなら、舞奈が彼女を守りたかった。
サチも園香も、舞奈の手で守り抜ければいいのにと思った。
だが、最も危険なのは脅迫された本人であるサチだ。
サチと園香を同時に護衛すると、サチへの襲撃に園香が巻きこまれるという本末転倒な事態になる。それが気に入らなかった。
だが明日香は舞奈の葛藤など知らぬ風で、
「ちょっと気になることがあるの」
「なんだよ?」
「お昼にサチさんにメールしたんだけど、返事が来ないのよ。忘れてるだけかもしれないし、まさかとは思うけど……」
「いや、学校の中だろ?」
言いつつも、舞奈は自然と早足になって待ち合わせ場所に向かった。だが、
「……あ、あのね、アパートを出るときには携帯だったのよ?」
サチはテレビのリモコンを手にして、もごもごと言った。
「いえ、まあ、何事もなければそれでいいです」
「なんつうか、本当に機械ダメなんだな」
「うう、だって……」
頬がちょっと赤らんでいる。
明日香と舞奈は、ちょっと疲れた感じで笑った。
そんな事があったものの、3人は昨日と同じように路地を歩く。
今日は【機関】の支部に向かう。
「けど、そこまで機械と、その、相性が悪いと、日常生活に支障があるんじゃ?」
「その話はもう許して……」
携帯電話とリモコンの区別がつかないサチはちょっと涙目で言った。
「だいたい、わたしの地元にはそんなにいろんな機械なんてなかったわ」
「そりゃどんな山奥だよ……」
「それに、【機関】の書類だって全部手書きよ? 機械なんて邪道なのよ」
「いや【機関】はやり方が古いだけだから」
ムキになるサチに、舞奈はやれやれと肩をすくめる。
でも少し子供じみたサチのふくれっ面が、可愛いと思った。
「けど、授業はどうしてるんですか? 成績は悪くはないと伺ったのですが」
明日香が尋ねた。
「パソコンの授業は小夜子ちゃん……デスメーカーがたすけてくれるから」
「あ、小夜子さんでわかるよ」
「そういえば小夜子ちゃんも1年前までは執行部にいたって聞いてたけど……ひょっとして、舞奈さんたちとお知り合い?」
「まあな」
「そっか。いい子だよね。可愛くて、気が利いて」
そう言ってサチは笑う。
その台詞に、舞奈と明日香は顔を見合わせる。
「可愛くて……」
「気が利く……か?」
舞奈はむむむと考えこむ。
隣の明日香も似たような雰囲気だ。
いつぞや園香とチャビーと一緒に登校してきた陰気な女子高生が小夜子だ。
顔立ちは華奢で綺麗なのだが、いつも不機嫌そうなので折角の美貌も台無しだ。
まあ、ネガティブ思考の功名で罠や企みに対して敏感なのは確かだ。
それに対抗すべくまめに備えていたりもする。
そういう面を見て「気が利く」と評したのだろうか?
そして、ふと舞奈は思った。
そう言えば、美佳も他人の長所を探すのが上手だった。
強くて頼れる一樹ちゃん。
戦うことと殺すことにしか興味がなかった一樹に、美佳はそう言い続けた。
言われた一樹本人は誰よりも困惑していた。
だが、やがて一樹は、幼く弱かった舞奈に戦い方を教えるようになった。
もちろん、美佳の言葉が自分を変えたなどと一樹は決して認めないだろうが。
懐かしい過去を思い出して、舞奈は笑う。
遠い目をして笑う舞奈を、明日香は面白くなさそうに見やる。
その時、不意にサチが立ち止まった。
「……サチさん?」
「舞奈ちゃん、明日香ちゃん、お告げがあったの」
「お告げ……だと? 古神術のか?」
舞奈と明日香の表情が変わる。
先ほどまでは和気あいあいと話をしていた3人の間に、緊張が張りつめていた。
仏を念じて情報を得る仏術士や心臓を占う小夜子と異なり、古神術の探知魔法は森羅万象に宿る意思を読み取る受け身の術だ。
能動的に情報を収集する術もあるにはある。
だが、ほとんどの場合、啓示は術者の意図とは関係なく唐突に告げられる。
そして、ほとんどの場合、啓示の内容は差し迫った重要な事柄だ。
そんな啓示を受け取ったサチは、心なしか青ざめた声で言った。
「小夜子ちゃんが襲撃を受けたって……」
「なんだって!?」
舞奈は一瞬、戸惑う。
脅迫されているのはサチではなかったのか?
狙われている可能性が高いのは、魔道具を持つ九杖の者ではなかったのか?
「行かなきゃ!」
「あ、ちょっと、サチさん!?」
走り出すサチを、舞奈と明日香は追いかけた。